メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo bytqnup

夫婦の形が変わっていくのは、当たり前なのにさ

    目が覚めたら、もう夫はいなかった。

    ​薄暗くなりはじめた病室で、ベッド脇の小さな椅子は綺麗に片付けられていた。昔は病室の椅子なんか片付けられなかったくせに、いつの間にこんなことまでできるようになったのだろう。

    冷蔵庫を開けると、プリンがふたつ入っていた。別にわたしはプリンなんて好きじゃないし、ハーゲンダッツの抹茶アイスが食べたかったのに。椅子は片付けられるようになったのに、わたしがプリンを好きではないことは、一体いつになったら覚えてくれるのだろうか。

    少し前、実家のある関西の病院に入院しているわたしのもとへ、夫が出張の合間をぬって見舞いに来てくれた。襟にしわの残ったカッターシャツを着て、光沢のない靴を履いた夫は、ティッシュで汗を拭きながらベッド脇の椅子に腰かけた。

    「どう?」

    そう聞かれたので、「大丈夫」とだけ返した。

    それから夫は周りをきょろきょろ見渡して、「外、暑すぎるわ」とか「トイレ混んどった」などとどうでもいいことをぼそぼそ話していたが、いくつか言葉を交わしたところで仕事の電話が入って席を立ってしまった。
    こんな時まで仕事の電話に出るんかい!
    そう口から出かけたが、ぎりぎりで飲み込んだ。

    その日は体調が悪く、夫が戻るのを待っているうちに眠ってしまった。そして目が覚めたときには、もう夫の姿はなかった。

    「帰る前に起こしてくれたら良かったのに!」

    そのままの勢いで、LINEを打った。やるせない気持ちのまま少し遅い夕飯を食べていると、目に涙がにじんだ。

    ​病室に来た看護師さんが「ご夫婦、本当に仲が良いですね」と微笑みかけてきた。どこがやねん、と夫へのイライラの余韻を抑え込み、きょとんとした顔を作って彼女を見た。

    「ご主人、○○さんが眠っている間、ずっと頭を撫でられていましたよ」

    わたしは慌ててスマホを掴み、さっき送ったLINEを急いで送信を取り消した。看護師さんに「教えてくださってありがとうございます」とお礼を言う。なんともばつの悪い思いで、夫へメッセージを打ち直した。

    ​『忙しい中、来てくれてありがとう』

    目の下にクマを作っていた夫の顔を思い出しながら、冷蔵庫からプリンをひとつ取り出し、蓋を開けた。

    忙しい中、来てくれただけで十分なはずなのに、スプーンですくったプリンを口に運びながら、昔の夫を思い出していた。

    あのころ、夫は仕事を数日休み、朝から晩まで病室の椅子に座っていた。「もう帰っていいで」と言っても、夫は「おう」と返したまま椅子から動かなかった。わたしが「しんどい」と愚痴をこぼせば「そうやな」と言って頭を撫でてくれたっけ。

    今の夫は、毎晩遅くに帰宅し、晩ごはんを食べたあともリビングの椅子に座ってパソコンを叩いている。今日もあの椅子に座ったままなのだろう。ちゃんと食べているだろうか。

    甘ったるいカラメルは、やっぱり苦手だ。







    この記事が参加している募集

     
     
     
    関西で生まれ育ち、夫とふたり暮らし。小さなことでウジウジするけど、ウジウジに飽きたらヘラヘラしています。日々のできごとを、ちょっと面白がりながらエッセイにしています。

    あなたへのおすすめ