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経験は、覚えているだけではもったいない。

「これ、前にも似たようなことやったよね?」
と言われて、「ああ、そういえば」と思い出す
ことがある。

やったことは覚えている。
でも、「あのとき、どうやったんだっけ?」
となってしまう。

経験って積めば積むほど役に立つのだろうか。


長く仕事をしていると、経験は増えていく。
成功したこともあるし、失敗したことも、
それなりにある。では、「経験した数」と
「経験を生かせること」は同じなのだろうか。

もしかしたら、経験しただけでは足りない
ような気がしている。経験しただけだと、
「つらかったね」とか「楽しかったね」という
出来事で終わってしまうことがある。

「あれは大変だったなあ」とか「あの仕事は
うまくいったなあ」と思い出すことも
振り返ること自体、自分が成長しているか
どうかを知る手掛かりになる。欲を言えば
当時の感情を覚えていることは大事なのかも
しれない。


そのときの感情が、経験を思い出すきっかけになることもある。

でも、そのときに
「なんで大変だったんだろう?」とか
「なぜうまくいったんだろう?」まで
思い出せると、経験を次に生かしやすくなるのかもしれないと考えた。

なぜうまくいったのか。なぜ失敗したのか。なぜ自分は、あのときあの判断をしたのか。
「プ◯ジェクトX」みたいな振り返り。
経験したあとに考えることで、次に使える
ものになるんじゃないかと思う。


似たような出来事が起きたときに、
「あのときは、こうだったな」と考える
ヒントになると思うのです。もちろん、
まったく同じ状況じゃないので、そのときと同じようにやればよいという話でもない。

だから過去の経験をそのまま当てはめる
のではなく、「あのときと、今は何が違う?」
を考えてみる。だから経験そのものより、
経験から何を学んだのか?のほうを、
思い出すことのほうが役に立つのかも
しれない。

経験って、意外と忘れてしまうことだって
ある。当時一生懸命やったことがあるのに、
ちょっと条件が違うだけで、
「それは、やったことがありません」と
なってしまうこともある。


相手の担当者が違うからとか、
別のお客さんの案件だからとか、
条件が違うことを理由に
せっかく経験したときに考えたことを
呼び起こさないのは、もったいない。
(出よ、当時のワタシー!)

もちろん、まったく同じではないけど
「違う案件だから違う」だけで終わらせて
しまうのは、ちょっともったいない。
なんとか過去の知恵を今目の前で
起きていることに、こじつけてみるのも
手かと思う。


残念ながら人間は翌日には半分くらい
忘れてしまう生き物なので「これは絶対に
忘れない」と思ったことだって、やっぱり
時間が経つとけっこう忘れてしまっている。

出来事は覚えていても、
なぜ、それが起きたのか、
そのとき何を考えていたのか、
そのあと、どうなったのか、
そんなことから消えていく。


歴史の勉強で、「何年に何が起きた」だけを
覚えているようなものかもしれない。
年号と出来事は覚えているけど
なぜ起きたのか、その後どうなったのか
が抜けてしまっている感じです。

電話番号だけ覚えているのにも少し似ている
かもしれない。番号は分かるからその人に
電話をかけることはできる。でも、それだけである。電話番号を交換したときにうれしかったこととかも覚えておきたい。(ま、電話番号を覚えておくのはそれはそれで大事です。)


経験も同じなのかもしれない。
何があったかだけではなく、
なぜ、その経験を覚えておこうと思ったのか。なぜ、その出来事に自分は引っかかったのか。そのとき、なんで迷ったのか。
なぜ、そっちを選んだのか。
こういうところほど、記憶だけを頼りに
していると残らない。


だから、書いておく。
僕は、仕事で引っかかったことをなるべくnoteの記事ネタにしている。
正解を書くためではなく「そのとき自分が
どう考えたか」を残しておくためにも
書いておく。

残しておけば、
あとから読み返すことができる。
「あのときはそう考えたけど、今なら違うな」でもいいと思う。
むしろ、そっちのほうが面白い。
過去の自分が、壁打ち相手になって
登場してくる。

昔の自分が書いた文章を読んで、
「なるほど」と思うこともあるし、
「いやいや、それは違うだろ」と思うことも
あったりする。(成長実感なのか、いまだに
反省しないといけないことなのか)

読み返すと過去の自分から、
「で、今のお前ならどう考える?」と
聞かれているような感じになる。
同じ問いでも、経験が増えて、考えたことが
多くなった今なら違う答えになるかも
しれない。


と、ここで種明かしします。

なんで今日、
こんなことを考えていたのかというと
実は記事のネタを探していたんです。
10月になったので、「昔の自分は、この時期に何を書いていたんだろう?」と気になって、
8年前に書いていたブログをのぞいてみた
のです。

すると、2018年10月の記事に、「地肩の強さ」というタイトルの記事があった。
何を書いていたのか読み返してみると、
そこには、自分の経験ほど説得力のある
ものはないこと。過去に同じようなことが
あったとき、自分がどう判断したのか。
そんなことを書いていた。

なんだ。
8年前も、同じようなことを考えてる
じゃないか。ただ、8年経った今なら少し
付け加えることができる。8年前は、
「経験すること」の価値を書いていたけど、
今なら、そこに「考えること」と「書いて残すこと」も加えることができる。


経験する。考える。書いておく。
そして何年か経ったら、また考えてみる。

書くことや読み返すことも、経験の生かし方なのかもしれない。今こうして書き続けて
いるnoteも、5年後とか8年後の自分が
読んだら、「今のお前ならどう考える?」と、
また聞いてくるのかもしれない。

そう考えると、今日書いているこの記事も、
のちの楽しみになる気がする。

ちなみにブログはこれです

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