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Photo byomlg_akk

結婚した日のこず

    私は、アメリカ人の倫ず結婚し、アメリカに䜏んでいる。

    結婚を機に、アメリカに移り䜏んだ。圓初は、ただ日本に仕事を残しおきおいたけれど、いたはその仕事も蟞めた。たぶんアメリカに骚を埋めるんだろうなず思っおいる。

    結婚っお䞍思議なものだ。それたでに考えおいた人生蚭蚈を党郚ひっくり返しお、癜玙の䞊に党く新しい物語を描かせるほどの衝動を持っおいる。

    結婚した日は、間違いなく、私の人生の埌半戊を決定づける起点ずなった。この方向性は、私の日々の小さな刀断の積み重ねが導いたものだけど、あの日に私は、よし、この道を行け、ず自分で自分の背䞭を抌したんだず思う。

    今日は結婚蚘念日でもなんでもないのだけど、あの日のこずを䞁寧に思い出しながら蚘憶をたどっおみたくなった。

    結婚するためにアメリカぞ

    幎前のニュヌペヌク。私は、倫ず倫の家族ず䞀緒に、ロックフェラヌセンタヌの展望台にいた。その日は空気がきりっず柄んでいお、空は雲䞀぀なく晎れ枡っおいた。目の前に広がるマンハッタンの眺望は、芋事な倧パノラマだった。

    私は、幎末幎始の䌑暇を䜿っおアメリカぞ枡った。倫の䞡芪に初めおの挚拶をし、その翌週には結婚匏を挙げるずいう匟䞞スケゞュヌルだった。本来なら時間をかけお、段階を経お進めるべきプロセスなのかもしれないが、こうなったのには、いく぀か理由があった。

    䞀぀目は、私たちは付き合い始めおから幎未満で結婚を決めたのだけれど、倫も私も結婚するこずに迷いがなかった。そのずき二人ずも既にたあたあな歳になっおいたこずもあっお、もはや結婚を先延ばしにする理由がなかった。

    二぀目は、ビザの問題。今埌アメリカで䞀緒に䜏めるようにするためには、私の滞圚資栌を取埗しなければならない。そのためには、たず結婚しおから、アメリカ人の配偶者ずしおビザを申請する必芁があった。ビザ申請には時間がかかるので、早くそのプロセスを開始したかった。囜際結婚には、い぀も滞圚資栌ずいう技術的問題が䌎う。

    その幎は、時間がぎゅっず凝瞮したような日々だった。倫ずの出䌚い、仕事に察する考え方の倉化、結婚ず今埌の人生蚭蚈。私のそれからの人生を巊右する出来事が立お続けに、スピヌド感をもっお次々に起こった。

    倉わっおいくこずに察しお、䞍安は倚少あったかもしれない。でも、䞍安ずは比范にならないくらい確かな自信をもっお、私の人生はこれから面癜くなるずいう予感があった。それは、日本的な結婚芳、日本的な仕事芳に疑問を感じ、生きづらさを感じおいたがゆえの反動もあったず思う。そしお、倫ずいう人生の盞棒を埗た私には、恐れるものなど䜕もなかった。あったずしおも、行く手を遮るほどの脅嚁にはならなかった。

    結婚を決めたずきに、唯䞀心配だったのは、私の䞡芪、特に父がどんな反応をするかだった。母は間違いなく賛成しおくれるず思ったが、父は田舎育ちで、ゎリゎリな保守的思想を持っおいる。そんな父が、アメリカ人ずの結婚に賛成しおくれるかは五分五分だなず思っおいた。

    どのタむミングで䞡芪に話そうかず思っおいたずころに、父が仕事で東京に出おくるので、その倜、東京駅の近くで食事をしようずいうこずになった。その頃、父は䌚うたびに決たっお、「䜕かいい話はないんか。」ず私に聞いた。結婚に繋がる話はないのかずいう探りである。䞍噚甚で口䞋手な父は、さりげなく聞くずいうこずができないので、い぀も盎球で聞いおくる。代半ばに差し掛かり、仕事で忙しそうにばかりしおいる私を、父はい぀も心配しおいた。その芪心が䌝わるだけに、「いい話」ができないずきにされたこの質問は、胞に堪えるものがあった。

    その日も同じ質問をされお、私は切り出した。
    「実は付き合っおいる人がいお、結婚したいず思っおる。」

    驚きず喜びずで、父の目がはっず茝いた。間髪入れず、
    「その人、アメリカ人やねん。」

    ず、重芁情報を抌し蟌む私。父がなんおいうのか埅っおいるず、意倖にも即答だった。

    「おお、それはよかった。いたの時代、囜際結婚なんお珍しくないからな。」

    私は耳を疑った。結婚は本人だけの問題ではない、家柄がどうで、ずかか぀お蚀っおたしたよねすごい倉わりようである。それだけ匷い気持ちで、私に早く結婚しおほしかったのかもしれない。盞手が倖囜人であるこずなど些末な問題に芋えるくらいに。

    そんなわけで、早く結婚したい私たちに「埅お」をかける人もなく、事は急展開で進んだのである。

    結婚匏のこず

    ロックフェラヌセンタヌから歩いお結婚匏の䌚堎ずなるホテルぞ移動した。そこは、か぀お倩皇皇后䞡陛䞋の宿泊先ずなったこずもある、由緒ある老舗ホテル。倫は、そこのスむヌトルヌムを甚意しおくれおいた。圓時、転職の合間で無収入だった倫が、ここに泊するためにいくら払ったのか知らない。いたから結婚するのだから、倫の財垃、私の財垃ずいう抂念も意味がないように思えたし、実際、いくらでも構わなかった。だっおいたから私たちは人生のハレの舞台に立぀のだから。

    スむヌトルヌムの䞀宀で、怅子ず机を移動させお匏の準備をした。日本から持っおきたドレスに着替えお、髪やメむクは自分でやった。花嫁のブヌケは、その日の道䞭に奇跡的に気が付いおうっかり忘れるずころだった、芋぀けた花屋さんで、癜ずピンクを基調にした可憐なブヌケを䜜っおもらった。

    匏に出垭したのは、倫の䞡芪ず、矩兄家族だけ。私の䞡芪は、事が急すぎお枡米できなかった。残念ずいうより申し蚳なかったけれど、いずれ日本で披露宎をしようずいうこずで話を治めた。

    結婚匏は人前匏で、叞䌚圹は矩兄が務めおくれた。この日のために、結婚立䌚人の資栌をずっおくれたのだ。冒頭の蚀葉も、矩兄の人柄が衚れたような、枩かい祝犏の蚀葉だった。

    結婚の誓いの蚀葉を、立䌚人に぀いお埩唱する堎面では、突然の英語のディクテヌションに倚少たご぀きながら、なんずか蚀い終えた。こんな倧事な堎面にしどろもどろなんお。事前に緎習しおおくべきだった。

    䌚の進行䞭、圓時歳くらいの姪っ子が、膝に眮いた玙に熱心にメモを取っおいた。たるで、蚘者䌚芋に出垭した新聞蚘者のようなその姿がおかしくお、そのずきは皆で笑っただけだったが、埌で聞いたら、そのメモには、「パパの叞䌚圹は良かったけれど、カンペの玙がなかったらもっず良かったず思う。」ず曞いおあったらしい。それを聞いおもう䞀床笑った。子䟛なりに批刀的芖点で芪の姿を芋おいるのに感心した。それに、䞀般論で肯定しおおいおから、具䜓論で改善すべき点を指摘するなんお、なかなかやるな、ず思った。

    指茪の亀換。

    いたたで、テレビや映画で、友人の結婚匏で、私の空想の䞭で、嫌になるほど䜕床も芋おきたこの光景を、いた私が実践しおいる。私に向き合う倫の笑顔が、それたでのどのずきよりも優しかった。

    "I now pronounce you husband and wife."

    矩兄の立䌚人ずしおの最埌のこの蚀葉を聞いたずき、自然ず涙が出た。ああ、぀いに私は結婚したんだ。倫ずいう生涯の䌎䟶を芋぀けお、倫婊になったんだ、ず思ったら溢れ出る感情が止たらなくなった。

    それず同時に、この結婚には、私ず倫だけではなくお、呚りで芋守っおくれる人たちの思いが乗っおいるこずも感じおいた。その堎にいた倫の䞡芪、矩兄家族だけではない。私の䞡芪、䞀緒に婚掻をした友人や祝っおくれた同僚たち。ささやかな私の䞖界で、私は、枩かい人たちの枩かい気持ちに包たれお、いたここにいるんだずいう実感があった。

    これ以䞊、シンプルで、アットホヌムで手䜜りの匏があるだろうか。

    匏が終わるず、あっずいう間にみんな垰っおしたった。あずは若い二人で、ずいうこずだったのかもしれない。私も倫も晩婚だったので、あたり若くなかったけれど。倫偎の家族には、こういうずころがある。あっさりしおいるずいうか、お互いの関係性が秋晎れのようにからりずしおいる。

    その倜は、近くの日本料理屋で、二人だけでささやかなお祝いの食事をした。二人の薬指にはたった指茪を䞊べおみたりしお、こそばゆい気持ちになった。倫は日本酒をちびちび吞んでいた。

    こうやっお、私の人生埌半戊が始たった。

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    アメリカ圚䜏ラむタヌ。元囜家公務員。アメリカ人ず囜際結婚し、枡米9幎。日本ずアメリカ、ふた぀の瀟䌚を知るからこそ芋える暮らし・子育お・文化に぀いお曞いおいたす。小孊生二児の母。趣味はピアノずブラゞリアン柔術。

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