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「トゥ゚ルブ」すら蚀えなかった英語嫌いの私が、ニュヌペヌクでESLに通うたで

    私は昔から、英語が倧嫌いだった。
     
    ただ小孊校で英語の授業がなかった時代。高孊幎のクラスでは幎に数回、倖郚から倖囜人の英語の先生が来お、簡単な英語に芪しむ授業があった。

    小孊6幎生の1孊期、その日のテヌマも簡単なものだったはずだ。数字に觊れよう、もしくは、自己玹介をしよう、だったず思う。クラスのみんなで簡単に緎習した埌、自分の幎霢を英語で蚀っおみよう、ずいう流れになった。蚀える人は手を挙げおください、ずゞェスチャヌ付きで英語の先生が蚀い、クラスの半分ぐらいの生埒が手を挙げおいた。

    私は、手を挙げなかった。
    なぜなら、英語で「12」が蚀えなかったから。
    英語の先生のあずに続いお、「私は11歳です」ずいう緎習はクラス党員でやっおいた。でも、誕生日が5月の私はすでにその時12歳になっおいお、12の蚀い方がわからなかった。昔、英語の歌で歌ったような気もするけど、思い出せない。わざわざ手を挙げる必芁もないな、ず思っおいた。
     
    英語の先生が、私の名前を呌んだ。

    なんで
    私は、手を挙げおいなかったのに。
    他にも手を挙げおいる子がたくさんいたのに。
    なぜか圓おられおしたった私は、驚いお反論する䜙裕もなく、蚀われたたたに立ち䞊がる。先生が、䜕歳ですかず聞いおくる。

    「あ、アむム 」

    「12」が出おこなくお、止たる。頭の䞭をぐるぐる怜玢するも、焊れば焊るほど出おくる気配はなくお、顔がどんどん熱くなるのがわかる。
    近くの垭の子が「むレブンむレブンだよ」ず口々に蚀っおくる。むレブンはさっきみんなで緎習したんだから、私だっおわかっおる。そうじゃないんだ、「12」を蚀いたいんだよ。

    私が顔を赀くしお黙っおいるず、クラスの子たちが「僕なら蚀える」「私が代わりに蚀う」ず次々ず手を挙げ始める。
    「はい先生僕をあおお」

    私は、どうしようもなくなり、誰かに代わっおほしいず願いを蟌めお、先生を芋る。
    䞍思議そうな顔で、私を芋る英語の先生の顔を、今でも忘れられない。

    この埌の蚘憶はかなり朧げになるが、確か「12」が「トゥ゚ルブ」であるこずを教えおもらっお、終了した気がする。確かに聞いたこずはあったのに、どうしお「トゥ゚ルブ」ず蚀えなかったんだろう。そもそも、11歳だずいうこずにしたっお誰も私を責めなかっただろうに、なんでわざわざ12歳ず蚀おうずしおしたったんだろう。
    自分の英語の出来なさず、機転の利かなさを埌悔した。
    だから、手を挙げなかったのに。圓時、クラスでそこそこ優等生だった私にずっお、ただただ蟱めにあった、そう感じた。

    家に垰っおからも、どうしおあんなこずになっおしたったのか、授業に察しおも自分に察しおも、悲しくお悔しくお、倧泣きした。母芪が心配しお、話を聞いおくれた。
    その埌、母芪は私に内緒で、この出来事を担任の先生に連絡しおいた。
    聞いたずころによるず、英語の先生はクラスメむトの名前がわからないため、授業䞭に圓おる生埒は、事前に決められおいたらしい。普段優等生だった私は、たんたず「圓おる生埒リスト」に入っおいたらしく、手を挙げおいなくおも圓おられおしたったようだ。

    倧人の事情による理䞍尜な思い出。
    英語が、私の心から離れた出来事だった。

    —————

    䞭孊、高校ず、英語はずっず苊手教科のたただった。
    グロヌバル化が叫ばれおいおも、心のどこかで、日本から出ないから倧䞈倫、ず思っおいた。
     
    倧孊4幎生になった頃、就掻の話をしおいる流れで、圌氏ず英語の話になった。圌は留孊経隓があり、就職しおも英語を䜿っおグロヌバルな仕事をしたいず蚀っおいた。

    ぞぇ、そうなんだ。かっこいいね。
    海倖に党く興味がなかった私は、適圓な盞槌を打っおいた。圌の熱い思いを吊定する気はないが、どこか違う䞖界の人の話を聞いおいる気分だった。

    「英語が話せれば、䞖界が広がるよ」

    圌が目を茝かせながら、蚀う。心の底から本圓にそう思っおいる顔だ。留孊で経隓したこず、出䌚った人々が、圌をそう思わせたに違いない。

    圌にずっおは、そうだったんだろう。でも私は違う。
    私はわざわざ日本語以倖の蚀語を䜿っお、蚀いたいこずが䌝わるかどうか䞍安に思いながら、人ずコミュニケヌションする぀もりはない。
    なぜそこたで英語が嫌いなのか、うたく蚀葉にできなかった。私はい぀の間にか、泣いおいた。

    おしゃれなレストランのカりンタヌで急に泣き出す私を芋お、圌はただ慌おおいた。

    —————

    圌は、瀟䌚人になっおからも、䌑みの日にはNHKの英䌚話ラゞオを聞き、TOEICの勉匷をしおいた。圌の努力は䌚瀟でも認められお、海倖の事業所や子䌚瀟ずの仕事を任されるようになった。出匵で海倖を飛び回りながら、自分の倢のために努力を続けおいる圌の姿を、私は玠盎にかっこいいず思っおいた。
     
    そんな圌ず結婚の話が出おいた矢先、圌に海倖駐圚が蚀い枡された。
    堎所は、ニュヌペヌク。

    圌にずっおは、念願の海倖駐圚。
    しかも英語圏なので、蚀語に関しおいえば圌は党く問題なし。
    問題があるのは、私だけだった。

    —————

    結局その埌、圌ず結婚し、私は埌を远うようにニュヌペヌクにたどり着く。
    最初は、街の人の䌚話すべおが英語の䞖界に慄いた。い぀、どこで、䜕を話せばよいのかさっぱりわからず、マンションのドアマンずすら顔を合わせたくなくお、家にひきこもっおいた。

    ただ、時間だけは䜙裕があり、私でもできるこずはないか、ネットを怜玢しおみる。
     
    そこで芋぀けたのが、ESLクラスだ。
    ESLずは“English as a Second Language” の略で、英語を母囜語ずしない人たちのための英語教育をする特別クラスのこずである。様々な団䜓が開講しおいるが、私が芋぀けたのは、図曞通が䞻催しおいるクラス。申し蟌みさえすれば、誰でも無料で参加するこずができる。

    「英語が話せれば、䞖界が広がるよ」

    圓時圌氏だった、倫の蚀葉を思い出す。
    ニュヌペヌクに぀いおきおおきながら、自分の知らない䞖界をただ怖がっおいる自分がいる。䞀歩倖に出れば、様々な人皮の人が生掻をしおいるのが圓たり前の光景が広がっおいるのに。

    最悪、嫌になったらやめたっおいい。自信のない自分に保険をかけながら、でも自分のために䞀歩螏み出そう、そう決心した。

    —————

    ここに、知り合いは誰もいない。ESLの教宀の前で深呌吞をする。
    簡単な自己玹介だけは暗唱しおきた。
    あのずき蚀えなかった「トゥ゚ルブ」も、今はもう口にできる。

    ずっず出られなかったあの教宀から、やっず倖に出た気がした。


     
     
    駐圚劻ずしおニュヌペヌク圚䜏䞭。生掻で気づいたこず、日蚘など、思うがたたに

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