
アルザスで目には見えない「幸せの輪郭」を捉えて。#🐾
お世話になったアルザスの家族に別れを告げた。
アルザスの父とわんこが、山の麓から車で約1時間も離れた主要鉄道駅まで送ってくれた。車窓から見えるヴォージュ山脈は、あれよあれよという間に遠くへ小さくなっていった。

道中は思っていたよりも車が多く(いい季節だからね。ゴツいバイク乗りはほとんどドイツ人らしい)、到着がギリギリになってしまって、慌ててホームへ。電車で座席を見つけて、ふう、と腰を下ろすと、車を停めたアルザスの父が「無事に間に合ったか確認したくて。よかった!」とわざわざホームまでお見送りに来てくれていた。
« À très bientôt ! Ciao ciao !! »
「またとても近いうちに」だったのがグッときた。すぐに電車は発車した。
ゆっくりと動き出す電車のなかで、滞在中に撮影した写真と、みんなで最後に撮った写真とを見返した。
急に静かになってしまったように感じて、急にひとりぼっちになったように感じて、なんだか涙が滲んだ。アルザスの父と私のやりとりを見ていた目の前に座っていたマダムが、何も言わずに微笑んでティッシュを差し出してくれた。優しい。
たった数日間の滞在。それでも、間違いなく人生の中で最も濃厚で、豊かで、彩りにあふれた時間を過ごした。寂しさや離れ難さを強烈に感じるくらいには、アルザスはすっかり私のフランスの故郷となった。

よく見たらすごい数いる!
目には見えない、幸せの輪郭。
わんことの朝夕のお散歩(という名の、コウノトリ探し)。
「幸せ」ってもしかしたらこういう情景のことを言うのではないかと、ぶわっと心に込み上げてくるものがあった。

「風」は人間の目には見えないが、揺れる草原を見れば「風の通り道」がわかる。風の輪郭を捉えることができる。
同じように、「幸せ」ももちろん目には見えない。星の王子さまみたいな一節だな。
では、何があればその輪郭を捉えることができるのだろうか。何があれば私の人生は満たされるのだろうか。
そんなことを、日本にいた頃はちゃんと考えようとしつつも、日々の繰り返しに忙殺されて、きちんと向き合う時間が取れなかった。
でも、きっと「幸せの輪郭」はそんなに仰々しいものではなく、日々に溢れていて、そこから捉えることができるのかもしれない。私の頭に浮かんだその要素を、自分のためにもここに書き出しておこう。
・ご飯が美味しい
・お水が美味しい
・料理が自由にできるキッチン(オーブン必須)
・自分で料理をして、夫と一緒に食事をとるまともな時間が取れる
・季節の移ろいを告げる生き物がいる
・季節ごとの食材を楽しめる
・車などの生活雑音が少ない
・夜には星が見える
・鳥の声が聞こえる
・窓から木や自然が見える
・日差しの温もりが家に入る
・山が近い
・わんこがいる(夫婦揃って犬好きなもんで)
・音楽のある生活(クラシックは勿論、ビル・エヴァンスとかチック・コリアとか、ファジル・サイなんかも流してみたり)
・自分の楽器とピアノ1台
・楽器演奏が近所迷惑にならない場所
・手織りを続けられる
・次世代につながることをライフワークに
・お気に入りを手入れしながら暮らす
・少ないながらも大切にしたい人たちがいる
・自分一人だけの時間も確保できる
これらの輪郭を、どれだけ自分のこれからの「生活」に組み込んでいけるか。一度に全部は当然難しい。
自分とはもちろん、夫とも向き合って、これからの人生を、誰のものでもない私たちの人生を、試行錯誤しながら設計していきたい。この人生は夢だらけだ。

あちこちで食べながら歩く。歩き食べ放題…?

小さい日本でもよく見る房なりの方はGroseille。
Casseilleというカシスとのかけ合わせ種もある。
アルザスの母はBiodiversitéにも詳しく、勉強になる。
計画的偶発性理論。キャリアの8割は偶然の出来事によって決まる。
思えば、この出会いは本当に「ご縁」だった。
2025年の晩秋、とあるアルザス地方の観光局で「この地方の伝統生地について、もっと知りたい」と相談。その時に、観光局の方からアルザスの母の連絡先を紹介してもらった。
そして、まだまだ拙いフランス語ゆえに、「通じなかったらどうしよう」「迷惑がられたらどうしよう」と不安しかないまま、それでも勇気を振り絞って、思い切って連絡をした。
そこから、あれよあれよという間に、2026年1月に初めての訪問が叶った(記事を書いたのは2月)。この時は、私の時間も限られていたので日帰りかつ「Démonstration」主体だった。
そして今回は「Stage intensif」。デザインから糸の整経、経糸張りから手織りまで、アルザスの母に教わりながらもほぼ全て自分一人で。機械に一切頼らずに、初めて織った伝統生地。自分だけの作品。
アルザスの母からは、「あなた、かなり筋がいいわね!歪まずに綺麗にモチーフが出ているわ!!」と誉めていただいた。これまた勇気を振り絞って、「別の柄や染めなんかも教わりたいです…!」と伝えたら、「また来たらいいじゃない、もっと長期でね」とあっさりと言ってもらえた。
日本にも織りはたくさんあるし、日本も伝統工芸は後継者不足が切実だし、外国人の私がアルザスの伝統工芸に関わっていけたらどんなに素敵だろうかなんて、ちょっと烏滸がましいとは思いつつも、やはり、好きなものは好きだ。アルザス地方の生活に自然に馴染んでいるこの生地が、これからもずっと残っていって欲しいと思う。

そして、アルザスの父と母から別れ際に「謎の箱」を受け取った。「家に着いたら開けてみて」と。やけに重量感があった。
開けてみたら、なんと、アルザス地方の景色が描かれたヴィンテージ皿だった。私が初日の食卓で「可愛い!!」と言っていたお皿たちだった。

「ワイングラスと、あなたが織ったテーブルクロスと、お皿とを合わせてみてね。これさえあれば、どこだって、いつだって、そこは"アルザス"よ!」と。脚が緑色のアルザスワイングラスを蚤の市で見つけて買ったんだ!という話をしたのを覚えていてくれたんだ…。

歳をとると涙もろくなると言うけれど、混じりっ気のない、嘘偽りのない、他者からの100%の「善意」に触れること、そしてそれらを受け止めることに慣れていない私は、しばらく涙が止まらなかった。嬉しい気持ちと、寂しい気持ちと、うまく表現できないよくわからない感情でぐっちゃぐちゃだ。
今回、素直に誰かを頼ったり、その言葉に甘えてみることを学ぶことができた。私の人生は、まだまだ捨てたもんじゃなかった。

料理本たちは、娘さんに譲っていただいた。「これ、次会うときまでの宿題だからね!」と笑いながらプレゼントしてくれた。難しい課題(?)が出てしまったが、元々料理は大好きなのでやる気に燃えている。バッチリ再現して、完成写真を送ってあげよう。
アルザス語・フランス語・ドイツ語が併記されている絵本も譲っていただいた。
滞在中は、「今からアルザス語に切り替えるね!」と茶目っ気たっぷりのアルザスの父主導で、アルザス語のシャワーをこれでもかと浴びるタイミングもあった。聞き馴染みのない「音」は硬くて、フランス語とは全然違って、これもまた、私の人生の中で忘れ難い瞬間となったし、言語という「音」ともちゃんと向き合ってみたいと思えた。
どれも大事に、大事に、長く、使おう。
長い人生においては、人との出会いも、キャリアも、本当に偶然が積み重なって、導かれるように決まる時があるのかもしれない。
日本で潰れかけた私が、ほとんど諦めていた私の人生が、歯車がカチッと音を立てて噛み合い、もう一度、ゆっくりと動き始めたような気がしている。
とはいえ、EU圏外出身、配偶者も純日本人で、帰国子女でもなんでもない純日本人の私。フランスに長期滞在するためには、まずはビザの問題、金銭面、そしてもっと深い次元の語学力など、いろいろ解決しなければならない課題はもちろん山積みだ。
ただ、「できたらいいな」から「どうやったらできるかな」のフェーズに確実に変わった今回の出会いは、間違いなく、私の人生の中で大きな岐路・転換点になった。
日本から遥か1万km以上。アルザスに大切な家族ができた。
フランスに来る前は、人との距離感がわからなくて、人の善意をどこまで本気で受け取っていいのかわからなくて、人の迷惑になっていないかがとにかく気になって気になって、過去の上手くいかなかったことや嫌なことを脳内で何度も反芻しては自滅し、そんなことを考えてはどっと疲れ果てて、平日は死んだように眠っていた。とにかく自分を守るためにも、「東京」と「人」との距離を取りたかった。
ただ、前の職場には言わずもがなとても素敵な先輩方もいらした。交流が制限されたコロナ禍もあったとはいえ、そんな人たちとの距離感を自分の特性ゆえに上手に詰められなかったのは、もったいないことをしてしまったとも思っている…。今でも時折、「元気にやってる?」と連絡をくださる先輩方には感謝しかない。
働いていた当時は、「せめて週末くらいは…」と、とち狂ったかのように金曜日の夜から東京を逃げるように飛び出して、あちこちを巡っていた。
「家も買わずにそんな車を買うの?」とツッコミが方々から入ったが、これは間違いなく20代における最大かつ最高の自己投資となった。当時、ぶっ飛んだ提案をしてくれた夫には感謝しかない。
体力も寝れば回復・ほぼ底なしだった20代は無理が利きやすく、思いつきでかなり遠くまで行くことができた。ホテル予約は一切不要。計画も不要。キッチンもベッドも、冷蔵庫も、電気もエアコンも暖房も、全てが車に揃っている。「簡易東京脱出キット」だった。
今思えば、「移動」することが、私をギリギリのところで支えてくれていたのだと思う。そして現在、「移動」することへの抵抗感が全くないのも、この経験によるものだと感じている。
おかげで、これからの私たち夫婦の人生を支えてくれる基礎となる、忘れようにも忘れられない絶景や、知る機会もなかったご当地食材たちに出会うことができた。20代でこんな経験ができたことは、まず間違いなく幸運だったし、一度しかない人生における最高の決断だった。

ここで食べたホタテと北海シマエビは人生のツートップ。
友人たちからは、「出張や旅行に行くときにニッチなおすすめを聞ける、ちょっとした相談窓口」だと言われた。海外から定期的に日本を訪れてくれる友人たちも、この車を使って案内したことがある。
私は交友関係が狭いので、数少ない大事な友人たちに喜んでもらえるのがとても嬉しくて、今後、基礎を知るためにも、通訳案内士資格も目指そうと思っている。ガイドは「情報戦」だと現役ガイドさんにアドバイスをいただいたので、自分の経験が、きっと今後にも繋がるのではないかと思っている。
また、日本では変人扱いだったが、私は哲学や物事について深く考えることが好きだ。「ただ歴史を知るだけなら今はスマホ検索で十分。その裏にある背景や、日本で日本人とちょっとした深い話(政治・経済・哲学・文学など)をしたい層はたくさんいる。テンプレ案内しかできないガイドが大嫌いな人も多いから、あなたはきっと需要があると思うよ。」と後押ししてもらった。よし、頑張ろう。
来年は、アルザスの父と母の金婚式だと聞いた。これはお祝いをしなければならない。グルメな彼らに、試してほしい日本の食材がいっぱいある。アンティーク皿のお返しに贈りたい、日本の伝統工芸品がある。漆器にしようか、スフレンハイム焼きに絡めて土の特性が出る焼きものにしようか、とっても悩ましい。日本のあちらこちらを旅して見つけた「私の推し」をぜひ紹介したい。
日本酒も、日本産ワインも、私の家で漬けている果実酒も、少しずつ、たくさんの種類を持っていきたい。買い物&取り寄せリストをすでに作り始めた。
大丈夫。またすぐに会える。
私は絶対、来年、この場所へ戻ってくる。こういうのは言霊だから、言葉にしておこう。

アルザスで目には見えない「幸せの輪郭」をぼんやりと掴みながら、少しずつ、また進み始めることができた気がする。
今日はここまで!