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二円の親切と、父の声

    母の墓参りに行く前に、母の姉である叔母のところへ顔を出した。

    「これから、母の墓参りに行ってくる」

    そう伝えると、叔母は言った。

    「じゃあ、お花買ってあげて」

    墓苑の花は一束五百円。
    自分の中では、まだそういう記憶になっていた。

    だから、何も考えずに「じゃあ五百円ちょうだい」と言って、叔母から五百円を受け取った。

    墓苑の入り口近くには、無人のお花売り場がある。
    花が置いてあって、横に貯金箱のような箱がある。そこにお金を入れて、花を持っていく仕組みだ。

    ところが、いざ花を買おうとした時に気づいた。

    一束、六百円になっている。

    そういえば、今年ぐらいから値上がりしていた気がする。
    五百円のつもりで来たけれど、もう五百円では買えない。

    しかも、一束だけ買えばいいわけではなかった。
    叔母に頼まれた分と、自分の分。
    二束買うなら、千二百円必要になる。

    財布を開けた。
    五百円玉は二枚ある。
    千円分はある。
    五十円玉も三枚ある。

    でも、二束買うには、あと少し足りない。

    小銭入れの中を見た。
    一円玉や五円玉を、指で寄せながら数えた。

    一、二、三、四。

    たぶん、声には出していなかったと思う。
    少なくとも、自分では心の中で数えているつもりだった。

    すると、十メートルくらい先で墓石の作業をしていたおじさんが、こちらに近づいてきた。

    「いくら足りないの」

    急に声をかけられて、少し驚いた。
    自分でも、いくら足りないのか、まだ正確には分かっていなかった。

    おじさんは事務所の方へ行き、二円を持ってきてくれた。

    「これ」

    そう言って、二円を渡してくれた。

    思わず聞いた。

    「口に出してましたか?」

    自分では心の中で数えていたつもりだった。
    でも、もしかしたら声に出ていたのかもしれない。
    墓苑の入り口で、小銭を一枚ずつ数えている五十代の男。
    それを見かねて、おじさんは声をかけてくれたのだろう。

    ありがたかった。
    本当にありがたかった。

    ただ、二円を財布に入れたあとで、まだ足りないことに気づいた。
    あと四円、足りなかった。

    「すみません、まだ四円足りません」

    そう言えばよかったのかもしれない。
    でも、一度親切にしてもらったあとでは、なぜかそれが言いにくかった。

    親切は、ありがたい。
    でも、親切を受け取った瞬間、人は少し引き返しにくくなる。

    一束だけ買うことも考えた。
    でも、叔母に頼まれている。
    「お花買ってあげて」と言われて、五百円を受け取っている。
    それなのに、自分の都合で一束だけにするのは違う気がした。

    このまま少し足りないまま、花を持っていこうかとも一瞬思った。

    でも、それもできなかった。

    墓参りに来て、花代を数円ごまかす。
    それはさすがに、どこか罰が当たりそうな気がした。

    その時、亡くなった父の声が、心の中で聞こえた気がした。

    「そんなせこいことするな」

    本当に聞こえたわけではない。
    でも、そう言われた気がした。

    父なら、たぶんそう言う。
    細かい計算をして、数円で迷っている自分を見たら、少し呆れた顔で言う気がする。

    結局、千円札と五百円玉を箱に入れた。
    千五百円。
    花は二束で千二百円だから、三百円多く払ったことになる。

    昔の自分なら、たぶん不機嫌になっていた。

    「なんで六百円になってるんだ」
    「なんで小銭が足りないんだ」
    「三百円も多く払うことになった」

    そんなふうに考えて、墓参りの間も、どこか気分が悪かったかもしれない。

    でも、その日は違った。

    損をしたというより、少し不思議な経験をしたと思った。
    墓苑の無人販売。
    足りない小銭。
    十メートル先から気づいてくれたおじさん。
    二円の親切。
    そのあとに残った四円の気まずさ。
    そして、心の中で聞こえた父の声。

    誰も悪くない。
    叔母も悪くない。
    おじさんも悪くない。
    花が値上がりしたことも、今の時代なら仕方ない。
    自分の財布に、ちょうどいい小銭がなかっただけだ。

    けれど、その小さな出来事の中に、妙に人間らしいものが詰まっていた。

    人は、親切にされると、少しだけ身動きが取れなくなる。
    でも、その不自由さは、悪いものではないのかもしれない。

    助けてもらったからこそ、ちゃんとしようと思う。
    見られていたからではなく、責められたからでもなく、ただ親切にしてもらったから、いい加減なことはできないと思う。

    母の墓前に、二束の花を供えた。

    叔母の分と、自分の分。
    そしてたぶん、父に怒られないための分でもあった。

    手を合わせながら、十メートル先から自分の様子に気づいて、二円を持ってきてくれたおじさんのことを思った。

    ありがたいな、と思った。

    たった二円だった。
    でも、その二円がなかったら、こんなふうには考えなかったかもしれない。

    人の親切というのは不思議だ。
    金額の大きさではない。
    その人が、こちらの困っている気配に気づいてくれたこと。
    わざわざ足を運んでくれたこと。
    それだけで、人の心は少し動く。

    三百円多く払ったことは、もうどうでもよかった。

    それよりも、親切にしてもらったあとで、自分がどう振る舞うかを考えたことの方が、ずっと残った。

    昔なら損だと思ったことを、今は経験だと思える。
    そう気づいたことの方が、自分には大きかった。

    墓参りに行っただけの日だった。
    花を買っただけの日だった。
    小銭が少し足りなかっただけの日だった。

    でも、その小さな足りなさのおかげで、自分が少し変わっていたことに気づいた。

    二円の親切と、父の声。

    それだけで、母の墓参りの日は、少し忘れにくい日になった。

    #創作大賞2026
    #エッセイ部門

     
     
    夢を彩ると書いてユメイロと読みます。 AIを使って絵本や写真集を制作。noteでは創作活動やAI活用のアイデアをシェアします。 Anthropic Academy修了(Claude 101 / AI Fluency: Framework & Foundations )

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