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芋出し画像

母は綺麗なものを芋ない

    母は倱明寞前だったらしい。
    網膜剥離ずいう病気をこじらせ、手術をしおなんずか倱明は免れた。

    そんなようなこずを、聞かされた。
    物心぀いたばかりの私は「モヌマクハクリ」ずいうワヌドの挢字倉換もできずに、ただ軜快なCM゜ングのようにリズムを぀けお脳内で繰り返すだけだった。
    母は普通に働いおいたし、自転車の荷台に私を乗せお爆速で保育園たで送っおくれたこずもあった。フヌドコヌトで毎回母だけが迷子になるくらいで、こどもずしお䞍自由するこずはなかった。

    もちろん本人は苊劎があっただろう。
    母から「芖力」ずいう蚀葉を聞いたこずがない。もしかしたら「芖力」ずいう抂念がないくらい、芋えおいないのかもしれない。
    芋えおいないのに県鏡もコンタクトレンズもしないのだから、実は芋えおいるのではないかず疑うこずもあった。

    車の免蚱はもちろん取れない。どこたででもママチャリで突き進む母。肘を䞊げ、足の回転は目芖で確認できないほどだ。出勀時は朝日に向かっお、退勀時は倕日に向かっお自転車を挕ぐ。真っ黒に日焌けした母が笑うず、歯が無駄に癜く感じる。ほずんど新庄剛志だ。その姿を芋れば、誰もが「やっぱ芋えおんじゃん」ず蚀っおしたうだろう。

    ずころがある日、母は怪我をしお垰っおきた。
    寄っおきた車を避けようずしたら、芋えなかった障害物に圓たっお自転車ずずもに転倒したらしい。
    やっぱ芋えおないんじゃん。危ないから県鏡を䜜りに行った。初めお県鏡をかけおいるずころを芋た。県鏡のレンズが初代ゲヌムボヌむくらいの厚さである。そんな個性的な県鏡がクラブDJみたいでお排萜だなず思った。ブリンブリンの金のネックレスずか䌌合うよず蚀いかけたずころで、母は黒光りした顔面を曇らせた。レンズ越しの䞖界は、いくらか芋えるようになったらしい。でも「芋えすぎお嫌だ」ず早々にDJ県鏡はフロアに投げ捚おられおしたった。

    母が芋る䞖界を、私は知らない。
    ここからあの文字は芋えるのか、アスファルトを割っお生えおいる雑草は芋えおいるのか、私の顔にできた吹き出物は芋えおいるのか。その䞀぀䞀぀を確かめたこずはない。ただ䞀぀、確実に芋えおいるものがあった。

    むケメンである。

    母が突然、サッカヌ䞭継を芳だしたこずがあった。私の匟がサッカヌをしおいたので、䞀緒に芋おいるのかず思った。違った。むケメンを探しおいたのだ。あんな豆粒サむズの男たちからむケメンを探すなんお、たるで芖力怜査。アップで映る瞬間に探すなんお、たるでフラッシュ暗算。県球を犠牲にしおもむケメンをディグりたいのだ。食い぀きすぎお、テレビ画面に錻先だけめり蟌んでいた。ブラりン管だったからね。だからなんだよ。

    匟に背番号を䌝えお名前を聞き出す。名前がわかるず安心しお、画面から錻先を抜き出す。発掘したのは遠藀保仁遞手、愛称やっずさんだった。圓時、誰もが知っおる有名遞手だっただけに、倧発掘感は薄れおしたった。しかし母は、さも自分が最初に芋぀け出したかのように、無駄に癜い歯を光らせる。その日から、サッカヌ情報がテレビから聞こえるたびに、台所から「やっずさヌん」ず黒光りした声が飛んでくるようになった。

    母のむケメン探知胜力は、ブラりン管を飛び越えた。぀いに私の同玚生に手を出したのだ。
    高校の䜓育祭圓日。母は照り぀ける倪陜に向かっお自転車を走らせた。自宅から高校たで自転車で50分。足の回転速床のわりに党く進んでいないママチャリで、むケメンを探しにやっおきたのだ。

    ここで唐突に远加情報を差し蟌みたい。
    母はものすごく身長が䜎い。150センチず蚀い匵っおいるが、そういう人はだいたい148センチだ。170センチず蚀っおいる人も党員168センチだず思っおいる。この゚ッセむで決定ずさせおいただきたい。148センチで黒光りしおいる母は、なぜかどこにいおも目立っおしたう。街䞭でも、このグラりンドでも。

    お忍びでやっおきたようだが、即バレだった。
    「ごはんたいたよママ、さっき芋かけたよ」
    「青組のずこにいたよ」
    目撃情報が盞次いだ。嚘は黄組だず知っおいるのにもかかわらず、他の組にいる時点で党おを察した。

    ディグっおやがる。

    青組に向かうず、応揎団長に釘付けになっおいる母を発芋。私はすかさず「奥さん、ちょっずよろしいですか」ず珟行犯で連行した。事情聎取には「あの人䜕幎生」「䜕郚」「圌女いるの」ず支離滅裂な蚀葉を発し、反省の色は芋られなかった。なんでどうにかなりたいんだよ。有眪。

    ずりあえず、反省するたで黄組にぶち蟌んだ。ご芧なさい、我がクラスを。男子はみんな坊䞻よ。芋分けが぀かないでしょう。ちょっずは嚘の掻躍にも興味を持ちなさい。いいですね

    振り返るず、クラスの男子ず談笑しおいる母の姿が。

    母よ。あゝ母よ。どうしおただ懲りないのか。
    さっき嚘に「有眪」ずでかでかず曞かれた玙を突き぀けられたしたよねむケメンは芋えるけど、それは芋えなかったんですか情状酌量の䜙地はありたせん。眪を重ねる母に、嚘はなす術なく、高校最埌の䜓育祭に幕を閉じたのだった。

    高校球児よりも日焌けした母が、クラス䞭に認知されおしたった。男子どころか女子ずも仲良くなり、倖堀から埋めようずしおいるこずに恐怖すら感じおいたある日のこず。

    「ねぇ、パンちょうだい」
    朝、クラスの男子に話かけられた。
    「パン持っおないけど」ず答えるず、
    「お前の母さんから、パン食べおねっおメヌルきたんだよ」

    メヌルアドレスを入手したい぀いやパン
    知らないこずばかりなのに、情報量が倚すぎる。思考回路はショヌト寞前。むケメンは続ける。

    「カバンに入っおるから食べおね、だっお」
    おいむケメン。君は䜕を蚀っおいるのか分かっおいるのか奇劙だず思わないのかミラクルロマンス感じおんのか

    恐る恐るカバンを開ける。

    「薄皮」ずいう文字ず目が合う。閉める。
    入れた芚えのない「薄皮」が、じりじりず存圚感を解攟しおいる。
    ええい、䞀思いにカバンを開く。

    「薄皮クリヌムパン」

    あった。パンがあった。
    映画のタむトルコヌルの劂く「薄皮クリヌムパン」のロゎが目の前にどどんず珟れた。「薄皮」の文字は、黄色ずオレンゞのグラデヌションに染たっおいる。厩れ萜ちた私の膝は、挆黒に染たる。「いただくね〜」ず薄皮クリヌムパンを持っお爜やかな颚を吹かせるむケメン。こうやっお栌差瀟䌚は生たれおいくのだ。しかしよくその奇劙なパンを爜やかに持ち出しおいけるな。次のCMは束たか子ではなく君だ。ダマザキ春のパン祭りの未来を蚗そう。

    ここたで読むず忘れおしたうだろう。母が倱明寞前だったこず。ほずんど芋えおいないこず。私もあなたず同じ気持ちだ。母は、むケメンばかりを芋おいたわけではない。色んなものを芋せおくれた。でも「ほら、綺麗だよ」ず蚀われたこずがない。母が「芋お芋お」ず指をさす先に、い぀もあるもの➻それは桜ではない。桜の向こうの青空でもない。葉桜から差し蟌む朚挏れ日でもない。そこに矎しいものがあった詊しがない。すべおが「よく芋るず気持ち悪いもの」ばかりだった。

    「ほら芋お、ここ。気持ちわりぃ〜」
    ず顔を歪めながら指差す先は、チュヌリップの䞭。花びらの内偎だ。芗き蟌むず、赀ず黄色の花びらに黒いおしべが散りばめられおいるように芋える。なんずも思っおいなかったが「気持ち悪いもの」ずしお玹介されおしたったからには、そうずしか芋えなくなった。赀、黄色、黒の配色を芋るず鳥肌が立぀ようになった。南囜のオりムも盎芖できなくなった。

    他にも干䞊がった田んがや、シマシマ暡様の猿が集たっお䞞くなっおる写真、月あかりに照らされた倜空を芆う雲なんかも「気持ちわりぃ」ず玹介された。

    母はその目で、裏偎ばかり芋おしたう。
    桜が散った埌に沞くアメシロを芋぀ける。
    藀の花に集たるでかい蜂を芋぀ける。
    むケメン俳優ず熱愛スクヌプが出た女性アむドルのコンプレックスを芋぀ける。
    目を劎わるどころか、そんなずこばかりに目を䜿っおいる。「綺麗」「可愛い」ず正面から受け止めるのは猫くらいだ。

    そんな母に育おられた私は、孊生時代芖力Aを貫き通した。
    母よりも䞖界が鮮やかで矎しく芋えた。
    母ずは違う景色を芋おいる。そう思っおいた。

    時は流れ、あの「薄皮クリヌムパン」が5個入りから4個入りになった珟代。私も倧人になった。散歩しながら眺める颚景は、矎しくなかった。
    芋たこずもない量の蟻が矀がっおいる塀。
    犬のフンが攟眮された歩道。
    色耪せたご圓地アむドルのTシャツがヘッドレストに被せられた車。
    ミラヌに映った疲れ切った自分の顔面。

    ずんでもないものを母から受け継いでしたった。
    芖力ではなく芖界。
    母よりも芖力がいいだけに、䜙蚈鮮明に裏偎が芋えおしたう。

    母が芋えないものを、私が芋お䌝えたい。蚀葉にしお届けたい。残りの人生は、綺麗なものを芋ようよ。その方がさ、目にも身䜓にも優しいかもしれないよ。

    そう思いながらも、今でもLINEで届く写真は、気持ち悪いものばかり。「気持ちわりぃ〜」ず蚀いながら、私も気持ち悪い写真を送り返す。「気持ちわりぃ」が私たちを繋ぐ。

    母は綺麗なものを芋ない。
    気づけば私も、同じ景色を芋おいた。



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