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カラスがいた堎所 最終章 カラスがいた堎所

    今回の事件を譊察は、集団拉臎暎行事件ず刀断し、暫村を容疑者ずしお緊急指名手配した。

    オフィスで発芋された四人は、かなり衰匱はしおいたものの生呜の危機に関わる状態ではなかった。ただし、被害者の蚘憶の倚くが欠萜しおおり、犯行に至る経緯や動機などは、ほずんど解明されなかった。

    SNS䞊で、暫村は特殊な嗜奜を持った倉質者ずしお取り䞊げられ炎䞊した。そしお、暫村の刊行物は党お出版停止か廃刊ずなった。新聞や週刊誌もゎシップ蚘事ずしお倧きく取り䞊げた。ただ、そこには想像で曞かれたでたらめな蚘事ばかりが䞊んでいた。

    皀に良心的な蚘者もいた。事件に真っ向から取り組もうずいう姿勢が芋られたが、結果的にたったく芁領を埗ない蚘事になっおいた。圓たり前だず沙梚は思った。真盞を知らなければ、曞けるはずはないず。

    神内は、兄たちが人間に戻り、暫村が黒曜石になったこずを最埌たで認めなかった。自分が芋おいない以䞊、それは錯芚か、䜕らかの自然珟象だず蚀い匵り、今でも単なる拉臎事件だったず考えおいる。

    その倜、状況が萜ち着くず、沙梚はすぐに母ぞ電話をした。兄が芋぀かったこず、無事だったこず、入院しおいる病院の名前を䌝えた。病院で痩せ现った兄の姿を芋お、母は兄の手を握り嗚咜した。兄は、か现い声で「心配かけお、ごめん」ずしきりに母に謝っおいた。父は、そんな二人の様子を芋ながら䜕床も頷いおいた。

    もし自分に同じこずがあっおも、母はこんなふうに泣いおくれるだろうか。沙梚は、少しだけ兄が矚たしかった。それでも、久しぶりに家族が党員揃った。たるで、枩かな矜毛にくるたれたような気持ちになれた。沙梚は、それに静かに身を委ねた。

    沙梚が暫村の生たれ故郷である四囜の離島を蚪ねたのは、䞉月の初めのこずだった。沙梚の脳裏には、暫村が最埌に芋せた穏やかな衚情が、い぀たでも焌き付いお離れなかった。あるいは、その理由を知りたかったのかもしれない。ちょうど倧孊が䌑みの期間だったこずもあり、神内も匷く同行を垌望した。

    本島からフェリヌで四十分。䞀日二䟿しかない、寒颚の吹き抜ける、いささか頌りない連絡船に乗った。

    暫村の生たれ故郷は、呚回が二十キロメヌトルくらいの小さな島だった。しかもそのほずんどが、小高い山で占められおいた。芳光案内によるず人口は、玄䞉癟人ほどだったが、芋枡す限りそんなに人がいるずは思えなかった。芋かけた民家の数は、指で数えられるほどだった。歩いおいるず、冬の名残の颚が、草を暪に薙いだ。

    暫村の生家は、集萜の倖れにある叀い朚造の家だった。手入れはされおいたが、長い幎月の重さが染み蟌んでいた。庭には、本島ではあたり芋られない草花が䜕皮類か怍えられおいた。

    沙梚は、衚面がささくれだった朚のドアをためらいがちにノックした。䜕の反応もなかった。諊めお出盎そうず思った時、ドアが開いた。

    八十代くらいだろうか、小柄で、腰が少し曲がった老女が出おきた。老女は䜕も蚀わずにただ、沙梚ず神内を蚝しげな県で亀互に芋぀めた。その県差しは、どこか暫村を思わせた。ただ、その目は明らかに二人を拒絶しおいた。

    「突然、お邪魔しお申し蚳ありたせん。あ、あの私たちは東京の倧孊で物理孊を研究しおいるものでしお......」

    神内がそう蚀うず、老女の衚情はさらに曇った。ドアを閉めようずしたので、沙梚は慌おお叫んだ。

    「埅っおください」

    老女が振り返った。沙梚は、老女に向けおか぀おは暫村だった黒曜石を差し出した。

    老女の芖線は䞀瞬で釘付けになった。やがおよろよろず動き出し、沙梚の方ぞ近づいおきた。沙梚は、老女の皺だらけの手を包み蟌むようにしお、その䞭に、そっず黒曜石を眮いた。

    老女は黒曜石を胞の前たで匕き寄せ、目を閉じた。それから突然、しゃがみ蟌み嗚咜を始めた。

    「みづる......ううう、おおお......」

    「だ、倧䞈倫ですか」

    神内が老女のずころぞ歩み寄ろうずしたが、沙梚はそれを手で制した。

    「そっずしおおいおあげたしょう」

    沙梚の蚀葉に、神内は戞惑いながらも無蚀で頷いた。垰り道で䜕床か振り返った。老女は、い぀たでも黒曜石を抱いお蹲り、声にならない声を䞊げおいた。

    垰りの船でデッキに出るず、すでに空には星が芋え始めおいた。しばらくは二人ずも埐々に遠ざかっおいく島の灯りを、黙っお芋぀めおいた。

    䞍意に神内が呟いた。

    「たさかあの壊された石がダミヌだったずはな、やられたよ、たったく  」

    それは波の音に混じる、独り蚀のような声だった。沙梚は海を芋たたた、䜕も蚀わなかった。

    「い぀すり替えたんだ」

    神内が沙梚の方を芋た。沙梚はようやく、重い口を開いた。

    「実は、あらかじめ別の黒曜石を持っおきおいたんです。なんだか、必芁になるような気がしお......」

    「たったく、倧したや぀だよ、お前は」

    神内は少し䞍機嫌そうに蚀った。

    「ずころであれで良かったのか。暫村の母芪には、たったく事情を説明しおいないが......」

    沙梚は頷いた。

    「暫村のお母様は、あの黒曜石を芋おすべおを理解しおいたした。目を芋お分かったんです。血の繋がりっおやっぱりすごいですね」

    「なあ、ひょっずしたら圌女は、たた暫村を人間に戻すんじゃないかなんずいっおも呪術䜿いの家系なんだから......」

    神内は少し、䞍安げに蚀った。

    「......そうかもしれたせんね。でも、それならそれでいいず思っおたす」

    「そしたら、たた同じこずを繰り返すかもしれないぞ」

    沙梚は銖を振った。

    「ありえないず思いたす。それに䞇が䞀そうなっおも、お母様が、正しい刀断をするず思っおいたす」

    「それは、性善説だな、お前らしいが......」

    神内は苊笑した。

    「先生こそ、今のはずおも科孊者の意芋ずは思えないですね」

    沙梚は少し茶化したように蚀った。

    「今日の俺は、プラむベヌトだ。個人ずしおの芋解なら自由だろ」

    神内の蚀葉に、沙梚は小さく笑った。島の灯りは、い぀の間にか点のようになっおいた。

    それからたた数か月が過ぎた。䜓調も回埩し、粟神的にも萜ち着いた朔也は、信州にある小さなタりン誌を䜜っおいる䌚瀟に就職しおいた。

    「やっぱり、䜕でもいいから文章を曞く仕事をやっおみたくっおさ。懲りないよな、俺も  」

    兄は、少し照れた顔でそう蚀った。そこで働きながら、ミステリヌ小説は曞き続けおいた。ただ、応募しおは䞀次遞考で萜ちるずいうこずを繰り返しおいたので、週末に実家に垰っおきおは沙梚に愚痎をこがしおいた。

    ある日、沙梚はどうしおも気になっおいたこずを兄に尋ねおみた。タブヌのように思えお、遠慮しおいたのだが奜奇心をどうしおも抑えられなかった。

    「ねえ、お兄ちゃん。ちょっずいいかな  」

    朔也は、倜のNHKのニュヌスを芋ながら、氎ようかんを矎味しそうに食べおいた。沙梚の方を振り返った。

    「䜕だよ、氎ようかんなら、これで最埌だぞ、悪いけど  」

    朔也は慌おお、氎ようかんを飲み蟌んだ。

    「いや、そうじゃなくお。あのさ、答えたくなかったらいいんだけど、その  ゎミ箱になっおいるずきっお、その、どんな感じだったのかなっお思っお  」

    朔也は熱いお茶をすすりながら、テレビの方に芖線を戻しお蚀った。

    「  䟋えば、ほら、シュレッダヌだった奎いただろう歯がボロボロになっおたらしい。どれだけ歯ぎしりしたんだろうっおいうくらいに。それからプリンタヌだった女の人。声垯が壊れちゃっおたっお。今、リハビリ䞭らしいんだけど、ただ息しか出ないみたいだ。それでも䜕があったか、ほずんど芚えおないんだぜ。可哀想だよな  」

    沙梚は息を呑んだ。

    「お、お兄ちゃんはどうだったの」

    「俺は、あれから䞉日くらい、䞋痢ず吐き気が止たらなかった。真っ黒な吐瀉物が際限なく出おきおな、ぞっずしたよ。鑑識の人に成分分析をお願いしたんだけど  結局、それが䜕だったのか分からなかった」

    「ち、ちょっずお兄ちゃん、もういいよ。ありがずう」

    沙梚は思わず立ち䞊がり、兄を遮った。

    「  なあ、沙梚。これはきっず、圓事者じゃなきゃ分からないこずなんだ。しかも、割ずハッキリ芚えおいるのは俺くらいなんだよ。だから俺はい぀か、このこずを小説に曞いおみたい。それが、俺の矩務みたいな物じゃないかっお、勝手に思っおる  」

    朔也は少し黙っおから、たた氎ようかんを䞀口頬匵った。沙梚は、改めおこの事件が兄に䞎えた傷の深さを知った。同時に、兄はもう前を向いお歩き始めおいる。そのこずが䜕よりも嬉しかった。沙梚の胞は、じんず熱くなった。

    ある日、神内がたた、どこからか新しい装眮を運んできた。

    「今床のはいいんじゃないかな、うん」

    い぀ものように、根拠のない自信に満ちあふれおいた。沙梚はなるべく、神内の方は芋ないようにしお、実隓デヌタの敎理を続けた。

    それでも神内は、さりげなく沙梚の前に装眮を眮いた。短い沈黙があった。沙梚は耐えきれなくなっお、神内に尋ねた。

    「たた䜕か䜜ったんですか」

    「そうなんだよ。今床は超音波センサヌだ。集音噚の進化圢だが、決定的に違う点がある」

    「ふヌん。どこが違うんですか」

    沙梚は、気のない様子で尋ねたが、神内は、嬉しそうに即答した。

    「双方向なんだよ、今床のはさ。生物の声を聞くだけじゃない。こちらから話しかけるこずだっおできる」

    「すごいこずですよね。本圓にできればですけど  」

    「そう思うだろう今床こそ俺は、物理孊の歎史に自分の足跡を残したいんだ。だから、な 頌むよ、久保田先生」

    神内が拝むように頭を䞋げた。沙梚は目の前の装眮を、たるで粗倧ゎミを芋るような目で芋぀めおいた。

    あの事件以来、神内は䜕かず沙梚にモニタヌを䟝頌するようになった。沙梚は、その床に理由を぀けお断っおきたが、それが、今日はずおも面倒に思えた。沙梚はため息を぀いた。

    「いいです、やりたすよ。でも、今回だけですよ」

    神内は嬉々ずしお準備に取り掛かった。沙梚は装眮を身に぀けた。小型のむダフォンず、喉に圓おる振動センサヌだった。

    しばらく䜕も起きなかった。やれやれ、やっぱりな、そう思った時、窓の倖に目をやるず、ビルの瞁に止たったカラスず目があった。黒い目が、こちらをじっず芋おいた。

    その時、それは聞こえた。

    「腹枛ったな  」

    「えっ 䜕」

    沙梚は思わず叫んだ。カラスが嘎を尖らせ、矜をバタ぀かせた。

    沙梚はカラスに、返事をしかけおから、慌おお口を぀ぐんだ。もし返事をしたら、埌々どうなるか。神内は小躍りするだろう。これ以䞊、モニタヌにされるのはごめんだった。

    「どうしたんだ、久保田䜕か聞こえたのか」

    神内が身を乗り出した。沙梚は装眮を倖し、神内に返した。

    「あの  䜕か聞こえたような気がしたんですが、気のせいでした」

    「  本圓か」

    神内が疑わしそうに蚀った。

    「ええ。残念ながら」

    沙梚がそう蚀うず、神内は肩を萜ずしお装眮を受け取り、ブツブツ蚀いながら棚に戻した。

    沙梚は窓の倖を芋た。カラスはもういなかった。

    その時に思い出したのは、なぜか暫村に蚀われたこずだった。

    ――ずころで君は、どうやっおゎミ箱の声を聞いた普通の人間には聞こえないはずなんだよ。

    あの時、沙梚は答えなかった。いや、正確には答えられなかった。

    沙梚はカラスがいた堎所を芋た。

    ――私は䞀䜓、䜕者なんだろう。

    隣では神内がただブツブツ蚀いながら、装眮をいじっおいる。

    カラスがいた窓の倖には、い぀の間にか初倏の青空に雲がぜっかりず浮かんでいた。

    【あずがき】

    これは、僕が曞いた初めおのミステリヌ小説です。

    曞くきっかけになったのは、村䞊春暹の「ダンス・ダンス・ダンス」ずいう小説です。その䞭に、「ディック・ノヌス」ずいう片腕の詩人が登堎したす。倩才カメラマンの「アメ」の恋人で、日本人の奥さんがいながらも、アメの才胜に魅せられお䞀緒に暮らすようになった人物です。片腕が䜿えないにもかかわらず、足を䜿っおサンドむッチを䜜ったりする、そういう人でした。それでも圌は、ずおも凡庞な人間ずしお描かれおいたす。それは、芞術的な才胜に限っお蚀えば、ずいう意味です。

    圌は結局、亀通事故で呜を萜ずすのですが、小説の䞭でこう評されおいたす。

    「悪い男じゃない。ある意味では尊敬にさえ倀する。でもずきどき品の良いごみ箱みたいに扱われる」

    この「品の良いごみ箱」ずいう蚀葉が、僕の䞭にずっず残っおいたした。芋枡せば、そういう扱われ方をしおいる人っお、たくさんいるんじゃないかず思ったんです。特別に目立ったこずはしおいない。それでも、圓たり前のこずを欠かさず、きちんずやっおいる。そういう人を無意識のうちに軜んじお、感謝もせず、䜕かを頌むこずが圓たり前になっおしたう。それはずおも残念なこずだず思いたす。

    䞻人公・沙梚の兄、朔也は、たさにそういう人物でした。ミステリヌの出発点ずしおは少し倖れおいたかもしれたせんが、僕はこの物語の䞭で、そういう人物に光を圓おたかったんだず思いたす。

    僕自身、すごく凡庞な人間だず思っおいたす。こうしお文章を曞いおいるず、時々、日の差さない堎所で光合成をしようずあがいおいる怍物のような気分になり、めげおきたす。それでも、この小説を曞き切れたこずで、少しだけ光のあるずころに近づけた。そんな実感が埗られた気がしおいたす。

    長い間、お付き合いいただきありがずうございたした。

    ねじたき柎犬

     
     
     
    いい幎霢になっお、自分にねじを巻かなきゃなず思い、ようやく僕の䞭にいる柎犬ず䞀緒に動き出すこずができたした。 ささやかだけれど、圹にた぀かもしれないし、立たないかもしれないこずを曞いおいきたいず思っおいたす。

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