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Photo byfuten_seisuke

見つけろ、自分の味を

    さ、今日も始めますか。そう意気込んで俺はいつも通りの電車、いつも通りの道を通って自分の店に入った。俺はとある商店街の中で一人、定食屋を営んでいるんだ。
    暖簾をくぐれば店主がいらっしゃいと声をかけ、定食、丼、麺などのメニューから自分の好きなものを食べる、どこにでもある普通の定食屋さ。別に特別なものなんざおいちゃあない。
    飲食店を経営するとなると客足が一番気になるところであるが、俺はなぜかそれには悩まされていないんだな。高校を卒業して飲食店に就職し、そこから数十年修行を重ね、味が磨かれたのか、
    それとも単に通いやすい場所にうちが店を構えているからか知る由はない。淡々と料理を作り、それを客に提供しているんだからそりゃそうだ。客との会話なんてしたことがない。
    口下手なまま料理の道を極めたからか、今更会話の技術を磨く気力なんて起きやしない。俺はもう母親をおふくろと呼称するくらいには年を取ってしまっているからな。完全に
    職人になっちまったわけだ。
    普段客との会話なんて一切ないと俺は言ったが、客の様子、俺の飯を好いているか否か、俺の料理の出来栄えなんかには結構敏感なんだな。人間視覚を失えば聴覚が冴えるといった具合か。
    俺はどうやら口の代わりに目と舌が肥えたらしい。自分で納得するまで料理は追及するし、客の注文から人気な味の傾向をつかんだりできるんだ。サラリーマンが多い時間には中華、老夫婦が
    多い時間には魚の定食、後はまあ、長年の感だ。
    さて、今日はどんな客がうちに来るんだろうな。朝に食材の下準備を終えた俺は玄関の看板をひっくり返して営業を初めた。お昼ごろになってサラリーマン二人組が入ってきた。常連だ。
    注文は、唐揚げ定食とオムライス。もう聞くまでもないさ。案の定俺の予想通りの注文が飛んできた。準備は整っているから提供の速度は天下一品さ。アツアツの唐揚げにホクホクの白米。フレッシュなレモンを添えてまず
    一人。卵を手際よく割りフライパンで調理。アツアツのライスのうえに添えて二人。簡単さ。後はさあ、召し上がれ。午前の疲れがこの一品で浄化されていくのが作り手の俺からは丸見えさ。今日の初仕事はまあ及第点と言ったところかな。
    続いて大工の三人が入ってきた。ベテランの常連が2人と若手の新客が一人。ベテラン二人はもうわかってますわ。デカ盛りチャーハンだろ。もう後は炒めるだけ。で、後は若手の新人なんだが、もうわかる。あの図体にベテラン二人を見る目。
    お前さんも同じメニューだろ。案の定あたりさ。チャーハンを入れた重い鍋を火の上で踊らせ味を振ったらもうおしまい。これで提供だ。
    今日は冴えてらあ。何の迷いもなく手が動き、客の様子も手に取るようにわかる。こういう日には悪いニュースだとか誰かの悪口だとかは右から左。酒が進むわけでさあ。そんなことを考えながら夜まで順調に事が運んだ。
    朝準備していた食材が底を尽きそうになり、閉店時間も見えてきた手前、ある一人の青年が店のドアに手をかけた。彼は調子の良い日の俺でも読めない人物であった。華奢な体をしているくせして、食わない客には見えない。
    メニュー表のページもどこか一ページに定まるわけじゃない。店にはもうその青年しかおらず、閉店時間的にも青年に料理をふるまって今日一日が終わる感じであったから、俺はその青年の様子を全力で観察した。
    最後のオーダーまで完璧に裁き、最高の晩酌を迎えたいじゃないか。見た目に反して大盛りか、それともライス小の定食か、俺は考えを巡らした。しかし、青年の注文は俺の予想をぶち壊すものであった。
    ”大将のおすすめはなんだい”。青年はそういったんだ。おいおい、飲食店ではよくある発言だろって。冗談よしてくれよ。俺は口下手な職人何だ。そんな発言しようものなら、店の雰囲気がそいつを許さないよ。
    俺は今日の夜、初めてその言葉と対面した。ほかの客が居らず、青年が新客であったからか、いつもその発言の門番であった雰囲気とやらが留守にしていたのだろう。しくじったな。まったく対策していなかった。
    答えないわけにもいかないので、俺はいつも食べている店のあまりものの品の味を思い出し、青年に勧めようとした。最近俺は何を食べたっけな。ん.........ん........ダメだ思い出せない。今日の夜の晩酌の事を考えすぎたせいか
    ほんとに昨日のメニュー、今日の朝ごはんさえも思い出せない。ずっと黙り込んでいてはまずいのでその場しのぎでメニュー表の一番先頭に書いてある商品を適当に指さして、一言、”これですかね”と言った。
    ち、予想できなかったメニューだったから提供に時間がかかりやがる。落胆した気持ちが腕にまで回って力が十分に入りきらなかったが何とか品を完成させて青年に食べさせた。よく見ると青年はこの店の最寄りから、随分と
    離れた駅に行く電車の切符を持っていた。もしこの青年がここいらに住んでいないのなら、最初で最後の接客であろう。俺は飯を食べている青年を見るうちそんなことを考えていた。あの発言を聞いた時の衝撃は、飯を作り終わるころには
    すっかり青年への好奇心へと変わっていた。料理の道に進んで以来、俺の興味は料理の固定され、人に対して興味が向くことはなくなってしまったからか、人間を避ける嫌いがあった俺が、人にここまで好奇心が湧くのは、自分でも大変不思議であった。
    俺は、食事を終えそうな青年に、長年あまり動かしてなかったためか、言うことをあまり聞かない舌を何とか動かしながら、”どうしておすすめを聞いたんですか”と聞いた。すると、青年は驚いたような、それでいてどこか温かみもあるような目線を
    俺に向けて、”ここの料理を一番理解しているのは店主であるあなたじゃないですか。あなたが一番という品がここの一番なんですよ。僕はここから遠いところに住んでいて、たまたまこの店に入ったのでせっかく来たお店で最高の一品を楽しみたかった
    んです”といった。青年の言ったことは確かに正しいし、聞いてみればごくごく当たり前の発想であった。そして、もうほとんどどうでもいいことだが、やはり青年はここより遠くに住んでいた。
    俺はその発言を聞いて、少々の罪悪感と新たな視点を得た後に、”そうだったんですね。うちの商品、楽しんでもらえたでしょうか”という定型文めいた発言を添えてその会話を後にした。
    青年は、やはり温かみを含んだ目線をこちらに向けて”はい、とってもおいしかったですよ。”と言って、残りの料理を平らげ、お店を後にした。店内には静寂が広がり、お店の営業時間終了の合図を担っていたが、店主の心持ちはそれどころではなかった。
    青年の発言がやはり、自分の心に引っ掛かり、自分に足りない何かを必死に引っ張り出しているようであった。店主は、無意識に慣れた片付け業務を終わらせ、帰路に付いた。
    店の事を一番理解しているのは俺、自分の作った商品の味を瞬時に思い出せなかった俺、完璧なサービスを青年に提供できなかった俺、いろいろな場面の俺が切り抜かれ、頭の中で巡り巡った。
    この心のモヤは一体俺に何を語りかけているのだろう。それに気づいた俺にどんな事柄が待ち受けているのだろう。そんな、ぼんやりとしたことを考えながら、結局その日の夜には何も手がかりをつかむことなく、俺はベットに入り
    明日の業務に備えた。店主の朝はとにかく早いんだ。駅に行っても始発なので、ほとんどだれもいない。眠たそうにしているサラリーマンに朝から声を張って頑張る無尽蔵の駅員さん、その対比的な光景が面白く見えるほど、朝の駅は
    殺伐として面白みがないものだ。店の最寄りまでもそこまで時間はかからないから駅の景色は同じ。店までの道もほとんど誰ともすれ違わない。店の中に入ってしまえば、もうそこは俺しかいない孤独な世界さ。開店から閉店までで、ほかの
    世界から客が入ってきて、料理という道具を使いながら外交をする。そんな世界さ。思い返してみれば、独身で早朝から夜まで店を営業している俺からしてみれば、客以外の人間と接する機会なんてほとんどないわな。
    月に数回行く銭湯で会話することもないのだから、ほんとにゼロに等しい。孤独というのは自覚して初めて痛みを伴うものだ。青年の目の温かみに意識が引っ張られたのもおそらく自分が孤独だったからであろう。孤独という症状は
    ほとんど凍傷みたいなものだ。人のぬくもりから離れて心が冷えていく。心が壊死した人間は再起不能になり、人からのぬくもりを共有された人間は心の氷が溶けてまた、心が弾みだす。そんなものなんだよ。俺はあの青年にその孤独というもの
    を気づかされた上に、今俺が必要としているぬくもりの一例を差し出していったのさ。大したやつだぜまったく。幸い俺の心はまだ壊死していなかったらしい。事実、青年と会った翌日から、駅の風景や店の道中に意識が向いていただろう。
    まだ治る可能性があるんだよ俺には。そして、料理人である俺には温かみが足りなかったんだな。コンロでいくら料理を温めたってあれは表面上の温かさだったんだな。長時間コンロの火に料理を放置すると焦げるだろう。
    表面上のぬくもりは最低限でいいって事だよ。重要なのは心のぬくもり。どれだけ料理に加えても料理がダメになるどころか、おいしくなるぬくもり。これが重要だったんだ。表面だけ温めて中は冷たいまんまの冷や飯を提供してよくもまあ
    今まで料理で食っていけたもんだ。常連には感謝しかないし俺の豪運度合いにはびっくりだ。しかし、運というものは何でも与えてくれるわけではないらしい。自分の中の冷めきった部分を見つけてのはいいものの、それを温める火の種
    には見当もつきやしない。人と関わるったってどうするんだい。温かみのある会話ってなんだい。温かい飯というのはどういう味で、どういう修行を積めば作れるもんなんだね。ひどいね、運というものは。悩みの種が一つ増えちまったよ。
    この悩みを俺はどうにか消化して、また迷いのなかった職人裁きで料理を提供したいんだ。なんせ料理と客の様子には敏感な俺だからね。こいつらの様子が変になっちまったら俺まで変になっちまうよ。それだけはごめんだね。もう人生も折り返し地点なんだ。
    平和にこのまま完走させてほしいものだからね。
    あれこれ考えながら翌日も食材の下準備を淡々とこなしていき、気づけば営業の時間になった。青年に会ってから一晩が明け、また客が入り始めた。いつものサラリーマン2人に大工が3人。注文は決まってこれだな。定食、チャーハン、オムライス。
    いつもの料理をいつも通り準備していた。しかし、今日の”いつも通り”というのは、料理が完成するまでじっとしていられなかったらしい。唐揚げ定食の唐揚げを一つおまけして、デカ盛りチャーハンには餃子を、オムライスのライスにはいつもより
    鶏肉を多く入れてやった。自分でこんなことをしたのは初めてだし、おまけをする気になんて今までなったことがない。ところがどういう風の引き回しか今日はおまけをしたんだ。すると、どうだろう。やっぱりいつもの客は自分がいつも
    食べる料理には詳しくなっているもんだ。唐揚げが一つ増えていることに箸を取る前から気づいたし、餃子なんて一目瞭然、俺の手からお盆が離れる前に気づいてたよ。オムライスは、卵に守られて少し気づかれる間で時間がかかったがね。
    おまけに気づいた客はどんな反応をするんだ。俺は客の様子には敏感で今までかなりの時間凝視してきた自信があったが、今回の客を見る俺の目にはいつもと違う何かが宿っていたんだ。俺は客の反応、もっと直接的に言えば笑顔を予想してみていたんだ。
    期待というやつだよ。俺は客の反応に期待を寄せていたんだ。今までそんなものは感じたことなかったよ。客が自分の料理に文句を言わないか、次からも来てくれそうか、そんな事ばかり考えながら料理を作ってきた。そんな、今から思えば冷たいと言える
    俺が今、客の笑顔を期待してサービスをしたんだ。驚愕だろ。俺だってそうさ。俺が一番びっくりしてるさ。
    さて、気になる客の反応はというと、客は今まで見たことないサービスにびっくりしてたね。ついに数を数え間違える程ボケちまったのか、と言わんばかりの目線が俺の顔の横をかすめたよ。目線の主も流石に驚いて直撃させることはできなかったらしい。
    しかし、しばらくして、ようやくこれがおまけではないかと小声でつぶやくやつが現れ、徐々にそいつの意見が優勢になってきた。しばらくして、大工の一人が、”大将、いつもデカ盛りあんがとよ。それに餃子までもらっちゃって悪いね。また来ますわ。”
    と笑顔を向けて行ってきた。笑顔というものを久しぶりに見たが、その時俺に向けられた笑顔は間違いなく俺の人生の中に深く刻み込まれるべきものであった。ああ、これだったのか、俺の心を温めるものとは。意外と近くに転がっているものだな。普段
    俺が睨み合いをしている料理は、一度も俺に微笑みかけないし、銭湯のロビーで流れているテレビの中の笑顔も自分に向けた笑顔じゃないもんだから、笑顔というものがこんなにも嬉しいものだということをすっかり忘れていたよ。というかむしろ、
    忘れていたかったのかもしれないな。そんなに良いものが自分の周りに転がっているのに自分の手に入らないとなると、いよいよ心が壊死しちまうだろ。人として、冷たいながらも一人の人間として生きていくには当時必要だったんだよ。
    でももう俺は大丈夫。大丈夫なんだ。もう手に入った。自分に向けられた、自分の期待に応えてくれた笑顔というものを。料理という道具に頼りすぎた今までの人生は彩に欠けていたのかもしれない。登場人物が一人しかいない物語なんて誰が見たいんだよ。
    でも、今までの俺は、まさにその、誰も見たくない一人の物語の主人公をさせられていたんだ。そこに誰かを登場させるすべを知らず、もはやあきらめかけていたよ。これからは、笑顔だ。そしてその、笑顔とやらを手に入れる思いやり。方向性を間違えて
    重い槍になったらだめだぜ。相手を観察し、相手が喜ぶ最善の手を考え提供する。それが思いやりってやつだ。自分に向けられた笑顔というのは、冷めきっていた俺がギャグを飛ばせるようになるくらい素晴らしいものなんだから、観察と提供の対価として
    は十分だろ。世の中案外うまくできてらあ。
    おっと、世の中の事に感心してる場合じゃねえな。サラリーマンに大工が来たってことはそろそろ老夫婦も来る。新規の客が顔見せたりしてな、はは。魚の定食に甘いデザートを添えて、召し上がれ。夫婦にはいつだってあまい時間が必要だろ。良い
    サービスだ。もう8回も笑顔を向けられちまったよ。俺は慣れないもんだからお腹いっぱいだ。夜までもってくれよ、俺。
    俺はもう冷や飯を提供する三流の料理人じゃない。味も見た目も中身も、すべてが満たされる一流の料理人として、この定食屋をしているんだ。人もこれからたくさん来るだろう。笑顔で活気のある店なら人は当然吸い寄せられる。世の真理さ。
    これは、淡い期待でも、賭けでも何でもない。決定事項だ。今の俺はそのくらい自信と活気と勇気がある。客にだって話しかけれる。新メニューだって考えれる。そうだ、ハンバーグなんてどうだろう。子供は好きだろ、ハンバーグ。みんなに
    楽しんでもらわなくちゃ。
    気持ちが良い接客と調理をしていると一日というのはあっという間にすぎるものだな。今日の銭湯では良い汗が流せそうだ。今日という一日は、心と体に深く根を張って、俺そのものを強くした。良い日というのはこういう日をいうんだな。
    自分の中に根を張る。頭からつま先まで。そうするとボーとなって手が孤立して動いたり、足だけがゼンマイの様に動く事もない。本当の意味で一身になれるんだ。強いぜこれは。強くなった俺は店の片付けなんてお手の物。すぐできた。
    さあ、外に出てさっさと銭湯へ行こう。店の看板をひっくり返して一直線だ。あ、そうだった。大事なことを忘れてたな。看板に書いてあるうちの店名、流れ作業で看板をひっくり返すうちにすっかり忘れてたよ。「笑福」なんだ。
    店は常に笑いたかったんだな。

     
     

    KAZU

     
     
    こんにちは!大学生のkazuです。 暇なときにnoteを更新しています。暇つぶしに立ち寄ってみてください。

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