
白の境界線~誕生日の朝に~
6月のある土曜日の朝、宅配便が届いた。
差出人は旧知の友人。
もう20年会えていないが、毎年かかさず贈り物をくれる、貴重な存在。
誕生日を祝ってもらえる。
それだけで、自分がこの世界にちゃんといる気がする。
今日は朝から左耳の調子が悪く、音が聞こえづらい。
そんな日はなんとなく現実世界の境界線がぼんやりする。
片耳が、ただ聞こえづらいだけなのに。
そして今朝は梅雨空。
一面に雲がかかり、景色までぼんやりと白んでいる。
そんな白い朝に届いたのは
「すべての、白いものたちの」(ハン・ガン著/河出文庫)
だった。
封を開け、立ったままキッチンカウンターにもたれて読み始めた。
読み進めていくうちに、「これは、私の本だ」と思った。
なぜだろう。
遅い朝食を食べ終わった食器もそのままに、
ソファに座り直してゆっくりと、そして一気に読んでしまった。
そういえばこの数ヶ月、本を読んでいないことに気がついた。
忙しすぎたのだ。体も、心も。
詩とも小説ともつかない、不思議で美しい言葉の世界を彷徨っている
うちに、片耳の聞こえづらい自分と、雲に覆われた景色と、この本が、
白くぼんやりした世界で柔らかく繋がっているような気がしてきた。
心地良いような、少し気だるい雨の朝だった。
読み終わって目を閉じる。
少し顔を上げて深呼吸をする。
そのまま静かに呼吸を続けていると、誰かの気配がした。
ゆっくり目を開けるといつの間にか向かいのソファに息子が寝そべり、
音もなく画面を見つめている。片耳にはイヤホン。
ふいに外からメロディが聞こえてきた。
もう12時?お昼ご飯の支度をしなくては。
「さてと。」と言って立ち上がる。
薄陽が射している。
いつのまにか白い朝はどこかに消えてしまったようだ。
現実世界とのぼんやりとした境界線は、
彼が送ってくれた本と左耳にだけ、まだ残っている。