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Photo byinagakijunya

短編│命の使い方

    もしもたった一人の命と引き換えに世界が救えるのなら、僕は真っ先に手を挙げるタイプの人間だった。

    でも別に、僕は死にたがりなわけではない。
    また偽善心なども、微塵もない。
    ただずっと、自分の命の〈最適な使い方〉を知りたいと思っていた。

    しかしたとえばある日、世界が突然、終わりを迎えることになったとする。その場合には、僕は特になにもせずに大事なひとと過ごすだろう──僕はあくまでも、“勝手に滅びはしない”世界を救うために、自分の命を使ってみたいだけだった。


    ところで、こんな僕にも、大事だと思ってくれるひとはいた。

    加奈子かなこは友達だった。いや、正確には、三年前までは恋人だった。
    僕らは二ヶ月ほど前の深夜、電車のなかで偶然、同じ車両に乗り合わせた。
    彼女は昔とは見た目がずいぶん変わっていた。かつての長い黒髪はどこかへ消え、シルバーベージュのショートヘアになっていた。

    「あれ。結人ゆうとじゃん。久しぶり。どこかの帰り?少し話でもどう?」

    そして僕らは途中の駅で降り、カラオケボックスに入って、いろいろな話をした。
    お互いの連絡先が変わっていないのを確かめ、それからはときどき会うようにもなった。

    *

    加奈子に僕の死生観を話すと、「ふうん。でもなんかそういうとこあったよね。昔から。…命の使い方ねえ。彗星のように消えちゃいたいとか?ちがうか」彼女はなんでもなさそうに言った。
    「彗星みたいに綺麗じゃないけど、まあ、消えるのは変わらないかもな。そこは別にいいんだ。ただ、命が綺麗に使われるべき“何か”がほしいだけだよ」
    「でもさ」加奈子は言った、「世界のために命を使うって、死ぬのとはなんかちがう感じもするよね」

    死ぬのとはちがう?──確かにそうかもしれない。僕は自分の命に、死以外の使われかたを望むのだろうか。

    「あたしは結人にはいてほしいけど」

    加奈子はさりげなくそう言った。
    それは、僕が生まれてはじめて人から言われた言葉だった。

    *

    僕らは実に久しぶりにワインを開けた。ドラッグストアで買った安い代物だ。でも、二人で飲むには十分だった。味などはなんだってかまわない。一緒に飲むことが正しかった。
    昔よくいた加奈子の部屋で、僕らは乾杯をした。





    じゃあ…世界救ってみる?これから

    え?どういうこと?

    だから命、使って救いたいんでしょ?世界。あたしがそれ、見届けてあげるから

    だって、どうやるのさ?

    願ってみるとかかな。ちがうか。世界が救われたがってると感じるとか?うーん。だいたいさ、世界って救われたいのかなあ


    僕は笑った。加奈子は笑ってはいなかった。

    「なんで笑うのよ。まあ、急な話だけど」
    「ああ、いや。でもまだやめにしとくよ。なんだか加奈子とはもっと話していたくなったからさ」
    「そう?なら、まだ先にするか」

    窓越しには、遠くのビルがみえた。たくさんの部屋に、たくさんの明かりが付いている。
    光の数だけ、命があった。

    「でも、結人が命使って消えちゃうならさ、あたしも一緒に消えてあげてもいいかな」
    彼女は付いていないテレビの画面に向かって言った。
    「え?いや、加奈子はいいだろ。むしろ存在してたほうがいいよ。だれかのためにさ」
    「だれか?──そうねえ。なら、結人のために残っててみるか」


    それから僕らは、何度めかの乾杯をした。
    テーブルの上には、空いたワインボトルと二つのグラスが、最後の晩餐のあとのように静かに並んでいた。



     
     

    teppei

     
     
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