
🪶十五年目の、靴箱の隅 —— 捨てられなかったスニーカーと、歩き出す私|今日は何の日エッセイ #113
靴箱の最下段、奥の奥に、そのスニーカーは眠っている。十五年。一度も陽の光を浴びず、埃を被ることもなく、ただそこに在り続けている。かつては真っ白だったキャンバス地は、あの日浴びた泥と水で、焦げ茶色に染まったままだ。
三月十一日。私は、一年に一度だけ、その靴を手に取る。サイズはもう、今の私の足には合わない。けれど、それを捨ててしまうことは、あの日から今日まで歩いてきた「時間」そのものを、なかったことにしてしまうようで、どうしてもできなかった。
十五年前の私は、その靴を履いて、崩れた街を呆然と眺めていた。「もう、どこへも行けない」そう思っていた。
けれど、靴は知っていたのだ。傷だらけの底で、瓦礫を一枚一枚踏み越え、一歩、また一歩と、私を前へ進ませていたことを。涙で前が見えない夜も、足元だけはしっかりと、明日へ続く地面を捉え続けていたことを。
古い靴が、暗闇の中で私に語りかけてくる。 「私たちは、ここまで歩いてきた。だから、あなたはもっと遠くまで行ける」
幸せは、記録ではなく、傷だらけの靴底に宿る。あの日から今日まで、生きて、歩き続けてきた、その物理的な尊さ。靴箱の隅にある小さな「記憶の根っこ」を抱きしめて、私は今日も、新しい靴紐をきつく結び直す。
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