
【サイヤ人化】みんないったい誰と戦っているんだ…
こんな経験はないだろうか?
「それ、美味しいよね。」
「そうかな? 私は好きじゃないな。」
ただ、それだけの会話。
それは本当に小さな溝だったのかもしれない。
人は不思議な生き物だ。
「私は好きじゃない。」
たったそれだけの言葉なのに、
「美味しいと言った自分」を否定されたように感じることがある。
だから、理由を探す。
「いや、あの店は有名だから。」
「みんな美味しいって言ってるよ。」
別にケンカがしたいわけではない。
しかし、口から出る言葉はさも相手を否定するかのようだ。
重ねるほど、紡ぐほど言葉は少しずつ相手を絡め取り、やがて後戻りできなくなっていく。
⸻
ではこんな経験はあるだろうか。
動画を視聴し、感想のコメントを書き込む。
「面白かった。」
ただそれだけのつもりだった。
しばらくすると、通知が来た。
自分の感想に返信があり、煽られ、貶された。
その瞬間、胸の奥が少しだけざわつく。
「いや、そういうことじゃない。」
何かのスイッチが入った気がした。
気がつけば、指が勝手に動いている。
正しさを並べている。
次第に言論は形を変えて、醜い言葉の応酬となる。
⸻
「面白かった。」
そのコメントを見たその瞬間、胸の奥が少しだけざわついた。
気がつけば指が動いていた。
「いや、全然おもしろくねーよw これが面白いとかレベル低すぎww」
なぜこんな事を書いたのだろうか。
虫の居所が悪かったのか?
はたまた、人をバカにするのが好きなのだろうか?
たぶん、どちらでもない。
「面白かった。」
その言葉に、つまらないと思った自分が否定された気がしたのだ⸻。
⸻
気がつけば何時間か経っていた。
どこの、誰かも分からない相手に。
面と向かって言えるだろうか?
おそらく言えない。
では、なぜこんなことになってしまったのだろうか。
自己の否定という錯覚から始まり、お互いを否定し合う合わせ鏡なのではないか。
⸻
もはや納得させたいわけではない。
相手を論破し、黙らせたい。
相手から返信が来なくなれば勝ちだ。
言い返せないのは自分が正しいからだ。
そう信じて言葉が増える。
相手の間違いを積み上げ、挙句の果てには揚げ足をとりにいく。
もはや、なんでもありだ。
全力で攻め立てる。
⸻
しかし、冷静になってみればおかしな話だ。
電脳世界の匿名の相手に何を求めているのか。
自分が他人の論争を見る側の立場だったならば、
「なんか必死だな。」
そう思ってスルーすることだろう。
自分に関係のない醜い長文をわざわざ読むわけもない。
だが、自分事になった瞬間に人は気づけなくなる。
自分の価値観と自分自身を同化させてしまっているからだ。
誰だって自分を否定されるのは嫌だ。
当たり前のことだ。
だが、現実でここまでの言い合いになるだろうか?
否だ。
人は他人事はよく見えても、自分事になると我を忘れてしまうのだ。
そういう時は、モニターの電源を切ってみることをおすすめする。
【あとがき】
実際にこういう経験をされた方は少なくないのではないか?
要は自己正当化バイアスのお話だが、それ自体は悪くない。
人間だ。自己肯定感は高い方が良い。
問題はそれに振り回されてしまうことだ。
自分の置かれた状況を理解せず、ただただ時間を無駄にしてしまうのは不毛だ。
それってあなたの感想ですよね?
そう、ただの感想なのだ。
モニターは電源が切れると鏡のようになる