
雑記
「もう書けない」なんて言えるほど書いちゃいないし、文字通り命や魂を削ってまで文章を捻り出しているわけでは決してないのだが、小説を書き始めてからというもの、どうして自分は物語なんか創りだしているのだろうと思わない日は一日たりともない。何より恐ろしいのは、私は私の作品を沢山のひとに読んで欲しいと心の底ではまったく思っていないことである。不届き千万も大概である。こんなもの読ませられないという自信のなさは、経験不足からくるビギナー特有の現象かと最初は思っていたが、どうやらもっと根深いところに原因がありそうだ。もともと文章を書くのが得意でも好きでもない、ただ本を読んでいるだけのおばさんに、吐き出さずにいられないほどのエモーショナルな情熱なんぞあるわけがない。それにもかかわらず創作を続けているのは、要するに自分で書き記した文章を自分で読み返すのが好きなだけなのである。推敲している時の、何も聞こえない、まるで宇宙空間に放り出されたかのような、圧倒的な没入感。今までそんな感覚を一度たりとも味わったことがなかったので、きっとこの作業が好きなはずに違いないと思ってやってきたのだ。あわよくば、自分の文章が誰かの心に響けばこれ以上嬉しいことはない——そう思って。文章って人のこころを救うから。自分も助けられてきたから。それにしても、自信というものはどこから湧き出てくるのだろう。果たしてどんな味がするのだろうか。そして自己肯定感は一体どこに生えているのだろう。なんだか三途の川のほとりに青々と茂っている気がしてならないので、私は彼岸へ渡る際にそれを摘み取り、ぎゅっと握りしめて、来世へ旅立つしかないのかもしれない。
なんのはなしですか。