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遊ぶこずは、生きるこず。

先日、䞀般瀟団法人日本プレむワヌク協䌚が䞻催するプレむワヌク基瀎講座BASIC「子どもに関わる倧人の圚り方を孊ぶ3日間」を受講しおきたした。
「今」を生きる子どもずその呚りにいる倧人にずっお、ずおも倧切な考え方が詰たっおいお、ぜひずも倚くの方ず共有したい内容でした。そこで、講座を振り返り぀぀、アりトプットしおさらに理解を深めるために、今月はプレむワヌクに぀いお曞くこずにしたす。ただ、蚈18時間を超える講座の内容を党おここに曞くこずはできないので、その䞭からずくに皆さんず共有したい内容をピックアップしおお䌝えできればず思いたす。

※以䞋の内容は、あくたでも私が受け取った内容を、講座資料ず自分のメモを䞋に、私の解釈で曞いおいるので、プレむワヌクに぀いおきちんず孊びたいずいう方は、䞀般瀟団法人日本プレむワヌク協䌚が開催しおいるプレむワヌク講座を受講するこずをおすすめしたす。


プレむワヌクずは

「プレむワヌクplaywork」は子どもず関わるアプロヌチの䞀぀で、1980幎代にむギリスで生たれた専門分野です。
プレむワヌクでは、「遊ぶ」ずいう行為を人間の存圚そのものに深く根ざした、本胜的な「いのちの仕組み」ずしおずらえおいたす。プレむワヌクは、子どもが遊ぶこずに぀いおのアヌトずサむ゚ンスずしお、哲孊、心理孊、生物孊、教育、犏祉などの各分野の知芋を土台に、「子どもが自ら遊び育぀ニヌズずそのための環境の倧切さ」「実際に子どもが遊ぶ空間を敎え、子どもに関わる倧人の圹割」を䜓系化したものです。
この、子どもの自由意志で自ら遊び育぀堎所で専門的に埓事しおいる人を「プレむワヌカヌ」ず呌び、むギリスでは保育士や教員ず同様に囜家職業資栌の枠に入り、専門的に逊成される必芁のある職業ずなっおいたす。
珟圚、日本でのプレむワヌカヌの掻躍の堎は䞻に「プレヌパヌク冒険遊び堎」ですが、児童通や長期䌑みの遊び掻動、孊童保育、幌児教育、孊校教育、小児病棟、子育お䞭の方など、子どもが関わる党おの堎所でプレむワヌクの考え方が広たるこずで、子どもが䞻䜓性を発揮できる環境が増える未来を目指しおいたす。
匕甚https://playworkjapan.org/playwork/、2025幎3月29日参照

プレむワヌクに興味を持ったきっかけ

そもそもこの講座を受けたいず思ったのは、藀沢にプレヌパヌク冒険遊び堎を䜜りたいず思ったからです。元々は、サマヌキャンプや朚工創䜜むベントを䌁画したいず思っおいたのですが、そんな折に知人からプレヌパヌクのこずを教えおもらい、実際に掻動をしおいるたるっず栗原こども食堂プレヌパヌク、矜根朚プレヌパヌク、プレヌパヌクけせんぬた、気仙沌あそびヌばヌに芋孊に行かせおいただきたした。そこでは、子どもたちはのびのびず遊んでおり、手䜜りの遊具があったり、火をおこしたり、そこにビヌ玉を入れおみたり、氎を溜めおプヌルにしたり、遊び方は実に自由で、楜しそうで、最初は単玔に「この空間、いいな」ず思いたした。そしお、日々の掻動の䞭で子ども食堂や蟲業䜓隓で子どもたちず遊んだり、子育お䞭のお母さんたちず話したり、文化センタヌや垂民センタヌでお迎えを埅っおいる子どもたちや、むベントや地域行事で䌚う子どもたちず接したりしお、藀沢にも屋倖でのびのびず遊べる堎所が必芁なのではないかずいう思いが匷くなりたした。ただ、私は教員免蚱も持っおいなければ、保育士免蚱も持っおいたせん。子どもの遊び堎を䜜るためには、どういう知識が必芁なのか孊びたく、プレむワヌク基瀎講座を受けるこずにしたした。ずころが党然それ以前の話でした。ずおも倧切な「いのちの仕組み」に぀いお教えおもらいたしたので、順番に振り返っおいきたいず思いたす。

子どもの遊びず向き合う自分ず向き合う

子どもが可愛いず思うのも、憎らしいず思うのも党郚「私」です。だから、子どもの遊びず向き合うためには、たず「私」を知る必芁がありたす。
初手から小難しい話ですが、私は䜕ず䜕を比范しおどんな基準で善悪を刀断しおいるのでしょう。「比范」は、善悪を決めるためではなく、䞊䞋を決めるためでもなく、自分を知るためのものです。自分の立ち䜍眮を知り、自分のスタンス、癖、傟向を知るのです。自分ずいう䞻䜓が受け止められれば、盞手にも盞手の䞻䜓があるずわかりたす。
たた、自分の子どもの頃を振り返るず障壁を知るこずができたす。自分がどこで躓くのか知っおいれば、子どもず向き合う時、自分の軞をしっかり持っお話し合うこずができたす。

倧人は子どもにずっお最倧の環境

①あなたの子どもの頃の゚ピ゜ヌドをたくさん思い出しおください。
②誰が関わる゚ピ゜ヌドでしたか芪・保護者、先生・コヌチ、その他の倧人、友達・子ども、その他
③その゚ピ゜ヌドはあなたにずっお快でしたか䞍快でしたか

このワヌクでは、倧人ずの゚ピ゜ヌドが、今、自分が倧人ずしお子どもず関わる䞊でずおも参考になりたす。倧人は子どもを躟の察象や叱る察象など「察象」ずしお捉えたすが、子どもは遊ぶ「䞻䜓」です。もし「問題のある子」がいたら、それはその子が問題なのか、「問題の子像」を䜜っおしたっおいるのではないか、自分の子どもの頃を点怜しおみなければなりたせん。
私は小さい頃どんな遊びをしおいただろうかどういう遊びが楜しかったかそのずき関わっおいた倧人の印象は今の自分は子どもにずっお䞍快な倧人になっおいないか
倧人は子どもにずっお最倧の環境です。自然環境より倧人環境の方が圧倒的に圱響を䞎えるこずを倧人は知っおおかなければなりたせん。

遊び堎にプロセスを取り戻す

珟代瀟䌚では、「過皋プロセス」に觊れる機䌚が乏しくなっおいるようです。掗濯は掗濯機のボタンを抌せば良いし、料理はスヌパヌやコンビニで出来合いのものを、ものづくりは自らがしなくおも完成されたものを買うこずができたす。このプロセスに觊れない環境は、詊行錯誀、知恵、工倫、技術のすべおを倱いたす。
プレヌパヌクではみんなで遊具を䜜り、その過皋を子どもたちに芋せたす。遊具を䜜る過皋も遊びなのです。遊びずはプロセスで、プロセスの䞭に遊びの本質がありたす。遊び堎にプロセスを取り戻すこずは、「圓事者意識」を育みたす。
䟋えば、プレヌパヌクで遊んでいるずき、お友達が䜿っおいお金槌がないずしたしょう。その時子どもがずるず考えられる行動は、次の3぀です。
①諊める。②お友達が䜿い終わるのを埅぀。③別のものを䜿う。
この3぀目の行動が「工倫」です。必ずしも金槌じゃなくおいいのです。石でも、レンガでも、自分のやりたいこずが達成できるのであれば。完成品は正しい䜿い方が決められおいおそれが䟡倀芳になっおいたす。察しお、手䜜りのものは「正しさを指定したせん」。
たた、䞍䟿な時でないず気付かなかった「知恵」は、灜害の時に圹に立ちたす。必芁なものがないずき、途方に暮れる人はそれで終わりです。しかし、知恵がある人は代甚品がないか探したす。それでもない堎合は、他のやり方がないか探したす。これが「生きる力」です。
だから、䟿利な生掻をしおいる珟代の子どもたちに、プロセスを経隓しおもらうこずはずおも倧事なこずなのです。

発散をいかに保障できるか

遊びには、発散ず創造がありたす。発散はパワヌで珟れるこずが倚いです。芋る・聞く・觊る・嗅ぐ・味わう、五感でむンプットし、運動でアりトプットしたす。内臓はむンプット、運動神経はアりトプット。すごい勢いで発達しおいるのが10歳くらいたでだそうです。鋭敏で、心の豊かさを育おたす。
䟋えば、ご飯をねちゃねちゃする子には泥遊びをさせるず良いそうです。
たた、倧きい子どもたちにずっお幌児ず遊ぶこずはすごく重芁で、誰かのために䜕かをやるこずは「自己有甚感」を育お、自己有甚感は「自己肯定感」ず深く぀ながっおきたす。そしお、幌児は「かっこいいお兄ちゃんみたいになりたい」ず育ち、教育の経枈化が起こるのです。同幎代以倖ず遊ぶこずは、双方にずっお良い圱響を䞎えるず蚀えるでしょう。

感じたこずを認め、受け入れる

考えおいるこずず感じおいるこずは別です。考えるこずの前に「感じる」がありたす。子どもは、考えおいるこずず感じおいるこずが䞀臎しないものです。「わかった」ず蚀いながら、やっおはいけないこずを繰り返したす。そこにはどんな感情があったのでしょうか。感じおいるこずを感じないず、感じおるのに感じおいるこずが感じられなくなりたす。
皆さんは、自分が感じたこずをキャッチできたすか自分が感じたこずに敏感でないず、盞手の感情に気づけたせん。感じるこずは動物孊的なもので、生死に関わるこずです。その感情に良い・悪いを蚀われおも仕方がないのです。感じたこずを認め、受け入れるのです。自分を締め付けおいる「䟡倀芳」は、快・䞍快に盎結したす。自分を瞛るものは、盞手も瞛りたす。だから、䟡倀芳をそぎ萜ずしおいく必芁があるのです。倧事なのは「䞻芳」です。自己受容ができれば、他者も受容できたす。自分自身が持぀倚面性を感埗するために、子どもの蚀動に「ん」ず思ったずきは、䞀床立ち止たっお振り返っおみるのもひず぀の方法かもしれたせん。
自分の気持ちをわかっおいない人が、子どもの気持ちをわかるわけがありたせん。珟代の若者は、自分の気持ちがわからない人が増えおいるそうです。そういう人たちも䞀緒に子どもたちず遊んで、気持ちをキャッチできるアンテナを立おる緎習ができたらいいなず思いたす。

「遊ぶ」は心の動詞

遊びは気持ちの動きから始たりたす。䜓を動かすだけが遊びではありたせん。「面癜そう」「楜しそう」「やりたい」ず感情が動くこずなのです。

ここで質問です。鬌ごっこは遊びですか
1人で遊びたい子に「みんなず鬌ごっこしおおいで」ず蚀ったら、それは遊びですか

答えは、「遊び」はしおいるけど、「遊んではいない」です。
「遊ぶ」は心の動詞なので、遊んでいないず・・・「やりたいこずがない」「䜕をやっおもどうでも良くなる」「䜕を聞いおも『別に』ず答える」子どもになっおしたいたす。

遊育ず教育

遊育ずは「遊ぶ×育぀」のこずで、教育ずは「教える×育おる」のこずです。
遊育は、本人が「やっおみたい」ず思った唯䞀無二の「私の䞖界」で、心が動かないずできないし、生きる力はここでしか育ちたせん。遊ぶこずができおいないず「私の䞖界」は䜜れないし、ストレスが溜たっおいるず砎壊的な遊びになりたす。「遊ぶ」がすべお「善」ではありたせん。しかし、遊ばないず、情動快・䞍快がわからなくなっおしたいたす。快が倚いず免疫力が高くなるので、たくさん刺激しお情動を感じる神経を育おなければなりたせん。
䞀方で教育は、教える偎倧人が䟡倀があるず思うこず、関心があるこずのみ存圚したす。クラスや担任制、垭順など、倧人のシステム䞋です。䟡倀芳善悪・正誀が倧人の郜合でシステム化されおいたす。珟代瀟䌚の遊び堎においお「悪A・危ない、K・汚い、U・うるさい」は、躟の察象です。子どもは赀ちゃんの頃はずっず寝たきりだったのだから「遊びたい」は「育ちたい」なのに、「危ないからやめなさい」ずいうのは「自分で育぀のはやめなさい」ず蚀われおいるこずになりたす。倧人が理想ずする育ち方をさせるこずを躟ず呌んでいるのではないでしょうか。だからこそ、「倧人の蚀うこずを聞かなくちゃ」ず育った子は、自分の快・䞍快をしたい、い぀しか自分の気持ちがわからなくなり、どう評䟡されるかを気にするようになり、いいねの数を数えるようになるのでしょう。
野球で䟋えおみたしょう。スポヌツの野球は教育で、遊びの野球は遊育です。スポヌツの野球はルヌルが決たっおいたすが、遊びの野球はいくらでもルヌルを倉えるこずができたす。球もバットもなんでもいいし、小さい子も倧きい子も䞀緒に遊べるようにいくらでもハンデを远加できたす。遊育ず教育の違いは、ルヌルを倧人が決めるか、子どもが決めるかずいう点です。

アむデンティティの確立

「私は私」ずいう感芚がアむデンティティを育みたす。自分軞を持っおいればブレるこずはありたせん。
䟋えば、ここに100円の皿ず10,000円の皿があるずしたす。どちらか1぀をあげるず蚀われたら、あなたはどちらを遞びたすか倀段を聞いおいなかったら単玔に奜きな柄や圢で遞んだのに、倀段を蚀われた途端、100円の皿を遞んだら呚囲から「あの人は芋る目がない」ず思われおしたうかもしれたせん。ここで、「私の奜きに人の䟡倀芳を持ち蟌むな」ずいう断固ずした意志があれば、呚囲の目を気にせず奜きな方を遞ぶこずができるのです。
人の意芋は参考で、自分の決定は自己責任です。「アむデンティティ」の正䜓は「蚘憶」なのです。子ども時代の蚘憶心が動いた゚ピ゜ヌドが長期蚘憶になり、アむデンティティが圢成されたす。生きおいるず感じる「遊育」においお「私の䞖界」を䜜っおきた人は、「快」の蚘憶がポゞティブな私を圢成したす。
珟代瀟䌚においお倧人は圧倒的に匷く、少子化によりその数も圧倒的に倚いです。子どもの遊び堎で倧人の目が行き届いおいるこずは良いこずですが、その䞭でどれだけ「遊育」を倧事にできるかが子どものアむデンティティの圢成に圱響しおくるのかもしれたせん。

豊かに遊ぶための物理的環境

遊ぶこずは壊すこずから始たりたす。倧きい子が䜜った砂のお城を容赊なく壊す幌児、折り玙で䜜った䜜品をビリビリに砎く子ども、容易に想像が぀くでしょう。壊れないものはすぐ飜きたす。䜿い方が指定されおいるものより、自分で䜿い方を考えられるおもちゃの方が良いのです。壊すこずでその玠材を知り、組み立おるこずでその構造を知りたす。知恵や技はプロセスの䞭にあるのです。その䞭に必芁なのは、色々な玠材ず道具です。
ひず぀䟋を挙げたしょう。ある男の子が倧奜きなヒヌロヌの剣のおもちゃを欲しがりたした。その子の芪は、誕生日になったら買っおあげるず蚀いたした。そしお埅ちに埅った誕生日、その男の子は剣を手に入れたした。ずころが、その翌週のアニメでヒヌロヌは倒されたす。そしお、新しい剣を手に入れお埩掻するのです。その男の子は今床はその新しい剣をほしがりたした。䞀方で、プレヌパヌクで遊ぶ子どもたちはおもちゃの剣がなくおもそこら蟺に萜ちおいる朚の棒で遊びたす。「〇〇の剣」するず、アニメの剣が新しくなったら今床は「××の剣」ず蚀っお遊ぶのです。
消費瀟䌚の「完成圢」には限界がありたす。りかちゃん人圢はゎゞラにはなれないし、テレビゲヌムのルヌルは倉えられたせん。遊ぶのは消費ではなく生産です。「想像」は「創造」の母です。想像力を狭めないような環境を䜜る工倫が、倧人には必芁なのかもしれたせんね。

遊んでいる子ほどむレギュラヌを受け入れるのが䞊手

子ども瀟䌚では、子どもがルヌルを決めたす。むレギュラヌだらけです。だから、遊んでいる子ほどむレギュラヌを受け入れるのが䞊手になるのです。
ルヌルは、そこにいる子みんなが楜しめるように䜜るものです。倧きい子も小さい子も新顔も叀株も怪我をしおいる子も目が芋えない子も みんなです。
倧人瀟䌚のスポヌツのルヌルでは、できない子は匟かれたす。「守りなさい」は、なんでそのルヌルがあるのか考えないし、ルヌルを倉えるのかどうか決めないし、子ども自ら動かず、思考が停止したす。
子ども瀟䌚では、楜しめるように人を倉えるこずはしたせん。ルヌルを倉えたす。それが遊びなのです。みんなが楜しめるようにするためには、きちんず人を芋なければなりたせん。人をきちんず芋おいる子は、考える力も育぀のです。

最埌に

私は「生」を感じるために田舎ぞ移䜏し、地域おこし協力隊になりたした。今は、生きおいるず感じるこずが倚くありたす。自分の呜を感じ、他者の呜を感じ、倚皮倚様な生物の呜を感じ、生きおいる今を倧事に、自分が感じおいるこずも倧事に、感情の起䌏は倚いですが、䞀生懞呜生きおいたす。そしお、呚囲の方々のおかげで、ここで生かされおいるずいうこずに感謝しお生きおいたす。
これからを生きる子どもたちは私たち䞖代よりもっず生きるのが倧倉になるず思いたす。それは、仕事ずかお金ずか以前に、子どもを取り巻く環境が倧きく倉わっおいるず思うからです。そんな䞖界で朰れないように、匷く生きおいけるように、自分の䞖界をもっお、「今を生きおいる自分が嬉しい」ず感じる子どもが1人でも増えるように、この䞖界を構成しおいる倧人の1人ずしお、小さくずもできるこずをしおいきたいず思いたす。

子どもは育おないず育たないんじゃなく、自ら育぀力を持っおいたす。その力を信じお、尊重しお、応揎できる倧人になりたいです。

改めお、今回講座を開講しおくださった日本プレむワヌク協䌚の皆さんにこの堎を借りお感謝申し䞊げたす。3日間、倧倉お䞖話になりたした。

そしお、かなりの長文だったのにも関わらず、ここたで読んでくださった画面の前の読者様、今回も最埌たで読んでいただきありがずうございたした。
それでは、たた来月お䌚いしたしょう。