「行深般若波羅蜜多時」〜熊本地震から10年。深く生きることの意味を、今日この日に問い直す〜
今日、4月15日。
熊本地震の前震が起きた4月14日から、10年が経った。
震度7が2度にわたって益城町を襲い、直接の死者50人、災害関連死228人——。
被災地では今も、鎮魂の竹灯籠が灯されている。 Nagano-np
10年という言葉の重さを、どう受け取ればいいのだろう。
被災した人にとっての10年と、遠くで見ていた人の10年は、全く違う時間の流れ方をしていたはずだ。
中村さん(53歳)は熊本出身で、震災のとき東京にいた。
離れていたがゆえに、何もできなかった罪悪感を長く抱えていた。
「自分は関係ない場所にいた」という感覚が、ずっと心のどこかに引っかかっていた。
それでも、10年経った今日、彼はこう呟いた。
「あの夜から、何かが変わった気がする」
何が変わったのかは、うまく言葉にできない。
ただ、「いつか」と先延ばしにしていたことを「今日」やろうと思うようになった。
大切な人に連絡する。
丁寧に食事を作る。
朝の空気を深く吸う——。
それは「深く生きる」ということかもしれない。
般若心経は、その核心を一言で表している。
「行深般若波羅蜜多時(ぎょうじんはんにゃはらみったじ)」
「深く般若波羅蜜多を行じているとき」——。
「行深(ぎょうじん)」——深く実践する、深く行じる。
表面をなぞるのではなく、魂の底まで降りていくように、今この瞬間を生きること。
それがどういうことなのか、今日この日に改めて問い直してみたい——。
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