
治療ができる幸せ
こんにちは。
今回はレポートではなく、初めて自分なりの想いを書きます。
私は、重症筋無力症の症状が出始めてから10年間以上診断がつきませんでした。つまり治療もできなかったということです。
症状とともに子供時代を過ごし、思春期を過ごし、大人になっていきました。その間治療は受けておらず、知恵と工夫(と気合)で乗り切ってきました。
病気だけど治療をしない。そういう生き方もありだとは思うのですが。
あまりにハンデが大きすぎると非現実的です。
ひとりぼっちで向き合ってきたような感覚があります。
そのせいか、症状が強い時でも自分でなんでも出来ます。
走ることも可能です。
しんどいけど。もう一回言います。しんどいけど。
ウィフガート、パルス、IVIg、血漿交換。
治療を受けるたびに、なんとも言えない気持ちに襲われ泣きそうになります。というか泣いています。
何というか、治療は贅沢品な感覚がしているのです。
タダで豪華な食事をしているような感じです。
だから、罪悪感と隣り合わせです。
かけてもらったコストを返せるのかも分からないし。
でも、ありがたく受け取る他ありません。