
勝手にライバル
今住んでいるオーフスのアパートメントには、小さなバルコニーがついている。
どの部屋のバルコニーもだいたい同じサイズで、使い方はそれぞれ違う。バーベキューセットを置いて食事を楽しむ人、椅子だけを置いて空間として使う人、植物でいっぱいにする人。
それぞれ自由なはずなのに、すぐ近くで誰かが静かに闘志を燃やしているような気配を感じる。
我が家のバルコニーは植物が中心だ。IKEAで買った折りたたみのテーブルと椅子も置いてあり、春から秋にかけてはもう一つの部屋のように使っている。
カフェにもなるし、読書をしたり、夜にはワインを飲む場所にもなる。
ただ、このバルコニーの主役は旦那さんだ。私はほとんどノータッチで過ごしているが、彼は違う。
秋になる頃には、翌年に植えるための花の種を集めている。まだ冬も来ていないのに、頭の中はもう春だ。
そして年が明ける前には、準備が始まる。
ボイラー室のようなその場所は、この時期だけ“ベビールーム”に変わる。
植物用のライトが一日中つき、種から芽が出るのを待つ小さな工場のような場所だ。
朝も夜も、彼はそこを何度ものぞきに行く。水をやり、光の位置を変え、並べ替え、ただ見守る。
種を植えるのが早すぎませんか?と何度も言いかけた。でも本人は、そんなことはまったく気にせず、せっせとお世話をしている。
その姿は、植物を育てているというよりも、違う生き物を育てている感覚に近い。
春になると、その準備の成果が一気に形になる。バルコニーの景色は一変する。
スーパーや花屋で買ってきた苗と、種から育てた花たちが組み合わさり、バルコニーは完成形へと向かう。
鉢をただ並べるのではなく、縦にも大中小と重ねるように配置していく。いわば三段活用だ。
最初からその“レイヤー”を計算して、植える場所まで決めている時点で、プロフェッショナルのさらに先に行っている気がする。
彼の目的ははっきりしている。
誰よりも、植物であふれかえったバルコニーにすること。
花や葉でフサフサにし、鉢がほとんど見えなくなるくらいがベストなのだ。
気づけば彼は、近所のバルコニーをハンターの目のような鋭さでそれとなく観察している。
あの家はどう植えているか。あの階はどれくらい緑があるか。
誰かと話すわけでもないのに、勝手に静かなライバル関係が始まっている。
私はその横で、ただ思う。
この界隈のアパートメントの中で、いちばん本気で植物と向き合っているのは、間違いなく彼だ。
そしてその戦いには、相手がいるのかいないのか、よくわからないまま続いている。
きっとライバルは誰もいないまま。



