
きっと見つかる ―― 猫探偵ハヤトの「キャット見つかる」日々
きっと見つかる。
俺は毎回、そう自分に言い聞かせながら、夜の路地を歩く。
通称「キャット見つかる」男。職業は猫専門のペット探偵。
元は浮気調査をしていた探偵だったけど、今は「壊れる瞬間」ではなく「戻る瞬間」のために歩いている。
この仕事は、想像以上に静かで、孤独で、でもどこかふわっと温かい。
電話がかかってくるのは、たいてい夕方以降だ。
「うちの猫がいなくなって…」という声は、いつも少し震えている。
飼い主さんは家族の一員を失ったような顔をする。俺は「なんとかなりますよ」と答えながら、心の中で「きっと見つかる」と呟く。でも、正直なところ、いつも見つかるとは限らない。それがこの仕事のシビアなところだ。
去年の年末、市川市のシロくんの依頼が来たときは、特に胸が痛んだ。
「もう1ヶ月経つんです。年越しも、家族がいないまま…」
飼い主さんの声は、世間が正月気分で浮かれている中で、まるで取り残されたように聞こえた。
以前頼んだ探偵社では成果が出ず、お金だけがかさんでしまったという。
年末年始で依頼が受け付けられなかったタイミングも重なり、ようやく俺のところへ。
逃げてから1ヶ月。猫は外に慣れ、移動範囲も広がっている。状況は厳しい。
でも、俺は「猫は意外と近くにいることが多いんです」と伝えながら、ビラを広範囲に撒き始めた。
すると、その日の夜。飼い主さんから連絡が来た。
「お庭のカメラに、1ヶ月ぶりにシロくんが映ってました!」
久しぶりに見た白い姿に、飼い主さんは涙ぐんでいた。
しかし喜びは長く続かない。シロくんは再び姿を消してしまった。
そこからが本当の根比べだった。
目撃情報が入り、近所のお庭にご飯とカメラを置かせてもらう。
でも、ハクビシンが来て迷惑だと言われ、別の親切なお宅に場所を移した。
「捕まえるまで好きにしていいよ」と快く許可をくれたおばあちゃんの笑顔が、今でも忘れられない。
手動の罠を仕掛け、餌付けを始める。
シロくんは警戒心が強くて、なかなか罠に入らない。
朝から昼にかけてご飯を食べる姿がカメラに映る日もあれば、ぱったり来なくなる日もある。
車の中で何時間も息を潜めて待つ。夏の夜は虫がすごくて、冬の早朝は指先が凍えそうになる。
「今日はキャットミスか…」と独り言を呟きながら、ホッカイロを握りしめる。
そんな日々が続いたある早朝6時。
冬の冷たい空気のなか、飼い主さんからもらったホッカイロを握りながら車の中で待っていると、
ついにシロくんが罠の前に現れた。
息を殺す。
シロくんは僕の車をじっと見つめ、なかなかご飯に近づかない。
チラチラとこちらを警戒しながら、そろりそろりと罠に入っていく。
まだだ……ご飯を食べ始めてから。
ゆっくりと座って食べ始めた瞬間、
俺はヒモを引いた。
カチッ、という小さな音とともに、罠が閉まる。
シロくんが無事に入った。
長い依頼が終わった瞬間だった。
お礼を言って飼い主さんの元へシロくんを届ける。
でも、罠から出すときにめちゃくちゃ噛まれて、手から血がにじんだ。
飼い主さんが慌てて近くの病院を紹介してくれた。
朝から出血しながら「よかったね」と笑う自分が、少しおかしかった。
飼い主さんは「ようやく新年を迎えられます」と言って、目を細めた。
その笑顔を見ると、夜中に不審者扱いされながら歩いたり、雨に打たれながらビラを撒いたりした疲れが、ふっと溶けていく。
もう一つ、栃木のロイくんの話も忘れられない。
真夏の8月、テレビのスタッフさんと一緒に宇都宮へ向かった。
ロイくんは元野良猫。初めての脱走で、失踪場所の近くの空き地で一度見つかったのに逃げられてしまったという。
元野良だけあって行動範囲が広い。
夜になると住宅街にたくさんの野良猫が出てくるけど、肝心のロイくんはなかなか姿を見せない。
ライトを当てると、遠くで2つの目が光る。警戒心が強くて、すぐに逃げてしまう。
何度も場所を変え、罠を仕掛け、ご飯を置く。
暑い車の中でスタッフさんと一緒に何時間も待つ日が続いた。
ある夜はバイクの音に驚いて逃げ、またある日は捕獲器に入ったのに踏み板を踏まずに出て行ってしまう。
完全に猫に振り回されている感じだった。
結局、ロイくんは人間が張り込んでいることに気づいたのか、自宅のお庭に戻ってきた。
僕たちが撤収した夜、カメラに映ったロイくんは、まるで「やっと静かになったね」と言っているみたいだった。
飼い主さんに抱かれるロイくんの姿を見て、俺はまた思った。
この子たちは、結局「自分の家」が一番安心できる場所なんだな、と。
この仕事は、決して華やかじゃない。
夜中、住宅街をライト片手に歩いていると「不審者!」と声をかけられることもある。
聞き込みで猫嫌いの人に怒鳴られる日もある。
何日歩き回っても見つからず、成功報酬がゼロになる依頼も少なくない。
見つからなければ、飼い主さんの悲しみは続き、俺自身も胸が重くなる。
でも、それでも続けられるのは、
見つかった瞬間の飼い主さんの顔を見られるからだ。
暗かった表情が、ぱっと明るくなる。
泣きながら「ありがとうございます」と頭を下げてくれる。
後日、幸せそうに猫と一緒に写った写真が送られてくる。
「こんなこと2度とないのが一番だけど、また何かあったらお願いしますね」と笑う声。
その瞬間、孤独だった夜の捜索や、指先の凍える寒さ、噛まれて出血した痛みなんて、全部吹き飛ぶ。
理不尽にペットロスに苦しむ人を、少しでも減らしたい。
手の届く範囲の猫ちゃんと飼い主さんを、全部救えたらいいなと思う。
猫は不思議だ。
警戒心が強くて、なかなか心を開かないくせに、
一度信頼したら、ふわっと柔らかい温かさをくれる。
俺も、猫みたいになりたいなと思うことがある。
シビアな現実の中で、それでも誰かの「戻る瞬間」を信じて歩き続ける、
そんな柔らかさを持っていたい。
きっと見つかる。
今日も俺は、そう信じて、懐中電灯を握る。
キャット見つかる日が、また一つ増えることを祈りながら。