雨の日の、ほんの小さな奇跡
連日雨が降る、KONGの住む街、東京。
こうも雨が続くと、街を歩くだけでも少しばかり神経を使う。
水溜まりはもちろんのこと、コンビニの前にある妙に滑りそうなタイルや、駅の床、階段、普段なら何も考えずに歩いている場所が、雨の日になるとちょっとしたゲームのステージに変わる。
そしてKONGは長靴を持っていない。
靴は何足かあるものの、濡れないようにするにはKONGの傘さばきでは無理がある。
だから今日も、
水溜まりを見るたびに、ピョンと飛ぶ。
小さい水溜まりなら、ピョン。
ちょっと大きければ、少し助走をつけてピョン。
大きすぎる場合は、いったん立ち止まり、別ルートを探す。
カエルのようにピョンピョン。
ウサギのようにピョンピョン。
つまり、40を超えたおじさんがピョンピョン。

客観的に見ると、なかなか不思議な光景である。
本人も、それは分かっている。
ただ、靴を濡らさないためには仕方がない。
人間には、見た目よりも優先しなければならないことがある。
雨の日のKONGにとって、それは靴だった。
なぜなら雨の日に安心して歩ける靴をKONGは持っていない。
どの靴も長く履いているせいで、靴底がだいぶすり減っているのだ。
晴れの日なら、それでも問題はない。
ところが雨の日になると、靴底のすり減り具合が急に存在感を増してくる。
歩いていても踏ん張りが利かず、ちょっとした床の濡れ具合に、
「ちょw今日はやべぇっすよw」
と、靴そのものから忠告されているような気分になる。
とはいえ、雨がこうも連日続いてしまうと、踏ん張りが利かない靴を履かなければならない日もやってくる。
そして……この日がまさにそうだった。
KONGは家を出る前、今から履く靴を見ながら自分に言い聞かせた。
『今日の靴は、危ない刑事。』
そう思っておけば、きっと大丈夫。
小さな水溜まりであればピョンと飛び、
コンビニ前の滑りやすそうなタイルでは、少し歩幅を狭くしてそろりそろりと進む。
駅の中に入ってからは、床のいたるところにマリオカートのバナナが落ちているくらいの気持ちで慎重に歩いた。
特に階段は気をつけなければならない。
おそらくここで転んだら、ただの『雨の日に滑った』という話では済まない。

場合によっては大事故になる。
40を超えたおじさんにとって、転倒は若い頃のように「いてて」で済むはずがない。
下手すれば人生の一話分くらい持っていかれる可能性がある。
そう考えていた矢先だった。
駅の改札を出たところで、一人の婦人が転んだ。
「あっ」
KONGは婦人に声を掛けようと、少しだけ歩み寄った。
その瞬間だった。
ズドン!!!
KONGも転んだ。
両足をまっすぐ前に投げ出し、お尻から落ち、まるでテディーベアのようだった。
ただ、かわいらしさはない。
婦人と同じ場所で、まるで「お隣いいですか?」とでも言うように。

ところが、当の婦人はすでに立ち上がっており、軽く振り返っただけで、そのままスタスタと歩いていた。
そう。
まるで何事もなかったかのように、自分の物語を先へ進めていたのである。
つまり。
KONGだけが、その場に残された。
こういう時に限って、視聴率は高い。
駅だから当然だ。
誰も見ていないと思うには、あまりにも人が多い。
すると、声がした。
「大丈夫ですか?」
声だけを聞くと、同年代くらいの女性だと思った。
KONGは恥ずかしさのあまり、顔を見る余裕がなかった。
とにかく立たなければならない。
早く。
何事もなかったように。
できれば、今の出来事そのものをなかったことにしたい。
「だ、大丈夫です」
KONGは立ち上がった。
そして、お尻の濡れ具合を確認した。
思ったより濡れている。
この痛みは骨折してるんじゃないか?
『お尻が割れている…?
縦に?
俺のお尻は横に割れてなかったっけ?』
かなり動揺している。
しかし、ここで動揺してはいけない。
KONGは声のした方に最高の笑顔を作って伝えた。
「ビックリしちゃいました」
これはつまり、
「俺は大丈夫だ」
という意味である。
完璧だった。
…。
ところが。
そこに立っていたのは、知らないおじさんだった。
KONGは、再びビックリしちゃいました。
さっき声を掛けてくれた女性は、KONGが立ち上がるより前に、その場を離れており、自分の物語を先へ進めていたのである。
それもそうだ。
転んだ人が『大丈夫です』と言って、その場で少し待ってくれる人など、そうそういない。
むしろ声を掛けてくれただけで、あの人の優しさは溢れている。
その場にいたのは、転んだおじさんと、転んでないおじさん。
二人の間には、説明のつかない空気があった。
もしこれがドラマなら、まだ女性はその場に立っており、
KONGと目が合い、
何かが始まる。
エンディング曲のイントロが流れる。
そういう場面だったかもしれない。
しかし現実は違った。
女性はいない。
いるのは知らないおじさん。
と、
転んでビックリしたおじさんのみ。
そのおじさんの顔は、
「こっちもビックリする」
と言っているようにも見えた。
雨の日には、いろいろなことが起こる。
靴は濡れ、床は滑り、人は転ぶ。
助けようとした人まで転ぶ。
お尻が痛い。
そして、出会うはずのなかった人と出会う。
たぶん人生には、こういうことがたくさんある。
その時は意味が分からない。
あとから考えても……
やっぱり意味が分からない。
でも、『無駄だったか』といわれると、そうでもない。
出会いの中に、無駄な出会いは一つもない。
……たとえ、それが知らないおじさんとのエンカウントだったとしても。
なぜなら。
こうしてnoteに書くことができるからだ。
雨の日に滑ったKONGは、今日も一つ、素敵なsomethingを見つけました。
そう考えると、明日も少しくらい雨が降ってもいい。
……。
いや……。
やっぱり、晴れてほしい……。
なぜなら。
……。
乾いた靴が無いからだ。
それでは!
また!
