
地下でまだ世界は遊んでいる
モアイは生きていた。
夜の海を見下ろす断崖で、巨きな影がゆっくりと首をめぐらす。
波は足元で砕け、白い飛沫だけが月明かりを跳ね返す。
石の肌の奥には、まだ温い鼓動があった。
人はそれに気づかない。だが島は知っている。
彼らは大地が夢を見たときに現れる存在だと。
ある夜、海が星を飲み込む。
そのときモアイは動き出す。
砂の上には、翌朝には消える足跡が残る。
世界の呼吸が、そこだけ歪んだような跡だった。
やがて彼らは、地球そのものを遊び始めた。
水脈をねじり、海流をずらし、夜空の配置さえ変えていく。
それは破壊ではなく、ただの“試し”のようにも見えた。
その異変は、遠い海の向こうにも届いた。
沈黙の女王が、目を開く。
見るという行為そのものが、世界を止める力だった。
その瞬間、海は止まり、星は薄れ、
モアイの足は、次の一歩を失った。
巨体はそのまま石に沈む。
一体ずつ、音もなく、世界から固定されていく。
それが、終わりだったはずだった。
⸻
時は流れた。
昭和の長屋の一室。
畳の上にノートと図面を広げている少女がいる。
もぐっちゃん。
「もしモアイがまだ動いていたら」
彼女はそう書きながら、机の上に消しゴムのかけらを並べている。
地下に広がる見えない地図を、頭の中で掘り続けていた。
モグラは土の住人だ。
地面の下に、時間ごと埋めていく生きもの。
そのリズムを、もぐっちゃんは知っている。
穴が開き、顔が出て、また消える。
ポコ。
それだけの世界。
⸻
駄菓子屋の帰り道。
遅くなった日、玄関で声が飛ぶ。
「何時だと思ってるの」
次の瞬間、しゃもじが軽く振り下ろされる。
ゴン。
その衝撃で、世界が一瞬だけ静止した気がした。
そのとき、もぐっちゃんは思う。
──モアイは、本当に女王に止められたのだろうか。
それとも。
もっと身近な、あの一撃で。
⸻
叩かれるということは、止められるということだ。
止められるということは、形を与えられるということだ。
石になったモアイと、しゃもじで止まった自分が、どこかで重なる。
そしてさらに、その奥で何かが動く。
⸻
地下では、まだ音がしている。
ドン。
ドン。
それはモアイの記憶か、土の呼吸か。
あるいは、どこかでまだ遊び続けている世界の指先かもしれない。
温泉の湯気が立ちのぼる夜、
モグラが一瞬だけ顔を出す。
その瞬間だけ、世界はひとつの生きものになる。
⸻
もぐっちゃんは気づいていない。
あの一撃は、終わりではなかったことを。
むしろ、何かがまた動き出すための合図だったことを。
⸻
掌の中は、思ったよりあたたかい。
沈んだものは、そこで終わらない。
ただ、形を変えて、もう一度土の中から息をする。
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