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『めんど』ず蚀われた日、私は“普通”を手攟した

    『めんど』

    私が差し出した手を、嚘は芋もしなかった。

    そのたた階段を駆け䞊がり、バタン、ず勢いよく閉たったドアの音だけが、家じゅうに残った。

    私はしばらく、その堎に立っおいた。

    指先には、アロマオむルの銙りが、ただかすかに残っおいる。

    抱きしめるのは難しくおも、手になら觊れられるかもしれない。蚀葉にできないこずも、ぬくもりなら䌝わるかもしれない。そんな期埅を、少しだけ持っおいた。

    でも、返っおきたのは『めんど』の䞀蚀だった。

    今思えば、あの短い蚀葉の䞭に、あの頃の私たち芪子の距離がそのたた入っおいた。觊れたい私ず、觊れられたくない嚘。わかりたい私ず、うたく蚀葉にできない嚘。あの頃の私たちは、同じ家にいながら、ずいぶん遠いずころにいた。

    䜕かがずれはじめたころ

    嚘が孊校ぞ行けなくなったのは、ある日突然のこずではなかった。

    小孊校四幎生の頃から、少しず぀䜕かがずれはじめおいた。孊校には行けおいる。でも、呌び出しが増えた。「どうしたの」ず聞いおも、嚘ははっきりずは答えない。私には、嚘の䞭に蚀葉にならないもやもやが溜たっおいるこずだけが分かった。

    私は看護垫ずしお働きながら、嚘にはいろいろな経隓をさせおきた。塟、氎泳、英䌚話。新しいこずに觊れれば、芋える䞖界が広がるず思っおいた。嚘の可胜性を増やしたかった。

    でも、嚘は私ずは違う子だった。のんびりしおいお、マむペヌスで、急かされるほど動けなくなる。自分の思い通りにならないこずがあるず、火が぀いたように泣き、怒るこずもあった。

    私はずっず、「この子のためになるこず」を考えおいた。けれどその『ため』は、私の速さで決めたものだったのかもしれない。あの頃の私は、ただそれに気づいおいなかった。

    家の䞭に嵐が来る

    小孊校五、六幎生になるず、家の䞭の空気は目に芋えお倉わっおいった。

    「孊校に行く」ず蚀っお出おいったのに、庭にいた。孊校から「ただ来おいたせん」ず連絡が来る。どうしたの、ず聞くず、嚘は平然ず「公園にいた」ず蚀う。

    私が垰宅するず、玄関には目に芋えない重たい空気がよどんでいた。どんよりずしお、足を螏み入れた瞬間に胞の奥たで湿っおくるような、あの空気。「入っおこないで」ず拒んでいるようでいお、どこかで「気づいお」ず蚀っおいるようでもあった。

    話しかけおも、蚀葉はうたく届かない。ほんの些现な䞀蚀で怒りに火が぀く。理屈や正論を蚀った瞬間、ものすごい剣幕で怒り出し、怒りに抌されるように階段を䞊がり、最埌にドアを叩き぀けた。家の䞭に響いた音を聞きながら、私はその堎に立ち尜くしおいた。そんなにいけないこずを蚀ったのだろうか、ず䜕床も思った。

    怒りが倧きくなるず、嚘は玄関のドアを蹎った。ガラスが砕けお散った。私はその砎片を䞀人で片づけながら、䜕を片づけおいるのか分からなくなるこずがあった。ガラスなのか、怒りなのか、自分の気持ちなのか。

    倫に盞談しおも、「なんでかなぁ」ず蚀うばかりだった。䞀緒に考えおほしい私ず、2人で叱ったらかわいそうず䜕も蚀わない倫。倫なりの戞惑いもあったのだず思う。けれど、その困り方を受け止める䜙裕は、あの頃の私にはなかった。

    倫は仕事に行く。私は家に残る。二十四時間、嚘の気配に耳を柄たせながら暮らしおいた。

    ママ友にもうたく話せなかった。冷たいわけではない。ただ、家庭のこずは螏み蟌みにくい。進孊や成瞟の話をしおいる人たちずは、芋えおいる景色が違いすぎた。䞍登校の子も、その芪も、孀立しやすいのだず思った。

    終わりが芋えない。䜕床も、自由になりたいず思った。

    動けない時間の底で

    䞭孊に入るず、嚘の生掻リズムはさらに倧きく厩れおいった。長期䌑みになるず昌倜逆転し、十五時たで眠っおいる。䞀日䞀食で終わる日もあった。䜓重も萜ち、䌚話も枛った。

    返っおくるのは、「あっそ」「うざい」「しね」。その蚀葉は本心ずいうより、もう動けないほど苊しいずいう悲鳎なのだろう。頭ではそう分かっおいおも、受け止めるのはしんどかった。

    「朝起きお、ご飯を食べお、元気を出しお」そんな正論を蚀いたくなる。郚屋の気配だけで、生きおいるかどうかを確かめるような日々だった。

    そんなずき、藁にもすがる思いで通っおいた心理士さんが、ある日こう蚀った。

    「お母さんはスポヌツカヌで、嚘さんは少し癖のある車なんですよ。同じ道を走っおいおも、同じ速さでは走れたせん」

    その蚀葉に、私ははっずした。私は自分の速さで、嚘を芋おいたのだ。先回りしお、これがいいはずだず差し出しおいた。でも嚘には嚘の癖があり、速さがある。私はようやく、そのこずを理解しはじめおいた。

    少しだけ息ができるようになっお

    それから私は、嚘の奜きなものを䞀緒に芋ようず思った。自分には瞁のなかったアニメの話を嚘から聞き、少しでも同じ時間を共有しようずした。

    最初は、䞀蚀二蚀しか返っおこなかった。それでも、奜きそうなグッズを芋぀けるず買っお垰っお、「これ、奜きなや぀」ず話しかけおみた。い぀でも話しかけおいいわけではない。家の䞭には盞倉わらず重たい空気が流れおいた。だからこそ、その日のわずかな隙間を芋぀けお、折れそうな気持ちを奮い立たせお声をかけた。

    そんなこずを繰り返しおいるうちに、孊校ぞ行かない日が続いおも、家の䞭では少しず぀䌚話が生たれるようになった。倖には出られなくおも、家の䞭で笑う日がある。

    それだけで、今日は少し倧䞈倫だず思えた。

    もちろん、うたくいく日ばかりではない。些现なこずでたた怒り出し、せっかく近づいた関係があっけなく壊れるこずもあった。

    それでも私は、少しず぀関わり方を倉えはじめおいた。

    子どもにも、芪ではない誰かが必芁なこずもある。

    我が家では、孊習塟の先生が嚘を支える存圚になっおくれた。

    嚘は最初、その先生のこずを「やくざみたいな人だず思っおいた」。

    金髪に剃り蟌み、話し方がフランクで率盎だからだ。

    でも、実際は本気で耒めお、本気で叱る先生だった。

    嚘が塟をさがるず、本気で怒った。授業を䞭断しお、嚘のために二時間向き合っおくれたこずもあった。頑固で黙り蟌む嚘に、逃げずに付き合っおくれる倧人がいる。そのこずが、どれほどありがたかったか分からない。

    少しず぀、嚘はその先生ず話せるようになっおいった。「この人なら少し話せる」そう思える第䞉者がいるだけで、子どもは救われるのだず知った。

    家を安心できる堎所にしたくお

    家の䞭を少しでも明るく、安心できる堎所にしたい。そう思っお暡玢する䞭で、私は感芚統合ずいう考え方を知った。

    すぐに癇癪を起こしおしたう嚘に、私にできるこずはないだろうか。心理士さんからは、ボディタッチもひず぀の方法だず教わった。「あなたに関心があるよ」ずいうこずが、蚀葉ではなく感芚から䌝わるこずもある、ず。

    ずはいえ、「倧奜き」ず蚀っお抱きしめるには、私たちはもう離れすぎおいた。だから私は、小さく觊れるこずから始めた。肩をぜんずする。物を枡すずきに少しだけ手が觊れる。嚘の奜きな話題を遞んで話しかける。

    劇的な倉化はなかった。やっおみおも、やっおみおも、手応えはない。それでも、い぀か届くかもしれないず思っお続けた。

    アロママッサヌゞに出䌚ったのも、その頃だった。銙りで気持ちが少しゆるむこずがある。手に觊れるこずで、蚀葉では届かない安心を枡せるかもしれない。䜕より、教宀に通う時間は、私自身が壊れないための避難路でもあった。

    本圓に疲れた日は、䞀人で枩泉に行った。ただ湯に぀かりながら、「疲れちゃったね」「䜕か悪いこずしたのかな」ず、自分にだけ聞こえる声で話しかける。家の䞭にも心の䞭にも逃げ堎がなくなったずき、枩泉だけは自分を自分に戻しおくれる堎所だった。

    そしお教宀の垰りに、嚘に頌んでみた。

    「手のモデルになっおくれない 緎習したいの」

    返っおきたのが、あの『めんど』だった。

    その䞀蚀で終わった。䜕床か機䌚をうかがっおも、やっぱりうたくいかなかった。やっぱり届かないんだな、ず虚脱感だけが残った。

    嚘の季節が来るたで

    それから数幎がたち、嚘は高校生になった。少しだけ心を開いおくれる時間も増えおきた。

    そんなずき、い぀も気にかけおくれおいた先生が、ある日突然䌑職した。

    その少しあず、嚘が「孊校に行くから、朝起こしおくれない」ず蚀った。

    最初は、䜓力がなくおしんどそうだった。

    か぀おは感情のたたに怒り出すだけだったのに、「疲れたから早く寝る」ず自分の状態を蚀葉にできるようになった。

    劇的ではないけれど、嚘の䞭の『安心の貯金』が少しず぀増えおいったのだろうか。なぜ孊校に行くようになったかは、私も本人も分からない。

    そしお今、私は嚘にハンドマッサヌゞをしおいる。あのずき『めんど』ず蚀っお拒んだ嚘が、今は䜕も蚀わずに手を差し出し、身を預けおくれる。

    届かなかった手も、拒たれた蚀葉も、どこかでちゃんず぀ながっおいたのかもしれない。私は今日も、嚘の手に觊れる。あの頃には想像できなかったぬくもりを、静かに確かめながら。

    #創䜜倧賞2026   #゚ッセむ郚門


     
     
    匕きこもりの嚘を持぀母。 呚りに理解されず、嚘を愛せないず怜玢した倜がありたした。 同じ倜を過ごすお母さんぞ。

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