【列島諸国遠征】part1 名古屋出発編


まずはこちらの図を見ていただきたい。

これは私の2026年4月地点での「経県値」である。 お分かり頂ける通り、埼玉県に産まれてこの方西日本への行く機会が殆どなかった私にとって、名古屋以西の世界はまさに未知の領域であった。

中学の修学旅行では神戸と京都には宿泊した。神戸と言っても泊まったのは六甲アイランドであるから神戸の市街地はほとんど通過したに等しく、大阪も通過、ほとんどは奈良と京都を歩いた記憶のみであり、それさえもほとんどは有名どころの寺院を掻い摘んで見てまわったに過ぎない。

そもそも西日本に疎遠でも親戚がいないため仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが、にしても旅行でも関東甲信越から出ることも稀であったために(沖縄を除く)静岡より先の景色を見る機会は生まれてこの方一度も訪れなかったのである。

しかし大学生になってようやく機会が巡ってきた。高校生時代は宿泊を伴う旅行というのはあまり簡単なものではなかったが、受験も終わり、ある程度まとまった貯金もあったので、どうせなら西日本の開拓にとどまらず北海道や東北を含む全都道府県制覇というのに挑戦してみよう─────そう思い立つまでに時間はかからなかった。まあ実のところ受験期の段階ではすでに構想はあったので即断即決というわけではないのだが。

私は基本的に日本の大部分は「初見」である。大部分は関東の、それも埼玉東京という狭い世界での視野しか持たない。そのため、もしかすると私が他の土地の街並みや風土を見て感じるその体験は現地の人にとってはわりと貴重な視点になるかもしれない。そんなわけで本シリーズでは、私が全都道府県を制覇するまでの道のり、訪れた場所やその土地で感じたこと、体験などを気ままに書き連ねていけたらと思う。

シリーズ名「列島諸国遠征」というのは完全に私が考えた造語である。列島とはもちろん日本列島のことである。「諸国」とはいうがここでいう諸国は別に外国を含むものではなく旧律令国の「国」のことであり、よく用いられる「全国」という語のニュアンスとそう変わらない。 こういった名前を付けるなら旧律令国すべて制覇するのが筋というものかもしれないがまあよいだろう。とりあえずそれは全都道府県制覇がおもったより早い段階で達成されてしまった場合にとっておくことにする。

ちなみにこの記事を書いている時点ではすでに九州や四国にも上陸を達成している。(といっても香川と福岡だけだが)なのでしばらくは過去のスタックを消化していくという形になるのはご了承願いたい。あとこのシリーズは1度の旅行のみで完結するものではなく、何度も旅行を重ねるうちに全都道府県の制覇をめざすという構成になっているというのも一応ご承知願いたい。

それでは本編どうぞ

2026年

日本の玄関口、東京駅

旅の第一弾は、名古屋・大阪への旅路であった。
実のところこの旅の主目的は都道府県の制覇そのものではなく、奇跡的に予約に成功した「サンライズ瀬戸・出雲」に乗ることにあった。なるほどだったら出雲か高松まで行くのだなとお思いかもしれないが、別にそういうわけではない。

夜行列車は大阪から東京への帰宅に使用するつもりである。そのためこんな深夜に東京駅にやってたのは、夜行は夜行でも夜行バスに乗るためであった。

思えばかつて寝台車が全国を駆け巡った時代からしてみれば、夜行バスというのは殆ど完全にそのシェアを奪うことに成功しているなと思う。当時とは比較にならないほど充実した高速道路網、これをフルに活用した高速バスは安さ、高速性、行先の多さという点で3つ兼ねそろえた最強の乗り物である。

全く素晴らしい乗り物を思いついたものだ。なんせ安い時には新幹線の1/4くらいの値段で大阪や名古屋に行ってくれるし、ついでに宿代も浮かしてくれる。唯一欠点があるとするならば乗り心地くらいなものだろう。
唯一欠点があるとすれば…….




名古屋駅

その欠点は私が想像していたよりも遥かに大きかった。
まず全く寝れない。姿勢も安定しないし、頭が永遠と振られて気持ち悪くなって名古屋到着寸前には立っているのもやっとなふらふら状態となっていた。平気な顔してバスから飛び降りてくる方々はなんなんですか特殊な訓練でも積んでいらっしゃるのか

体調の回復には1時間ほどを要した。到着時間がたしか午前5時半ごろだった気がするのでとりあえず名古屋駅周辺をめぐってみるも電車は恐らく走ってはいるがやっている店は殆どない。目の前に聳え立っていたのは名古屋駅の駅ビルにして、世界一大きな駅ビルのギネス記録を剥奪されたことで定評のあるJRセントラルタワーズである。

気分が落ち着いてきて、ようやく実感し始めた。これが名古屋か…..

そりゃあ何度もネットでは見たことのある駅ビルだし、実際何度かマイクラ建築の参考にしたこともあった建物が目の前にある。しかし修学旅行では名古屋なんて通過したに過ぎないのでこちら側の面は初めて生で見た。


とりあえず名古屋に着いたとはいえ、名古屋の観光地といえば最初に思いつくのは名古屋テレビ塔と名古屋城くらいのものである。個人的には街の構造とか雰囲気を味わうだけでも充分観光としては成立する気もするがとりあえずこの2つに行かずして名古屋に行ったということにはならないだろう。どちらも名駅からある程度離れている。
あとは明治村なんかはいつかは行ってみたいと思っているのだが、そもそも名古屋市ではなかったことに今更気がついた。


とりあえず駅周辺を歩きつつ栄方面へと向かおう。しかし名古屋といえばやはりこの駅前の壮大なビル群である。そもそも全体的に平地の広い名古屋はあまりビルを高層化させる意味がないと聞いたことがあるが、顔となる駅前には流石に200m級を揃えているあたり三大都市の威厳というものを感じる。

ただ個人的には少し離れると閑静なエリアに入ってくという印象だった。低層エリアから超高層ビル群が際立つ光景はなんとなく西新宿に似たものを感じる。やはり名古屋で一番の繁華街は栄なのだろう。 

それで、Googleマップを見ていると気になるものを見つけた。

四間道まちなみ保存地区というのを発見する。こんな都心部に保存地区が残ってるというのもなかなか意外だが、古い街並みがあったら寄らずにはいられないということで


来てみた。
住宅街の中を進むと突然に雰囲気が変わり、白壁が並ぶ光景に変化した。
この一帯は1700年に起こった大火の後に道の幅を当時としては白い四間(7m)に広げたことに由来するのだとか。火災に強い建物として土蔵を並べたという経緯は川越の蔵造りの街並みなどに似たものを感じますね。

しかしこの地区は漆喰の白壁がかなり特徴的。漆喰は火災に強いということで当時としてはかなり防火を意識した街区であったことが伺える。

ちなみにこのあたりから北にかけては「那古野」という地名になってるのだが、明らかに名古屋の古地名である。
ここが「なごや」地名の由来なのだろうか?と検索してみると、実際のところこの一帯が昔からなごやと呼ばれていたという事実は確かにあるが、とはいえこの辺りが大元の「なごや」であったというわけでは無さそうだ。

ただすぐ横に流れてるこの水路みたいな川、「堀川」はかなり名古屋発展の歴史と密接に関係している。
古くは名古屋城築城の際に城下町とセットで開削され、城下町や熱田神宮、東海道などの主要街道とも接続した物流の大動脈だったらしい。

するとかつてはこの四間道のあたりが昔の名古屋の賑わいの中心地だったのかなあと思いつつ、


一本隣に入るとまだこんな光景が広がっていた。
え時代劇にでも迷い込んだ?
こちら側は特に案内で示されてなかったので、民家に紛れていきなりこれが現れた驚きは凄かった。今思えばそこまで何軒も連なってたというわけではなかったのだが、

これに関してはなんで残ったのかよく分からないが.......本当になんで残ったんですかね?たしかに東京でも空襲から免れた土地では割と古い建物な残っていたりはするが、江戸時代の建物となると遥かに少なくなる気がする。

江戸時代の普通の住居がそのまま住宅街に残ってるというのはこれだけの大都市だとなかなか珍しいだろう。暫く後に紹介することにはなると思うが、大阪でも適塾という江戸時代の建物が都心の一等地に佇んでいたりしたとはいえあれは重要文化財に指定して残されてきたものである。


バスで名古屋に到着したのが5時半すぎ、それから暫く歩き続けて流石に酔いもさめ、だんだんお腹も空き始めた。というわけで名古屋のモーニングを食べに行こう。



/やあ\

普通に全国展開してるコメダ珈琲だが、知っての通り発祥は名古屋である。実は今まで一度も入ったこと無かったのでちょうど良いでしょう。
というか名古屋市民にとってコメダ珈琲ってどう思われてるのだろうか?福岡市民にとっての一蘭みたいな扱い受けてたら現地の人の反感買いそうな気もするが、まあ......いいか

後で調べたところ名古屋市民のコメダ珈琲への好感度はかなり高いとのこと。なら全く問題ないでしょう




今回モーニングセットを頼んだが、コーヒー1杯頼んでパンは追加料金なのかな?と思いきやコーヒー代だけでパンが付いてきた。流石コメダ珈琲である。
パンと一緒につけるのは小倉あん。小倉というのは京都の小倉山に由来するそうで、発祥自体は名古屋のものではないそうで。でも何となく名古屋のイメージがあるのは大体名古屋のモーニング文化のおかげであろう。

朝食も済んだので、一路栄を目指して歩みを進めていく。

→第二話に続く

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