KONGとチョコレート工場
「おい!今日は何の日だ?」
ガハハ笑いがバックヤードの天井材を物理的に震わせた。
おそらく防火基準ギリギリ。
声の主は、パート界の女帝・『一ノ瀬さん』(仮)。
クルクル回る椅子を王座のように乗りこなし、ショートホープをくわえ
"この世の真理はだいたい知ってる。シフトで私に逆らうな"みたいな顔でKONGを見上げている。
その目は完全に獲物を見つけた肉食動物そのものだった。
「バレンタインデーです。」
0.3秒。
ここでの
『え?なんすかね?』
などと"モテ男"が言えるような台詞は命とりである。
おまけに、先刻、KONGのメンタルはすでにチョコレート工場で溶かされていたのだ。
遡ること数十年。
専門学生KONGは、夫婦経営の小さなコンビニでバイトをしていた。
24時間営業ではない。
深夜0時にきっちり閉まる。
"眠らない街・東京"に対して、堂々と寝るスタイルを継続し、KONGの生活を支える職場。
自動ドアもたまにやる気がない。
カチッとボタンを押してもワンテンポ遅れて開く。
店まで人情。
学生たるもの、学校が終わるやいなや、友人たちとロビーでキャッキャと青春を謳歌する。
「昨日さー!」「マジで?」「ウケるんだけど!」
そんな輪の外側を、KONGはテクテクと通り抜ける。
向かう先はレジと品出しと廃棄チェックの世界だ。
それがKONGの日常だった。

2月14日。
この日の学校のロビーは、通常比30%増しでキラついていた。
女子たちが、仲良し男子にチョコレートを配っている。
「はい、どーぞぉ」
「好きなの選んでぇ」
「お返し楽しみにしてまーす!」
なんだこの空気は。
この日は、チョコレートが通貨のように流通していた。
普段は甘い茶色い塊。
それがこの日だけ"心臓直撃型飛び道具"に進化する。
おそらくNERVあたりが製造したのだろう。
バレンタイン限定・感情破壊兵器
なんて罪深い食べ物なんだ。
正月に値上がりする蒲鉾と同じくらい罪深い。
KONGは傍観者だった。
キャピキャピグループとは、挨拶を交わす程度の距離感。
『青春』という名の舞台を、客席から見る役どころ。
貰えるならチョコを食べたい。
バイトでの給料は東京での生活費ですぐに底をつく。
ここにいる誰よりもチョコを有り難く食べる自信もある。
意識しないわけがない、だって男子だったから。
……まぁ、今日もKONGには関係ない。
そう言い聞かせながら、
少しだけ、ほんの少しだけ、
地球の重力が3%増した足取りでバイトへ向かった…。
そして冒頭の一ノ瀬さんである。
「チョコは貰ったのか?」
ガハハハハハハ!
肺活量どうなってる。
煙草の煙が妙に神々しい。

「……いいえ。」
一瞬の沈黙。
ニヤリ。
「ならコレをやるよ!」
差し出されたのは
ショートホープ。
水性ペンで書かれた『バレンタイン』。
なぜか達筆。
無駄に芸術点が高い。
チョコではない。
ニコチンである。
甘くない。
むしろ肺にくる。
「ほら、好きだろ?」
なんでだよ。
でもその瞬間、KONGは思った。
……ああ、これはこれで、悪くない。
ロビーで飛び交うキラキラチョコも青春なら、
バックヤードで煙に巻かれながら受け取るショートホープも青春だ。
むしろレア。
派手じゃなくていい。
「おい」と声をかけられる。
笑われる。
からかわれる。
それだけで、胸はちょっと温かくなる。
あの日もらった"チョコレート"は苦かった。
むしろ健康に悪かった。
しかも2ヶ月後じゃなければ開封できなかった。
でも今思い出すと、
不思議とビターでスウィートな味がする。
記憶って都合がいい。
バレンタインとは、きっとこういう日だ。
チョコをもらえるだけの日じゃない。
誰かの記憶に、自分が少しだけ刻まれる日なのだ。(多分)
あの日から数十年後。
当時のKONGに教えてあげたい。
スティックを買うために、定期を買うために、重い足取りで向かったバイト生活の先には…
たくさん大好きなチョコレートをもらえたKONGが待っているという事を。
そして今日もどこかで、
ショートホープにマッキーで『バレンタイン』と書くような人がいるかもしれない。
それはたぶん、
世界で一番不器用で、
世界で一番あたたかい、愛情表現なのかもしれない。
なんせ、今でも覚えてるのだから。
それでは!
また!
