じわじわと、親になる
私はいつ親になれるのだろうか。
臨月の私は、日に日に大きくなるお腹を見つめながら考えていた。
妊娠がわかったのは去年の夏。
妊娠検査薬を何度も何度も試し、
遂に赤い線が浮き上がってきたとき、
驚きと嬉しさのあまり、生まれて初めてトイレで踊った。
体はどんどん変化していく。
つわりで大好きな白米が食べられなくなった。
ひどい便秘に悩まされた。
もともと痩せ型でぺたんこだったお腹は膨らみ、
ホルモンの影響でおへその周りは黒ずんで、お腹に正中線と言われる黒い中心線ができた。
骨盤が痛みうまく歩けなくなった。
だが、こんなにも身体は変化しているのに、私は私のままだった。
読書とカフェが好きで、推し活をして、夫とYouTubeを見ながらご飯を食べる、
楽しくて、幸せだけど、そんな私のまま。
本当に母親になるのだろうか、なれるのだろうか。
妊娠後期になると、毎日お腹に痛いほどの胎動を感じた。
エコー検査では、心臓や内臓の動きや顔をこする姿を見せてくれる。
確かにそこに我が子は存在しているのに、それが信じられなかった。
なんというか、自分の一部、内臓みたいに思っていたかもしれないし、
「誰ですか?」という気持ちでもあった。
ーー
ゴールデンウィークの中日、よく晴れた日の夜に息子は生まれた。
人生で一番の痛みに悶え苦しんだ後、私の足の間から、困り顔の小さないきものが出てきた。
息子は分娩台のライトに照らされ、さぁ人生が始まるんだ!と言わんばかりの、希望溢れる輝きを放ちながら、大きな声で泣いた。
こんな人が私のお腹の中に入っていたんだ、と高揚の中で思った。
諸々の処置が終わり、助産師さんが胸に息子を抱かせてくれる。
柔らかくてふにゃふにゃしてあったかい。
うにゃうにゃと小さく声を出して、おっぱいを探している。
柔らかい髪の毛、小さいお口。
全てが可愛くて愛おしかった。
ーー
入院の日々は孤独と不安との戦いだった。
母子同室で、つい昨日出会ったばかりの赤ちゃんと過ごす日々。
助産師さんはとても親切なのだが、想像していた以上に、情報がない。
母乳をいつどのタイミングであげれば良いのか、ミルクをどのくらいあげるのか、
ずっと寝てるけど大丈夫なのか、泣いているけど何故なのか…
朝も夜も分からない事だらけだった。
遂には赤ちゃんをうまく抱っこできずにナースコールで助産師さんを呼び教えてもらった。
それに加えて、産後の体はボロボロである。
切開した股の痛みや点滴の痛みで全ての動きがスローになる。
お腹は空気が抜けた風船みたいにシワシワに垂れ下がり、
妊娠中にできたおへその黒ずみと正中線が羅針盤みたいな形を作っていた。
赤ちゃんが生まれたら母性がとめどなく溢れて「母親」という生物になれると思っていたけれど、実際はボロボロで不安定なただの私。
その不甲斐なさに泣いた。
そんな入院生活も終わりを迎えるころ、夜間の授乳を終え息子をふと見ると
息子も私を見つめていた。
薄暗い中、廊下の光に照らされたその瞳に私が映っていた。
実際には赤ちゃんの視力は未発達だから、私のことは見えていなかったと思う。
だがそれを見たとき、「私はこの瞳に映る為に生まれてきたのかもしれない」と思った。
私は私として、この子に出会えたことが幸せで嬉しくて、そして愛しくてたまらなかった。
ーー
退院後も分からないことだらけの日々は続く。
授乳やミルクのことは相変わらず手探りのまま、何とかやっていた。
沐浴はうまくできず息子を泣かせてばかり。
些細なことから、ほとんどしたことがなかった大きな夫婦喧嘩をして、
手伝いにきていた私の母を困らせた。
疲弊する毎日の中、ある日寝室で昼寝から目覚めると、息子が見当たらない。
抱いていたのはブランケットだけで、その中にいるはずの息子がいないのである。
必死に名前を呼び、布団の中を探す。
かき分けてもかき分けても息子は見当たらない。
声を聞いて駆けつけた夫に、「どうしよう、赤ちゃんがいない」と伝えると、
夫は怪訝そうな顔をする。
その表情で、赤ちゃんは別室で夫と母親が見てくれていたことをハッと思い出し、
私はただ寝ぼけていたんだと自覚した。
その慌てように笑われながら、そのとき初めて私は母親になってきたのかも、と思った。
私が私である、でも無意識の中に息子が確かにいる。
妊娠した瞬間、胎動を感じたとき、子供が生まれたとき、初めて抱っこしたとき、、、
一つの節目で親になれるのではなく、瞬間の積み重ねで親になっていくのかもしれない。
私は今、じわじわと親になっている。