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箸を持つ――三つ子の魂は踊り忘れず

     お箸の国に生まれて数十年。

     冷たい風が吹く、冬の日の夕方だった。突然。本当に突然、自分の箸の持ち方が嫌になった。
     この時、私は食卓ではなく車の運転席に座っていた。なので手にしていたのは箸ではなくハンドルで、カーステレオから流れるMrs. GREEN APPLEの『青と夏』を聞きながら信号が青に変わるのを待っていた。
     そう、食事中でない。運転中だったのだ。
     なのにどうしてこんなことを思ったのか。これは今になっても分からない。たぶん、一生分からない。
     箸の持ち方が正しくない、という自覚はずっとあった。あったけど「持ち方が正しくないよ」と指摘されたことはなかったし、黒豆やコーンはもちろん、滑りやすい食べ物だって普通に摘めていたから気にしてこなかった。気にしないようにしていたのだ。
     そんな人生の中で、私のシナプスとニューロンがどんな働きをしたのか分からない。とにかく突然、自分の箸の持ち方を思い出し、それがとっても嫌になったのだ。
     信号が青に変わり、ゆるゆると車列が動き出す。ゆっくりとアクセルを踏みながら、私は箸の持ち方を直そうと決心した。

    ◆□◆

     当時の私は、親指と人差し指で上の箸を固定して、中指の腹で下の箸を固定して動かす、という持ち方をしていた。
     先述のとおり、正しくないという自覚はあったので、インターネットで検索するのは《箸の正しい持ち方 大人》。
     検索数はかなりあった。
     同じこと考える人はいっぱいいるんだなぁ、と安心しながら、一番上のサイトを開いた。大きな写真を使って、もの凄く丁寧に解説が書かれていた。
     要約すると《上の箸を鉛筆のように持ち、下の箸を親指の付け根と薬指で支えて、上の箸だけを上下させる》のが正しい箸の持ち方だという。
     ここでもう一つ《矯正》しなければならないことが増えた。
     鉛筆ペンの持ち方だ。
     当然、と言うのも変だけど、こちらもずーっと正しくない。握りしめるような持ち方をしていたので、下の箸が入る隙間がなかった。
     ペンと箸の持ち方が両方直せて一石二鳥じゃん。
     箸の正しい持ち方だって、そんなに難しそうじゃない。私は単純なのでそう考えた。
     ところがどっこい、これが難しい。
     その一・薬指で箸を支えられない。
     私の右手の薬指は数十年間働いてこなかったのだ。急に箸を支えるために働けと言われても、土台無理な話である。
     その二・上の箸が動かせない。
     これも同じ。下の箸を動かしてきた弊害か、箸を上に動かせないのだ。
     これ、どんな原理で動くんでしょう?
     持っているだけで指が攣りそうになるし、手の甲全体が痛む。
     実際食事をしてみると、豆腐も上手く持ち上げられない。フワフワの出汁巻き卵でさえ切ることができない。
     何が悪いの? 理由ワケが分からないよ。頭の中は疑問だらけだ。
     えー、小指はどんな形にすればいいんでしょうか? 曲げるんだよね? どれくらい? サイトの写真だと良く分からないよ……。
     こんなことすら考えてしまう。
     もちろんサイトの写真が悪いんじゃない。ドツボに嵌った私が悪い。
    「やっぱ止めよっかな」と諦めが過る。
     だけど、大人になって仕事以外で何か一つでも成し遂げることができたら、達成感もひとしおだろう。話のネタとしてもおもしろい。
     そうしてこの日から悪戦苦闘の三食(たまに外食するけど)が始まった。
     あ、なんか楽に食べられるなぁ、と思うと持ち方が戻っている。いつ戻った? まったく記憶がないんですけど……。
     そして並行して、ペンの持ち方も直していた。やっぱりネットで正しい持ち方を調べたのだが、変な所に力が入るから、字が歪むという弊害が……。こちらもちっとも直せず、気がつくと以前の持ち方に戻っている。
     三つ子の魂百までも。雀百まで踊り忘れず。
     昔の人は正しい。とても的を射ている。現代まで残る諺にはちゃんと理由があると実感したのだった。

    ◆□◆

     ――二か月後。
     私は挫折しかけていた。
     だって上の箸がちっとも上手く動かせないのだ。動画も見たけど、どうにもこうにもスムーズに行かない。
     まあ、誰かに迷惑かけてるわけじゃないですしぃ。
     料理を落とす方がお行儀悪いしぃ。
     おまけに字も上手く書けなくなった(※もともと下手だ)しぃ。
     こんな言い訳を頭の中でし始めたある日のこと。
     運命の出会いがありました。
     なんとなく立ち寄った雑貨屋。店内をフラフラと歩いていると箸売り場に行きついた。
     無地、和柄、キャラクター柄。形も丸、四角、六角形に八角形。色とりどり様々な箸が並ぶなか、目についたのはオランダ生まれの有名なウサギちゃんのシルエットが描かれた箸だった。
     この箸だけ、なぜか袋に入っていた。そしてちょっと変わっていた。茶色と黒が一本ずつで、上部には数か所の凹みがあった。
     説明書によれば、茶色の箸が上で、黒い箸が下。凹みの部分は指を当てる位置。箸の持ち方用だったのだ。
     いける。これなら、いける!かもしれない。っていうか、なんで今日まで考えつかなかったのか。
     そう思って値段を見たら千円+消費税だった。この当時、私が使っていた箸は五膳セットで千円+消費税。五倍のお値段である。
     高っ!
     しかも五膳セットの箸は二膳が未使用のまま残っている。
    「ここで千円+消費税の箸を買うなんてもったいないじゃん」と頭の中でドケチな私が騒げば、
    「箸に賞味期限も消費期限もないから、残りの二膳は箸の持ち方が完璧になったら使えばいいじゃん」と箸の持ち方をなんとか直したい私が言い返す。
     さてさて、この不毛な脳内喧嘩。決着をつけたのはこの箸が店頭で最後の一つ、という点だった。
     世の中は一期一会。また今度にしたら、誰かが買って売り切れになってしまうかもしれない(ネットで買えばいいじゃん、というツッコミはナシで)
     縁とタイミングと地元のお店は大切にしないといけないのだ。私が買うしかない!
     千円+消費税を払い、意気揚々と帰宅した私は結構重要なことに気づいた。今まで使っていた箸より短いのだ。説明書を確認したら小学校高学年向けと書いてあった。完全に見落としていた。
     …………。
     まあいいか、お弁当用のお箸よりも長いし。なんとかなる。いや、なんとかするしかなかった。五倍のお値段だったんだから。
     というわけで説明書に沿って箸を持ってみる。
     なにこれ! すっごい矯正(強制)力!
     元に戻るなんて許さないわよ! という箸の意志すら感じる。
     そしてなんと! 使い始めて数日で上の箸が動かせるようになりました!
     あれだけ苦戦していたのに。さすが千円+消費税である。
     ちなみにペンの持ち方に関しては、ホームセンターで鉛筆に嵌めるタイプの持ち方用グリップを購入。三個入で一五〇円。即決。
     小学生用とは書いてなかったけど、学童用品売り場にあった。
     小学生用、ふたたび。
     けれど私は知っている。小学生向けだって大人も使えるということを。
     鉛筆用のグリップだけど細いペンにはちゃんと嵌ったし、手のサイズに合えば問題ないのだ。
     実際、人に貸したら「持ちやすいね、すっごい楽」と大絶賛だった。正しい持ち方ができているその人に、学童用品だとは言えなかった。見栄である。

    ◆□◆

     箸を持ったとき、自然と指四本で持てるようになったし、上の箸を動かせるようにもなった。ペンの持ち方も、たぶん正しくなってきた。
     これで完璧! とは問屋が卸さない。そう、簡単には卸してくれないのだ。
     菜箸を使っていると以前の持ち方に戻ってしまう。というかそうでないと料理を摘まめない。長すぎるが故か、どうにもこうにもバランスが取れないのだ。
     なので食事用の箸の持ち方も気をつけていないと戻ってしまう。
     当然、と言うのもおかしいけれど、持ち方矯正用の菜箸はネットでも見つけられなかった。
     そんな私を察してなのか、持ち方用の箸は今日も現役バリッバリである。木製なのに箸先が痛む様子もない。さすが千円+消費税は伊達じゃない!
     ちなみに箸の持ち方が直せたら使おうと思っていた二膳は、食器棚の肥やしになっている。悲しいかな、当面出番はなさそうだ。
     かくして、三つ子の魂が忘れられない私はまだ箸の持ち方に悩み、踊らされている。

     
     
    フォロー・ブックマーク失礼します。 過激表現が過激過ぎなければオールジャンルで読みます。 読むことが楽しいので、お礼などはお気になさらず。

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