メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo bynakhkr

不登校の嵐と凪

    4年前に上の息子が不登校になり、2年前に下の娘も不登校になった。

    不安と悲しさと焦り、それを表に出せず、色のない日常を、毎日を、ただやり過ごしていた。

    仕事にも行っていたが、当時の記憶はあまりない。
    食べたいものなんてない。
    明日に希望も感じられない。

    そんな日々がどれくらい続いただろう。

    自分が発した言葉が、子どもにとって刃になるのではないか。

    意に反して、無理をさせてしまうのではないか。

    わずかに灯るあかりに影を落としてしまうのではないか。

    たくさんの本を読み、有識者の話を聞き、子ども達に診断がついても、支援学級に在籍しても、フリースクールに通っても、私たち家族には息のつまる毎日しかやって来ない。

    心を覆う厚い雲の上にも青空はなくて、音のしない嵐から抜け出す術はなく、できるだけ無感情に、できるだけ波風を立てずに、子どもたちを嵐から守る小さな小さなシェルターを維持していくことしか出来なかった。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    それから、どれくらい時間が過ぎたのだろう。

    私はギターを始めた。
    恐れや焦りや戸惑い、息ができないような自分の世界に居場所を作りたかった。

    上手く弾けなくてもいい。
    ゆっくりでいい。
    続けていれば、いつか、いつの間にか、ほんの少しだけ前に進む。

    失敗したら、また挑戦すればいい。
    急ぐ必要もない。

    そんな日々を過ごしていたら、ギターをうまく弾けない自分も何だかおかしく思えてきて、風や緑の心地よさや、美味しそうな匂いや、失っていた彩りや喜びが少しずつ少しずつ戻ってきた。

    そんな私を知ってか知らずか、子どもたちに小さな変化が起こり出した。

    息子は学校へは行かないものの、よく笑い、よく食べ、散歩を日課にし、高校進学の準備をはじめた。

    娘は推し活に熱中し、中学入学を機に、これまでの自分を取り戻すかのように、登校し、勉強している。

    家中を支配していた、重苦しい空気は、今はもうない。

    何かがきっかけだったのか、ただ嵐が行き過ぎただけなのか、我が家のこの話がどこかの誰かの役に立つのかは、皆目わからない。

    だけど、嵐は永遠に続くことはなく、我が家に凪が訪れたことは確かで、これからもきっとささやかだけれど、よい風が吹く、そんな風に思える私がいる。

     
     
    発達障害と学習障害がある不登校の子どもと向き合う日々の徒然を綴ります。   2024年夏にアラフィフではじめたアコギについても、記録のために書いていきたいと思います。