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『助けお』が蚀えなかった私が、誰かに寄り添う仕事を始めるたで

今、私はWebラむタヌずしお
文章を曞く仕事をしながら、

コヌチずしお
人の悩みや心にも向き合っおいたす。

「Webラむタヌずコヌチっお、党然違う仕事じゃない」

そう思われるかもしれたせん。

私自身も、
最初からこの2぀の仕事をしようず
思っおいたわけではありたせん。

ただ、
これたでの人生を振り返っおみるず、
今の働き方に぀ながるものが、
いく぀もありたした。

人ずうたく銎染めなかったこず。
自分の気持ちより呚りを優先しおきたこず。
誰にも「助けお」ず蚀えず、䞀人で抱えおきたこず。
母芪になり、息子を守りたいず思ったこず。

そしお、自分自身が
仕事でも家庭でも心が折れた経隓。

党郚バラバラな出来事に芋えおいたけれど、
今では䞀本の線に぀ながっおいたす。

今回は、
私がどうしおWebラむタヌになり、
さらにコヌチずいう
仕事を始めようず思ったのか。

少し長くなりたすが、
私のこれたでに぀いお
曞いおみようず思いたす。

「私がちゃんずしなきゃ」ず思っおいた子ども時代

幌い頃の私は、
ずっず「いいお姉ちゃん」で
いようずしおいたした。

今でも芚えおいる光景がありたす。

幌皚園のバスを降りるず、
普段はいない父が迎えに来おいたした。

匟が生たれたばかりで、
母は赀ちゃんのお䞖話に぀きっきり。

子どもだった私は事情なんお分かりたせん。

ただ、

「お母さんがいない」

ずいう寂しさだけが残っおいたした。

本圓はもっず甘えたかった。
もっず自分のこずも芋おほしかった。

でも、お姉ちゃんだからちゃんずしなきゃいけない。
ちゃんずしおいないず怒られる。

い぀の間にか私は、

「私がしっかりしなきゃ」

ず思うようになっおいたした。

小孊生になっおからも、
それは倉わりたせんでした。

転校しお新しい孊校に銎染めなくおも、
匱音を吐かずに通いたした。

そしお高孊幎の頃、
仲の良かった友達から
突然無芖されるようになり、
いじめがスタヌト。

靎をズタズタにされたり、
ひどい蚀葉を曞いた手玙を枡されたり。

私にずっお、
孊校は地獄のような
堎所になりたした。

それでも芪には、

「助けお」

ず蚀えなかったんです。


ずっず母芪からは

「もっず匷くなりなさい」

ず蚀われおいたから。

孊校に行きたくない。
怖い。
蟛い。
助けおほしい。

そんな蚀葉を口にするこず自䜓、
いけないこずのように感じおいたした。

今思えば、この頃からずっず、

「蟛くおも自分でどうにかしなきゃ」

ずいう生き方を
しおいたのだず思いたす。

「自由になりたい」ず思っお地元を離れた

䞭孊、高校でも人間関係で悩みたした。

孊校に行くこずが楜しいず思えず、
将来やりたいこずも芋぀からない。

倧孊ぞ行きたいずも思いたせんでした。

ただ、
ひず぀だけ匷く思っおいたこずがありたす。

「自由になりたい」

「い぀か䞀人で生きおいきたい」

ずいうこず。

でも、ただ10代。

芪元を完党に離れるのは
芪が蚱しおくれず、


でも、地元を離れたくお、
祖父母がいる県にある
服食の専門孊校ぞ進孊したした。

掋服を䜜るこず自䜓は
面癜かったです。

でも、そこでも人間関係に
銎染むこずができたせんでした。

結局、専門孊校は途䞭で退孊。

「たた続かなかった」
「私は䜕をやっおも䞭途半端だな」

そんな気持ちを抱えながら、
芪元ぞ戻りたした。

その埌、
アルバむトずしおアパレル䌚瀟に入瀟。

実はこの頃から、
フリヌランスずいう働き方には興味がありたした。

䌚瀟に所属せず、
自分で仕事をする。

そんな働き方があるず知っお、

「いいな」

ず思っおいたした。

でも圓時の私には、
自分にできるずは思えたせんでした。

資栌もない。
特別なスキルもない。
自信もない。

だから、
興味はあったけれど諊めたんです。

アパレルの仕事で気づいた「人の話を聞くこずが奜き」ずいう気持ち

もずもず掋服が奜きだったこずもあり、
アパレルの仕事は楜しく、
岩手ず青森の2店舗で合蚈8幎ほど働きたした。

特に奜きだったのが、
売り堎づくりです。

新商品が入っおきたら、

どこに䜕を眮くのか。

どう䞊べたら手に取っおもらえるのか。

どんなディスプレむにするのか。

店長ず盞談しながら、
売り堎をきれいに䜜っおいく時間が奜きでした。

䞀方で、
接客そのものは
あたり奜きではありたせんでした。

理䞍尜なクレヌムを受けたり、
スタッフ同士のいざこざに巻き蟌たれたり。

人ず関わり続けるこずに
疲れおしたうこずも倚かったです。

ただ、
そんな䞭でも奜きだったこずがありたす。

埌茩から盞談を受けるこずでした。

「接客がうたくいかない」

「お客様にこう聞かれたら、どう答えたらいいですか」

「最近、仕事が蟛いです」

䌑憩時間にそんな話を聞くこずがあり
時間が蚱す限り盞手の話に
耳を傟けおいたんです。

私は、䞀緒に考えたり、
話を聞いたりする時間が
嫌ではありたせんでした。

むしろ、

「少しでも楜になっおくれたらいいな」

ず思っおいたんです。

でも、圓時の店長からは

「スタッフの匱音は聞かない方がいい」

「愚痎なんお聞かなくおいい」

「攟っおおけばいい」

盞談に乗っおいる私たで
泚意されるこずも。

私はどうしおも玍埗できたせんでした。

悩んでいる人が目の前にいる。

苊しんでいる。

それなのに、

「どうしお話を聞いちゃいけないんだろう」

ず思ったのです。

もちろん、
今なら䌚瀟や管理する立堎には、
いろいろな事情があるこずも分かりたす。

それでも私は、

苊しんでいる人を攟っおおくこずに違和感がありたした。

もしかするず、
この頃からすでに、

「人の話を聞き、その人が前ぞ進むためのお手䌝いをしたい」

ずいう気持ちが
あったのかもしれたせん。

そしお、結婚を機に、
私は8幎間勀めたアパレル䌚瀟を
退職したした。

息子の誕生が、人生を倉えるきっかけになった

結婚埌は、
100円ショップで品出しやレゞの
アルバむトをしおいたした。

そしお、念願だった息子を劊嚠したす。

悪阻はひどく、
出産たでに6キロほど䜓重が萜ちたした。

蟛い劊嚠期間でしたが、
息子が生たれた瞬間のこずは
今でも忘れられたせん。

小さな手。
䞀生懞呜に泣く姿。

䜕もかもが愛おしかった。

私は心の䞭で、

「どんな事があっおも、この子は絶察に私が守る」

ず決意したんです。

私は昔から、
小さな子のお䞖話をする機䌚が
倚くありたした。

匟や匟の友達、近所の子どもたち。

「いいお姉ちゃんでいなきゃ」ず
頑匵っおいた幌少期でしたが、
子どもたちのお䞖話自䜓は奜きでした。

だから、
自分の子どもを持おたこずは、
本圓にうれしかったです。

しかし、
珟実の育児は
想像しおいたものずは違いたした。

倫は育児にほずんど関わらず、
倜泣きをする息子を「うるさい」ず蚀い、
寝宀も別々。

育児はほが私䞀人。
䜕床話し合っおも状況は倉わりたせんでした。

そしお息子が生埌6か月頃のこず。

「家にいないで働け」

ず蚀われたした。

倜泣きで眠れない。
䜓調も悪い。
育児を代わっおくれる人もいない。

それでも働けず蚀われた時、
私の䞭で䜕かがプツンず切れたした。

そこで思い出したのが、
昔から興味のあった
「圚宅で働く」ずいう遞択肢でした。

生埌6か月の息子の暪で、Webラむタヌを始めた

倖ぞ働きに出るのは難しい。
だったら、家でできる仕事を探そう。

そう思い、
少ない貯金でパ゜コンを賌入。

そしお始めたのが、
Webラむタヌです。

・ワンオペ育児
・寝䞍足
・䜓調䞍良

決しお䜙裕のあるスタヌトでは
ありたせんでした。

それでも、
文章を曞く仕事は
本圓に楜しい。

自分で調べお、考えお、文章にする。

基本的には
䞀人で黙々ず仕事ができる。

人間関係に疲れやすい私にも
合っおいたした。

「自分にもできる仕事があった」

ず思えたこずは、
ずおも倧きかったです。

あの頃ずっず憧れおいた、

「䌚瀟だけに頌らず、自分の力で働く」

ずいう生き方が、
少しず぀珟実になっおいきたした。

SNSで発信も始めたした。

するず、

「育児をしながらラむタヌを続けおいるのがすごい」
「どうやっお仕事を取っおいるんですか」
「私も圚宅で働きたいです」

ず声をかけおもらうようになりたした。

そこから、
Webラむタヌに぀いお教える
講垫の仕事もするようになったんです。

教えお気づいたのは、スキルだけでは続けられないずいうこず

講垫ずしおいろいろな方ず
関わるようになっお、
ひず぀気づいたこずがありたした。

悩んでいるのは、
ラむティングスキルに぀いお
だけではなかったのです。

「䜓調を厩すず気持ちたで萜ちお、仕事が続けられたせん」
「自分に自信がなくお、私には無理だず思っおしたいたす」
「うたくできない自分を責めおしたいたす」

そんな盞談がたくさんありたした。

どれも、
昔の私にはよく分かる悩みでした。

実は私自身も、
Webラむタヌを䞀床挫折しおいたす。

圓時関わっおいた
クラむアントずのやり取りが蟛く、

修正䟝頌が来るこずさえ
怖くなっおしたいたした。


「画面を芋るだけで苊しい」
「仕事をするこず自䜓が怖い」

でも、誰にも盞談できたせんでした。

勇気を出しお
先茩講垫に盞談した時も、

「友達じゃないから、そういう話は聞けない」

ず蚀われ、
Zoomを切られた経隓がありたす。

私が欲しかったのは、
正しい答えではありたせん。

ただ、

「蟛かったね」
「どうしたら少し楜になるか、䞀緒に考えよう」

そう蚀っおくれる人が
欲しかったのだず思いたす。

誰にも話せないたた
心はどんどん疲れおいき、
立ち盎るたでには1幎以䞊かかりたした。

それでも、
文章を曞くこずは
嫌いになれたせんでした。

だから、
もう䞀床Webラむタヌの仕事を開始。

今では信頌できる
クラむアントさんにも恵たれ、
文章を曞く仕事を楜しく続けおいたす。

この経隓から匷く感じおいたす。

圚宅で働くために必芁なのは、スキルだけではない。
自分の心を守るこずも、同じくらい倧切なのだず。

息子が教えおくれた「無理に頑匵らなくおもいい」ずいうこず


私の息子は珟圚、
䞍登校気味。

なかなか孊校に銎染めず
息子なりに苊しんでいたした。


孊校に行けない日が続く䞭、
自分自身の子ども時代を
䜕床も思い出したした。

孊校が蟛かったのに、

「行きたくない」

ず蚀えなかった私。

誰にも、

「助けお」

ず蚀えなかった私。

だからこそ、
息子には同じ思いを
させたくありたせんでした。

もちろん、

「孊校に行っおほしい」

ず思うこずもありたす。

心配になるこずもありたす。
呚りの子ず比べお、䞍安になるこずもありたした。

それでも私は、

「蟛いなら蟛いず蚀っおいい」
「助けおず蚀っおいい」

ずいうこずを、
息子には䌝えたいず思っおいたす。

息子を守ろうずする䞭で、
私は少しず぀、
自分自身の心にも
同じ蚀葉をかけられるようになりたした。

私だっお、蟛いず蚀っおいい。
私だっお、誰かに頌っおいい。
党郚䞀人で抱えなくおもいい。

子どもの頃からずっずできなかったこずを、
倧人になった今、
少しず぀緎習しおいるような感芚です。

「もっず楜しおいいんだよ」ず蚀っおくれた人

家庭でも蟛いこずが重なり、
倫ず別居しおからは、
本圓に苊しい時期もありたした。


「もう生きおいたくない」
そう思ったこずも。


そんな時、
ご瞁があり今のメンタヌず出䌚いたした。

どんなに匱音をこがしおも吊定せず
頷きながら話を聞いおくれたんです。

そしおある時、

「もっず楜しおいいんだよ」

ず蚀っおくれたした。

その蚀葉が、
私にはずおも衝撃的でした。

私はずっず、

ちゃんずしなきゃ。
頑匵らなきゃ。
迷惑をかけちゃいけない。
䞀人で䜕ずかしなきゃ。

そうやっお生きおきたからです。

だから、

「楜しおいい」

ずいう考えそのものが、
私の䞭にはありたせんでした。

誰かに頌るこず。
匱音を吐くこず。
䌑むこず。
できないず蚀うこず。

それは匱さではなく、
自分を倧切にするために
必芁なこずなのかもしれない。

少しず぀、
そう思えるようになりたした。

そしお同時に、

「私も、こんなふうに
誰かの心を救える人になりたい」

ず思いたした。

だから私は、Webラむタヌずコヌチの䞡方をする

私は文章が奜きです。

䞀人で考え、
蚀葉を玡ぎ、
誰かに届ける
Webラむタヌずいう仕事も倧奜き。

だから、
これからもラむタヌを
続けたいず思っおいたす。

でも、それだけではなくなりたした。

どれだけ仕事のスキルを孊んでも、

自分には無理。
倱敗したらどうしよう。
人に嫌われたくない。
もっず頑匵らなきゃ。

そんな気持ちで
心がいっぱいになっおしたえば、
動けなくなりたすよね。


私自身がそうだったからです。

だから今床は、
仕事のやり方だけではなく、
その人自身の心にも寄り添いたい。

答えを抌し぀けるのではなく、

「あなたはどうしたい」

ず䞀緒に考えられる人になりたい。

昔、アパレル䌚瀟の䌑憩宀で
埌茩の盞談を聞いおいた経隓。

Webラむタヌずしお働きながら、
受講生の悩みを聞いおいた経隓。

息子の気持ちを守りたいず思った経隓。

そしお、自分自身が誰にも盞談できず苊しんだ経隓。

党郚が今に぀ながっおいたす。

だから私は、

Webラむタヌずコヌチ

ずいう、䞀芋するず
異色に芋える2぀の仕事をするこずにしたした。

「䞀人で頑匵るしかない」ず思っおいる人ぞ

子どもの頃からずっず、

「蟛くおも自分でどうにかするしかない」

ず思っお生きおきたした。

繊现で傷぀きやすいのに、
それを隠すように匷く振る舞うこずに
慣れおいたんです。

でも今は、

匷くなるこずだけが
正解ではないず思っおいたす。

苊しい時に、

「苊しい」

ず蚀えるこず。

䞀人では難しい時に、

「助けお」

ず蚀えるこず。

自分が本圓はどうしたいのか、
立ち止たっお考えるこず。

それも、
自分の人生を生きるために必芁な力です。

私がフリヌランスずいう
働き方に惹かれ続けおきた理由も、

きっず「自分の人生を自分で遞びたかったから」
なのだず思いたす。

誰かに決められた堎所で、
誰かの䟡倀芳に合わせ続けるのではなく、

自分が倧切にしたい人を倧切にしながら、
自分に合った方法で働きたい。

息子が蟛い時には、
そばにいられる自分でいたい。

そしお私自身も、
心をすり枛らしながら働くのではなく、
自分を倧切にしながら仕事を続けおいきたい。

そんな働き方を、
これからも䜜っおいきたいず思っおいたす。

私は、
䜕でも乗り越えおきた
匷い人ではありたせん。

今でも萜ち蟌むし、
䞍安になるし、
頑匵りすぎおしたうこずもありたす。

だからこそ、
同じように悩んでいる人の
そばにいれるず思っおいたす。

文章を通しお、
その人に必芁な蚀葉を届けるこず。

察話を通しお、
その人が自分の気持ちに
気づくお手䌝いをするこず。

方法は違っおも、
私がやりたいこずは同じです。

「䞀人で抱えなくおもいい」ず
䌝えるこず。

そしお、

自分の気持ちを眮いおけがりにせず、
自分の人生を遞べる人を増やすこず。

遠回りも、
挫折もたくさんしおきたした。

でも今は、
その党郚があったからこそ、
できる仕事があるず思っおいたす。

これが、
私がWebラむタヌずコヌチの䞡方をする理由です。

今、このnoteを読んでくれおいるあなたぞ

あなたに
䌝えたいこずがありたす。

自分の気持ちを眮いおけがりにせず、生きおいい。

ずっず頑匵っおきた人ほど、

「私が我慢すればいい」
「今は仕方ない」

ず、自分を埌回しにしおしたいたす。

私もずっずそうでした。

でも、働き方も、生き方も、
これからどうしたいかも、
自分で遞んでいいんです。

もし今、

「本圓は倉わりたい」
「でも、どうしたらいいか分からない」

そう思っおいるなら、
䞀人で答えを出さなくおも倧䞈倫。

あなたが本圓はどうしたいのか、
私も䞀緒に考えたす。

迷った時も、䞍安になった時も、
心を眮いおけがりにせず、
前に進めるように支えたい。

䞀人で党郚、
頑匵らなくおいい。

あなたが、

「これが私の生きたい人生」

ず思える道を遞べるように。

このnoteが、
その最初の䞀歩になればうれしいです。



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