朝5時の「いってらっしゃい、気をつけて」
明日、死ぬかもしれない。
私が、両親が。
死ぬときにはできるだけ後悔したくない。
もし明日死ぬとしたら、何を後悔するだろう。
2026年1月、両親が札幌へ旅行に行くことになった。
しかし両親が旅行に行く日は猛烈な吹雪の予報が出ていて、猛烈な不安に駆られた。
飛行機は飛ぶの?事故ったりしない?無事に着いたとして、風に煽られて雪道で転ばない?頭ぶつけて死んじゃわない?
万が一そうなったら、二度と生きて会えないじゃん!
それに私は毎日散歩に出る。このへんは運転マナーの悪い車が多い。私がうっかり車に轢かれて死ぬパターンもあるかもしれない。
最悪、両親も私も明日死ぬ可能性がある。
そう気づいてしまった夜に、私が出した答えは我ながらしょぼかった。保険の見直しでもなく、遺言でもなく、感動の手紙でもなく。
早起きして、行ってらっしゃいを言おう。
それだけ。いや、もうひとつあった。帰ってきてくれたら気持ちよく過ごしてもらえるように、家中ピカピカにして待ってよう。
両親が家を出るのは、早朝の飛行機に間に合う時間。最近の私なら確実に寝ている時間だ。死への漠然とした不安に対して、早起きと拭き掃除。装備が明らかに間違っている。でもその夜の私には、それしか思いつかなかった。
*
当日の朝、目覚ましと気合いの二段構えで起きた。
玄関で、スーツケースを転がして出ていく両親に言った。
「行ってらっしゃい」
言えた。それだけのことが、ちゃんとできた。両親はいつもの調子だった。娘が決死の覚悟で早起きしたことなど、知るよしもない。それでいい。私の任務はこれで半分終わりで、頭はもう次の任務のことを考えていた。
*
うちは、そこらじゅうホコリと猫の毛だらけである。
猫と暮らしている家はわかってくれると思う。掃除機をかけても、かけたそばから毛は降り積もる。掃除機では、この家はきれいにならない。前からうすうす知っていた。
そこに、ちょうど捨てる予定のTシャツがあった。
切って、濡らして、拭く。汚れたら、捨てる。捨てる前に最後のお役目である。棚の上、巾木、テレビの裏。拭けば拭くだけ、Tシャツの切れ端が灰色になっていく。灰色になるたび、家が白くなっていく。
気がついたら、楽しくなっていた。
嘘みたいな話だけど、拭いている間、あの不安はどこにもなかった。それどころか「まだ汚れているところはないか」と、家じゅうの汚れを探し回っていた。前の日まで死ぬことを考えていた人間が、ホコリを見つけて喜んでいる。お金の心配すら、その間は忘れていた。
*
両親は、無事に帰ってきた。
ここで「おかえり」と「ただいま」の感動の場面を書きたいところだけど、実際はあっけなかった。家がきれいになっていることに、誰もひとことも触れなかったのである。
ちょっとは期待していたのに。
私も「掃除したよ」とは言わなかった。言ったら当てつけになる気がした。ただ、いつもなら旅行帰りの両親から飛んでくる「あれしてない」「これしてない」が、その日はいつもよりマイルドだった……気がする。その程度である。効果測定としては、限りなく微妙だった。
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それでも、その日から毎日、どこかしらを拭いている。
ルールはゆるい。どこでもいい、なんでもいい、一日一回どこかを拭いたらOK。風呂上がりに自分の体を拭くのをカウントした日もある。それはもうただのバスタオルの仕事では、と自分でも思う。正直、最近はちょっと怪しい。
でも、やめていない。
当てつけにならないように、掃除はなるべく両親に見られていないところでやっていた。コソコソと、泥棒みたいに家をきれいにする娘である。
そうしたら、家が動き出した。
30年物だった台所の換気扇が、ある日、今どきのレンジフードになった。空き部屋に長年積み上がっていた、ゴミの日には出せない大物のゴミたちを、両親が収集所へ持ち込むと言い出した。そのついでに、ずっと気になっていた古いトースターとコーヒーメーカーも、捨てる決断をしてくれた。
誰も「あなたが掃除してるから」とは言わない。私も「私が拭いてたから」とは言わない。でも、あの吹雪の朝から、この家は確かに動き出した。
*
あの日、私は両親のために早起きしたつもりでいた。
でも今になって思う。あれは全部、私がしたくてしたことだった。行ってらっしゃいを言うのも、Tシャツに最後のお役目を与えるのも、誰に頼まれたわけでもない。もう会えないかもしれないと思った朝に、私がいちばん後悔しない過ごし方を、私が勝手に選んだだけだ。
会えなくなる日は、選べない。
でも、行ってらっしゃいを言う朝は、選べる。
今日もたぶん、どこかを拭く。