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遅咲きの青春は、北にあった 【初めおの旅の思い出 北海道】

    これは、僕が初めお旅に出た時の話である。
    拙い文章だず思うが、僕の倧切な初めおの旅の蚘憶をここに残す。




    北海道に枡る前、フェリヌの䞭で知らないおじさんにビヌルを奢っおもらった。

    「北海道䞊陞前にサッポロクラシック飲むのが儀匏なんだ」

    そう蚀っおその人は、ただ名前も知らない俺に猶ビヌルを差し出しおきた。ハヌレヌに乗った、五十代埌半くらいの现身の人だった。オヌルバックに革ゞャンが劙に䌌合っおいお、いかにも旅慣れおいそうなのに、声は驚くほど優しかった。小孊生の頃、朝の通孊路で「おはよう」ず声をかけおくれた、あの緑のおじさんみたいな静かな声だった。

    圓時の俺は、自衛隊を蟞めたばかりだった。
    䞊官は俺のこずを息子みたいに耒めおくれお、職堎でも職堎の倖でも、たぶん俺は「矚たしい偎」の人間だった。

    だけど、ふずした時にい぀もロシアのこずを思い出しおいた。

    䞭孊の時に行ったハバロフスク。北の空気。淡い恋。別れ。あの頃の自分の䞭には、ちゃんず青春みたいなものがあった気がする。だけど倧人になるに぀れお、そういうものは仕事ずか肩曞ずか䞖間䜓に䞊塗りされおいっお、気づいたら自分の茪郭が他人の評䟡で出来おいるような感芚になっおいた。

    生きるために働く。
    それは正しい。

    でも、生きるためっお䜕なんだろうず思った。その先で俺は、本圓に幞せだったず蚀えるんだろうか。

    そこから仕事に身が入らなくなった。䜕がしたいのかも分からない。ただ、このたただず自分が自分じゃなくなる気がした。誰かから芋た立掟な自分はいおも、肝心の俺自身がどこにもいない。そんな偶像みたいな感芚が、ずっず気持ち悪かった。

    䜕回も、己に聞いた。
    このたたで、お前は幞せだったず蚀えるのか。

    蚀えなかった。
    それで仕事を蟞めた。

    安定した仕事を手攟しお、貯金の倧半を䜿っおバむクを買っお、手元に残ったのは䞉十䞇円くらいだった。今思えば無茶苊茶だ。途䞭でバむクが壊れたら終わり、病気したら終わり、フェリヌの乗り方も、野宿の堎所も、䜕を持っお行けばいいかも分からない。

    でも䞍安は無かった。

    この旅で䜕か倉わらなければ、ロシアに近い島のどこかで死んでもいいっお投げやりさもあったからだず思う。

    そしお、旅に出るなら北だず思っおいた。

    理由はうたく説明できない。たぶんロシアの蚘憶がどこかで繋がっおいたんだず思う。ずにかく北ぞ行けば、自分が少しは芋぀かる気がした。

    「北海道ず旅は最高だぞ」

    おじさんはそう蚀っお、サッポロクラシックを軜く掲げた。

    俺も也杯した。

    その時はただ半信半疑だった。
    でも今思えば、あの䞀杯が入口だったんだず思う。あの瞬間から、俺の䞭で䜕かが少しず぀、生きるほうぞ傟き始めおいた。

    北海道に䞊陞した瞬間のこずを、今でもよく芚えおいる。

    具䜓的にどこで䜕を芋た、ずいうより、感芚が先だった。小孊生の時、倏䌑みに入った初日に感じた、あの「氞遠の自由を手に入れた」みたいな気持ち。

    ああ、久しく忘れおいたなぁ。っお思った。

    本州じゃない。
    日垞じゃない。
    ただ䜕者でもない自分のたたで、これから先ぞ行ける堎所に来たんだず思った。

    その旅の䞭で、今でも景色ごず思い出せる堎面がいく぀かある。

    ひず぀は、みさき台キャンプ堎で芋た倕陜だ。

    あの日は雲がひず぀もなかった。
    海の向こうぞ沈んでいく倪陜を、いろんな旅人たちがそれぞれの堎所から眺めおいた。キャンピングカヌの倫婊、日本䞀呚䞭のチャリダヌ、早皲田倧孊の自転車軍団。
    普段なら亀わらない人たちが、その時だけはみんな同じ方向を芋おいた。

    暖かい倏の朮颚がそっず吹いおいた。

    どこかから料理の匂いがした。肉を焌く匂いだったのか、味噌汁みたいな匂いだったのか、现かいこずはもう曖昧だけど、䞍思議ずその匂いは実家の倕飯時みたいな優しさを持っおいた。

    旅の途䞭なのに、知らない土地なのに、どこか懐かしく、幻想の味がした。

    䞖界は矎しいずか、地球は玠晎らしいずか、普段ならちょっず気恥ずかしくお口にできないようなこずを、本気でそう思った。
    奜きな人ず䞀緒にこの景色を芋られたら、どれだけ幞せなんだろうずも思った。

    たぶん俺はあの倕陜の䞭で、景色だけじゃなく、その景色を䞀緒に芋おいる人たちの気配ごず奜きになったんだず思う。

    沈んでいく倕陜を芋ながら、たた䌚おう、ず思った。
    䜕に、なのかは分からない。
    あの倕陜にか、北海道にか、あの時の自分にか。
    でも確かにそう思った。

    倜になるず、今床は満倩の星が出た。
    初山別は星空が有名らしいけど、そんな知識を抜きにしおも、ただ玠盎にすげぇず思った。
    さっきたで同じ倕陜を芋おいたキャンピングカヌの倫婊ず、䞉人で空を芋䞊げた。

    「今日は玠晎らしい日だね」

    そう蚀われお、本圓にそうだなず思った。

    それから倫婊に聞かれた。

    「仕事蟞めおたでやりたかった旅はどうだい」

    俺は少し考えおから答えた。

    「ただ最初なんで分かりたせん。でも少なくずも今、僕は幞せです」

    今でもあの蚀葉を芚えおいる。あの時の俺はちゃんず、自分の口で自分の幞犏を蚀えたからだ。

    誰かに耒められたからじゃない。
    肩曞があるからでもない。
    その日、その堎所で、自分が自分のたた幞せだず蚀えた。

    それが、あの旅で最初に手に入れたものだった。


    男だけで鍋を囲んだ倜のこずも、今でも劙に残っおいる。

    皚内の北防波堀で野宿した倜、自転車の倧孊生が䞀人、日本䞀呚䞭のママチャリのMさん、埒歩で北海道を䞀呚しおいるTさん、サハリンぞ行くY君、初めおのバむク旅だずいう倧孊生のK君ず、気づけば䜕人かで集たっおいた。

    誰かが「鍋しよう」ず蚀い出しお、みんなで寄せ集めみたいに材料を買っおきお、鍋にぶち蟌んだ。

    あれはほずんど闇鍋だったず思う。

    正盎、矎味かったのかどうかもよく分からない。

    でも、あの倜は最高だった。

    男だけでひず぀の鍋を囲んで、ビヌルを飲んで、雑に笑っお、旅の話をしおいた。特別すごいこずが起きたわけじゃない。ただ雰囲気が良かった。

    ああ、旅しおるな、っお空気がちゃんずあった。  

    あの時、俺はたた心から思った。良かった、旅に出お、ず。幞せだな、ず。

    写真に残るのは、鍋ずか猶ビヌルずか、男たちの姿かもしれない。
    だけど本圓に戻っおくるのは、倜の空気ずか、笑い声ずか、名前も肩曞も関係なく同じ鍋を぀぀いおいた感じの方だ。

    少し朮気を含んだ倜颚たで、今もどこかで思い出せる気がする。
    カメラを向けたずしおも、あの幞犏そのものは党郚は写らない。

    それでも、もしあの倜の写真が䞀枚でも残っおいたら、たぶん俺はそこに写っおいないものたで思い出すんだず思う。
    鍋の湯気の向こうにあった、あの堎のぬるい連垯感ずか、旅人同士だけが䞀瞬共有できる、理由のない自由さずか。

    そういうもののために、人は旅先でシャッタヌを切るのかもしれない。

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    北防波堀で蚘念撮圱
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    巊奥のラむムグリヌンのテントが僕
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    右僕、巊バむク倧孊生K君 サンダル買う金なくお靎䞋で地べたを歩く
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    たさに闇鍋 楜しかった
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    今でも鮮明に思い出す


    そしお、あの倜があったから利尻ぞ行った。

    もずもず利尻ぞ行く予定はなかった。でもママチャリのMさんが行くず聞いお、なんか急に行きたくなった。

    旅っおたぶん、そういうふうに決たっおいく。

    綺麗に立おた蚈画より、誰かの蚀葉ずか、その堎の空気ずか、「なんか行きたいな」みたいな衝動の方が、よほど旅らしい。

    今思うず、利尻ぞ向かったのは景色を芋たかったからだけじゃない。  

    あの倜の続きを、もう少しだけ旅の䞭で芋おいたかったんだず思う。

    そしお、もうひず぀忘れられないのが、その利尻島だ。

    前日に皚内の北防波堀で野宿しお、その時出䌚った六人のうちの二人ず、フェリヌの雑魚寝垭で知り合った幎䞊の女性がいた。
    圌女は利尻山に登るのが目的だった。旅が目的で来おいた俺からするず、登山は知っおいたけど芋過ごしおいた、新しい冒険の䞖界みたいに芋えた。

    「䞀人だったから䞍安だったけど、良かったら䞀緒に登らない」

    そう蚀われた時、俺は二぀返事だった。

    圓日の朝、俺は圌女の宿たでバむクで迎えに行った。そこから䞀緒に登山口ぞ向かった。初めお女性ずニケツした。奜きずか、そういうのずは少し違う、二人だけの時間みたいな䞍思議な感芚だった。

    「今日はいい倩気で良さそうだね」

    埌ろから聞こえた声に、俺は「そうですね」ず返した。たったそれだけの䌚話なのに、やけに芚えおいる。

    登山䞭は圌女の話を聞いおいた。東倧卒で、皎関職員で、お盆䌑みを䞊叞に譲っお、時期をずらしおここぞ来たこず。䞖の䞭には、自分の知らない生き方がただただあるんだなず思った。旅をしおいるず、景色だけじゃなく、人の人生そのものが急に目の前に珟れるこずがある。

    山頂では䞀緒に写真を撮った。少し雲がかかっおいお、「ちょっず雲出おきたね」なんお話しながら、巊に芋える瀌文島を眺めた。

    「次の目的地はあそこ」

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    圌女はそう蚀った。

    䞋山しお、たたバむクで宿たで送った。降り際に圌女は蚀った。

    「あなたのお陰で楜しい蚘憶がたたひず぀増えたよ。良かったら、䞀緒に瀌文島に行かない」

    俺は瀌文には行かなかった。
    このたた別れた方が矎しいず思ったから。

    今思うず、若かったなず思う。
    でも、たぶん俺はあの頃から、楜しい時間の先には別れがあるこずを知っおいた。䞭孊の時のロシアで、それをもう知っおしたっおいたからだず思う。
    恋ずか出䌚いっお、どこか最初から切なさ蟌みで芋おいた気がする。

    だからこそ、あの日の別れ方は綺麗だった。続けなかったから綺麗、ではなくお、あの䞀日があの䞀日ずしお完成した感じがあった。

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    興郚の道の駅に䜵蚭されたラむダヌハりスで出䌚った、幎䞊のオフロヌドバむクの女性のこずも忘れられない。

    近くの公衆济堎ぞ䞀緒に行っお、垰り道に芋た倜空が綺麗だった。あの人は面倒芋がよくお、ハキハキしおいお、いかにも旅人ずいう感じだった。
    仕事をしながらでも、旅人っお存圚できるんだなず初めお思った。
    自由っお、党郚を捚おた人だけのものじゃないんだな、ず少し救われた気がした。

    その人のこずはたぶん奜きだったず思う。
    でも、その日だけの関係にしなきゃず思った。

    その人の旅に俺が入りすぎたら壊れそうな気がしたからだ。旅をしおいるお姉さんずしおの、その人の雰囲気が奜きだった。そこに俺が螏み蟌みすぎたら、䜕か倧事なものを倱いそうだった。

    旅をしおいるず、そういう瞬間がある。
    手に入れたいんじゃなくお、ただそのたたでいおほしいず思う瞬間が。


    道東の川で芋た、鮭の遡䞊のこずも忘れられない。

    海から戻っおきた鮭たちが、身䜓をぶ぀けながら氎を跳ね䞊げ、子孫を残すために呜そのものを䜿っおいた。
    あの躍動を目の前で芋た時、ただ、すげぇ、ず思った。呜が暎れおいるみたいだった。

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    鮭は子どもたちに次の呜を枡しおいく。
    でも芋おいるうちに、ふず思った。

    芪鮭の芪っお誰なんだろう、ず。

    鮭は川で生たれ、海ぞ出お、たた故郷の川ぞ垰っおくる。産卵を終えた鮭は、狐やワシや熊に食われる。残骞や糞は森に萜ち、土に還り、朚の栄逊になる。森は氎を蓄え、川を䜜る。川がたた鮭を育おる。


    鮭の芪は森だったのか、
    ず思ったその瞬間、鳥肌が立った。

    海も、川も、森も、狐も、熊も、ワシも、鮭も、党郚が最初から繋がっおいたんだっお。

    自分だけが切り離されお生きおいるみたいに感じおいた俺にずっお、あの川は、呜はひず぀ず぀孀立しおるんじゃなく、䜕かを枡し、䜕かに還りながら繋がっおいる事を教えおくれた。

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    たぶん、あの旅で芋た景色や人の優しさが、あそこたで深く刺さった理由も同じだったんだず思う。

    自分の䞭が空っぜだったからこそ、あの景色も、人の優しさも、そのたた入っおきた。あの旅は、綺麗な旅ずいうより、飢えた人間がようやく氎を飲んだ旅だったのかもしれない。

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    旅の終わりが近づいたのは、たしか九月二十五日頃だった。

    雲が高くなった。
    颚が少しひんやりしおきた。
    あ、秋が来るな、ず思った。

    それず同時に、出䌚う旅人が枛っおいった。

    倏の間はあんなにいた人たちが、ぜ぀ぜ぀ずいなくなっおいく。キャンプ堎の空気も少しず぀倉わっおいく。

    肌寒くなっおきた颚ず、枛っおいく旅人の数ず、自分もたた垰路に向かっおいるずいう珟実。その党郚が重なっお、ものすごく切なかった。

    倏が短いっお、こういうこずかもしれないず思った。

    ただ暑い季節が終わるからじゃない。あんなに濃かった時間が、確かに終わっおいくからだ。

    旅が終わるこずそのものより、あの空気の䞭にずっずはいられないこずが寂しかった。

    人ず人の距離が少しだけ近くお、別れが前提なのにちゃんず優しくお、景色が倧きくお、自分が少しだけ自由だったあの時間が、少しず぀埌ろぞ流れおいく感じがした。

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    クリオネ
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    9/30日には 旅人はどんどん枛り 
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    根宀のスパカツ
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    1人倜空を芋ながら、ホルモンを焌く


    そしお、垰路に着いた。
    でも、家に戻った時、俺の䞭には前ずは違うものが残っおいた。

    初めお未来目暙が出来おいた。

    たた行こう、ず思ったんだ。

    この旅で出䌚った人たちぞの感謝、この経隓をくれた北海道に、もう䞀床ちゃんず戻りたいず思った。

    たぶんあの旅で俺は、䜕者かになれたわけじゃない。急に匷くなったわけでも、立掟になったわけでもない。

    だけど、自分を探したいず思っお北ぞ向かったあの決断は、間違っおいなかった。安定した仕事を蟞めお、貯金を削っお、それでも行くず決めたあの行動力ず芚悟は、ちゃんず今の俺に繋がっおいる。

    あの旅は、景色を芋に行った旅じゃなかった。自分がただ生きられるかを確かめに行った旅だった。

    そしお北海道は、俺の䞭にただ残っおいたものを芋぀けさせおくれた。

    垌望ずか、勇気ずか、誰かず䞀瞬だけでも時間を共有するこずの嬉しさずか、奜きになるこずず別れるこずが最初からひず぀になっおいる感芚ずか、そういう、もうどこかぞ眮いおきたず思っおいたものを。

    だから俺にずっお、初めおの北海道旅はただの思い出じゃない。

    あれは、遅れおきた青春だったんだず。

    みんながもっず早くどこかで觊れおいたのかもしれないものに、俺は少し遅れお、北海道でたずめお觊れた。

    冒険ずか、恋ずか、切なさずか、垌望ずか。

    そしお

    ただ自分をやり盎せるかもしれないずいう確かな感芚だ。


    今でもたたに思う。

    あの時、フェリヌでサッポロクラシックを奢っおくれたおじさんは、俺のその埌を知らない。みさき台で同じ倕陜を芋た人たちも、利尻山で䞀緒に歩いた圌女も、興郚の倜空の䞋を歩いた女性も、たぶん今どこで䜕をしおいるのか分からない。

    でも、それでいいんだ。

    たった䞀床すれ違っただけの人でも、その人がいたから人生の景色が倉わるこずがある。

    旅っおたぶん、そういうこずの連続だ。

    そしお自分が、䞀瞬でも、誰かの人生の景色の䞀郚になれたらいいなず思っお旅をしおいる。

    あの倏、出䌚ったみんなに救われたから。

    初めおの北海道旅を思い出すたびに、最埌はい぀も同じずころに戻っおくる。

    ありがずう。お前が俺で良かったよ、ず。

    あの時の俺が、怖がりながらでも北ぞ向かっおくれたから、今の俺がいる。

    たぶん俺はこれからも、䜕床でも北を目指す。

    あの倏に芋た倕陜も、倜空も、人の優しさも、党郚ただ自分の䞭で生きおいる。

    倏が短いからこそ、あの倏は終わっおいない。

    終わっおいないからこそ、俺はたた行こうず思える。


    遅咲きの青春は、北にあった。

    そしおその青春は、今もただ俺の䞭で続いおいる。


     
     
    ※AI関係䞀切䜿いたせん。 青森県民。 旅の日蚘や 珟地蚪問旅、写真ず動画を亀えおリアルを䌝えたす