【裁判】80代母絞殺に“同意”はあったのか① 50代被告はかつて6年間失踪 「親に迷惑かけた」…母の世話優先の生活に
【事件概要】2023年6月上旬、男性被告(52)は横浜市内の自宅で同居していた母親(当時87)の首を絞めて殺害し、同月下旬まで自宅内に遺体を放置した。(殺人、死体遺棄罪)
「母の意に反して手をかけたことはありません。母と話し合って、納得した上で私は手をかけました」。男性被告は横浜地裁で開かれた裁判員裁判の初公判で、声を詰まらせながら起訴事実の一部を否認した。
寝たきりの状態で認知症も患っていた母親を、被告は在宅で介護していた。被告や弁護側の説明では、被告は23年6月3日に母親を絞殺。遺体を自宅内で放置したまま、6月21日に被告自身も自宅で自殺を図った。
被告は「生活苦となり、どうにもならず親と心中します」などと記したメールを、自殺を図った翌日に横浜市の担当部署などに届くよう日時設定した上で送付していた。横浜市から通報を受けた警察当局が翌22日、自宅で死亡している母親と倒れている被告を発見。被告は一命をとりとめ、7月3日に逮捕された。
争点は主に①被害者である母親が心中(殺害)に同意していたか②M被告の責任能力――の2点。「母はかけがえのない、とても大事な人です。今でも手にかけたことを悔やんでいます」と語る被告。法廷では生い立ちや、事件に至る経緯が明かされた。
神奈川県内で生まれた被告は一人っ子で、高校卒業後に大手メーカーに就職。実家で両親と暮らしていたが、25歳頃からうつ病のような症状に悩まされ、2002年頃にうつ病と診断された。
そして同年、突然失踪してしまう。「身に覚えのない請求の電話が職場にまでかかってくるようになり、誰かに迷惑をかけてしまう」と、勤務先の昼休みに「自宅へ戻って荷物をまとめてそのまま飛び出した」。これが被告の説明だ。
札幌で1カ月過ごした後、福岡へ。アルバイト先も見つけ、福岡滞在は約5年に及んだ。その間、実家にも勤務先にも連絡はしていない。その後、自殺願望が出て、「死ぬなら地元近くで」と神奈川へ戻り、横浜の山下公園などでホームレス生活をした。公園の公衆トイレ内で自殺を図ったが失敗したこともあった。両親が捜索願を出していたため、神奈川に戻って約半年後、警察に保護された。実家へ戻ったのは2008年、34歳になっていた。
両親と約6年ぶりの再会。新たな職場も見つけた。ただ、母親は被告の失踪中にパーキンソン症候群との診断を受け、杖を使って歩行するようになっていた。
「両親に大きな迷惑をかけた。私は一度死んだものと考え、これからは父と母の2人のことだけ考えていこうと決めました」
わずか1年後、父親ががんのため死去。母親と2人暮らしとなった。
「私の都合で失踪し、過去の友人とも連絡を絶って自分から孤立の道を選んだ。もう母しかいない。一心同体の感覚でした」。被告は訥々とした口調で、そう説明した。母親の世話を優先する生活に入っていった。(つづく)