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【短編小説】16歳と61歳

    「迎えにきました」
     声が降ってきた。
     おれは上を見た。
     六十一歳のおれと近い年齢の白髪の老婆が宙に浮かんでいた。
     茶色いトレンチコートを羽織って、背中には天使の羽を生やしていた。
     老婆はおれの前に降り立つと、ニコッと笑った。
    「あなたはあと五分で死にます」
    「ニコニコしながら言うセリフじゃねーぞ!?」
     おれはベンチから立ち上がって手に持っていた酒瓶を地面に投げ捨てた。
     公園内を散歩していた鳩たちが一斉におれのそばから離れていった。
    「お前は誰だ! 五分で死ぬって、どういうことだ!?」
    「私は天使です。まぁ、あと四分くらいで死ぬんで、細かい説明は死んでからにしましょう」
    「制限時間減ってる!? 死ぬ前に説明しろ!」
    「わかりました。では、これを見てください」
     老婆はトレンチコートのポケットから長方形の物体を取り出した。
    「ここにあなたの寿命とか死因とか人生のこととかいろいろ載っていますので勝手に読んでください」
    「よこせ!」
     おれは老婆から長方形の物体を奪い取った。
    「あと三分」
    「うるせえ!」
     老婆に悪態をつきながら、おれは長方形の物体をルービックキューブみたいに撫でまわした。
     カチリ、と。
     誤って変なスイッチを押してしまった。
     直後、長方形の物体に無数の文字が浮かび上がった。
     生まれて初めて見る、特殊な形の文字だった。
    「何が書いてあるのか全然わからん!」
    「天使語ですからね」
    「初めから説明する気なかっただろ!? このクソババア!」
    「死んだ後、ちゃんと説明します。あと二分だぞクソジジイ」
     得体の知れない不安に襲われ、おれは長方形の物体を指で強く押したり回したり振ったり乱暴に扱い……。
     いきなり表面からにょきっと飛び出した変なでっぱりを曲げた瞬間、視界が強い光で包まれた。

     気がつくと、おれは椅子に座っていた。
     一人用の椅子に、おれと、あと一人、若い男が座っている。
     隣にいるそいつはおれの方を向いて「うおっ!?」と飛び退いた。
    「誰だお前ッ!?」
     驚愕するそいつをおれは知っていた。
     ……いや、知っていた、ではない。
     知っていて当然だ。
     そいつの容姿は、若い頃のおれにそっくりだったのだ。
    「お前、おれなのか……?」
    「誰だよ!?」
    「おい山田ァ! 教室に変な爺さんを連れてきちゃあダメだろ!」
     教卓から先生が叫ぶ。
     おれが今いる場所は、学校の教室だった。
     整然と並べられた椅子に少年少女が座ってこっちを見ている。
    「きこえているのか、山田ァ!」
     先生がチョークを投げる構えをとった。
     おれは慌てて立ち上がり、「ちょっとトイレ行ってきます!」ともう一人の自分の腕を掴んだ。
    「いやいやいや! あんた誰だよ!?」
    「おれも山田だ!」
    「早くしろ山田ァ! ぶっ飛ばすぞ!」
     先生が投げるチョークの弾丸をかわしながら、おれともう一人の自分は教室を脱出し、すぐそばのトイレに駆け込んだ。
    「……で、あんた誰?」
    「未来のお前自身だ。おれは天使のババアから奪い取った、なんかよくわからない物体の力で過去に転移した、と思う」
    「全然わからん! ボケてんのか!?」
    「ボケていようがなんだろうが、この出会いはチャンスなんだ。過去が変われば、未来も変わるはず。おれが、ホームレスになって万引きした酒を飲む生活をせずに、真っ当な人生を送れる気がするんだ」
    「未来のおれ、そんなことしてんの!?」
    「ああ。そうなりたくなかったら今すぐ〇〇〇をやめろ」
    「……え?」
    「天使のアイテムを勝手に使うなクソジジイ!」
     突如として目の前に現れた老婆の天使に、おれは頭部を鷲掴みにされた。
     そして次の瞬間、おれは日の光に照らされた公園のベンチに座っていた。
     どうやらおれは老婆の天使によってもとの世界に連れ戻されてしまったらしい。
    「あなたが余計なことをしたせいで未来が変わってしまいました」
     おれの隣に老婆の天使が座っていた。
    「今のあなたは息子三人、孫二人の幸せな家庭を築いたアル中のお爺さんです」
    「……そうか」
     どうやら、十六歳の自分がやってくれたらしい。
     未来の自分の頼みをきいてくれたから、幸せな今があるのだと知った。「今すぐ万・引・き・をやめろ……。やめてくれたんだな……」
    「子供の頃についた癖って、大人になっても直らないですよね」
    「ああ……」
    「じゃあ、幸せになったところで……。気を取り直してカウントダウン再開しましょうか」
    「え?」
    「あと十秒です」
    「……いや。結局、六十一歳で死ぬんかい」

    〈了〉

     
     
    アカヤモリと申します。 映画、小説、ゲームが好きなのでその三つに関係する記事をメインで書きます。 よろしくお願いします。

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