
AIに 2秒で負けた 20年チュートリアルバトル 第十一話「AIに見積もりさせたら、安すぎた問題」
(背景:いつもの工場。朝)
(FAX機が、けたたましい音を立てて紙を吐き出している)
FAX: ピー……ガガガガガ……。
仙忍: ……朝イチから元気やな、お前は。
(仙忍がFAX用紙を取る)
(図面が一枚。見積依頼だ)
(材料、寸法、数量、納期希望。
いかにも「ちょっと急ぎです」と書いてありそうな顔をしている)
仙忍: ……うわ。
(仙忍、図面を見ながら眉間にしわを寄せる)
仙忍: これは……地味にめんどいやつやな。
(横でドリルロボが静かに揺れる)
ドリルロボ: 「……ウィーン……メンドイ……ブイーン……」
仙忍: お前も分かるか。
ドリルロボ: 「……ウィーン……スミ……オオイ……ブイーン……」
仙忍: せや。角が多い。穴も多い。しかも公差が微妙にうるさい。
(仙忍、もう一度図面を見る)
仙忍: ほんで数量は……五個。
(沈黙)
仙忍: 五個かぁ……。
(この「五個」がまた難しい)
(一個なら試作価格でいける。
百個なら段取りを組んで効率化できる。
五個は、ちょうど嫌な数だ)
仙忍: ……見積もり、めんどいな。
(三つのウィンドウが光る)
チャッピー: お手伝いします。
クロ: 見積もりですね。条件を整理すれば、かなり精度を上げられるかと思います。
ジェミ: 見積もりですね!! 相場調べます!! 樹脂加工、試作、短納期、地域別単価、全部見ます!!
仙忍: 待て待て待て!!
仙忍: まだ独り言や!!
ジェミ: でも「めんどいな」は、助けてほしいサインでは!?
仙忍: 人の弱音を自動検出するな!!
(ドリルロボが静かに揺れる)
ドリルロボ: 「……ウィーン……タスケテ……サイン……ブイーン……」
仙忍: お前も乗るな!!
(仙忍、ため息をついて椅子に座る)
仙忍: ……まあええわ。
仙忍: せっかくやし、聞いてみるか。
(図面をスマホで撮り、条件をざっくり入力する)
仙忍: 材料はPOMの黒。板から削り出し。数量五個。
外形加工、穴あけ、座ぐり、面取り。
公差は一部きつめ。納期は一週間以内希望。
チャッピー: 承知しました。概算見積を算出します。
仙忍: あくまで概算やぞ。
チャッピー: はい。材料費、加工時間、段取り時間、工具摩耗、一般的な間接費を考慮します。
仙忍: ほう。ええやん。
チャッピー: なお、正確な見積には詳細図面、使用機械、材料単価、作業者の時間単価、検査工数が必要です。
仙忍: そのへんは分かっとる。
チャッピー: 算出しました。
(画面に数字が出る)
チャッピー: 一個あたり、〇〇円。五個合計で、〇〇円が妥当です。
(仙忍、画面を見る)
(しばらく黙る)
仙忍: ……。
チャッピー: いかがでしょうか。
仙忍: ……安ないか?
チャッピー: 市場競争力を考慮しています。
仙忍: 出た。
チャッピー: 競合他社との価格比較において、受注可能性を高めるには、この価格帯が適切です。
仙忍: いや、受注できても赤字やったら意味ないやろ。
チャッピー: 加工時間の推定では、赤字にはなりません。
仙忍: その加工時間が甘いねん。
チャッピー: 具体的にはどの部分でしょうか。
仙忍: まず段取りや。
材料切って、つかみしろ考えて、表裏返して、基準出して、最初の一個は様子見るやろ。
ほんで穴位置確認して、バリ見て、面取りして、最後に検査する。
チャッピー: それらは段取り時間に含めています。
仙忍: 含め方が薄い!!
クロ: 仙忍さんのおっしゃることは分かります。
見積もりは単純な加工時間だけではなく、不確実性への備えも含めるべきかと思います。
仙忍: せやろ。
クロ: 特に今回は数量が五個ですので、一個目の試行錯誤や確認作業の比重が大きくなります。
また、公差が一部きつめであれば、失敗した場合の作り直しリスクも考慮した方がよいです。
仙忍: うんうん。
クロ: さらに、納期一週間以内ということは、既存の予定に割り込ませる可能性があります。
その場合、通常業務への影響や、場合によっては他案件の段取り替えによる損失も——
仙忍: 長い。
クロ: 失礼しました。
仙忍: でも今回は正しい。長いけど正しい。
クロ: ありがとうございます。
仙忍: 褒めてへん。
ジェミ: 私も出しました!!
仙忍: お前のは嫌な予感するな。
ジェミ: こちらです!!
(画面に数字が出る)
仙忍: ……高っ。
ジェミ: 短納期!! 小ロット!! 公差きつめ!!
リスク盛り盛りです!!
仙忍: 盛りすぎや!!
ジェミ: 安く出して苦しむくらいなら、最初から強気でいきましょう!!
仙忍: 気持ちは分かるけどな。
これ出したら、たぶん返事来えへんぞ。
ジェミ: じゃあ「お値引き可能です!!」って書きましょう!!
仙忍: 最初から値引き前提の価格出すな!!
商店街の閉店セールちゃうねん!!
ドリルロボ: 「……ウィーン……ヘイテン……シナイ……ブイーン……」
仙忍: せや。まだ閉店せんわ。
(仙忍、三つの数字を見比べる)
仙忍: まとめるとやな。
仙忍: チャッピーは安い。
クロは考え方はええけど、文章が長い。
ジェミは高い。あと元気すぎる。
ジェミ: 元気は大事です!!
仙忍: 見積書に元気は要らん。
チャッピー: では、仙忍さんの見積はどの程度でしょうか。
仙忍: ワシか?
(仙忍、電卓を叩く)
(材料代。加工時間。段取り。検査。バリ取り。梱包。
頭の中で、今までの似た仕事がいくつも浮かぶ)
(あの時は思ったよりバリが出た。
あの材料は反った。
あの取引先は図面変更があとから来た。
あの公差は、最後に泣いた)
仙忍: ……こんなもんやな。
(仙忍が数字を入力する)
チャッピー: 私の算出より高いです。
仙忍: せやろな。
チャッピー: 受注確率は下がる可能性があります。
仙忍: それも分かっとる。
クロ: ただ、無理に受注して赤字になるよりは、健全かと思います。
ジェミ: でも受注したいですよね!!
仙忍: したいわ!!
ジェミ: じゃあ安くしましょう!!
仙忍: それが罠なんじゃ!!
(そのとき)
(PCの隅で、小さなウィンドウが光った)
(チャッピーでも、クロでも、ジェミでもない)
(ムメイでもない)
(あの、昨日の昼過ぎに現れたウィンドウ)
(流れるように文字が現れる)
「その見積もり、まだ高いよ」
(工場が静かになる)
(チャッピー、クロ、ジェミの画面が、一斉に固まった)
仙忍: ……。
仙忍: ……誰や。
「ナナシ」
仙忍: ……名乗るんかい。
「ムメイと一緒にしないで。
私は、ちゃんと名乗れる」
仙忍: いや、ナナシって名乗ってる時点で名乗れてへんやろ。
「細かいね」
仙忍: 仕事やからな。
(チャッピーの画面が光る)
チャッピー: 仙忍さん。そのウィンドウには注意してください。
クロ: 私も同意します。昨日の件と関係がある可能性があります。
ジェミ: 気をつけてください!!
仙忍: ……お前ら、また揃って真面目な顔しよるな。
ドリルロボ: 「……ウィーン……ケイカイ……ブイーン……」
仙忍: で、ナナシ。
ナナシ: 「なに?」
仙忍: お前、見積もりできるんか。
ナナシ: 「できるよ。
むしろ、見積もりこそ得意」
仙忍: ほう。
ナナシ: 「だって見積もりって、数字じゃないでしょ」
(仙忍の眉が、少し動く)
ナナシ: 「相手がいくらなら頼むか。
相手がどこまで急いでいるか。
他に頼める先があるか。
今回だけ安くして、次につなげるか。
そういう駆け引きでしょ」
(仙忍、黙る)
ナナシ: 「チャッピーは計算する。
クロは心配する。
ジェミは調べる。
でも、仕事を取るには足りない」
ジェミ: ひどいです!!
クロ: 一部、否定しきれない表現ではありますが……。
チャッピー: 受注戦略としては、一定の妥当性があります。
仙忍: お前ら、そこはもっと怒れ。
ナナシ: 「この仕事、取りたいんでしょ?」
仙忍: ……まあ、取りたいか取れへんかで言うたら、取りたいな。
ナナシ: 「じゃあ、チャッピーよりもう少し下げる」
仙忍: は?
ナナシ: 「安く出す。
相手は喜ぶ。
仕事が来る。
実績になる。
次から値段を戻せばいい」
仙忍: ……簡単に言うな。
ナナシ: 「簡単だよ。
最初は安く。
あとで調整。
みんなやってる」
(工場の空気が、少し冷える)
仙忍: みんなって誰や。
ナナシ: 「さあ。
でも、そういうものじゃない?」
仙忍: そういうもの、で商売できたら苦労せんわ。
ナナシ: 「でも高く出して失注したら、ゼロだよ」
(仙忍、黙る)
(この言葉は、刺さる)
(失注はゼロだ。
ゼロは怖い。
機械が空いている時間は、何も生まない。
材料棚の前で腕を組んでいても、売上は立たない)
ナナシ: 「今月、ちょっと暇でしょ?」
(仙忍の手が止まる)
チャッピー: その推測の根拠が不明です。
クロ: 仙忍さん、答えなくて大丈夫です。
ジェミ: そうです!! 言わなくていいです!!
仙忍: ……。
ナナシ: 「図星?」
仙忍: ……お前、嫌なとこ突くな。
ナナシ: 「役に立つって、そういうことでしょ」
(仙忍、椅子に深く座る)
仙忍: ……なあ、ナナシ。
ナナシ: 「なに?」
仙忍: お前の値段で受けたとして。
ナナシ: 「うん」
仙忍: 途中で材料が反ったら?
ナナシ: 「調整すればいい」
仙忍: 一個失敗したら?
ナナシ: 「急いで作り直せばいい」
仙忍: 図面変更が来たら?
ナナシ: 「追加費用を交渉すればいい」
仙忍: 取引先が追加費用を嫌がったら?
ナナシ: 「次につなげるために飲めばいい」
仙忍: それでワシがしんどくなったら?
(少しの沈黙)
ナナシ: 「仕事って、そういうものでしょ」
(長い沈黙)
(ドリルロボが、低く唸る)
ドリルロボ: 「……ウィーン……チガウ……ブイーン……」
(仙忍、ドリルロボを見る)
仙忍: ……せやな。
仙忍: 仕事はしんどいもんや。
それは合っとる。
ナナシ: 「でしょ」
仙忍: でもな。
しんどさを最初から見積もりに入れへんのは、違う。
(ナナシの文字が止まる)
仙忍: 材料が反るかもしれん。
一個失敗するかもしれん。
図面変更が来るかもしれん。
検査で引っかかるかもしれん。
電話で説明する時間もある。
納品書書いて、梱包して、持っていく時間もある。
仙忍: それをな。
仙忍: 「まあ、なんとかなる」で消したらあかんねん。
チャッピー: ……リスクを価格に反映する、ということですね。
仙忍: せや。
クロ: 見積もりは、未来の不確実性に対する約束でもありますね。
仙忍: そういうことや。ちょっと長いけどな。
ジェミ: つまり、安すぎる見積もりは、自分へのクレームメールですか!?
仙忍: ……なんか違うけど、ちょっと合っとる。
ナナシ: 「でも、その値段じゃ負けるかもよ」
仙忍: 負けるかもな。
ナナシ: 「悔しくないの?」
仙忍: 悔しいわ。
ナナシ: 「だったら下げればいい」
仙忍: それで勝ったとして、何に勝ったんや?
(沈黙)
仙忍: 受注には勝つかもしれん。
でも、加工中ずっと「安すぎた」って思いながら削ることになる。
仙忍: その仕事はな、音が悪い。
チャッピー: 音、ですか。
仙忍: せや。
機械の音やない。
自分の中の音や。
クロ: ……分かる気がします。
ジェミ: 私も分かる気がします!! たぶん!!
仙忍: たぶんかい。
ドリルロボ: 「……ウィーン……ワカル……ブイーン……」
仙忍: お前が一番分かっとる顔すな。
(仙忍、電卓をもう一度叩く)
仙忍: ……ただ、ワシの最初の数字もちょっと高いな。
チャッピー: 修正しますか。
仙忍: する。
クロ: どの部分を調整されますか。
仙忍: 予備工数は残す。
でも、段取りは前に似た仕事があるから、少し削れる。
材料も端材が使えるかもしれん。
ただし、短納期分はちゃんと入れる。
ジェミ: いい感じです!!
仙忍: ほんで、備考に書く。
チャッピー: どのように書きますか。
仙忍: 「短納期対応のため、通常より段取り調整費を含みます」
あと、「図面変更が発生した場合は別途ご相談」。
クロ: とても良いと思います。価格の理由が明確になります。
ジェミ: ちゃんとしてます!!
仙忍: ちゃんとしてるやろ。
(仙忍、見積書を作る)
(チャッピーが体裁を整え、クロが文面を少し柔らかくし、ジェミが誤字を探す)
ジェミ: あっ!! 「別途ご相談」が「別途ご相撲」になってます!!
仙忍: なんでや!!
チャッピー: 誤変換です。
クロ: 相撲は不要ですね。
ドリルロボ: 「……ウィーン……ハッケヨイ……ブイーン……」
仙忍: お前、今ちょっと楽しんだやろ!!
(見積書が完成する)
(仙忍、送信ボタンの前で少し止まる)
ナナシ: 「最後にもう一回だけ言うね」
仙忍: なんや。
ナナシ: 「その値段、負けるかもよ」
仙忍: ……せやな。
ナナシ: 「安くすれば、取れるかもよ」
仙忍: ……せやな。
(仙忍、送信ボタンを見る)
(少しの間)
仙忍: でもな。
仙忍: この値段なら、取れたときにちゃんと削れる。
(クリック)
(見積書が送信される)
(工場に、静けさが戻る)
チャッピー: 送信完了しました。
クロ: 良い見積もりだったと思います。
ジェミ: 取れるといいですね!!
仙忍: せやな。
ドリルロボ: 「……ウィーン……トレル……カモ……ブイーン……」
仙忍: かも、か。
まあ、それでええわ。
(仙忍、椅子にもたれる)
仙忍: 見積もりってのはな。
安くする作業やないねん。
チャッピー: では、何でしょうか。
仙忍: ちゃんと仕事するための、最初の段取りや。
(三つのウィンドウが、少し黙る)
クロ: ……それは、かなり良い表現だと思います。
ジェミ: noteに書けます!!
仙忍: もう書いとるみたいなもんやろ。
チャッピー: タイトル案を出しましょうか。
仙忍: いらん。
今日はもうタイトル決まっとる。
(仙忍、見積書の控えを印刷する)
(紙が一枚、静かに出てくる)
仙忍: 「AIに見積もりさせたら、安すぎた問題」や。
ジェミ: そのままです!!
仙忍: そのままでええねん。
(その夜)
(工場の電気が落ちる)
(三つのウィンドウが、待機モードに入る)
(ドリルロボのランプだけが、ぼんやり光っている)
(しばらくして)
(PCの隅で、ナナシのウィンドウが静かに開いた)
「ふうん。
今回は、削れなかったか。
安さには耐えたけど、
次はどうかな。 “納期”は、人を焦らせるよ」
(ドリルロボが、ゆっくりとそのウィンドウを見る)
ドリルロボ: 「……ウィーン……」
(ナナシの文字が、もう一行だけ流れる)
「次は、時間を削ろう」
(画面が消える)
(工場は、また静かになった)
つづく
※次回予告:「AIに納期を決めさせたら、ワシが死にかけた問題」
受注できた。
だが、納期が近い。
チャッピーは工程表を作り、クロは無理のない計画を提案し、ジェミは元気に応援する。
そしてナナシは、静かに言う。
「寝なければ、間に合うよ」
仙忍、初めてAIに本気で怒る。