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【企画短編#noteでBL】Dear Blue

    月は東に

    毎月恒例、BL祭りに今回も参加いたします。
    なみさん、いつもありがとうございます!!

    ジャンル

    日常(青春リターンマッチ)

    あらすじ

    アラフォーのケイとユキは高校時代の親友同士。卒業後疎遠になっていたが、きょうだいの結婚で親戚となり、共通の姪であるハルカを介して繋がる仲。その日もハルカに頼まれユキの家で過ごしながら、ささいなきっかけでケイは高校時代を思い出す。
    分け合うイヤホン、耳に流れ込む平成J-POP、昨日観たドラマ、冷房のない教室。
    ハルカの笑顔とともに蘇る、明るくて眩しい『あの頃』に、ケイは再び向き合えるか。
    拗らせたアラフォー男子の、切ない青春リターンマッチ!

    本編

    【テーマ】3つのお題でBL(3,000~5,000字)
    【お題】 『平成レトロ』 『ハト』『睡魔』
    【タイトル】Dear Blue (字下げ含み約4,990字)



     どんな衣装かと訊かれても、ファッション関係の語彙には疎い。Tシャツ、パンツ、ベスト、デニムがせいぜいだ。ジレだのスウェットだの、いちいち新しい言葉に置き換えるのはやめてほしい。なぜズボンやトレーナーでは駄目なのか。
    「いつの間にかマニキュアもスパゲッティも瀕死だし」
    「なんの話?」
     憤然とするケイに、ユキは形良い眉をしかめた。手元の菜箸は止まらない。
    「俺は、ハルカがどんな衣装で踊るのか訊いたんだよ。マニキュアはともかく、瀕死のスパゲッティってなに」
     呆れるような口調は棘とやわらかさを同時に感じさせ、耳に妙に心地良い。ぐらつく気持ちを誤魔化そうとすればするほど、思考は散らばり、無意味な言葉が口から溢れた。それがさらにユキを呆れさせ、次第に増す棘はいずれ「もういいや」という言葉に変わる。いつものことだ。
     ダイニングでは、姪のハルカが夢中でお絵描きをしている。舌足らずな声で口ずさむ発表会のナンバーは、紛うことなき平成J-POP。ユキがなつかし、と微笑んだ。
    「インストラクターの選曲? 同年代かな。だとしてもモー娘。とかじゃないんだ?」
    「公式? の振りがあるのは逆に難しいんかな。知らんけど」
     四捨五入すれば四十の男がふたり、五歳の女児を預かって習い事の送迎や昼食の世話をする。こんな休日でいいのかと思わないでもないが、繁忙期の姉夫婦を見ていられず引き受けた。そのうえ、可愛い姪に「ユキちゃんのおうちにいきたい」と言われたら断れない。
    「だって仕方ないだろ、ハルカはおまえの姪でもあるんだし」
    「何に対する『だって』? 頭のなかで話進めないでって昔から言ってるのに。俺はエスパーじゃないんだから、ケイが考えてることなんてわかんないよ」
     淡々と言って、ユキはコンロに火を付け、フライパンに油を引く。流れるような動作。ワンツースリーフォー、ケイの頭をカウントが過ぎる。ツーツースリーフォー、カウントにハルカのハミングが重なる。れつげっ、ゆあらぶ!
     ハルカはユキの兄とケイの姉の子どもだ。長く連絡を取っていなかった学生時代の友人が、ある日突然親戚になる。あり得ないことではないが、ケイには青天の霹靂だった。ハルカがいなければ顔を合わせていられない。
    「ケイちゃん、くるときに、ぐぅぐぅってないてたのはなんてとり?」
     ハルカに呼ばれてダイニングに向かう。背後で、フライパンに流し込まれた卵がじゅうぅ、と抗議の音を立てた。
    「ぐー、ぐー、ぽっぽー、みたいなやつなら鳩だな」
    「はと」
     呟きながら、ハルカはクレヨンを持ち替える。数羽の鳥らしきものの下に、たどたどしいひらがなが振られた。
    「は、と、⋯⋯かぞく?」
    「そう。はとかぞく」
     鳩の家族、ということらしい。なるほどと頷くケイの背中に、ふわりとあたたかいものがふれた。ユキの手だ。そっとケイを押し退けて、ハルカの絵を眺める。
    「ふふ、可愛い。ハルカは絵も上手だね」
    「ありがとユキちゃん」
    「でももうしまって。できたよ」
    「わーい」
     いそいそと片付けるハルカを、ユキは微笑んで見ている。右手にはオムライスの皿。左手は、ケイの背中に添えられたままだ。
     特に意図はないだろう、かすかな熱。
    「鳩」
    「え?」
     目線はハルカに向けたまま、ユキは囁くように言う。
    「いたね、高校にも。⋯⋯鳩」
     独り言のような声。特に意図はない。ただの思い出話だ。ケイは自分に言い聞かせる。鳩。
     四六時中一緒にいた高校時代、何をしていたのかは覚えていない。ポータブルプレイヤーのイヤホンを分け合って聴いた音楽。前日に見たテレビドラマや音楽番組。そんなことがすべてだったような、ささやかな日々。
     教室にはベランダがあって、昼休みはよくそこで過ごした。陽に灼けると女子に不人気の夏場は、ふたりだけのエアポケットのようだった。鳩にやるなよ。昼食を持ってベランダに出るふたりに、教師やクラスメイトが言った。絶対にやるなよ、ケイ。
    「なんで俺」
    「ユキはそんなことしない」
    「ひでー」
     弾ける笑いと憤慨するケイに、ユキは困ったように微笑んだ。眉を下げて、唇をきゅっと引いて。その表情を見る度、なぜか胸を掻きむしりたいような、ぐらりと足元が揺れるような気分になった。自分でも訳のわからない感覚に戸惑って、ケイは逃げるようにベランダに出た。
     くるー、くるー、と喉を鳴らす鳩を睨むと、ついに吹き出したユキがケイの耳にイヤホンを差し込んだ。機嫌直しなよ。何聴く?
     耳に流れ込む、ポップでキャッチーなメロディ。明るくて眩しくて少しチープな、あの頃の時間。カルピスソーダの泡のように喉を灼いた、ふたりの、⋯⋯ユキと過ごした、ケイの時間。


    「ケイちゃん、ママまだ?」
    「まじでおせぇ⋯⋯」
     緊急のトラブルに見舞われたらしい姉は、夕食を済ませても帰らない。発表会前のハードなリハーサルをこなし、ユキと散々遊んだハルカは明らかに眠そうだ。昼寝をさせるべきだったと後悔するがもう遅い。今寝られては困る。他愛ないことを話しかけて睡魔の誘惑から引き離せば、夢に誘われたいハルカは見る見る不機嫌になった。
    「寝かせてやりなよ。なんならこのまま泊まったっていいんだし」
     ユキの言葉にハルカは歓喜し、ケイは仰天した。着替えがない、明日の予定がわからないと反対するケイに、ユキはあからさまに眉を寄せる。当然だ、義兄とハルカは何度もここに泊まっている。ハルカが泊まるのに不便はない。ハルカを置いて、ケイが帰るわけにはいかないだけで。
    「ウチに泊まれない理由でもあるわけ?」
    「いや、それは」
     言えるわけがない。思わず天を仰いだケイにとって、平謝りで駆け込んできた姉はまさに救世主だった。
    「ママ、おそい!」
    「ごめん! ケイ、ほんとにありがとう。ユキちゃんもごめんなさい、迷惑かけて。ハルカ、ほらご挨拶」
    「おやすみ、ケイちゃんユキちゃん。こんどははっぴょうかいでね!」
     怒涛の勢いで母娘は去って、呆気に取られる叔父ふたりが残された。我に返り、ケイは心から安堵する。
    「じゃあ、俺も⋯⋯」
    「帰るの?」
    「え?」
     思わず正面から見たユキの顔。真っ直ぐな視線がケイを射る。どくん、と心臓が跳ねた。
     ふと、滲むような蒼い夕暮れが目の前に広がる。夏の日の、宵の空。
      ケイ?
    「⋯⋯帰るよ。ハルカもいないし」
    「ここに来るのは、ハルカのため?」
     どういう意味だ。頭のなかでアラームが鳴る。ユキの瞳に映る自分。喉を、熱くて苦い何かが灼く。
    「そうだよ。ハルカが、おまえに会いたがるから。⋯⋯ハルカは、おまえの姪でもあるから。だから、」
    「なら」
     ユキは目を逸らさない。喉が、背中が、目の奥が熱い。
    「ハルカがいないと、ここには来ない?」
     静かな声。昔からそうだ。ユキは声を荒げたりしない。ケイ、わからないよ。俺はエスパーじゃないよ、ケイ。
      だから、
    「⋯⋯そうだよ。だってないだろ、来る理由」
     自分の声が遠く聞こえる。足元が、視界が揺れる。なぜだ。ぐらつかないように、はぐれないように、俺は。頭のなかで言葉がぐるぐると空回る。俺は俺とはぐれないように、そのために、今も、
     あの時も。
    「⋯⋯もういいや」
     ふ、とユキが息を吐く。呆れて、微笑って、問いを重ねて、少しずつ増した棘は、最後にその言葉に変わる。いつもそうだ。ユキは、声を荒げたりしない。
     ユキが微笑む。口角は上がっていて、目は溶けるように細められて、確かにユキは微笑っている。だから気のせいだ。
     泣きそうに見えるなんて。
    「ユ⋯⋯」
    「おやすみ、ケイちゃん・・・・・。今度は、発表会でね?」
     さわりと肌に風を感じる。目の前がゆっくりと滲んでいく。ユキがひらりと手を振った。足元が崩れて、そのまますうっと落ちていく感覚。瞼に浮かぶ、暮れていく空。
     ベランダにいた。理由は覚えていない。教室は空で、なのにまるで隠れるように、ユキとふたり、鳩もいない、エアポケットのような場所に。分け合ったイヤホンで何を聴いていたのだろう。暮れていく空が、滲むように蒼かった。
     ふと空から目を転じると、なに、と問うようにユキが首を傾けた。白い肌に、イヤホンの黒い線が落ちていた。だから。⋯⋯だから?
     手を伸ばしてしまったことに気づいたのは、驚くように見開かれたユキの目を見てからだ。
      ケイ、⋯⋯
     ふれた頬の滑らかさ。見開かれたユキの瞳いっぱいに映る自分。それはどんどん大きくなって、そのままケイの視界はすべて、揺れる自分の顔で埋まった。
     エアポケットのような夏の夕暮れ。さわさわと吹き抜ける風を肌に感じながら、瞳に互いを映しながら、かすかに震える熱に、ただ息を止めていた。
    「⋯⋯俺はエスパーじゃないよ、ケイ」
     囁くようにユキは言った。だからケイ、わからないよ。ちゃんと言ってくれないとわからない。
     ケイは応えなかった。はぐれたくなかった。自分と。⋯⋯それまでの世界と。
     これはエアポケットだ。夏休み前の、ほんの一瞬の空白。長期休暇という非日常に攫われ、そのまま日常の海に沈み、ゆっくりと摩耗して消えていく。そう願った。ユキはそれ以上、何も言わなかった。
     高校を卒業したら、あれだけ一緒に過ごした日々は買い換えた携帯電話ごとしまい込まれて、それきりになった。
     それで良かった。
     運命のイタズラなんてロマンチックな展開は求めていなかった。そんなものはあの頃のテレビで充分だ。交差点ですれ違ったり、ボートから池に落ちたり。そんなことあるかよ。そんなことになるかよ。そう笑い合って、チャイムが鳴って、席に着いたら忘れてしまう。そんな日々。
     それで良かったはずだ。だからあの日のことだって、海に沈めばいいと思った。
     なのにおかしいだろ。踏みしめる足元。強く目を瞑って、蒼い夕暮れを追い出す。あれで良かったはずだろ。
     そうだろ、恋心。


     発表会当日、会場で合流したユキはいつもどおりだった。並んで席に着き、パンフレットを眺める。ハルカの担当講師の略歴も載っていた。同年代だ。選曲は、眩しい平成J-POP。
    「次だ」
     ユキの声が弾む。出演者紹介動画、イントロ、出演者の登場。センターで咲く、ハルカの笑顔。
    「可愛いなぁ」
     ユキが微笑む。眉を下げて、唇をきゅっと引いて。
     愛しくてたまらないと言うように。
     どん、と大きく鼓動が鳴った。ステージで照明が弾ける。ハイテンションなDJの声が響く。Hello! This is⋯⋯、
     机と肌を灼く夏の陽射しを感じた。窓からの風に揺れるカーテン。あの頃、教室には冷房なんてなかった。
     机のうえの木漏れ日は波のようで、見ているとすぐに睡魔が誘いにきた。また寝てたの? やわらかな声でユキは言った。眉を下げて、唇を引いて、ユキは微笑った。起きて、ケイ。⋯⋯ケイ、
     ふれる手はいつも、少しだけ熱かった。
     裏切りものめ。喚く鼓動に唇を噛む。海に沈めた。はぐれないように。なのに、どうして今さら。くそ、裏切るなよ。

     ステージでハルカが踊る。
     最高にキュートでキャッチーで、キラキラと輝く姿。

     なのにどうしても、心が別のことを叫ぶ。ユキのあの表情。手の温度。

     ピンクのマリンスタイルにルーズソックス。
     カルピスソーダの泡のように、ハルカがステージを飛び跳ねる。

     そこに重なる、教室。ベランダ。鳩。滲む夕暮れ。見開かれた瞳。

     曲は続く。
     ハルカが拳を振り上げる。
     眩しい笑顔が目に刺さる。

     ケイ、⋯⋯ケイ。わからないよ。
     俺はエスパーじゃない。


     ああ、駄目だ。


    「はは、かわい」
     隣でユキがくしゃりと笑う。何かがすとんと胸に落ちる。ああ、もう駄目だ。ただ、そんなことを思った。
    「ユキ」
    「ん?」
     ステージを観たまま、ユキがケイに顔を寄せる。肩がふれる。耳に、頭に、ポップでキャッチーな曲が響く。イヤホンを分け合って聴いた曲。
    「話があるから、この後おまえの家に行く。⋯⋯俺ひとりで」
     一瞬だけ絡まる視線。ステージ中央に集まった子どもたちが、晴れ晴れしくポーズを決める。割れんばかりの拍手。
     手を叩きながら、ユキが微笑う。ステージを、ハルカを見たまま、囁くような声で言う。
    「楽しみにしてる」
     どういう意味かは考えない。ケイは自分に言い聞かせる。もう海に沈めたりしない。もう、俺は俺とはぐれない。
     今度こそちゃんと、泳ぎ切ってみせる。
     なぁ、恋心。

     
     
     
    創作物を発表してみたくてはじめました。現在は主に短歌、短編(掌編)を投稿しています。詩や俳句も…と思いつつ、そちらはまだまだ。いずれは仕事の知識を創作に取り入れて、楽しく役立つコンテンツを作りたい(野望)。好きなものを、好きなように書いていきます。よろしければお付き合いください。

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