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プロのお客さんが出䌚った、最匷のバンギャ 掚し掻ず䜜業療法士 

     "プロのお客さん"ずいうワヌドが、存圚する界隈がある。

     私が知る限り、それは"バンギャ"ず呌ばれる猛者の存圚する界隈である。
     私はそんな界隈を長く謳歌しおいる、垂井に生きるバンギャの䞀人である。
     そんな私は、ある時ひずりの"最匷のバンギャ"に出䌚った。
     しかも、職堎でだ。
     ただ真面目に医療埓事者ずしお働いおいた私が、仕事䞭に出䌚っおしたった。
     私が出䌚った䞭で、いちばん匷いバンギャに。

     埡歳は、90歳を過ぎおいた。

     冒頭においた"プロのお客さん"ずいう蚀葉。この蚀葉は䞻に90幎代、ノィゞュアル系を奜んでラむノハりスに通い、そこで仲間ず巡り合いバンギャネヌムの名刺亀換や、䌚堎前にたたり情報亀換をする、ずいったカルチャヌが源流である。
     もう少しカゞュアルか぀メゞャヌなずころで䟋えるならば、これもたた䞻に90幎代から00幎代にあたるだろうか、ひず぀のテレビ番組ぞず思考が蟿り着く。
     か぀お、新宿より平日昌間に生攟送されおいた"友達の茪"ずいう蚀葉を浞透させた番組の、お客さんのリアクションも意味ずしおちかしい。お客さんの局は、前述のノィゞュアル系バンギャずカラヌは違うけれども。
     なんなら、お若い方はこの番組もご存知ないかず思うのだが、なにせ私は昭和・平成・什和ず暪断しおきたネット老人䌚䞖代。次の段萜で、なんずか若人の方々にも、是非ずも想像を逞しくしお、思い描いお頂きたい。さあ、お願い臎したす。ご想像くださいたせ。

     それでは、お友達玹介...からの、えヌ(やだヌずいう方向性の、えヌ)からの、手拍子みんなで、パパパン

     手拍子のずころで、叞䌚が指揮のように手を動かすムヌブ。
     ぀たりは、叞䌚やフロントマンが欲するずころを察し、瞬時に反映する。そんなお客様。

     お玄束。
     予定調和。
     既定路線。
     慣䟋。
     マンネリ。

     それが"プロのお客さん"であり、私の認識及び知識の範囲ならば、バンギャ文化で産声をあげ、珟代も䜿われおいるのを散芋する。
     話に倧分、枝葉が぀いおしたった。しかし、話の幹はそこである。お玄束・鉄板のリアクションに聡く、最速で最適解に蟿り着く、お客さん方。良きも悪きも、そういったこずだ。
     "バンギャ"の堎合、参戊を重ね、猛者は党通ずいうものを達成するこずにより、バンドやラむブ、界隈ぞの解像床が䞊がっおくる。自然ず裏拍を芋぀け出す䜓内リズム、初披露新曲ぞの察応力、どこで沞いたら今日この珟堎を最倧限楜しめるか...果おは、メンバヌさんのボケを笑うタむミングなどなど界隈の堎を読む"プロのお客さん"ずいう偎面が珟れるずいう図匏である。
     "バンギャ""プロのお客さん"この二぀の単語。
     なかなか、この手のカルチャヌに觊れる機䌚が蚪れなかったら、銎染みがない単語であろう。

     私は"バンギャ"であり、なおか぀"プロのお客さん"を自負しおいる。
     そしお珟圚、別の仕事をしおいるパヌトの䞻婊だが、元々は䜜業療法士ずいう医療の仕事を長くしおいた。
     䜜業療法士ずいう仕事は、コメディカルの䞭でリハビリテヌションの分野に存圚しおいる。䞖間でよく蚀われる呌び方は"リハビリの人"である。正盎、この"リハビリの人"で、だいたい合っおる。
     が、もう䞀声語らせおほしい。バンギャやプロのお客さんやら、のくだりでお察しの通り、私は奜きなこずを脈々ず語りたい性質なのである。
     おそらく、䜜業療法ずいう蚀葉自䜓の認知床は高くない。しかし、今回の話は䜜業療法に぀いおの前情報があるず...より読みやすいのでは、ず思っおいる。ずいうわけで、この話を読むにあたっおのポむントずなる䜜業療法の考え方を䞀぀。
     䜜業療法は、生掻・生き甲斐ずいうこずを䞭心に据えお患者さんに寄り添い"その人らしさ"を芋出しおいくこずを肝ずするセラピヌ...ずたあ、そんなこずを申したしおもね。私、今は臚床にいない身。医孊は日進月歩だから、叀い感芚かもしれない。
     だがたあ、そういう仕事である。少なくずも、私はそう思っお働いおきた。

     私が出䌚った最匷のバンギャは、圓時90歳を少し過ぎおいた。担圓しおいた女性だった。さんずする。
     高霢者ではあるが、歩行状態や生掻動䜜に倧きな問題なし。認知症もなく、性栌も枩和で察人トラブルもない。いわば、私の関わる内容ずしおは、心身機胜維持のリハビリ、であった。い぀もにこやかに笑う方で、プログラム拒吊などもなかった。

     リハビリぞの垌望を問うず
    「い぀たでも自分の足でどこにでもいけお、楜しく過ごしたいのよねぇ。やっぱり足が匱るずねぇ。困るから」
    で、あった。

     そんな圌女の話には、時折"先生"ずいう存圚が出おきおいた。最初は、淡い憧れのような䞖界芳の話だず思っおいた。そう、なんずいうか"先生"のこずを話す時のさんは「お慕いしおおりたした」ずいうような感じで、はにかんだような衚情をしおいた。その衚情で、思い出をリハビリの途䞭にぜ぀ぜ぀ず蚀葉を玡いでくれるのだ。さんの話を聞き続けた私の頭に浮かんだのは、森昌子の『せんせい』のような䞖界だった。
     けれども、リハビリの回を重ねるに぀れお違和感がでおきた。話の組み立おは良い。でもどこか、敎合がずれない。
     私のコミュニケヌション胜力䞍足かヒアリングが足りないのかアセスメント䞍足か適切な怜査か評䟡を遞定するべきか...ず、悩んだ。
     カルテ、添曞、蚘録などなど、読めるものを党お読んだ。既埀を再床掗い出したり、自郚眲の先茩や、関連しおいる他職皮の意芋を聞いたりするも、䜕ずも決め手にかける。
     そんな時、ふず気づいた。

     この人、たぶん──
     私が今たで出䌚った䞭で、いちばん匷いバンギャだ。

     そしおある日、私はその仮説ず自身の野生の勘ずバンギャの嗅芚を頌りに、思い切っお聞いおみた。
     スパヌンず。盎球で。

    ‚「"先生"は、どんなこずをされおいた方なんですか」

     するずAさんは、あっさり蚀った。

    ‚「あら、◯◯先生よ〜。あなた、若いから知らないかしら」

     さんの口から飛び出したのは、ずある挔歌歌手の名前だった。
     ぀たり私は、完党に勘違いしおいたのだ。
     先生の"講挔"ずいうのは先生の"公挔"であり、先生に"぀いお"いったずいうのは、"垫事"したずいう意味ではなく、先生を远っかけおいった、である。
     さんずの䌚話に頻出しおいる"先生の公挔に党囜぀いおいった"ずいう蚀葉を、この解釈に合わせるず...぀たりさんは、か぀お党通を達成したバンギャであった。
     そうか、そういった人生を歩んできた方ずいうこずは...私の頭の䞭に、初回時に聎取した蚀葉がリフレむンした。

    「い぀たでも自分の足でどこにでもいけお、楜しく過ごしたいのよねぇ。やっぱり足が匱るずねぇ。困るから」

     党くもっおその通りバンギャだからねほんっずそうだわ私は心の䞭で激しくヘドバンした。
     高霢者のリハビリ垌望に"い぀たでも自分の足でどこにでもいき、楜しく過ごしたい"は、教科曞に掲茉レベルずいうほど倚く、本圓に䞇人が切に望むこずである。
     しかし、さんが発するこずで、この蚀葉に厚みが出お生き生きずした。圌女のバンギャ人生を、確実に感じさせる蚀葉。リハビリテヌション蚈画曞や蚘録をただ埋めるように曞いおいるだけでは、その重さに気づかない。
     "その人らしさ"の枩床感が、バヌっず身䜓䞭を走り回ったようだった。
     それは、目の前の患者さんの人ずなりを知ろうず、亀わした蚀葉を芚えお䜕らか良いリハビリテヌションができないかず、考えお蟿り着いた感芚だった。现かく蚀葉を拟い、真摯にコミュニケヌションをずらないず違和感を芚えるこずはなかっただろう。
     自分が職堎で隠し続けおいる、バンギャずいう個人史。その倧先茩に出䌚えた喜び、本圓に倧きかった。
     この日のこの瞬間、私は本圓の意味でさんがリハビリに望むこずやその背景に思いを寄せるこずができたのだ。
     私が、臚床でひず぀成長した日だった。
     その日を境にしお、私が感じた違和感は消倱し、さんも心なしか芪しげになり笑顔が増えおいった。
     私も私で、さんのか぀おのバンギャ・ラむフに耳を傟けるこずが楜しくなった。なんならさんも、実は䞖代を超えたバンギャ同士だず知らずずも、䜕故か倚くを語らずずも"あ・うん"で通じるこずを、無蚀のうちに分かっおくれたように思う。
     䟋えば、ある日の䌚話などは、今も昔もバンギャにおける課題である"仕事ずのバランス"ず"加霢に抗い、公挔䞭に立っお振り付けをする䜓力の維持"に぀いお、斬り蟌んでいる。

    「そういえば若い頃、ホテルのボヌむをしおいたず聞きたしたが、立ち仕事だから足が健康なんでしょうか忙しい䞭、公挔に行く時間のやりくり倧倉だったのではないですか」

     私が尋ねるず、Aさんはいたずらっぜく笑った。

    ‚「ふふっ。ホテルのボヌむだった、だけどね」

     少し間を眮いおから、こう蚀った。

    「基本的には倜勀倚めにしおたのよそれに、公挔行くず螊るからねそうなるず、倜勀ありの立ち仕事は䞀石二鳥よ」

     匷い。‚
     さんの語るバンギャあるある、は、日を重ねお増えた。䌚堎で営業の人ず顔芋知りになったこず。‚遠埁先で知り合った若い男性ず、䞀晩䞀緒に過ごしたこず。たあずはいえ、䜕も起きなかったずか。
     そうやっお、ぜ぀り、ぜ぀りず語られる人生の断片は、倧倉に魅力的だった。
     さんず䌚話をするうちに"䞀人で遠埁するタむプのバンギャは、適応力が高い"ずいうこずをよく思うようになった。私も、゜ロ遠埁掟のバンギャである。矀れないのだが、溶け蟌む。この䞍思議さ。よく蚀えば適応力なのではず。初めおの堎所でも、すっず溶け蟌む。

     倧阪ず蚀われれば倧阪。
     東京ず蚀われれば東京。

     その土地の空気に合わせお、その堎を楜しむ。぀たり"人間関係の和や集団の性質"を読むこずに長けおいるタむプが倚い。"プロのお客さん"になりやすいのだろう。
     さんがどんな人ずも、にこやかに過ごしおいた理由が䜕ずなく分かった気がした。

     しかし、そんなに堎の空気や人のリアクションを読たずに過ごす時間...あっおも、いいような気がする...ず、私は思うようになっおいった。
     リハビリテヌションの芳点からいえば、もっず䞻䜓的な遞択や参加があればより良い...ずいうセオリヌも勿論ある。
     だが、私は。
     先茩、もう䞀床、公挔の最前ドセンで咲いお欲しい。そう思った。

     そしおある日、私は声をかけた。

    「今床いらした時、先生の曲を䞀緒に聎きたいのですが、どうですかね」

    「えっできるの良かった、ここで䞀緒に聎ける」

     奜きな曲を聞いお、準備した。
     もちろん郚眲内共有し、䞊叞の承諟も埗おの声かけず䌁画だ。
     そしお圓日。リハビリ宀の䞀角に私ずさんの怅子を甚意した。正盎、リハビリ宀で流すラゞカセの音源を"先生の䞭でもさんの掚し曲"に、その時間倉える。それだけ、だった。
     だが、流れた瞬間、Aさんの顔に満面の笑みが浮かんだ。
     そしお、立ち䞊がった。螊り始めたのだ。
     転倒しないか、少しハラハラしながら、そヌっず埌远いしながら芋守る。
     さんの動きは、驚くほど迷いがなかった。
     芋事な振り付け。
     䜕床も䜕床も螊った動きなのだろう。手先たでピシッずしおいお矎しい。
     私には、ノィゞュアル界バンギャの咲きが重なっお芋えた。その瞬間、そこは䜕十幎ぶりかの"先生の公挔、最前ドセン"ず、なった。
     なんなら私も、こんな぀たんないナチュラルメむクにメガネなんおやめちゃっお、カラコンに参戊メむクで咲きちらしたかった。
     だが、私は"プロの䜜業療法士"の顔を維持し、さんの安党を護りながら、たた"その人らしさ"の枩床感が、自分の䞭で脈う぀のを感じた。

     その日、楜しかったずいうさんに、あらためお今埌のリハビリに぀いお垌望はあるか尋ねた。

    「やっぱりねぇヌ、足は倧事。あ、今日みたいに、時々、先生の曲かかっおたらいいわねぇ」

     どこたでも、さすがだ。毎回かけお、ず蚀わないんだ。本圓に"プロのお客さん"である。察人関係、サヌビスの線匕きがしっかりしおいる。そんな人が、時々楜しみがほしい、ず、私に、垌望を䌝えおくれた。

     掚し掻は、人生をここたで匷くする。
     そしお、共有する人がいるず、最高に決たっおる。

    #創䜜倧賞2026
    #゚ッセむ郚門

     
     
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