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第䞉章 Ⅱ 思春期の䞀歩手前。

    倏䌑みが終わり、孊校が始たった。
    攟課埌 お家で食べた今日のおや぀は䜕だったず話すお友達ず、ナナの散歩のあず公園で遊んだ。
    チョコレヌトず答える私。
    母が隠しおいるチョコレヌトの堎所を知っおいた。
    鍵っ子の私は 垰っおもおや぀を甚意しおくれる人はいなかった。

    午埌5時に 子䟛たちを垰宅させるための音楜が町に流れた。
    公園には お友達の お母さんたちが 迎えに来お それぞれ 垰宅した。
    私が家に垰るず 台所で 倕飯の準備をしおいた 母は振り返り 「あら 垰っおきたの 」ず蚀った。

    孊校では、倏䌑み䞭に えヌちゃんが氎泳で 10mを泳ぐこずができるようになった。
    私はすごいね えらいねず称えた。
    するず えヌちゃんは泣いおしたった。
    私は 孊校察抗の氎泳の遞手に遞ばれおいたので どうやら皮肉ず捉えられたらしい。
    翌日から私は意地悪のレッテルを貌られ たった2クラスの孊幎女子、党員から無芖をされ 䞀人がっちになった 。
    よくある話だ。
    孊校で1番の矎人が 先頭を切っお、孊幎女子をたずめおいた。

    私は お友達を耒めるこずは 嬉しいこずだず思っおいた。
    䞡芪や姉に耒められるこずがほずんどなかった私は「すごいね、えらいね」それは嬉しいこずだず思っおいた。
    心から玠盎に耒めおいる”぀もり”だった。

    ナナを抱きしめるようになったのは、この頃だった。
    もちろんナナは䜕にも蚀っおくれない。
    私たちはい぀ものように散歩をした。
    私はもう、ぷんぷん怒らない。

    孊校は䌑たなかった。
    男の子のお友達に 「寂しくないの」 ず聞かれた事がある。
    「女の子だけじゃなくお他にお友達はいるから寂しくない」ずぶっきらがうに答えた。

    その幎の誕生日は1人がっちだった。
    倧人には 話さなかった。
    私は自分の誕生日が嫌いになった。
    しかし 遊びに出かけない私に気づいた母が、「どうかしたの」 ず尋ねおきた。
    ビンタされるほどし぀けに厳しい 母には逆らえない。
    仕方なく 私は 孊校で䞀人がっちなのだず話した。
    黙っお母は 孊校ぞ電話をかけた。
    私は、やめお先生に蚀わないでずも蚀えず、黙っお俯いおいた。

    そうしお私の ”䞀人がっちのむベント” も 少しづ぀みんなの心が芚めおきお 普段の孊校生掻に戻った。

    6幎生のある日、音楜の授業で運動䌚のテヌマ曲を 䜜詞䜜曲する 授業があった。
    私は ピアノを習い始めお 1幎 足らずだったにもかかわらず 私の曲が遞ばれたのだ。
    孊校で1番の矎人は 保育園の頃から ピアノを習っおいた。
    きっず腹がたっただろう 

    運動䌚圓日は指揮棒を持っお、自分が䜜った曲を歌う党校生埒たちを指揮するずいう、なんずも 気持ちのいい経隓だった。
    私は県の䜜文コンクヌルやこども県展で絵が入賞するなど 遞ばれるその床、心がスキップするほど螊っおいた。
    けれど䞡芪は 耒めおはくれなかった。

    毎日ではないが私は日蚘を぀けおいた。
    今より 倧きくなった自分に 向けたお手玙や その時の気持ちを曞いたりしおいた。
    小孊生に䞊がる頃 新しいお家が建ったので、姉ず私それぞれの郚屋があり 父ず母がいおみんな健康で、犬もいる。
    䜕も䞍䟿はなかったはずだけれど、私はずっず自分の郚屋ずは違う、自分の居堎所が欲しいず思っおいた。
    䞡芪は私たち姉効を愛しおいたず思うが、2人ずも完党な愛情衚珟䞋手な倧人だった。
    日蚘には、「自分の居堎所が欲しい」「愛されたい」そんな蚀葉が 蚘されおいた。

    そしおたた私の誕生日が迫っおいた。
    やっぱりかぁ 
    たた私は1人になった。
    理由ははっきりわからない。
    倚分倧した理由ではない。
    だけど 男の子のお友達もいるし、幎䞋のお友達もいる だから孊校は䌑たないし、寂しくもない。
    ある日の攟課埌、同じクラスのゆヌちゃんがきっず、ずおも勇気を出しお1人垰宅しおいる私に「䞀緒に垰るよ」ず蚀った。
    孊校で1番の矎人率いるグルヌプも近くにいる。
    私は、その申し出を断った。
    私ず䞀緒にいるずゆヌちゃんも同じ ”䞀人がっち” の察象になるず思ったからだ。
    ゆヌちゃんを絶察に守らなければならないず 正矩感が湧いおいた。

    けれど断っおも断っおも、蟛抱匷く私の埌を远っおくる。
    背が高かった私は、振り返りずんずんずゆヌちゃんに向かっお歩き、ゆヌちゃんがかぶっおいた氎色の垜子を取り䞊げ、届かなそうなずころに ひっかけ走っお逃げたのだ。
    私の思惑を知らない孊で1番の矎人率いるグルヌプから、悲鳎のような非難の声がした。
    自分の思惑ずは正反察、たんたず自ら意地悪の匵本人ずなった。
    私はそのたたゆヌちゃんの方を振り向かず、早足で家ぞず向かった。
    そうしおもっず1人になった。
    あヌぁ、なんでうたく行かないんだろう。
    やっぱりお誕生日は1人だった。

    その頃孊校では、圓時の担任の先生に、日蚘でも詩でも絵でも挫画でも䜕でもいいから曞いお良いノヌトを 毎日提出するのが決たりだった。
    私はそこに  毎日だいたい同じ色の同じ景色の倕陜の絵を色鉛筆や絵の具、クレパスで描いお 詩を添えた。
    ある日の提出を芋た先生に、呌び出された。
    「死にたい」ず曞いお カッタヌで その文字を 切り぀けおいたのだ。
    本圓にそう思っおいたのか 私が曞いたのかさえ、蚘憶がない。
    圓然それを芋぀けた倧人は驚くだろう。
    「どうしおこんなこずを曞いたのか」優しく問われたが、わからないのだから答えられない。
    䞡芪に蚀われるのが怖かった。

    別の日の攟課埌、たた先生に呌び出された。
    教宀には、孊校で1番の矎人ず あヌちゃんがいた。
    「人の気持ちになっお考えよう」ずか そんな話をしたず思う。
    埌日あヌちゃんは蚀った、「党郚孊校で1番の矎人に蚀われおやったんだよ、ごめん」ず。
    そんなの、どうでもいいず思った。
    そうしお2床目の ” 䞀人がっちのむベント” が終了した。

     
     
    むタリア人の倫ず森の䞭で半自絊自足の田舎暮らし。犬、猫、鶏、ロバ、ダギ、動物ず暮らす事で、呜を迎え、呜を送る、”ただ生きるこず“ のシンプルさず難しさを感じながら、人生ずは䞡極端で実は隣り合わせな事実に毎日感動しながら生きおいる。

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