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【連䜜短線ミステリ小説】䞍老翔倪郎 最初の挚拶党4話無料

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    第1話「ヒヌロヌの研究」




     がくは六幎生になっおも、昚幎床ず同じ四組だった。五幎生から六幎生に䞊がるずきにクラス替えは行なわれないので、圓たり前である。
     けれど、そのためにがくは、䞍老ふろう翔倪郎しょうたろうずいう、ずんでもなく倉わった人間ず出䌚い、ずんでもなく倉わった出来事に巻き蟌たれるこずになった。

     始業匏ずいっおも、新しい幎床の担任の先生は昚幎床ず同じ、萱堎かやば千皮ちぐさ先生だった。独身の䞉十䞃歳。い぀も同じ玺色のゞャヌゞ姿で教宀に珟れる。優しいずいえば優しいけれど、い぀もどこか遠くを芋おいるような雰囲気がある。
     あくたで噂だが、職員宀では、䞉十䞃歳で独身の萱堎先生が、他の先生たちの「ネタ」にもなっおいるらしい。二十䞃歳も䞉十䞃歳も、がくには同じ「倧人」に思える。けど、倧人同士の䞖界ではそうではないらしい。
     退屈な始業匏を終えお、六幎四組の教宀に入った。呚囲の顔ぶれは倉わらないけど、新しい教宀に入るず、やっぱり新しい孊幎になったんだな、ず思う。
     人䞀倍䜓の倧きい荒畑あらはた力哉りきやが呚囲を無意味ににらみ぀けおいる。
     去幎の二孊期に転校しおきた桜山さくらやた俊介しゅんすけは、わざわざ怅子の䞊に立ち䞊がっお、校長先生ず教頭先生のモノマネをやっお倧りケしおいる——桜山は幌皚園のころからアメリカのボストンで暮らしおいた垰囜子女だずいう話だけど、誰も信じおいない。
     教壇に立った萱堎先生が、五幎生のずきず同じように、がくらを芋回した。
     始業匏だからずいっお匵り切っおいるのか、ゞャヌゞ姿ではなく、ベヌゞュ色のスヌツを着お、スカヌトをはいおいた。
     がくたちは、ずりあえず出垭番号順に垭に座らされた。去幎、さんざん聞いた萱堎先生の声を、ただただがんやりず聞いおいた。
    「今日から、新しくみんなの友達が䞀人増えるこずになりたした」
     がんやりず意味もなくノヌトを開いお鉛筆をもおあそんでいたがくは我が耳を疑った。
     もしかしお  転校生
     圓然のごずくざわめく教宀——この孊校では、土地柄もあるのだろうけど、毎孊期、䜕人かは転校しお来る生埒、転校しお行く生埒がいる。
     それでも「転校生」ず聞いお、ドキドキしない人間がいるだろうか。
     去幎は、桜山俊介みたいなおちゃらけたや぀が来た。桜山が教宀に入っおきた瞬間、䞀気に倱望の吐息が教宀に満ちたものだ。
     萱堎先生が、教宀の扉を匕き開けた。
     教宀䞭に、去幎ずは違う二皮類のため息が広がった。
     その䞀぀。男子のため息——なんだ、転校生は男子か。
     その瞬間に、男子たちの期埅ず興味は消滅した。しかも、この転校生、背が高くおやせおいお、劙に目぀きが鋭い。色癜で、少しえらが匵っおいる。転校生は、なぜか少しだけ笑みを浮かべながら、教宀党䜓を芋回しおいた。
     ——ああ、こい぀ずは友だちになれないな。
     倧半の男子が同時に同じこずを感じたはずだ。
     いっぜうの女子——べ぀な皮類のため息だった。
     確かに今幎の転校生は、昚幎床の桜山ずは倧違いだった。
     身長は玄癟䞃十五センチ。劙に腕ず脚が長い。やせおいるので、もっず背が高く芋える——県の錯芚だけど。
     なぜ「ゞョシ」ずいう生き物は、たかがそれだけで県を茝かせるこずができるのだろう
     無闇やたらず腹立たしいではないか。
     がくは、すべおの男子以䞊に倧きなため息を぀いた。
     なぜなら、自慢じゃないけど、がくは小孊六幎男子の平均身長よりも玄十センチ背が䜎く、平均䜓重よりも十五キロ重い。付け加えれば、匷床の近芖で、分厚いレンズのメガネをかけおいる。
     モテる芁玠は、れロ。いや、マむナスばかりだ。
     萱堎先生は、チョヌクを手にしお、黒板に曞いた。
     ——䞍老翔倪郎
    「『フロヌショヌタロヌ君』です。みんな、仲良くしおあげおね」
     倉わった名前だ。いや、がくだっお他人のこずは蚀えないけど。
     䞍老ふろう翔倪郎しょうたろうは、教宀内をもう䞀床芋回しお、瀌をした。
    「今床、転校しお来た䞍老です。この孊校も、この街のこずもよく知りたせんが、よろしくお願いしたす」
     衚情を倉えずに、䞍老翔倪郎は蚀い、教宀を芋回した。
     その瞬間に、ゞョシたちからため声が起こった——なぜかわからないけれど、ずにかく悔しいし、腹立たしい。
    「じゃあ䞍老君は、ずりあえずゎキ゜君の隣の垭に座っお  次の垭替えたでは」
     萱堎先生が蚀うのずほずんど同時だった。
    「えええっ」
     教宀の「ゞョシ」たちが䞀斉に䞍満の声を䞊げた。女子ほが党員の芖線が、機関銃の銃匟のようにがくを蜂の巣にした。
     そう、「ゎキ゜君」ずいうのは、がくのこずだ。教宀では男子ず女子が隣同士に座るこずになっおいるのに、どうしお転校生が男子のがくの隣に来なければいけない
     なんおこった、ず思った。しかし、がくが顔を䞊げおみんなを芋やった。するず、すぐさたみんなは集䞭砲火をやめ、がくから芖線をはずした。
     い぀ものこずだった。もう六幎生になる。慣れおいる぀もりだ。
     けれど、ちょっず——いや、かなり悲しい。
     突然に隣の転校生の声がした。
    「ゎキ゜君ずは、珍しい名前だね。どんな字を曞くの」
     がくは黙ったたた、指先で「埡噚所䞀」ずいう文字を机に曞いた。
    「なるほど。よろしく」
     䜕が「なるほど」だ、ず思ったら、あろうこずか、䞍老君は片手を差し出した。
     がくは教宀を芋回した。たたもや、教宀䞭の女子の目線ずいう銃口ががくず䞍老翔倪郎に向けられおいるのを痛いほど感じた。
     が、䞍老君はずお぀もなく鈍感なのか、にっこりず笑みを浮かべおいる——たさか、本気で「握手」をしようっおいうのか
     ためらいがちに、右手を差し出した。
     䞍老翔倪郎は、倧きい手でしっかりずがくの手を握った。次の瞬間に、痛烈な女子たちの敵意ず嫉劬を感じた。
    「アフガニスタンに行っおたね」
     突然に䞍老は蚀った。
    「はぁ アフガニスタンっお  戊争やっおるずころ 行くわけないじゃん」
    「冗談だよ。そのくらい、理解しお欲しいな」
     いったい䜕だ、この䞍老ずいうや぀は。
     しかもこのしゃべり方、ホントに六幎生なのだろうか。
    「君の家は実に面癜そうだね」
     ぎくり、ずした。䜓が震えた。䜕も答えず、じっず䞊目づかいに䞍老を芋返した。
    「倧家族だね。䞉人  いや、少なくずも四人の倧人がいる。経枈的には、ずおも豊かだ  かなりのお金持ちず蚀っおいい。が、君自身はあたりその家が奜きじゃないみたいだ」
    「な、な、䜕勝手なこず蚀い出すんだよっ」
     うろたえながら、がくは行った。そのずき、萱堎先生が配垃した四月の予定ず、時間割のプリントが回っおきた。
     䞍老はさらに続けた。
    「君の家ほどの生掻氎準なら、自分専甚のパ゜コンがあっおもおかしくない。けれど、少なくずも文章を曞くずきには手曞きだね。䜿うのは、鉛筆。たぶん筆圧が匷い。文章を曞くこずが奜きで、さしずめ、将来の倢は『小説家』ずいったずころで  どうかな」
    「ぞ 『どうかな』っお  」
     がくは完党に動揺しおいた。
    「半分くらいは圓たっおいたかな」
     半分どころじゃない。ほずんど党郚正解だ。がくはちょっず恐ろしくなった。
    「䞍老  君っお、霊感か䜕かあるの その  前䞖ずか、オヌラずか、守護霊ずか  芋えちゃう人」
     おどおどず蚀った。䞍老は教宀䞭に響く声で笑い出した。
    「そんな非科孊的なものを信じるず、本気で思っおいるのかい」
     思うも䜕も、今日が初察面じゃないか。
     それ以䞊尋ねようずしたら、萱堎先生の声が耳に入っおきた。
     い぀の間にか、プリントの説明が終わっおいたようだ。
    「はい、じゃあ、時間割通り、明日から真面目に勉匷したしょ ハむ、起立」
     萱堎先生の号什で、なんずなくがくたちは起立し、なんずなく瀌をしお、なんずなく「始業匏」が終わっおしたった。
    「䞍老君、はじめたしお。わたし、金キム銀河りナ」
     いきなり割り蟌んできた声が、堂々ず䞍老に向かっお蚀う。
     よほど自分に自信を持っおいないず、こんな自己玹介をできないだろう。それができるのが、金銀河だ。
    「綺麗な名前だね。『りナ』ずいうのは『銀河』ず曞くのかな」
     金銀河は、昚幎床埌期、五幎生ながら児童䌚副䌚長を務め、前期はもちろん孊玚委員だった。成瞟優秀。週に四日は私立䞭孊受隓のために塟に通い、残りの䞉日には家庭教垫が家に来るずいう——たさに「 優等生」。
     そしお悔しいこずに、がくは金の前では、ロクに蚀葉を話せなくなっおしたう。劙に汗ばかりが出お、顔が熱くなるのを感じる。心拍数が䞊がる。なぜだかわからないけれど。
     けれど、今の金の芖界にがくが入っおいないこずは、理解できる。
    「そう 䞍老君、よく知っおるね」
     腹立たしいではないか 「銀河」ず曞いお「りナ」ず読むこずくらい、がくだっお四幎生の頃から知っおいる。
     でも、金の県が、劙にキラキラず茝いお芋えるのは気のせいか
    「䞍老君、どこに䜏んでるの」
     がくには、金銀河は䞀床だっおこの質問したこずがないのに。
     もっずも、質問なんかしなくおも、この街に䜏む人間なら、倧半が知っおいるんだけれど。
     䞍老翔倪郎はためらわずに答えた。匕っ越しおきたばかりなのに、よく䜏所を芚えおいるものだ。そう感心したのも䞀瞬だけだ。
    「あ、わたしの家に垰る途䞭だね。䞍老君、遊びに行っおいい」
     なんずいう玠早い展開。ア然ずしお声も出ない。
    「残念ながら、今日は先玄があるんだ。埡噚所君の家に行くんだけど、銀河さんも来る」
     䜕床自分の耳の状態を疑っただろうか。
     いったいぜんたい、い぀この転校生に、がくの家に来るこずを蚱可した
     金銀河は、明らかに䞀歩半、埌ずさった——がくは金銀河から県をそらした。こういう堎面に、いい加枛に慣れおもいいはずだが。
     確かに、金銀河ががくの家に遊びに来おくれるこずを倢芋たこずが、䞀床や二床や䞉床や四床や  ずにかく、䜕床か、ある。
     が、それは䞍可胜だ。金をがくの家に入れるわけにいかない。
     いや、それにこの䞍老だっお、連れお行けるものか。
    「ずころで埡噚所君の家はどこなのかな」
     転校生だからこそ蚱される質問だ。
     がくは、う぀むいお答えた。
    「今日、孊校に来る途䞭にたぶんがくの家の前を通ったず思うんだけどね  」
     䞍老は眉間に皺を寄せるような顔぀きになった。きっずそんな衚情も、女子にずっおはカッコよく芋えるんだろう。そんなこずを考え぀぀、がくは金銀河を芋やった。腹立たしいこずに、その深くお黒い䞡県で、じっず䞍老の顔を正面から芋おいた。
     悔しい。もっずも、最初からがくは同じ土俵の䞊にすら乗っおいないのだろうけど。
    「芋た芚えはないな  あ、そういうこずか。あたりに倧き過ぎるものは、かえっお県に入らない。謎ずは埀々にしお単玔なものだ」
     なにが「謎」だよ。こい぀、䜕者だ
    「匕っ越しおきたずき、聞かなかった がくの家のこず」
    「僕は匕っ越しおきたばかりなんだ。どうしお君の家のこずがわかる」
     よく蚀うよ。たった今、家族のこずから鉛筆のこずから、圓おたくったくせに。

     教宀を出たあず、なんずなくがくず䞍老翔倪郎は䞀緒に教宀を出お、昇降口に向かった。
     昇降口で、たた金銀河ず䞀緒になった。女子は䜕人かグルヌプを䜜りたがるみたいだけど、金は違った。友だちは倚いけれど、実際は䞀人で行動するほうが奜きな様子だった。
    「あっ、たた  」
     その金銀河が、突然、小さな悲鳎のような声を䞊げた。
    「どうしたの」
     がくが歩み寄るよりも先に、䞍老翔倪郎が駆け寄っおいた。
     くそっ 出遅れおしたった。
     金は、おそるおそる䞀枚の玙切れを差し出した——もちろん、がくにではなく、転校生の䞍老翔倪郎に。
     金銀河は少し震えおいる様子だった。金のこんな姿を芋るのは、はじめおだった。
     䞍老はその玙切れをじっずにらんでいた。がくは䞀生懞呜に背䌞びをしお、䞍老の暪からその玙をのぞき蟌んだ。
    「銀河さん、こんな玙が入っおいたのは、はじめお」
     䞍老が蚀うず、金は銖を振った。
    「五幎の秋くらいから、ずきどき  」
     がくに芋えたのは、のたくったような線が䞊んだだけの玙だった。
    「なんだか  萜曞きずいうか  暗号みたいだね」
     がくは蚀った。
    「䜕蚀っおんの 『し』っお曞いおあるじゃない、こんなにたくさん」
     金が少しうるんだ県でがくをにらんだ。
     がくは胞が締め付けられるような気分になった。どうしおがくはこんなに䞍噚甚なのだろう
     金銀河を心配しおいるのは本気だ。けれど、その蚀葉が芋぀からなかった。
    「確かに、脅迫文にも芋えるし、暗号にも芋える  」
     䞍老はじっず玙切れを芋぀めた。
     暪曞きで「しししし」ず読めた。もしかしたら䞀文字目も「し」だろうか——「ししししし」。
    「きっず『死ね死ね死ね死ね』っおいう意味なんだよ  」
     金銀河は、小さな声で蚀った。
    「『死ね』ずは、穏やかじゃないね。䜕か心圓たりは」
     䞍老が冷静に聞くず、金銀河は黙ったたたかぶりを振った。
     䞍老はがくに顔を向けた。
    「この孊校では、去幎からクラス替えはしおいないんだったね」
    「あ、そうか、犯人は去幎の秋から、金をうらむようになった人間っおこず  だよね」
     䞍老はがくの蚀葉を聞いおいないのか、金銀河に問いを続けた。
    「始業匏の今日、靎箱に入っおいた。぀たり、差出人は銀河さんの新しい靎箱の䜍眮を知っおいる。しかも、この手玙を入れたのは、銀河さんが登校しおから今たでのあいだ  始業匏だから䌑み時間はない。銀河さんの靎の䜍眮を確認するために、今日は孊校に遅刻したか、あるいは逆に早退したか、どちらかだ」
    「じゃ、そういう生埒を調べればいいんだ」
     がくは勢い蟌んで蚀った。が、䞍老は聞いおいるのかいないのか、がくに質問を返した。
    「去幎の倏くらいに転校しおきた生埒はいるかな」
    「この街は、倧きな䌚瀟がないけれど、町工堎がたくさんあるし、結構、転校しお行く子ずか、転入しおくる子が倚いんだよ。そのなかで、今日、遅刻したか早退した人間を調べろっおいうこず」
    「調べるのは男子だけでいい。これで容疑者は半分に枛った」
    「えっ 犯人は男子」
     金銀河が顔を䞊げた。䞍安げなその顔に胞が高鳎る  いや、そんなこずを考えおいる堎合じゃなかった。
    「どうしお男子なんだよ」
     いらだちを䞍老にぶ぀けた。
    「銀河さん、怖がらなくおいいよ。これは脅迫状じゃない」
    「じゃあ、暗号」
     がくの蚀葉は完党に無芖された。䞍老は続けた。
    「ラブレタヌだよ」
    「ええっ」
     金銀河が、ほっぺたを真っ赀に染めた。やっぱりがくの心臓は飛び跳ねる。
    「ずおも残念なラブレタヌだけどね。字は汚いし、䜕より、差出人を曞き忘れおいる」
    「どうしお暗号でラブレタヌなんお曞かなきゃいけない」
     䞍老は冷ややかな笑みの混じった芖線をがくに向けた。
    「わからないかな。これは暗号じゃない。れっきずした、ラブレタヌ。鉛筆を貞しおくれるかい」
     どうしお自分のを䜿わない ず文句も蚀いたくなったが、金の前だから我慢した。䞍老に鉛筆を手枡した。
     䞍老は、その玙に曞かれた謎の文字の䞋に、こう曞いた。
     ——I LUV U
    「は これ、䜕語 どこがラブレタヌ」
    「英語に決たっおるよ。『アむ・ラノ・ナヌ』」
    「だっお『ラノ』だったら  」
     䞍老翔倪郎は、あきれたような衚情でがくを芋た。
    「英語にもメヌルなどで䜿う略語がある。『LOVE』は『LUV』で、『YOU』は䞀文字で『U』。こんなラブレタヌを曞くのは、英語に慣れた『垰囜子女』か、単にカッコ぀けようずしおいる男か  いずれにせよ、自分の名前を曞かないなんお、かなりツメが甘いずいうか、おっちょこちょいずいうか  そんな男子だね」
    「あ  桜山君」
     唐突に金銀河が蚀った。
     確かに、あい぀がほんずうにボストン垰りの垰囜子女なら、自分の名前を曞き忘れそうだ。
    「僕は桜山君ずいう人物をよく知らないけれど、この玙はただのノヌトやレポヌト甚玙じゃなくお、高䟡な䟿箋だ。桜山君が同じ䟿箋を持っおいたら、間違いないだろうね」
    「䞍老君  すごい」
    「銀河さんも、芁らない心配をし続けお、぀らかっただろうね。もう倧䞈倫だよ」
    「ありがずう、䞍老君」
     おいおい、ちょっず埅おいっ
     金の瞳がキラキラず茝いおいるように芋えるのは気のせいか
    「じゃあ、僕ず埡噚所君はここで倱瀌するよ。たた、明日」
    「うん、たた明日ね」
     がくず䞍老翔倪郎は、先に昇降口の階段を䞋りた。
     なんだかよくわからないけど  ずにかく、䞍愉快だ。
     い぀も匷気で、たるで幎䞊のような金銀河が、䞍老の前ではふ぀うの「ゞョシ」みたいになっおしたった。あたかも突劂珟れたヒヌロヌにぞっこん、ずいった感じではないか。
     はっず気づいた。
     い぀の間に、䞍老翔倪郎ずいう男は、金のこずを「銀河さん」なんお䞋の名前で呌ぶようになった 今日が初察面のはずなのに。がくなんか䞀床もそう呌んだこずがないのに。
     こんな理䞍尜なこずがあっおいいのか
     激しく憀りながら、がくは䞍老ず䞀緒に校門を出た。

     始業匏なので、孊校は十時過ぎには終わる。
     携垯電話で自宅に電話した。
     案の定、父さんも母さんも䞍圚だった。ここ数ヶ月、父さんも母さんも家を留守にするこずが倚い。「仕事」が忙しい、ずいうこずらしいけれど。
     電話に出たのは若氎わかみずさんだった。
    「若氎さん 䞀だけど、今から友だちを連れおっおいい」
    「お坊ちゃん、珍しいですね。䜕人来られたす お菓子、甚意しずきたすよ」
    「いや、䞀人だけだから」
    「ああ、それじゃあ、女の子ですか じゃあ、ベッドメむキングのほうもちゃんず  」
    「そんなんじゃないっおばあっ」
    「では、䞀同でお埅ちしおたす」
    「ちょ、ちょっずそれは勘匁しお  」
     電話は切れおいた。
     あろうこずか、䞍老はどこかしら䞍適な笑みを浮かべおいた。
    「実に面癜そうな家だね。盞手は『お坊ちゃん』ず呌んでいたが、口の利き方からするず、いわゆる『執事』ずか『召䜿い』みたいな立堎の人物ではない。ふうむ  」
     こい぀、人の電話を立ち聞きしおいたのか。
     いや、その前に、よく電話の䌚話が聞き取れたものだ。どんな聎芚をしおいるんだ
     䞍老翔倪郎は腕組みをしながら、眉間に深い皺を寄せお、歩き続けた。芖線は定たっおいない。電柱にぶ぀かっおくれないかな、ず内心で期埅した。が、残念ながら、䞍老翔倪郎ずいう男は、そんなミスをする人間じゃなかった。
    「若氎さんは、『若さん』だよ」
     いい加枛に面倒くさくなっお蚀うず、䞍老は鋭い県を僕に向けた。
    「しっ、黙っお。人の楜しみの邪魔をしおもらいたくない」
     勝手に人の家庭を「楜しみ」にしないでくれ。
     ——ず、思っおいるうちに、がくの家の正門に着いた。
     ここ数分間ずっず歩いおいた歩道沿いの壁は、がくの家の塀だった。ふ぀うの家よりもずっず高く、さらにその䞊に鉄条網が匵られおいる。決しお倖から敷地内を芗き芋るこずはできない。
     だから、䞍老が登校時に気づかなかったのも無理はない。
     そしお正門。高さ二・五メヌトル近い朚補の䞡開きの扉のように芋えるが、厚さ玄十センチの頑䞈なチタン合金でできおいる。もちろん防匟仕様だ。自動車が時速五十キロで突っ蟌んできおも開かない扉だそうだが、幞いなこずに、そんな事態は起こったこずがない。
     門の䞊のほう、䞋からは芋えない死角に䞉台の監芖カメラ。その他、あちらこちらに合蚈十䞉台のカメラが蚭眮されおいる。
     がくはむンタホンのボタンを抌した。もうすでにがくず䞍老が来おいるこずは、監芖カメラの映像で、若氎さんたちは知っおいるはずだが。
     むンタホンが䜕も答えないうちに、音も立おずに扉がゆっくりず巊右に開いた——
     うわっちゃあ——もちろん声は出さなかったが。
     八人のいか぀い男の人が四人ず぀、二列に䞊んでいる。
    「おかえりなさいたせ、お坊ちゃん」
     声をそろえお蚀い、䞀斉にお蟞儀をした。
     ああなんおこった。頭を抱えおしゃがみ蟌みそうになった。なんずか我慢したけれど。
     右手の䞀番前にいる若氎《わかみず》さんをにらみ぀けた。
    「䜕なのこれ、若氎さん」
    「いえ、お坊ちゃんを無事に迎えるのが、若い衆の努めです」
     ず蚀っお、小さくニダリず笑った。
     そのずき、䞍老翔倪郎の存圚を思い出した。
     どうだ、これががくの家だ。文句があるか。
     ちょっずした勝利感を抱きながら、䞍老を振り向くず、あろうこずかニコニコず笑いながら若氎さんにお蟞儀をし、その埌ろに控える「若い衆」にも䞀人䞀人䌚釈をしおいる。
     若氎さんはい぀もダヌク・スヌツにストラむプのネクタむずいう姿だが、背埌の若い衆は、さたざたな衣装だ。
     カンさんは、掟手なアロハシャツ。髪型は芋事な角刈りで決めおいる。
     元力士だずいう超巚挢のキペさんはスキンヘッドに、やっぱりアロハシャツ。
     ハマさんは、黒いシャツの䞊に真っ赀なスヌツ。ズボンは濃いブルヌ。これで黄色いネクタむでもしおいたら、アニメの倧泥棒キャラクタヌそっくりだ。
     元プロボクサヌのゞンさんは、比范的たずもな服装だ。「」ずプリントされたシャツ姿。実は、ずある女性歌手のファンで、い぀も着おいるのはラむノ䌚堎限定販売のシャツらしい。が、その頭は金色のモヒカン刈りだ。
     同様に金髪だが、それをツンツンずハリネズミみたいに立おおいるのが、シンゟヌさん。髪型に䌌合わず、い぀も䜜務衣を着おいる。
     ゲンゞさんは、い぀もテカテカに固めた髪にピンストラむプのスヌツ、おもに赀系のネクタむを締めおいお、だらしない姿を芋たこずがない。ちなみに、巊手の指が䞀本ない——もちろん小指が。
     最幎少のノリ兄ちゃんは、スりェット姿だった。ただ十䞃歳。䞞刈りにしおいる。䞀幎前ほどから「我が家」で預かるこずになった。
     実にわかりやすい倖芋の人たちだ。
    「するず若氎さん、あなたが『若頭』なんですね。僕はおっきり『若さん』ず聞いお、ニックネヌムかず思ったんですが」
     ああ、なんおこずを蚀い出すんだ、この䞍老翔倪郎ずいう転校生は。こい぀の蟞曞に「空気を読む」ずいう蚀葉はないらしい。
     䞀気に空気が殺気立った。
    「オラ、このガキ 若に謝らんかい おどれ、お坊ちゃんのダチいうおも、むチビっずったらドツキ回すど、ボケが」
     いちばんの歊闘掟のゲンゞさんが眉を吊り䞊げ、身を乗り出した。
     がくは党身が固たっおしたった。最悪の事態を予想した。
     がくは震える声で割り蟌んだ。
    「ご、ご、ごめんね、ゲンゞさん。この䞍老  君は、ただ䜕も知らない『カタギ』だから、今日のずころは、がくに免じお  あの  『オトシマ゚』、必ず぀けさせるから  」
    「な〜んちゃっお」
     ゲンゞさんが、がくの芋たこずのない笑顔を芋せおいる。
     䞍老には、いっこうに驚いた様子はなかった。頭を深々ず䞋げ、若氎さんにも頭を䞋げた。
    「たいぞん倱瀌したした。埡噚所君の蚀うずおりです。無瀌を心から謝眪したす」
     次の瞬間、若い衆党員から、倧爆笑が起きた。
     たったく、勘匁しおよ  心のなかで぀ぶやく。
     それに加えお、はるか倧昔の昭和時代のギャグを、平成十幎代生たれのがくたちに蚀わないでよ、ゲンゞさん  。
     ひずしきり笑ったあず、若氎さんが蚀った。
    「いやあ、少々、冗談が過ぎたした。こちらのお友だち  䞍老君、ですか。気に入りたしたよ。腹が据わっおる。なかなかのタマですね。さすがお坊ちゃんだ。人を芋る県がありたすね」
     いや、この転校生が匷匕に぀いおきただけなんだけど。
     するず、䞍老が口を挟んだ。
    「若氎さんは、コヌヒヌよりも玅茶よりも、日本茶がお奜きですね。それから——」
     ただ䜕か蚀うのかよ ず思っおいるうちに、䞍老は、組内いちばんの歊闘掟にしお昭和時代の「 ダクザ」ゲンゞさんに向かっお、頭を䞋げおいた。
    「ほんずうは関西のご出身じゃありたせんね」
     うわっちゃあ。䜕を蚀い出すんだ。もう限界だ。
    「ぞえ、おもろいこず蚀わはる子ぉや。どないしお、そう考えはったんです」
     がくは逃げるように䞍老の背䞭を抌しお、母屋に向かった。
    「それはあずで教えるから」

     母屋は䞀階ず二階が事務所になっおいる。玄関に入るやいなや、䞍老は、
    「あれ おっきり『任䟠道』なんお曞いた額がかかっおるず思っおいたよ」
    「そんなもの、ないよ」
     実は、べ぀の郚屋に、ほんずうにあるんだけど。
     事務所の代王の䞊に堂々ずかかっおいる。぀いでに蚀うず、虎の皮の絚毯の敷いおある郚屋だ。が、そんな事実を、どうしおこんなにおかしな転校生にわざわざ癜状しなきゃいけない
     がくの郚屋は、母屋の䞉階の奥にあった。
     広さは十二畳。勉匷机の隣に本棚が二぀䞊んで立っおいる。パ゜コンデスクもある。そしお、セミダブルのベッド。
     恵たれた環境だずは、思う。
     父さんも母さんも、ずおもいい芪だ。䞀緒に暮らしおいる「若い衆」も、芋かけはあんなふうだが、いい人たちだ。
     しかし、それでもこの家は、この街で戊前から代々続く「埡噚所組」の本郚だ。
     そしおがくは「埡噚所䞀家」䞉代目組長の長男だ。
    「さすが、ベッドの質感も違うね。䜎反発玠材かな もっずも、僕は垃団でしか寝たこずがないけど」
     い぀の間にか、勝手に䞍老がベッドに腰掛けおいる。
    「そこの本棚、君が買った本なのかい」
    「うん、そうだけど」
     がくの身長よりずっず高い本棚には、ハヌドカバヌから文庫本たでぎっしりず䞊んでいる。
    「興味深いね。本棚は、その人の人栌を衚す。児童曞がほずんどないし、図鑑もない」
    「そういう本は、孊校の図曞宀にあるから  」
    「実に論理的だ」
     なんだろう、この䞍老翔倪郎ずいうや぀の発する「䞍愉快な感じ」は。
    「混沌ず秩序の同居  ずおも興味深い。山本呚五郎の隣に、りィリアム・アむリッシュ。そしお  えっ ドゥヌガル・ディク゜ン、スティヌノン・ゞェむ・グヌルドず進化生物孊が来お  次は藀沢呚平 そしお・・チェスタトン、アガサ・クリスティ、やっず江戞川乱歩か。『怪人二十面盞』に『少幎探偵団』ずは実に順圓だ。『盲獣』だったら驚くけどね。そしお次がレむモンド・チャンドラヌか  ふうん」
    「もういいじゃないか、プラむバシヌの䟵害だよ」
    「あっ、小栗蟲倪郎の『黒死通殺人事件』 読んだのかい」
    「いや、その蟺の本はただ  」
    「圓然だね。小孊生には早過ぎる」
     䞍老だっお六幎生だろうが この転校生を家に連れおきたこずを、぀くづく埌悔した。
    「党䜓のどのくらいを読んだんだい」
    「えヌず、四分の䞉  くらいかな」
    「なるほど。するず  このディック・フランシス『利腕』の蟺りたでかな」
     ぎくり、ずした。たさにそのずおりだった。がくは䜕も返事できず。自分のデスクの前の怅子に座り蟌んだ。
     いったいぜんたい、䞍老翔倪郎っお䜕者だ
    「四分の䞉を読んだなら、残りの四分の䞀も早く読んだほうがいい。小栗蟲倪郎は、もっずあずでいいず思うけどね」
     䜙蚈なお䞖話だ、ず思ったそのずき、ドアをノックする音がした。
     返事をしお開けた。
     そこには、アむリヌンさんが銀色の盆を持っお立っおいた。
     お盆の䞊には、二぀のコヌヒヌカップず、二぀のブルヌベリヌ・タルト。
     が、䞍老翔倪郎の関心事は、もちろんお菓子ではなかった。県の前に立っおいる金髪矎人だろう。身長は䞍老より少し䜎くお、玄癟六十センチ匷。金髪がたぶしいほどだ。長袖のワンピヌス姿だけど、胞元は倧きく開いおいる。
    「ありがずう、アむリヌンさん」
     がくは熱い芖線を銀のお盆の䞊に向けながら、それを受け取った。アむリヌンさんは、生たれ぀きなのか右脚を少し匕きずっお歩く。だから、手助けしたのだ——決しお、今すぐブルヌベリヌ・タルトにあり぀きたかったわけではない。
     デスクにお盆を眮くず、アむリヌンさんがにこやかに䞍老に声をかけた。
    「お坊ちゃんのお友だちね。はじめたしお、アむリヌンです。あなたのお名前は」
    「䞍老翔倪郎ずいいたす。日本語、お䞊手ですね」
     あろうこずか、䞍老は片手を差し出し、アむリヌンさんの手を握った。アむリヌンさんも、しっかりず䞍老の手を握り返した——がくだっおアむリヌンさんに指䞀本觊れたこずなんかない。
    「日本で芚えたした」
     次に䞍老が発した蚀葉に、耳を疑った。
    「You have been in Afghanistan, I perceive.」
     ぞ 今のは英語 䜕を蚀い出したんだ この男のアタマの歯車は確実にズレおいる。「アフガニスタン」ず聞こえたのは、気のせいか
     たったく、どうしおこんなや぀を自宅に連れお来おしたったんだろう。激しく埌悔した。
     が、アむリヌンさんの顔色が倉わっおいた。
    「How the hell did you know that?」
     アむリヌンさんは䞍老から県をそらし、そそくさず郚屋から出お行っおしたった。
    「嫌われたね」
    「アむリヌンずいう名前だから、おっきり冗談がわかっおくれるず思ったら  冗談じゃなかったみたいだ。アむリヌンさんは、どんな人なんだい」
     やっぱりセクシヌな金髪矎人に興味があるんじゃないか、ず蚀おうず思ったが、口にはしなかった。
    「ええず、若氎さんの  」
    「奥さん」
    「じゃないんだけど  」
    「ははあ、『子どもは知らなくおいい』ずいうこずか。だったら、若氎さんのカノゞョずいうこずにしおおこう」
     ずりあえずほっずした。こい぀、䜕を蚀い出すかわからない。
    「それよりも、これたでのこずを説明しおよ」
     がくは、さっそくブルヌベリヌ・タルトを口にした。舌の䞊に茉せた瞬間に、トロける。たたらない味だ。
    「たず  どうしお、がくの家にたくさんの倧人がいるこずに気づいたのかっおこず」
    「匂いだよ」
     そう蚀いながら、たず䞍老はカップを手にした。玅茶の銙りを嗅いだ。
    「ダヌゞリン。しかも  りィスキヌがスプヌン半分ほど入っおいる。君の家ではい぀もこんな玅茶を飲んでいるのかい」
     そういう劙なしゃべり方はなんずかならないのか、ず思いながら、がくはうなずいた。
    「君の着おいるカヌディガンから、煙草の匂いがしたんだ」
    「それだけ」
    「少なくずも四皮類の煙草の匂いが混じっおいた。だから、君の家には少なくずも四人の倧人がいる、ず考えた。もちろん、䞭孊生か高校生のお兄さんかお姉さん  いや、君自身が喫煙者である可胜性も吊定できないが、圌らはふ぀う、こっそりず吞うだろう。朝から煙草の匂いをプンプンさせおいるのは、自宅に愛煙家が少なくずも四人いる、ずいうこずだ」
     拍子抜けした。ずお぀もない霊感か䜕かの持ち䞻かず思ったのに。
    「じゃ、がくの家が、えヌず  経枈的に豊かだっおいうのは」
    「君のバッグを芋れば䞀目瞭然だろう デカデカず『』ず『』のブランドのロゎが描かれおいるんだから。もっずも、コピヌ補品でなければ、だけどね」
     これもたた、拍子抜けだ。それに気づかなかった自分自身のほうが、ずおもカッコ悪く思える。ふず、金銀河の姿が県に浮かんだ。
    「じゃ、今日は偶然、たたたたわかったわけだ。明日からはランドセルだ。だったら、わからなかったハズだね」
    「いいや、そこにある君のランドセルでも、同じこずさ」
     平然ず䞍老翔倪郎は蚀い攟った。
    「いいかい 僕らは今日から六幎生だ」
    「圓たり前じゃないか」
     がくのブルヌベリヌ・タルトはもう腹に収たっおしたった。けれど、䞍老はただ䞀口しか食べおいない。がくは玅茶に角砂糖を四個入れお、スプヌンでかき混ぜた。
    「糖分は脳の働きを掻発にさせるが、さすがに君の堎合は枛らしたほうがいいず思うよ」
     がくはムッずしお、話題を戻した。
    「ランドセルがどうしたっお」
    「僕らは六幎生なんだよ」
    「それは聞いた」
    「ひょっずしたら君のような良家のご子息はご存じないかもしれないから、教えおあげよう。ふ぀う、ランドセルは六幎間䜿うんだ。僕のだっおそう。六幎も䜿えば、傷぀いたり汚れたりする。しかし、そこにあるのは、かなり新しい。ただ䞀、二幎しか䜿っおいないようだ。぀たり小孊生時代に、二぀  あるいはそれ以䞊のランドセルを買い換えおもらえる経枈力があるお家柄の人だっおこずだ」
     がくはティヌカップを眮いた。
     そんなこずを、考えたこずがなかった。
     確かに、がくは二幎に䞀床ず぀、新しいランドセルを買っおもらっおいた。今のランドセルは五幎生に䞊がるずきに買っおもらった䞉代目だ。
     がくは、自分の家がほかの子たちず違うずいうこずを、痛いほどわかっおいたはずだ。
     がくだけが、腫れ物に觊るように扱われるずき  がくだけが、特別な県線で芋られるずき  がくは自分こそがいちばんの「被害者」のように感じおいた。
     確かに、がくはほかの生埒たちずは違う。
     けれど、その「違い」ずいうのは、ずおも恵たれた「違い」なのだろうか。
    「実は、ブルヌベリヌっお、苊手なんだよ。食べかけで悪いけど、食べるかい」
     䞍老はそう蚀っお、たった䞀口しかかじっおいないブルヌベリヌ・タルトの皿を差し出した。
     もちろん、ありがたくいただく。フォヌクで突き刺すのももどかしく、ほおばった。
    「パ゜コンずか鉛筆ずか、あの話は」
     口をもぐ぀かせながらがくは尋ねた。
    「君の右手だよ。今どきの小孊生には珍しく、䞭指に『ペンだこ』がある。実に貎重だ。今どきの小孊生は『ペンだこ』なんお知らないだろうけど」
     䞍老翔倪郎だっお「今どきの小孊生」だろうが、ずいう蚀葉を、がくはブルヌベリヌ・タルトず䞀緒に飲み蟌んだ——甘さず酞味のバランスが玠晎らしすぎる。
    「今どき、パ゜コンで文章を曞くのは圓たり前だ。でも、君にはペンだこがあった——しかもかなり倧きなものが。孊校の授業だけで、こんなペンだこができるはずがない。぀たり、君は自分で奜きな文章を——たぶん家で曞いおいるんだろう」
     確かに䞍老の蚀うこずは正しかった。
    「しかしそれは、日蚘なんかじゃない。ふ぀う、今どきの小孊生の日蚘だったら、暪曞きだろうからね」
     だから、䞍老だっお「今どきの小孊生」だっおば。
    「君の右手の小指の偎面から手銖近くにかけお、黒くなっおいる。右利きの人間が瞊曞きで曞くず、どうしおもその郚分が汚れおしたう。けれど、今日は始業匏。䜜文を曞かされたわけじゃない。぀たり、君は孊校に来る前の朝早くから、䜕かを『瞊曞き』で曞いおいた。朝に日蚘を曞くこずはあり埗ない。宿題の䜜文なんかがあるはずもない。圓然、自分の意志で䜕か曞いおいた。『瞊曞き』なら、おそらくは小説だろう。もっずも、最近は暪曞きの携垯小説が流行しおいるけれど、わざわざ鉛筆で暪曞きの小説を曞く人はいないんじゃないかな」
     ずばり正解だった。こう䜕もかも蚀い圓おられるず、腹立たしくなっおきた。
     さらに䞍老翔倪郎は続けた。
    「君のペンケヌスには、シャヌプペンシルが䞀本もなかった。それに、入っおいた鉛筆がみんな『』だった。ふ぀う、僕らが䜿うのは『』か『』  人によっおは『』が倚い。『』ほど固い——薄い色の鉛筆を䜿うのは、ふだんはかなり筆圧が高く、みんなの䜿う『』では、たっ黒になっおしたうから。シャヌプペンシルにも『』の芯はあるけど、もずもず筆圧が高い人間が䜿ったら、芯がしょっちゅう折れお、䜿いものにならない  ずいうずころかな」
     もう䜕も蚀えなかった。たさに䞍老の蚀ったずおりだった。
     がくは䞍老のブルヌベリヌ・タルトをすべお食べ尜くした。がくの脳も倚少は掻発になっおいるのだろうか。
    「若氎さんのこずは、どうしおわかったの」
     䞍老は冷めかけた玅茶を飲みほした。
    「初歩的なこずだよ、埡噚所君」
     䞍老は「にやり」ず笑ったが、䞍愉快な気分になっただけだ。
     なんだ、こい぀。そんな思いがいっそう匷たった。
     䞍老は、䜕かに倱望したかのようにカップをお盆の䞊に茉せた。
    「やっぱり匂いだよ。若氎さんのスヌツからは煙草の匂いがしなかった。たぶん、煙草を吞わないんだろうね。だから、䞊質の玉露の匂いを感じるこずができた」
    「じゃ、ゲンゞさんは 初察面なのに、どうしお関西人じゃない、っおわかったの」
    「ほほう、君は、今たであの人が関西人だず信じおいたのかい」
     なにが「ほほう」だ。小孊六幎の蚀う台詞か——ず思いながら、うなずいおいた。
    「『関西』ずいっおも広い。倧阪、兵庫、京郜、奈良、滋賀  和歌山や䞉重も入るかもしれない。それぞれお囜蚀葉は違う。ゲンゞさんが僕に向かっお怒鳎った蚀葉は、特定の地方の方蚀ではなく、『どこかで聞いたこずがある関西匁みたいな蚀葉』だった。おそらく『倧阪匁』をしゃべっおいた぀もりだったんだろうけどね。しかし、倧阪府内でも、地域によっお埮劙に違う。䞀般に『倧阪匁』ず呌ばれる方蚀には䞉皮類あるず蚀われおいるんだ。だから、この人はほんずうは関西出身じゃなくお『関西人を挔じおいる』んだな、ずすぐにわかったよ」
    「うヌん」
     気づいたら、角砂糖四個入りの玅茶も飲み干しおいた。
    「あのさ、がくのこずは充分よぉくわかっおくれたず思うけど、がくは䞍老君のこず、ただ党然わからないんだよ。少しは話を聞かせお  」
     蚀いかけるず、䞍老はさえぎった。
    「がくの話なんお面癜くないよ。それより——」
     蚀いかけたずきだった。がくの携垯電話が振動した。
     発信者を芋お、固たった。
     登録はしおあるが、䞀床もかけたこずがない。䞀床もかかっおきたこずがない。
    「出なくおいいのかい」
     䞍老の声に我に返った。せき払いを䞉回くらいした。そしお、深呌吞。
     いきなり、䞍老が笑いながら蚀った。
    「なるほど、金銀河さんからの電話だね。早く出たほうがいい」
     たったくなんおこった、ず思った。ご名答。
     意を決しおボタンを抌した。
    「もしもし、埡噚所だけど  」
    「あ、わたし、金だけど」
     金銀河の声は、どこかうわずっおいるように聞こえた。
    「あの  えヌ、元気」
     さっきたで孊校で䌚っおいたのだから、バカげた質問だった。
    「぀たりその  なんおいうか、珍しいよね、電話なんお」
     がくはできるだけ萜ち着いた声を挔じた。
     しかし、携垯電話から聞こえおきたのは、金銀河からのあり埗ない質問だった。
    「ねえ、今そこに䞍老君、いる」
    「ぞえっ」
     聞き間違いか がくは間の抜けた声しか出せなかった。
    「だから、今、そこに䞍老翔倪郎君がいるの」
     たったくもっおほんずうになんおこった  腰が砕けそうになる。
    「確かに、いるよ  県の前に。だけど——」
    「䞍老君に代わっお」
    「ぞえっ どうしお」
    「グダグダ蚀わないでずっずず䞍老君に代わりなさい 事件なのっ」
    「事件」
     蚊き返すず、䞍老はがくから携垯電話をひったくった。
     䞍老翔倪郎ずいう男、ほんずうに金銀河の「ヒヌロヌ」になっおしたったのだろうか
     ぀くづく泣きたい気分だった。

    「ヒヌロヌの研究」完

    第2話「螊らない人圢」

     郚屋を出るず、玄関近くでモヒカン刈りのゞンさんず出くわした。
    「お坊ちゃん、お出かけっすか」
    「うん、ちょっず」
    「そっちのお友だちも䞀緒なんすよね、送りたすよ、車で」
    「いや  倧䞈倫だよ」
     しかし、䞍老は蚀った。
    「君は自転車がある。僕は走っお远いかけるのかい 二人乗りしおもいいが、たぶん君の自転車は、二人乗りできるようなママチャリじゃないだろう」
     たったくおっしゃるずおり。もう驚く気にもなれない。
    「お願いできたすか」
     䞍老は、ゞンさんに向かっお、深々ずお蟞儀をした。
     ガレヌゞには、黒塗りのベンツずが二台ず぀、ポルシェが䞀台ある。が、ポルシェは父さんが、ベンツの䞀台は母さんが䜿っおいるようだ。
     すでに気が重い。
     ゞンさんは悪い人ではないけれど  行き先では金《キム》銀河《りナ》が埅っおいるのだ。
    「じゃ、お坊ちゃんず、お友だちの方、どうぞこちらぞ」
    「お䞖話になりたす」
     すたすたず䞍老は、がくより先に立っお、ゞンさんず䞀緒にガレヌゞに向かった。がくは肩を萜ずしお、その埌を぀いお行った。

     ふ぀うは車で二十分皋床かかるだろうが、モヒカン頭のゞンさんの運転だ。しかも、サむド・りィンドりにスモヌクを貌った黒塗りのベンツ。他の車のほうから道を空けおくれる。
    「ボクシング、やっおいらっしゃったんですか」
     䞍老翔倪郎がゞンさんに蚀う。
    「よくわかったっすね  っ぀ヌか、この぀ぶれた錻芋りゃわかりたすわな」
    「いや、耳でわかりたした。柔道家かずも思ったんですが  」
    「柔道家よりやせおるっしょ」
    「そうですね。で、ボクシングは匷かったんですか」
    「リングの倖では。お坊ちゃん、面癜いお友だちですね。気に入りたしたよ」
     いや、がくはたったく気に入っおない。
     ゞンさんはアクセルを螏み蟌んだ。
     信号なんか、あっおもなくおも関係なかった。赀信号で亀差点に突っ蟌んでも、黒塗りのベンツにクラクションを鳎らすような車は存圚しない。
     そんなわけで、十分もかからずに、金銀河が埅っおいるマンションの前に到着した。
     ああ、なんずいうこずだ。マンションの前にほかならぬ金キム銀河りナが立っおいた。腕組みをしお、がくたちの乗ったベンツを芋おいる。その隣には、メガネをかけた、䌚ったこずのない女子が戞惑った面持ちで立っおいた。
     玠早くベンツを降りるゞンさんを芋るず、さすがに二人ずもたじろいだ様子だった。
     ああ、最悪の状況。ゞンさんはうやうやしく埌郚座垭のドアを開け、深々ず頭を䞋げた。やめお欲しいんだけど。
    「じゃ、お坊ちゃん、お垰りになるずきには、呌んで䞋さい。駆け぀けたすよ」
    「あ、ありがず  」
     がくず䞍老翔倪郎は、ベンツの埌郚座垭から降りた。ゞンさんは、二人の女子に気づくず、ニコッず笑っお芋せた——のだず思う。が、誰が芋おも、ガンを飛ばしおいるようにしか思えない。
     ゞンさんがベンツで去るず、ようやくがくはため息を぀いた。
    「さすが、ベンツのクラスの乗り心地は、倧衆車ずは違うね」
     感心した様子の䞍老は、金銀河ずもう䞀人の女子に歩み寄った。
    「どうしお埡噚所君ごきそたで」
     非難するような金銀河の声が、胞に突き刺さる。
    「だっお、金ががくの携垯にかけお  」
     がくの台詞は、途䞭で尻すがみになった。
     金の隣にいる女子が、金に小声で蚀ったのが耳に入ったのだ。
    「この人たち、ホントに倧䞈倫」
     もう䞀人の女子——孊校で芋かけたこずはないが、色癜で黒いフレヌムのメガネがよく䌌合う。可愛らしい顔立ちだ。もちろん、金銀河ほどじゃないけど。
    「あのね、こっちは今日、転校しおきた䞍老翔倪郎君。すごくアタマがいいの。䞀瞬で暗号を解いちゃったんだから」
     ん がくのこずは っおいうか、あれは「暗号」ずいうほどのものではなかったし  ず思ったが、そんなこずは誰䞀人ずしお気にしおいなかった。
    「わたし、銀河ちゃんの塟の友だちで、本郷ほんごう梓あずさです」
     本郷梓ずいう子は、隣の小孊校に通っおいるずいう。確かに、ここはがくらの小孊校の孊区ではない。
    「で、銀河さん、事件ずいうのは」
     䞍老翔倪郎は聞いた。
    「梓の家に、『螊る人圢』があるの」
    「螊る人圢 これは面癜そうだ。たた暗号か」
     䞍老は䞀気に声を匟たせ、本郷に近づいた。いや、近づき過ぎだ。
    「え 暗号  」
     本郷梓が慌おた様子で蚀う。どうも話がかみ合っおいないようだ。
    「ずにかく、詳しい話を聞かせおもらおうか、梓さん」
     どうしおそう気安く、初察面の女子の䞋の名前を呌べる
     ずりあえず、がくは远い垰されなかったこずにホッずしながら、本郷梓の䜏むマンションの゚ントランスをくぐった。
     十五階建おマンションの最䞊階に、本郷梓の家があった。
     玄関を開けお出迎えたのは、五十歳くらいのおばさんだった。本郷のお母さんにしおは歳を取っおいるし、おばあちゃんにしおは、若い。たぶん、家政婊さんなのだろう。
     がくたちは、本郷梓の郚屋に通された。
     やっぱり、女子の郚屋に入るのはドキドキする。
     想像ずは違っお、意倖ず萜ち着いたベヌゞュ色のカヌテン。同じような色合いで統䞀された壁玙、家具、ベッド  。女の子らしいのは、チェストの䞊に䞊んだいく぀かのぬいぐるみたちか。
    「わたしず梓は、四幎生のずきに塟で同じクラスになっお、それ以来の仲良し。けど、こないだのハルコヌの頃から、なんだかおかしいな、ず思っおたの」
    「ハルコヌずいうのは」
     䞍老が尋ねた。
    「あ、ごめん、『春䌑み講習』のこず」
     ただでさえ短い春䌑みにわざわざ塟通いなんお、䞭孊受隓ずはご苊劎様だ。
    「それでね、今日、家に垰ったんだけど、塟がなくお぀たらないし、䞀緒に勉匷しようず思っお梓んちに来たの。梓の様子も心配だったからね  䜕かあったのか聞いおみたら、郚屋に『螊る人圢』がある、っお  」
     結局、党郚説明したのは、金銀河だった。本郷梓は、心配そうに金ず䞍老を亀互に芋おいる。がくなんかチラリずも芋おくれない。
    「それじゃあ、芋せおもらえるかな、『螊る人圢』を」
     䞍老はやたらにうれしそうだった。
    「そこ  なんだけど  」
     本郷梓が小声で蚀った。
     䞍老は、きょずん、ずした顔になった。本郷が指さしたのは、ぬいぐるみが䞊んだチェストだった。䞍老は眉間にしわを寄せお、ゆっくりずチェストに歩み寄った。
     そこに䞊んでいるのは、芋たこずがあるぬいぐるみが五぀。そしお、いかにも高そうな西掋颚の人圢が䞀぀だった。
     䞍老は、それらをじっず芋぀めるず、「ふうっ」ず息を吐き出した。
    「たさか『螊る人圢』っおいうのは、ほんずうに『螊る』のかな」
     䞍老翔倪郎は、がっくり肩を萜ずしおいた。どうしお肩を萜ずさなければいけないのか、がくにはよくわからなかったが。
    「ね、早く謎を解いおみせおよ」
     金がせかす。䞍老はもう䞀床「ふうっ」ずため息を぀くず、本郷に向き盎った。
    「ずりあえず、どんな状況だったのか、教えおもらおうかな」
     本郷は、おずおずずチェストに歩み寄った。
    「最初に気づいたのは、ちょうど春䌑みの始めくらいだったの。朝起きたら、ショヌンが——ショヌンっお、そのヒツゞだけど——動いおたの」
     ショヌンずいうのは、ちょっず間の抜けた、けれど確かにかわいいヒツゞだった。芋たこずがないけど、アニメか䜕かのキャラクタヌだろうか。
    「動いたずいうのは 県の前で阿波螊りでもした 螊るアホりに芋るアホり、同じアホなら  」
    「䞍老 ちゃんず話を聞けよ」
     がくは思わず口を挟んでいた。
    「動いたずころは芋おないけど  向きが倉わっおたの。暪を向いおた」
    「どっちを」
    「ええず  右の方を」
    「぀たり、このビスク・ドヌルのほう、ずいうこずだね」
    「䞍老君っお、物知りなんだね」
     金が感心したように蚀う。
     はいはい、どうせがくは物を知りたせんよ  ず、぀い぀いひがみっぜくなっおしたう。
     がくが聞きかじりで知っおいるこずずいえば——
     県譊捜査四課——いわゆる「マル暎」の刑事たちの話ずか、前文郚科孊倧臣の民䞻自由党代議士が、次の衆院遞に向けお父さんに近づきたがっおるこずずか、ある䞭堅れネコンず埡噚所組ずの関係ずか、今、関西で勢力拡倧をしおいる組が䞭囜系組織ず手を組んで、この街ぞの進出を䌁んでいるずか  
     小孊六幎生にはたったく圹立たない知識ばかりだ。
    「ビスク  䜕」
     無知ながくは聞いた。
    「このフランス人圢だよ。陶噚でできおいる。最近ではプラスチックの安物もたくさんあるだろうけど、これは、おそらく  かなりプレミアの぀いおいるアンティヌクものじゃないのかな」
    「じゃあ、䜕䞇円もするの」
    「二ケタ違うだろうね」
     䞍老の返事に、がくは思わずチェストから埌ずさった。
     䞍老はそんながくにはおかたいなく、本郷ぞの質問を続けた。
    「ぬいぐるみが螊った  いや、動いたのは、その日だけじゃないんだね」
    「うん。毎晩じゃないけど、䞀週間に䜕回か動いおるの」
    「ヒツゞのショヌンが」
    「ううん、ほかのぬいぐるみのずきもあったし、埌ろ向きになっおいるずきも  」
     䞍老はもう䞀床ぬいぐるみに近づいた。
    「觊っおもかたわない」
    「うん」
     䞍老は、䞀぀ず぀、ぬいぐるみを手に取った。巊から順に、「ドナルド・ダック」、緑色の「シュレック」、「魔女の宅急䟿」の黒猫、名前は忘れたけど赀いモンスタヌ、「ヒツゞのショヌン」、そしおビスク・ドヌルだった。
    「い぀、どの人圢がどの向きに動いたか  なんお、芚えおいないだろうね」
    「う、うん  」
     本郷梓は悲しそうな衚情でう぀むいた。
    「䞍老君、この事件、どう思う」
     金銀河が身を乗り出した。
    「確かに、面癜い  かもしれない」
     䞍老は、しきりにうなずいおいた。
     がくもぬいぐるみに觊れおみた。けれど、特にしかけがあるずは思えない。垂販されおいるぬいぐるみたちだ。さすがに高䟡なフランス人圢だけは、觊る気になれなかった。
    「この郚屋の掃陀をしおいるのは」
    「東山《ひがしやた》さん  あ、お手䌝いさんだけど」
    「さっき玄関で䌚った人だね。人圢  ぬいぐるみの䜍眮は、い぀もこの堎所なのかい ぀たり、䞊び方は同じなの」
    「うん。東山さんも、勝手に動かしたりしない」
    「ぬいぐるみが動くのは、梓さんが眠っおいる倜なんだね」
    「そ、そう  」
     本郷梓は、う぀むいた。
     うわ、その䌏し目がちの衚情、がくの心臓の限りなく䞭心に近い郚分をグサッず貫いたかもしれない。いや、もちろん金銀河には負けるけど  けれど、こんなに぀らそうな、苊しそうな矎少女の衚情を芋お、心動かされない男がいるだろうか
     いや、党地球䞊でたった䞀人、ここにいた。
    「ベッドからドアたで歩くず、ちょうどチェストの近くを通る  」
    「そうだけど  」
    「梓さんが倜䞭に尿意をもよおしおトむレに行くずき、寝がけお動かしたずいうこずは  」
    「䞍老 䜕蚀っおるんだ。真面目に答えろよ」
     思わず声を䞊げた。
    「僕は倧いに真面目だよ。東山さんは、倜には家にいないんだね」
    「うん、毎日、朝から倕ご飯たでのあいだ、通いで来おくれる」
    「梓さんに、きょうだいは」
    「いないよ。今日、始業匏でしょう。塟もないしさみしいから、銀河を呌んだの」
    「なるほど、確かに理にかなっおいる  ように芋える」
     䞍老の蚀葉を聞いおいるずむラむラしおくるのは、いったいどういうこずだ かずいっお、がくは䜕を蚀っおいいのかわからなかった。
    「倜、この家にいるのは、梓さんずご䞡芪だけずいうこずになる。倜のあいだ、お父さんかお母さんが動かしたずいう可胜性は——」
     あきれおがくは蚀った。
    「どうしおそんなこずしなきゃいけない」
    「どうしお埡噚所君はそんなに怒っおいるのかな 僕には前から栌蚀があるんだ。䞍可胜なものをすべお排陀したあず——」
     䞍老が話しおいる途䞭に、いきなり金銀河が割り蟌んできた。
    「残ったものが、たずえどんなに信じられないようなものであっおも真実  そういうこずね、䞍老君」
    「そう、たさにそのずおり いわゆる消去法だ。銀河さんはわかっおいるね」
     金銀河の満面の笑み——孊校ではほずんど芋たこずがない。
     どういうこずだ 二人だけで理解し合っおいる。今日が初察面だっおいうのに。
     たさか  ず思う。
     気が匷くお、五幎生のずき、運動䌚の運営をめぐっお六幎生の生埒䌚長ず枡り合った金銀河が——校長先生に䞀人で盎談刀しに行ったずいうりワサの金銀河が、たさか  転校生の䞍老翔倪郎に  
     ぀たり、いわゆるひず぀の「ひずめがれ」
     信じたくない。あり埗ない。あっおはならない。がくは必死に銖を振った。
    「そんなこずより、ちゃんず謎を解く気があるのか、䞍老」
     がくの声はい぀の間にか倧きくなっおいた。
     金銀河ず本郷梓ずいう矎人二人の前で、くだらないこずばかりしゃべっおる䞍老翔倪郎が、どうしお䞻圹になっおいるのだろうか
     そのずきだった。䜕ずいうタむミングであろうか、
     がくのおなかが「ぐおるるる  」ず鳎った。
     そうだ。今日はただ昌ご飯を食べおいない。腕時蚈を芋た。午埌䞀時四十分。家で食べたブルヌベリヌ・タルトは、もちろん別腹だ。
     䞍老は右偎の眉だけ噚甚に䞊げた。
    「むしろ君の関心事はほかにありそうだね」
    「だっお  生理珟象だよ」
     これでたた、がくの株が䞋がる——いや、䞀床も䞊がったこずなんかないけれど。
    「そうだった。がくず埡噚所君は昌ご飯がただなんだ。銀河さんに梓さんも、䞀緒にどこかでお昌を食べない」
     䞀瞬、金銀河の衚情が明るくなった。
    「でも——」
     本郷梓が、ひかえめに蚀った。
    「もう、二人で食べちゃった  東山さんが䜜っおくれたから」
    「そうだろうね。昌ご飯よりも、倧事なこずがある」
     そう蚀っお䞍老翔倪郎は、がくをじろりず芋た。
     どこたでも嫌味なや぀だ。
     なぜ、こんなド倉人の転校生ず行動をずもにしおいるんだろうか 根本的な疑問ががくの脳裏でぐるぐるず回転する。
    「䞍老、事件の真盞はわかったの ぬいぐるみが倜䞭に動くなんお、あり埗ないじゃないか」
    「そう、たさにあり埗ない珟象だ。お二人には悪いけれど、この埡噚所君の胃袋が耐えられそうにないので、昌ご飯を食べおくるよ。実は、僕もおなかがペコペコなんだ。それじゃ、僕たちはこの蟺で倱瀌するよ」
     なんお気取ったむダらしい口調だ。しかしそれ以前に、䜕が䜕だか理解䞍胜だ。
    「えっ、垰っちゃうの」
     金銀河が螏み出す。本郷梓は、さびしそうな衚情でう぀むいたたただった。
     金の声が聞こえなかったかのように、䞍老はがくに蚀った。
    「さっきの  ええず、ゞンさんに電話しおくれるかい」
     がくには、䜕かにすがろうずしおいるような本郷梓の衚情が耐えられなかった。
    「ねえ䞍老、䜕も解決しおないじゃないか」
    「確かにね。しかし——」
     䞍老はそこで蚀葉を切っお、矎人二人を亀互に芋た。
    「もう二床ず『動くぬいぐるみ』事件が起こらないこずを保蚌するよ。じゃ、倱敬」
     は 今「シッケヌ」っお蚀った
     ほんずうに䞍老翔倪郎は六幎生なのか 幎霢詐称疑惑が濃厚だ。
     䞍老は、すたすたずドアに向かい、䞀床「ビスク・ドヌル」を芋やった。
    「この人圢は、梓さんの」
     圓たり前じゃないか。最埌の最埌たで䜕を蚀い出すんだ
     けれど、本郷梓は倧真面目な衚情で答えた。
    「去幎亡くなったおばあちゃんが、フランスで買っおきおくれた人圢なの。『ゞュモヌ』っおいうんだっお」
     するず、䞍老は甲高い声を䞊げた。
    「ゞュモヌ たさか、この人圢は螊らなかっただろうね」
    「う、うん  」
    「この人圢が螊ったら、たいぞんだ。もしもほんずうに螊ったずきには、僕  いや、埡噚所君に連絡しおくれれば、駆け぀けるよ」
     そう蚀い残し、䞍老が歩き出した。がくはしかたなく、その埌を぀いおいった。
     玄関で、本郷梓の䞍安そうな芖線ず、がくの芖線が合った。
     ああダメだ。こういうずき、がくの脳味噌はすっかり機胜停止しおしたう。
    「ええず  倧䞈倫だよ。もう䜕も起こらないから。それから  その、぀たり、本郷さんの  け、け、けい  」
     案の定、䞍老がこちらを芋もしないで蚀った。
    「携垯の番号なら、あずで銀河さんから聞けばいいんじゃないかな、埡噚所君」
     なんおこずをなんおタむミングで蚀うんだろう。がくの顔は真っ赀になっおいたに違いない。
    「埅っおよ、䞍老君」
     怒りを含んだ金銀河の声。けれど、䞍老はものずもしなかった。
     男子にあるたじき行為だ。
    「じゃ、銀河さん、たた明日。埡噚所君、早くゞンさんに電話しおくれないかな」
     がくは、金銀河ず本郷梓の二人に、他人行儀なお蟞儀をしお、そそくさず逃げるようにマンションを出た。぀くづく情けなかった。

     電話するたでもなかった。マンションの倖に、挆黒のベンツが路䞊駐車しおいた。
     がくず䞍老は、ゞンさんがわざわざ開けおくれたドアから埌郚座垭に乗り蟌んだ。
    「ひどいじゃないか、䞍老。せっかく二人が助けを求めおきたのに、䜕もせずに垰るなんお」
    「だっお、おなかがすいおいるんだろう 僕もだよ」
     蚀われた途端に、たたがくの腹が「ぐおうるる」ず鳎った。
    「お坊ちゃん、お昌、召し䞊がっおいないんですか」
     運転垭のゞンさんが蚀う。
    「うん、食べ損ねちゃった」
    「君は䞀食くらい抜いたほうがいいず思うね」
     平然ず䞍老は蚀った。それを聞いお、珍しくゞンさんも笑った。
    「ゞンさん、実は、アむリヌンさんっおいう人のこずですが  」
     唐突に䞍老は切り出した。
    「あの人が、埡噚所家に来たのはい぀のこずかご存じですか」
    「えっ 確か  四幎、いや五幎くらい前かなぁ。お坊ちゃん、芚えおたす」
     五幎前ずいえば、䞀幎生だ。
    「よく芚えおないなぁ。それより、どうしおアむリヌンさんの話が今、出おくるの」
    「ずっず気になっおおね」
    「『螊る人圢』は 気になっおなかったっおこず」
    「人圢もぬいぐるみも螊っおなんかいなかった。それより、きっずアむリヌンさんは、以前、沖瞄にいたず思うんですが、聞いたこずないですか」
     するずゞンさんが答えた。
    「さあ、知らないっすね。キャンプがどうずかっお聞いたこずはあるっすよ」
    「やっぱり  」
     そう蚀ったきり、䞍老は黙り蟌んだ。
     同い幎の金銀河や本郷梓よりも、幎䞊金髪矎人のアむリヌンさんのほうが、䞍老の奜みなのだろうか。むしろ、がくにはそのほうがありがたいけど。

     結局その日、䞍老翔倪郎は、がくの家の前でベンツを降りるず、そのたた家に垰っお行った。がくにはただ、抱えきれない䞍満ず䞍安ず  それから空腹だけが残った。
     翌日、孊校に行くのは憂鬱だった。
     今日から時間割通りに授業が始たる——ずいうこずは、この際どうでもいい。
     態床がひどかったのは䞍老翔倪郎のほうけれど、がくもや぀の友だちかず思われるず、぀くづく気分が重い。
     昚日知り合ったばかりの転校生に、どうしおここたで振り回されなければならない
     挙げ句の果おに、金銀河にずっおのがくの株はこれ以䞊䞋がりようがないほど倧暎萜しおしたった。
     䜕床も䜕床もため息を぀いお、軜いランドセル——䞍老に指摘されたずおり、ただ䞀幎しか䜿っおいない——を背負っお、家を出た。
     ただでさえ小さな䜓を、よりいっそうすくめお校門をくぐり、教宀に入った。けれど、どれだけ身を瞮めおも、埡噚所組組長の長男、埡噚所䞀が登校したこずに気づかない者なんかいない。よそよそしい芖線が、あちらこちらから、むダでも突き刺さっおくる。
     この小孊校に通っおもう六幎目だ。いい加枛に慣れおもいいず思うけど、今日はい぀も以䞊に気分が重い。
     これも党郚、䞍老翔倪郎ずいう転校生のせいだ。
     教宀に入るず、すぐさた金銀河の芖線を感じた。マむナス℃ の絶察零床に限りなく近い芖線を受ければ、誰だっお凍っお動けなくなっおしたう。
     ずくに、普段から金銀河を芋るず気持ちが熱くなっおしたうがくには、その枩床の萜差が激し過ぎた。
     怅子に座った瞬間、党身の力が抜けた。
     それから数分遅れお、䞍老翔倪郎が、䜕ごずもなかったかのように教宀に珟れた。昚日以䞊に、女子たちの熱烈な芖線を济びながら。
     それにたったくおかたいなく、䞍老はたっすぐにがくの隣の垭に着いた。
    「元気がないようだね」
    「圓たり前だよ。䞍老、昚日はなんおこずしおくれたんだ」
    「昚日 ただ真実を告げただけじゃないか」
     するず、むラ立った声が突き刺さった。
    「ちょっず、䞍老君」
     ああ、なんおこった。新孊期の朝から、なんだか泣きそうになっおくる。もちろん、声の䞻は金銀河だった。
    「さっき、梓からメヌルがあった」
     䞍老は衚情䞀぀倉えず、金のほうを芋もしなかった。
    「埡噚所君の携垯番号ずアドレスを教えお、ずいうこずかな」
    「ふざけないで」
    「僕は党然、ふざけおいないけれどね」
     䞍老は、はじめお金銀河を振り返った。
     その瞬間の金銀河の衚情は、明らかにうろたえおいた。
    「梓の家で  たた人圢が螊った、っおいうの」
    「ぞっ ほんずにっ」
     がくは怅子から転げ萜ちそうになった。
     なのに、䞍老翔倪郎は、平然ずしおいる。
    「ねえ䞍老君、䜕考えおるの」
     金銀河は䞍老を険しい目線で芋䞋ろした。
    「じゃあ今から、梓さんに電話しよう」
    「え」
     金銀河の芖線が空䞭を泳いだ。
    「事件が起こったんだろう 盎接、本人から聞くのが手っ取り早い。銀河さん、今すぐ、梓さんに電話しおくれるかな」
    「昚日『もう事件は起こらない』っお蚀ったのは䞍老君でしょ」
    「そう、確かに蚀ったず思う。埡噚所君、僕はそう蚀ったね」
    「う、うん。蚀った  はず  」
    「さすが、僕の芪愛なる䌝蚘䜜家だ」
    「は」
     䞍老翔倪郎の話はあちらこちらに飛びすぎお、぀いおいくのがたいぞんだ。「シンアむナルデンキサッカ」っお䜕だ どうしおがくがこの転校生の「䌝蚘」なんか曞かなきゃいけない
     それを質問する前に、金は䞡手を腰に圓おお、さらに匷い芖線を䞍老に向けた。
    「埅っお 䞍老君、謎は党然解けおなかった。なのに、自分の倱敗をごたかす぀もり」
     しばらく、二人はじっずにらみあった——いや、衚珟を倉えれば「芋぀め合った」っおいうのかもしれないけど、がくはあえお「にらみあった」ずここに曞こう。
    「今の銀河さんの蚀葉、すべお、銀河さんにお返しするよ」
     たたしおも、二人は黙り蟌んだ——ひりひりずした緊匵感。
    「あ  」
     ようやく、がくにも意味がわかった。
    「倱敗っおいうこずは  」
     がくはおそるおそる蚀った。
    「そのずおりだよ、埡噚所君。この『螊る人圢』事件、正確には『螊らない人圢』事件は、犯人の倱敗に終わった。いや、事件そのものが存圚しなかった。だから  」
     そこで蚀葉を切っお、䞍老翔倪郎は金銀河に向き盎り、その顔をじっず芋た。
    「犯人もいなかった、ずいうこずだね」
     䞉床目の沈黙——でも、䜕なんだ、この二人の目線は。にらみあっおないじゃないか。
     結局、最埌たでがくはカッコ悪い圹回りしかできなかった、ずいうこずだ。

     事件の真盞に぀いお䞍老に聞きたいこずは山ほどあったけれど、始業匏の翌日は、意倖にせわしないものだった。毎時間、萱堎《かやば》千皮《ちぐさ》先生から新しい教科曞をもらっお、䞀孊期の、そしお六幎生の勉匷の進め方の説明だけで、授業が終わっおしたう。
     もっずも、先生が倉わらないのだから、クラスの雰囲気だっお五幎生のずきずそれほど倉わらない——䞍老翔倪郎ずいう存圚以倖は。
     その日、「垰りの䌚」が終わるたで、䞍老ずろくに話すこずができなかった。ずくにこい぀に近づきたいずも思わなかった。けれど、事件の真盞が知りたいのは山々だった。

     なんずなく蚀葉をかわすこずもなく、䞍老ず同じタむミングで昇降口に向かうず、すでに金銀河がいた。たるでがくを  いや、䞍老を埅っおいたかのように。
    「ラブレタヌはあったかな」
     䞍老が聞くず、金は䞍機嫌そうに、
    「なかった」
     ず答えた。
    「じゃ、期埅しおいたんだね」
    「しおるわけないでしょ。気色悪い」
    「少なくずも、脅迫状ではなかった」
     なんずなく䞉人そろっお孊校を出た。校門を出おも、䞉人の家は同じ方向だ。
     がくは昚日の「螊る人圢」——いや「螊らない人圢」事件に぀いお聞きたかったが、䞍老ず金の様子を芋るず、ずおもがくから蚀い出せるような雰囲気ではなかった。
     䞍老は盞倉わらずだったが、金はかなり気持ちが萜ち蟌んでいる様子だった。その原因は、もちろん桜山俊介からの「ラブレタヌ」がなかったためではない。
     このたただず、いちばん近いがくの家に着いおしたう。その前に真盞を聞かなくおは、ず思ったら、金銀河が切り出した。
    「い぀わかったの」
    「䜕が」
     考えごずをしおいたらしい䞍老は、急に珟実䞖界に匕き戻されたような顔぀きだった。
    「どうしお『螊る人圢』なんおり゜だった、っおわかったの」
     がくは、劙に緊匵しお二人の様子を亀互に芋た。けれど、金銀河は拍子抜けするほど気楜な口調だった。
    「なんだ、そのこずか。ぬいぐるみだよ。あの郚屋にあったぬいぐるみは、あたりにも違和感がありすぎたからね」
     本郷梓の郚屋を思い出した。倧人びたベヌゞュ色系で統䞀された郚屋に子どもっぜいぬいぐるみは、少し䞍思議な感じがしたのは確かだ。
    「でも、女の子だからぬいぐるみがあっおも  」
     がくが蚀いかけるず、䞍老はわざずらしくため息を぀いた。
    「だから、君は女性の心がわからないんだよ」
     䜙蚈なお䞖話だ——事実だけど。
    「どんなぬいぐるみがあったか芚えおいるかい」
    「確か  くたのプヌさんず、ヒツゞのショヌンず  フランス人圢ず  」
    「巊から順に、ディズニヌの『ドナルド』、ドリヌムワヌクスの『シュレック』、スタゞオ・ゞブリの『ゞゞ』、セサミ・ストリヌトの『゚ルモ』、むギリスのアヌドマン・スタゞオの『ヒツゞのショヌン』、最埌に、ゞュモヌのビスク・ドヌル」
    「はいはい、䞍老の蚘憶力がいい、っおいうこずはわかりたした。で、それが䜕なの」
    「ただわからないのかい やっぱり、君は女性の心理を理解しおいないね」
     だから、䞍老に蚀われたくないっおば。
    「ディズニヌにドリヌムワヌクスにセサミ・ストリヌトにゞブリにアヌドマンにゞュモヌ。あたりにも統䞀が取れおいないじゃないか。いや、統䞀どころじゃない。党郚違う——もっずも、ドリヌムワヌクスずセサミのぬいぐるみは同じナニバヌサル・スタゞオで買えるけど——たるで、わざずバラバラに遞んだかのようだ。たずえ、自分の奜きなキャラクタヌだずしおも、ここたで姿圢たでバラバラだろうか 偶然ずは思えない。そこに、誰かの意図を感じたんだ。だからわかった。これは、実際に梓さんの家にあるぬいぐるみじゃない、ずいうこずがね」
    「じゃ、ぬいぐるみを䞊べたのは  」
    「そう、ここにいる銀河さんだ。あえお統䞀感のないキャラクタヌを遞んだのは  おそらく銀河さんからの『挑戊状』だったんじゃないかな」
    「挑戊状っお  ぀たり、䞍老ぞの、っおこず」
     がくはあっけに取られお次の蚀葉が出おこなかった。
     じゃあ、ほんずうに、リアルに、マゞで、がくずいう人間は金銀河の県䞭に平方センチも入っおいなかった、ずいうこずなのか。
     がくは、おそるおそる金銀河の顔をうかがった。
     けれど金銀河はむしろ、ケロリずしお明るくうれしそうな衚情だった。
     脱力する。䞀歩足を螏み出すのさえ、疲れおしたう。
     やっぱりそうか。金銀河は、䞍老に謎を解かれるこずを楜しみにしおいたのだ。
    「お芋事。さすが䞍老君。でも、倧きな萜ずし穎があるんじゃない 『螊る人圢』事件が狂蚀だったずしおも、それは梓がやったこずなのかもしれない」
    「いや、それは違うね。たず最初に、僕  いや、埡噚所君に電話をかけおきたのは銀河さんだ」
    「だっお、䞍老君の電話番号を知らないんだもん」
    「それから、事件の説明をしたのはほずんど銀河さんだった。梓さんはむしろ、そのあいだずっずう぀むいたたたで、申し蚳なさそうにしおいた」
    「状況蚌拠に過ぎない」
    「時間だよ。教えおくれたのは、埡噚所君だ」
    「ぞ がくが䜕かしたっけ」
     がくはうろたえた。
    「しおくれたじゃないか。絶劙のタむミングで、その立掟なメタボリック予備軍のおなかを鳎らしおくれた」
     金銀河の前でそんなこずをわざわざ蚀わなくおもいいだろうに。
    「始業匏が終わっお、靎箱の『暗号』を解いお孊校を出たのが、おそらく十時十分頃。僕が埡噚所君の家に着いたのが十時半過ぎだ。そしお、銀河さんからの電話があったのは  たぶん䞀時頃じゃなかったかな」
     がくは携垯電話を取り出し、着信履歎を調べた。確かに、金銀河からの着信は「十䞉時四分」だった。
    「じゃあ、銀河さんの行動を考えよう。䞀床垰宅しおからすぐ梓さんの家に行った、ず蚀っおいたね。孊区が違うから、自転車でも二、䞉十分はかかるんじゃないかな。それでも十䞀時半、いや長めに芋積もっおも十二時頃には着いおいたんだろう。梓さんから事件の話を聞いおすぐに電話したなら  十䞉時四分ずいうのは、遅すぎないかな。しかも、銀河さんも梓さんも、ちゃんずお昌ご飯を食べ終えおいる。怖い事件に出くわしたわりには、ずいぶんず食欲旺盛だ。銀河さんは、僕を出し抜こうずしお『螊る人圢』事件を思い぀いた。そしお、梓さんのマンションに行き、ぬいぐるみを䞊べ、おいしいお昌ご飯を食べながら口裏合わせをし、僕らを埅ち受けおいた」
     金銀河は、やっぱり笑みを浮かべおいた。あろうこずか、うなずいおいる。
    「それでも、状況蚌拠」
    「銀河さんは、女の子だよね」
    「䜕いっおるんだ、䞍老」
     がくの発蚀は、やっぱり完党に䞍老に無芖された。
    「女の子が『人圢』ず『ぬいぐるみ』を蚀い間違えるだろうか 銀河さんは、はっきりず『螊る人圢』ず蚀った。だからこそ、僕が梓さんのマンションたで行ったんだ」
    「だから、䜕なんだ」
    「被害者の——いや、事件なんか存圚しなかったんだから被害者ずはいえないけど——梓さんは、䞀床も『螊る』ずいう蚀葉は䜿わなかったし、『人圢』ずも蚀わなかった。あそこにあった『人圢』はビスク・ドヌルだけだよ。かりに、銀河さんの蚀うずおり、梓さんの家に行き、そこで『ヒツゞのショヌンが動いた』ずいう話を聞いたなら、『動くぬいぐるみ』ず蚀ったはずだ。絶察に『螊る人圢』なんお蚀葉を䜿うはずがない」
     確かに、䞍老の蚀うずおりだった。人圢ずぬいぐるみは違う。実際に、あの郚屋にあった「ゞュモヌ」のフランス人圢は動いたこずがなかった、ず本郷梓は蚀っおいた。
    「銀河さんは、靎箱の『暗号』を解いた僕を芋お、思い立ったんだ。そこで、僕に謎を出すこずにした。しかも、『螊る人圢』ずいうヒント付きで。もっずも、これもたた状況蚌拠に過ぎないけどね」
     い぀の間にか、がくたち䞉人はがくの家のすぐ近くたで来おいた。
    「でもちょっず埅った。なんで『螊る人圢』がヒントなんだ」
     䞍老翔倪郎は、䜕床目かのため息を぀いた。
    「蚀ったはずだよ。本棚の四分の䞉を読んだのなら、残りの四分の䞀も読むべきだ、ず」
    「は がくの本棚のこず」
    「ほかにどんな本棚がある」
     続きはがくの家で話さない——なんお、蚀えなかった。
     䞍老はずもかく、金銀河をダクザの事務所に入れるわけにはいかない。入れたくないし、我が家のほんずうの姿を知られたくない。
    「䞍老君、今回は、わたしの負けを認める」
     がくは思わず口を挟んだ。
    「今回っお  たさか次があるっおこず」
    「だっお、負けたたたでいられないでしょ」
     金銀河は、じっず䞍老をにらみ぀けた——今床は、察抗意識党開でにらんでいる。
     なんおこった。金の負けず嫌いにもほどがある。
    「それから、䞍老君の『䌝蚘䜜家』たる埡噚所君」
    「はい」
     たさか同じこずを金銀河から蚀われるずは。
    「梓からメヌルが来たのはホントのこず。埡噚所君に教えお欲しいっお」
    「ぞ  」
    「さ、携垯出しなさい、早く」
     慌おお携垯を取り出した。金銀河は本郷梓の電話番号ずメヌルアドレスをがくに送っおくれた。
    「あ、ありがずう  」
    「埡噚所君にも梓にも借りができちゃったからね。これでチャラにしお」
     喜んでいいのか、哀しんでいいのかわからないけど  やっぱりうれしいこずは、うれしい。
    「挑戊、埅っおるよ」
     䞍老翔倪郎は、金銀河をじっず芋返した。
     どうしお、がくばかり取り残されたような気分になるんだろう。䜕床目かのため息を぀いた。
     けれど、金銀河の挑戊の前に、クラスで倧きな事件が起きおしたった。

    「螊らない人圢」完

    第3話「五぀の梅干しの皮」

    「たたか いったい誰なんだよ」
     その怒鳎り声は、がくの小孊校生掻での最倧の楜しみ——絊食の時間が始たっお五分ほどたったずきに教宀の前方から聞こえた。
     もっずも、その時点で、がくはすでに絊食の八十パヌセントを食べ尜くしおいたけれど。
     怒りに震えた声で叫んだのは、亀島かめじた䜑䜜ゆうさくだった。
     亀島䜑䜜は、䞉幎生のずきから今たでずっず同じクラスになった数少ない男子だ。
     亀島の成瞟は、ずば抜けおいい。もちろん、金《キム》銀河《りナ》には負けるが  金銀河がクラス䞀䜍なら、亀島は二䜍をキヌプしおいる。先生からの質問にも゜ツなく答える。
     身長は癟䞃十センチを少し越えるくらい。䞍老翔倪郎ずほが同じだろうか。けれど、肩幅はがっちりず広い。さすが、地元のスむミングスクヌルに通っお、五幎生のずきに県内䞀䜍の成瞟をたたき出しただけのこずはある。優等生にしお、スポヌツマン。女子からも、モテないはずがない。
     亀島の家は歯医者だった。ずいっおも、虫歯を治しおくれる歯医者ではない。セレブな予玄客オンリヌの「矎容歯科」ずいう歯医者らしい。
     同じクラスで四幎目になるずいうのに、亀島ずがくが䌚話をした蚘憶はない。亀島のほうから、がくを避けおいるような気配がある。がくだっお、なんずなく亀島䜑䜜には近寄りがたい雰囲気を感じおいた。それはべ぀に、亀島の家が、がくの倧嫌いな歯医者だから、ずいうわけじゃない。
     正盎に癜状しよう。䞉幎生で同じクラスになっおからずっず、亀島䜑䜜ずいう男は、がくにずっお、ずっず「うらやたしい」存圚だった。
     亀島はい぀もはおずなしくお物静かで、倧きな声を䞊げた姿なんお芋たこずがない。
     そんな亀島が——先週末の突発的な垭替えで、教壇の真ん前ずいう垭になった——絊食の最䞭にこんな声を䞊げたのだ。䜕か「ずお぀もない」異垞事態が起こったに違いない。

     がくは、牛乳を飲み干し、すぐ隣の䞍老翔倪郎を芋やった。
     䞍老は、音も立おずに「にらず卵のスヌプ」を、わざわざスプヌンですくっお䞀口ず぀飲んで——食べおいた。
    「なあ、䞍老——」
    「この『にらたたスヌプ』は、冷めおも味が萜ちないね。この献立メニュヌを䜜った栄逊士さんは、実にいい仕事をしおいるず思うよ。前の孊校では——」
    「そんなこずを蚀いたいんじゃないんだよ」
    「ご飯だろうずパンだろうず、必ず牛乳が出おくるのは、おそらく日本党囜共通だろう。けれど、これは改善したほうがいいず思わないかい もちろん、牛乳が日本においお数少ない『自絊率癟パヌセント』の食材で、タンパク質やカルシりムずいった栄逊䟡が高い。しかし、癜いご飯を食べれば、やはり食埌には熱い緑茶をいただきたいずは思わないかね」
     始業匏から䞉週間ほど経぀。そろそろゎヌルデン・りィヌクになろうずしおいる。けれど、ただ、こい぀のしゃべりに慣れるこずなんおできない。「かね」っお䜕だよ、「かね」っお。おたえは日本語吹き替え版のアメリカ映画の登堎人物かよ——などず喉元たで出かかっおいたけれど、もちろん口に出さないだけの分別は、がくにもある。
    「緑茶の自絊率も九十パヌセント以䞊だけど  いや、緑茶にした堎合、タンパク質、カルシりム、そしお摂取カロリヌずいった栄逊䟡の問題が出おくるのか。するず献立党䜓を考え盎さないずいけなくなる。぀たり、もしも牛乳の代わりに䞊質の玉露を出した堎合、今のメニュヌを珟圚の絊食費で維持するこずは困難で  」
     䞍意に䞍老は手を止めお、箞を眮くず空䞭をにらんで、考え蟌み始めた。
     たた、この男の習性が出た。
     人の話を聞かない。
     呚りの空気を読たない。
     自分の思い぀いたこずしか蚀わない。
     自分の興味のあるこずにしか反応しない。
     いったいどうしたら、こんなにもねじれ、ゆがみ、屈折した性栌の人間になれるのか、぀くづく疑問だ。
     にも関わらず、この男は嫌われるこずがない——特に女子に。ほんずうに、男子の䞀人ずしお、぀くづく腹が立぀ではないか。
     䞍意に女子の声が䞍老の深い深い思玢を邪魔した。
    「でも䞍老君、この『ミヌトボヌルずブロッコリヌの炒め煮』は、カロリヌ高いよ。倪りそうだず思わない」
     ず蚀い぀぀、そのミヌトボヌルをおいしそうに口に攟り蟌んだのは、金銀河だ。
     先週の金曜に、垭替えをしたばかりだった。萱堎《かやば》先生の突発的な思い぀きずしか考えられないが、先生にはよくあるこず。垭替えはくじびきで行なわれたが、そのお陰で、うれしいこずに、がくは金銀河の斜め前の垭に決たった。
     そしお、どういうわけか、がくのすぐ埌ろ——぀たり、金銀河の隣——が䞍老翔倪郎の垭になった。
     がくたちのクラスでは、男女䞉人ず぀、六人で䞀぀の班を䜜る。男女ちょうど十五人ず぀のクラスなので、党郚で五班できる。
     その六人の班で机を移動させお「島」を䜜り、絊食を食べるこずになっおいた。
    「ねえ、䞍老、さっき亀島があんなこず蚀うのっお  」
     がくは完党に䞍老に黙殺された。
    「絊食の献立ずいうのは、ちゃんず必芁摂取カロリヌも栄逊玠のバランスも考慮した䞊で䜜られおいるはずなんだ。しかしね、実に奇劙なこずがあるんだよ。文郚科孊省の『孊校絊食摂取基準』では、なぜか炭氎化物の摂取基準が盛り蟌たれおいない。これは実に奇劙だず思わないかい」
    「さあ、べ぀に思わないけど  」
    「加えお、この『摂取基準』には法的拘束力がないんだよ。埓っお、各自治䜓ごずに䞀回の絊食における摂取カロリヌが異なるようだ。絊食の献立メニュヌを䜜成する管理栄逊士の『奜み』が反映する堎合もあるらしいよ。確かに、今日のメニュヌは高たんぱく高脂肪だず蚀わざるを埗ない。それに——」
     䞍老はたっすぐにがくを射貫くような芖線を向けた。
    「君は、今日もたた、ご飯をおかわりしたね。しかも二回も。明らかに炭氎化物の摂取過倚だし、摂取カロリヌ・オヌバヌだ。君の䜓型に関しおは、君自身がよく理解しおいるはずだず思うが  」
    「はいはい、忠告どうもありがずうございたす」
     憮然ずしお、がくはデザヌトのフルヌツミックスれリヌに手を䌞ばした。
    「おっず、僕の忠告をたったく聞いおいないようだね」
     瞬く間、ずはこのこずを蚀うのだろう。い぀の間にか、䞍老の右手に、がくのフルヌツミックスれリヌがあった。䞍老の長い腕に、がくの倪くお短い腕が届くはずがない。
    「これは代わりに僕が摂取するよ。脳の掻動には糖分が必芁だ。さお、この䜎コストでこれだけのメニュヌを考え、長幎にわたっお実斜されおきた孊校絊食は、改善の䜙地があるにせよ、たいぞんにありがたいものだず僕は高く評䟡したいね。もっずも、君のような良家のお坊ちゃんにはおわかりにならないだろうけど」
     䞀蚀どころか二蚀も䞉蚀も、いや以䞊、よけいなこずを蚀うのだ、この䞍老っおや぀は。
     䌚話に割り蟌んできたのは金銀河だった。
    「ねえ、䞍老君。わたしたち女子は、男子の知らないずころで苊劎しおいるんだよ。もっず栄逊のバランスに気を぀けお絊食を䜜っお欲しいな」
    「ほほう、申し蚳ないけれど、それは『苊劎』ではなくお、いわゆる『埒劎』なんじゃないかな」
     たったく、䜕おこずを金銀河に向かっお蚀うんだ。䜕床も䜕床も疑問に感じおいるが——ほんずうにどういう脳味噌の構造をしおいるんだ、䞍老翔倪郎っお男は
    「銀河さんがいかにダむ゚ットしようず、倪ろうず痩せようず、がくたち——いや、少なくずも僕は䞀向に気にしないけれどね。そもそも『倪っおいる』ず『痩せおいる』の境界線は䜕なんだい いや、この埡噚所《ごきそ》君が『倪っおいる』のは間違いようのない事実だよ。ちなみにいわゆる『肥満床』を蚈る『』によれば——」
     さすがに我慢の限界だ。がくは口を挟んだ。
    「だかベンツだか知らないけど、はっきりわかりやすく事実を蚀うよ」
    「ほほう、埡噚所君に『わかりやすく』説明できる胜力があるずは驚きだ。ぜひ拝聎したい」
     䞍老はもみ手をするかのように䞡手を握り、がくに身を乗り出しおきた。
     胞の奥の心臓に近い蟺りで「ぐぬぬぬぬ  」ずいう声なき声を響かせながら、がくはゆっくりず蚀った。
    「間違いのない事実。それは぀たり——䞍老翔倪郎は、りザむ」
     玄十五秒の沈黙——
     䞍老は匟けたように爆笑した。
    「埡噚所君、君にそんなナヌモアのセンスがあったずは、驚きだよ たさか君の口から、陳腐な『りザむ』ずいう単語を聞こうずは、たったく仰倩だ。実に傑䜜だよ」
     いや、ナヌモアじゃなくお、事実を蚀っただけなんだけれど。
     劙に顔面の毛现血管に血流が増えるのを実感する。たぶん、がくの顔は「こいのがり」の「ひごい」以䞊に真っ赀に染たっおいたこずだろう。
    「でも、そういう正盎なずころが、埡噚所君の長所だず思うよ。䞍老君は鈍感なの」
     思いがけず、金銀河にフォロヌされおしたった。さらにがくの顔面は赀みを増したこずだろう。心臓の錓動も早くなる。
     クラスでナンバヌ・ワン、いや孊幎でナンバヌ・ワンの矎人にしお優等生に、こんな蚀葉をかけられお、ドキドキしお緊匵しない男子がいるだろうか。
     それを悟られないよう、がくはすぐに空になった食噚の茉ったお盆を持っお、立ち䞊がった。教宀の前に移動した。
     かごのなかに食噚を皮類別にわけお入れる——がくが最初に絊食を食べ終わったらしく、かごのなかはほずんど空だった。
     ちら、ず最前列の班の亀島䜑䜜のほうを芋た。亀島は、牛乳だけを飲み、絊食には䞀切手を着けおいなかった。
     食欲がないなら、がくが代わりに党郚食べおあげるのに——ず思ったが、そんな堎合ではないこずに気づいた。
     萱堎先生のほうを芋やるず、い぀ものように、たずそうに絊食を半分ほど食べ、ため息を぀いおいた。牛乳には口を付けおいなかった。
    「埡噚所君」
     䞍意に、萱堎先生に声をかけられ、がくはびくっず䜓を震わせた。目立぀こずがずお぀もなく苊手ながくは、先生に名前を呌ばれただけで緊匵しおしたう。
    「牛乳、飲む」
    「は、は、はい」
     がくは萱堎先生の机に歩み寄っお、ちらっず䞍老のほうを盗み芋した。幞か䞍幞か、䞍老の蚀葉に、金が笑い声を䞊げおいる。楜しそうな二人の䌚話。
     牛乳瓶を受け取り、胞底で「くっそヌ」ず蚀いながら、その堎で䞀気に飲み干した。
     牛乳を飲むず身長が䌞びる、ずいうが、がくの堎合はタテではなくペコに䜜甚するようだ。
     悲しい珟実だけど、やっぱり食べるこずは奜きだ。
     牛乳瓶を収めるケヌスに空瓶を入れお、ふず亀島のほうを芋るず、やっぱり亀島は絊食を口にしようずしおいなかった。ただ、腕組みをしたたた、机の䞊の絊食をにらんでいる。
     亀島の班の他の五人は、黙りこくったたた絊食を食べおいた。この班の「島」の呚囲だけ、異様に重苊しい空気が挂っおいた。
     垭に戻ろうずしお、ためらった。
    「あの  亀島」
     自分らしくないこずだけど、がくは呌びかけおいた。
     亀島は、たるで怒っおいるような芖線をがくに向けた。思わずひるんで二歩も埌ずさった。
    「あの  䜕か、あったの」
     おそるおそる、蚊ねた。
     亀島䜑䜜は、がくのほうを芋もせずに、぀ぶやき声で蚀った。
    「こんな絊食、食べられるか  」
    「どうしお」
     亀島は、突然、振り向いた。がくはさらに䞉歩埌ずさった。
    「今日もたた、こい぀が入っおたんだ」
     亀島は、お盆の䞊を指さした。
     それは现長い小石のように芋えた。
    「『今日もたた』っおいうこずは、前にも入っおたの」
     がくが蚊くず、亀島はう぀むいた。そしお、絞り出すような声で蚀った。
    「今週に入っおから、毎日だよ。そんなこず、あり埗ないだろう」
    「毎日   この石が」
     䜕か、「事件」の気配を感じおがくは亀島に歩み寄っおいた。
    「石じゃない  よく芋ろよ」
     がくは、亀島䜑䜜の絊食の盆の䞊に茉っおいる物䜓に顔を近づけた。ちょうど、䞀・五センチほどのラグビヌ・ボヌルのような圢をしおいる。
    「䜕これ」
    「今日で五回目だよ。五぀目の、梅干しの皮だよ」
     亀島が蚀うや吊や、芖界の片隅で䞍老翔倪郎が立ち䞊がったのが芋えた。

    「぀たり『梅干しの皮五぀』が、亀島君の絊食に入れられおいた、ずいうこずなんだね」
     なぜかうれしそうな顔で、䞍老翔倪郎は蚀った。
    「ちょっず䞍老君、真面目に考えおるの」
     なぜかがくたちず䞀緒に぀いおきた金銀河が、䞡手を腰に圓おお䞍老を芋䞊げた。
     昌䌑み——がくたちは教宀を出お、北校舎——別名「管理棟」ぞず続く枡り廊䞋にいた。「管理棟」ずはよく蚀ったもので、この建物には職員宀をはじめ、校長宀、教頭宀、来賓宀、生掻指導宀、保健宀、図曞宀  などがあった。぀たり、教宀はない。昌䌑みにこの枡り廊䞋を通っお北校舎に行くのは、図曞宀に行く生埒か、䜕かやらかしお職員宀や生掻指導宀に呌び出された生埒だけだ。
     亀島は、眉根を寄せお蚀葉を遞ぶようにしお答えた。
    「䞀番最初は、ちょうど月曜日  ほうれんそうのみそ汁のなかに入っおたんだ」
    「芋事な蚘憶力だね。そのずきはサワラのフラむがおかずで、デザヌトは、いちごペヌグルトだった」
     がくは必死に蚘憶の匕き出しのなかを探っおみたけれど、たったく芚えおいなかった。ずにかく、い぀だっお絊食の時間がいちばんの楜しみなのだから、「芚えおいない」のは、きっず「おいしかった」ずいうこずなのだろう、ず結論づけた。もっずも「おいしくなかった」蚘憶もないんだけれど。
     亀島は倧きくため息を぀いた。たるで歳を取ったおじいさんのようにも芋えた。
    「火曜日には——」
    「火曜はパンの日だ。おかずにはポテトスヌプが出たね」
     すかさず䞍老が蚀う。亀島はうなずいた。
    「そこに入っおた。でも、䜕かの間違い——絊食のおばさんがミスったずか——っお思っおた」
    「その埌も同様に、ずいうこずなんだね。氎曜の絊食は、野菜カレヌだった」
    「うん  しかもそのずき、噛み砕いお、少し飲み蟌んじゃったんだ」
     亀島が噛み぀ぶしたのは梅干しの皮だけじゃないみたいだ。぀たり、「苊虫」っおいうや぀も同時に。
    「それでも亀島君は黙っおいたのかい」
     䞍老の問いかけに、亀島は口ごもった。ちらっず芖線を金銀河に向ける。
     ああ、亀島もやっぱり金のこずが気になるのか。そのくらいの掚理はがくだっおできる。
    「恥ずかしいし  やっぱり、䜕かのミスかも、っお思ったし」
    「ほほう、ずいぶんず慎み深い性栌なんだね」
     確かに䞍老ず同様、がくも驚いた。金銀河の前だ、ずいう理由もあるだろうけど、優等生でスポヌツマンでクラスの人気者の亀島のこんな姿は、この䞉幎間ではじめお芋た。
    「もっずも、ここにもっず謙虚な人間がいるけれど、埡噚所君の堎合は『謙虚』ずいうよりは、『小心』ず衚珟したほうが適切かな」
    「いいから䞍老君、茶々を入れないで亀島君の話を聞きなさいっ」
     金銀河がにらむ。
    「銀河さんが肩入れしおいるのは、埡噚所君なのか、それずも亀島君のほうなのか。人䞊みに興味があるね」
     がくず亀島は、ほが同時に顔を真っ赀に染めた。金がどんな衚情をしおいたか——ずおもじゃないけれど、芋るこずができなかった。
    「䞍老君」
     怒ったような金銀河の声。
    「本題に戻ろう。朚曜、぀たり昚日だ。パンの日で、クロワッサンが出た。おかずにはささみフラむ。デザヌトに癜桃のれリヌ。぀たり、梅干しの皮を沈めおおくようなスヌプや汁物がなかったが  」
    「それでも、皮はあったんだ。ささみフラむの䞊に茉っおた」
    「なるほど  それで、亀島君はどうしたんだい」
    「さすがに  これは誰かが俺にいやがらせをしおいるんだ、っお確信した。だから先生に蚀ったよ。月曜からの出来事を」
    「で、昚日の先生の反応は」
    「たるでこっちが叱られるじゃないかっお感じの県で芋られたよ。そしお䞀蚀、『わかりたした』だけだ。絊食に異物を入れられたんだぞ。譊察沙汰になっおもおかしくない『事件』じゃないか」
    「確かにその通りだね。六幎生だから䜓栌が倧きくなっおるずはいえ、この倧きさの皮を間違っお飲み蟌んでしたったら、䞀倧事だ。それに、梅の皮には毒がある」
    「ええっ」
     がくず亀島ず金は同時に声を䞊げた。
    「梅の皮にはアミグダリンずいう成分が含たれおいる。腞液の消化酵玠の䜜甚によっお、シアン化氎玠——぀たり猛毒の青酞ガスを発生させる」
     亀島は今にも吐きそうな顔になった。それもそのはずだ。䞀床は噛み砕いお飲み蟌んでしたったんだから。
     䞍老は淡々ず続けた。
    「このアミグダリンずいう成分は、以前はビタミン—ず呌ばれお、癌の治療に効果があるず䞻匵する研究者もいたようだ。けれど、その埌の研究で、癌にはたったく効果がないこずがわかった。アミグダリンを摂取するこずによっお、むしろ青酞䞭毒になるリスクのほうが高いずいう研究もあるんだよ」
     亀島の顔が、たすたす青癜くなった。
    「しかし、安心したたえ。熟した梅の実にアミグダリンはほずんど含たれおいないんだ——熟す前の青い梅の実を食べたら、おなかを壊すかもしれないけれどね。さらに、梅干しにしおしたえば、毒性の心配は皆無だよ。君たちは食べたこずがないのかな、俗に『倩神様』ず呌ばれる皮の内郚——『仁』ずも呌ばれる——぀たり『胚乳』を。タンパク質を含んでいお、僕はずおもおいしいず思うけどね」
     それでも亀島の顔色は倉わらなかった。
    「䞍老君  悪い冗談はやめおよ」
     金銀河が蚀った。が、䞍老は右の眉だけを噚甚に䞊げただけだった。
    「冗談なんかじゃなく、玔粋に科孊的デヌタを挙げただけだよ。さお、話を本題に戻そうか。そしお今日もたた、梅干しの皮が『にらたたスヌプ』に入れられおいたそうだけど  」
     亀島は、ただこわばった衚情だった。がくも、同じようにドキドキず高鳎る心臓の錓動を感じおいた。そしお、䞍老翔倪郎ずいう「ド倉人」ぞの怒りが増した。
     そんな様子に気づくはずもなく、䞍老は続けた。
    「今たで䜕もなかったにも関わらず、今週に入っおから『梅干しの皮五぀』混入事件が起こった。その点には、きっず理由があるに違いない」
    「偶然ずは思えない。明らかに、亀島君個人を狙った行為だずしか考えられない」
     金銀河が蚀う。
    「どうしお、俺が  」
     亀島が぀ぶやいた。
    「亀島君、もう䞀床、さっきの梅干しの皮を芋せおもらえるかな」
     亀島は、ティッシュに包んだ皮を、汚いものでも觊れるかのように、䞍老に差し出した。
     䞍老はお構いなくティッシュを開くず、梅干しの皮を手に取った。ため぀すがめ぀するず、なんおこずだろう、錻に近づけお匂いを嗅いだ。
    「い぀も皮はこの倧きさ」
    「ああ、だいたい同じような皮だったよ」
    「かなり倧きめの梅干しだ。実はきれいに取り陀かれおいる  いや、しゃぶり尜くされおいるのかもしれないが  」
     金銀河が顔をしかめた。
     よくもたあ、どこの誰ずもわからない他人がしゃぶったかもしれない梅干しの皮に觊れるな、ずがくもあきれた。
    「梅干し特有の匂いがしない。食べられおから盞圓時間が経過しおいるのか  いや  かすかに匂うぞ」
    「もうやめろよ、䞍老。汚いよ」
     もちろん、聞く耳なんぞを持っおいる䞍老翔倪郎ではない。
    「無臭の匂いだ」
    「はあ」
     おかしいのは䞍老の嗅芚なのか、アタマなのか、それずも䞡方なのか
    「亀島君、ほかの四぀の皮は、持っおいるかい」
    「そんなの、すぐに捚おちゃったよ。気持ち悪いじゃないか」
     けれど、金銀河が短く「あっ」ず声を䞊げた。
    「そうか、この皮、掗っおあるんだ」
    「はあ」
     間の抜けた声を出すこずしかできないがく。
    「わかんないの 掗剀 うちの食掗機の掗剀も、『無臭』っお曞いおあるけど、独特の匂いがするもん」
     亀島が怪蚝そうに蚀った。
    「でも  俺に察する嫌がらせだったら  わざわざ掗ったりしないんじゃないか」
    「さすがは、亀島君だ。僕も同じこずを考えおいたよ。思った以䞊に、この事件は奥が深そうだな  」
    「そうね、誰が、どうやっお、なぜ、梅干しの皮を入れたのか  」
     金銀河はい぀の間にか腕組みをしおいる。
    「『フヌダニット』ずしおも『ハりダニット』ずしおも、さしお難しくはない。問題は『ホワむダニット』ずいう点だ。面癜い、実に面癜いよ。この皮、しばらくお借りするよ」
     䞍老は独り蚀のように、どこの囜の蚀語かすらもわからない意味䞍明の単語を䞊べ立おながら、ポケット・ティッシュを取り出し——わざわざ垞備しおいるずは、劙に几垳面なずころのあるや぀だ——それで皮をくるんでズボンのポケットに収めた。。
     やっぱり䞍老翔倪郎はむカれおいる。いったいぜんたい「ナントカダニット」っお䜕語なんだ 
     亀島みたいな優等生なら呆然ずしおいるだろう  ず思ったが、あろうこずか、倧きくうなずいおいた。
    「容疑者は五人しかいない。もしも俺が荒畑みたいだったら、党員をシメ䞊げお吐かせるんだろうけど、もちろんそんなこずはできないじゃないか」
     亀島は蚀った。がくが「なぜ五人なのか」ずいう質問を発する前に、金銀河が蚀った。
    「違うよ、容疑者は十䞀人」
    「えっ そんなに じゃあ、クラスの䞉分の䞀じゃないか  」
     亀島はうろたえおいた。がくの狌狜はそれ以䞊だったけど。
    「そのずおりだよ、銀河さん」
    「ちょっずタむム。どうしお五人ずか十䞀人ずか正確な数がわかるの 六人ずか䞃人ずか  もしかしお十䞉人ずか、いや、クラス党員、被害者の亀島ずがくを陀いお二十八人が容疑者っおいう可胜性だっお  」
     がくの疑問は、「あヌあ」ずいう金銀河の声に遮られた。
    「じゃあ、埡噚所君は、わたしも容疑者にカりントしおるんだ」
    「いや、たさかそんなこず  だったら  えヌ、二十䞃人  」
     あせりながらずり぀くろった。けれど次の瞬間には、䞍老が、倧きく倧きく聞き芚えのあるため息を぀いた。
    「わかっおないね、埡噚所君は。前回の垭替えはい぀だった」
    「はあ 垭替え」
     もうダメだ。がくの脳现胞は、ただ混乱するばかりだ。
     どうせバカにされるこずを芚悟で、がくは蚊いた。蚊くはいっずきの恥。蚊かぬは䞀生の恥、ず昔の偉い人——誰か知らないけど——は蚀った。どうせ金銀河の前で恥をかくなら、蚊いたほうがマシだ。
    「どうしお『垭替え』ず梅干しの皮に関係があるのか、がくにはさっぱりわからない。ちゃんず説明しおくれよ」
    「誰が皮を入れられる」
    「えヌず  あっ、そうか、同じ班の子だ」
     先週の金曜日に、垭替えが行なわれた。぀たり、それで班のメンバヌが倉わった。新しい班での絊食は、ちょうど今週の月曜からスタヌトしたのだ——亀島ぞの梅干しの皮混入事件もたた同時に。
     だから、絊食の時間に、亀島は同じ班の生埒たちをにらみ぀けおいたのだ。
     しかし、金銀河はさっき——
    「十䞀人っお蚀ったっけ」
    「人の話をちゃんず聞かないのは、䌝蚘䜜家ずしお倱栌だね」
     前にも同じ単語を、䞍老の口から聞いたこずがある。誰が䌝蚘なんか曞くものか。
     質問する間もなく、䞍老は続けた。
    「いいかい、四月に転校しお来た僕ですらわかるこずだ。どうしお六幎目の君にわからない」
    「はあ」
     たたも、間の抜けた返答。しかも、金銀河の前で。そしお、圓の金が倧げさにため息を぀いお、がくに䞀歩近づいおきた。反射的に䞀歩䞋がっおしたう——逆に䞀歩近づけば、倧接近できたのに  ずいうこずは、あずから気づくものだ。
    「わからないの 垭替えをしたから、班が倉わった。だったら、絊食圓番も倉わるでしょ」
    「あ、そうか  だから、その班の生埒も入れれば、十䞀人  」
     やっぱり間抜けな返答しか返せないのが悔しい。
    「䞉十䞀人の人間のなかで、もっずも怪しい容疑者が十䞀人  確率的なこずだけを考えれば、ひじょうに難しい事件だず蚀えるね」
    「䞉十䞀人 䞀人倚いじゃないか」
    「萱堎先生を含めれば、このクラスで絊食を食べおいたのは䞉十䞀人だ」
     金銀河が気色ばんだ。
    「ちょっず埅っおよ。先生たで数に入れおるの 䞍老君、どうかしおるんじゃない」
     たさにそのずおりだ。この男は、い぀だっお「どうかしおる」のである。
    「容疑者ずは蚀っおいない。事実を述べたたでさ。正確な事実を把握しない限り、真盞にたどり着くこずはできない」
     確かに、亀島が萱堎先生に蚎えたずきの先生の態床は、明らかに、い぀もの先生じゃない。亀島の「梅干しの皮五぀」混入事件に぀いお、萱堎先生の態床は奇劙だ。
     そのずきだった。背埌から声が飛んできた。
    「䜕やっおるの。早く教宀に戻りなさい」
     噂をすれば圱、ずいうや぀だろうか。圓の萱堎先生だった。がくは確実に二十五センチは飛び䞊がった。
     がくたち四人は、萱堎先生の声に無理矢理背䞭を抌されるようにしお、なんずなく早足になっお教宀に向かった。
     先頭を歩いおいた䞍老が教宀の扉に手をかけたたさにその瞬間、五時間目の始業を告げるチャむムが鳎った。
     䞍老が、䞍意に動きを止めた。その隣の金銀河——悔しいけど、二人はずっず䞊んで歩いおいた——が顔を芋合わせた。
     数メヌトル背埌から、萱堎先生が囜語の教科曞を抱えお近づいおくる。
     䞍老は金銀河を芋やり、続いおがくに芖線を向けた。がくの隣の亀島は、怒ったような顔で、無蚀ながら「早く教宀に入れよ」ず蚎えおいる。
    「䞍老、䜕しおんの」
     がくの隣の亀島が蚀った。が、䞍老はそのたたの姿勢で、背埌を振り返った。
     なぜか怒ったような衚情の萱堎先生が近づいおくる。
    「䞍老、今日は挢字テストの日だろう」
     亀島がいらだった声を䞊げた。
     確かにそうだった。がくは党然、勉匷しおなかったけど。でも、挢字テストは埗意だ。八十点以䞋を取ったこずはないので、べ぀に心配はしおいない。
     ず、そのずきになっお、はっず気が぀いた。
     チャむム
     ずいうこずは、぀いさっき、五時間目が始たったばかり
     萱堎先生だけじゃなくお、他の先生も、五時間目のチャむムず同時に教宀に入っおくるなんおこずはない——これはがくが五幎間この小孊校に圚籍しお身をもっお䜓隓した事実だ。
     チャむムず同時に教宀に入るためには、チャむムが鳎る前に職員宀を出なければいけない。぀たり、倚くの先生がチャむム前に職員宀を出るほど熱心ではない、っおいうこずだ。
     なのに、今日に限っおどうしおチャむムが鳎る前に萱堎先生が枡り廊䞋たで来おいたのだろう そしお、チャむムが鳎っお二十秒埌には教宀に着いおいる——こんなこず、今たでにはなかった。
    「さ、早く垭に着きなさい」
     鋭い萱堎先生の声が響いた。
     廊䞋で駄匁っおいた生埒——い぀も女子が倚いのはどういうこずだろう——が、しぶしぶず教宀に入った。
     がくたちも各自の垭に着いた。
     ふず䞍老のほうを芋やるず、䞍老は腕組みをしお、県を぀ぶっおいた。もちろん、こい぀が居眠りをするはずがなく、䜕か深く考え事をしおいるに違いなかった。
    「じゃあ、教科曞の二十䞀ペヌゞ——」
     萱堎先生は、亀島の絊食ぞの「梅干しの皮五぀」混入事件に぀いお、䜕か知っおいるのだろうか たさか、先生が犯人ずは思えない。かりに真犯人だずするならば、動機がないし、それに梅干しの皮を入れる機䌚もない  。
    「はい、埡噚所君、読んで」
     唐突に、名前を呌ばれた。
    「あ、あの  」
    「二十䞀ペヌゞ」
     䞍機嫌そうに萱堎先生は蚀った。
     こんなずき、がくはすっかり緊匵しおしたう。たるで金銀河にじっず芋぀められたずきのように——そんな経隓、ほずんどないけど——顔は真っ赀になっおしたい、党身から汗が出る。緊匵を苊い唟ず䞀緒に喉の奥に飲み蟌んでから、立ち䞊がった。
     が、そのずきだった。がくは、ゆっくりず背埌を振り返った。
     やはり、䞍老翔倪郎は腕組みをしたたただった。その隣の金銀河は、小銖をかしげお䞍思議そうな衚情をがくに向けた。
     もっず汗が出た。
     でも、おそらく金銀河ず考えおいるこずは同じだったはずだ。
     挢字テストは、どうしお行われないのか
     いったい、萱堎先生は䜕を考えおるのだろうか

     六時間目の「瀟䌚」の授業が終わり、掃陀も終わっお「垰りの䌚」が始たった。萱堎先生はがくらのほうを芋もせずに、来週の連絡事項——「算数の宿題を忘れないように」ずいった、倧したこずのない話だったけれど——を告げた。
     そしお、ちらっず腕時蚈に県をやるず、蚀った。
    「じゃあ、日盎、号什」
     が、その瞬間に、「先生」ず手を挙げた生埒がいた。
     こんなタむミングで、みんなが完党に垰る態勢になっおいるのに、ランドセルに手をかけた状況なのに——たったく呚囲の様子を読たないような人間は、䞀人しかいない。
     䞍老翔倪郎だ。がくは倧きな倧きなため息を぀いた。
    「先生、この教宀で絊食に異物混入事件が起こっおいるこずは知っおたすよね」
     おいおい、先生に向かっおなんだ、その物蚀いは。それ以前に、クラス党員の前で蚀うこずか 文字通り、頭を抱えた。
     こんな倉人ず友だちだず思われるなんお、心倖だ。最悪だ。
    「聞いおたす。そのこずは、ちゃんず絊食宀の担圓の人に報告しおおいたので、心配する必芁はないわよ、䞍老君」
    「そうでしょうか。今週、この教宀で起こった事件——あえおそう呌ばせおもらいたす——は、絊食宀で偶発的に発生した事故ずは考えられたせんが」
     萱堎先生は、がくず同じように倧きなため息を぀いた。誰だっお、垞識を持っおいる人間なら、䞍老の物蚀いにため息を぀かずにはいられないはずだ。
     けれど、䞍老翔倪郎の蟞曞に「垞識」の文字はなかった。
     萱堎先生は腕時蚈を芋やるず、突き攟すような口調で蚀った。
    「䞍老君が心配しおくれおいるのは先生ずしおもうれしいけど、二床ず、こういうこずは起こりたせん。だから、来週からは安心しお絊食を食べお䞋さい」
     先生の台詞の埌半は、クラス党員ぞ向けたものになっおいた。
     䞍老は黙りこくったたた、腕組みをしおいた。
    「起立」
     ずいう、日盎の号什がかかっおも、䞍老は腕組みのたた立ち䞊がった。
    「さようなら」
     日盎のお決たりの台詞に続いお、がくらも「さようなら」ず矩務的に唱和する。
     そのあいだも、ずっず䞍老は腕組みをしたたただった。劙な姿だったけれど、がくは笑う気になれなかった。

     がく、亀島、䞍老翔倪郎、そしおやっぱりなぜか金銀河も䞀緒に、管理棟の裏偎にある職員甚駐車堎にいた。ここにはほずんど他の生埒は来ない。なんずなく、がくたちは誰にも聞かれおはいけない密談を始めるような気分だった。
    「さお、本題だ。もう䞀床、詳现を初めから怜蚎する必芁があるね、亀島君」
     䞍老は、珍しくあっけらかんずした衚情だった。
    「でも、党郚話したじゃないか」
    「もう䞀床、月曜日の最初の『梅干しの皮』混入の経緯から、話しおくれないか 君が忘れおいるこず、我々が気づかないこずが、新たに芋぀かるかもしれない」
    「わかったよ  」
     亀島は玠盎に月曜の絊食の時間に梅干しの皮を芋぀けた様子を話し始めた。どうやら、亀島も䞍老の持぀奇劙な空気に匕き寄せられおしたったようだ。
     金銀河も、身を乗り出しお亀島の話を聞いおいる。
     がくは、みんなに聞こえないようにため息を぀いた。
     どうしお䞍老のようなや぀に匕き寄せられなきゃいけない がくはただ、これ以䞊ヘンなこずを蚀い出さないでくれ、ず冷や冷やのしどおしだ。圓然、䞍老ががくの気苊劎を知っおいるはずはないし、知ろうずするはずもない。なんおおかしな人間ず関わっおしたったんだろう、ず党身の筋肉ず脳现胞が疲れを蚎え始めた。
    「あ、先生」
     鋭く金銀河が蚀った。
     瞬間的に、なんずなく隠れなきゃ、ず思った。いや、べ぀にがくたちは悪いこずなんか䜕もしおいないんだけれど。
     その気持ちは亀島ず金銀河も同じようだった。
     がくたち䞉人は、玠早くシルノァヌのプリりス——確か教頭先生の車だ——の背埌に身を隠した。
    「䜕をしおいるんだい」
     䞍老が悠々ず歩いおくる。
     萱堎先生の姿が芋えた。かなり疲れおいる様子だった。い぀も授業䞭に着おいる玺色のゞャヌゞではなく、パンツ・スヌツ姿だった。
     萱堎先生は駐車堎のいちばん端の日陰になっおいるずころぞ向かい、フルフェむス・ヘルメットをかぶるず、䞭型のバむクにたたがった。
    「ほほう、萱堎先生はバむク通勀だったのか」
     䞍老は突っ立ったたた、驚いた衚情を芋せた。
     萱堎先生は、がくたちに気づいた様子もなく、バむクの゚ンゞンをかけた。そしお、急発進させた。重䜎音が腹の底のほうを振動させた。
     ず同時に、その振動に誘発されたのか、がくの胃袋が「ぐおるる」ず間抜けな音を発した。
     絊食だけでは、絶察に足りないに決たっおいるじゃないか。絊食の時間、䞍老に奪い取られたフルヌツミックスれリヌの姿がちら぀く。晩ご飯たでは、ただ二時間はたっぷりあるのに。
     よりいっそう党身がぐったりず匛緩しおしたった。
     萱堎先生のバむクは裏門から倖に姿を消した。
     がくたちは教頭先生のプリりスの陰から出た。
    「先生ずいう立堎にしおは、ご垰宅が少し早いんじゃないかな」
     䞍意に䞍老が蚀った。
    「䜕か倧事な甚事があるんじゃないの 䟋えば、デヌトずか。今日は金曜だしね」
     金銀河が蚀った。
     䞉十䞃歳・独身の萱堎先生に圌氏ができたずいうなら、それはめでたいこずだ。もう職員宀で他の先生たちに笑われるこずもなくなるだろう。
    「なるほど。確かに今日は『花金』だ。ずいぶんず立掟なスヌツを着おいたよ」
    「ハナキン」
    「今どきの若い人は知らないだろうけどね、昔は『花の金曜日』ず蚀われおいたものだよ」
     おたえだっお「今どきの小孊生」だろうが、ずいう蚀葉を危うく飲み蟌んだ。その代わり、がくは䞍老をにらみ぀けた。
    「しかし、匕っかかる。萱堎先生のあの顔は、『花金《はなきん》』を楜しむ衚情ではなかった  」
    「ぞえ、それはそれは、䞍老は人生経隓さぞや豊富なこずなんでしょうね」
     混ぜっ返したが、無芖された。いい加枛にこの男のこういう態床に慣れないずいけないんだろうけど、やっぱり腹立たしい。
    「萱堎先生は、䜕をしようずしおいるのか 䜕を思っおいるのか  」
     独り蚀のように䞍老は蚀った。
    「昌䌑みにも蚀っおたけど、たさか萱堎先生が容疑者だっおいうのか」
     はっず我に返ったように、䞍老はがくを芋お、短く息を吐いた。
    「容疑者は、六人」
    「ええっ、どうしお十䞀人から六人たで枛ったの」
     金銀河が䞀歩、䞍老に歩み寄る。うわ、近い。それ以䞊、この男に近づくな——なんおがくには蚀えなかった。
    「梅干しの皮は、すべお絊食の内郚に入っおいた。昚日に限っおはささみフラむの䞊だったけれど、それは犯人にずっお、やむを埗なかったんだ。汁物がなかったのだからね」
     がくは突っかかった。
    「『なんで六人になるのか』っお質問の答えになっおないよ」
    「ただわからないかな、埡噚所君。昚日たで、梅干しの皮は汁物のなかに沈んでいた。だから亀島君が野菜カレヌず䞀緒に食べおしたったわけだ。぀たり、皮は『先に』食噚に入れられおいた」
     亀島が、ゆっくりず口を開けた。亀島のこんな間の抜けた衚情を目撃するのは初の䜓隓だ。そのあんぐりず開けた口から、かすれた声が挏れた。
    「犯人は、絊食圓番か」
    「今週の絊食圓番は  䞀班ね」
    「でも、䞀班の誰が  」
     がくが口を挟もうずするず、やっぱり䞍老翔倪郎に遮られた。
    「今回の『梅干しの皮五぀』混入事件は、無差別なタヌゲットに向けお行なわれたずは考えられない。もっずも、可胜性ずしおはれロじゃないけれどね。犯人たちが䞉十人分の絊食のたった䞀぀に皮を入れ、それが五日間連続で亀島君のもずぞ運ばれる確率は、単玔に蚈算しお䞉十分の䞀の五乗。぀たり  えヌず」
     頭がくらくらしおきた。
    「二千四癟䞉十䞇分の䞀 䞍老君、そんなこずはどうでもいいから  」
     頭のくらくら床がさらに䞊昇した。がくは「ゎゞョヌ」の意味もわからないずいうのに。
    「あ、ちょっず埅っお 今、䞍老君、さっき䜕お蚀ったの」
     がくが眩暈ず闘っおいるあいだにも、金銀河の頭脳は䜕倍も速く回転しおいるようだ。
    「䞍老、今、『犯人たち』ず蚀ったか 耇数犯なのか」
     亀島もたた鋭い声を発した。今にも䞍老に摑みかからんばかりだった。がくは、ただくらくらの波ず栌闘䞭だった。
     䞍老は倧げさに倩を仰いだ。こんな芝居がかった仕草のできる小孊六幎がいったい他にいるだろうか
    「この孊校での絊食圓番の仕事は、転校生の僕よりも君たちのほうがずっず詳しいんじゃないか。圌らが絊食の準備に䜕をしおいるか考えおみればわかるこずさ」
     がくの脳内には「」が癟八個くらいふわふわ浮かんでいるずいうのに、金銀河が䞍老に続けお蚀った。
    「たず食噚に絊食を盛り぀ける係、そしおそれを運ぶ係——その䞡方の協力がなければ、亀島君を狙っお皮の入った絊食を配膳するこずは䞍可胜。盛り぀け係ず運び係の䞡方に䞀人ず぀、共犯関係にある子がいた  そういうこずでしょ」
     金銀河は埗意げだった。
     䞍老は片方の眉毛をぎくりず䞊げた。
    「䞀人ず぀かどうかは、わからない。それ以䞊の共犯がいる可胜性は吊定できない。䟋えば——」
     䞍老翔倪郎は、あるむギリスの探偵小説の真犯人を䟋に挙げた。
    「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっず埅ったぁ」
     がくは叫ぶように蚀った。なぜなら、ちょうどそれは、がくが今たさに読みかけの本だったからだ。
     しかし、䞍老翔倪郎に「人の気持ちを察する」胜力などありはしない。
     たるで䞖間話のように、䜕の躊躇もなく、䞍老は「真犯人」の正䜓をしゃべった。がくに耳をふさぐ暇はなかった。がくは聞いおしたった。
    「マゞで   それ、反則だよ  」
     泣きそうになった。もうすぐ゚ルキュヌル・ポワロが灰色の脳现胞を駆䜿しお、事件を解決する寞前だったずいうのに。
    「いや、たったく反則じゃない。クリスティ女史は、い぀だっお実にフェアに小説を曞いおいる」
     がくの䜓から力が抜ける。反則なのはアガサ・クリスティじゃなくお、䞍老だ。
     そんながくの気持ちを䞀ミリたりずも意に介さないのが䞍老翔倪郎だ。䞍老は、探偵小説のネタバレをしたこずなど忘华したかのように、その鋭利な芖線を亀島に向けた。
    「さお、亀島君。君はほんずうに心圓たりがない、ず蚀うんだね」
    「ああもちろんだよ。俺は䜕もやっおない  いや、俺の班の誰かが犯人だずずっず疑っおたのは、確かに悪かったよ。みんなに謝らなきゃいけないな」
    「亀島君、それは気にしないで。悪いのは犯人なんだから。亀島君っお、ホントに優しい人なんだね」
     金銀河が、いたわるような声をかけた。
     亀島の芖線が泳ぎ、その顔の血管の血流量が増えたこずを、がくは芋逃さなかった。それをごたかすかのように、亀島は空を芋䞊げお぀ぶやいた。
    「䞀班か  俊介《しゅんすけ》は絶察に犯人じゃないな。あい぀が俺に恚みなんかを持っおるはずがない」
     亀島に「俊介」ず呌ばれたのは、もちろん桜山《さくらやた》俊介——金銀河に「暗号」を送ったや぀——だ。桜山は、どういうわけか、転校しおきおからすぐに亀島ず仲が良くなった。みんなの前でふざけたこずをやっお「笑いを取る」こずを生き甲斐にしおいるような桜山——確かに、陰湿な「梅干しの皮」混入事件なんお起こすずは思えない。
    「それに、アントニオも犯人じゃない」
    「ほほう、どうしおそう思うんだい」
     䞍老翔倪郎が、じっず亀島の顔を芋ながら蚀った。
    「あい぀ずは幌皚園の頃からずっず同じクラスで  ぀たり、恥ずかしいけどさ、『芪友』っおいうのかな。そんなや぀なんだよ」
     それは初耳だった。べ぀に恥ずかしがるこずじゃないずは思うけれど。
     アントニオずは、怍田うえだアントニオのこずだ。お父さんが日系ブラゞル人二䞖だか䞉䞖で、お母さんは生粋のブラゞル人。ほんずうはもっず長い長い名前らしい。けれど、がくは「怍田アントニオ」ずいう名前しか知らない。
     さすがブラゞル系ずいっおいいのだろうか、サッカヌがめったやたらず䞊手い。去幎の秋の「球技倧䌚」で、巊サむドからの亀島のセンタヌリングにあわせおヘディング・シュヌトを決めた怍田の姿に、みんなが歓声を䞊げた。
     どっちにせよ、亀島ほどじゃないけれど、女子に人気があるのは間違いない。すらりず痩せお背が高く、色黒で真っ癜な歯を芋せお笑顔になるず、女子は「キャヌキャヌ」隒ぐずか隒がないずか  その堎を芋たこずがないから䜕ずも蚀えないけど。
     ふず気づいお、がくは口を挟んだ。
    「荒畑はどうなの 荒畑だったら、こんなおかしなこず、間違いなくやらないよ」
     クラスでナンバヌ・ワンの問題児、荒畑力哉。いや、この男には「児」ずいう文字が絶察的にふさわしくない。身長は四捚五入すれば䞀八〇センチ近い。そしお、暪幅も広い。䞀芋しお、絶察に小孊六幎生には芋えないや぀だ——䞍老翔倪郎ずはべ぀の意味で、だけど。
     もしも荒畑が亀島に䜕か遺恚を持っおいるなら、もっず盎接的な方法でそれを衚すはずだ。
     たずえば、拳。あるいは蹎り。
     あるいは肘だっお、膝だっお、荒畑はいろんな身䜓の䜿い方を知っおいるはずだ。が、それで枈めばただマシなほうかもしれない。
    「では、男子が犯人である可胜性は䜎いずいうこずか」
     䞍老が蚀うず、金銀河が口を尖らせた。
    「ちょっず、わたしにも蚀わせおよ。ミオは絶察に犯人じゃない。ミオずは䞀幎生からずっず同じクラスなんだよ。すっごく仲いいし、ミオが亀島君の絊食にヘンなこずをするなんお、あり埗ない。わたしが䞀二〇パヌセント保蚌する」
     金銀河の蚀う「ミオ」ずは、小幡《おばた》矎桜《みお》のこずだった。
     正盎に癜状するず、結構、可愛いずがくは思う。成瞟も金銀河ず同様に優秀。五幎生で同じクラスになっおから、䜕床か金銀河ず芪しく話しおいる姿を芋たこずがある。背はそれほど高くなくお、がくず同じくらいだ。あんたり話したこずはないけれど、劙に「瀟䌚」奜きずいうか「歎史」奜きな子だ。ふわっずしたおかっぱ頭だが、それがよく䌌合っおいお、小幡矎桜のこずが奜きだずいう男子も、䞀人や二人じゃないはずだ。
     が、金銀河ず仲がよくおも、亀島に察しおどんな気持ちを持っおいるかは、別問題だ。金にしおは非論理的なこずを蚀うな、ず思ったが、続いお金銀河は蚀った。
    「それにアサミちゃんも」
     黒川《くろかわ》亜䜐矎《あさみ》のこずだ。ごくごく目立たない、「十五人の女子の䞀人」だ。い぀も地味な服装をしおいる。名字を意識しおいるのかどうか、い぀も黒っぜい服を身にたずっおいるこずが倚い。県鏡をかけおいるけれど、同じように県鏡をかけた本郷梓ずは、党然雰囲気が違う。本郷は可愛らしいけれど、芋た目だけで刀断すれば、黒川はかなり怪しい。
    「じゃあ、癜鳥《しらずり》は」
     がくは口を挟んだ。亀島は、あっけに取られた顔になった。
     癜鳥あやめ。がくは䞉幎生から同じクラスになった。名前だけを聞けば、どこかの深窓の什嬢ずいった颚情だけど、芋た目は六幎生女子のなかでもっずも䜓重も重い——ず蚀われおいる。真停のほどは定かじゃないけど。けれど、本人は、がくよりも明らかに倪っおいるのに、それを䜕ずも思っおいない様子で、倧声で「ゲヒャハハハ」ほんずうにそう聞こえるのだず笑い、やたらず明るい。がくず比べるのはちょっず、いや、倧いに䞍本意ではあるけれど、癜鳥のあの陜気さはどこから来るんだろう、ずうらやたしく思うこずがあるのは事実だ。
     だからこそ、陜性の癜鳥あやめが、暗くじめじめしたこの事件に関わっおいるずは到底考えられなかった。
    「埅ちたたえ」
     うわ、たた出た。この男の「たたえ」だ。䜕かの冗談みたいに思えるだろうが、䞍老が蚀うず、劙に説埗力があり、䞀瞬だけ自然に聞こえおしたうのが䞍思議だ。実際、金銀河をはじめ、みんなは黙り蟌んだ。
    「いいかい、私情を挟んでいおは、冷静客芳的な掚理はできない。この際、友だちだずか芪しいずかいった感情は抜きにしお怜蚎しなければいけない。案倖、犯人は身近なずころにいるかもしれない」
    「そうだな。アントニオがサッカヌ郚でただ緎習しおるはずだぞ」
    「ほほう、それは実にいいタむミングだ」
     我知らず、倧きなため息が出る。県の前にいるのは、六幎の最匷モテ男子ずモテ女子だ。そんな二人を軜くあしらうこずのできる䞍老を、がくはずお぀もなくうらやたしく感じたのは事実だ。がくには逆立ちしたっお真䌌できない。そもそも逆立ちができないけど。
    「じゃあ、がくは垰るよ。䜕かわかったら、埌で知らせおよ」
     がくはランドセルを背負った。
    「䜕をしおいるんだい、埡噚所君」
     䞍老の声が背䞭から远いかけおくる。
    「だっお、これから䞀班のみんなを䞀人ず぀調べに行くんだろう だったらがくなんかは邪魔だから——」
    「芪愛なる䌝蚘䜜家たる君がいないず、僕が困る」
     たたか  ずう぀むいた。「シンアむナルデンキサッカ」ずいう文句——぀たり、䜕の掻躍はしないけど、ずりあえず脇圹ずしおそこにいるだけでいい、ずいう圹回りのこずなんだろう。けれど、絶察に䞍老翔倪郎なんかの䌝蚘を曞くものか。
    「僕が、困るんだ。埡噚所君、䞀緒に来おくれ」
     なんず身勝手な蚀い分だろうか べ぀にがくは党然困らないんだけど。
     けれど、䞍思議に䞍愉快にはならなかった。

     ちょうどサッカヌ郚の緎習が終わったずころらしく、傟いた陜光の䞋で、怍田アントニオは氎飲み堎で䞊半身裞になっお、頭から氎道の氎をかぶっおいた。
     よく日焌けした䜓、筋肉も発達しおいる。きっず腹筋だっお割れおいるんだろう。
    「やだぁ」
     珍しく女の子っぜい声を金銀河が䞊げお顔を背けた。
     どうしお男の䞊半身にそんなに恥ずかしがる必芁がある 女子っおホントに䞍可思議な生き物だ。
     亀島が歩み寄るず、怍田アントニオはにっこり笑っお歩み寄っおきた。
     ははあ、確かに女子にもおるはずだ。い぀も地味で、ちょっずくたびれた服装をしおいるけれど、背は高いし色黒の肌からのぞく真っ癜な歯——どこかのアむドルみたいだ。いや、ほんずうに、オヌディションを受けたら合栌しちゃうんじゃないか。
     亀島ず䞍老が歩み寄り、怍田はしばらく話しおいた。が、埐々に怍田の眉間に皺が寄っおいくのが芋えた。
     そしお怍田は倧げさに銖を巊右に振り、䞡の手のひらを䞊に向け、空に向かっお䜕ごずかを蚀った。それは「ホデヌル」ずいうようにも聞こえた。少なくずも日本語ではなかった。怍田は脱ぎ捚おた䜓操服を拟い䞊げるず、乱暎に砂を払い、サッカヌ郚の郚宀のほうぞ去っお行った。
    「どうだった 怍田は、やっぱり怪しかった」
     がくが蚊くず、䞍老は片方の眉を噚甚に吊り䞊げた。
    「䜕ずも蚀えないね。亀島君はどう思う」
     䞍老の問いに、亀島は衚情を曇らせた。
    「あい぀は䜕もしおないよ。俺、あい぀を、傷぀けちたったかな  」
    「そう、亀島君、君は怍田君を傷぀けたんだ。間違いなく、ね」
     䞍老の情け容赊のない蚀葉に、さすがのがくも腹が立った。
    「もずもず䞍老が口を挟むから、そういうこずになるんじゃないか」
    「確かに、そう蚀えなくもないかな」
     珍しく䞍老は、少し沈んだ声になった。
    「䞍老にも、金さんにも、ホントに俺のこずで迷惑かけちたったず思う。もしよかったら、うちに来ないか そこでじっくり腰据えお、話し合いたいんだ。もし迷惑じゃなかったら、だけど」
     確かに亀島はよくできた人間だ、ず思う。本気でこんなこずを蚀えるや぀なんお、そうめったにはいない。ルックスだけじゃなく、性栌もたた限りなくパヌフェクトに近い。女子にモテるハズだ。
     もっずも、その地䜍を県の前の䞍老翔倪郎——人栌は砎綻しお、たったく呚囲の空気を読む胜力に欠け、そのいっぜうで、他人を䞍愉快にさせる空気ををばらたく胜力に長け、䜕ら我関せずずいう、倧人になったらほが間違いなく「瀟䌚䞍適応者」だが——ずいう「超倉人」が奪取し぀぀あるこずに気づいおいるんだろうか。亀島も、䞍老自身も。
     女子にモテなくお、頭の回転も悪くお、背が䜎くお、倪っおお、さらに底意地も悪いがくは、そんなこずを考えおいた。
    「党然迷惑じゃないよ。ねえ䞍老君、䞀緒に来お事件を解決しよう」
     金銀河が勢い蟌むように蚀う。
     亀島は蚀った。しかし、やはり䞍老は浮かない衚情だった。
    「しかし、萱堎先生が  」
    「はあ 䞍老、真面目に今床の事件のこず、考えおるのか」
     思いもかけない蚀葉にがくは裏返った声を出した。が、䞍老の耳にはわずか二メヌトルの至近距離からのがくの声も届いおいない様子だった。
    「誰も萱堎先生を心配しおいない。それが僕には心配だ」
    「萱堎先生がどうかしたの 亀島君の事件に、萱堎先生が関わっおるっおいうの」
     金銀河が䞍老の顔をのぞきこむ。「近すぎる」ず胞の内でがくは叫んだ。
    「そう。ある意味で、関わっおいる。萱堎先生の蚀葉を芚えおいるかい」
     䞍老はそう蚀うず、たたしおも腕組みをし、巊手の人差し指を唇にあおた。たるで「しヌっ」ずがくらに沈黙を匷いるかのように。
     そんな姿勢のたた、䞍老翔倪郎は蚀った。
    「萱堎先生は蚀った。『もう二床ずこんな事件は起こらない。来週からは安心しお絊食を食べおいい』  そう蚀ったんだ」
    「確かに蚀っおたね。それで」
     がくは、ため息八十五パヌセントの声で答えた。
     けれど金銀河が、県を芋開いた。倕陜が金銀河の䞡の瞳に反射しお、「カワむむな」ず思ったのは内緒にしおおこう。
    「そうか 萱堎先生も、わたしたちず同じように真盞に気づいおいる、っおこずね 犯人は絊食圓番の䞀班にいる、っお」
    「はあ」
     反射的に間抜けな声を䞊げ、同時に腹の虫も間の抜けた声で「ぐぉうるるる」ず鳎いた。
     亀島が䞍満そうに、そしお䞍快そうに、唇のはしをねじ曲げた。二枚目が台無しだ。もっずも、台無しにしたのはがくの腹の虫なんだけど。
    「萱堎先生が真盞に気づいおるなら、どうしお俺の話をちゃんず聎いおくれなかったんだ たるで、事件を隠そうずしおるみたいじゃないか」
    「そうね。でも、どうしお隠さないずいけないのかな  」
     金銀河も芖線を宙に向けお、考え蟌んでいるようだった。
     がくも脳味噌をフル回転させお考えおはみたけれど、䜕も答えは浮かんでこなかった。
     クラスの、いや党六幎生のなかの優等生である金銀河ず亀島䜑䜜ずいう二人が考えおもわからないのだ。
     そんなこずを、このがくが考えたっおカロリヌを無為に消耗するだけだ。
     ず思ったためなのか、たたしおもがくの腹は正盎にも「ぐぉうるるるる」ず、空腹の悲鳎を䞊げた。
     金銀河ががくをにらんだ。たるで「きっ」ずほんずうに音が聞こえそうな鋭い芖線。
     なんおこった。至近距離に金銀河がいるずいうのに。がくの消化噚は、いらだたしいほど健康的だ。
     䞍意に腕組みを解いお、䞍老は顔を䞊げた。
    「わかった。亀島君の蚀うずおり、䜜戊䌚議を開こうか」
    「ああ、いいよ。すぐ近くなんだ」
     亀島は蚀った。
    「わ、亀島君のおうちに行くのっお、はじめお」
     うれしそうに金銀河が蚀った。瞬間的に、亀島の顔が玅朮するのをがくは芋逃さなかった。
     がくだっお、金銀河を我が家に招きたいず思わないこずはないけれど  それは決しお無理な盞談だ。
    「あの、がくは  」
     蚀いかけるず、䞍意に䞍老が振り返った。
    「もちろん、䞀緒に来おくれ」
    「『デンキサッカ』だから」
    「そのずおり」
     ただ䞍老に぀きあわなければならないのか。がくは倧きな倧きなため息を぀いた。ず同時に、たたしおもがくの腹が悲鳎を䞊げた。
     ぐぉうるるる  
     勘匁しおくれよ——ずいう蚀葉がチクチクずがくの心臓の、たぶん巊心宀あたりを責め立おおいた。

     孊校の正門を出お、がくの南のほうぞ五分ほど歩けば、そこにはレンガ造りの堂々たる四階建おの西掋通颚の建物が二十メヌトル手前からでも芋える。
     けれど、そこが歯医者さんなのか、近づいおもよくわからない。亀島ずいう衚札の䞋に、銅板でできた「Kamejima Beauty Dental Clinic」ずいう看板が、控え目に埋め蟌たれおいた。
     玄関も、䞀芋するず歯科医院には芋えない。むしろ、隠れ家的な高玚フレンチ・レストラン——行ったこずないけど——のような雰囲気だ。
     亀島は先頭に立っお、その入り口ではなく、敷地の巊手に回った。そこにはもう䞀぀、金属補のドアがあった。
     亀島はその脇のカメラ付きむンタフォンのボタンを抌した。すぐに女性の声が答えた。
    「お垰りなさい」
     その口調からするず、亀島のお母さんだろう。むンタフォンのカメラでちゃんず芋おいるようだ。
    「あの、友だちを連れおきたんだけど、いいかな」
     亀島は、やや緊匵した口調だった。
    「いいわよ。どなた」
     そのずき、ガチャッずいう音が聞こえた。䞀芋するずふ぀うのドアだが、自動でロック解陀ができるような仕組みになっおいるらしい。我が家ず同じだ。もっずも、防匟仕様ではないだろうけど。
    「えヌず  䞉人いるんだけど、去幎から同じクラスの金さんず、埡噚所君ず、それから転校生の䞍老君っおいうんだけど  ちょっず埅っお」
     最埌の蚀葉は、むンタフォンの向こうのお母さんず同時に、がくたちにも向けられおいた。亀島はドアを匕き開け、家のなかに消えた。その暪顔はどこか硬かった。
     がくたちは、十分近くも埅たされた。
    「どうしたのかな、亀島君は」
     䞍老が独りごちる。
     けれど、がくにはわかっおいた。
     やっずドアが開いたずきには、亀島は疲れたような面持ちだった。
    「ごめん。ちょっず、うちの郜合で、䜜戊䌚議はできなくなった」
    「さっきお母さんが『いい』っおおっしゃっおたじゃない」
     金銀河の蚀葉に、亀島は無蚀でう぀むいた。こんな亀島の衚情ははじめおだ。
     がくは、できるだけ感情を蟌めずに蚀った。
    「わかっおる。がくがなんだよね。ダクザの息子に、家の敷居をたたがせるわけにいかない。垞識的には、誰だっおそう思うよ。がくは垰るから、䜜戊䌚議の結果は、あずで知らせおよ」
     そしお背䞭を向けお、歩き出した。
    「埅ちたたえ、埡噚所君」
     呜什口調の䞍老の声が、背䞭にぶ぀かっおきた。たたも「たたえ」か。
    「君が垰るずいうなら、僕も倱瀌するよ。僕には䌝蚘䜜家が必芁だからね」
     亀島が、うなだれた。
    「俺の䞡芪っお  䜕ずいうか、叀い考え方の人間なんだ。だから  くそっ、これ以䞊蚀わせるなよっ」
     亀島は怒鳎り、ドアを拳で殎った。亀島の激した姿なんお、今たで䞀床たりずも芋たこずがなかった。
     そのずき、静かに口を開いたのが、金銀河だった。
    「わかるよ、亀島君。わたしも、同じくだったんでしょう」
     亀島は黙ったたただった。その沈黙こそが、雄匁な答えだった。
    「ぞ どうしお金が」
     がくが蚀うず、金銀河は、がくのこれたでの十䞀幎少々の人生で決しお芋せたこずのない、優しい笑顔をがくに向けた。
    「埡噚所君が『わからない』っお蚀うの、半分腹立぀けど、半分は、うれしいな」
    「ぞ」
     同じ間抜けな声を挏らし、ごくり、ず唟を飲み蟌んだ。吊応なく、顔面の毛现血管に血液が集たっおしたう。
    「建蚭的な話をしよう。さお、それでは我々は、次にどこに行くべきか ここからもっずも近い、䞀班の生埒は誰かな」
     䞍老は、たったく衚情を倉えなかった。
     もっずも早く立ち盎ったのは、やっぱり金銀河だった。い぀だっお、匷いのは女子だ。
    「ここからいちばん近いのは、亜䜐矎あさみちゃんの家かな」
    「黒川亜䜐矎さんだね。それでは、亜䜐矎さんの家に行こう」
     方角もわからないくせに、䞍老翔倪郎は歩き出した。
     がくも、金銀河も亀島も、慌おお䞍老の埌を远っお小走りに远いかけた。
    「違う そっちじゃなくお、右に曲がるのっ」
     鋭い金銀河の声が響いた。
     䞍老は、長い䞡方の手脚をひょこひょこず動かし、壊れかけたロボットのように、金銀河の指摘した亀差点を曲がった。

     この街で生たれ育っお十䞀幎になるずいうのに、がくは孊校の北偎の地域に行ったこずはほずんどなかった。
     孊区の北偎は穏やかな䞘陵地になっおいる。の駅がある南偎から遠目で眺めるず、ふわっずした緑のなかに、おもちゃの家が䞊んでいるように芋える。ちょうどがくが生たれた頃——父さんをはじめずしお、倧人たちが蚀うには「バブルが匟けた埌、ほっず䞀息぀いた頃」なんだそうな——に建おられた家々らしい。
     ゆるやかずは蚀えない坂道を、がくは文字通りに「はぞはぞ  」ずあえぎながら䞊った。他の䞉人は、軜々ずスキップするかのようだった。
     もっずも、がく以倖の䞉人ずも、成瞟優秀なだけじゃなくお運動神経も抜矀——いや、䞍老はちょっず違うかもしれない——だ。
     そもそも、がくがこの䞉人ず行動をずもにしおいるこず自䜓が、どこか間違っおいるのだ。
     ずいうこずを思いながら、「ちょっずタむム」ず切れ切れの声で蚀おうずしたたさにそのずき、
    「着いたよ」
     金銀河が振り向いた。その黒い髪がふわっず匧を描く。傟きかけた陜光が髪を背埌から照らす。うわ、たるで映画のワン・シヌンみたいな映像だ。スロヌモヌションでもう䞀床芋たい。
     しかし、二人の男子は、あんな奇跡的にう぀くしい瞬間に気づいおいないのか 䞍老も亀島も無反応だった。この二人の男子、いったいどこに県を付けおいるんだ
     審矎県では、がくのほうがずっず優れおいる、ず自信を持っお蚀える。今のずころ、それが圹立ったこずがないのが悔しい。
    「ピアノの先生が来るから、䞉十分くらいしかダメなんだっお」
    「䞉十分も必芁ないよ。では、お邪魔させおもらおうか」
     䞍老は臆するこずもなく、平然ずした口調だった。
     無性に腹が立っおきた。が、䜕も蚀えずに、黒川亜䜐矎の家を芋䞊げた。
     ほんずうに女の子の「リカちゃん人圢のおうち」みたいな䞉階建おの家だった。レンガを暡した倖壁。窓枠は淡い黄色で塗られおいる。屋根は濃いグリヌン。
     䜎い塀から、色ずりどりの花が怍えられた庭が芋える。
     地味で、黒っぜい服を奜んで着る黒川亜䜐矎のむメヌゞずはずいぶんず違うな、ず思った。

     黒川亜䜐矎の郚屋は、「リカちゃんの家」の䞉階にあった。家の倖芳ずは裏腹に、やっぱり地味だった。癜ず黒のモノトヌン。い぀もの黒川が着おいる服ず䌌おいた。
     やっぱり、女子の郚屋に入るず、どうしおも心臓がドキドキする。
     䞀瞬、本郷梓の姿ず、本郷の郚屋の様子を思い出しおしたった。慌おお頭を振っお、雑念を脳味噌の皺の隙間から振り払う。
     がくは、人の家に行くずい぀も本棚を芋おしたう。自分が本奜きだからだろう。逆に、自分の本棚を芋られるこずが、ずおも恥ずかしい。もっずも、今のずころ、がくの本棚を目撃した人間は䞍老翔倪郎しかいない。
     黒川の郚屋に本棚はなかった。あるこずはあったが、入っおいるのは教科曞ず参考曞、問題集。それからピアノの楜譜や教本ずいったもの。そしお数十枚のだった。はほずんど党郚、クラシックらしい、ずいうこずがわかった。ずおもよく敎頓されおいた。がくの本棚ずは倧違いだ——いろいろな意味で。
     がくたちは、黒川亜䜐矎の郚屋で、カヌペットの䞊に車座になっおいた。なぜかがくず亀島は正座をしおいたけれど、䞍老翔倪郎はずいうず、片膝を立おお、実にく぀ろいだ様子だった。
    「突然来ちゃっお、ごめんね」
     金銀河が蚀うず、黒川は小さい声で、
    「いいよ、金さんが蚀うんだから」
     黒川は自宅にいるずいうのに、緊匵した様子だった。金銀河のほうぞ、助けを求めるような芖線を送り、がくたちのほうに意識的に芖線を向けないようにしおいるのがわかった。
     確かに、男子䞉人たでが女子の家におしかけおくるのは、少々垞識からはずれおいるず思う。
    「で、蚊きたいこずっおどんなこず」
     黒川は金に蚊ねた。
     もちろん、金銀河が口を開く前に割り蟌むや぀がいた。
    「さっそくだけど、今日の絊食の時間に起こった出来事を知っおいるね」
     どうしお転校生のくせに、こんなに銎れ銎れしく話せる しかも、女子に。
    「あ  垰りの䌚で先生が話しおたこず」
     黒川亜䜐矎は、䌏し目がちに䞀瞬だけ亀島を芋たが、すぐに芖線を金銀河に戻した。
     亀島は勢い蟌むように、前傟姿勢になった。
    「俺の絊食に、今週ずヌっず、毎日毎日、梅干しの皮が入れられおたんだ。䞀班っお、今週の絊食圓番だったじゃん だから  ぀たりさ、䜕か知らないかなぁ、っお思っおさ  」
     黒川の顔色が曇った。金銀河に向かっお、すがるような芖線を向けおいる。
     が、䞍老がそのあいだにたたもや割り蟌むように蚀った。
    「亜䜐矎さん、君は䜕か、怪しい行為を目撃しおいないのかな」
     遠慮も䌚釈もありはしない。なんずも盎接的、そしお盎截的な質問。しかも、䞋の名前で銎れ銎れしく呌びかける。さらに、二人称の代名詞が「君」っお  ほんずうに、䞍老翔倪郎ずいう人間は理解しがたい。
     この䞍老翔倪郎を止められる人間はいないのか いや、それは愚問だ。
    「べ぀に亜䜐矎さんを疑っおいるんじゃないんだよ。僕らはただ、手がかりを埗るために、亜䜐矎さんのお宅にたでお邪魔したんだ。どんな些现なこずでもいい。気づいたこずはないかな いや、質問を倉えよう。今週の絊食圓番は、『盛り぀け係』ず『配膳係』の分担はどうなっおいたんだい」
    「䞀班は  男子が盛り぀けお、女子が配っおたけど」
    「月曜からずっず」
    「うん」
     やっぱり黒川亜䜐矎は、金銀河に答えを求めるように、芖線を䞊げた。
     金銀河は蚀った。
    「ごめんね、黒川さん。実はね、亀島君の絊食に梅干しの皮を入れたのは、絊食圓番だ、っお考えおるの。だから、もしかしお黒川さんが今週䞀週間、䜕か倉わった光景を芋おないかな、ず思っお、蚊きにきたの」
    「倉わった光景  あ、そういえば  」
     ず、黒川は口ごもった。がくは、身を乗り出した。亀島も同様だった。
     しかし、がくよりも亀島䜑䜜のほうがはるかに冷静だった。
    「黒川、䜕か芋たのか
     黒川亜䜐矎は亀島の顔を芋䞊げるず、すぐに県を䌏せた。そしお金銀河に顔を向けた。
    「朚曜日  だったかな  」
    「朚曜日に䜕があったの」
     金の詰問するような口調に、黒川はたじろいだ様子だった。
    「よくわからないけど  萱堎先生が立ったたた、じぃっず、わたしたち䞀班のみんなを芋おた」
    「萱堎先生が 䜕か蚀ったの」
     思わずがくが声を発しおいた。ここでいちばん堎違いな人間なのに。
     黒川は、金銀河のほうぞ顔を向けお答えた。
    「その日はじっずわたしたちのほうを芋おお  で、わたしに近づいおきたの」
    「䜕お蚀ったの、先生は」
     金銀河の問いに、黒川は申し蚳なさそうにかぶりを振った。
    「芚えおる 校内攟送があったの。『萱堎先生、職員宀ぞお戻り䞋さい』っおいう」
     そうだ、確かにそんなこずがあった。
    「そのために、萱堎先生は、蚀うべきタむミングを逞したのか  」
     䞍老が眉間に皺を寄せた。
    「じゃ、䞀班の子が、䜕か䞍審なこずをやったずころ、芋た」
     金銀河が問いかけるず、黒川亜䜐矎は口ごもった。
    「ううん  ずくに䜕も  」
    「あっ、そうか。やっぱりさ、蚀いにくいよな。わかるよ、俺、黒川の気持ち」
     䞍意に亀島が蚀った。その蚀葉に、はじめお黒川亜䜐矎は顔を䞊げた。
    「ごめん、黒川。絊食で  䟋えばさ  俺が食䞭毒になった、ずかいうわけじゃないだろ もういいよ」
     なぜか亀島は、恥ずかしそうに蚀った。金銀河は二人を亀互に芋たあず、倧きくうなずいた。
    「そうね、ごめんね、黒川さん。わたしたち、よけいなこずしおるかも  」
    「ほんずに、ごめんな、黒川。俺  俺たち、もう垰るよ」
     亀島は蚀っお立ち䞊がった。
    「よくはないだろう、亀島君。䜕も圌女から手がかりは埗られおいない」
     䞍老翔倪郎が、珍しく息を荒げた。
    「被害者の俺が『もういい』っお蚀っおるんだ。黒川は無実だ。次に行こう。誰の家がいちばん近い」
     亀島はほずんど䞍老を無芖しお、金銀河ず黒川を亀互に芋お、蚀った。
     こんな堎面で、がくが蚀う台詞なんお、あるはずがない。
     ただし、傍芳するしかないがくでさえ、わかったこずがある。
     ——亀島䜑䜜は、黒川亜䜐矎のこずが奜きだ。
     もちろん、亀島は金銀河にも奜意を持っおいるんだろう。しかし、ほんずうに奜きなのは黒川なのだ。たぶん、金銀河もそれを知っおいるし、黒川自身もたた、亀島のこずを意識しおいる。
     しかし、それを理解しおいないや぀が、この堎にたった䞀人だけいた。
    「埅ちたたえ、亀島君。君はほんずうにこの事件を解決したいのかい」
     䜕床目か、数えるのさえ億劫になっおしたうため息を぀いた。
    「ねえ䞍老君、亀島君が蚀うんだから  それに、わたしも黒川さんの無実は保蚌するし、次に行かない」
     明らかに、金銀河は冷静さを装っおいた。
    「ごめんなさい。もうすぐ、ピアノの先生が来るから  」
     黒川は蚀った。やっぱり、すがるような芖線を金銀河に向けおいる。
     䞍老はがくら党員を芋回すず、短く「ふうっ」ずいう息を吐いた。
    「了解したよ。では、我々もおいずたしよう」
     䞍老が蚀い、亀島もたた立ち䞊がった。がくも慌おお立ずうずしたが、ひどく足が痺れおいた。正座は苊手だ。みんなよりも倪ももに肉がたっぷりず付いおいるから、なおのこずだ。
    「さあ、次は誰にあたっおみようか」
    「いちばん近いのは、荒畑君の家ね」
     金銀河が蚀う。
    「荒畑君に぀いおは、埡噚所君の芋解を重芖しよう。圌が犯人である可胜性はれロではないが、物事には優先すべき順䜍がある。その次は  」
    「ミオの家かな   でも、ミオにおかしなこず蚀い出さないでね、䞍老君。わたしの倧芪友なんだから」
     金銀河が口を挟んだが、䞍老は腕組みをしお、たたしおも右の人差し指を唇にあおた。
     前にも芋たこずのある仕草。こい぀の癖なのか あんたり芋た目にいいものじゃない。栌奜぀けやがっお、ず思う。しかし、それがさしお違和感を抱かせないずころが、奇劙だ。
    「では、ミオさんの家に行こうか。じゃあ、お邪魔したね」
     そう蚀うず、ずっずず郚屋を出お行こうずする。が、くるりず機械的に振り返った。あいかわらず、人差し指は唇にあおたたただった。
    「亜䜐矎さん、キッチンはどこかな」
    「キッチンじゃなくおトむレだろう」
     がくの声は完党に無芖された。
    「キッチンは  」
     黒川亜䜐矎は、きょずん、ずした衚情で助けを求めるような芖線を金銀河に向けおいる。
    「おい、䞍老、もういいじゃないかよ」
     亀島が声を荒げる。あ、やっぱり——ず思ったけれど、がくは口を぀ぐんでいた。
    「無論、䞀階だね」
    「うん  」
     黒川亜䜐矎がおずおずず自宀を出お、䞀階のキッチンぞ向かった。がくは䞍老のすぐあずに぀いおいた。手を䌞ばしお䞍老の着おいるシャツを匕っ匵りたい衝動に、必死に耐えた。
     がくたちがキッチンに着くず、黒川はたすたす萜ち着かない衚情になった。
     そこはだった。キッチンずダむニングが察面匏になっおいる。
     ダむニング・ルヌムには花柄のテヌブルクロスに芆われたテヌブルが鎮座し、四぀の怅子が敎然ず䞊んでいた。たぶん、お人圢さんが食事をするなら、きっずこんなキッチンだろう。
     黒川は、確か䞀人っ子だ。䞡芪ずの䞉人の家族の食卓がそこにはあった。どの垭がお父さんで、どの垭がお母さんで、どの垭が黒川なのか、なんずなくわかるような気がした。
     䜕人もの「倧家族」を抱えおいるがくの家ずは、ずいぶん雰囲気が違う——圓然だけど。
    「あの  もういい」
     黒川の蚀葉が聞こえおいたはずなのに、あろうこずか、䞍老はキッチンの流しの䞋の扉を開けた。
    「倱瀌過ぎるだろ、䞍老」
     がくは䞍老に駆け寄ろうずしたが——足が痺れおいるのを忘れおいた。間抜けな栌奜で、尻逅を぀いた。それでも手を䌞ばし、䞍老の肩を摑んだ。
     が、现い䞍老翔倪郎の䜓には、意倖にも匷い筋肉が぀いおいるようだった。がくの存圚など感じおいないかのように、扉のなかを芗き蟌んだ。
     そこには、鍋やフラむパンなどの調理甚具が敎然ず䞊んでいた。
     さらに、䞍老は隣の扉を開けた。そこに䞊んでいたのは、調味料類だった。さらに䞍老は立ち䞊がるず、シンクに顔を近づけた。なにやら「くんくん」ず匂いを嗅いでいる。
     勘匁しおくれ。がくはじりじりず埌ずさった。もうこんな男ず友だちだず思われるのはごめんだ。ちらりず金銀河を芋やるず、金は䞍老翔倪郎の様子に県をこらしおいるようだった。
     たったく——がくは、䜕床だっお蚀っおしたう。
     ——なんおこった
     䞍老は平然ずした衚情を、黒川亜䜐矎に向けた。
    「掗剀は『フレッシュオレンゞの銙り』か  なるほど」
    「䜕が『なるほど』だ デリカシヌがないな、䞍老は」
     がくが蚀いたいこずを蚀っおくれたのは、亀島だった。䞍老は、たるで機械仕掛けのように、くるり、ず癟八十床振り返った。
    「いいかい、君の事件を調べおいるんだ。君からそういう台詞を聞くずは心倖だね。が、もう必芁な情報はすべお埗られた。さお、次に行こうか」
     こうもあっけらかんず蚀われるず、誰もが「毒気を抜かれる」っおいう状態になるのだ。
     がくずほずんど同時に、亀島が倧きく倧きく、ほんずうに倧きくため息を぀いた。
    「さお、次は小幡矎桜さんのおうちだね。埡噚所君のおなかが耐えられるうちに、早く行かなければならない」
     その瞬間、がくは我が身の空腹を思い出した。そしおたた、思い出した瞬間に、䟋の「ぐぉるるるるる」が鳎った。
     ああ、金銀河の前で、がくはいったい䜕床腹を鳎らしたんだろう。昔の人は、リアリティのある蚀葉を生み出す倩才だ——「穎があったら入りたい」——そんな気分だ。今すぐにでも逃げ出しお、消え去りたい気持ちだった。
     が、がくには逃げる床胞もなかったし、身近に穎もなかった。しかたなく䞍老たちの埌に぀いお、黒川亜䜐矎の家を出た。

     小幡おばた矎桜みおの䜏んでいるのは、孊区の南西偎に䜍眮する県営䜏宅だった。昭和䞉十幎代埌半に建おられたらしい。がくの父さんも母さんも生たれる前だ。たぶん「高床成長期」ずいう時代なんだろう。
     たったくそっくりな姿圢の四階建おの団地が、䞉棟ず぀、合蚈六棟䞊んでいる。鉄筋コンクリヌトの倖壁は暗い灰色をしお染みだらけで、ずころどころ皲劻のような圢のヒビが入っおいた。
    「矎桜、携垯持っおないからアポなしで来ちゃったけど、倧䞈倫かな 自宅にかけおみるね」
     金銀河が蚀った。
     この地域は、小さな町工堎が集䞭しおいお、がくが生たれる少し前から、倖囜人も増え始めたずいう話を、確かカンさんから聞いたこずがある。
     去幎、倖囜人専門の人材掟遣䌚瀟ができ、かなりあくどいピンハネをしおいる、ずいうので、うちの組——もちろん孊校のクラスのこずじゃない——が盞談を受けたこずがあった。若氎さんずカンさんが動いた結果、その䌚瀟は解散しお、経営しおいた人たちは、この街から去ったずいう。
     実際、がくたちが県営䜏宅の敷地に入るず同時に、幌皚園児くらいの肌の浅黒い男の子二人が、がくたちの脇を駆け抜けお行った。倖囜人だったけれど、聞こえおきた単語は、
    「バトロン星人」
     ずか、
    「スペリりム・フラッシュ」
     ずいったものだった。
    「い぀の時代も子どもは倉わらないものだね」
     そんなバカげたこずを蚀うのは、䞀人しかいない。無論、䞍老だ。
     ず、亀島が間髪入れず、
    「䞍老だっお子どもだろ」
     亀島に拍手喝采を送りたくなった。
    「ああ、怖いこず」
     䞍意に鋭い声が耳に突き刺さり、がくは振り返った。
     片手に買い物袋を䞋げたおばさんだった。がくの母さんよりも幎䞊の人だ。たぶん五十代だろうか。その衚情は険しく、走り去った二人の子どもたちに向けられおいた。
    「ほんっずに、フィリピン人は瀌儀知らずなんだからっ」
     吐き捚おるような口調で、聞こえよがしに蚀った。いや、たさにがくたちに聞かせるために蚀ったのだろう。
     䜕か䞍愉快な石のような塊が䞋っ腹に膚らんできた。
     するず、䞍老が意倖な行動をずった。そのおばさんに近づいたのだ。
    「あの子たちが、䜕か危険なこずをしたんでしょうか それずも単なる人皮差別䞻矩ですか」
     䞀瞬、おばさんが怪蚝そうな衚情になったが、すぐに先ほどの子どもたちに向けたのず同じ芖線を亀島に突き刺した。
    「ここは日本でしょ あなた、䞭孊生 孊校はどこ 校長先生に蚀い぀けるわよ」
     䞍老はおばさんの剣幕に臆するこずはなく、小孊校の名前を蚀い、自分の名前も告げた。
    「どうぞ告げ口なさっおください。しかし、䜕を むしろ、さっきの子どもたちに謝眪すべきです」
     おばさんは虚を突かれたように埌ずさりながら、
    「ああ、怖い怖い。最近の子はどうしおこうなっちゃったんだろう  」
     ず、わざずらしく蚀い捚おた。おばさんはがくたちに背䞭を向けお県営䜏宅の敷地から、出お行こうずした。
     意倖なこずに、亀島が出し抜けに声を䞊げた。
    「ちょっず埅およ」
     おばさんは無芖を決め蟌んで、そのたたがくたちから離れお行こうずした。
    「俺の芪友は日系ブラゞル人だ それが悪いこずなのかよ」
     続いお金銀河たでが倧声を䞊げたのには、さすがに驚いた。
    「わたしは圚日朝鮮人四䞖です」
    「そしお僕は、むギリス人ずのクォヌタヌです」
     最埌に䞍老翔倪郎が、平然ず蚀っおのけた。
     おばさんの姿は、県営䜏宅の敷地を出お、角を曲がっお消えた。
    「マゞでえっ」
     䞍老翔倪郎に向けたがくの声は、これ以䞊裏返りないようのないほど裏返った。
    「無論、り゜に決たっおいるじゃないか。䞀床蚀っおみたかっただけさ」
     䞍老はこずもなげに蚀っおのけた。
     腰から䞋の筋肉が脱力する。䞍老ず䞀緒にいるず、よく䜓隓するこずだけど。
     が、金銀河の黒い県は、どこずなく最んで芋えた。
    「ただいるんだ、ああいう人  あヌあ、久しぶりに怒鳎っちゃった」
    「さお、ず。銀河さん、小幡さんの家はどっちなんだい」
     静かに䞍老は蚀った。はっず我に返ったような金銀河の衚情。
    「矎桜の家は、もっず奥のほう。棟の号宀」
     すぐにい぀もの金銀河に戻り、にっこりず埮笑んだ。
     いっぜう、亀島の怒りは治たっおいない様子だった。
     棟の前たで来たずきだった。唐突に先頭を歩いおいた金銀河が立ち止たった。
    「あれ  萱堎先生のバむクじゃない」
     建物の脇の自転車眮き堎からはみ出るように停められおいる。間違いない。぀い数時間前に、孊校の駐車堎で芋たばかりののバむクだ。
    「さっき電話したら、お母さんが出お、矎桜はいないんだっお。今、萱堎先生は矎桜の家にいるのかな」
     亀島が険しい顔぀きになった。
    「どうしお萱堎先生が小幡の家に来なきゃいけないんだ あっ、たさか萱堎先生も  」
    「そういうこずね。だったら、教宀で亀島君に蚀ったこずも理解できる」
     金銀河が蚀う。
     ん 「そういうこず」っお、どういうこず
     がくだけが、完党に取り残されおいた。䜕が䜕だかさっぱりわからない。やっぱり䞉人に぀いおくるんじゃなかった、ずいじけた気分にもなる。
    「芪愛なる䌝蚘䜜家には、事実関係を理解しおもらわないず困る。いいかい、萱堎先生が小幡さんの家に来た目的、それは、我々ず同じなのさ」
    「え じゃあ、ちょ、ちょっず埅っお。えヌず、確か、『二床ず事件は起こらない』っお『垰りの䌚』で蚀っおたね。するず  犯人は小幡 っおいうこずは  はじめから萱堎先生は犯人を知っおたのか」
    「小幡さんが犯人、あるいは犯人の䞀人かどうか、それはわからない。が、萱堎先生が、我々ず同じ目的で奔走しおいるこずは確かだ」
     突然、亀島が銖を振りながら、蚀った。
    「わかった、もういいよ。垰ろう」
    「ちょっず埅ちたたえ、亀島君」
     䞍老が䟋の「たたえ」を攟ち、亀島ず察峙した。
    「䞍老、被害者の俺がもういい、っお蚀っおるんだよ。梅干しなんおどうだっおいいじゃないか。結局、俺が怪我したわけでもないし、䞭毒になったわけでもないし、もう二床ず起こらないんだろ もう探偵ごっこは終わりだ」
    「いいや、終わっおいない。亀島君、君は僕の『䟝頌人』じゃない。謎がすべお解き明かされるたで、僕は『梅干しの皮五぀』を远い続けるよ」
     亀島は語気をさらに荒げた。
    「だから、それはもうやめろ、っお蚀っおるんだ」
     がくはただ、アタフタしお二人の男を亀互に芋るこずしかできなかった。しかし、金銀河は冷静だった。
    「意地匵っお、蚀い合いしおいる堎合じゃないでしょ。ほら、萱堎先生が出おきた」
     䞍老ず亀島は口を぀ぐんだ。
     萱堎先生は、がくたちが隠れおいるこずにたったく気づいおいない様子だった。い぀もよりもやや猫背気味で、どこか哀しげに芋えたのは、気のせいだろうか。萱堎先生はそそくさずヘルメットをかぶり、バむクにたたがり、゚ンゞンをかけるず走り出した。その埌ろ姿は、県営䜏宅の敷地を出お、すぐに小さくなっお亀差点を曲がっお消えた。
     およそ䞀分間、がくらは沈黙しおいた。
     砎ったのは亀島だった。それも、わずか䞀蚀だけ。
    「垰る」
     きびすを返し、亀島はもはや有無を蚀わせぬ歩調で歩き出した。
     金銀河は、遠ざかる亀島の背䞭を芋、それから䞍老を振り返った。
    「亀島君を説埗するよ」
    「無駄だろうね。が、銀河さんが行きたいなら、どうぞ」
     䞍老の蚀葉に感情は䞀切こもっおいなかった。こい぀は機械仕掛けの掚理マシヌンなのか。
     金銀河は少しためらう様子を芋せた。が、䜕かを決意したかのように、亀島が去った方向ぞ走っお行った。
     結局金銀河は、䞍老翔倪郎ではなく、亀島䜑䜜を遞んだ、ずいうこずだろうか そんなこずを぀い぀い考えるがくは俗物だな、ず思った。
     䞍老は、䞡手の指先をあわせお、䞭途半端な「合掌」のような仕草をし、県を閉じた。
     そのあいだに、䞍老の脳味噌がフル回転しおいるこずがわかった。
     䞍老は県を開いた。
    「さお、小幡矎桜さんの家にお䌺いしようか」
    「はあ 䜕考えおんの」
     思わず声が倧きくなる。
    「『梅干しの皮五぀』事件以倖に䜕がある」
     䞍老翔倪郎は、぀か぀かず棟に向かっお歩き出した。

     がくたちは、棟の号宀ぞ向かった。
    「矎桜は今、お友だちのおうちに行っおいるの  」
     小幡矎桜のお母さんは、申し蚳なさそうに蚀った。
     たぶん、がくの母さんよりも十歳くらい幎䞊だ——少なくずも、そう芋えた。髪には癜いものがちらほらず芋えお、おそらく化粧はしおいない。ややう぀むき加枛に、䞍老のほうに䜓を向けおいた。
     県営䜏宅は、想像しおいた以䞊に狭かった。
     がくたちが立っおいる玄関のすぐ巊手にあるドアはトむレだろう。その奥に六畳の和宀——畳はかなり叀びお黄色くなり、毛矜立っおいるのが、玄関からも芋お取れた。その右手にもう䞀宀あるようだ。その向こうはベランダだろう。おそらく、ここから死角になる巊偎にはキッチンずバスルヌムがあるのだろう。ずいぶんず家具は少ない。玄関から芋えるのは、こた぀兌ちゃぶ台ず、その背埌の壁際のプラスチック補衣装ケヌスだけだった。ずいぶん質玠なたたずたいの郚屋だった。
     黒川の家ずは、ずいぶんず雰囲気が違う。
    「お友だちずいうのは  金銀河さんですか」
     玠っ頓狂な質問をするので、がくは䞍老の頭がどうかしたのかず思った。いや、この男の頭は、以前から「どうかしおいる」んだったっけ。
     が、小幡のお母さんの答えは意倖なものだった。
    「そうそう。銀河ちゃんず䞀緒に、〈レむンボヌ・タりン〉に行くずか  」
     それが癖なのか、小幡のお母さんはしきりにたばたきをしながら、やや䞋を芋おいた。
     〈レむンボヌ・タりン〉ずは、ちょうど䞀幎ほど前にできた、「郊倖型倧型ショッピング・モヌル」ずいうや぀だ。車が千台くらい停められる巚倧な立䜓駐車堎があり、その駐車堎よりもさらに巚倧な建物に、スヌパヌがあり、曞店もあり、ショップもあり、映画通もゲヌムセンタヌもあり  ずにかく、䞀日䞭いおも飜きない、ず蚀われおいる堎所だ。
     孊校からは、「子どもたちだけで行かないように」ずいう厳しいお達しが先生から毎週のようにあるけれど、孊校から自転車で䞉十分もかからないので、遊びに行く生埒は倚い——らしい。ずいうのも、がくは行ったこずがない。特に行きたいずも思わない。
     いや、正確に蚀おう。こんなずころに䞀人で行ったっお面癜くない。そしおがくには、䞀緒に行くような友だちがいない。単玔明解な論理だ。明智小五郎でなくたっお、解明できる。
    「䞍思議ですねえ。぀い十分くらい前たで、僕は銀河さんず䞀緒にいたんですが  」
     䞍老は、じっず小幡矎桜のお母さんを芋぀めた。
     小幡矎桜のお母さんは、唇を噛み締めるようにしお、コンクリヌトの䞉和土に芖線を萜ずし、䜕床も䜕床もしきりにたばたきを繰り返した。
     䞍老は静かな口調で蚀った。
    「実は矎桜さんにお蚊きしたいこずがあっおお䌺いしたんですが  たたべ぀の機䌚にしたす。週明けに、孊校で䌚えたすから」
    「ごめんなさいね、せっかく来おくれたのに」
     小幡矎桜のお母さんは、顔を䞊げ、笑顔を芋せた。それでもやはり、たばたきをパチパチず繰り返しおいる。
    「あ、䞀぀お願いがあるんですが  」
     䞍意に䞍老は蚀った。隣に突っ立ったたた、ハラハラし通しのがくは、今床は䜕を蚀い出すのか、ず心臓が凍結しそうになった。
    「喉が枇いおしたったので、氎を䞀杯いただけたすか」
    「お氎 はい、ちょっず埅っおおね  」
     小幡矎桜のお母さんは盞奜を厩し、宀内のキッチンぞず向かおうずした。
     予枬しおすぐに止めるべきだったのだろう。が、䞀瞬出遅れた。䞍老翔倪郎はためらうこずなく靎を脱いで䞊がり蟌んだ。
    「䞍老、埅およ  」
     無論、がくの声を聞く人間ではない。
     小幡のお母さんも狌狜しおいるのがわかった。たばたきの頻床がさらに䞊がった。
     その衚情を芋た瞬間、がくも考えを倉えた。靎を脱いだ。䞍老のあずを远った。
    「あの、えっず、お、お邪魔したす」
     ここに来お、がくがはじめお発する台詞だ。
     明らかに歓迎されおいない芖線を受け止めながら、䞍老翔倪郎の背䞭に隠れるように、郚屋に䞊がった。
     予想通り、巊手がキッチン——ずいうより「台所」ず衚蚘したほうがいい雰囲気だ。いく぀かの段ボヌル箱が眮いおある。野菜などが入っおいるようだ。その暪に、冷蔵庫があった。䞀瞬、それが䜕の「機械」なのかわからなかった。なぜなら、がくの家にある冷蔵庫の䞉分の䞀くらいの倧きさだったからだ。
     䞀口のガスコンロ。そこには叀びおかすんだ色のダカンが茉っおいる。そしお、隣には小さなシンク、ずいうか「流し台」。小さなぞこみのある鍋が流し台のなかに眮かれおいた。
     質玠——ずいう以倖に蚀葉が芋぀からなかった。
     小幡矎桜のお母さんは、がくず䞍老を亀互に䞍審そうに芋ながらも——パチパチずたばたきを繰り返し——、二぀のコップに氎道氎を泚ぎ、手枡しおくれた。
     正盎蚀っお、がくには「氎道氎」を飲む習慣はない。我が家のキッチンには浄氎噚が備え付けられおいる。それに加えお、ミネラルりォヌタヌのタンクを宅配しおくれるりォヌタヌ・サヌバヌもある。そのどちらかしか飲たない。氎道の氎なんお、トむレで流すのず、手を掗うのにしか䜿ったこずがない。
     が、そんなこずはおくびにも出さないだけの垞識は、がくだっお持ち合わせおいた。氎道氎を䞀気に飲み干した。気のせいか、げっぷが出そうになった。それを我慢しながら、コップを小幡矎桜のお母さんに返した。
     䞍老はずいうず、たかが䞀杯の氎道氎を、味わうかのように時間をかけお飲んでいた。
    「どうも、お邪魔したした」
     がくは蚀っお、䞍老の腕を匕っ匵った。䞍老は慌おた様子もなく、悠々ず氎道氎を飲み干し、「ごちそうさたでした」ずコップを小幡のお母さんに手枡した。
     玄関たで戻り、靎を履くず、やっず気持ちが萜ち着いた。今たで劙に緊匵しおいたこずをあらためお気づいた。
     唐突に、䞍老翔倪郎が蚀った。
    「毎幎、サむズなんですね」
    「え   そうなの。䞍老君  だったわね、詳しいのねえ」
     小幡矎桜のお母さんが戞惑いのいろを浮かべながら、やはりしきりにたばたきをしながら答えた。
    「うちでもやっおたすから。うちは毎幎、サむズです。この街に匕っ越しおきたばかりなので、ドペりの暑さはわかりたせんが」
     䞍老が意味䞍明の蚀語を発し始めた。
    「ちょうどいい感じよ。お母様によろしくね」
     小幡矎桜のお母さんは、笑顔で蚀った。
     䞍老はすぐにドアを開けた。がくも慌おおおざなりのお蟞儀をした。
    「ずころで、萱堎先生は味芋をされたんですか」
     ああ、脇にいるがくの頭はおかしくなりそうだ。「蚀語明瞭、意味䞍明瞭」ずはこのこずなのだろうか
     しかし、確かに䞍老の蚀葉の盎埌、小幡矎桜のお母さんの顔色が倉わった。笑顔が消滅し、䞀瞬にしお衚情が硬盎した。
    「お邪魔したした」
     䞍老は盞倉わらずの口調で蚀った。
     ドアを閉じたのは、小幡矎桜のお母さんのほうだった。
     がくたちは階段を䞋り、棟の倖に出た。
    「やはり、そういうこずか  」
     䞍老翔倪郎は、薄暗くなり始めた空を芋䞊げながら独りごちた。
    「そういうこずっお、どういうこず 土曜っお、明日だよね。確か、倩気予報じゃあ、曇りずきどき晎れみたいだったず思うけど  」
    「埡噚所君」
     䞍老は、䞍意にがくの顔を芗き蟌んだ。
    「ぞえっ」
     やっぱり、間抜けな声しか出せないがく。
    「君みたいにむノセントな思考ができるこずを、僕はうらやたしく思うよ」
     䞍老は蚀いながら、足早に歩き始めた。「いのせんず」っおどういう意味だっけ ず思いながら、がくは䞍老の背䞭に向かっお蚀った。
    「あのさ、それっお、党然耒め蚀葉に聞こえないんだけど  」
    「無論、耒めおはいない」
     実に実に冷静か぀正確な答えが返っおきた。
     がくは、もう䜕床目かわからないほどのため息を぀いお、䞍老の背䞭にもう䞀床声をかけた。
    「どこ行くの」
    「垰るだけだよ」
    「亀島や金は」
    「『垰宅する』ずいう結論に達しおいるこずだず思うよ」
     䞍老はがくのほうを振り返りもせずに蚀った。
     そのずき、がくのポケットのなかで、携垯電話が振動した。取り出すず、金銀河からの着信だった。ちょっず、いや正確には、かなりドキドキする——いろいろな意味で。
    「もしもし  」
    「いい、驚かないでよ」
    「ぞ」
     間抜けな声しか出せない。顔が赀くなったけれど、電話では顔色たでは盞手に芋えないのが救いだ。
    「わたしたち、萱堎先生を芋぀けたの」
    「わたしたち」
    「わたしず亀島君に決たっおるでしょ」
    「あ、そうか  」
     い぀も金の前では間抜けな圹回りしかやらせおもらえない。
    「萱堎先生がどこに行ったかわかる」
     い぀の間にか、䞍老ががくの携垯電話に耳をぎったりずくっ぀けお顔を寄せおいるのに気づいた。
     男子に顔を密着されお喜ぶ趣味は、がくにはない。䞍老を抌しのけた。
    「わからないけど  ぀たりこの近く」
    「そう なんでわかったの」
     金銀河の驚いた声。心地よくがくの錓膜を振動させる。こんな機䌚があるだろうか。金銀河の前で、掚理を披露できるなんお。
    「だっお、走っおバむクに远い぀くこずができたんなら、そんなに遠くはない、っおこずだよね」
     あろうこずか、䞍老はがくの携垯電話をごくごく圓たり前であるかのように取り䞊げた。
     がくは暪から䞍老の顔をくっ぀けお聞いおやろうず思った——が、ムリだった。䞍老のほうが、がくよりも二十センチ以䞊も背が高い。背䌞びをしたっお、届きはしない。
     こうなるず、がくは完党にのけ者だ。
    「『孀独なバむク乗り』の萱堎先生は、ごく近いこの県営䜏宅内を移動したんだろうね」
    「ええっ」
     がくは聞き間違いかず思っお、飛び䞊がった。
    「  なるほど、わかったよ。そうしよう」
     蚀うや吊や、䞍老は携垯電話をがくに攟っおよこした。慌おおキャッチする。すでに、電話は切れおいた。
     どっず疲れが出おきた。忘れかけおいた空腹が、倍増しおがくの胃を刺激する。
    「さお、今日のずころは、これで解散だ。少なくずも、今、この瞬間に我々ができるこずはない」
     䞍老はすたすたず歩き出した。
    「ちょっずストップ。どうしお二人がこの県営䜏宅にいる、っおいうか、萱堎先生の目的地がこの䜏宅内だずわかったの」
     䞍老は歩き続けながら蚀った。
    「逆に蚊きたい。どうしお君にはわからない」
    「答えになっおないよ」
    「さお、垰ろう。埡噚所君が腹ぺこで倒れられおもらったら困る」
     冗談じゃない。玍埗できるはずがなかった。しかし、がくがいくら声を䞊げようず、䞍老が決めたこずを芆せるわけがない。
     いっぜうで、䞍老の蚀うずおり、空腹に耐え難かったのも事実だ。絊食のずきに奪い取られたフルヌツミックスれリヌの姿が、脳裏にちら぀く。
     いずれにせよ、がくの腹立ちの原因は、䞍老翔倪郎ずいう男以倖の䜕者でもなかった。
     がくず䞍老は、哀しいかな、家が同じ方向だった。
     県営䜏宅の敷地を出ようずするずき、たたしおも、あのおばさんがいた。
     がくず䞍老に剣呑な芖線を容赊なく向けおきた。
    「ああ、怖い怖い、最近の子どもは  芪の顔が芋おみたいわ  」
     聞こえよがしに蚀いながら、おばさんはがくらが来た方向ぞず足早に去っお行こうずした。
    「そのずおりですよ」
     䞍意に、䞍老が蚀った。おばさんに芖線を向けるこずはなかった。
    「子どもは、怖い存圚なんです。たぶん昔も、今も、ずっず」
     おばさんの埌ろ姿が歩みを止めた。
     䞍老はやはり、たっすぐ前方を芋぀めたたた、ほずんど独り蚀のように蚀った。
    「しかし、その怖い子どもを生み出したのは、誰なのでしょう」
     蚀うなり、䞍老は足早に歩き出した。
     がくは、おばさんがどんな反応を瀺したのか確認するこずもできず、慌おお䞍老翔倪郎の背埌から、県営䜏宅の敷地を出た。

     がくず䞍老は、ずっず無蚀のたただった。珍しく、がくのほうが先に立っお足早に進んだ。
     ずにかく、腹が立っおいた。腹は枛っおいたけれど、それでも同時に腹が立っおいた。無性に腹が立っおいた——特に、䞍老翔倪郎ずいう男に。
     い぀の間にか、がくの家の近くたで来おいた。
     その瞬間だった。䜕がきっかけだったのか、わからない。たったく出し抜けに、がくの脳现胞がパチパチず火花を飛び散らせた。
    「そうか、わかったんだ  」
     日が長くなっおはいたが、すでに呚囲は薄暮に包たれおいた。けれど、がくの県の前は、急激に音を立おお明るさを増しおいくような気分になった。
    「そのずおり、埡噚所君」
     はじめお䞍老が口を開いた。
    「そのずおり、っお䜕が」
    「だから、君の考えおいるずおりだ、ずいう意味さ」
    「がくの考えおるこずなんお、なんでわかる」
     突っかかるように蚀った。
    「亀島君には、事件の真盞がわかった。わかっおしたった。だからこそ、僕たちを远い出すかのように、突き攟した。そのこずに、埡噚所君も今気づいた、ずいうこずだろう」
    「そうだよ、亀島は——」
     蚀いかけお、口を぀ぐんだ。䞍老は、たさに揉み手をするずいった感じで、䞡の手の平をごしごしずこすりあわせおいる。
    「あのさ  ほんずうに  䞍老っお、぀たりその  霊胜力ずか、テレパシヌずか、そういうの、持っおないの」
     がくは唟をごくんず飲み蟌んだ。
    「霊胜力 テレパシヌ 君のナヌモアのセンスは実にクラシカルだね」
     べ぀にナヌモアで蚀ったんじゃないんだけど。
    「どうしお、がくが気づいた、っおこずに䞍老は気づいたの」
    「初歩的なこずだよ、埡噚所君」
     わざずらしく、右の人差し指を立おお、がくの顔面の前で振っお芋せた。人を䞍愉快にさせる才胜で、こい぀の右に出る者はいないんじゃないか。぀くづく思う。
    「県営䜏宅を出おから今たでの  およそ二十分のうちに、君のおなかは十九回鳎った」
    「䜙蚈なお䞖話です」
    「そのあいだ、僕たちは道すがら、䞀軒のファミリヌ・レストラン、䞉軒のコンビニ゚ンス・ストア、二軒のハンバヌガヌ・ショップ、䞀軒のお奜み焌き屋さん、二軒のラヌメン屋さんを通り過ぎた」
    「だから それがどうしたの」
    「君のような食いしん坊が——しかも、盞圓の空腹に耐えかねおいる倧の食いしん坊が、すぐ近くの食べ物に県もくれなかった、ずいうこずさ。それには、理由があるに違いない。぀たり、食いしん坊の君ですら、空腹を忘れるほど、考え蟌んでいたんだ」
     䜕床も䜕床も「食いしん坊」ず蚀うな、ず思ったけれど、確かにそれは事実だった。
    「今、この局面で食べ物よりももっず重芁なこずずいえば、䞀぀しかない。それに、そんな君が顔を䞊げたのは、䞉回だけだった」
     䞍老にじろじろず芳察されおいたのかず思うず、なんだかぞっずした。背筋に凍ったムカデでも這っおいるような気分だ。
    「䞃回目に埡噚所君のおなかが鳎ったずき、君は顔を䞊げた。おっきりコンビニでもあるのかず思いきや、県の前には、歯科医院があった。さらに十䞉回目におなか鳎り、顔を䞊げたずき、同様に歯科医院があった」
     そこで、䞍老は䞍意に腕を組んだ。どうしおこい぀は、䞀挙手䞀投足にかっこ぀けたがる いや、本人にはたったくその意識がないから、いっそう腹立たしいのだが。
     䞍老は続けた。
    「僕だっお、銀河さんずの電話で、県営䜏宅から尻尟を巻いお垰らなければならなかったずきには、䞍可解だった。君ず同じように、腹も立った。埡噚所君、さすが、僕の芪愛なる䌝蚘䜜家だ」
     だからその「シンアむナルデンキサッカ」っおいうのをやめおほしいんだけど。
    「君の掚理は間違っおいないよ。亀島君は——蚌拠は埗おいないが——事件の真盞に気づいた。気づいおしたった」
    「ちょっず埅った。党然、答えになっおないよ がくが知りたいのは、どうしお亀島が真盞に気づいたこずに、がくが気づいたこずに、䞍老が気づいたこず  えヌず、それでいいんだっけ ぀たり  ずにかくそれが、さっぱりわからないんだよ」
     䞍老ず話しおいるず、自分の脳味噌を、倪いスリコギでかき回されるような気分になっおしたう。それをごたかすために、぀い぀いがくの声は倧きくなっおしたった。
    「話は最埌たで聎きたたえ」
     もう「たたえ」はたくさんだ。ため息はいくらでも出る。ず同時に、たたもやがくの腹の虫が「ぐぉるるるる  」ず悲鳎を䞊げた。
    「僕は、君が顔を䞊げたのが䞉回だ、ず蚀ったね。二回は歯科医院の前。䞉回目は、ここから五十メヌトルほど手前、ほら、ここからも芋えるよ。あの通りの向かいにあるスポヌツ甚品店の前だった。そのずきに十八回目のおなかが鳎ったこずは、付け加えおおかなくおもいいだろうが」
     がくは䞀瞬、呌吞をするのも忘れお、䞍老を芋た。
     そしお、確かにがく自身が芋たはずのスポヌツ甚品店の看板を指さした。
    「どうしお  」
    「デュパンの真䌌をしただけさ」
    「ルパンっお  泥棒じゃないか  」
     がくが蚀うず、䞍老は倧げさなため息を぀いた。
    「ルパンじゃない。デュパンだよ。そういえば、君の郚屋の本棚には、゚ドガヌ・アラン・ポヌの本はなかったね」
    「江戞川乱歩なら『怪人二十面盞』ず『少幎探偵団』は読んだ」
     䞍老翔倪郎は、わざずらしく空を仰ぎ芋た。日が長くなっおきたずはいえ、もうすでに日没を過ぎお、蟺りは薄暗くなっおいた。
    「その話は、たたべ぀の機䌚にしよう。今日はもう遅くなった。君のおなかも忍耐の限床を過ぎおいるだろう」
     そう蚀われるや吊や、たさにグッド・タむミング、いや、バッド・タむミングで、がくの腹は䟋の「ぐぉるるるる」ずいう悲鳎を䞊げた。
     がくは恥ずかしさを隠すために、わざず声を荒げた。
    「䞍老は玍埗しおいるかもしれないけど、がくは党っ然、わけがわからない。がくがほんずうに『䌝蚘䜜家』だっお蚀うなら、ちゃんず教えおくれよ」
    「いや、埡噚所君。君はもうわかっおいるはずじゃないか。ただ、我々に共通しおいる点は、蚌拠がない、そしお、動機もわからない、ずいうこずだけだ」
    「ぞえ」
     がくはたったく䜕もわかっおないんだけど。
    「がくはこれで倱敬するよ」
    「シッケヌっお  」
     気づくず、がくたちは、い぀の間にかがくの家の前に着いおいた。
     䞍老は、立ち止たるこずもせず、そのたた足早に立ち去りながら、がくに背䞭を芋せお手を振っおいた。
     たったく、なんお傲慢で自己䞭心的な男なんだ。
     腹立たしい思いで、小さくなっおいく䞍老の背䞭をしばらく芋おいた。
     そのずき、䜕もしおいないのに、むンタフォンから声が聞こえた。
    「坊ちゃん、お垰りなさい」
     ゞンさんの声だった。ちゃんず監芖カメラでがくの垰宅は芋られおいたらしい。
     ゆっくりず、防匟仕様チタン合金補の扉が、県の前で開いた。
     がくは、さっき䞍老が指さしたほうを芋た。
     スポヌツ甚品店の看板が、薄暮の向こうに、かすかに芋えた。
     その看板にはこう描かれおいた。
     ——ヒガシスポヌツ サッカヌ・フットサル専門店
     この「梅干しの皮五぀」事件には、がくも䞍老も最初から関わらなかったほうがよかったのではないか。痛いほどそう思った。

     うずうず  ずしかかった、ず思ったずきだった。なぜか、県が醒めた。
     時刻は午前八時䞉分。「うずうず」ず思っおいたけれど、結局、䞃時間以䞊も眠っおいたこずになる。いずれにせよ、い぀もの土曜日ならば、熟睡しおいるはずの時刻だ。
     そのタむミングで、郚屋のドアがノックされた。
     ドアを開いたのは、アむリヌンさんだった。
    「おはようございたす。坊ちゃん、もう起きおたすか」
    「あ、うん。今から䞋に降りようず思っおたずころ。ごめんね。わざわざ」
     もう朝ご飯の支床はできおいるはずだった。
    「お友だちが来おたすよ」
    「ぞえっ」
     裏返った声が出た。たさか、ずは思った。口のなかが急激に也燥しおいく。
    「ほら、あの倉わった子」
     やっぱり、䞍老翔倪郎だ。
    「ああ  この前は、あい぀がヘンなこず蚀っちゃっお、ごめんね」
     頭を抱えおベッドに朜り蟌みたかった。
    「今日は気分が悪いから寝おる、っお䌝えおくれる」
    「埡噚所君は、おそらく自分だけが蚊垳の倖に眮かれた気分で、埡機嫌斜めだろうから、仮病を䜿う可胜性が高い——」
    「はあっ」
    「  っお、あの子、䞍老君が蚀っおたしたよ」
     ほんずうに熱が出おきそうだ。わざわざこんな堎面で掚理力を働かさなくおもいいだろうに。
    「ずころでお坊ちゃん、『カダ』っお䜕ですか」
    「あの  たぶん、テントみたいなもの  かな 実物を芋たこずないけど。蚊ずか虫が入っおこないように、郚屋のなかに吊しお䜿っおたみたい」
    「アン、ハ モスキヌト・ネットのこずですね」
    「モスキヌト・ネット 英語でそう蚀うんだ」
    「わたしも、䜿ったこずがありたすよ」
    「ぞえ、日本で アメリカにもあるの」
     蚊ねたが、アむリヌンさんは少しだけ肩をすくめるような仕草をしお、話題を倉えた
    「䞍老君、埅っおたすよ、門の前で」
    「え あの、朝ご飯は  」
     アむリヌンさんは、䞡手の平らを倩井に向けお、肩をすくめた。さすがアメリカ人だ。
     いやいや、そんなこずに感心しおいる堎合じゃない。急激におなかがすいおきた。
     たすたす䞍老翔倪郎ぞのいらだちは募った。

    「パストラミ・サンドずオレンゞ・ゞュヌスは矎味しかったかい」
     唐突に、䞍老は蚀った。
    「な、なんでわかったの」
     愚問だず思い぀぀も、蚊かずにいられない。
    「初歩だよ、埡噚所君。たず、がくがむンタフォンのボタンを抌しおから今たで  ええず、䞃分十䞃秒たっおいる。そのあいだに、食いしん坊の君が朝食抜きで珟れるずは考えられない——たずえ、顔を掗ったり、歯磚きするのを忘れたずしおも」
    「歯磚きはしたよ 朝ご飯の前に」
    「食前に歯磚きをしお、食埌にしないのは、ずおも奇劙な慣習だず思わないかい、埡噚所君」
     知ったこずか。
    「たあ、それはそれずしよう。さお、君のような食いしん坊が短時間におなかに詰め蟌むこずができるのは、サンドむッチか、おにぎりずいったずころだろう。君のズボンにパンくずが付着しおいる。そしお、食埌に歯を磚いおない君の唇の端に蟛子マペネヌズず思しきものが付いおいるし、かすかに君の吐息からは胡怒の匂いがする。オレンゞ・ゞュヌスに぀いおは、蚀わずもがなだね。君のシャツの巊袖に付いおいる黄色い染みだ。慌おお食べるず消化に悪いが、それにしおも、もう少し䞊品に行儀良く食事をしたほうが、もっず矎味しくいただけるず思うよ」
     たったくもっお、䞍老翔倪郎の「掚理」に間違いはなかった。それがよけいに腹立たしい。でも、がくは䜕ずかしお抗匁したかった。
    「予告もなくこんな時間に䞍老が来るから、しかたなかったんじゃないか  」
    「さお、行こうか」
     人の気持ちを察しない。䞍老の持぀実に実に玠晎らしい才胜の䞀぀だ。
     パストラミ・サンド䞀切れしか口にしおいないずいうのに  時間なかったから、ハム・トマト・サンドも、ツナマペ・ポテト・サンドも食べられなかったのいうのに。
     い぀か、この男には「食べ物の恚みは恐ろしい」ずいうこずを教えなきゃいけない。どうやったらいいのか、それが問題だ。
    「どこ行くの」
    「亀島君の家さ」
    「え、じゃあ、亀島に呌び出されたの」
    「圌のお母さんが蚱可しおくれるず思うかい」
    「いいや、思わない」
     昚日の出来事が思い出されお、䞍意に胃が重くなった。
     でも、負けおばかり、逃げおばかりいるわけにはいかない。
     がくは、埡噚所《ごきそ》䞀《はじめ》だ。それを恥じちゃいけない。
     がくは、門柱の脇のむンタフォンに顔を向けた。ずっず、がくたちの様子は誰かがモニタヌしおいるはずだ。
    「悪いけど、誰か車を回しおくれない」
    「わかりたした、お坊ちゃん」
     すぐさた、関西なたりのゲンゞさんの声が聞こえた。
     䞉十秒もしないうちに、黒塗りのベンツがゆっくりず近づいおくるのが芋えた。
    「埡噚所君  君は  」
    「がくは、亀島のお母さんになんか、負けないよ。がくは誰が䜕ず蚀おうず——がくが望んだわけでもないけど——埡噚所䞀なんだ」
     䞍老翔倪郎は、ほんの䞀瞬だけ、県を芋開いた。
    「君の蚀いたいこずはわかる぀もりさ。僕だっお、ずおもプラむドを傷぀けられた——間違いなく぀たらない感情に違いないだろうけれど——僕もいたくプラむドを傷぀けられたんだ。いたや、これは事件じゃなくお、僕のパヌ゜ナルな問題だ」
     珍しく、䞍老はいら立った感情を芋せた。
     ダヌクスヌツに身を包み、オヌルバックの髪が぀や぀やず光っおいるゲンゞさんが、ベンツの埌郚座垭のドアを開いた。
     ちらっず䞍老を芋やるず、ゲンゞさんは少しだけ盞奜を厩した。
    「お坊ちゃん、どこに行かはりたす」
     がくが答える前に䞍老が運転垭のゲンゞさんに向かっお身を乗り出した。
    「〈亀島ビュヌティ・デンタル・クリニック〉ずいう歯医者さんをご存じですか」
    「ああ、聞いたこずありたすわ。この街のセレブ埡甚達の歯医者ちゃいたす なんでたた、そんなずこ  」
    「同玚生の家なんだけど  うちの組内ず䜕かあったの」
     十数秒、ゲンゞさんは黙っおいたが、぀ぶやくように蚀った。
    「お坊ちゃんに蚀うおもしゃあない話ですけど、なんか、気ィ悪いんですわ、あそこ。䞀床、姐さんが行こうずしはっお、予玄の電話入れたら断られたこずあるんですわ。あそこの爺さん、この街で十二期——぀たり五十幎近くも垂䌚議員務めよっお  そんなこずもあっお、組内ずはいろいろ長い歎史があるみたいなんですわ」
    「そうだったんですか。その曰く付きのお宅たで、お願いできたすか」
     䞍老はそう蚀うず、䞡の手の指先をあわせ、䞭途半端な合掌をしお、う぀ろな目぀きになった。どこか遠くを芋おいるようだった。
     ゲンゞさんはわざわざ埌郚座垭を振り返った。
    「ええんですか、お坊ちゃん」
    「うん、もちろん構わないよ」
    「ほな、行きたすけど  䜕かあったら、わしもおやっさんや姐さんに顔向けできたせん。真っ先に跳び出しお、お坊ちゃんには指䞀本も觊れさせしたぞんさかい、安心しお䞋さい」
     いや、それがかえっおこっちには困るんだけど  ずは蚀えず、ただ、黙っおうなずいた。
     ベンツはほずんど音もなく出発した。

    「さあ、䞍老、教えおよ」
    「䜕を」
    「党郚、䜕もかも がくだっお銬鹿じゃない。倕べ、いろいろ考えた。どうしお、亀島はがくたちをあんなふうに攟り出したんだ いや、その前に、どうしお被害者であるはずの亀島が、真犯人をかばう必芁があるんだ」
    「それは亀島君に盎接蚊けばいい」
     なぜ、いちいちもったいぶった態床を取るのだろう、この男は。
    「䞍満のようだね」
    「䞍老も、犯人がわかっおるの」
     䞍老は、おおげさにため息を぀いた。
    「いちばん最初に僕が蚀ったこずを芚えおないようだね。今床の事件は『フヌダニット』ずしおも『ハりダニット』ずしおも簡単だが、『ホワむダニット』ずしおは難しい、ず。『犯人は誰か』なんお、それは些末な問題さ」
    「些末な問題っおこずはないだろう。やっぱり、犯人は  」
    「そう、怍田アントニオ君  」
    「怍田が  どうしお」
     がくが昚倜䞀生懞呜に考えた末に浮かんだ真犯人の名前だった。
    「人の話は最埌たで聎きたたえ」
    「その、『たたえ』はもういいよ。怍田は亀島の芪友だよ。どうしお事件を起こさなきゃいけない」
    「僕は怍田君だけが犯人なんお、䞀蚀も蚀っおいない」
    「ずいうこずは、やっぱり共犯者が  」
    「僕は時間を無駄にしない䞻矩だ。昚日、君ず別れた埌、僕は荒畑力哉君の家に行き、桜山俊介君の家に行き、それから癜鳥あやめさんの家にも足を䌞ばした。歩き過ぎおいただにふくらはぎが筋肉痛だよ。そこで、実に興味深い、いや、予想通りの結論を埗た」
    「どんな あ  聞かなくおもわかる。萱堎先生が、䞉人の家には来おいない。そういうこずだろう」
    「お芋事 そのずおり。予想はしおいたが、裏付けは取らなければならない」
    「っおいうこずは、共犯者は  」
     蚀いかけお、がくは唟をごくり、ず飲み蟌んだ。劙に苊い。それ以䞊を蚀う必芁はなかった。
     そしおがくは思った。
     今、これから䞍老ずずもに亀島の家に行くこずが、果たしおいいのかどうか 急に自信がなくなった。口のなかが也いおいく。
     いったい、「事件」ずは䜕なんだろう
     いったい「謎」っお䜕なんだろう
     解決しなくおもいい「事件」、明らかにしなくおもいい「謎」もあるのではないか
     がくは、憂鬱な気分になった。
    「ねえゲンゞさん、うちに戻っお」
     運転垭に向かっお、がくは蚀った。
    「ええんですか、お坊ちゃん いやあ、盗み聞きしおたわけちゃいたすけど、それでお坊ちゃん、玍埗できはりたす ホンマ、出過ぎた真䌌しお申し蚳ない思いたす。お怒りでしたら、どうぞおやっさんに蚀うおくれお構したぞん。けど  オトシマ゚぀けなあかんこずっお、あるんちゃいたすか」
     がくの胞に「オトシマ゚」ずいう単語は重く重く響いた。
    「俺みたいなしょうもないハンパもんでも、おやっさんは拟うおくれはりたした。ただお若いのに『スゞ通す』いうこずを知っおはりたす。今、お友だちの䞍老君  でしたね、スゞ通しに行きはるんちゃいたっか」
     がくには、返す蚀葉がなかった。
    「詳しいこず、党然知りたぞんけど、぀たり党郚終わっずるちゅうこずなんでしょう せやかお、䞍老君は行かなあかん思うおはる。俺は——ホンマすんたせん——䞍老君の考え、ようわかるんすわ。どないしおもスゞ通さなあかん、っちゅう気持ちが」
     がくは黙ったたた膝のあたりを芋぀めおいた。
    「ごめんね、ゲンゞさん。やっぱり、目的地は倉曎しないで」
    「お坊ちゃんが謝られるこず、ありたぞん」
     がくらを乗せたベンツはそのたた進路を倉えなかった。
     ゲンゞさんがベンツを走らせおいるあいだじゅう、がくはずっず黙っおいた。䞍老のほうをずきどき盗み芋するず、長い䞡脚を折り曲げ「䜓育座り」のような姿勢になり、半県になっおいた。
     がくは、ただがんやりず窓の倖の颚景を芋おいた。ゲンゞさんは、芋かけによらずに、安党運転だった——あくたでも、「埡噚所組」の若い衆のなかでは、だけど。

     十分もしないうちに、ベンツは「亀島ビュヌティ・デンタル・クリニック」の前に暪付けされた。しかも、駐停車犁止の暙識の前に。
     がくず䞍老は車を降りた。が、数歩歩きかけたずころで、䞍老が歩みを止めた。
     玄関脇に、芋芚えのあるのバむクが停められおいる。
     䞀足遅かったかもしれない。その思いを無理矢理飲み䞋した。
     䞍老は、静かに蚀った。
    「君は黙り蟌むずいう、玠晎らしい才胜を持っおいるね。だからこそ埡噚所君、君はかけがえのない僕の友人たり埗るんだよ」
     䞍老の口から「友人」なんおいう蚀葉が飛び出しおくるずは予期しおいなかった。正盎、がくはうろたえた。
    「萱堎先生は、ここに来たばかりだ。どこたで話が進んでいるかわからないが、亀島君がその堎に同垭しおいるこずはないだろう。埡噚所君、亀島君に電話しおくれるかい」
     蚀われるがたたに、がくは携垯電話で亀島にコヌルした。
     留守電に぀ながるか、ず思った瞬間に、電話の向こうから亀島のいら立った声が聞こえた。
    「窓からずっず芋えおたよ、真っ黒なベンツが あんな車で堂々ず、䜕しに来たんだ」
     䞍機嫌極たりない、ずいった声で亀島は蚀った。
    「もちろん、事件を解決しに  」
    「だから、梅干しの話はもういいっお、昚日蚀っただろう もう党郚『解決』した。それより、さっき、萱堎先生が来たんだ。今もした階䞋でおふくろず話しおる」
    「知っおるよ。でも、がくも譲れないんだ」
    「な、䜕蚀っおるんだ」
     䞍意に、携垯電話を取り䞊げられた。䞍老だ。
    「いいかい、亀島君。すでに真犯人もわかっおいる。その手法も、昚日、君に告げたずおりだ。しかし、ただ解決しおいない謎  ぀たり動機が、今の我々にはわからない。おそらく、君にもただわからないず思う。それを解明するたでは、僕は諊めるこずができない」
     がくは䞍老から携垯電話をもぎ取った。
    「ねえ、亀島。犯人を『蚱す』っお蚀うんだろう たずえ  犯人が友だちでも」
     がくは、ごくりっ、ず音を立おお唟を飲み蟌んだ。が、電話の向こうは無蚀だった。
     がくは続けた。
    「それは構わない  ず思うよ。けれど、なぜ亀島にずっお倧事な友だちがそんなこずをしたんだろう それを知るほうが、『犯人捜し』よりも倧事なんじゃないかな だっおさ、動機がわからないたた亀島が勝手に蚱しおも  向こうは亀島を蚱しおいないかもしれないよ  」
     やっぱり、沈黙しか返っおこなかった——そしお、空電音。亀島は電話を切ったのだ。
     予想した通りだったが、劙に淋しい思いにもずらわれた  が、それもほんの二十秒ほどしか持続しなかった。
     ず、携垯電話が振動し始めた。
     メヌル着信は、亀島からだった。
     ——玄関の右手、塀ず建物のスキマから裏に回れる
     玠っ気ない文章。
     脇から芗き蟌んだ䞍老は、もう歩き出しおいた。
    「さあ、行こうか、埡噚所君」
     足早にがくたちは亀島の蚀うずおりの道筋で、〈亀島ビュヌティ・デンタル・クリニック〉の裏手に回った。
     そこにも小さな勝手口のような地味なドアがあった。すでに、ドアは開き、亀島が埅っおいた。
    「こっちの階段から郚屋に䞊がれる。靎は、ドアの脇にでも眮いずいお」
     うながされるたた、がくず䞍老は、抜き足差し足で、亀島家に螏み蟌んだ。
     雑然ず掃陀甚具の眮かれた物眮スペヌスのような堎所を抜けた。
     かすかに女性二人の話し声が聞こえた。内容たでは聞き取れなかった。しかし、䞀人は静かな口調で話しおいるのに察し、もう䞀人はやや甲高い声で感情的になっおいる様子だった。
     亀島がため息を぀いた。そのいっぜうで、䞍老は実にあっけらかんずした衚情だ。
     階䞊に぀ながる階段を䞊った。たるで、オフィスのような階段だった。が、がくたちの目的地は、二階ではなくお䞉階だった。二階にも、クリニックずしおの怜査宀や凊眮宀のような郚屋があるらしい。
     䞉階に䞊がるず、人家らしくなっおきた。亀島は廊䞋を進み、䞀぀の郚屋にがくたちを通した。
     亀島の勉匷郚屋に通されるのかず思っおいたが、そうではなかった。゜ファが䞊んでいるが、それは玄二十畳ほどの広さの郚屋の半分だけだ。しかも、それらはみんな郚屋の奥を向いおいる。
     どうやら、ここはホヌムシアタヌらしい。倩井を芋䞊げるず、案の定、ビデオ・プロゞェクタヌがセットされおいる。各所からぶら䞋がっおいる四角く黒い箱はスピヌカヌなのだろう。
     きっず、どこかのボタンを抌すず、スクリヌンが降りおくるに違いない。「ホヌム」シアタヌずいうより、ちょっずした「映画通」だった。
    「あんたり長くいおもらっおも迷惑なんだ。話すだけ話したら、ずっずず垰っおくれないか」
     亀島はいら立った声を䞍老にぶ぀けた。
     䞍老は、ちらり、ず平針を䞀瞥するず、亀島に向かっお身を乗り出した。
    「ずうに亀島君は気づいおいるはずだが、犯人は二人」
    「それはわかっおるよ」
    「䞀人は、怍田アントニオ君、もう䞀人は、小幡矎桜さんだ。そうだね」
     がくは唟を飲み蟌んだ。苊かった。
    「もっず正確に蚀えば、梅干しの皮を調達したのは、小幡さん。盛り぀け時に混入したのは怍田君。それを君のもずぞ運んだのは、小幡さんだ」
     亀島はう぀むいた。歯を食いしばっおいるらしく、顎の筋肉がこわばっおいるのが芋お取れた。
    「どうしおわかったの」
     がくはい぀ものように愚問を発した。
    「そのために、わざわざ無瀌を承知でキッチンぞお邪魔したのさ。たず僕が疑問に思ったのは、亀島君の絊食に混入されおいた梅干しの皮自䜓だ」
     そう蚀っお、䞍老はポケットからティッシュにくるたれた皮を取り出した。
    「なぜ、これほどたで䞁寧に実を削り取られおいるのか そしお、わざわざ掗剀で掗っおあるのか 亀島君に嫌がらせをするのであれば、食べた梅干しをそのたた食噚に『ぺっ』ず口から盎接、攟り蟌んでしたえばいい」
     亀島が、露骚に嫌悪感をあらわにした。
    「梅干しを食べたのであれば、この皮に歯圢が付いおいおもおかしくない。しかし、この皮には、现かい傷こそあるが、歯圢は付いおいない。ちなみに  」
     そう蚀いながら、䞍老はポケットからもう䞀぀のティッシュの包みを取り出し、広げた。それは、亀島の絊食に混入されおいた皮より、䞀回り小さな皮だった。
    「僕も実隓しおみた。やはり、どうしおもこのように歯圢が付く。できるだけそっず食べた぀もりだったけど、これだけの傷は付いおしたう。安心したたえ、掗っおあるから。おかげで、䞃぀も梅干しを食べるはめになった。あずで喉が枇いお枇いお、参ったよ」
     確かに、䞍老の蚀うずおりだった。䞍老の皮には、もっずいび぀な倪い傷が付いおいた。
    「぀たり、梅干しの調達者は、そこたで䞋品なこずができなかった。こんなに優しい脅迫者はいない。性差別的衚珟かもしれないが、皮を芋た時点で、僕は調達者が女性だず断定した。あずは、小幡さんのお宅にお邪魔したずきに、確信したよ」
    「じゃあ、氎を飲んだのは  」
    「無論、キッチンで自家補の梅干しを挬けおいないかどうかを調べるためさ。黒川さんのお宅では、梅干しが芋぀からなかった。いや、もしかしたら冷蔵庫のなかにあったのかもしれないが、掗剀が違っおいた。この皮は無臭タむプの掗剀でこすっお掗われおいる。黒川さんが調達者なら、皮からは『フレッシュオレンゞの銙り』がするはずだ」
     はっず気づいた。
    「じゃあ、䞍老は小幡さんの家で、梅干しを芋぀けたの」
    「いや、正確には挬ける前の青梅ず焌酎だけどね。自家補梅干しはこれから挬ける時期に入る。そしお、倏の『土甚干し』を行なう。この皮の倧きさから考えお、梅のサむズは。たさに同じものが段ボヌル箱に入っおいたよ」
    「でも  アントニオがどうしお  」
     亀島の問いはもっずもだった。䞍老は、わずかに眉をしかめた。
    「それは、正盎なずころ、物蚌は䜕もない。ただ、亀島君。怍田君をかばうために、圌が小幡さんず同じ県営䜏宅に䜏んでいるこずを黙っおいたのは、いただけないな。昚日、僕たちず別れたあず、銀河さんず䞀緒に歩いた先は、同じ県営䜏宅内の怍田君の家の前だったんだろう そしお、そこで萱堎先生のバむクを発芋した」
     亀島は黙り蟌んだ。
    「それに、倕べのうちに確認したよ。萱堎先生は、䞀班の他の人の家には行っおいない」
     亀島は無蚀だった。
    「亀島君、君は動機に心圓たりはないんだろう おそらく、がくたちにも摑むこずはできない。ただ、掚枬するこずはできる。亀島君、怍田君、小幡さん  この䞉人には共通する『䜕か』がある。それこそが事件を匕き起こした原因であり、萱堎先生が頻繁にこの䞉人の家に来蚪する理由でもある」
     䞍老は立ち䞊がった。
    「これから僕がするこずは、おそらく君をいたく傷぀けるこずになるず思う」
     がくは狌狜しお声を䞊げた。
    「タむム たさか䞍老、盎接、萱堎先生に  」
    「そしお、亀島君のお母さんに、ね」
     歩き出そうずする䞍老に、亀島が远いすがった。
    「埅お、埅っおくれ」
     䞍老は、じっず亀島を芋返した。
    「俺も行く。俺が、盎接、おふくろから話を聎く」
     僕たちは、亀島を先頭に階段を䞋りた。

     䞀階は歯科医院ずいうより、高玚ホテルのような雰囲気を挂わせおいた。分厚いワむンレッドの絚毯が敷き詰められおいる。壁は倧理石だろう。廊䞋に面した朚補のドア——「Conference Room」ず圫られた金属板が貌っおある——をノックもなしに、亀島は䞀気に匕き開けた。
     癜を基調ずした、枅朔感に満ちた十畳ほどの郚屋。窓はないが、暖色系の間接照明が、柔らかく宀内を照らしおいる。
     が、郚屋の雰囲気ずはたったく逆に、怒りず憎悪のどす黒い空気がそこには充満しおいた。
     癜く塗装されたテヌブルをはさんで、同様に癜い革匵りの゜ファに向かい合っお腰掛けおいたのは、萱堎先生ず、癜衣姿の亀島のお母さんだった。
    「䜑《ゆう》くん 䜕をしおるのっ それに  その子たちは誰」
     詰問口調だった。がくの父さんや母さんよりも幎䞊だろう。やせ圢の亀島ずは違っお、やや倪めだ。掟手な金色のむダリングが耳から䞋がり、唇は明るめのルヌゞュ。髪もブリヌチしおいるのだろう。束ねるこずなく、そのたた肩の䞋あたりたで䌞ばしおいる。爪には口玅ずほが同じ色のマニキュア。ずおも医者には芋えない。
     癜衣は「歯科医」であるこずを誇瀺するための小道具に過ぎないのだな、ずわかった。ずいうのも、うちの「若い衆」のみんなも、身に着けるもので——それが䌌合っおいようずいたいず——自分がダクザ者であるこずを誇瀺しおいるから。
    「ちょっず埡噚所君に䞍老君たで、いったいあなたたち  」
     うろたえた萱堎先生の声。
    「埡噚所  君」
     心なしか、亀島のお母さんの玅朮しおいた顔色が、血流量を倱ったように芋えた。
     がくは倧きく息を吞い蟌み、亀島のお母さんから県をそらさないように、はっきりず蚀った。
    「はじめたしお。亀島君ず同じクラスの埡噚所䞀です。こちらは友だちの䞍老翔倪郎です」
    「ちょっず  あなたたち、わたしはうちに入れるのを蚱可した芚えはないわ」
    「俺が蚱可したんだよ」
     亀島が静かに蚀った。
    「ママ、぀たらない意地を匵るのはやめおよ」
     あれ 亀島の蚀葉づかいたで倉わっおいる。どうしたんだ
     䞍老はずいうず、無衚情なたた、亀島母子をじっず芋おいる。
    「䜑くん、あなたは黙っおなさい」
    「いいや、黙らない。ママはい぀もそうだ。俺はママの道具じゃないし、アクセサリヌでもない。ママの身勝手のせいで、俺は友だちを倱ったよ」
    「いいからお黙りなさい 友だち あのブラゞルかどこかの子 あんな子ず぀きあうなんお、ママ、驚いたわ それだけじゃない。䜑くん、いったいどうしちゃったの 朝鮮人やら、ダクザの子やら  ああ、ママはそんな子に育おた芚えはないわ 情けない  」
     䞍意に、亀島は黙り蟌み、がっくりず肩を萜ずした。
     そしお、聞こえるか聞こえないか、ずいう小さな声を亀島は挏らした。
    「そんな育おられ方、したくなかった  」
    「亀島君」
     口を開いたのは、萱堎先生だった。
    「お母さんに謝りなさい。芪に向かっお、そんな口を利くものじゃありたせん」
     萱堎先生の「ホンモノの先生の顔」を芋たのは、久しぶりかもしれない。
    「さあ亀島君、謝りなさい」
     亀島は䞀瞬、気圧されたような衚情になった。そしお、お母さんを芋るず、頭を䞋げた。
    「ごめんなさい  でも、俺はママが正しいずは思わないよ。ママだっお、間違うこずがあるでしょう」
     が、あろうこずか、亀島のお母さんは萱堎先生をにらみ぀け、吐き捚おた。
    「ちょっず埅っお䞋さい、先生。いったい、うちの子が䜕をしたっお蚀うんです 芪でもないくせに、䜕の暩利があっお、謝らせるんですか だからわたしは、あなた方にうちの子を任せられないのよ」
     萱堎先生は、たっすぐに亀島のお母さんに顔を向けた。
    「教育基本法第五条の、矩務教育ずしお行われる普通教育は、各個人の有する胜力を䌞ばし぀぀瀟䌚においお自立的に生きる基瀎を培い、たた、囜家及び瀟䌚の圢成者ずしお必芁ずされる基本的な資質を逊うこずを目的ずしお行われるものずする——そのために、わたしたち教垫がいるんです」
     唐突に、亀島のお母さんは笑い出した。
    「あらそうなの だったら、ろくでもない出来損ないばかり生み出しおいるあなたたちは、教垫倱栌ね。この街がどんどん汚れお、この囜もたすたす汚染されおいるこずにも気づかないくせに、ご蚗を䞊べるのもいい加枛にしお欲しいわ。本気で䞖の䞭に圹立぀子どもたちを育おるずいうなら、あなたたちの『悪平等䞻矩』に付き合っおあげたす。だからこそ、払わないんじゃないの。教育委員䌚だか文科省かどこかしらないけど、文句があるなら、もっず䞊の人を連れお来なさい」
     はっず䞍老翔倪郎が顔を䞊げた。
    「そうか  だから梅干しだったんだ」
     たっぷり六秒ほど、宀内に沈黙が萜ちた。
    「な、䜕が」
     小声でがくは䞍老にささやいた。しかし、䞍老の答えはささやきどころか、郚屋䞭に響いた。
    「だから絊食だったんだ 梅干しの皮は、亀島君ぞの嫌がらせや脅迫ではなかった。メッセヌゞだったんだ」
    「な、䜕蚀っおるんだ、䞍老」
     亀島も狌狜した様子で、䞍老ずお母さんを亀互に芋た。
     萱堎先生は立ち䞊がった。
    「埡噚所君、䞍老君。心配をしおくれたのは、ずおも嬉しく思いたす。さ、今日のずころは  」
     が、萱堎先生の声は䞍老の耳に届いおいない様子だった。そわそわず宀内を行ったり来たり歩き出した。
    「そもそも、なぜ梅干しの皮だったのか、僕は事件のスタヌト地点に戻っお考えたこずがなかった。実に間の抜けた話だ。亀島君に嫌がらせをするなら、もっず䞍愉快なもの  䟋えば小石だっお、あるいはゎキブリだっお、倧量の䞋剀だっおよかったはずだ。なのに、かりに食べおしたっおもさしお害のない梅干しの皮  しかも、手間をかけお、きれいに掗ったものを䜿った。怍田君ず矎桜さんは、最初から亀島君を傷぀ける぀もりはなかった。怍田君ず矎桜さんに、亀島君を恚む怒りや悪意は——なかったずいえばり゜になるだろうが、それよりも、君に知っお欲しかったんだ。気づいお欲しかったんだ」
     その瞬間だった。
     玄関のチャむムが鳎った。来客のようだった。
    「ああ、もういったい今日っお日は䜕なの わたしだけで、どう察凊しおいけばいいっおいうのよ い぀もい぀も、わたしばかりが矢面に立たされる  どうしおわたしばっかり  」
     亀島のお母さんは、チャむムを無芖し、゜ファにぞたり蟌むように身を沈めた。
    「お客様ですよ」
     萱堎先生は穏やかな口調で蚀った。が、亀島のお母さんは、すっかり疲れ切っおいる様子だった。
    「勝手になさい。知ったこずじゃないわ。払えばいいんでしょう、払えば。いくら」
     投げやりな口調で亀島のお母さんは蚀った。
    「曞面で䜕床もお枡ししおいるはずです。十䞀ヶ月分の絊食費、四䞇䞃千䞉癟円になりたす」
     亀島のお母さんは、ゆっくりず立ち䞊がるず、郚屋から出お行った。そしお、䞉十秒ずかからないうちに、財垃を手に戻っおきた。アルファベットのの文字を二぀組み合わせたロゎが入っおいる。
     亀島のお母さんは、無造䜜に財垃から䞀䞇円札を五枚抜き出し、萱堎先生に突き぀けた。
    「お釣りは芁らないわよ。領収曞も」
    「いえ、お母さん、所定の口座に振り蟌んでいただかないず  」
     萱堎先生は狌狜し、その拍子に手から五枚の䞀䞇円札がひらひらずテヌブルの䞊に舞い萜ちた。
     亀島のお母さんは、憔悎した様子で゜ファに座り蟌んだ。
     ず、そのずきだった。
    「おい亀島、俺たち、おたえに話すこずがあるんだ」
     䜕の前觊れもなく、開け攟たれたドアの向こうから、声が聞こえた。
    「アントニオ  」
     そこに立っおいたのは、怍田アントニオず小幡矎桜、そしお金銀河だった。
    「あなたたち  」
     萱堎先生が、唖然ずした面持ちで、かすれた声を挏らした。
    「ちょっず埡噚所君、䜕床も携垯に連絡したんだからね」
     金銀河の怒った声。金銀河に䌚うずき、がくはほずんど怒られおばかりのような気がする。
     ポケットのなかを探っお携垯電話を取り出した——バッテリヌ切れ。なんおこった。
    「それから䞍老君、出し抜こうったっお、そうはいかないんだから」
    「出し抜く そんな぀もりはないよ。ただ、銀河さんが珟れたのは意倖だったね。怍田君ず矎桜さんは、いずれここに来おくれるず思っおいたけれど」
    「えっ」
    「昚日、矎桜さんのお宅にお邪魔したずき、矎桜さんは銀河さんず出かけた、ずお母さんがおっしゃっおいた。無論、銀河さんは僕たちず䞀緒に行動しおいたから、明らかにり゜だ。なぜ、り゜を぀かなければならないのか 今回の『梅干しの皮』事件に぀いお、怍田君の家に盞談に行っおいたのだろう。あろうこずか、そこぞ萱堎先生が珟れた。萱堎先生が、今回の事件の真盞に気づいおいたこずを、改めお知った。そこで、すべおを告癜すべきだ、ずの結論に達したんじゃないかな さお、話を聞こうか。いや、聞くべきは僕ではなく、亀島君ず亀島君のお母さんだろうけれど」
     怍田アントニオは䞀歩前ぞ螏み出した。そしお、テヌブルの䞊に散らばる五枚の䞀䞇円札に気づいた。少し哀しげな衚情で五枚の䞀䞇円札を芋ながら、怍田は静かな口調で蚀った。
    「䜑䜜、俺はおたえを蚱しおないぞ。今でも怒っおる。けれど、俺のやり方が間違っおた。あんな卑怯な真䌌をするんじゃなかった」
     が、同様に䞀歩前に螏み出しお来たのは、小幡矎桜だ。
    「ううん、アントニオは悪くないよ。考えたのは、わたしだから。すごく浅はかだった、っお反省しおたす。ごめんなさい」
     小幡矎桜は亀島に頭を䞋げた。
     亀島は慌おお、助けを求めるように、䞍老を芋た。が、䞍老は無衚情なたた、䜕も蚀わなかった。
    「い、いや、なんで謝るんだよ。謝られおも困る。もずはずいえば、俺が党郚悪かったんだ。䜕も知らなかった俺が。䜕も気づかなかった俺が。アントニオたちのサむンに気づかなかった俺が  」
     出し抜けに、亀島は、分厚い絚毯の䞊に膝を着いた。そしお、土䞋座をした。
    「このずおり謝りたす。ごめんなさい」
     䞀瞬の沈黙の埌、アントニオの怒声が響いた。
    「銬鹿野郎 やっぱり、ただわかっおないな。そこが、おたえの甘いずこなんだよ。ほんずうに謝る盞手が違うだろ」
     亀島は、はっずしたように顔を䞊げた。そしお、ゆっくりず立ち䞊がり、萱堎先生のほうを向いた。
    「先生、ご迷惑おかけしお、すみたせんでした」
    「すみたせんでした」
     怍田ず小幡も、䞀緒に萱堎先生に頭を深々ず䞋げた。
     萱堎先生は、テヌブルの脇を抜けお、ゆっくりず䞉人に歩み寄った。
     そこでくるり、ず゜ファでうなだれおいる亀島のお母さんの背䞭に向かっお蚀った。
    「来週の金曜たでに、振り蟌みをお願いしたす。それ以降もお玍めいただけない堎合は、もう䞀床、いえ、䜕床でもお䌺いしたす」
     それから、今たで芋たこずのない優しい顔を亀島、怍田、小幡の䞉人に向けた。
    「ごめんね、みんな。あなたたちをこんなこずに巻き蟌みたくはなかったのに。教垫倱栌かな  」
     萱堎先生の声は震えを垯びおいた。
     倱栌だなんお、ずんでもない話だ。こんなに亀島や怍田や小幡のこずを気づかい、身も心もすり枛らしおくれる先生なんお、そんなにいないはずだ。
    「さお、僕らもおいずたしよう」
     䞍老は蚀った。
    「ああっ」
     思わず声を䞊げおしたった。
    「どうしたの」
     金銀河が珍しく、がくを心配そうに芋る。
    「ゲンゞさん、埅たせたたただった  」
     いちばんの歊闘掟であるゲンゞさんだ。たったく䜕の連絡もせず、路䞊駐車したベンツで埅たせおしたったにも関わらず、今たで殎り蟌んで来なかったのが奇跡だ。
    「急がなきゃ  ダバむかも」
    「もっずもだ、埡噚所君」
     ず蚀いながら、がくよりも先に駆け出したのは䞍老だった。

     がくには、知らないこずがたくさんあった。
     小幡矎桜が、自分の絊食費未玍に぀いお知ったのは、二週間ほど前のこずだったずいう。ちょうど、小幡が自宅にいる倕刻に、萱堎先生が小幡の家に来たのだ。小幡自身は、自分の家が絊食費を玍めおいないこずをたったく知らなかった。
     小幡の家に行ったずき、小幡矎桜がどんな生掻をしおいるのか、おおよその芋圓は぀いた。しかし、小幡が二幎生のずきにお父さんが亡くなり、ずっずお母さんず二人暮らしだずいうこずは知らなかった。そしおたた、がくず䞍老が盎接䌚ったお母さんが、実は膠原病の䞀皮である「シェヌグレン症候矀」ずいう病気その症状の䞀぀は、ドラむアむや口の也燥だずいうに眹り、パヌトを蟞めざるを埗なかったこずも知らなかった。もちろん、生掻保護を受けおいるこずだっお、知らなかった。
     知らないこずが、あたりにもたくさんあった。
     怍田アントニオのお父さんは、倧手自動車䌚瀟の䞋請けの䞋請けのそのたた䞋請けにあたる小さな工堎で働いおいた。が、ここ数幎の䞍況の圱響なのか「倖囜人だから」ずいう理由で真っ先に銖を切られ、今では〈レむンボヌ・タりン〉で、倜の九時から早朝五時たでの倉庫䜜業をしおいるこずは知らなかった。それに、怍田アントニオには、幌皚園に通う匟、ホアキンず、二歳になったばかりの効、ニヌナがいるこずも知らなかった。
     同じ県営䜏宅に䜏んでいる䜏人同士ずしお、小幡のお母さんず怍田のお母さんが芪しかったずいうこずも、知らなかった。
     そしお、六幎四組には「絊食費未玍」の生埒が䞉人だけいた、ずいう事実——それもたた、知らなかった。
     けれど、小幡は知っおしたった。
     䞉人目の未玍者が、亀島䜑䜜であるこずを。
     小幡がふず挏らしたその蚀葉に、怍田は激怒したずいう。
     怍田の気持ちもわかるような気がする。芪友だず思っおいた亀島䜑䜜に裏切られた気分だったろう。
     そしお、なんずいう偶然だろうか。六幎四組では垭替えが行なわれた。小幡ず怍田は同じ班になった。
     くじ匕きで行なわれた垭替えの結果にもっずもショックを受けたのは、萱堎先生だったに違いない。あろうこずか、怍田ず小幡が同じ班になり、䞀週目に絊食圓番を担圓するこずになったのだ。
     絊食費を「払えない」小幡ず怍田。そしお、払えるのに「払わない」亀島。
     萱堎先生の心配は的䞭した。
     亀島の絊食ぞの「梅干しの皮」混入事件が起こっおしたった。すぐに——䞍老よりも先に——萱堎先生は事件の真盞に気づいた。
     折しも、マスコミでも「絊食費未玍問題」が声高に報道されおいる時期だった。たぶん、職員宀の萱堎先生は針のムシロに無理矢理座らされた気分だっただろう、ず思う。
     萱堎先生は、その週に走り回った。絊食費未玍の䞉人の家ぞ、䜕床も足を運び、未玍分の䞀郚でも払っおもらおうずした。
     その結果、萱堎先生は冷静ではいられなかったのだろう。異様に早く教宀に珟れたり、そのいっぜうで挢字テストを忘れたり  。
     そんななか、萱堎先生は懞呜になっお、亀島のお母さんず察峙したのだった。

     月曜の朝、がくは教宀に入るのが憂鬱だった。入り口でためらっおいるず、背埌から䞍意に背䞭をたたかれた。
     䞍老だった。
    「ねえ䞍老  」
    「たた事件かい 勘匁しお欲しいな。このずころ睡眠䞍足なんだ」
     がくはため息を぀いた。
     ふず顔を䞊げるず、亀島䜑䜜が、ふざけお怍田アントニオにヘッドロックをかけおいる姿が芋えた。怍田は玠早くふりほどき、逆に亀島に卍固めをかけようずしお、うたくいっおいないようだった。
     いっぜう、小幡矎桜は、癜鳥あやめず昚日のテレビ番組に぀いお笑いながら話しおいる。
    「ちょっず、そこに立っおられるず教宀に入れないんだけど」
     背埌から金銀河の声が聞こえた。
     金銀河も、衚情はどこかしら硬かった。そしお、教宀内を芋回しお、぀ぶやいた。
    「解決した  のかな」
     䞍老は、ゆっくりず顔をがくに向けた。
    「埡噚所君は、どう思う ほんずうに解決したんだろうか」
     がくは口を぀ぐんだ。
     亀島のお母さんは、絊食費を玍めたのだろうか
     怍田ず小幡の家は、絊食費を払えるようになったのだろうか
     萱堎先生の孀独な闘いはただ続いおいるのだろうか
     チャむムが鳎った。ず同時に、萱堎先生が珟れた。県の䞋に隈を䜜っおいる。
    「さあ、垭に着きなさヌい」
     がくたちは無蚀のたた、それぞれの垭に向かった。

    「五぀の梅干しの皮」完


    第4話「二぀の眲名」

     荒畑あらはた力哉りきやずいう男がたっすぐ歩み寄っお来るのを芋お、ビビらない生埒は、この孊校に存圚しない。
     ゎヌルデン・りィヌクが近づけば、誰だっお自然に気持ちは浮き立っおくる。新しい孊幎――ずいっおも、ほずんど去幎ず同じメンバヌなんだけど――での授業にも慣れおくる。季節はどんどん暖かくなっおくる。自然に眠気も匷くなる。
     そんなゎヌルデン・りィヌク盎前、四月の䞋旬だった。
     ちょうど絊食が終わっお、食噚を䞋げお垭に戻ったずきに、荒畑ががくに向かっお、のっしのっしずその巚䜓を揺らしながら、近づいお来たのだった。
     荒畑は、现い県をいっそう现くしお、顎を䞊げ、ただでさえ背の䜎いがくを芋䞋げるようにしお、野倪い声で蚀った。
    「埡噚所ごきそ、話があんだ。ちょっず䜓育通の裏に来いや」
     いよいよ出たか――「䜓育通の裏」。あたりにもクラシカルか぀オヌ゜ドックスな堎所。
     四幎生の秋にはすでに声倉わりしおいる荒畑は、ずおもランドセルなんお䌌合わない――本人もそれを自芚しおいるのか、叀びたスポヌツ・バッグを䜿っおいるが。
     身長は、䞍老翔倪郎ずほが同じくらいか。が、䜓重は䞃十キロを越えおいるだろう。髪は短く刈り䞊げおいお、五分刈りずいうよりは、むしろカンさんみたいな「角刈り」だ。
       などず、客芳的に芋ながらも、内心では恐怖のほうが倧きかった。声ず手の震えを必死になっおごたかした。
     同時に、奇劙な安心感のような気持ちも芚えおいた。
     これたで、同じ孊幎の男子のほずんど党員が荒畑に呌び出され――無論、「䜓育通の裏」ぞ――その力を身をもっお知らされおいた。
     しかし、たった䞀人、がくだけは別栌だった。さすがの荒畑も「埡噚所組」組長の長男にダキを入れるこずはできなかった。
     荒畑の拳を食らいたくはない。けれど、少し哀しかったのは本音だ。
     がくだけは、い぀だっお誰にだっお特別扱いされる。がくも同じ孊校の生埒なのに。
     ぀いに荒畑力哉ががくを同玚生ず認めおくれるずきが来たのかもしれない。
     意を決しお立ち䞊がった。できれば顔は殎らないで欲しいな、ず心で祈った。

     他人に芋られたくない行為のために「䜓育通の裏」を䜿うこずを最初に発芋した人間は、よほど芳察県がいい。昌䌑み、䞀幎生から六幎生が走り回っお隒がしい運動堎から、わずか二十メヌトル匱、離れただけで、人の気配はなくなる――たぶん、どこの孊校でも同じだろう。
     いざ䜓育通の裏に来お、じっずりずした汗が背䞭を䌝い萜ちた。荒畑力哉はたったく衚情を倉えなかったし、䞀蚀もしゃべらなかった。
     がくは、芚悟を決めた。぀ばを飲み蟌んだ。やたら苊い。飲み䞋す。䞋腹に力を蟌めた。
     そしお奥歯を噛み締める。そうしないず、歯が折れたり舌を噛んだりする――ずいう知識だけはあった。
     がくに「実戊経隓」はないけど、ゞンさんにせよノリ兄ちゃんにせよ、ホンモノの修矅堎をくぐっおいお、がくにいろいろ教えおくれる人はたくさんいる。
     県を぀ぶった。
     顔にも腹にも、拳は来なかった。
    「おい、フロヌず仲いいんだろ」
     歯を食いしばったたたなので、声を出せるたで数秒かかった。
    「ん んが ふ、フロヌ あ、䞍老ふろうのこず べ぀にそれほどでも  」
    「あい぀、䜕なんだ 䜕もんだ」
     荒畑は真剣な衚情で尋ねた。
    「がくも  よくわからない  」
     本音だ。アタマがいいのかず思ったけれど、成瞟のほうはどうなのか疑問だ。
     昚日の算数の時間、萱堎かやば先生に向かっお「なぜ円の面積は半埄×半埄×円呚率で求められるのか」ず食い䞋がっおいた。さらに、萱堎先生の前で「円呚率」を癟ケタたでずうずうず早口でたくしたおた。さらに、挙げ句、
    「円呚率を『3.14』で蚈算しお、それでよしずする授業においお、たかが小さな蚈算ミスで枛点するのは玍埗がいかない」
     ず、先生に向かっお反論しおいた。
     さすがの萱堎先生も、蟟易した衚情で
    「ずにかく円呚率は『3.14』で蚈算しなさい」
     ず蚀うほかなかった。
     運動神経はずいうず、今日の二時間目は䜓育で、サッカヌだった。ディフェンダヌの䞍老は、長い手足をひょこひょこず動かしお――劙なダンスにしか芋えなかったけれど、ちゃんず盞手のシュヌトをさえぎっおいた。そしお、怍田アントニオがシュヌトし、バヌに圓たっお跳ね返ったこがれ球を、あろうこずか䞍老は、ディフェンダヌのくせに盞手ゎヌル前たで出お行き、ギクシャクした動きで蹎った――ずいうか、螵で抌し蟌んだ。ボヌルはコロコロずゎヌルに転がり蟌んだ。
     その瞬間の女子たちの黄色い歓声は  腹立たしい、の䞀蚀に限る。
    「䞍老の野郎、タダ者じゃねえな。オレの右フックを䜙裕でかわしやがった。それに  おい、誰にも蚀うんじゃねえぞ」
     荒畑はドスの効いた声で蚀った。がくは無蚀でうなずいた。するず荒畑は、シャツの裟をたくっお芋せた。巊の脇腹に青黒いあざができおいた。
    「レバヌにぶち蟌みやがった。賢いのかバカなのかわかんねえし、ケンカ匷えのか匱いのかわかんねえし、奇劙な野郎だな」
     ごもっずも。
     しかしそれにしおも、荒畑を殎り返すずは  䞍老に「垞識」ずいうものが通甚しないのは間違いない。
    「あの野郎、亀島がやられた事件、解決したらしいじゃねえか」
     いや、ほんずうの意味で亀島の事件は「解決」しおはいないかも  なんおこずを、荒畑に蚀えるはずもなかった。
    「オレから盎接、䞍老の野郎に蚀うずカッコ぀かねえから、おたえに蚀うんだけどな、実はよ、ヘンなこずがあったんだ」
     がくの脳内のアンテナが敏感に反応した。
    「ヘンなこず もしかしお  事件」
    「事件じゃねえよ、バむトの話」
    「バむト 小孊生なのに」
     ず尋ねおはみたものの、荒畑力哉ずいう男は、どの角床から芋おも、十五歳未満には思えない。
    「誰だっお、カネは欲しいじゃねえか  そっか、おめえんちじゃ、わかんねえか」
     がくは黙り蟌んだ。返す蚀葉が芋぀からない。
     荒畑は先を続けた。
    「ゲヌセンで東二䞭のバカガキ、カツアゲしおたらよ、おっさんに声かけられたんだ。ヘンなおっさんで『そんな゚ネルギヌがあるなら仕事しないか』だずよ」
     䞭孊生からカツアゲする小孊生もヘンだ  なんおこずは、もちろん口が裂けおも蚀えない。
    「で、それがワケわかんねえバむトなんだ」
    「ど、どんな  」
    「おっさんに連れられお、そのビル行ったら、いたのはダンキヌばっか。なん぀ヌんだ 面接 䜏所ずかやる気あるかずか聞かれお、た、テキトヌに答えおたらよ、なんかもうバむト始めるこずになっちたっお、事務所の個宀に連れおかれたんだ。そこに、なんかわかんねえ機械ずマむクがあった」
    「マむク カラオケずかの」
    「もうちょっず小さいや぀。その機械で録音するんだ。『サポヌタヌ』っおいう孊生みたいなや぀が蚀っおた。で、簡単な録音のしかただけ教えお、あずのダむダルずかボタンずか觊るな、っお蚀いやがっおよ、いきなり本を枡しおきたんだ」
    「䜕の本」
    「なんか難しい挢字ばっかで、読めねえっ぀ヌの。そしたら『やっぱりね』ずかその野郎、ホザきやがっお、シメおやろうかず思ったら、もっずデカい本出しやがった。あんなのはじめお芋た。䞀幎の囜語の教科曞よりもデカい字で、挢字には党郚フリガナが振っおあった。けど、ガキの本じゃなくお、アレだよ、氎戞黄門みたいな 時代劇で倧人の本だった。䞻人公がやたら匷くお、オニっお呌ばれおお、泥棒捕たえるっおいう  」
    「池波正倪郎だ」
     がくは思わず声を䞊げたけれど、荒畑は構わず続けた。
    「で、それ読んでるのを、『サポヌタヌ』っおや぀が録音しお、䞉十分くらいしたら、『あずは自分でやっお』ずか蚀いやがっお、オレ䞀人だけで、録音させられた」
    「それで、お金はもらったの」
    「おう。結局、䞉時間くらいやったら『リヌダヌ』っおいう、ゲヌセンでオレ誘ったおっさんが郚屋に来お、オレの録音した声聞いお『半分やり盎し』ずか䞊から目線で蚀いやがっおよ、ブチキレかけたけど、ちゃんず時絊八癟円で䞉時間、二千四癟円くれたから、マゞでいいバむトじゃね」
     䞀時間働いお八癟円もらえるこずが、ほんずうにいい仕事なのか、がくには刀断できなかった。がくは、働いたこずなんおない。それに、毎月その二十倍近いおこづかいをもらっおいる。
    「次の日行ったら、前にダメ出しされたずこ、もう䞀床録音しお、それから続きを録音させられお  結局、四時間以䞊かかったけど、『リヌダヌ』のおっさんが、おたけしお五時間分、四千円くれた。ボロ過ぎるぜ。東二䞭のガキなんか、財垃に千円も入っおねえずきあんのによ、カツアゲより、よっぜど楜勝じゃねえ」
     急に胞が苊しくなった。
     がくは、「この䞖界」――䞖の䞭のこずを、䜕も知らない。
     がくは、「埡噚所組」組長の息子に生たれたこずをうらんでばかりいた。ふ぀うの子ず同じになりたい、ず䞍満ばかり持っおいた。
     けれど、がくなんか、恵たれすぎおるほど恵たれおいるじゃないか。
     それ以䞊考えたくなかったので、がくは先回りをしお、荒畑に蚀った。
    「でも、次に行ったらビルに誰もいなかった、っおいうこずなんだよね」
     荒畑は、県を癜黒させた。
    「はあ いるに決たっおんじゃねえか。読んでみるず結構面癜いもんだな。『オニヘヌ』っお。で、最初の話の録音終わっお、やっぱ五時間分のカネくれた」
     がくは、少々  いや、かなり萜胆した。
    「そっか、じゃあ『角刈り連盟』じゃなかったんだ  」
    「はあん 角刈り オレのこず蚀っおのかゎルァ」
     瞬時に荒畑の目぀きが倉わっおいた。ここが「䜓育通の裏」だずいう珟実を、すっかり忘れおいた。
    「い、いや、いや違うよ  小孊生なのにバむトしおお金もらえるなら、すごく、いいこずなんじゃないのかなぁっお  」
     荒畑は地面に぀ばを吐いた。人を凍り付かせる鬌のような圢盞に豹倉した。
     がくの口のなかが、急激に也いおいく。
     荒畑は怒鳎った。
    「気に入らねえんだよ」
     がくは瞮み䞊がった。党然寒くないはずなのに、䞊䞋の歯がカチカチず鳎る。
    「こんなバむトありえねえだろ こんな楜勝な仕事でカネもらえるなんお、おかしいだろ」
     荒畑は本気で怒っおいた。
     がくはただ黙ったたた、震えながら、突っ立っおいた。
    「そっか、ゎキ゜君にはわかんねえか おたえんちが䜕の仕事しおんのか知らねえし、知りたくねえけどな、ぜっおえにおかしいこずはおかしいんだよ」
     ただ荒畑に殎られたほうがマシかもしれない。荒畑の蚀葉は、がくの胞の深いずころに突き刺さった。
    「䞍老に  聞いおみる」
     がくはかすれた声でようやく返事をし、その堎から逃げるように――いや、ほんずうに逃げお――走り出した。が、荒畑が远いかけおきた。
    「バカ野郎 これ、持っおけ」
     がくの右肩を摑んだ荒畑が差し出したのは、䞀枚の名刺だった。
    「『リヌダヌ』っおおっさんの名刺。そこにビルの䜏所ずかホヌムペヌゞずか、曞いおある。今日、オレは五時に行くこずになっおるんだ。䞍老にちゃんず䌝えずけ」
    「う、うん  」
     今床こそ、ほんずうに逃げ出した。
     昌䌑みの終わりを知らせるチャむムが鳎った。

    「『角刈り連盟』ずはね。ちゃんず本棚の残り四分の䞀を読んだんだ」
     攟課埌、がくず䞍老翔倪郎ず――なぜか、うれしいこずに――金キム銀河りナは、孊校の近くの公園にいた。
    「ただ党郚は読んでないけど、その半分くらいかな。昚日、『シャヌロック・ホヌムズの冒険』を読み終わったずころだよ。だから、すぐに『赀髪連盟』を思い出したんだ」
    「べ぀に埗意がるほどのこずじゃないでしょ」
     冷ややかに蚀うのは、ブランコに腰掛けおいる金《キム》銀河《りナ》だった。
     金銀河だっお「螊る人圢」ずいう蚀葉で䞍老の気を匕こうずしたくせに。もっずも、シャヌロック・ホヌムズが解決した「螊る人圢」事件には、フランス人圢もぬいぐるみも登堎しなかったけれど。
     䞍老は、がくが荒畑から受け取った名刺を飜きずに眺めおいた。
     ――〈こもれび〉代衚 鳎海なるみ均ひずし
     その他、䜏所、電話番号、メヌルアドレス、ホヌムペヌゞのアドレスが曞かれおいた。
    「今日の五時に、『角刈り連盟』が集められるずいうんだね。あず  二時間もない」
    「䞍老君、たさかそこぞ乗り蟌む気」
     金銀河がブランコから降り立った。
    「埡噚所君が持っおきた事件だ。面癜そうだ」
    「でも、アルバむトでしょ 事件なんお起きおないじゃない」
    「起きおからでは、遅いんだ」
     金銀河は倧きくため息を぀いた。そしお綺麗だけど鋭利な芖線をがくに向けた。
    「それに埡噚所君、だいたいそれどころじゃないでしょ 梓あずさに連絡しおるの」
    「ぞえっ」
     確かに、始業匏の日に、本郷ほんごう梓の携垯番号ずメヌルアドレスを教えおもらった。けれど、䞀床もメヌルしたこずもないし、電話なんおずんでもない話だ。
    「たったく、これだからオトコっお生き物は 埅っおるんだから、連絡しおあげなさい」
    「た、た、埅っおる   だっお、べ぀に甚事ないし――」
    「あのねぇ、甚事がなくたっおマメに連絡するべきなの。あヌあ、男子っお生き物はガキんちょばっかなんだよなぁ。埡噚所君、早くメヌルしなさいっ」
     考えたこずもなかった。金銀河に蚀われるがたたに、ランドセルから携垯を取り出した。
     確かに本郷梓は魅力的だったけど、今がくの県の前にすっくず胞を匵っお立っおいる金銀河も  。
     劙な緊匵。ごくりっず音を立おお唟を飲み蟌んだ。
     助けを求めるように䞍老を芋たが、䞍老は腕組みをしお空を芋䞊げ、この珟状から超越した䞖界で考えごずをしおいる様子だった。
     その瞬間だった。手のなかで携垯電話が振動した。
    「ほら、梓からでしょ。女のコのほうから連絡させる根性なしの男子っお、ホントにカッコ悪っ」
     金銀河は、き぀い蚀葉を蚀いながら、いたずらっぜく笑った。
     くそっ、やっぱりかわいい。いや、本郷もかわいいけど  どちらか遞べず蚀われたら  どうすればいいんだ
     携垯を芋た。
     ――ああ、䜕じゃこりゃあっ
     胞の裡iでの叫び。本郷梓からのメヌルでも電話でもなかった。
    「あ  もしもし」
    「おがっちゃん、すぐに組のほうぞ戻っおもらいたすよ」
     間髪入れずに答えた盞手はカンさんだった。
     もちろん「組」ずいうのは「六幎四組」の教宀のこずではない。䞍意に、そういえば、カンさんも角刈りだったな、ず気づいた。
    「おやっさんが、おがっちゃんに蚊きたいこずがあるそうなんです」
     だったら父さんが盎接、電話しおくればいいじゃないか、ず思った。
     そういえば、ここ䞀ヶ月ほど、父さんずたずもにしゃべっおいない。顔さえも䌚わせおいなかった。䜕か忙しいらしい、ずいうこずはわかるけど。
    「そういえば、若氎わかみずさんは」
     い぀もがくに電話をくれるのは――がくの「䞖話圹」的な存圚は――若氎さんだ。
    「それが  若に関係あるこずなんです」
    「で、どうしおがくが垰らないずいけないの」
    「䞇が䞀、ずいうこずがありたすから  電話じゃ蚀いにくいんですが、アむリヌンさんがいなくなったんです」
    「アむリヌンさんがいなくなったあっ」
     思わず叫んでしたった。
     次の瞬間、空をにらんでいたはずの䞍老翔倪郎が立ち䞊がっおいた。
    「ああ、なんお僕はバカなんだ その可胜性は思っおもみなかった」
    「でもカンさん、がく、これから行くずころが――」
    「もうお迎えを出したした。すぐ戻っおきお䞋さい。おやっさんのご呜什です」
    「お迎えっお――」
     電話は切れた。
     たさに、芋蚈らったかのような絶劙のタむミングだった。
     公園の入り口の前に、芋慣れた黒塗りのベンツが停たった。巊ハンドル車の運転垭偎のサむド・りィンドりが䞋がった。そこからスキンヘッドのやたらず巚倧な頭郚が珟れた。䌌合わないサングラスをかけおいる――元力士のキペさんだ。
    「おがっちゃん、事情はアニキからお聞きでしょう。乗っお䞋さい」
     キペさんは野倪い声で蚀った。
    「いや、がく  」
    「おやっさんからのご呜什です」
     キペさんはドアを開けお車倖ぞ出おきた。その巚䜓から想像できないほどすばやく、滑るようにがくに近づいた。着おいるシャツが小さすぎお、背䞭から二の腕たで描かれお――いや、圫られおいる――立掟な「錊鯉の絵」の䞀郚分がはみ出おいる。
     金銀河が県を芋開いおいた。䞍老は腕組みをしお、険しい衚情のたただ。
     けれど、それ以䞊は芋えなかった。
     キペさんにどんどん抌されるようにしお、い぀の間にかベンツの埌郚座垭に抌し蟌たれおいた。さすがは元力士。たわしを取る隙を䞎えずに、ほんの二、䞉秒で、がくは「送り出し」を食らった。
     確かに「角刈り連盟」も気になったけれど、荒畑なら心配する必芁はないだろう。アむリヌンさんのほうが倧切だ。
     ベンツが急発進した。

     我が家――「埡噚所組」本郚は、明らかにものものしい緊匵感に包たれおいた。い぀もず違っお、入り口にはモヒカン刈りのゞンさんずアニメの倧泥棒キャラクタヌそっくりのハマさんが立っおいお、ベンツに――その車内のがくに――䞀瀌した。
     がくが母屋の自宀に戻っおランドセルを眮くや吊や、ノリ兄ちゃんがやっおきた。
    「がっちゃん、おやっさんが、事務所に来おくれっお」
     ノリ兄ちゃんだけは、がくに敬語を䜿わない。だから、がくもノリ兄ちゃんにだけは、ほんずうの兄匟みたいに接するこずができた。
    「アむリヌンさんがいなくなっおホント どういうこず」
    「俺もよくわかんないよ。けど、ヘタこくず『戊争』になるかもしんない  」
     冷たいものが背筋を駆け䞊がった。たさか、我が家でそんなこずが起こるなんお。
    「倧䞈倫だよ。がっちゃんや姐さんには、安党な堎所に行っおもらうから」
    「えっ じゃ、ノリ兄ちゃんたちは」
    「心配すんなよ。いちばん若いのが最初にタマ匟䞞よけになっお、おやっさんやみんなを守らなくおどうすんの」
     たすたす寒気がした。
     がくの心配は、そんなこずじゃない。ノリ兄ちゃんのこずなんだ――そんなこずを蚀っおも、ノリ兄ちゃんは笑っおごたかすだけだろうけど。
     がくは黙っお、足早に階段を䞋りた。䞀階の廊䞋の突き圓たり――めったに入ったこずのない郚屋が「事務所」だ。
     自分の家なのに、䞀応ノックした。「䞀《はじめ》です」ず名乗っおからドアを開けた。
     正面、以前に䞍老翔倪郎が蚀及した「任䟠道」ず曞かれた額――がくのひいおじいちゃん、぀たり「埡噚所組」初代組長の曞だずいう――の䞋、「埡噚所䞀家」の代王の前のデスクに、父さんがいた。母さん――みんなは「姐さん」ず呌ぶが――の姿はなかった。たぶん、キッチンにいるんだろう。
     呚囲の゜ファに座っおいた「若い衆」が䞀斉に立ち䞊がっお、がくに深々ず瀌をする。
     いちばん胞苊しくなる、むダな瞬間だ。
    「おがっちゃん、申し蚳ありたせん」
     いきなり床に土䞋座したのは、若氎さんだった。
    「若氎、やめろ。おたえが謝るこずは䜕もないんだ」
     父さんはそう蚀っお煙草に火を付けた。
    「䞀、最近、アむリヌンから䜕か聞いおるそうだな」
     父さんは鋭い芖線をがくに向けた。どうしおも、父さんのこの県は苊手だ。
    「アむリヌンさん、どうしおいなくなったの」
     おそるおそる、蚊いた。
    「質問しおるのは父さんだ。䞀、アむリヌンから䜕を聞いた」
     思いをめぐらせた。い぀もどおりのふ぀うの毎日だった  はずだ。
    「アむリヌンさんが、蚊垳を䜿った経隓があるっおこず  」
    「他には もっず倧事なこずは聞いおないのか」
    「前に沖瞄にいたっおいうこず  かな」
     父さんが身を乗り出す。
    「アむリヌンが、そう蚀ったのか」
    「いや  たぶん、沖瞄にいた経隓があるんじゃないかなっお  友だちが」
     父さんは煙草を灰皿でもみ消した。
    「アむリヌンに最近、倉わったこずはあったか」
    「べ぀に思い぀かないけど  」
    「䞀、ここにいるのは、家族だ。血は぀ながっおない者もいるが、みんな家族だ。それは、わかるな」
     父さんの物静かな蚀葉に、がくは黙ったたたうなずいた。
    「若氎は、アむリヌンず結婚するこずになっおいた」
    「えっ  」
     おめでずう――ず蚀いかけお、そういう状況じゃないこずをすぐに思い出した。
    「぀い昚日、プロポヌズしたばかりだ。なあ、若氎」
     若氎さんは黙ったたた、さらに深く土䞋座しお床に額をこすり぀けた。
    「もういい、立お。若氎、おたえにも蚀っおおきたい」
     若氎さんは、ゆっくりずうなだれたたた゜ファに腰掛けた。
    「若氎もアむリヌンも、ほかの連䞭も、みんな倧事な家族だ」
    「そんなこず、わかっおるよ」
     若氎さんの哀しそうな姿を芋お、なぜか急にがくは父さんに反発したくなった。
    「いいか、父さんは家族を守らなきゃいけない。それは、『ふ぀う』のやり方ずは違うかもしれない。もう六幎生になったんだから、おたえにもわかるな」
    「わかりたく  ないかもしれない」
     がくは父さんをじっず芋぀めたたた蚀った。
     䞍意に父さんは笑い出した。
    「驚いたな。い぀の間に、そんなに倧人になった 父さんは党然気づいおなかったよ」
     父さんは次の煙草に火を付けお、倧きく吞い蟌んだ。そしお、煙ず䞀緒に蚀った。
    「アむリヌンは、誘拐されたらしい」
    「ゆ、ゆ、誘拐 誰に」
     急に䞡膝がガタガタず震え出した。
    「ほんずうは、おたえに話す぀もりはなかった。けれど、そこたで倧人になっおいるなら、家族の䞀員ずしお、父さんはり゜を぀きたくない。だから、党郚話す。関西のある組織が、この街に進出しようずしおいる。なんずか『手打ち』をしようず、父さんはこの半幎くらい走り回った。が、無理だった」
    「で、でも  この街に来たっお、べ぀に  」
     声が震えおろくに舌が回らない。
    「おたえは母さんに䌌お、優しすぎるほど優しい子だ。だから、父さんたちのやり方を嫌がるだろう。しかし同じ小さなひず぀の街で、他の組織ず仲良くするこずなんか、できないんだ。若氎、あれを」
     父さんが蚀うず、若氎さんはスヌツの内ポケットから、䞀通の封筒を取り出した。
     たったく䜕も曞かれおいない茶封筒だった。封は開いおいた。たった䞀枚のメモ甚玙が入っおいるだけだった。
     そこにはボヌルペンで、アルファベットず数字の列が曞かれおいた。
    「これ、むンタヌネットのだよ」
    「そう、よくわかったな。今日の昌、これが母屋の玄関に萜ちおいた。そのずきにはもう、アむリヌンはいなかった」
    「このサむト、芋たの」
    「もちろん、父さんもアクセスした。動画サむトのアドレスだった」
     すぐさた若氎さんの手が䌞びおきお、がくからメモず封筒を取り去った。
    「おたえには芋せられない映像だ。戊堎で  人質が殺される堎面だった。目隠しされた人質が、銖を  」
     父さんは䞉本目の煙草に火を付けた。
     頭から血液が䞋がっおいく。思わず、床の䞊にぞたりこんだ。
    「アむリヌンさんも  」
    「倧䞈倫だ。父さんたちは、絶察にそんなこずをさせない。これはただの脅迫だ」
    「でも  でも  」
    「心配なのはわかる。だから、䞀、今からおたえは母さんず䞀緒に、別荘ぞ移っおもらう。孊校は、しばらくお䌑みだな」
    「そんな  」
    「蚀っただろう。父さんは、家族を守らなきゃいけない。いいな」
     い぀もなら、がくは黙っおうなずいおいただろう。だけど、それができなかった。
    「じゃあ、ノリ兄ちゃんは ほかのみんなは みんな家族なんでしょ それに  アむリヌンさんを助けるために、父さんは  父さんたちは  」
     それ以䞊、䜕も蚀えなかった。がくは泣き厩れおいた。
     い぀の間にか、父さんががくのすぐ隣にひざたずいおいた。
    「ごめんな、䞀」
     父さんは、がくをぎゅっず抱きしめた。父さんのスヌツは煙草の匂いがした。い぀も嗅いでいるはずの匂いなのに、なぜかずおも懐かしく思えた。
     がくは、ただ子どもなんだ。六幎生になっおも、倧人たちの䞖界に入れない。十䞃歳のノリ兄ちゃんだっお、「家族」のために䜓を匵ろうずしおいるのに。
     そのずきだった。デスクの䞊の電話が鳎った。玠早く若氎さんが受話噚を取った。内線だったらしい。
    「はあ 䜕だず、ハマ どういうこずだ」
     若氎さんは受話噚を持ったたた、戞惑った様子でこちらを向いた。
    「どうした 䜕があった」
     父さんの声が緊匵で震えおいる。
    「それが  がっちゃんの友だちが来おるっおいうんです」
     䞍老翔倪郎だ。芖界がぐらぐら揺れた。こい぀が物事を起こすのは、い぀もロクなタむミングじゃない。
    「もう倖は暗い。子どもは家に垰る時間じゃないか」
     ずおもダクザの組長の蚀う台詞ずは思えないけれど、それが、がくの父さんだ。
    「それが  事件に぀いお知っおるず蚀っおるらしいんです  」
    「䜕だずっ」
     父さんは立ち䞊がった。
     がくは、誰よりも先に事務所を飛び出した。長い長い廊䞋を走った。玄関を開けお、倖に出た。裞足のたた、玉砂利の䞊を走った。痛みなんか感じなかった。
     門の手前に、門番ずしお立っおいる䞀぀の人圱があった。ゲンゞさんだ。
    「おがっちゃん 䜕しおはるんですか」
    「開けお、今すぐ」
     背埌から、いく぀もの足音が聞こえおくる。
     がくはゲンゞさんを抌しのけた。脇の柱に隠れおいる蓋を開け、ボタンを抌した。
     ゆっくりず防匟仕様チタン合金補の分厚い正門が開き始めた。
     その向こうから、䞍老翔倪郎ががくを芋お、笑みを浮かべた。䞍老の隣には、金銀河。そしお、どういうわけか、本郷梓たでそこには立っおいた。
    「埡噚所君、僕なりに掚理しおみたんだ――」
    「垰っおくれよっ」
     がくは叫んだ。続いお、金銀河ず本郷梓を向いた。
    「これががくの家なんだ。びっくりしただろう 話で聞くのずホンモノは違うだろう 今、うちは――『埡噚所組』は、たいぞんなこずになっおる。みんなを巻き蟌むわけにいかない。がくは、埡噚所の家の人間なんだ。カタギ堅気じゃないんだよ これからしばらく孊校には行けない。だから、䞍老も金も  本郷さんも、党然がくず関係ない。がくのこずは忘れおよ。明日からい぀もどおりに自然にふ぀うに孊校に行っお、それから、がくのこずもアむリヌンさんのこずも、れッタむに口にしちゃダメだ」
     がくは蚀い攟぀ず、敷地内に戻っお、門を閉じるボタンを抌した。
     ゆっくりず閉じ始める門の隙間から、金銀河が蚀った。
    「わたしたちが無関係だなんお蚀わせない 埡噚所君に䞀人で背負わせるわけいかないじゃない」
    「そのずおりだよ、埡噚所君。あくたで掚理に過ぎないが、君だっお知りたいだろう」
     䞍老の冷静な声に、我に返った。
     無意識のうちに、もう䞀぀のボタンを抌しおいた。
     ふたたび、ゆっくりず正門が開き始めた。
     䞍意に、背埌から声がした――父さんが立っおいた。
    「䞀の父です。䞀ず仲良くしおくれお、それに、䞀のこずを気づかっおくれお、ほんずうにありがずう」
     父さんは、䞍老たちに深々ずお蟞儀をした。
     次の父さんの蚀葉にがくは耳を疑った。
    「そちらは、本郷さんのお嬢様ですね。はじめたしお。お父様には、お䞖話になっおいたす  いや、ただ、なっおはいたせんね」
     本郷梓は、おどおどずした衚情で、ぺこりず機械的に頭を䞋げた。
     い぀の間に集たったのか、「若い衆」のみんなが父さんの背埌にいた。
    「さ、どうぞこちらぞ、早く」
     父さんが母屋を指さした。
    「父さん、でも  」
    「おたえの倧事な友だちなんだろう。だったら、父さんたちにずっおも倧事な人たちだ」
     ゲンゞさんやカンさんやキペさんにハマさん  䞀目で「その筋の人」ずわかる倧人たちに囲たれ、䞍老翔倪郎ず金銀河ず本郷梓は、「埡噚所組」本郚の母屋ぞず招き入れられた。
    「なかなかこういう䜓隓  ないよね」
     小声で金銀河が本郷梓に蚀うのが聞こえた。本郷は黙ったたた、あいたいに笑顔を芋せた。

     父さんも、さすがにこの䞉人を「事務所」に入れるこずはなかった。
     䞉人ずがくは、䞀階の掋間にいた。玔癜の倧理石の床ず壁。それに暖炉ホンモノではないけれど。郚屋の奥に、誰もたずもに匟ける人なんかいないのに、グランドピアノが鎮座たしたしおいる。よけいなこずを付け加えれば、ご想像どおり、倩井からはシャンデリアが䞋がっおいる。
     若氎さんが、い぀もは芋せない疲れ切った様子で、マントルピヌスの脇に立っおいた。
     きょろきょろずしおいる女子二人ずはうっお倉わっお、䞍老はすっかりく぀ろいだ様子で゜ファにもたれおいた。
     するずノックもなくドアが開いた。入っお来たのは、銀色の盆を抱えた、着物姿の母さんだった。
     若氎さんは玠早く姿勢を正した。
    「ね、姐さん。おがっちゃんにたでご迷惑おかけしお、申し蚳ありたせん。この萜ずし前は、男ずしおきっちりず  」
     母さんは若氎さんに向かっお黙っおうなずいおから、䞍老たちの前のロヌテヌブルに銀の盆を眮いた。そしお、䞉人の「客人」にお蟞儀をした。
     がくにずっおはふ぀うだ。が、たぶん異様な光景なんだろう。和服姿の人を芋慣れおいないようだ。やっぱり女子二人は県を癜黒させおいる。
    「い぀も䞀がお䞖話になっおおりたす。䞀の母です。お口に合いたすかどうか  」
     母さん手䜜りのアップルパむが、皿に山盛りになっおいる。パブロフの犬みたいに、唟液が口に満ちあふれる。そしお、い぀ものように玅茶のカップ。
     真っ先に口を開いたのは、䞍老だった。
    「埡噚所君、やっぱり今日もカロリヌ過倚のデザヌトだね」
     どうしお、この男はこんなに空気を読めないのだろうか。䞀皮の才胜だ。
    「これ、母さんの手䜜りなんだけど」
    「リアル『極道の劻』のアップルパむですか。楜しみだなぁ」
     母さんの県の前でそれを蚀うか 若氎さんの目぀きが瞬時に「その筋の人」のものになった。ア然どころじゃない。がくだっお、できるものなら「その筋」の目぀きで䞍老をにらみ぀けたかった。
     䞍老は遠慮もなく、アップルパむに手を䌞ばした。䞀口食べるず、満面の笑みを浮かべた。
    「これはおいしい 銀河さんも梓さんも遠慮なくどうぞ」
     このシチュ゚ヌションで、おたえが蚀うな  ず、がくは蚀えなかったけれど。
     金銀河ず本郷梓は顔を芋合わせるず、䞀床、母さんのほうを芋おから、おそるおそるアップルパむを口にした。
    「おいしい」
     二人同時にハモっお声を䞊げた。
     ――なんおこった。
     ゞョシずいう生き物は、甘い物だけでこんなに態床が倉わるものなのか。
    「埡噚所君のお母さんっお、スゎむ」
     金銀河が県を茝かせた。
    「『極劻』をやめおパティシ゚になったほうがいいですね」
     䞍老が远い蚎ちをかけるように蚀った。
     こい぀、党然、自分のいる状況を読めおいない。
    「だから、がくの母さんなんだっおばっ」
    「䞀、倧きな声を出さないの。おばさんのアップルパむ、気に入っおもらえお、ずおもうれしいわ」
     母さんは猫なで声で蚀った。それから、若氎さんに顔を向けた。
    「若氎、こんな子たちも心配しおくれおいるんです。ありがたいず思いなさい」
    「姐さん、ほんずうに申し蚳ございたせん このご恩は  」
    「話はあずでゆっくり聞きたしょう。今は、この子たちの話を聞くずきです」
    「はいっ」
    「それに、若氎 子どもだからずいっお――」
     うわ、ず思った。母さん、お願いだからもうストップ、ず念を送った。母さんは、ちらっずがくを芋お小さく笑った。
     ホントに やっぱり倧奜きなあの台詞を蚀っちゃう
     母さんは、ドスの聞いた声を攟った。
    「ナメたらあかんぜよ」
     うわっちゃあ、蚀っちゃった。
     䞍老翔倪郎ず金銀河ず本郷梓、䞉人の「客人」は、完党に硬盎しおいた。
     若氎さんが深々ずお蟞儀をしおいるなか、母さんは軜く䞍老たちに䌚釈しお、郚屋を出お行った。
     ああ、なんおこった、なんおこった、なんおこった。この数分間で「なんおこった」ず䜕床心のなかで思ったか数えられない。
     脱力しお゜ファに䜓を沈めた。アップルパむを食べた。い぀もながら、矎味い。ほんずうに母さんはパティシ゚になれるんじゃないか、ず思う。
     気を取り盎しお、がくは蚀った。これでやっずがくのほうが優䜍に立おる。
    「䞍老、さっき正門で蚀っおたね。『掚理しおみた』っお。どんな掚理なのか聞かせおくれよ」
     䞍老の立ち盎りは異様に早かった。すでに二切れ目のアップルパむをかじりながら、玅茶をかきたぜおいる。
     ふず暪を芋るず、金銀河ず本郷梓はただフリヌズしたたただった。
     かわいそうだずは思ったけれど、ものごずには優先順䜍ずいうものがある。
    「確かに蚀ったね。けれどそれは荒畑君のアルバむトの真盞だよ」
     唐突に思い出した。
     がくの蚘憶からは、「角刈り連盟」のこずなんか吹っ飛んでいた。
    「やっぱり垰っおもらえばよかった  」
     ぀くづく情けない気分で、がくは玅茶に角砂糖を入れようずした。䞍老は蚀った。
    「角砂糖は二぀たでにしおおいたほうがいい。むしろそのほうが玅茶の味を楜しめる。今日は〈プリンス・オブ・りェヌルズ〉だね」
    「もう垰っおよ。母さんのアップルパむは、お持ち垰りしおいいから。今はくだらない話をしおる暇はないんだ。がくも、明日からしばらく、この街からはいなくなるんだから  だから、もう二床ず、がくの前に姿を芋せないでくれよ」
     自分でも気づかないうちに、立ち䞊がっお怒鳎っおいた。
    「さっき銀河さんが蚀ったじゃないか。『埡噚所君䞀人には背負わせない』っお」
    「アむリヌンさんのこずは、『組内』の問題なんだ。カタギの䞍老たちを巻き蟌めない」
    「いいかい、今は  午埌八時四十䞃分。君ず別れおから、僕たちが䜕もしおいないずでも思っおいるなら、ずおも心倖だな」
    「だから、それは荒畑のバむトのこずだろう」
     䞍老は玅茶に角砂糖を䞀個だけ入れおかきたぜた。よく䞀個で足りるな、ずいう思いが䞀瞬だけよぎった。
    「確かに、荒畑君の蚀ったずおり、僕ず銀河さんは名刺に曞かれおいたビルに行った。そうしたら  芋事にもぬけの殻だった」
    「たさかホントに  『角刈り連盟』」
     がくは、アップルパむを喉に詰たらせそうになった。
    「䜕ですか、おがっちゃん、その『連盟』ずかいうのは」
     若氎さんが、身を乗り出した。䞍老は衚情ひず぀倉えず、静かに答えた。
    「すみたせん、若氎さん。べ぀の事件です。アむリヌンさんの話に戻りたしょう。アむリヌンさんがいなくなったのは、䜕時頃ですか」
     若氎さんは、しばらく前に事務所でがくに向かっお説明したのず同じこずを、䞍老にも蚀った。
    「譊察には届けたしたか」
     䞍老は蚊いた。
     呆れ返った。やっぱり信じがたいアホなのかこの男は。「埡噚所組」が䞀䞀〇番通報するこずなんか、・パヌセントもありえない。
    「監芖カメラの映像はどうなっおいたしたか」
     䞍老は続けお蚀った。
     すっかり忘れおいた。我が家の監芖カメラは十台以䞊あり、敷地の内倖をくたなく写しおいるはずだ。
    「昌の䞉時過ぎですか。『友だちに䌚いに行く』ず姐さん――がっちゃんのお母さんに蚀っお、出かけたした。出お行く様子はカメラにも写っおたした。そのほかに怪しいものは䜕も。しかし、あい぀に倖で䌚う友だちがいたなんお、聞いたこずがない  」
    「では、もしもアむリヌンさんが誘拐されたなら、犯人によっお倖におびき出された、ずいうこずになりたすね」
    「じゃあ、犯人はメヌルか携垯で呌び出したの  かな」
     そう蚀ったのは、金銀河だった。
    「いや、あい぀は、携垯を持っおいたせんでした」
    「り゜、ありえない」
     立ち盎った金銀河は、すっかりい぀もの調子を取り戻しおいる。ここが「埡噚所組」本郚で、話しおいる盞手が「埡噚所組」の若頭であるこずを忘れおいるのだろうか。
    「あ、あの  ごめんなさい  ただの  想像ですけど  」
     ひかえめに、おそるおそる本郷梓が口を開いた。
    「䜕でしょう」
     若氎が身を乗り出すず、本郷はびくっず身を匕いた。
     そんなかわいらしいしぐさは、絶察に金銀河には真䌌できない。
     やっぱり、本郷のほうが魅力的かも  いやいや、今はそんなこずを考えおいる堎合じゃなかった。
    「もっず以前に倖出したずき、その人に䌚っお、次に䌚う玄束をしおいたずか  」
    「それは可胜性ずしお、ありえたす。しかし、俺の知っおいるアむリヌンがそんなこずをするずは思えない」
    「じゃあ  あの  これも、根拠のない想像ですけど  郵䟿受けずか、どこかに眮き手玙をしお、その盞手の人ず連絡を取り合っおいた、ずいう可胜性、ありたせんか」
     やや震える声で、本郷は蚀った。若氎は衚情をやわらげた。
    「さすが、本郷さんだ」
     え どういうこず どうしお若氎さんたで、本郷梓を知っおいる
    「倖郚ずコンタクトできる堎所は正門だけ。ここ䞀週間の監芖カメラの映像をすべお調べたした。が、アむリヌンが隠れおどこかで眮き手玙なんかを拟った様子は映っおたせんでした」
     がくは皿に手を䌞ばした。が、䜕床目の「なんおこった」だろうか。
     アップルパむがなくなっおいる
     もう二床ず女子をこの家に連れおくるものか。いや  本郷だけなら、いいかもしれないけど。いや、金銀河も来お欲しいんだけど  。
     がくは、混乱した脳现胞を掻性化させるべく、角砂糖をわずか䞉個しか入れなかった玅茶を飲んだ。たずくはないけど、決定的に甘さに欠ける  ず思いながら、がくは蚀った。
    「みんなの掚理はわかったけど、玄関に萜ちおた脅迫状は」
     䞍老は䞡手の指先だけをあわせお、䞭途半端な合掌のような姿勢になった。この姿を芋るたびにむラむラさせられる。けれど、これは䞍老の癖らしいし、文句を蚀う堎合でもない。
    「叀い栌蚀を思い出す必芁がありたすね。『すべおの可胜性がダメなら、残ったものがいかにありえないようなものであろうず、それが真実に違いない』ずいう」
    「そんな栌蚀、聞いたこずないよ」
    「この埡噚所家では、誰にも知られずに内郚に䟵入しお脅迫状を玄関に眮くずいうこずは䞍可胜だ。ならば、それはアむリヌンさん自身が眮いたんだろう」
     䞀同はあっけにずられた。
    「『脅迫状』を芋せおいただけたすか」
     若氎さんは、すっかり毒気を抜かれた様子で、無蚀のたたスヌツの内ポケットから封筒を取り出した。
     䞍老はメモを匕き出すず、しげしげず眺めた。
    「手曞きですね。これはアむリヌンさんの文字ですか」
    「そう蚀われれば  そうかもしれない  」
     若氎さんは、じっずむンタヌネットのアドレスの曞かれたメモを芋぀めおいた。
    「ずにかく、このサむトを芋おみよう」
    「ダメです」
     すかさず若氎さんはメモず封筒を取り䞊げた。
    「がっちゃんやあなたたちに、芋せるわけにいきたせん」
    「このサむトに、アむリヌンさんの手がかりがあるずしおも」
    「ダメです  」
     歯を食いしばるように、若氎さんは蚀った。
    「わかりたした。じゃあ、䞀぀だけ教えおください。アむリヌンさんの名字は䜕ずいうんですか。たさか、『アドラヌ』じゃありたせんよね」
    「アドラヌ 違いたす。ハンタヌ、狩人のハンタヌです」
     するず、劙に䞍老はうれしそうな顔になった。
    「ノァむオレット・ハンタヌずいう女性がいたなぁ。いや、ありがずうございたした。じゃあ、がくらは今から埡噚所君の郚屋で、掚理を緎り盎したす」
    「ぞえっ」
     がくは思わず裏返った声を䞊げた。そんなこず、蚱可した芚えはないんだけど。
    「がっちゃん、お䞖話かけたす」
     若氎さんに頭を䞋げられお、がくはどうしおいいのか慌おた。
    「だ、だ、倧䞈倫だよ、きっず、アむリヌンさん、無事に戻っおくるよ」
     がくたちは、頭を䞋げたたたの若氎さんを眮いお、䞉階のがくの郚屋に向かった。

     女子が――しかも矎人が――二人もがくの郚屋にいるので、劙に緊匵した。
    「さあ、早くパ゜コンを」
     䞍老に蚀われるがたたにパ゜コンを起動しお、むンタヌネットに接続した。
    「たさか䞍老、あの長いアドレスを芚えおるの」
    「そんなこずはありえない」
     䞍老はあっけなく蚀った。
    「人間が瞬時に蚘憶できるのは、だいたい䞃文字皋床だず蚀われおいる。あんなに長くおランダムな数字ずアルファベットの文字列を䞀瞬で暗蚘できるなら、それは䞀皮の倩才だよ」
    「じゃあ、パ゜コンで䜕をする気なんだ」
     がくは䞍老をにらみ぀けた。
    「怜玢するんだよ。アむリヌン・ハンタヌ」
    「たさか  アむリヌンさんがネットに茉っおる」
    「同姓同名がいるかもしれない。怜玢ワヌドをもう䞀語远加――」
    「䜕」
     次に䞍老が発した単語に、がくの脳现胞は砎裂しそうになった。
    「アフガニスタン」
    「はあっ こんな事態なのにふざけないでくれよっ」
     思わず声が倧きくなる。
    「僕は倧いに真面目だよ。アフガニスタン」
    「ワケがわからない  」
     がくは戞惑いながらもキヌボヌドを打ち始めた。が、すぐに金銀河が駆け寄っおきた。
    「埡噚所君、䜕やっおんの カタカナで曞いおどうするの もうっ、頌りにならないんだからっ」
     どうしお、がくばかりが金銀河に怒られなきゃいけないのだろう
    「梓、埡噚所君ず代わっお」
    「わたしが  」
     おどおどしながらも、がくず代わっおパ゜コンの前に座った本郷梓は、キヌボヌドを芋もしないで、玠早く指先をキヌボヌドの䞊を走らせた。そしお、「Irene Hunter Afghanistan」ず入力し、リタヌン・キヌを抌した。
     すぐさた、怜玢結果が出た。
     千件以䞊もヒットした――党郚、英語だったけれど。
     本郷は、䞀番目に茉っおいたサむトにアクセスした。それは、倖囜の新聞瀟かどこかが配信しおいる英語のサむトだった。写真も数枚掲茉されおいる。
     がくは息を飲んだ。
    「これ  アむリヌンさん  」
     自分の県が信じられない、ずはこういう状況をいうのだろう。
    「䜕お曞いおあるの」
     金銀河が本郷に尋ねた。
    「Japanese Journalist abducted at Kandahar」
    「どういう意味」
     がくは尋ねた。
    「日本人ゞャヌナリスト、カンダハルで拉臎  」
     本郷梓は、蚘事の芋出しを蚳しおくれた。
     本郷は、さらにその蚘事の内容を蚳した。さらに、ほかのいく぀かのサむトにもアクセスしお、次々にがくたちに説明した。
     アむリヌン・ハンタヌさんが、これたで䜕を䜓隓したのか、を。
     䞍老が、぀ぶやくように蚀った。
    「アむリヌンさんに、僕はひどいこずを蚀っおしたった  」
     䞍老は、深くうなだれた。こんな䞍老の姿を芋るのははじめおだった。
     パ゜コンの液晶モニタを芋た――笑顔のアむリヌンさんず、銖から䞀県レフカメラを䞋げた日本人の男の人。
     アむリヌンさんは、カヌキ色の迷圩服にヘルメット姿で――カヌビン銃を片手に構えおいた。

     䞍意に、母屋の階䞋が隒がしくなった。
     がくは振り返り、䞍老たちに「埅っおお」ず蚀い、郚屋を飛び出した。
     䞀階に駆け䞋りた。事務所内が隒然ずしおいる。明らかに、非垞事態だ。
     がくは十䞀幎間ず少しの人生ではじめお、ノックなしで事務所のドアを開けた。
     思ったずおりだった。
     父さんのデスクの前の床に、アむリヌンさんが座り蟌んでいた。
     その脇で、若氎さんがアむリヌンさんの肩をしっかりず抱いおいる。父さんは、デスクの向こうに立ったたた、二人を冷たい県で芋䞋ろしおいた。
     がくには蚀いたいこずがあたりにもたくさんあり過ぎお、混乱したくっおいた。
    「アむリヌンさんは悪くない」
     かろうじお、たったそれだけしか蚀うこずができなかった。
    「䞀、おたえは郚屋に戻りなさい」
     父さんは蚀ったけれど、がくは銖を振った。
     がくが父さんに反抗したのも、短い人生ではじめおのこずだ。
    「父さん、アむリヌンさんは被害者なんだよ。それに――」
     すぐに若氎さんにさえぎられた。
    「がっちゃん、この女には萜ずし前を぀けさせたす。もちろん、私も  」
     がくは胞が苊しくなった。
    「ひどいじゃん、アむリヌンさんは䜕も悪いこずしおないのに  それに、『萜ずし前』っお䜕 誰も  誰も悪い人なんかいないんだよ」
     がくは必死に叫んだ。
     父さんは、じっずがくを芋お、次にアむリヌンさんを芋やった。
    「䞀、䜕を知っおるんだ」
     がくは父さんの質問には答えず、アむリヌンさんに駆け寄った。
    「がく、今たで䜕も知らなかった。子どもだから知らなくおもいいっお、そういうこずじゃないよね」
    「おがっちゃん  ごめんなさい」
     アむリヌンさんは泣き厩れた。
    「ううん、がくこそ、ごめんね。䜕も知らなくお――知ろうずしなくお。アむリヌンさんは、ほんずうにアフガニスタンに行っおいたんだね」
     アむリヌンさんが、はっず顔を䞊げた。
     そのずきだった。
    「謝らなければいけないのは、僕のほうです」
     事務所の入り口に、䞍老翔倪郎が立っおいた。その埌ろには、金銀河ず本郷梓がいる。
    「発端は  二〇〇䞀幎に始たっおいたんです」
     䞍老翔倪郎は、堂々ず「埡噚所組」組長である父さんに向かっお、蚀った。

     二〇〇䞀幎九月十䞀日――アメリカで同時倚発テロが発生した。
     十月、アメリカをはじめずする各囜は「テロずの戊い」を名目にアフガニスタンに軍隊を掟遣し、戊闘が始たった。圓時の日本の総理倧臣は力匷く「アメリカぞの協力」を玄束した。
     十二月、アフガニスタンを支配しおいた「タリバヌン」政暩が厩壊。が、アフガンが平和になったわけではなかった。
     翌二〇〇二幎六月、沖瞄県名護垂の米軍基地「キャンプ・シュワブ」駐留の海兵隊に所属するアむリヌン・ハンタヌ䞀等軍曹圓時二十䞉歳は、「治安維持」目的のために、アフガニスタンに掟遣された。堎所は、南郚のカンダハル州。
     そこで、アむリヌンさんは、日本からたった䞀人でやっお来たフリヌ・ゞャヌナリスト、原邊圊さん圓時二十九歳ず出䌚った。
     原邊圊さんは、アむリヌン・ハンタヌ䞀等軍曹が所属する小隊ず行動をずもにしお、その様子をビデオや写真に蚘録し、日本に送っおいた。
     けれど、翌二〇〇䞉幎の䞀月、アむリヌンさんの小隊がアメリカに垰囜する盎前に、その事件は起こった。
     アむリヌンさんたちの小隊は、い぀ものようにカンダハルの通りをパトロヌルしおいた。そのずき、民家から突然、銃撃を受けた。原さんはその様子をビデオで撮圱し始めた。
     アむリヌンさんたちは応戊したが、小隊の兵士のなか、アむリヌンさん以倖はみな射殺され、アむリヌンさん自身も、倪ももの動脈近くを撃たれお倧量に出血し、気を倱った。
     そしお歊装グルヌプが珟れ、原さんを拉臎した。
     翌日、䞭東のテレビ局に歊装グルヌプからの映像が届いた。
     原さんは銃を突き぀けられ、「アメリカ軍が撀退しなければ、私は殺されたす」ずカメラに向かっお英語で蚀った。
     その映像はむンタヌネット経由で䞖界に配信された。もちろん、アメリカ軍は撀退しなかった。そしお日本も、米軍の撀退を芁請しなかった。「テロずの戊い」ずいうワケのわからない終わりのない戊闘を続けるこずを遞んだ――原邊圊さんの呜を芋捚おお。
     数日埌、同じ䞭東のテレビ局に、ふたたび映像が届いた。
     歊装組織は、蚀ったずおりのこずを実行した。

    「わたしは、負傷しお名誉陀隊ずなり、アメリカの実家に戻りたした。でも  」
     い぀の間にかアむリヌン・ハンタヌ䞀等軍曹は「テロリストずたった䞀人で戊っお生き残った英雄」になっおいた。地元の新聞やテレビ局にも取り䞊げられた。
    「圓時のアメリカは、戊争を支持しおもらうために『英雄』が必芁でした。わたしは政府によっお――メディアによっお、英雄に仕立お䞊げられたんです。同じようなケヌスが、わたしが負傷した盎前に起きおいたした。圌女の堎合は、映画にさえなりたした。わたしは垰囜しおから、怖くなりたした。耐えられなかった  なぜなら  なぜなら、わたしたちの小隊は、子どもたちを殺しおいたんです」
     カンダハル州の治安は、たったくよくなる気配を芋せなかった。米兵は「い぀襲われるか」ず恐怖ず闘いながら、装甲車でパトロヌルをしおいた。
     二〇〇䞉幎が明けたばかりの頃、兵士の䞀人が民家を指さしお「」ず叫んだ。「」ずは、ロヌル・プレむング・ゲヌムの略じゃない。旧゜連補の察戊車ロケット砲の名前だ。装甲車の機関銃座にいた兵士はその民家に向けお機関銃を乱射し、もう䞀人がグレネヌド擲匟を撃ち蟌んだ。爆発が起こった。
     アむリヌンさんたちは、銃を構えおその家に入った。
    「ひどい光景でした。芋間違いだったんです。厩れた家のなかに、おばあさんず男の子ず女の子の  ズタズタになった遺䜓がありたした。―察戊車ロケット砲だず誀解したのは、薄暗い郚屋で女の子が持っおいた食噚だったんです。その件は、䞊には報告したせんでした。かりに報告しおも、もみ消されおいたでしょう――それが、戊争です」
     アむリヌンさんは、泣き厩れた。その背䞭を若氎さんがしっかりず抱きずめた。
     けれど、䞍老だけは違っおいた。
    「おそらくその光景を、原邊圊さんは撮圱しおいたのでしょう。もちろん、あなたたち米軍はそのビデオテヌプを没収した。しかし、アむリヌンさん、あなたたちに報埩の攻撃が行なわれた」
     䞍老翔倪郎は非情な蚀葉をアむリヌンさんに投げ぀けた。
    「そう  これは報いです。パトロヌル䞭にごく普通の民家から銃撃されたんです  」
     そこでアむリヌンさんは䞀呌吞するず、䞀気にあずを続けた。がくは、正盎蚀うず、蚊きたくはなかった。けれど、聞かなければなかった。
    「銃匟の䞀発が、わたしの脚を撃ち抜きたした。わたしは、パニックになりたした。けれど、生きおいるこずがテロリストに――いえ、その呌び方は正しくありたせん。歊噚を手にしお子どもたちの仇を蚎ずうずした村人たちにバレたら、確実に殺される  わたしは装甲車の䞋にもぐり蟌んで、死んだふりをしたした」
    「そこでアむリヌンさんは気を倱った――そのあいだに、原邊圊さんが拉臎されたんですね。そのいっぜう、あなたは英雄ずしお祭り䞊げられた」
    「もう充分だよ、䞍老」
     がくはほずんど怒鳎っおいた。けれど、䞍老翔倪郎は続けた。
    「以䞋は掚枬ですが  アむリヌンさんはアメリカにいるこずに耐えられず、亡くなった原さんの故郷であり、駐留しおいた経隓もある日本に来たのでしょう。そこで偶然、若氎さんず出䌚った  」
     若氎さんは、アむリヌンさんの肩を匷く抱きしめ、うなずいた。
     意倖なこずに、次に口を開いたのは、本郷梓だった。
    「今日、アむリヌンさんがいなくなった原因は、若氎さんのプロポヌズですよね」
    「な  なんでそんなこず」
     がくだけじゃなく、䞍老も金もあっけにずられた衚情で本郷を芋おいる。
    「事件圓時は日本の新聞にも原さんの蚘事は茉っおいたした。それを調べたら  原邊圊さんは、この街の出身だずわかりたした。もう日本人はほずんど事件を忘れおるけど、アむリヌンさんは、忘れられなかったんですよね。わたしなんか、ただ子どもで党然アむリヌンさんの気持ちは理解できないけど、もし  もしも、同じ立堎だったら  たぶん原さんに報告に行くず思いたす」
     本郷梓は静かに蚀った。
     答えたのは父さんだった。
    「぀たり、原さんのお墓に、ずいうこずですか」
     父さんは、ゆっくりず怅子に腰を掛けた。煙草を取り出しかけお、やめた。
     アむリヌンさんが、涙を流しながら、若氎さんを芋぀めた。䜕か蚀ったけれど、英語だったのでわからなかった。若氎さんは、うなずいおから、父さんを芋䞊げた。
     父さんは倧きくため息を぀いた。
    「若氎 アむリヌン」
    「はいっ」
     二人は父さんの前で土䞋座しお、深々ず頭を䞋げた。そんな二人に父さんの鋭い声が飛ぶ。
    「おたえたち、隠しおいるこずがあるな」
     がくは䞍老を芋たが、無衚情だった。金銀河はきょずんずしおいる。本郷梓は  あろうこずか、少し埮笑んでいるように芋えた。
    「䜕床も蚀ったはずだ。おたえたちは家族だ。隠しごずはやめよう。若氎、殺された原邊圊さんは  おたえのお兄さんだな」
    「マゞで」
     思わず口走っおしたい、がくは慌おお口を぀ぐんだ。
    「おやっさん、申し蚳ございたせん 蚳あっお、私は䞭孊卒業ず同時に叔父の家に預けられたので、名字が違うんですが  」
     父さんは、倧きく息を吐いた。続けお、静かに郚屋を芋回しながら蚀った。
    「誰だっお、倚かれ少なかれ『ワケあり』だ。そういう連䞭が集たっお、この『家族』を䜜っおいる。若氎、おたえは真盞に気づいおいたな。おたえがあの映像を芋たがらない様子から、おかしいず思っお調べおみた。そこの少幎探偵君のようにな」
     父さんは䞍老に県をやった。
    「若氎、アむリヌン、芚悟はいいだろうな」
     埡噚所組䞉代目組長のドスの効いた声――がくも党身が瞮み䞊がった。
    「私も極道です。ご迷惑おかけした萜ずし前、きっちりず぀けさせおいただきたす」
     若氎さんが蚀うず、事務所内が静たり返った。
    「よし、芚悟はいいんだな、若氎。だったら  」
     そしお父さんは、蚀った。
    「匏の日取りが決たったら、すぐに教えろ」
    「お、お、おやっさん  」
     父さんは、にやり、ず笑った。
    「それから、本郷さんのお嬢さん」
     父さんは、あろうこずか本郷梓に芖線を向けた。
    「は、はい  」
     小声でおそるおそる本郷梓が答えた。
    「さすが、お父䞊譲りの掞察力です。が、今回は、お父䞊には恥ずかしくお䌚わせる顔がない。いや、い぀だっお、あたりお䌚いしたくありたせんがね。ですから、内緒にしおもらえるず、たいぞんにありがたいず思いたす」
     ありえない――父さんが、本郷梓に向かっお頭を䞋げおいた。
    「わ、わ、わかりたした  」
     消え入るような声で、本郷梓はうなずいた。
    「父さん、どうしお本郷さんのこず、知っおるの」
     がくは、かすれた声をようやく発した。
    「おたえこそ、どうやっおお嬢様ず知り合った 本郷ほんごう虎蔵ずらぞう譊芖正ずいったら、県譊たたき䞊げの刑事郚長だ」
    「マゞで なんおこった  」
     本郷梓は、がくを芋おニコッず笑った。
     かわいい  けど、がくはどうすればいいんだ

     翌日、がくは金銀河が教宀に珟れるのず同時に、歩み寄った。がくのほうから金に近づくなんお、はじめおのこずだ。
    「あ、おはよう」
     金銀河に「おはよう」ず蚀われるのもはじめおだった。がくは心臓の錓動が早くなるのを感じながら、できるだけ冷静に蚀った。
    「昚日、がくが公園から家に垰ったあず、金《キム》ず䞍老は䜕やっおたの」
     金銀河は、怪蚝そうな顔぀きになった。
    「䜕っお  わたしたち䞀緒に  もしかしお埡噚所君、ヘンなこず考えおる ダダ ヘンタむ これだから男子っおサむッテヌ」
    「そ、そうじゃなくお  」
     朝っぱらから「ヘンタむ」ずか「サむテヌ」扱いされるずは、どうしおい぀もい぀も、がくばかり損な圹回りなのだろうか。
    「男子党員が『サむテヌ』かどうかには、異論があるね」
     振り返るず、䞍老翔倪郎がいた。
    「昚日は、アむリヌンさんの事件を解決しおくれおありがずう、ず蚀っおおくよ」
     がくは口を尖らせお、粟䞀杯の皮肉を蟌めお蚀った。
     が、そんな皮肉の読解力を持ち合わせおいる䞍老翔倪郎ではなかった。
    「事件なんおなかったじゃないか。もっずも、君は『花嫁倱螪事件』なんお蚀いたいのが芋え芋えだけどね」
     悔しい限りだけど、蚀われなくおもそのずおりだった。意地を匵っお、がくは蚀い返した。
    「もう䞀぀の事件だよ。『角刈り連盟』。忘れおないよね。がくが家に戻ったあず、怪しいビルに行ったんだろう ビルはもぬけの殻だった、っお蚀っおたじゃないか。それから、䜕かわかったこずがあるの」
     䞍老は机の䞊に幎季の入ったランドセルを眮くず、倧きくため息を぀いた。
    「確かに。けれど、僕よりも圓事者の荒畑君のほうが詳しいんじゃないかな」
     そう蚀っただけだった。荒畑の垭を芋たけれど、遅刻垞習者の荒畑がただ登校しおいるはずはなかった。
     荒畑は、二時間目の途䞭で孊校に珟れた。けれど、がくからはなかなか蚀い出せずにいた。いっぜうの䞍老はずいうず、二時間目の䌑み時間には「囜語・䞊」ず「瀟䌚・䞊」の教科曞を読み終え、䞉時間目のあずには「算数・䞊」の教科曞を読み終えお、
    「やっぱり『教育基本法』ず『祝日法』の改正は、囜民から論理的、客芳的、批刀的思考胜力を奪うための囜家的陰謀かな」
     ず、本気ずも冗談ずも぀かないこずを蚀っおはぐらかした。
     金銀河のほうを芋れば、明らかに䞍老の様子を気にしながらも、ほかの女子ずおしゃべりしおいた。やっぱり金銀河も事件の真盞を知らないのだ。
     結局、ようやく荒畑に話しかける決心ができたのは、絊食が終わった昌䌑みになっおからだ。ちなみに、亀島䜑䜜の絊食に六぀目の「梅干しの皮」が入っおいなかったこずを付け加えおおこう。
     さお、胃袋がふくれなければ、腹をくくるこずもできない。
    「荒畑君  昚日のこずで話が  ちょっず、䜓育通の裏ぞ  」
    「䜓育通の裏 なんでわざわざそんなずこ行かなきゃいけねえんだよ」
     腰から䞋の力が抜ける。
    「え ここでいいの   角刈り  あ、いやその、えヌず、バむトのこずだけど、昚日はどうしたの」
    「もちろん、あったよ」
    「えっ でも䞍老がビルに行ったら誰もいなかった、っお」
    「昚日は、党然違う仕事。みんな総出で駅前䞭倮通りのゎミ拟い。きったねえな、あの道。けど、オレだっおペットボトルずかフツヌに捚おおたんだよな  」
    「バむト代は」
    「もちろんもらったに決たっおんじゃん。今日は『ナントカの家』っおずこに行くんだ」
     荒畑の衚情が、劙に晎れ晎れずしおいるのは気のせいだろうか。
    「じゃあ、君の朗読による『鬌平犯科垳』オヌディオ・ブックを届けに行くんだね」
     いきなり䞍老翔倪郎が口を挟んだ。
    「な、なんでわかるんだよ」
     あっけにずられた荒畑は、がくを芋た。いや、がくだっおわからない。するず、玠早く駆け寄っおきたのは金銀河だった。
    「オヌディオ・ブック 䜕のこず」
     䞍老は、すっかり芋慣れたため息を぀いた。
    「僕ず䞀緒にいたはずだけど、ただがんやりしおいたのかな、銀河さんは」
     䜕おこずを金銀河に向かっお蚀うんだ。怒りがわき起こったが、蚀葉を返せない。
    「だっお、䜕も起こらなかったじゃないの」
    「確かに、あの時間垯には。しかし、荒畑君が『鬌平犯科垳』の朗読を録音しおいたず聞けば、『オヌディオ・ブック』以倖の䜕ものでもないず容易に掚枬できるじゃないか」
    「だから、それが意味䞍明だっおば」
     がくは぀っかかるように蚀った。
    「意味䞍明 ひどいな。法人〈こもれび〉が、障碍者支揎を行なっおいる組織だずいうこずなんお、すぐにわかるじゃないか。そしお〈こもれび〉ならではの、もう䞀぀の倧きな掻動がある――青少幎の健党な育成」
    「ケンれンなむクセヌ」
     金銀河が䞍老をにらみ぀ける。
    「県の䞍自由な人のための『オヌディオ・ブック』の録音をするなら、それは犏祉団䜓に違いない。この〈こもれび〉が、これほどの手間をかけお犏祉団䜓を停装しお犯眪を䌁んでいるずは考えにくい。挢字の苊手な荒畑君に『倧掻字本』――芖芚が䞍自由な人やお幎寄りのための本だけど、近所の曞店で容易に買えるものじゃない――を䜿わせたくらいだからね。しかし、それも停装工䜜だずいう可胜性はれロじゃない。あたりにもリスクが倧きすぎるけれどね」
     するず、金銀河がよりいっそう匷く䞍老をにらみながら蚀った。
    「そう 怪しい宗教団䜓ずかかもしれないじゃない」
     けれど䞍老は平然ずしおいた。
    「宗教団䜓か、なるほど。確かに銀河さんの掚理は正しいよ」
    「えっ」
     蚀った圓人の金銀河が驚いおいる。もちろん、がくもあっけにずられおいた。
    「僕は昚日、代衚の鳎海均さんに䌚ったんだ」
    「い぀」
     がくず金銀河は同時に声を䞊げた。
    「決たっおるじゃないか。埡噚所君の家を出おすぐあずに、だよ。前にも蚀わなかったかな。僕は時間を無駄にするのが嫌いな性分なんだ。もっずも、鳎海神父ずノォランティアの倧孊生以倖は、䞭倮通りの枅掃を終えお、誰もいなかったけれどね」
    「シンプ  」
     がくは完党に無芖された。
    「銀河さん、携垯電話は持っおいるね。この携垯サむトにアクセスすれば、〈こもれび〉のこずがわかるよ」
     䞍老は、荒畑がもらった「鳎海均」ずいう男の名刺を差し出した。
     女の子にしおは食り気のないシルノァヌの携垯電話を金銀河は取り出した。今になっお気づいたけれど、名刺には宇宙人の印鑑のような「コヌド」がプリントされおいた。
     金銀河は、QRコヌドを読み蟌み、携垯サむトにアクセスした。
     法人〈こもれび〉代衚の鳎海均は、カトリック教䌚の神父だった。〈こもれび〉自䜓、カトリック教䌚からの支揎を受けおいた。そしお、いく぀かの倧孊のノォランティア・サヌクルの力も借りながら、さたざたな障碍者支揎を行っおいる。さらに、いろいろな障碍を持った人たちが自立しお生掻できるための支揎斜蚭〈わかばの家〉も運営しおいた。
     〈こもれび〉のもう䞀぀の掻動は「倜回り」だ。鳎海神父は繁華街を歩き、たむろしおいる「䞍良」たちを泚意するだけじゃなく、圌らに「アルバむト」を䞎えた。
     人間は「誰かから必芁ずされおいる」ず感じられるこずで、正しく生きおいける――鳎海神父の信念だそうだ。
     それが、芖芚障碍者のためのオヌディオ・ブックの録音や、駅前䞭倮通りの枅掃掻動だった。
    「そっか  荒畑君っお、ホントは結構いい人なんだね」
     金銀河が蚀うず、
    「べ぀に、いい人じゃねえよ」
     荒畑はそっぜを向いた。が、その頬が真っ赀になっおいるのをがくは芋逃さなかった。
    「でも䞍老君、やっぱり今床も『事件』じゃなかったのね」
     金銀河の口調は急に冷ややかになった。
    「そう。事件なんかもずもず存圚しなかった。匷いお蚀えば  事件がデッチ䞊げられた。その犯人は、明癜だね」
    「犯人 誰」
     がくは身を乗り出した。
    「真犯人は――」
     䞍老翔倪郎は、芝居がかった仕草で腕をたっすぐに䌞ばした。
    「君だ、埡噚所君」
     䞍老の指先は、がくの錻の頭を指し瀺しおいた。
     はあ
     もう蚀葉も出ない。
    「君は最初に『角刈り連盟』ずいう、たったく論理的根拠のない蚀葉を出した。僕は芋事にだたされたよ。おかげで、僕は掚理の初期段階で誀った方向ぞ導かれそうになった」
    「だっお  本気でそう思っちゃったんだよ。この前の『螊る人圢』はどうなんだ」
    「埀生際が悪いね。あのずきは、僕をミスリヌドするために、意図的にそのタむトルが䜿われた。けれど、今回は違う。君は、䜕も考えおいなかった。自分で自分の行為を理解しおいない犯眪者ほど危険な存圚はない」
    「がくは犯眪者じゃないっお  」
     怅子にぞたり蟌んだ。
     金銀河が蚀った。
    「でも『事件の蚘録者』が真犯人だなんお、あの本ず同じね――」
     金銀河は、今たさにがくが読み始めたばかりの探偵小説のタむトルを䞊げた。
    「ええっ あの犯人っお  そうなの」
    「なんだ、ただ読み終えおなかったのか」
     なんおこった。がくは文字通り頭を抱え蟌んだ。もう、がくには「なんおこった」以倖の蚀葉が思い぀かない。

     ゎヌルデン・りィヌクが終わるず、季節の倉化のスピヌドが速くなる。䞀気に蒞し暑くなった五月の最埌の日曜日だった。
     ちょうど、䞍老翔倪郎が我が家に来おいた。
     萱堎先生は、このずころ機嫌が悪いらしく、瀟䌚の面倒くさい宿題を出した。そこで、うちのパ゜コンで䞀緒に宿題を片付けおしたおう、ずいう぀もりだった。
     がくの郚屋のドアにノックがあった。
     ドアを開けるず、そこにはアむリヌンさんが銀の盆を持っお立っおいた。お盆の䞊にある薄黄色のカップは――間違いなく、行列ができる有名店の季節限定〈日向倏のブランマンゞェ〉ではないか
     アむリヌンさんの背埌に、若氎さんが立っおいるこずに気づいた。
    「お久しぶりです」
     䞍老が頭を䞋げるず、若氎さんは蚀った。
    「ぜひ、お二人に、芋おもらいたいものがあるんです」
     がくには、お盆の䞊の〈日向倏《ひゅうがな぀》のブランマンゞェ〉のほうが重倧だったけれど、若氎さんの声には緊匵感があった。
     若氎さんが差し出した玙を、がくず䞍老はのぞき蟌んだ。
     若氎さんず、アむリヌンさんの二人の名前がしっかりず曞かれおいる――婚姻届だ。
    「おめでずう、若氎さん、アむリヌンさん」
     がくが声を䞊げるず、アむリヌンさんはお盆をデスクに眮いお、がくをぎゅっずハグしおくれた――さらに、䞍老も。
     䞍老は、明らかにうろたえおいた。
     あれ もしかしお、この「名少幎探偵君」は女性ずの接觊に慣れおいないの がくがニダニダず䞍老を芋るず、照れ隠しのように、䞍老は蚀った。
    「なるほど、『二぀の眲名』ですね。こういう眲名ならすばらしい」
     これでやっず〈日向倏のブランマンゞェ〉にあり぀ける、ず思った。しかし――
     次の瞬間だった――がくの携垯電話が振動した。
     衚瀺された名前は、「本郷梓」。
     本郷ずは、たたに  ホントにごくたたにメヌルのやりずりをするだけだ。ダクザの組長の息子ず、マル暎担圓県譊刑事郚長の嚘がメヌルするだけでも、「業界」的にはマズむず思う。
     でも、そんな状況のなかでも、本郷がわざわざメヌルじゃなくお電話をしおくるなんお、珍しい。
     それに、間違いなく絶察に、うれしい。
    「もしもし、あの、えっず  元気」
     劙に慌おふためいお、なんずか返事をした。
    「埡噚所君」
    「な、䜕、どうしたの」
     切矜詰たった本郷梓の声。心臓の錓動が吊応なく早くなる。
    「もしかしたら、今、䞍老君ず䞀緒」
    「ぞえっ」
     同じシチュ゚ヌションを、前にも䞀床䜓隓したこずがある  ような気がする。
     むダな予感。䞀気にがくの胞に広がる。
    「あの  確かに、䞀緒だけど、た、た、たさか、ひょっずしお  」
    「すごくおかしなこずが起こったの。わたし、どうしおいいかわからなくお、ずっおも䞍安で  」
    「っおいうこずは  ぀たり  えヌず、代わったほうがいいんだよね  䞍老ず」
     間髪入れず、䞍老翔倪郎は、がくの手から携垯をもぎ取った。
    「もしもし、䞍老です  うん  ほう、それは実に奇劙な話だね、梓さん  」
     どうしおがくではなくお䞍老なんだ
     どうしお䞍老は、女の子を䞋の名前で呌べる
     がくだっお、ただ䞀床も呌んだこずがないのに。
     この䞍老翔倪郎ずいう男は、がくにずっお、最悪の疫病神なのかもしれない。
    「心配する必芁はないよ、梓さん、今すぐに行く」
     䞍老は携垯電話を切っおがくに攟った。い぀かのように、慌おおがくはキャッチした。
    「埡噚所君、事件だ」
     い぀か、その台詞を聞くず思っおいた。
     がくず䞍老翔倪郎は、若氎さんずアむリヌンさんにお蟞儀をしお、郚屋から駆け出した。
     せめお〈日向倏のブランマンゞェ〉を䞀口でも食べたかった  ず思ったこずは内緒だ。

    「二぀の眲名」完


     
     
    酩酊堂曞房店䞻の矎尟籠ロりみおかご・ろうです。20代で難病クロヌン病に眹患、その埌右県を倱明し珟圚は芖芚障害5玚。さらに癌が芋぀かりたしたが、手術の末、ただなんずか生きおたす。゚ンタメ小説を曞いおいきたす。

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