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本物のジョブ型移行が日本では困難なわけ――失われる「人に蓄積された組織能力」(ジョブ型②)

    日本企業がジョブ型雇用へ向かおうとする理由は明確です。

    必要な専門人材を市場から採用したい。

    年功序列を見直したい。

    人材の流動性を高めたい。

    特に大きいのは、人材流動性です。

    AI人材、データ人材、グローバル人材。

    こうした専門人材を、従来のように新卒で採用し、社内で長期間育成するだけでは追いつかなくなっています。

    しかし、本物のジョブ型へ移行することには、大きな問題があります。

    それは、日本企業が長年かけて作ってきた「人に蓄積された能力」を失う可能性があることです。


    ジョブ型は制度変更ではなく、組織の作り方の変更

    ジョブ型とは単純に、

    「仕事の範囲を明確にする」

    ことではありません。

    本質は、

    「人ではなく、職務を中心に組織を設計する」

    ことです。

    つまり、

    この仕事にはこの能力を持った人を置く。

    成果はこの基準で測る。

    権限はここまで渡す。

    必要なら市場から人を採用する。

    という仕組みです。

    この前提では、人が入れ替わっても仕事が止まらない組織を作る必要があります。


    日本企業の強さは「人の中に蓄積された知識」だった

    一方、日本企業は別の方法で強くなりました。

    長期間働くことを前提に、

    部署を異動する。

    現場を経験する。

    別の仕事を覚える。

    社内の人間関係や過去の経緯を理解する。

    そうやって、社員の中に会社独自の知識が蓄積されていきました。

    これが「暗黙知」です。

    暗黙知とは、単なるマニュアル化されていない情報ではありません。

    例えば、

    「あの顧客は価格より納期を重視する」

    「この技術変更をすると、別工程で問題が出る」

    「あの部署は数字より品質リスクを気にする」

    「この提案は正論だが、順番を間違えると進まない」

    といった、文書には書きにくい判断基準です。


    暗黙知は日本企業の競争力だった

    日本企業の強みは、単純な専門能力だけではありませんでした。

    例えば製造業。

    設計者が製造現場を経験する。

    営業が技術部門を理解する。

    管理職が複数部署を経験する。

    その結果、

    「自分の担当範囲だけではなく、会社全体として最適な判断ができる人」

    が育ちました。

    これは非効率にも見えます。

    しかし、この横断的な理解が、品質改善や現場改善につながっていました。


    ジョブ型では、この能力が自然には育ちにくい

    ジョブ型では、

    「あなたの責任範囲」

    が明確になります。

    これは専門性を高めるうえで大きなメリットがあります。

    しかし、その反面、

    「自分の職務外のことに関与する理由」

    は弱くなります。

    例えば、

    設計担当者が製造工程の問題に気づいても、

    「それは製造部門の課題」

    になります。

    営業が顧客の不満を聞いても、

    「製品改善は開発部門の責任」

    になります。

    もちろん優秀な人は越境します。

    しかし、制度としては「越境しなくても成立する」方向に設計されます。

    ここが日本企業との大きな違いです。


    本当に怖いのは退職ではなく、能力の流出

    日本企業がジョブ型移行で直面する最大の問題は、

    人が辞めること

    だけではありません。

    問題は、

    「その人と一緒に、会社独自の知識も失われること」

    です。

    日本型組織では、

    人を育てる。

    ↓

    人の中に知識が蓄積する。

    ↓

    組織能力になる。

    という流れでした。

    しかし、人材流動性を高めるなら、

    知識を人ではなく、

    仕組み、データ、プロセスに移す必要があります。

    つまり、

    「優秀なAさんがいる会社」

    から、

    「Aさんが辞めても同じ水準で動ける会社」

    へ変化しなければなりません。

    ここを作らずにジョブ型だけ導入すると、単に人が流動化するだけで、会社の能力が流出する可能性があります。


    なぜ完全ジョブ型ではなくハイブリッドになりやすいのか

    では、日本企業はすべてをジョブ型にすればいいのでしょうか。

    実は、そう単純ではありません。

    理由は、会社の中の仕事はすべて同じ性質ではないからです。

    例えば、エンジニア、研究者、データ分析者、法務、経理などの専門職は、

    「どんな専門能力を持っているか」

    が成果に直結します。

    そのため、

    何ができる人なのか。
    どの仕事を任せるべきなのか。

    を明確にするジョブ型との相性が良い。

    一方で、管理職や事業責任者に求められる能力は少し違います。

    必要なのは特定分野の深い知識だけではなく、複数部門を理解し、利害を調整し、会社全体として判断する力です。

    こうした能力は、職務記述書だけでは測りにくく、

    「複数部署を経験した」
    「現場と経営の両方を理解している」

    といった経験の積み重ねによって育つ部分があります。

    つまり、

    専門職では「深い専門性」が価値になる。

    管理職では「組織をつなぐ力」が価値になる。

    のです。

    すべてをジョブ型にすれば専門人材は活かしやすくなりますが、組織全体を動かす人材が育ちにくくなる可能性があります。

    逆に、従来型のメンバーシップ型を続ければ、専門人材の獲得競争で不利になります。

    そのため、多くの企業が向かう先は、

    専門領域 → ジョブ型
    組織運営・事業責任 → メンバーシップ型の要素を残す

    というハイブリッド型になる可能性が高いのです。

    これは中途半端なのではありません。

    仕事によって必要な能力が違う以上、制度を分ける方が合理的なのです。

    ただし、日本企業にとって大きな壁があります。

    最大の壁は職務定義ではありません。

    「専門性を極める人と、管理職になる人を、同じ価値として評価できるか」です。

    もし専門職を「管理職になれなかった人の受け皿」と扱えば、それはジョブ型ではなく、単なる別の序列制度になってしまうからです。


    ジョブ型改革の本当の論点

    日本企業の問題は、

    ジョブ型が良いか、メンバーシップ型が良いか

    ではありません。

    両者は、そもそも重視している能力が違います。

    ジョブ型は、

    専門性を市場から調達し、職務を明確化する仕組み。

    メンバーシップ型は、

    長期間の関係性の中で、組織固有の能力を育てる仕組み。

    日本企業がジョブ型へ移行するということは、

    単に人事制度を変えることではなく、

    「人に蓄積していた能力を、どこへ移すのか」

    という設計問題なのです。

    人材流動性を得る代わりに、何を仕組み化し、何を残すのか。

    そこを決めない限り、ジョブ型は完成しません。

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    工学部卒、大手で33年の製品開発を経験。子2人の単位修得徹底サポートで経済学・社会学を卒業生レベルに修得し妻いわく『大学を3つ出た男』。工・経・社に政治、歴史、投資からなる「複眼的な視点」で、生き抜く武器になるコラムを発信。日本人のリテラシー底上げと精神の独立を目指します。

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