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AGIを作る人が「企業経営」から「人類の未来」へ移るとき、誰が責任を負うのか

    大塚


    デミス・ハサビスの役職変更から考える、研究者の権力、開発競争、民主主義、雇用、ベーシックインカム

    会社を経営する。

    人を採用する。

    予算を決める。

    製品の公開時期を決める。

    競合企業へ対応する。

    売上や利益を確認する。

    こうした仕事には、責任の所在があります。

    会社で問題が起きれば、経営陣が説明を求められます。

    業績が悪ければ、株主から評価されます。

    法律に違反すれば、行政や司法の対象になります。

    しかし、役割が、

    会社を経営すること

    から、

    人類の未来を考えること

    へ移ったら、責任はどうなるのでしょうか。

    2026年8月5日、GoogleとAlphabetは、Google DeepMindの最高経営責任者を務めてきたデミス・ハサビス氏が、Google DeepMindの日常的な組織運営をコライ・カヴクチュオール氏へ引き継ぎ、Google DeepMind会長兼Alphabet最高科学責任者へ移ると発表しました。

    Google DeepMindの最高技術責任者とGoogleのChief AI Architectを務めてきたカヴクチュオール氏は、Google DeepMindの上級副社長として、Geminiモデルの開発、最先端AI研究、Geminiアプリ、開発者向け部門を統括します。

    ハサビス氏は、モデルや研究への助言を続けながら、AGIと科学の将来、そしてAI創薬企業Isomorphic Labsへ、より多くの時間を使うと説明しています。

    この発表の中で、GoogleとAlphabetの最高経営責任者であるスンダー・ピチャイ氏は、ハサビス氏の新しい役割について、

    AGIの未来を形作ることへ全力を注げる役割

    だと説明しています。

    ハサビス氏自身も、AGIが近づいていると感じており、日常的な経営責任を引き渡し、全体像と今後起こることへ影響を与えるための時間を確保すると述べました。

    ここで、単なる人事以上の問いが生まれます。

    会社の製品と組織を日常的に管理する責任者から、

    AGIと科学の長期的な未来を考える責任者へ移る。

    一見すると、より大きな責任を担う昇進にも見えます。

    一方で、

    具体的な売上。

    製品。

    人員。

    納期。

    組織。

    から一定の距離を取り、

    人類。

    科学。

    未来。

    という抽象的で巨大な対象へ役割が広がると、責任の境界が見えにくくなります。

    AGIが社会へ大きな利益をもたらした場合、その功績は誰のものになるのでしょうか。

    仕事が失われた場合、誰が責任を負うのでしょうか。

    格差が拡大した場合、誰が分配制度を準備するのでしょうか。

    企業は、

    私たちは技術を作っただけで、使い方は社会が決める

    と言えるのでしょうか。

    政府は、

    企業が想定より速く進歩させたため、準備が間に合わなかった

    と言えるのでしょうか。

    今回は、

    AGIを作る人が「企業経営」から「人類の未来」へ移るとき、その利益、失敗、雇用変化、分配について誰が責任を負うのか

    を、ベーシックインカムとの関係から考えます。


    本記事でいうAGIとは何か

    AGIは、Artificial General Intelligenceの略で、日本語では一般に「汎用人工知能」と訳されます。

    ただし、世界で共有された一つの厳密な定義があるわけではありません。

    人間と同程度に幅広い知的作業を行えるAI。

    多数の分野で人間を上回るAI。

    新しい課題へ柔軟に適応できるAI。

    自律的に長期的な計画を実行できるAI。

    研究や技術開発そのものを加速できるAI。

    など、企業や研究者によって想定は異なります。

    Google DeepMindは、2025年の公式記事で、AGIを、

    大半の認知課題において、少なくとも人間と同程度の能力を持つAI

    と説明しています。

    ただし、これは同社が用いる定義の一つであり、世界共通の確定した定義ではありません。

    本記事では、AGIを、

    特定の一つの作業だけでなく、幅広い知的業務、研究、意思決定、計画、問題解決へ利用でき、人間の労働、企業活動、科学、公共政策へ大きな影響を与える高度なAI

    という広い意味で使います。

    ハサビス氏やGoogleがAGIへ言及していることは事実ですが、AGIがいつ完成するか、どのような能力を持つかは確定していません。

    本記事は、

    AGIが近いと断定する記事

    ではありません。

    企業経営者や研究者が、AGIを近い将来の重要課題として扱い始めたとき、社会の側は何を準備すべきか

    を考える記事です。


    本記事で想定するベーシックインカム

    本記事でいうベーシックインカムとは、所得、資産、就労状況などを細かく審査せず、広い範囲の人へ、個人単位で定期的に一定額を給付する基礎所得を指します。

    ただし、医療、介護、障害福祉、住宅支援などを廃止し、一律の現金給付だけへ置き換える制度は想定していません。

    本記事では、次の二層構造を前提とします。

    第一層として、全員への無条件・個人単位の基礎給付を行う。

    第二層として、医療、介護、障害、住宅、育児、傷病、災害など、必要額が人によって異なる部分への追加支援を残す。

    ベーシックインカムは、AGI開発者へ罰を与える制度ではありません。

    AGIによる生産性向上が、

    企業利益。

    株価。

    特許。

    計算資源の所有者。

    だけへ集中した場合に、その一部を生活保障へ変える政策手段の一つです。


    先に結論

    AGIの研究者や企業経営者だけに、人類の未来への責任を負わせることはできません。

    一人の研究者が、

    技術の可能性。

    安全性。

    科学的方向。

    を考えることはできます。

    しかし、

    誰が仕事を失ったときに給付を受けるか。

    どの税を増やすか。

    どの企業利益を社会へ還元するか。

    どの公共サービスを維持するか。

    誰がAIの利用を拒否できるか。

    を決める権限はありません。

    一方で、

    企業は技術を作っただけなので、社会的結果には責任を負わない

    という考えも適切ではありません。

    企業は、

    開発速度。

    公開時期。

    価格。

    利用条件。

    安全対策。

    自社内での導入。

    顧客企業が自動化へ利用しやすい製品設計や導入支援。

    を通じて、AIが雇用へ導入される速度と条件に大きな影響を持っています。

    ただし、実際に採用を減らすか、人員を削減するか、労働時間を変えるかを決めるのは、AIを導入する企業や公共機関です。

    政府だけが責任を負うとも言えません。

    政府は、

    規制。

    税制。

    社会保障。

    教育。

    職業訓練。

    競争政策。

    公共調達。

    を整える責任があります。

    しかし、企業が持つ技術情報を十分に理解できず、準備が遅れる可能性もあります。

    したがって、AGI時代の責任は一人へ集めるのではなく、分ける必要があります。

    研究者は、能力、限界、危険、不確実性を説明する責任を持つ。

    企業経営者は、開発速度、公開、製品設計、自社の雇用、利益配分について責任を持つ。

    取締役会は、短期利益だけでなく、長期的な社会影響を監督する。

    株主は、議決権行使や企業との対話を通じて、経営陣と取締役会へ長期的な責任を求める。

    AIを導入する企業や公共機関は、雇用とサービスの変更について説明する。

    政府は、企業任せにせず、規制、税、社会保障を準備する。

    議会と市民は、誰にどの負担と利益を配るかを決める。

    そして、

    AGIが完成した後に失業対策を考えるのではなく、完成するかもしれない段階から、ベーシックインカム、公共ファンド、労働時間短縮、個別福祉を準備する

    必要があります。

    AGIが実現しなかったとしても、現在の生成AIによる雇用変化へ備える制度として利用できます。

    AGIが実現してから考える制度では、遅い可能性があります。


    1.今回の役職変更で、何が変わったのか

    今回の発表では、ハサビス氏がGoogle DeepMindを完全に離れたわけではありません。

    Google DeepMindの会長として残り、モデルや研究への助言を続けます。

    Alphabetの最高科学責任者として、会社全体の科学的方向にも関わります。

    さらに、AIを用いた創薬を進めるIsomorphic Labsの最高経営責任者も続けます。

    一方、Geminiモデルの開発、最先端AI研究、Geminiアプリ、開発者向けチームなどの日常的な運営は、カヴクチュオール氏が統括します。

    つまり、役割が次のように分かれます。

    カヴクチュオール氏は、

    モデルを作る。

    製品を出す。

    組織を動かす。

    競争へ対応する。

    役割を強く担います。

    ハサビス氏は、

    AGIの長期的な方向。

    科学研究。

    モデルや研究への助言。

    社外の研究者や社会との議論。

    へ、より多くの時間を使う役割へ移ります。

    公式発表を踏まえると、製品や組織の日常的な運営よりも、AGIと科学の長期的方向を考え、社外との議論へ関与する役割が強まると考えられます。

    これは、

    製品を作る責任

    と、

    未来を考える責任

    の分離とも読めます。

    もちろん、この役職変更自体が、責任の縮小や責任逃れを意味するわけではありません。

    Google側は、AGIと科学の長期的方向へ専念するための役割強化として説明しています。

    本記事が検討するのは、ハサビス氏個人の意図ではありません。

    研究、製品、経営の分業が進んだとき、制度上の責任をどのように残すかという問題です。


    2.企業経営の責任は、比較的見えやすい

    企業経営者には、具体的な責任があります。

    予算を使った。

    人員を削減した。

    製品を公開した。

    不具合が起きた。

    契約条件を変えた。

    売上目標を達成できなかった。

    こうした出来事には、数字や期限があります。

    責任者を特定できます。

    株主総会。

    取締役会。

    監督官庁。

    裁判所。

    報道。

    によって評価されます。

    もちろん、大企業では責任が曖昧になることもあります。

    それでも、企業経営には、

    誰が何を決めたか

    を記録する仕組みがあります。


    3.「人類の未来」には、明確な株主総会がない

    一方で、

    AGIを人類の利益になるよう導く

    という役割には、明確な評価基準がありません。

    人類の利益とは何でしょうか。

    経済成長でしょうか。

    病気の治療でしょうか。

    安全保障でしょうか。

    長寿でしょうか。

    労働からの解放でしょうか。

    格差の縮小でしょうか。

    人類の利益を高めるために、一時的な失業を受け入れてよいのでしょうか。

    先進国の利益と、低所得国の利益が対立した場合はどうするのでしょうか。

    現在の人間と、将来世代の利益が対立したらどうするのでしょうか。

    「人類」という言葉は大きすぎるため、具体的な不利益を見えにくくすることがあります。

    10年後の人類全体には利益がある。

    しかし、来年、事務職を失う人がいる。

    科学は進歩する。

    しかし、研究補助職の入口が減る。

    医薬品開発は速くなる。

    しかし、薬の価格は下がらない。

    このとき、

    人類には利益がある

    という説明だけで十分でしょうか。


    4.未来を考える役割は、権限を小さくするのか、大きくするのか

    日常的な経営から一定の距離を取ると、権限が弱くなるようにも見えます。

    採用。

    予算。

    製品。

    組織。

    を直接管理する範囲が小さくなるからです。

    一方で、

    会社全体の科学的方向を示す。

    AGIの意味を社会へ説明する。

    政府や研究者と議論する。

    長期的な技術の進路へ影響する。

    役割は、より大きな影響力を持つ可能性があります。

    具体的な経営責任は減る。

    しかし、抽象的な方向づけの力は増える。

    この状態では、

    影響力は大きいのに、直接の責任範囲は狭い

    ということが起こり得ます。


    5.「私は助言しただけ」という責任の空白

    将来、AGIに近い技術によって重大な問題が起きたとします。

    企業経営者は、

    科学的な方向は最高科学責任者が示した

    と言うかもしれません。

    最高科学責任者は、

    実際の製品公開と運営は事業責任者が決めた

    と言うかもしれません。

    取締役会は、

    専門家の判断を尊重した

    と言うかもしれません。

    AIを導入した企業は、

    市場で利用できる製品を使っただけだ

    と言うかもしれません。

    政府は、

    企業から十分な情報が提供されなかった

    と言うかもしれません。

    企業は、

    政府が規制しなかった

    と言うかもしれません。

    責任を分けることは必要です。

    しかし、分けすぎると、

    全員が関わっていたのに、誰も最終責任を負わない

    状態が生まれます。

    AGIの統治では、

    研究責任。

    製品責任。

    経営責任。

    導入責任。

    公共政策上の責任。

    を明文化する必要があります。


    6.Google DeepMindは安全性を考えていないのか

    Google DeepMindは、AGIの安全性を無視しているわけではありません。

    同社は、強力なAIが引き起こし得る重大な危険を早期に検知し、対応するためのFrontier Safety Frameworkを公表しています。

    2026年4月の更新では、重大な危険を示す水準へ達する前から能力の変化を追跡する「Tracked Capability Levels」が、一部のリスク領域へ追加されました。

    同社には、将来のAGIに関するリスクと安全対策を検討する社内組織として、AGI Safety Councilも設置されています。

    同評議会は、Responsibility and Safety Councilと連携して、AGI研究や影響の大きいプロジェクトについて助言すると説明されています。

    安全性の対象には、

    化学・生物・放射線・核に関する重大リスク。

    サイバー能力。

    有害な操作。

    AI研究開発を加速する能力。

    人間の指示や監督と一致しない行動、いわゆるミスアラインメント。

    などが含まれています。

    これは重要な取り組みです。

    Google DeepMindの責任・安全性の取り組みは、極端な技術リスクだけでなく、偏り、透明性、プライバシーなども対象にしています。

    ただし、

    重大な技術的危険へ備えること

    と、

    雇用、所得、労働時間、格差へ備えること

    は同じではありません。

    雇用、所得分配、労働時間、社会保障は、企業の安全性枠組みだけでは決められない公共政策上の問題です。

     
     
     

    大塚

     
     
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