
AIと紡いだ法要の挨拶状
SDGsの目標16「平和と公正をすべての人に」は、他のすべての目標の基盤となるテーマだ。
だが世界規模のテーマであり、時に抽象的でもある。 ロシア・ウクライナ戦争の死者は数十万人、ガザ地区の犠牲者は7万人以上と報じられても、人間の脳は、遠い世界の痛みは他人事として見過ごしてしまう。
企業のサステナビリティ部門で長く仕事をしてきた私にとって、最大の課題は明らかだった。 「SDGsという大きなテーマを、いかに『自分ごと』として実感してもらうか」 である。そうした課題意識を抱いたまま定年を迎え会社を去った私だったが、思わぬ形でその実践の場が訪れた。父母の法要である。
参列してくれた我が子や孫たちに配る挨拶状を用意した。そこに、昭和初期生まれの父母の生い立ちをAIで蘇らせたイラストを添え、二人がどんな人生を歩んだかを綴り、法要の最後に語ったのだ。少年少女時代に戦争を経験し、ひもじさに耐え、空襲で兄弟を失ったこと。戦後の貧しさの中で若くして家計を支えたこと。自分が両親から聞いてきた歩みを、 ビジュアルと言葉で伝えた。
平和な時代に育った世代にとって、「昭和の戦争」は遠い歴史のひとコマに過ぎない。彼らが急に大きな意識変革を起こしたわけではないだろう。それでも、ただ優しかったとだけ思っていた「おじいちゃん、おばあちゃん」が壮絶な時代を生き抜いてきたのだと知り、イラストの二人をじっと見つめる姿があった。
他人の痛みを自分の脳内に思い描けること。それが平和を支える何よりの基盤だと思う。そしてその力は、抽象的な標語やキャッチコピーではなく、身近な先人が生きた「一人ひとりの生々しい物語」に触れたときに静かに芽生える。 そして物語は、自らの言葉で丁寧に語ってこそ伝わるのだと思う。
世界の分断をすぐに消し去ることはできない。だが、自らが受け継いだ「物語のバトン」を次の世代へ手渡していくことなら、誰にでも今日から始められる。 法要の後、子どもから「おじいちゃんたちのこんな話、初めて知ったよ」という声を聞いた。その一言に、私は平和を自分ごととして受け止める確かな兆しを見た気がした。