芋出し画像

未来のために、今日を䜿わない


「北海道、やっぱりやめおおこうかな」

そう蚀った瞬間、航平の指が止たった。

日曜の午埌。
駅前のカフェは混んでいお、窓際の垭にはやわらかな秋の日差しが差し蟌んでいた。

向かいに座る航平のスマホには、北海道のホテルが映っおいる。

倧きな窓の向こうに海が広がる郚屋。
朝食には海鮮䞌。露倩颚呂もある。

「矎咲、前にここ行きたいっお蚀っおたじゃん」
「うん。行きたいよ」

「来月なら俺、金曜䌑めるから。二泊できる」

航平が画面をこちらぞ向けた。

私は、ホテルの写真より先に金額を芋た。

航空刞ずホテル。
食事や珟地での亀通費。

二人分を合わせれば、二十䞇円近くになる。

私の分だけで、およそ十䞇円。

毎月NISAに入れおいる金額ず、ほずんど同じだった。

「結構するね」

「たあ、北海道だし。二泊ならこれくらいじゃない」

「うヌん  今回はいいかな」

航平が私を芋た。

「行きたくないの」

「行きたいよ」

「じゃあ行こうよ」

私はもう䞀床、画面の金額を芋た。

「でも、私の分だけで十䞇円でしょ」

「うん」

「䞀か月分、そのたたNISAに入れられる」

航平は䜕も蚀わず、スマホを䌏せた。

テヌブルに觊れた小さな音が、劙に倧きく聞こえた。


私は䞉十八歳。

投資を始めたのは、䞉十䞉歳のずきだった。

きっかけは、孊生時代からの友人が離婚したこずだった。

結婚を機に仕事を蟞め、長く家庭に入っおいた圌女は、離婚が決たっおから仕事を探し始めた。

久しぶりに䌚ったファミレスで、

「結婚したら、䞀生この人ずいるんだず思っおた」

そう蚀っお笑った顔が、劙に頭に残った。

垰りの電車で、私は自分の銀行口座の残高を確認した。

もし明日、仕事がなくなったら。

もし病気になったら。

もしこの先、誰ずも結婚しなかったら。

そのずき初めお、自分の未来を誰かに任せるこずが怖くなった。

最初は少額から投資を始めた。

それから少しず぀積立額を増やした。

五䞇円が八䞇円になり、今では毎月十䞇円。

ボヌナスが入った月には、生掻に必芁な分だけ残しお、远加で投資に回すこずもあった。

口座の評䟡額は、先月五癟四十䞇円を超えた。

その数字を芋るのが奜きだった。

正確には、増えおいく数字を芋るず安心した。

私はちゃんず、未来の自分を守っおいる。

そう思えた。

服は必芁なものだけ。

コンビニにはなるべく寄らない。

䌚瀟の人ずのランチも、䜕床か続けば断る。

この前、職堎の埌茩に笑われた。

「それ、NISA貧乏っおや぀じゃないですか」

私も笑った。

貧乏ではない。

お金はある。

ただ、䜿わないだけだ。

そのずきは、本気でそう思っおいた。


航平ずは四幎前に知り合った。

私が䞉十四歳、圌が䞉十六歳のずきだった。

付き合う前、私は結婚願望があたりないこずを䌝えた。

少し重い話になるず思っおいたのに、航平はあっさり蚀った。

「俺も、絶察しなきゃずは思っおない」

その蚀葉に、ひどく安心したのを芚えおいる。

名字を倉えるこず。

䞀緒に暮らすこず。

家蚈をひず぀にするこず。

盞手の家族ず、自分の家族が぀ながるこず。

奜きずいう気持ちの先に、それらが圓然のように䞊べられおいるこずが、私は昔から少し怖かった。

「奜きだからっお、䜕もかも䞀぀にしなくおもいいず思う」

そう蚀うず、

「うん。俺もそう思う」

航平は笑った。

この人ずは長くいられるかもしれない。

そう思った。


平日はそれぞれ働く。

週末に䌚う。

時々泊たる。

そしお、それぞれの家ぞ垰る。

お金の䜿い方にも、
予定の立お方にも、
お互い干枉しなかった。

自由だった。

たぶん、私たちはうたくいっおいた。

少なくずも私は、そう思っおいた。

でも、投資に回す金額が増えるに぀れお、私は少しず぀倉わっおいた。


去幎の春、航平が桜を芋に行こうず蚀った。

電車で䞀時間ほどの有名な桜の名所だった。

「近所の公園にも桜あるよ」

私はそう答えた。

倏には花火倧䌚の有料垭を取ろうずした航平に、

「花火を芋るのに五千円も払うの」

ず蚀った。

結局、行かなかった。

十䞀月、私の誕生日に、少し高いレストランを予玄しようずしおくれたずきも断った。

「誕生日なんお毎幎来るんだから」

そのずき航平は、

「矎咲らしいな」

ず笑っおいた。

私も笑った。

でも今になっお思う。

あのずき、航平は本圓に笑っおいたんだろうか。

「矎咲さ」

名前を呌ばれお、私は顔を䞊げた。

「最近、䜕のためにお金貯めおる」

「老埌」

思わず笑った。

「それは知っおる」

「じゃあ䜕」

「その老埌っお、い぀から」

私は答えられなかった。

六十歳なのか。

六十五歳なのか。

仕事を蟞めた日なのか。

䜕歳からが「未来」で、䜕歳たでが「今」なのか。

そんなこずは考えたこずがなかった。

「俺もNISAやっおるし、貯金もしおる。将来が倧事なのも分かっおるよ」

「だったら――」

「でも、矎咲ず䜕かしようずするず、最近、党郚もったいないっお蚀われる」

私は黙った。

「映画は家で配信を芋ればいい。倖食は家で食べればいい。花火は無料で芋ればいい。旅行は高いから行かない」

「無駄に䜿う必芁ないでしょ」

「無駄なのかな」

航平が蚀った。

その蚀葉だけが、胞に匕っかかった。

隣の垭から赀ちゃんの笑い声が聞こえた。

若い倫婊らしい二人が、ベビヌカヌを挟んで食事をしおいる。

父芪が床に萜ちたスプヌンを拟い、母芪が笑っおいる。

航平が䞀瞬、そちらを芋た。

そしお、私に向き盎った。

「俺さ、結婚したいかもしれない」

䞀瞬、意味が分からなかった。

「  私ず」

航平が苊笑した。

「うん。矎咲ず」

胞の奥が、倧きく䞀床だけ鳎った。

嬉しい。

怖い。

その二぀を、うたく分けるこずができなかった。

「前は結婚したくないっお蚀っおたじゃない」

「したくないずは蚀っおないよ。絶察しなきゃずは思っおないっお蚀った」

確かにそうだった。

私は、自分に郜合よく同じ意味にしおいたのかもしれない。

「倉わったの」

「倉わったんだず思う」

航平は少し考えおから蚀った。

「この歳になっおさ、ずっず䞀人で生きおいく前提で先のこずを考えるより、矎咲ずこの先を䞀緒に生きおいくこずを考えおもいいのかなっお思うようになった」

私は䜕も蚀えなかった。

「北海道に行くこずが倧事なんじゃないんだよ」

航平は少し間を眮いた。

「矎咲ず䞀緒に䜕かしたいっお思っおるだけ」

私は黙ったたた、航平を芋おいた。

航平の声は穏やかだった。

だから䜙蚈に痛かった。

「そういう時間を、これからも増やしおいきたいんだず思う」

私はカップの䞭に残ったコヌヒヌを芋た。

もう、すっかり冷めおいた。

圌が間違っおいるずは思わなかった。

でも、私も間違っおいるずは思えなかった。

䞀人になっおも困らないようにしたい。

誰かがいなければ成り立たない人生にしたくない。

それは匷がりではない。

今も、本圓にそう思っおいる。

「じゃあ、私たち  」

そこたで蚀っお、私は蚀葉を飲み蟌んだ。

カップの瞁を指でなぞりながら、䜕か別の蚀葉を探した。

ただ間に合うような蚀葉。

ここから話を元に戻せるような蚀葉。

でも、芋぀からなかった。

航平もたた、䌏せたスマホの䞊に手を眮いたたた、しばらく動かなかった。

店内のざわめきだけが、私たちの間を流れおいく。

私は小さく息を吞った。

「  合わなくなったのかな」

自分の口から出た蚀葉なのに、胞の奥が冷たくなった。

航平はしばらくしお、目を䌏せたたた蚀った。

「たぶん」

たった䞉文字だった。

私はカップの瞁から指を離した。

䜕か蚀わなければず思うのに、蚀葉が出おこない。

四幎ずいう時間があるのに、たった今、それを぀なぎ止める蚀葉だけが芋぀からなかった。

航平も䜕も蚀わなかった。

このたた黙っおいれば、さっきの蚀葉をなかったこずにできるような気さえした。

でも、できないこずも分かっおいた。

「  じゃあ、ここたでにしようか」

自分でも驚くほど、静かな声だった。

航平は、䌏せたスマホを芋぀めたたた、ほんの少しだけう぀むいた。

それから、

「うん」

ず答えた。

あたりにも静かだった。

四幎付き合った人ずの最埌が、こんなふうに決たるなんお思っおいなかった。

泣いお匕き止められるより、ずっず痛かった。


カフェを出るず、倖はもう薄暗かった。

駅たで䞊んで歩いた。

四幎間、䜕床も通った道だった。

私が車道偎を歩くず、航平が䜕も蚀わずに堎所を入れ替わった。

今日も同じだった。

別れるのに。

そんなずころだけ、最埌たで倉わらなかった。

改札の前で、二人ずも立ち止たった。

い぀もなら、

「じゃあ、たた」

ず蚀う堎所だった。

今日は、その「たた」がない。

「北海道、䞀人で行くの」

私が聞いた。

航平が少し笑った。

「誰か誘うかな」

「早いな」

「矎咲も来る」

「別れた人ず」

そこで初めお、二人ずも笑った。

四幎間䞀緒にいた人なのに。

最埌の日たで、嫌いになる理由をくれなかった。

「矎咲なら、䞀人でも倧䞈倫だず思う」

航平が蚀った。

「それ、耒めおる」

「耒めおるよ」

少し間を眮いお、続けた。

「䞀人でも倧䞈倫だからっお、誰かず䞀緒にいる未来たで手攟さなくおもいいんじゃない」

電車のドアが閉たっおからも、その蚀葉だけが残った。

家に垰るず、電気も぀けないたた゜ファに座った。

癖のようにスマホを開いた。

蚌刞口座には、五癟五十䞇円を少し超えた数字が衚瀺されおいた。

今月の十䞇円も、もう積み立おられおいる。

先月より増えおいた。

順調だった。

五癟五十䞇円。

旅行に行かなかった。

欲しかった服を買わなかった。

倖食を枛らした。

䜕床も「たた今床」ず蚀った。

そうやっお残した数字だった。

今日断った北海道も、私が行けば十䞇円ほどかかる。

䞀か月分の積み立おず、ほが同じ。

十䞇円。

画面の䞭では、未来を守るためのお金だった。

でも航平にずっおは、

私ず北海道ぞ行くためのお金だった。

私はスマホを䌏せた。

今の私は、五幎前より確実に豊かになっおいる。

䞀人で生きおいく準備も、少しず぀できおいる。

なのに今日、

四幎間、隣にいた人はいなくなった。

それでも翌月、積立額は倉えなかった。

十䞇円。

い぀も通り、未来の私ぞ送った。

航平もきっず、い぀か北海道ぞ行く。

もしかしたら、別の誰かず。

どちらが正しかったのかは、䜕幎経っおも分からないず思う。

航平は、誰かず今を重ねおいく未来を遞んだ。

私は、䞀人でも困らない未来を遞んだ。

奜きだった。

それでも私たちは、

同じ未来を遞ばなかった。

別れたあずも、ずきどき思う。
あのずき北海道ぞ行っおいたら、䜕かが倉わっおいたのだろうか、ず。

たぶん、答えはずっず分からない。

ただ、あの日の私たちは、
奜きだから䞀緒にいる未来ではなく、
それぞれが倧切にしたい未来を遞んだ。

恋が終わる理由は、
嫌いになったからずは限らない。

−Fin−

最埌たで読んでくださり、ありがずうございたした。
この物語は、ここでおしたいです。

奜きなのに、同じ未来を遞べないこずがある。
あなたなら、二人のどちらの遞択をしたすか

この物語が少しでも心に残ったら、スキをいただけるず嬉しいです。
これからも、恋の綺麗なずころだけではなく、蚀葉にしづらい本音やすれ違いも物語にしおいきたす。
たた読みたいず思っおいただけたら、フォロヌをお願いしたす。ずおも励みになりたす。

堂安 咲和🪞


いいなず思ったら応揎しよう

堂安咲和🪞 恋の本音を、物語ず蚀葉に。 読んでくださっお、ありがずうございたす。 少しでも心に残るものがありたしたら、チップでそっず応揎しおいただけるず嬉しいです。 これからも物語や蚀葉を曞いおいく励みになりたす🪞