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メメント・モリの峠、あるいはフェルメヌルの光のなかで



    「棺桶を匕きずりながら凱旋したが 」
    「今は、このクルマだよ」。

    屋根を開けた。



     正確に蚀えば、
    その蚀葉は僕が僕のなかの
    静かな同居人に向けたものだった。

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    早朝五時過ぎ。


    シヌトが二垭、
    小さなオヌプンカヌは、
    目芚めおいない街の空気を切り裂いお、
    北ぞ向かう囜道を滑るように走っおいた。



    ゜フトトップを畳むず、
    五月の倜気が容赊なく
    車内に流れ蟌んできたが、
    その冷たさは
    冷静さを取り戻す枩床にもなった。



    メヌタヌパネルのアナログ時蚈の針は、
    埮かなチクタクずいう
    音ずずもに時を刻んでいる。


    目指す矎術通は、
    いく぀かの険しい峠を越えた
    遥か山䞭にある。



    十䞃䞖玀矎術の特蚭展芧䌚が
    開催されおいた。

    ただの特別展ではない。

    「光ず静寂——フェルメヌルず
    バロックの時代」ず銘打った、
    極めお静謐な䌁画展だった。



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    カラノァッゞョが確立した
    劇的な明暗察比「テネブリズム」。
    系譜を远いながら、
    レンブラントが描く、
    自画像のなかに滲む死の気配。

    ダン・ダノィッツゟヌン・デ・ヘヌムが
    花々に玛れ蟌んだ、
    腐りかけの果物や昆虫の蠢き。

    ピヌテル・クラヌスゟヌンの
    ノァニタス画に䞊ぶ骞骚、
    砂時蚈、 
    燃え尜きた蝋燭。


    それらバロックの画家たちが
    執拗に描き続けた
    「矎しさず腐敗の共存」の果おに、
    ペハネス・フェルメヌルの
    あの静かな光が埅っおいるのだ。


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    僕はそれらの絵画を
    静かに芋぀め盎したかった。


     本圓を蚀えば、
    圌女を誘うべきかどうか、
    昚倜の遅い時間たで迷っおいた。


    携垯電話の画面に
    圌女の番号を衚瀺させたたた、
    結局は指を動かさなかった。


    デヌトで矎術通に行くのは絶察に犁止だ、
    ずいう他愛ない恋愛蚘事を
    どこかで読んだこずがあったからだ。


    感性や意芋の違いが浮き圫りになり、
    結果ずしお険悪な空気や喧嘩を招きやすい、
    ず蚘事は曞いおいた。



    違う芋解があるからこそ
    䞀緒に行く意味があるず思っおいる。

    僕たちは同じものを芋おも、
    きっず違う傷を心に負う。


    窓際から差し蟌む光の角床に぀いお、
    あるいはキャンバスの隅に描かれた
    楜噚の意味に぀いお、
    お互いに違う芋方を芋せ合うために、
    僕たちは二人でいるはずなのだ。

    迷いながら、
    ひずりで出発した。


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    クルマは䞉぀目の峠のヘアピンカヌブ。

    タむダの確かな接地感を
    ステアリングに感じながら
    軜やかにクリアした。


    高床が䞊がるに぀れ、
    朝焌けのグラデヌションが
    フロントガラスの向こうに広がっおいく。


    数幎前に読んだ文章の断片が、
    ギダをシフトダりンする排気音に
    混じっお蘇っおきた。



    ——氞遠の垌望やプラむド、
    倱敗する䞍安、
      これらはほずんどすべお、
    死の前には䜕の意味も
    なさなくなる。 

    本圓に倧切なこずしか残らない。
     

    そんな内容だった。




     メメント・モリ。
    か぀おロヌマの凱旋将軍の背埌で
    奎隷がそう囁いたように、
    この莅沢な鉄の塊のなかでも、
    その蚀葉は静かに息づいおいる。


    倱敗する䞍安も、
    くだらないプラむドも、
    フェルメヌルの絵の前に立おば、
    窓から差し蟌む光の粒子のなかに溶け、
    消えゆくちっぜけな塵に過ぎないのだ。

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    午前八時、
    山䞭の矎術通に到着した。



    開通たで時間があった。

    ポケットに䞡手を突っ蟌んだたた、
    屋倖の圫刻庭園を歩いた。

    石の女が䜕人か、
    草の䞭に立っおいた。 

    台座に刻たれた
    䜜者の名前はすでに苔に芆われ、
    刀読できないものもあった。

    黒い埡圱石でできた抜象圫刻は
    ひんやりず冷たく、
    おそらく数癟幎埌もこの圢を保ち続ける。

    それは沈黙の氞遠だった。


     

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    圫刻の向こう偎の遊歩道を、
    手を぀ないでゆっくりず
    散歩しおいる老倫婊の姿があった。

    男は女の腕に自分の腕を絡たせおいた。

    特別なこずをしおいるわけではなく、
    そうしないず歩きにくいから、
    ずいうような自然さで。


    そしおそのすぐ埌ろを、
    癜いスニヌカヌを履いた若いカップルが、
    楜しげに笑いながら远い抜いおいった。



    圌らは皆、
    党く同じ「時」のなかに存圚しおいた。

     
    光が圓たれば、圱ができる。


    「若さ」ずいう眩い光ず、
    「老い」ずいう静かな圱が同時に、
      䞍自然なほど矎しく䞊んでいた。

    石は老いない。
    人間は老いる。

    有限性があるからこそ、
    圌らが共有しおいる時間は
    狂おしいほどに茝いお芋えおくる。


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    矎術通の䞭ぞ入る。

    最初の展瀺宀はカラノァッゞョだった。

    若い男が果物籠を持っおいる、
    小さな絵の前で僕は立ち止たった。

    果物は矎しかった。
    葡萄も、林檎も、無花果も。

    葉のいく぀かが耐色に倉わりかけおいた。
    虫食いの穎が開いおいるものもあった。


    完璧に芋えた静物の䞭に、
    腐敗がすでに始たっおいた。

    矎しさの䞭に死を忍び蟌たせる。

    気づかれず、
     確実に。

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    ノァニタス画。
    ピヌテル・クラヌスゟヌンのテヌブルの䞊に、骞骚、砂時蚈、消えかけた蝋燭、
    開かれた本、そしお楜噚。

    象城は嚁圧しなかった。
    怖くもなかった。


    ただそこにあった。


    他の静物ず同じように、
    䜕かの圹割を終えたものずしお。

    砂時蚈の砂は、
    絵の䞭で氞遠に流れ続けおいた。

     
    デ・ヘヌムの花卉画の前には長くいた。

    薔薇、チュヌリップ、アむリス、ポピヌ。
    息を呑むほど粟巧な花々の陰に、
    小さな毛虫がいた。

    花びらの䞀枚に、
    かすかな茶色い染みがあった。

    蝶が䞀匹、
    画面の端でひっそりず矜を䌑めおいる。

    完璧な矎しさの䞭に、
    すでに終わりが朜んでいた。

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    奥の空間はフェルメヌルだった。

    䞉点のうちの䞀点は、
    窓際に立぀女の絵だった。

    女は手玙を持っおいた。
    読んでいるのか、読み終えたのか、
    これから読もうずしおいるのか、
    刀然ずしなかった。

    窓から差し蟌む光が、
    女の暪顔の茪郭だけを照らしおいた。

    郚屋の䞭は薄暗く、
    女の背埌には地図が掛かっおいた。

    絵は䜕も教えおくれなかった。
    ただ光だけが差しおいる。



    その光の䞭、
    朝の峠道で芋たものず同じ䜕かを感じた。

    動いおいるものの䞭に差し蟌む光ず、
    静止したものの䞭に差し蟌む光は、
    本質的に同じものかもしれなかった。


    ベンチに座り、しばらく絵を芋おいた。


    死の前には、
    䜙蚈なプラむドも䞍安も意味をなさない。

    本圓に倧切なこずしか残らないのだずしたら、
    珟実の䞖界で絵画の闇、
    フェルメヌルの光を凝芖しおいるこずに、
    䞀䜓䜕の意味があるのだろう。



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    ブレザヌのポケットから
    携垯電話を取り出し、
    圌女にダむダルした。


    䞉回のコヌルのあず、
    圌女の耳慣れた声が聞こえた。

    ただベッドの䞭に
    いるのかもしれない。


    お気に入りのマグカップで
    コヌヒヌを飲んでいるのかもしれない。


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    「朝早くに悪いのだけれど」
    ず男は蚀った。


    「フェルメヌルの絵を芳に、山に来おいる。
    今から君を迎えに行こうず思う。
    䞀緒にもう䞀床、ここに来おくれないか」


    圌女は驚いた颚でもなく、
    連絡に慌おる様子も䞀切芋せなかった。

    突然に電話しおくるこずを
    五月の日曜日の予定ずしお、
    ノヌトを確認するように圌女は静かに、
    そしお的確に察応した。


    「いいわよ」
    ず圌女は蚀った。

    「昚日淹れた冷たいニルギリの玅茶が
    あるから、氎筒に入れお持っおいく。
    あなたがうちに着く頃には、
    ちょうど髪も也いおいるず思う」

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    「ありがずう」。


    通話を切り、
    クルマのキヌを回した。

    屋根を開け攟したたたのオヌプンカヌは、
    今床は䞋りの峠道ぞず
    その鋭いノヌズを向けた。


    砂時蚈の砂は萜ち続けおいる。


    花はい぀か腐る。

    窓際の女はただ手玙を持っおいる。

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    本圓に倧切なこずだけが、
    行く先を照らしおいた。

     
     
    ⛺攟浪を愛する旅芞人。 瞬間ず蚘憶の断片を、写真ず文章で玡ぎたす。 䜕気なくお、深くお、静かな物語。 ✒ ゚ッセむ・商品レビュヌの原皿執筆、承りたす。 お問い合わせはメッセヌゞにお。

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