
名刺が消えた日
「どわさん、支店長ですよね?」
久しぶりに再会した取引先の男性は、昔と変わらない笑顔で名刺を差し出しかけた。
私は、一瞬だけ言葉に詰まった。
そして小さく笑って答えた。
「今は、普通の社員です」
差し出しかけた名刺が、少しだけ宙で止まった。
「あ、そうなんですね」
相手は気まずそうに笑い、視線を外した。
その瞬間、自分の中で何かが静かに剥がれ落ちる音がした。
昔の私は、“肩書き”で生きていた。
全国転勤。
東京。
管理職。
役員。
忙しさが、自分の価値だと思っていた。
夜中まで働き、
休日も電話を取り、
部下の問題に走り回り、
数字を追い続ける。
「期待される人間」でいたかった。
いや、本当は違う。
期待され続けないと、自分には価値がない気がしていたのだ。
だから、壊れるまで止まれなかった。
最初は、小さな異変だった。
電車に乗ると息苦しい。
メールの通知音で心臓が跳ねる。
コンビニで弁当を選ぶだけなのに、異常に疲れる。
なのに私は、
「みんなもキツいんだから」
と自分に言い聞かせて働き続けた。
ある朝、突然、玄関の前で体が動かなくなった。
会社の方向に向いて歩けなくなった。
涙が出るわけではない。
激しい苦しさがあるわけでもない。
ただ、身体だけが、もう無理だと言っていた。
診断名は、適応障害だった。
医師はカルテを見ながら静かに言った。
「かなり無理をされていますね」
その言葉を聞いた瞬間、不思議と少し安心した。
ああ、自分は怠けていたわけじゃなかったのか、と。
けれど同時に、心のどこかで終わったとも思った。
長年積み上げてきたものが、一気に崩れていく感覚だった。
役職。
立場。
責任。
信用。
それまで人生だと思っていたものが、急に遠くなった。
地元へ戻る新幹線の中で、私は窓の外をぼんやり眺めていた。
東京の高層ビルが少しずつ消えていく。
代わりに、畑や低い山並みが見えてくる。
その景色を見ていたら、張り詰めていたものが少しずつ緩んでいく気がした。
帰省してしばらくは、何もできなかった。
朝起きても、予定がない。
電話も鳴らない。
メールも来ない。
あれほど追われていた毎日が、急に静かになった。
最初は、その静けさが怖かった。
社会から切り離されたような気がした。
ニュースを見るたびに、取り残された気持ちになった。
同世代の活躍を見るのも苦しかった。
「自分は何をやっているんだろう」
何度もそう思った。すべてを失った気がした。
それでも、生きていくために働かなければならない。
私は地元で、一般社員として働き始めた。
かつて部下だった年代の上司に指示を受ける。
自分の仕事ではなく誰かの手伝い。
コピーを取る。
資料を運ぶ。
会議室の準備をする。
配達に行く。
昔なら部下に任せていた仕事だった。
最初は悔しかった。
情けなかった。
プライドが、毎日少しずつ削られていく気がした。
ある日、若い社員が私に言った。
「どわさんって」、話しやすいですよね」
私は少し驚いた。
昔、そんなことを言われた記憶がなかったからだ。
以前の私は、“できる上司”でいようとしていた。
弱音を吐かず、
隙を見せず、
常に正解を出し、
人より優秀であろうとしていた。
でも今の私は、失敗もする。
疲れる日もある。
無理をすると壊れることも知っている。
だからなのか、人の表情の変化に気づくようになった。
無理して笑っている人が分かるようになった。
「大丈夫です」と言う人ほど、大丈夫じゃないことも。
以前の私は、人を管理していた。
でも今は、ようやく人を見ている気がする。
出世コースから外れたのかもしれない。
周囲から見れば、転落した人生なのかもしれない。
実際、そう感じた日も何度もあった。
けれど最近、少しだけ思う。
人生は、上へ登り続けることだけが成功ではないのかもしれない、と。
壊れたから見える景色がある。
失ったから気づけることがある。
遠回りしたから、分かる痛みもある。
もし、昔の自分に会えるなら言いたい。
そんなに頑張り続けなくていい、と。
肩書きがなくなっても、
期待に応え続けられなくなっても、
人間の価値まで消えるわけじゃない、と。
先日、古い名刺入れを整理していたら、東京時代の名刺が出てきた。
役職名が大きく印刷された、少し厚めの紙だった。
あの頃の私は、この一枚に自分の価値が詰まっていると思っていた。
でも今、その名刺を見ても、不思議と未練はなかった。
机の引き出しを閉めると、窓の外から夕方の光が差し込んだ。
その静かな光を見ながら、私は思った。
名刺が消えた日、終わったものもあった。
けれど本当は、あの日からようやく、
「自分の人生」が始まったのかもしれない。