
桜が咲くことの重み
昨年の3月、高校を卒業したばかりの息子は、マンションの部屋に閉じこもっていた。周りは新しい生活に向け忙しくしている。その中で、ずっとスマホを見つめながら、来ないかもしれないと分かりながらも、大学からの追加合格の連絡を待ち続けていた。
住宅地の中にポツンと存在するマンションの窓には、大きな空が広がっている。美しい青空を見ていると、嫌なことが忘れられる。そんな明るい春の光が降り注ぐ部屋の中でさえ、息子の心には何も届かず、何をしていいかも分からずに、ただ存在しているだけだった。
部屋着のまま、スマホを見るだけの時間。私が働く塾から、時折り電話をかけると、息子はひどく腹を立てた。どこかの大学からの連絡かもしれないと、一瞬期待したからだろう。その姿が痛々しいが、私も仕事に戻るしかなく、心が痛むのを耐え続けた。
人は、想定外のことに弱いものだ。
息子は、第一志望の大学で学びたい一心で、3年間の学習計画を立て学び続けた。同級生が部活動をする時間を、全て勉強に費やす。どんなに苦しくても、3年かかる。だから、周りと違っていてもいい。
貫いたけれど、息子には目標が高すぎて、まだ学ぶ時間が足りなかったのだろう。得点することに集中できず、きちんと学ばないと前に進めないこだわりが、さらに追い打ちをかけた。
周りの同級生は、受験生になると上手に点数を取れるようになっていった。息子は、なかなか結果につながらない。何を一番に考えるかは人それぞれ違う。現役で大学生になりたいならば、大学を選び直すのも決して悪くない。
それでも努力した年数の分だけ、息子は目標を変えることができなかった。ある日、勉強しに行った東京での講習から戻る列車の中で、夢中になって勉強していたそうだ。その姿を見て、隣に座っていた女性が、そっと息子に声をかけてくれた。
「きっと大丈夫」
息子は、今でもその言葉を忘れていない。
小学生の頃からずっと学び続けた塾の中で、息子はたった一人浪人生となった。塾内の誰よりも時間をかけ努力したつもりだったが、息子だけがうまくいかなかった。
「神様なんていない。この世は不平等だ」
あの瞬間、私たち親子はそう感じただろう。
浪人生として歩み始めたころは、毎日心に傷をつけ続けているような思いだった。職場の中に、息子だけが宙ぶらりんな様子で存在している。誰も何も言わなかったけれど、その心遣いがかえって辛くて、周りが息子を見つめる視線にも、心が痛んだ。
ただ、今を肯定しなければ……
いつも、私は自分にそう言い聞かせていた。
心が折れた春、息子は「もう努力できない」と口にしながらも再出発をするしかなかった。「もう頑張れない」と嘆きながら、無理やり学ぶ日々。
浪人生がたくさんいる予備校で、自分の存在を肯定してもらえる道もあったのに、わざわざ一人で学ぶ道を選んだ。事実上の「宅浪」と言える。
なぜ、辛い道をいくのか? 息子に何度も問いかけたが、第一志望をもう一度狙うならばそれしかないと思ったようだ。
物理が向かないのではないか?
そんな思いも何度も押し寄せた。問えば必ず喧嘩になる。
「伸びてる気がしない」
息子は、口ぐせのように同じ言葉をつぶやき続け、いつも苦しそうな表情を見せた。
息子が歩む道は、とても険しい。
それでも、その中にも必ず光はある。
一度入試を経験している息子だからこそ、見えるものがある。後輩が悩み頼りにくると、息子は喜んで教え、その関係の中で自分の居場所をつくっていった。
息子のこの一年の課題は、メンタルを整えること。どうすれば、心が落ち着いていつもの力が発揮できるのか? 何度も模試に向かいながら、模試になるとできなくなる自分自身に苦しんだ。
共通テスト前は、心の負荷はピークに達したようだ。
「もう、自習室に入れない。もう勉強したくない。できなくて苦しい……」
職員室で人目もはばからず涙を見せたときは、また全て合格できないのではないか? と私の心に不安が押し寄せた。誰に話をしようが、解決するのは本人の心でしかない。この一年の苦しみを、無駄にしてほしくない。
そんなとき、いつものように英語の問題を解いていると、たまたま棋士の話が出てきたようだ。
「『あるとき、試合に勝つにはどういう気持ちで臨んだらよいか?』と聞かれた。
腹を立てるのは論外。落ち込んだり、悲しい気持ちもよくない。得意になったり、喜んだりしてもまずい。何がなんでも勝ってやろうと熱くなったりしては、頭が思うように働かない。それでは、どういうのがよいのか?
『心楽しむ状態が最高となる』
大勝負であればあるほど緊張して固くなる。楽しい気分になるなどというのは、思いもよらない。しかし、それが勝つためのもっとも大きな条件……」
この言葉がメンタル面でうまくいかない息子を、やっと救い出してくれた。
その後、共通テストでは勝とうと力を入れず、メンタル面を保てたようだ。
2月のある日、共通テスト利用の入試発表を待っていた。時間になり、そっと画面を検索したようだ。
「やった!」
その言葉を聞くまで、発表時間を忘れていた私は、慌てて画面に向かった。
第二志望の大学は、昨年、ご縁がなかった大学。一年の忍耐は、決して無駄ではなかったのだろう。嬉しさよりも、安堵感のほうが大きい。
息子が塾長に伝えると、塾長もほっとしていた様子。
「いやぁ、大丈夫という判定は出ていたから、大丈夫だと思ったんだけどさぁ……」
息子が、これまで普段の力とは違う結果を何度も示してきただけに、周りも相当な心の負担を強いられていたはずだ。
昨年でも、きっと嬉しかっただろう。
でも、今年は、全てを失ってからのご縁。
例え同じ結果でも、苦しみの分だけ息子はもっと重みを感じている。
たとえ同じ桜だとしても、それを見つめる人の心がその美しさを決める。桜が咲くことを深く味わえるのは、咲かない春の痛みを味わっているからこそ。
息子の桜を見つめる目の奥は、昨年とは違った色に見える。
「きっと大丈夫」
見知らぬ女性の言葉は、今になって深く心に響く。あれから一年経った今、息子は同じ列車の中で、同じ目標に向かって勉強し続けている。