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女




    女は、
    春ではない。

    春は毎年来る。

    女は、
    来るたびに
    違う季節を連れてくる。

    だから男は、
    天気予報を信じなくなる。

     

    若い頃は、
    女を欲しいと思っていた。

    ベッドのため。

    酒のため。

    孤独をごまかすため。

    どれも三日で嘘になる。

    本当に欲しかったのは、
    夜中の二時に、

    「ビールある?」

    と冷蔵庫を勝手に開ける音だった。

    愛は、
    そういう生活音に負ける。

     

    バーには、
    毎晩きれいな女がいた。

    煙草を吸う指が、
    グラスより細かった。

    男たちは順番に話しかけた。

    詩人。

    弁護士。

    失業中の男。

    誰も彼女を口説いていなかった。

    自分がまだ終わっていないことを、
    確認しに行っていただけだ。

    女は知っていた。

    だから、
    誰にも期待しなかった。

    期待しない人間ほど、
    よく笑う。

     

    俺は一人の女と
    何年も暮らした。

    愛していたかと聞かれれば、
    もちろん愛していた。

    憎んでいたかと聞かれれば、
    それも本当だ。

    人間を毎日見るというのは、
    神様の仕事に近い。

    欠点ばかり見える。

    それでも朝になると、
    コーヒーを二つ淹れる。

    二杯目は、
    たいてい冷める。

     

    別れは、
    叫び声では始まらない。

    会話の途中で、

    「パン買った?」

    と聞かれなくなる。

    それだけだ。

    若い頃、
    あいつは
    明日の話ばかりしていた。

    十年後に会ったら、
    牛乳の賞味期限ばかり
    気にしていた。

    俺たちは、
    ちゃんと歳を取った。

     

    何人もの女と別れた。

    理由なんて覚えていない。

    理由はいつも立派だった。

    忘れるのは一週間。

    思い出すのは二十年。

    人間の記憶は、
    税金より執念深い。

     

    ある夜、
    昔の恋人に会った。

    皺が増えていた。

    俺も増えていた。

    お互い、
    若さをどこかへ置き忘れた顔だった。

    「元気?」

    「まあね。」

    それだけだった。

    十分だった。

    昔は、
    抱きしめないと分からなかったことが、

    歳を取ると、
    「まあね。」

    の二文字で全部分かる。


    女は、
    帰るのがうまい。

    俺は、
    見送るのが
    下手だった。

    洗っても、
    洗っても、
    コップが二つある気がした。

    だから俺は、
    恋なんて
    二度と御免だと言いながら、

    夕方になると、
    まだどこかで
    女の笑い声を探している。


    冷蔵庫を開けた。

    ビールは一本だけ残っていた。

    思わず、
    「飲むか。」
    と言ってしまった。

    部屋には誰もいなかった。

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