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鴨川で、天狗と。ーニッポニア的京都案内

    あらすじ

    「京都には天狗がいる」。そんな確信を持つ筆者が、友人・木下さんを案内する、実在の店舗を舞台にした怪奇幻想小説。丸善京都本店、月と六ペンス、FIRST THE SAUNAなど、実在の名店をディープに紹介しつつ、物語は現実と虚構の境界を行き来しながら結末へ。実用的なガイドと物語性が融合した、読めば必ず京都へ行きたくなる、そして天狗に唆されたくなる物語。異界と日常が交差する、唯一無二の「ニッポニア的」京都案内記。



    人にいろんな個性があるように、都市にも個性はある。

    東京の洗練された都市は永遠の憧れ。

    大阪のわかりやすいコテコテの魅力も悪くない。

    名古屋は細かいこと気にせず全部混ぜた感じ。

    小さな島の都市沖縄、そのゆるい異国情緒。

    そして、京都には天狗がいる。

    京都に来たら気をつけて欲しい、天狗に唆されて、そのまま鞍馬山の奥に連れて行かれないように。

    そんなまさか!と思ったあなた、思い当たる節はないだろうか。

    京都にやってきて、知らないうちに京都の虜になってしまうもの、一定割合で存在する。
    彼や彼女らが帰り前、ふらふらと渡す予定もないのに買ってしまうおたべ、阿闍梨餅、茶の菓、京ばあむ。
    そう、その通り。

    あれは天狗の仕業である。

    京都土産の新しい定番、マールブランシェの茶の菓でさえ、天狗が操作しているとしたら。
    どれだけ警戒しても、しすぎることはない。

    石川から、友人の木下さんが来る。

    京都を楽しんでもらいたい一方、天狗に関わらないよう、最善の注意を払って案内したい。

    この記事は京都案内、そして天狗対策マニュアルとして、広く活用するためのものである。

    もしもこの記事を発表してから何日か経って、私の消息が途絶えたら、まず天狗の仕業と考えて間違いない。



    京都駅でみそぎをー空中通路と美術館えきKYOTO


    木下さんを待つ間、烏の群れが駅を横切った。
    群れといっても10数羽だ。
    京都駅にも烏はいるんだな、と、ふと思った。
    なんでもない烏が目に止まったのは、先頭の烏がSIZUYAのあんぱんを咥えていたからだ。

    京都駅は、京都観光の出発点、京都の顔として相応しい、特徴的な構造をしている。
    高い天井、大きな階段、駅ビルとホテルと百貨店が一体化した建築デザインに、まずは圧倒されよう。
    駅のサイズとしても日本有数、ホームの長さは日本一なのだという。

    それだけ広いのであれば、烏も横切るか。
    心ないものが食べきれずに捨てたSIZUYAのあんぱんを見つけ、喜び勇んで巣へ運んでいたのだろう。

    石川県からやってくる木下さんは読書を通じた友人である。
    人との付き合いが苦手な私の、貴重な友人のひとりで、会うのは3回目だ。
    大阪でクリムト展をみて、その後京都に寄ってくれるという。
    そういうことであるので、京都を楽しんでもらうために行程を考えた。


    京都駅中央改札口付近で久しぶりに再会する。
    近況を報告しつつ、お土産をもらう。
    本と珈琲豆だ。
    本と珈琲を愛する私としては小躍りするお土産である。
    「アノニム」アクション・ペインティングの創始者ジャクソン・ボロックの絵が全面に描かれた装丁の原田マハ氏の小説である。
    思わずうっとりするその本と珈琲をリュックにしまう。

    何はともあれ、まず向かうのは京都駅「空中通路」である。

    これは京都駅の中央改札口から出て、天まで届きそうな駅ビルの天井付近にある、左手の伊勢丹10階から右手のホテルグランヴィア京都7階東広場をつなぐ吊り橋、のような通路だ。
    天井付近にあるということで、想像通り、展望が素晴らしく、そこから京都のシンボルである京都タワーをはじめ、街並みを楽しむことができる。
    誰でも利用することができて無料、だから京都駅観光の目玉であることに間違いない。
    けれど、そこに向かう理由は、それだけではない。

    京都を訪れた人は、必ず伊勢丹10階、またはホテルグランヴィア7階からこの「空中通路」に向かい、京都タワーを正面にして敬礼をしなければならない。
    これを怠ると、天狗から制裁を受けることになる。

    京都タワーに挨拶もせず、呑気に河原町あたりを歩いていると、どこからともなく天狗がやってきて、羽交い締めにされ、あれよあれよと言う間に、鞍馬山に連れ去られてしまうことだろう。
    あるいは、手に持つ羽団扇であおがれて、貴船神社まで吹き飛ばされるかもしれない。

    そうならないために、京都に来たら、まず初めに京都タワーに必ず敬礼する。
    天狗から身を守るためにこの京都ルールを厳守してほしい。

    これはあまり知られていない。
    初耳、という人も多いだろう。
    私は遠い親戚の狸からそれを聞いた。確かな筋から情報を得ている。

    情報は正しく仕入れ、適切に利用したものに幸福をもたらす。

    そういうわけで、空中通路に向かうのだが、伊勢丹側から行くのがオススメである。
    そうすれば、伊勢丹を楽しみつつ、通路に向かうことができる。

    おいおい、楽しむ前にまず挨拶だろう、とあなたが体育会系であれば思わず声を荒げるかもしれない。
    焦りなさんな、大丈夫である。
    挨拶する前に伊勢丹を楽しんだからといって、天狗は怒らない。
    なぜなら、京都伊勢丹は天狗と提携しているのだ。
    だから安心して、伊勢丹を楽しめばいい。
    もちろん中に入っているショップは通常の伊勢丹のそれだ。

    そういうわけで伊勢丹をふらふら歩いていると、木下さんが「レオ・レオニ展、やってるみたいですよ」と言う。

    な、何ですと?

    今も教科書に載る「スイミー」でお馴染みの絵本作家レオ・レオニである。
    何を隠そう、私はレオ・レオニ作品が大好きで、以前にレオ・レオニ作品フィギュアのガチャガチャを見つけて小躍りし、その場でできるだけ回し、取れなかった分をメルカリなどの魔法を使うことによって、全種類を揃えたこともある。
    不覚にも私はこのレオ・レオニ展についてノーマークで、やっていることすら気づいていなかった。
    天狗の仕業である。
    嘘である。
    何でもかんでも天狗のせいにしたら、それこそ目をつけられるので、すぐに謝っておく。

    伊勢丹にある「美術館えきKYOTO」。

    この美術館、それほど広くないが、駅直結でアートを楽しむことができる貴重な空間である。常設展があるわけではなく、企画展をつないでつないでというスタイル。
    我々が訪れたこのとき、たまたまレオ・レオニ展をやっていた。

    https://www.mistore.jp/store/kyoto/museum.html

    「せっかくだから観ていきましょうよ」
    「是非とも観ておきたいです」

    と、我々は同時に言う。

    ではではでは、とチケットを購入し、入場する。
    レオ・レオニの半生、絵本創作の原点、デザイン、キャラクター創作の秘密、会場中に散りばめてある愛くるしいキャラクターたち。
    創作に携わるものの端くれとして、大変刺激を受ける展示会であった。

    さらに展示終わりのミュージアムショップである。
    これがたまらない。
    レオ・レオニのキャラクターグッツの数々、ファンであれば、どれもこれも欲しくなること間違いなし。

    油断してはいけない、レオ・レオニに乗っ取られてしまう。
    西の鞍馬天狗、東のレオ・レオニである。
    天狗と双璧をなすものとして、レオ・レオニは存在するのだ。

    レオ・レオニがあなたに入ってきて、そのギャラリーグッズを、これでもかこれでもかというぐらい買ってしまう恐れがある。
    気をつけてほしい。
    だから私は鉄の鎧を着て、そのギャラリーショップに臨んだのだ。

    それでも買ってしまったのは小さな缶である。
    あの平べったく小さなスライド式の缶。
    今はなかなか見かけなくなったが、全国の観光地で名産などが描かれた缶だ。中にラムネや小さな飴などが入っていることが多い。
    今でも、おしゃれグッツとして逆に需要があると見込んで、細々と作り始めている気もする。現に時々見かける。
    あのデザイン、可愛らしいサイズ、常備薬など入れる用でもいいし、ただ集めてコレクションするだけでも充分価値がある。
    そのレオ・レオニ版である。
    中にはランダムでキャラクターのキーホルダーが入っているという。
    これを買わずにいたら、私が今まで生きていた意味を問われかねない。
    かくして私はまんまと購入し、リュックの中、木下さんからもらったお土産の本の上に沈めた。そこで両者はアート同士、共鳴しているような気がした。

    たまたまレオ・レオニ展をやっているとは、実に幸先がいい。

    気を良くし、ではそろそろ、と10階の「ラーメン小路」という全国の有名ラーメン店が10軒ほど集まるエリアに向かう。
    ここで軽く食べても良いけれど、今日は私の鉄壁の案内行程がある。
    安易に腹を満たしてはいけない。

    「背脂の匂いのトンネルを抜けると、空中通路であった」と木下さんが雪国をもじって諳んじる。
    実に上機嫌である。

    空中通路を、眺望を楽しみながらすたすた進み、真ん中ほど、京都タワーと真正面から対峙する展望スペースにやってくる。

    ここですぐに敬礼をするはずであったが、若い女子の群れが写真を撮っている。
    何枚も何枚もポーズを変え、表情を変え、撮り続けている。
    あろうことかSIZUYAのあんぱんを食べているものもいる。
    なんと行儀の悪いことか。
    若者のはしたない行動が問題になるのはいつの時代も同じであるが、むしろ心配になる。老婆心というやつだろう。
    君たちはタワーに敬礼したんだろうな?いやするわけないか、と思い直す。それより我々が早く敬礼しないとタワーが機嫌を損ねるじゃないか。

    女子に気にせず敬礼したらいいのかもしれないが、いきなり京都タワーに敬礼する奴がいたら、阿呆かと思われる。
    私はそこまで世捨てものになれない。

    女子の群れが去るのをしばらく待つ。
    時間にすれば5分ぐらいだが、私には永遠に感じた。

    ふいに風が吹いてきて木下さんのマフラーを揺らした。
    この空中通路はほとんど外である。高い位置にあるので安全は確保されているが、隙間は存在し、風を感じることができるのだ。

    ようやく群れは去り、木下さんに説明し、敬礼する。

    どうしてだろう、木下さんは私の説明になんの疑問も挟まない。
    天狗の存在を知っているのかもしれない。
    京都タワーがそっぽを向いているような気がしたが、敬礼したんだから大丈夫だと信じたい。

    儀式を済ませたので、伊勢丹に戻る。
    通路は別に横断しなくても良いので、さっさと引き返そう。

    さて、京都駅はこの辺にしておいてやろう。
    「余は満足じゃ」と木下さんが宣う。

    檸檬の聖地ー丸善京都本店


    若者よ書を拾い、街へ出よ。

    京都駅から、市バス205系統北大路バスターミナル行きに乗る。

    京都民にとって市バスは生活の足である。
    今日も満員の客を乗せ、バスは古都を駆けめぐる。

    初めて使うICOCAをかざすタイミングを、こそっとバスの運転手に聞きつつ、さも「ICOCA?普段使いですが何か?」という顔でバスに揺られる。
    市バスのほとんどは定額の230円だから、降りる際にかざせばいいのだ。

    バスが河原町三条に停まる。そこから徒歩5分。

    「得体の知れない不吉な魂が私の心を終始圧えつけていた」

    隣で、木下さんが梶井基次郎「檸檬」の冒頭を誦じている。
    よく覚えていますね、さすが本好き、と私は感心する。

    そして白目をむいて不吉な魂を演じ出す木下さんを見る。
    魂を演じるって何?
    兎にも角にも彼女のテンションは上々である。

    そう、木下さんと私は「檸檬」の舞台、丸善京都本店にやってきたのだ。

    もっとも梶井基次郎がレモンを置いたと言われる書店は、右往左往の末、閉店し、近年、この場所に移転して復活した。
    現在、丸善京都本店は、デパート京都BALの地下1階2階に入っている。
    地下に2階に書店があるなんざ、梶井基次郎も驚き桃の木山椒の木、である。
    何を隠そう私のテンションも上々である。

    聖地としての演出もあり、例えば平積みされた梶井基次郎の檸檬文庫版の上に実物のレモンが置いてあるし、梶井基次郎の著作特集、檸檬をテーマに現代歌人が詠んだ短歌が印字されているアクリルのガチャガチャ、また梶井基次郎の檸檬文庫版を買えば、そこにオリジナルスタンプを押せるなど、つまり梶井基次郎ファンは、涎がだらだら出て本を濡らしてしまわぬよう注意すべき書店である。

    木下さんが丸善のサービスカウンターに何かを頼んでいる。
    書店で本を注文する以外にカウンターで何かを頼む姿を見かけたら、それはほぼ間違いなく「御書印集め」の人だ。

    御書印プロジェクトは2020年に始まった、人と書店をつなぐプロジェクトである。参加する書店に訪れた証として書店員が印を捺し一筆を記す。
    つまり御朱印の書店版だ。

    丸善京都本店もこれに参加しており、御書印集めをする木下さんを案内する上で、京都の書店の一軒目としてふさわしいと、設定したのだ。

    御書印を作ってもらっている間、ふらふらと店内を見て回る。
    が、いくら歩いても果てがない、私にもしも知恵がなかったら、ややこれは知らず知らずのうちに本の迷宮に迷い込んだか、と途方に暮れたかもしれないが大丈夫である、私は賢いのだ。
    丸善京都本店は、現在京都市内で最も広い売り場面積を持っている。

    京都市内中心部に広い書店がある。
    それだけで、何か安心できよう。

    他に大型の書店はないのか?
    当然の疑問である。
    かつて、京都の中心部に大型も小型も含めて書店は掃いて捨てるほどあった。
    それが近年、相次いで閉店している。

    天狗の仕業である。

    天狗にとって書店は危険なのだ。
    本は人々に知識を植え付けてしまう、それは避けなければならない。
    自分たちの存在が危ぶまれるからだ。
    もしも本が広く浸透し、人々がこぞって本を読み、知恵を獲得する中で、天狗の好物がからしそばであり、鯖が苦手、ということが知られたら、と天狗たちは危惧している。
    もしも、京都町中華の各店がからしそばを作らず、鯖寿司ばかりを作るようになってしまったら、何を楽しみに生きて行けばいいのかわからない。
    という危機感から、書店をなくすよう神通力を使っているのだ。
    本好きにとって、悲しい事態である。

    そこまで考えて私は、はた、と気づいた。

    梶井基次郎=天狗説

    である。

    天狗であったから、書店の脅威に対して、レモンという時限爆弾を投下した。
    当時無知な天狗であった梶井基次郎は、初めて食べたレモンの刺激に驚き、これこそ爆弾であると思い込んだのだ。
    梶井が仕掛けたレモンは破裂することもなく、当時の店主がウヰスキーと炭酸の割ったものに絞り美味しくいただきましたとさ、である。
    結果的に丸善京都本店は生き残り、悲観した無知な天狗、梶井は天狗界を去り、並々ならぬ努力を重ねて文体を獲得し、稀有な作家として躍動した。

    まあ、それはそれで日本文学の発展に寄与してくれ感謝すべきである。

    そう考えれば、不吉な魂の持ち主、と梶井が自嘲することも頷ける。
    事件の当日、すでに梶井は天狗と人間の間で揺れ動いていたのだ。

    と、その時である。
    この店に入った時に木下さんが誦じた不吉な魂は実際に形を表したのだ。
    それは木下さんの中にあって、私が梶井基次郎天狗説を思いついたやいなや、気づかれたか、と慌てて木下さんから逃げ出した。
    木下さんが、はうわ、と驚いて尻餅をつく。
    大丈夫ですか、と私が木下さんを起こしているとその魂は、風船のようにふんわりと、その本屋を漂い始めた。逃げ出した割には全くもって焦っていないのが鼻につくが、梶井基次郎のコーナーのあたりでとどまった。
    もともと梶井基次郎の魂だったのかもしれない。
    やがて、風船のような形から魂は、マフラーを巻き、Aラインコートを着て眼鏡をかけた木下さんに変わり、本屋をウロウロとし始めたのだ。
    木下さんが二人いる!
    これは天狗の神通力か、と一瞬顔を伏せたのがいけなかった。
    どちらが本物の木下さんで、どちらが魂なのか、私は見失ってしまったのだ。
    いや大丈夫、偽物なら明らかにおかしい行動をするはずだ、そっちに私の伝家の宝刀空手チョップをお見舞いすればいい。
    そういう目で見れば、こっちの木下さんは兎さんの真似をしてぴょんぴょん跳ねている、YES、明らかにおかしい!こっちが魂か、とあっちを見れば、あっちの木下さんは蟹さんとしてハサミチョキチョキ横歩きである。こっちもおかしい!
    いや、木下さん、一体何をしているんですか!と叫べば、兎さんの方がふっと我に返って、こっちが本体です、ほら御書印、と出来上がった御書印を掲げた。
    なんで兎さんやってるんですか、とにかくここにいては危険です、天狗の神通力です、と私は木下さんの腕を掴み、丸善京都本店から飛び出した。

    木下さんは名残惜しそうに、蟹歩きしている木下さんに手を振っていた。

    御書印を集めるー貝葉書院・若林書店・こもれび書店


    河原町から今出川方面へ向かう。
    ここ周辺に御書印プロジェクトに参加する店がいくつかあって、歩いて回れるのだ。

    まずは前述の丸善京都本店、そこから600mほど北へ向かえば貝葉書院という書店がある。


    なんと1681年、江戸時代の創業とのこと、歴史の塊である。
    将軍綱吉公の頃、鉄眼禅師によって作られた一切大蔵経を専門に摺る書店らしい。店内はお経、巻物、古い木版などが並んでいる。
    こんな業態の店があるなんて、私はもちろん知らなかった。
    長く続けているから需要はあるのだろう。御書印をきっかけとして訪れることになったのだから。ありがたし。

    御書印も店によってさまざまで、ハンコを押すだけの店もあるし、ちゃんと手書きでメッセージを書いてくれるところもある。
    個性があっていい、貝葉書院ではハンコを押した後、丁寧に筆の手書きで日付を入れてくれた。

    御書印を書き終わったあとも、店内の本について色々と教えてくれる。
    それが御書印プロジェクトの目的でもあるのだろう。
    書店と客とのコミュニケーションである。
    妙齢の店主は、なんとも丁寧な穏やかな口調で、京都の奥ゆかしさを醸す。

    ある巻物にはありがたいお経が書いてある。
    さらに八百万の神が描いてある。
    邪なものを寄せ付けないためのお守りなのだ。
    姫はそれを首にぶら下げる、つまり、天狗から身を守るものだった。
    なるほど、それを身につけていれば天狗には見えないのだという。

    それを聞いて私は書店と天狗の関係を思う。
    考えてみれば御書印プロジェクトは、天狗包囲網の可能性もある。

    数百年に一度現れるという大天狗がそろそろ重い腰を上げた、と情報通の狐の噂に聞く。危惧した書店が徒党を組んで対抗しはじめた、それが御書印プロジェクトなのではないか。
    そうだ、大天狗が現れれば、京都町中華の名物からしそばは天狗どもに平げられ、鯖寿司は下鴨神社に埋められてしまう。つまり街は荒れてしまうのだ。

    大天狗を鎮めるためにも京都御書印包囲網の完成を急がねばならない。

    という気になってきた。

    続いて、西に500mほどで若林書店。

    ここは小さく狭く、6畳ほどに本が敷き詰められている。
    昔ながらの街の本屋さん、という佇まいである。
    ご近所に住む人が楽しめるよう、ジャンルは満遍なく揃っている。

    入店したわけだが、店主がいない。
    蚊の鳴くような声で、こんにちは、と言ってみたが反応はない。
    書店で声を張り上げるのはなんとなく憚られる。
    ちょうど昼の12時ぐらいだったから、昼食をとっているのかもしれない。
    本を見ながら店内で待つことにした。

    こちら狭い上、本が至る所に積み上げられて、動き回るのもやっとである。すれ違いすらできないほどの通路、けれど異様にサイン本が多い。
    なんだこれは、京都にゆかりのある作家に慕われているのか、西加奈子や、万城目学のサイン本もある。
    とにかく侮れぬ。
    と、兜の緒を締め直したところで、ああすいません、と奥から店主が登場する。
    意外と若い店主だ。
    御書印もささっと作ってくれる。
    御書印はハンコを押し、日付を入れる、が基本として、おすすめの本やメッセージを書いてくれる書店もあり、若林書店では「京都寺町三条のホームズ望月麻衣」と書いている。おすすめの本なのだろう。
    その本にも望月氏のサインがしてあった。

    とにかく天狗包囲網また一つ結べり。


    そして本日最後の御書印、京都三条の天狗包囲網を完成させるため、そそくさと地下鉄丸田町駅付近へ向かう。

    こもれび書店。

    棚貸し制の書店だ。
    誰でも棚を借りることができ、そこに本を置いて売る、というスタイル。
    営む店主のセンスによって、粒揃いの本が集まってくるのだ。
    どの棚も見応えがある。

    御書印をいただく。天狗包囲網ここに築けり!

    こもれび書店の御書印は、粋な言葉を手書きで書いてくれている。
    内容はここでは言わずにいよう。それはぜひ、現地で取得し確認してほしい。

    話好きの店主は民俗学の研究者らしく、全国を飛び回っているそうだ。
    天狗についても詳しいらしい。

    「京都タワーに敬礼はした?」と聞いてくる。
    もちろんです、と答えたものの、女子の群れのせいで沈黙せざるをえなかった5分間が私は気になっている。
    じゃあ大丈夫、と店主はさらに詳しく教えてくれる。

    「空中通路はもともと天狗の通り道なんだ。鹿や猪が作る獣道ってのがあるじゃない、それの天狗版。もともとあった天狗道に通路を作ったのが空中通路。伊勢丹と提携してあの通路を作らせた」
    「作らせた?誰が」
    「もちろん天狗」
    「天狗が?なぜそんなことを?」不吉な予感が広がる。
    「そこを訪れるものの体を借りるため」
    「借りる?」
    「天狗は人の体を借りてあんなことやこんなこと、好き勝手するんだ」
    「なんとおそろしいこと」
    「天狗だからね」
    「そんな危険なところに、敬礼なんてしに行かない方がいいんじゃ」
    「敬礼さえすれば大丈夫、京都タワーが守ってくれる。伊勢丹だって天狗の言いなりではない、ちゃんと天狗の思い通りにさせないような仕組みにしている」

    「実は、京都タワーの前に行ったんですが、敬礼まで、5分間沈黙したのです」
    まずいな、と店主の顔がくもった。

    「まずいんですか?女子の群れが邪魔だったんです」
    「女子の群れ?」
    「はい」
    「それは烏の可能性が高い」
    「烏?」
    「そう、天狗の使い魔」
    その時女子の群れがSIZUYAのあんぱんを食べていたことを思い出す。
    駅で待っていた際、横切った烏と同じもの。

    しばらく黙っていた木下さんが、ふわん、と鳴く。

    「わかった、じゃあこうしなさい」
    と店主は我々に対策を教えてくれる。

    まず向かったのはカフェ「月と六ペンス」だ。

    隠れ家で読書をー月と六ペンス

    https://www.instagram.com/_moon6pence_official/

    そのカフェは街に身を潜めている。
    サマセット・モームの小説のタイトルをつけたカフェである。

    足を踏み入れた瞬間に私は固まった。
    天狗がいる。
    天狗がコーヒーを淹れ、パンを焼いている。
    月と六ペンスの店主は紛れもなく天狗であった。
    ウェーブしたボサボサの黒髪に髭を蓄え、細身で撫で肩である。
    現代版天狗そのものではないか。

    当然、私は警戒する。
    隙を見せれば、すぐに折り畳まれてパンに挟み、チーズを乗せてこんがり焼かれることだろう。
    ここは天狗がひっそりとやっているブックカフェ、つまり、天狗の隠れ家で間違いない。
    隠れ家だけに、とてもわかりにくい場所にある。
    なんでもない古いビルの2階にあり、不思議なことに今まで何度もこの周辺を通っていたはずなのに今まで気づかなかった。
    こもれび書店の店主に教えてもらわなければ、きっと辿り着けなかったに違いない。

    「とにかくいますぐに、会員制のカフェ、月と六ペンスに行きなさい」
    と、促されてやってきた。
    「そこに行ってビールかワインを飲めば大丈夫」

    本当だろうか。
    だいたい店の設定からしておかしい。
    カフェであるにもかかわらず会員制なのだ。
    公式Instagramに書いてある店のルールを読んだ上で、事前にダイレクトメッセージを送り、会員の申し出をしなければならない。
    今回はこもれび書店の店主が話をつけてくれた。
    はずである。

    なのに入店し、名前を告げると、店主は怪訝な顔をする。話が違う、と私は思った。
    話をつけてくれたのではなかったのか、こもれび書店の店主め、我々を騙したな、と不安が募る。
    あっさりと歯がいじめにされて、煮て、焼いて、食われてしまうのか、と思った刹那、店主は、二人ですか?と聞いてくる。
    原則一人で利用すべきルールらしい。
    注文の多いカフェである。

    それでも、こもれび書店の取り計らいがあったためだろうか、お好きな席へどうぞ、と入店を許してくれた。

    店内は薄暗く、まさに隠れ家の様相である。
    そこらじゅうに罠が仕掛けてあって、引っかかれば、それみたことか、と突然高笑いを始めるのかもしれない。
    最大限の警戒でもって席に着く。

    こもれび書店の店主は「ビールかワインを頼みなさい」と言っていた。
    カフェで頼むものではないのでは、という疑問があったが、そうかいわゆるアルコール消毒か。
    天狗を避けるために、体を清める、そのためのアルコール消毒なのだ。
    天狗が営むカフェ、虎穴に入らずんばなんとやら、である。

    天狗が提供するアルコールで消毒すれば、天狗の災いは避けられるに違いない。
    そうと決まれば、
    「昼からアルコールを欲している、その欲望に忠実になろうじゃありませんか木下さん」
    「のぞむところ」
    木下さんもそのつもりである。

    正午過ぎだったので、木下さんはワインとチーズトーストを、私はハートランドビールとオイルサーディーンと卵を挟んだチーズトーストサンドを注文。
    この店、時間制料金になっており、1時間千円である。
    これに1ドリンクが付いているので、お好きなドリンクと読書をする。
    ドリンクには、前述の通りビールやワインも含まれる。
    ビールを飲みながら本を読む最高の時間を提供してくれる。

    食べ物はそれぞれプラス四百円。
    付け合わせのレンズ豆とミニきゅうりのピクルスがいい仕事をしている。
    合計1時間1400円ぽっきり、なんというリーズナブル。
    天狗にしては良心的すぎないか?という疑問が持ち上がる。

    だいたい人に対し、敵に塩を送るような真似をするだろうか。

    いいや、この店主はきっと、天狗の中でも穏やかな種族の天狗で、割と中立的な立ち位置にいるのだ。そして天狗も人間も分け隔てなく、本を愛するものを受け入れる隠れ家を作った。天狗界のラブアンドピース的な存在なのだろう。
    そう考えれば納得できる。

    この隠れ家の記録を残そうと、私がiPadを広げてキーボードを叩いた途端、店主がその温和な表情とは裏腹な速度でやってきて、「うちはダメなんです、9つのルールを読んでいただきましたか?」と注意された。その速度に私は天狗の潜在能力を感じたのだ。iPadを開いた客を見つける速度、それを注意する速度、人間業を超えている。
    秘密主義を徹底している。

    それにしても、天狗にしては奥ゆかしい。ルールを無視した途端それ見たことかと正体を現して、血で血を洗う祭がはじまってもおかしくない。
    そうはせず、静かに優しい口調で注意するだけである。

    ここはあくまでも天狗の隠れ家。天狗が苦手な本を読むために作られた空間であるのだ。
    訪れる天狗は思い思いの場所で本と向き合う。
    声を荒げてはいけないのだ。

    徹底的に静かな、音楽がかすかに流れている。
    各席には仕切りがあって、それぞれの時間を楽しむスタイルである。
    おしゃべりなどもちろん、厳禁である。

    記録を封じられた私は、店に置いてある本を読むことにする。
    本に没頭した。
    すると本がみるみるうちに体に染み込んでいくではないか。
    このビールに何かよからぬものが含まれているのではないか、と思ったほどだ。
    ふと目の前に置いてあった本であった。
    昔話のパロディ、佐野洋子氏の「嘘ばっか」。

    読んでいて、気づいた。
    メッセージである。
    私は店主が控えめに伝えてくれるメッセージを読み取った。
    「嘘ばっか」というメッセージ。
    天狗の神通力といいつつ、それはあくまでも、嘘ばっか、な訳であり、対策さえとっていれば怖がるものではない。
    そう言うことなのだろう。

    そうか、iPadなど開いていたら、GPSを感知する天狗に気づかれてしまう。
    俗にいう宇宙天狗である。
    宇宙で電波を拾い、仲間の天狗に情報を伝える係の天狗。
    ふわふわと宇宙空間に天狗が浮かんでいたら、さぞかし恐ろしかろう。
    ISSの搭乗員は卒倒するかもしれない。

    そう言うふうにして、この隠れ家が武闘派の天狗に悟られないように、また心ない人間に悟られないように、入念な防護策、それを徹底しているのだ。そして控えめに教えてくれたのは、天狗からの対策。嘘ばっか。
    そのためにこもれびの店主はここに我々を向かわせたのだ。
    さらにアルコールでしっかりと消毒する。完璧だ。

    アルコールは昼下がりの我々に染み込んでいく。
    そのアルコールは得体の知れない不吉な魂となり、私はレモンという爆弾を手渡された気分だった。
    受け取った!確かに受け取った、その魂を私は、一切れのパン、ナイフ、ランプと一緒にリュックに詰め込んだ。
    店には梶井基次郎の檸檬文庫版もある。

    ああ!私は気づいてしまった。

    店主は梶井基次郎なのではないか。

    すでに遠く昔に死んでいると思われた梶井基次郎は、それでも天狗としての寿命をまっとうするため、本を愛するもののため、細々とこの場でカフェを営んでいるのだ。
    そういえば梶井基次郎の面影が、店主にある。
    梶井基次郎の顔を私はあまり知らないけれど、きっとあんなものだろう。

    もう大丈夫、我々はほろ酔いである。
    昼からアルコールをいただき、もとい、消毒し、いい気分になっている。

    さあ、続けよう。
    京都の奥行きは昼飲みにあり。
    ちょうどいい店を予定している。

    昼飲みこそ京都の奥行きーcafe&wine bar knuckles


    そう、京都の余白は昼飲みにある。
    間違いない。
    それじゃあ遠慮なく飲もうじゃないか。

    月と六ペンスにて私はビールを堪能、いや、消毒をしたばかりである。天狗からの脅威を避けるために、更なる消毒を、木下さんと私の喉に。
    ほろ酔いである。

    「次の消毒は、ワインで盛大にやろうじゃあありませんか、木下さん」
    と言って、私は木下さんをknucklesに連れてきた。
    「よきにはからえ」
    と木下さんもほろ酔いである。

    この店は京都府庁で働いていた酒豪の後輩の狸から紹介された店で、ここでワインを食らって河原町に繰り出すのが常、だそうだ。
    なんとも頼もしい後輩である。

    昼飲みができる店として紹介されて、やってきた1時30分。

    京都の昼飲みは、いやどの都市の昼飲みであろうと、間違いなく楽しい。

    ワインバーというぐらいだから、ワインを頼もう。
    赤ワイン、銘柄はよくわからないから店に任せる。
    ateとして何を持ってこようかしら。

    先ほど、トーストはいただいたわけであるが、もう少し腹に溜まるものをいただきたい。ではパスタを選択、岩海苔の和風クリームパスタ、海苔を含ませるなんざ挑戦的な。それにソーセージ、ピクルス盛り合わせでいかが?
    「いいですねえ」と木下さんも認めてくれた。
    早速、やってきたワインを飲みながら、早々にやってきたピクルス盛り合わせをateにいただく昼下がり、外を歩く社会人は足早である。急がない急がない、一休み一休み。
    私はワインでいい気分になっている。
    ピクルス、いい漬かり具合だ。
    盛り合わせ、ということで、さまざまな野菜が並んでいる。
    木下さんとシェアしてつまんでいるわけであるが、茗荷がひとつしかない。
    なんということ。
    茗荷は私が一番好きなものの一つ、愛する食べ物である。
    その茗荷のピクルスが目の前にある、食べているのは二人で、切り分けることはできない。なぜなら茗荷はフォークで分けられない。
    分けようものなら、その衣がずだずだに破れて、見るも無惨な茗荷の残骸が誕生するだけである。
    せっかくあの艶のあるつるんとした茗荷が台無しである。
    だったら、食べられるのは一人だけ。
    なんということ(2回目)。
    木下さんには悪いが、さりげなく、あくまでもさりげなく茗荷を食べてしまおうではないか。
    私は茗荷党である。茗荷を党首に掲げた政党に所属している党員である。
    食べる権利を持っている。
    他の野菜はなんでも好きなだけ食べてもいいから、茗荷だけは、党員の私がもらってしまおうと目論んでいる。
    小さな玉ねぎ、セロリ、プチトマト、にんじん、レンコン、どれもこれもワインに合うのなんの。その中にあって茗荷だ。
    もう、絶対に食べなければ我慢ならない。
    と思っていると木下さんが、茗荷を見ている。

    あまりにもじいっとみられて茗荷も頬を赤らめる。

    そして、「茗荷、食べますか?」と木下さんは私に尋ねてくる。
    なんと心の優しい人なのか、聞くことによって私が食べやすくしてくれたのだ。
    けれど私はもちろん、食べます、とストレートにいうことなんてできない。
    「いいですよ、食べてください」と返した。
    社交辞令である。現代社会では必須のスキルである。
    いえいえ、どうぞ食べてくださいよ、と言ってくれることを期待しての返事である。
    人であれば、それぐらいの社交辞令は当たり前だ。

    なのに木下さんは、「かたじけのうござります」
    え?武士?
    さらに「では、いざ」と言う。
    いざ、って何?
    押し問答を数ターン繰り返してようやく、ではではお言葉に甘えまして、ではないのか?

    そして木下さんはいい塩梅に漬かった茗荷を、フォークで突き刺した。
    なんということ(3回目)。
    無邪気なその人は、私のかわいい茗荷をあっけなく平らげた。
    ああ!とため息が微かに漏れる。それを聞かれてはいけないと私はそのため息を慌てて飲み込んだのだ。

    失意の私の前にソーセージが遅れてやってきた。
    私は若干元気を取り戻す。
    これは、いぶし銀のソーセージである。
    皮のはじけ具合が弱いがそれは、こだわったソーセージであることの証明。
    それについているきゅうりが可愛らしい。
    ザワークラフトのシャキシャキ感もいい。
    ソーセージが生きるための演出である。

    このきゅうり、初めまして、ではない、と思ったら先程の月と六ペンスでも出てきたものであることに私は気づく。
    共通したものを使っている。つまり、ここもラブアンドピースなのか。

    寒い日だったので、温かいものももらおう、とホットワインかカルダモンのレモンお湯割りかで迷いに迷って、カルダモンを頼む。
    ラブアンドピースだ。

    じっくり飲んでいたいところだったけれど、昼営業は2時30分まで、ということで、早々に切り上げて京都駅へ。
    大丈夫だ、入念に消毒をした。
    もう一度、京都タワーに正しく敬礼をするのだ。

    昼飲みで勢いをつけて、我々は丸太町駅から満員御礼の地下鉄に飛び込んで京都駅に向かった。

    再び京都駅に降り立つ。

    正確には地下鉄で戻ってきたので、京都駅にせり上がる。

    こもれび書店の店主に教えてもらったのは、月と六ペンスでアルコールを飲み、もう一度京都タワーに敬礼すること。

    「一旦一旦」と木下さんは京都駅内にある小川珈琲に向かう。
    「珈琲をいただきましょう、是非とも是非とも」
    どうも変な言葉遣いである。
    確かに御書印集め、昼飲みのための移動で、かなりの歩数を稼いでいる。
    溜まりに溜まった足の乳酸が川の向こうで手招きしている、休息が必要だ。
    挽きたてをハンドドリップで淹れてくれる珈琲で喉を潤せば、駅の喧騒から遠い場所へ、到達できる。
    そうやって私は天狗との戦いに備える。

    息を整えた我々は、やはり伊勢丹から空中通路へ向かう。
    ラーメン小路の背脂トンネルを三度通りぬけ、空中通路に入る。

    脇目もふらず京都タワーの前に向かう。
    今回は使い魔、烏もいない。
    アルコールでコーティングされた我々に近づけないのだろう。
    条件は整っている。
    そして敬礼を、と京都タワーを見る。

    そこにあったのは、通天閣であった。

    いけない!天狗だ。
    天狗の神通力だ。
    京都タワーがある場所に通天閣があるわけがない。
    紛れもなく天狗による神通力を、私は見せられているのだ。

    ここにいては危険、と私は木下さんの手を引いて、この場所から離れようとした。
    しかし木下さんは動かない。
    木下さん、どうしました?急ぎましょう、と言いながら私は木下さんの顔を見て唖然とした。
    木下さんの口、その口角がゆるりと持ち上がり、満面の笑顔になった。
    そして高笑いをはじめたのである。

    何が起こったのかわからず、私は阿呆のように木下さんを見ていた。

    そうか。

    京都タワーで敬礼が遅れたあの時、風が吹いてきた。
    あれは天狗が目にも止まらぬ速さでやってきて、天狗が木下さんになりかわったのだ。

    どおりでおかしいはずだ。
    丸善京都本店で兎になったり、武士の言葉を話したり、人のセオリーに反して茗荷を食べたり、今日の木下さんは、何か常軌を逸しているような気がしていたのだ。
    気のせいではなかった。
    木下さんになり変わった天狗が、私を騙していたのだ。
    今思えば月と六ペンスで読んだメッセージ「嘘ばっか」である。
    木下さん自身が嘘だったと言うことか。そこまで深くあのメッセージを読み取ることができていなかった。

    なんということ(4回目)。

    私は高笑いを続ける木下さん、いや、天狗に対し、「木下さんはどこに?」と尋ねる。
    天狗は答えず、私を嘲笑うように翻して、空中通路、天狗道をホテルグランヴィアに向け、すごい速度で飛び去っていく。
    あっという間に見えなくなった。
    こやつ、グランヴィアのラウンジで優雅にレモンティーを楽しむ気だな!

    木下さんは一体どこに?私は狼狽した。
    何をすればいいのかわからない、そういうときはこもれび書店!と、もらった名刺を取り出そうとリュックを開ける。
    すると、中で何かが振動している。
    どく、どく、どく、とゆっくり、小さく、しかし確実に震えている。
    一体何が震えているのか、と怪訝に思い、リュックの中を探る。

    それはレオ・レオニの缶であった。

    レオ・レオニ展で購入したレオ・レオニ缶、それがゆっくりと、隣り合うアノニムのアートを吸い込んで、月と六ペンスで注入された、不吉な魂、レモンが作用して、鼓動するかのように震えていたのだ。
    レオ・レオニ缶を開けてみる。
    中に入っていたのは、フレデリックのキーホルダーである。

    フレデリックを手のひらに置く。するとなおも振動し、トントン相撲よろしく、その角度を少しずつ変え、その手に持った葉でもって、私に何かを示しているではないか。
    お前、木下さんの居場所を教えてくれるというのか?
    信じよう、信じるしかない。

    フレデリックが示す道を私はゆっくり進んでいく。

    向かった先は京都タワー、いや今は通天閣、その麓付近にある、FIRST THE SAUNAであった。
    ここが、京都の天狗の総本山というわけか。

    古都で整うーFIRST THE SAUNA


    表向きは会員制サウナである。
    京都駅すぐで、さぞかし暴利を貪っているのだろう。
    ビジター利用は千八百円。
    会員ならば、1ヶ月一万円ほどときた。
    実に強気である。

    とことん強気なその姿勢が、天狗の今の地位を表している。
    そういうふうに、天狗はいつの時代も、うまく世の中の流れに乗って儲けているのだろう。

    早速、ビジター利用申請し、オンライン決済した。
    QRコードが発行される。
    それを入り口でかざせば、ドアは開かれるという。

    この辺、フレデリックが不思議な力でうまいことやってくれるのかと思いきや、後は任せます、といった具合に意識を消してしまって、今はただのキーホルダーになってやがる。
    なんと無責任なやつなんだろうか。私をここまで連れてきて、そして意識を消すなんざ、やはり西洋の醒めた感覚の持ち主なんだろうな。
    日本じゃこうはいかない。しっかりと最後まで面倒を見てこそ人情ってもんだ。

    私は真正面から侵入するべく、えいやっとQRコードを掲げた。
    掲げた。
    掲げている。
    ちゃんと掲げている。
    が、なかなか認識しない。

    よく見ると、スマホ画面を明るくして提示ください、と書いてある。
    合点、明るくする。
    ぴっ、と鳴る。

    いざ、入ると、カウンターがあって、そこに管理人らしき奴が座っている。
    天狗かどうかわからないので、会釈しておく。
    奴も会釈を返してくる。
    どうやら敵ではない。
    置いてある、バスタオルとハンドタオルを取って、脱衣所に進む。
    そう、ここは手ぶらで利用できる都市型サウナ、なのだ。

    一体いつ天狗が、出てくるのか、戦々恐々である。
    天狗など出てこないまま、私が会員制サウナを利用しただけで終わる可能性も頭によぎった。
    いいや、フレデリックが示したのだ、木下さんを助けるために、私はここに導かれた。

    脱衣所に入る。すでに何人かいる。
    警戒したが、通常の客のようである。

    どれが天狗でどれが人間なのか全くわからない。
    全部天狗なのかもしれないし、全部人間なのかもしれない。

    京都駅から徒歩圏内で、何もなくとも利用することができるため、出張帰りの客も多いだろう。

    ちなみに予め断っておけばこのサウナ、男性専用である。
    利用する場合は気をつけて欲しい。

    衣服を脱いで、ロッカーに入れる。
    そして浴室に入る。
    シンプルである。無駄なものは何もない。
    シャワー、温浴、水風呂、サウナ、沐浴スペース、である。
    隙がないな、と私は呟く。

    どこに天狗がいるのかは知らないが、これはもうサウナを楽しんでしまった方が、自分のテンションも上がるし、ポテンシャルも上がっていく。
    木下さんは、まだ大丈夫、いったん施設を体験しておこう、と私はシフトチェンジをする。

    まずシャワーで身を清める。
    そしてサウナ室へ。
    先客は一人だけである。
    入ると、広い。奥に向かって広くなっているサウナだ。
    雛壇が1段、2段目に先客が座っている、3段、4段・・・、いったい何段あるのだろう。
    奥が霞んでいる。もう永遠に思える。
    入口から想像するに、こんなに広いなんて思ってもみなかったレベルである。
    ここが天狗の巣であることに間違いない。

    とりあえず私は立ち尽くしているが、その奥に得体の知れない何者かがいるような気がしている。
    先客は特徴のない初老のおっさんである。
    彼は二段目に座っている。私はその一つ上、三段目に座った。
    そしておっさんの背中を見て、戦慄した。
    羽があったのだ。

    やはりここがコアの部分か。
    その背中をじっと見ている。
    すると、おっさんがぐるりと振り向いて、「勝負や」とつぶやいた。
    天狗に、天狗として勝負を持ちかけられた、ということか。

    この勝負に勝てば、木下さんは取り戻せる。
    と、勝手に解釈しているけれど、説明を受けたわけではない。

    しかし私はこの勝負を、受けない選択肢はない。
    フレデリックが示してくれた天狗の総本山で、勝負を仕掛けられた。
    木下さんは今もどこかで幽閉されている。
    木下さんを救わなければ、木下さんの関係各位は悲しむに違いない。

    「どういう勝負ですか?」と私は尋ねた。
    「より深く、整ったもんが勝ちや」
    整ったという感覚は、数値に表すことができないし、各自それぞれの解釈なのではないかと、一瞬頭を駆け巡ったか、そんな事は関係ない。
    相手の土俵で戦ってやる。

    「乗った!」

    そして、私はサウナに集中したのである。

    座ってまず感じるのはその熱さだ。
    このサウナなかなかの高温であった。
    もう負けそうである。
    熱すぎて嫌になってくる。
    けれどサウナは我慢も必要なのだ、無理はいけないけれど我慢なくして整いは訪れない。
    と、私は頑張った。
    足先が暑い、腕にはめたロッカーの金属の鍵が猛烈に熱くなっていく。
    これが天狗の熱風力か!おっさんは余裕である。
    だから二段目に陣取っていたのか、全て見越して。
    と、思っていたら出て行った。案外早い、だらしのない。

    サウナ室内では、いや施設全体に終始、ジャズが流れていた。
    ビル・エヴァンスのワルツ・フォー・デビーである。
    何度聴いただろう。もしかすると私が最も聴いた曲かもしれない。
    それをこんなところで聞けるなんざ、FIRST THE SAUNA侮れない。
    このライブ音源は、観客の笑い声やグラスを合わせる音も入っている。
    その雑多な音が心地よい。
    ともかく、サウナの中でジャズを流すっていいなあ、と思った。
    冒頭のエヴァンスとラファロのデュエットは甘く切ない。
    ラファロがその数日後、事故死するということも踏まえて切ないのだ。
    モチアンのドラムが混ざってくると途端に音が立体的になる。
    それぞれ際立ったソロを経て、クライマックスで急に終わるような印象も、とにかくたまらない。

    ジャズを語っているうちに、芯から温まるにはもう少し、もう少し、である。
    ツーっと汗が滴る、しめた今だ!今出ても大丈夫だ、と私は飛び出る。早く、水風呂に浸からねば私はとろけてバターになってしまう。
    と、サウナマットを濯ぎ、自らに冷水をかけて流し、水風呂に浸る。
    きーんと冷たい京都の湧水である。
    これはいい。
    水風呂もちゃんと広く、そして、さっきまで数人いた人もおらず、今はおっさんと私だけであり、おっさんはすでに沐浴へ、水風呂は私の独り占めである。
    こんな冷たい水風呂に、長く入っているのは危険。
    1分ぐらいで水風呂から上がり、沐浴へ。
    これが行き届いている。
    おっさん、椅子で整っている。
    さすがサウナに特化した会員制の施設である。
    ここもちゃんと定員分確保してあり、椅子、ベッド、ゼログラビティ、となんでもありである。
    ゼログラビティって何、かというと、リクライニングである。
    椅子タイプなのだけれど、そこに腰かけると自然にシートが下がっていく。
    いい具合に下がってほとんど寝ている状態になる。
    ああ、いけない、こんな快適な状態に体を慣れさせると戻れない。
    ここから私は現世に戻れなくなるぞ、という恐怖を感じる。

    寝転んで天井を見てみれば、なんということ、天井が高い。
    普通のサウナではないな、コンクリート打ちっぱなし、という様相。
    カフェなんかだといいのかもしれないが、これはどうなの、と思わなくもないけれど、寝転びながら、エアコンの剥き出しを見ている。
    配管を見ている。
    そのうち、これもいいな、と思ってくる。

    一回でもう、完璧に整っている。
    おっさんは既にいない。
    さっき、負けたわ、と浴室を出て行った。

    私は、え、勝ったの?と思いつつ2回目のサウナへ向かう。
    2回目はベッドへ、3回目は椅子でしっかりと沐浴。

    またきてしまうんだろうな、と思えるサウナであった。

    で、木下さんは?

    浴室を出る。
    いやいや、整いましたなあ、とかなんとか誰もいないので一人つぶやいている。
    服を着る。眼鏡を拭こうと鏡の前に行くと帳面が置いてある。
    なんだろう、と思って手に取り開くと、木下さんが持っていた御書印帳である。
    そうだ木下さん!
    いけない、整ってすっかり忘れていた。
    ちゃんと本日取得した丸善京都本店からこもれび書店までの御書印が押してある。
    紫の付箋が貼り付けてあり、「京都駅みやこみちのハマムラへ」記されていた。
    天狗のおっさん、示してくれるのか。
    私はそれを手にサウナを出る。

    見上げれば通天閣ではなく、京都タワーがでーんと立っていた。

    画像
    京都タワー


    京都の町中華を手軽にーハマムラ



    勝利を手にした私が手に入れたものは、1杯のからしそばであった。


    天狗のおっさんの指示通り、京都駅八条口そば飲食店街みやこみちのハマムラにやってきた。
    普通に客が入っている、何か天狗に勝利したという感覚は無い。
    というか勝手に仕掛けておいて、勝手に負けたと言われただけだ。

    とにかく中に入ってみようと食券機の前に並ぶ。サウナ後の整った体に町中華は相性がすこぶるいい。
    京都町中華のしめと言えばもう決まっている。
    からしそばである。
    まだ食べたことがない人がいるのであれば、一旦食べておいて、それから議論しようではないか。
    新幹線のホームからも近いので、このハマムラを利用するのが、京都町中華を手軽に体験する上で最適である。

    からしそば、であれば他にも名店はある。老舗のちゃんと本店に行くべきか、迷うが、ここは便利をとるべきである。
    さて私の番が来る。

    からしそば、それにチャーハンをつけるか、天津飯をつけるか。さらに春巻にビールを飲むか。迷うところである。
    と、考えたところで、後ろの人にボタンを押される。
    え?と思ったらおっさんである。

    「ここは、からしそばの一択やろ」
    「こっちに選ぶ権利ないんですか?」
    「まあ食ってみ」
    そう言いながら自分はチャーハンセット、ビールに唐揚げをつけている。
    ええ!?おっさんだけ、ずるい。
    私もチャーハンとビール、つけて欲しかった。

    しかしラーメン一杯に千五百円、まあまあの品である。

    「これが京都の町中華、一度は食べとかな、京都を名乗れんやろ」
    「別に名乗ってませんが」

    注文して、すぐくる。
    ものの5分である。
    そんなに早い?のレベルである。
    神通力?と一瞬思ったが、食券を購入すると同時に注文がわかるようになっているのだろう。

    さて、からしそば、予想通りのビジュアルである。
    大きめの器に、芥子のきいた餡が乗っている。
    その下に眠るストレート麺である。

    からしそば、そうかお前がからしそばなのか、と私は囁く。
    こいつは古からこうやってここで、生まれ育ってきた名物、それを食らう私は300年もの。

    「まあ、食うてみ」
    と、おっさんはビールをすでに始めている。

    一気呵成にすすり上げる。

    途端に浮かび上がる走馬灯である。
    ガツンとくる辛子に私は生死の境にいたのである。
    ああ、もう少し、このカラシが強かったなら私は、もう立ち上がれないほどの衝撃をこの使い古した体に受けて、のたうち回っていたであろう。
    ちょうど良い、その配合で提供してくれてありがとうハマムラ。

    エビとかしわとキクラゲ、人参、青梗菜、しめじ、その精鋭たちである。
    カラシそばトーナメントで勝ち残って来た精鋭たちである
    それが一斉に私に襲いかかってくるのだ。
    敵は本能寺にあり!なんて声が聞こえる。
    いや、私を本能寺とみなしているのであればそれはそれで嬉しい。
    なんて敵の思う壺である。

    気づけば夢中ですすっていた。
    もう止まらなかった、一度啜り出したらノンストップで食べ切ってしまう。
    これぞ京都のサ飯、定番である。
    新幹線乗り場に近いので、ぜひ京都にお立ち寄りの際は食べてみてほしい。
    サウナ後は特に輝いて見える、からしそば。

    電車を待つ時間で飲む楽しみー塩小路カフェ


    からしそばのあまりの衝撃に私は三度忘れていた。
    で、木下さんはどこにいるのか。

    あのすいません、で、木下さんは一体どこに?と思った。
    実際に口に出したわけではない。
    けれど隣で、からしそばにチャーハン、唐揚げを食っているおっさんが、そっとメモを差し出した。

    「塩小路カフェ」

    指定された場所は、なんでもない駅ビル駅のホームの中のカフェであった。

    京都駅中央改札口から入って右に少し行った階段の下のスペースを利用しひっそりとある。
    天狗の隠れ蓑的なカフェ。
    普段は入ろうとは思わない。本当になんでもない定食屋、けれど昼からしっかり飲むこともできる。
    そこに木下さんが?

    ごちそうさまでした、とおっさんに礼を言い、急いで向かう。
    おっさんは振り返らず、スッと右手をあげた。

    ん?これじゃ上司にサウナに連れてこられた部下そのものじゃないか。

    京都駅は長い。ハマムラから塩小路カフェまで、ほとんど端から端である、とは言ってもハマムラから塩小路カフェまで早足で5分。

    辿り着いた塩小路カフェに入る。

    おばんざい三種盛りと生ビールを飲んでいる、ほろ酔いの木下さん。
    ずいぶんしっぽりと飲んでいるが、痛めつけられている、とかそういうことはなさそうだ。私にはむしろ楽しんでいるように見える。
    天狗、もしかして、ただ遊んで欲しかっただけなのか。

    目が合う。
    あ、と声をあげて驚いた。

    「どこ行ってたんですか?てか京都観光、行きましょうか」と木下さんが言う。

    「もう夕方ですよ」と、私は木下さんに御書印帳を差し出した。


    エピローグ(木下さんはかく語りき)


    妙ちきりんな旅だった。

    大阪でクリムト展をみて、京都で泊まる。
    友人のニッポニアさんと会うために京都駅にくる。

    ニッポニアとはハンドルネームで、読書を通じて知り合った友人だ。
    本名は知らないが、別に支障はない。
    そうニッポニアさんと会うために京都駅に来た。

    そしてニッポニアさんと再会し、空中通路で京都タワーを見た、それからどこをどう転んでここにいるの。それが思い出せない。
    どうしてわたしはこの店で、おばんざいをあてにビールを飲んでいるのだろう。
    ニッポニアさんはどこに行ったの。
    よくわからないが、不思議なことに店を出ようとも思わない。

    おばんざいは、肉団子のチーズグラタン、紅生姜天、里芋と鶏ももの煮込み。これとビールで千三百円。いけません、あなた、そんな出したら飲み過ぎてしまいます。わたしは参ってしまった。
    やってくるお客さんは親子丼とか、カレーうどんとかそういうライトなものを注文している。
    わたしだけ飲んでていいのかしら。
    いいんです、と誰かに言われた気がする。

    大きな駅によく入っている定食屋であるが、酒のあても手を抜いていない。
    冷凍食品を温めただけではなく、ちゃんと調理している。
    だからダラダラと長く居着いてしまうのかもしれない。

    樽レモンハイとおでん厚揚げを追加する。
    もう自然に次々頼んでいる。
    あれ、ニッポニアさんが京都を案内してくれる予定だったような。
    いくら考えてもわからないが、まあお酒が美味しければいいか、と飲んでいる。

    おでんがものの10秒で出てくる。
    だっておでんはすでに煮てあるんだからね。
    電車を待つ飲兵衛はおでんを頼むべし、とそらんじてみる。
    わたしは待ってないけど。
    おでんの厚揚げ、これまた美味しい。
    出汁がよく染みてます。

    そうそう、おでんの辛子、あれさ、ちょっと辛すぎない?
    そのままつけたら、ツーン、ときて全て持っていかれるのがわたしはあんまり好きじゃない。でもつけないのも物足りない。だから辛子をおでんの汁に溶いてしまう。からし汁、これ商売になるんじゃ、辛子を絡めた麺なんかいいかもしれない。これ今思いついた技。ライフハックここに極めた。
    そして辛子風味の出汁に浸された厚揚げをつつく。

    おばんざいを追加で。あとビールもお願いします。
    はいよ。

    ふと顔を上げるとニッポニアさんが立っている。

    「あ、どこに行ってたんですか?てか京都観光行きましょうよ」
    「もう夕方ですよ」と、なんとも言えない顔をしている。
    そして何か差し出す。
    「わたしの御書印帳?あれ、いつの間に渡しましたっけ?」
    「かくかくしかじか」
    「実際にかくかくしかじかという人、初めてみた」
    「そうでしょうね」
    「あれ、知らない御書印が押してある!」
    「苦労しました」
    「いつの間に」
    「いつの間に、って、かくかくしかじか」
    「また言った」

    そういうことがあったんですか、と聞いてもにわかには信じがたい。
    天狗に化かされていた、と言われてもなあ。
    「わたしはここで飲んでただけで、いつでも店から出れたしなあ」
    「出なかったじゃないですか」
    「あまりにもあまりにも、居心地がよく」
    「なんかその口調聞き覚えがあるなあ」
    「本物の木下さんですか?」
    「失礼千万」
    「ところで、茗荷のピクルスお好きですか?」
    「何を隠そう、わたしは茗荷党の党首ですよ」
    「茗荷党の党首って茗荷ではありませんでした?」
    「茗荷なわけないじゃないですか」
    「そうですよね」
    「茗荷に公約が作れますか?」
    「作れないです」

    まあ、無事ならそれでいいんですけどね、とニッポニアさんは言う。
    て!もう夕方?取っている新幹線の時刻はもうすぐじゃない。
    え、京都観光できない?なんか損した気分。

    「そうですね、私も日が暮れないうちに帰らないと」

    じゃあ、お土産だけでも見ておきましょうか。
    そうだ、職場の人に、家族にお土産を買わねばならない。

    そして塩小路カフェを出る。
    ニッポニアさんの話が正しいとすれば、ほとんど1日ここにいたことになるけれど、店のおばちゃんは何も言わなかった。
    よく考えればおかしい。

    京都土産を買うには伊勢丹がちょうどいい。
    「とらやの羊羹が買いたい。あと、阿闍梨餅。マールブランシェは新幹線のホームでも買えるから後でいいか」
    「それちゃんとあげる相手考えてます?」
    「後で考える、として」
    「として?」
    「今は買うしかない」
    「あれ、天狗に勝ったはずなんだけどなあ」
    「何のことですか?」

    伊勢丹を経由しつつ、京都駅ビルに連なる大階段、から最上部の大空広場に向かっている。

    いいですね、見晴らしいいんでしょうね、そろそろ夜景見えますか?
    と、わたしはようやく京都を楽しもうとしている。
    けれど刻一刻と新幹線の時間は迫っている。

    大空広場から京都の街並みを見下ろす。
    山に囲まれている。こう見ると小さな街である。

    「京都観光、したかったなあ」
    「また次の機会に、今日のコースをもう一回なぞりましょう」
    「今日のコース、知らないんですけど」
    「なかなか悪くなかったですよ」
    「よろしくお願いします」

    「では、私はここで」

    「・・ここで?」

    そして、まこと天狗にも色々あるのだなあ、と呟くやいなや、ニッポニアさんは展望スペースの手すりに立ち上がる。
    「え、何してるんですか、いけませんよ」と注意するわたしに目もくれず、またたく間に京都の街に向けて飛び上がる。
    唖然としているわたしを京都駅に残し、一羽の大きな朱鷺になり、奥京都に向けて羽ばたいていった。


    完


    画像
    大階段から大空広場へ
     
     
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