母は、何もしなかった
私が熱を出すたび、母はそばにいた。
薬を飲ませると、
濡れたタオルを額に替え、
枕元には、大好きだった戦隊ものの人形を置いてくれた。
障子越しに、
テレビの声が、うっすら聞こえていた。
青白い光が、
部屋の隅で静かに揺れていた。
母は、何も言わなかった。
ただ、
隣に座っていた。
それだけだった。
熱が下がるより先に、
私は眠っていた。
*
大人になって、
私は、その夜を忘れていた。
覚えていたのは、
濡れたタオル。
戦隊ものの人形。
障子越しの、
うっすら聞こえるテレビの声。
そして、
何も言わず、
隣にいた母。
*
今度は、
子どもが熱を出した。
私は薬を飲ませる。
タオルを替える。
枕元に、お気に入りのおもちゃを置く。
「大丈夫だぞ。」
そう言いかけて、
やめる。
黙って隣に座る。
部屋は静かだった。
私は、テレビをつけなかった。
それでも、
耳の奥では、
障子越しに聞こえる、
あのテレビの声が、
今も、うっすらと流れていた。
この話は、一冊の本の一部です。
『To be 大志 ―優しく、強く生きる哲学―』
第四命題「愛の独り言」
Kindle版・ペーパーバック版
