
「学校を休みたくない」。卒業間近の6年生と過ごす毎日が、私にとって「生涯一の名作」である理由
今、私には困った悩みがあります。 それは、
「学校(仕事)を休みたくない」
と思ってしまうことです。
ブラックな意味ではありません。 「忙しすぎて休めない」のではなく、
「子どもたちと一緒にやりたいことがありすぎて、
休んでいる暇なんてない!」
という、ポジティブな(そして少し困った)衝動です。
私が担任をしている6年生は、もうすぐ卒業を迎えます。
カウントダウンが始まった教室で、私の心は今、かつてないほど燃えています。
「3学期は静かに」なんてできない
教員の世界では、よくこんなことが言われます。 「3学期は、あれこれ詰め込んだり、新しいシステムを入れたりするのは好ましくない」
3学期は1年間の集大成を見とる時期であり、次のステージへ巣立っていくための準備期間だから、安定して次につないでいく時期だということです。 確かに、学級経営として先を見据えて考えると正論かもしれません。
でも、私はそうは思いません。 「今」、子どもたちにどんな力をつけてほしいのか。 「今」、子どもたちに何を考えてほしいのか。 「今」、どんなチャレンジをしてほしいのか。卒業目前の「今」だからこそ、できることがあるはずです。 私は最後まで、子どもたちに問い続け、走り続けたい。
「熱狂」を創り出すイベントたち
1月末には学習発表会があります。
「学年全体で熱狂を創りたい!」
という私の思いに共鳴してくれた子どもたちを中心に、毎日のように練習に取り組んでいます。
2月には、学級対抗の長縄大会があります。 たかが長縄、されど長縄。 クラス全員で一つの目標に向かって汗を流すあの日々は、まさに青春そのものです。
イベント本番が素晴らしいのはもちろんですが、私はそこに向かってあーだこーだ言いながら過ごす、「熱狂的なプロセス」こそが最高に楽しいのです。
父親としての葛藤と、平井大さんの歌
そんな日々があまりに充実していて、ふと、こんな感情が芽生えてしまいました。
「自分の子どもの保育参観があるけれど……仕事を休みたくないなぁ」
父親としてどうなんだ、というツッコミは自分でも重々承知しています。 我が子は可愛いです。成長を見たい気持ちも当然あります。 でも、どうしても自分の心に嘘がつけない。 それくらい、今の6年生たちとの時間は、私にとってかけがえのないものになっているのです。
そんな私の背中を押すように、先日、給食の時間に子どもたちが流した曲が、胸に深く刺さりました。
平井 大さんの『題名のない今日』です。
結婚式などでも使われるこの曲の一節に、ハッとさせられました。
何気ない日常に花束を
何気ない景色に額縁を
題名のないこんなありふれた今日が
僕たちが創り出した
生涯一の名作さ
卒業までのすべてが「名作」
学習発表会も、長縄大会も、大きなイベントです。 でも、それらに向けて練習して失敗した日も、他愛のない話をして馬鹿笑いした日も、何事もなく過ぎていく今日という一日も。
そのすべてが、「題名のない今日」であり、私たちだけの「生涯一の名作」なんだ。
そう思ったら、もう、一分一秒も無駄にしたくないという想いが溢れてきました。 卒業に向けて、何ともない日々を、余すことなく子どもたちと味わい尽くしたい。
家族への言い訳(と、愛)
だから、家族のみんな。 今だけは、ちょっと多めに見てほしい。 私の心を、もう少しだけ仕事(という名の青春)に向けさせてくれ。
その代わり、家に帰ったら、スイッチを切り替えて精一杯父親として遊ぶから! 「仕事が楽しい」と言って帰ってくる父親の背中を見せるのも、また教育……ということにしておいてください(笑)。