母の年齢を越えたいま、思うこと・・・|㊗️60記事目💐私の経験。
♬BGMお借りします☺️
私は子どもの頃、
家に居る時、また習い事の帰り道、
いつも、いつも息がつまって………
緊張していた。
母は、私がお腹にいる頃から
父に暴力を振るわれていた。
そして私は母からも……。
でも、閉め出されたり叩かれたりするほどの悪い事を自分がした記憶は、まったくない。
月曜から土曜までびっしりと習い事が入っていて、ピアノやバイオリンは毎日数時間練習しなければならなかった。
それが苦痛になってやめたいと言った時や、うまく弾けなかった時、
友達と遊びに行きたいと強く希望した時や、口ごたえをした時に叩かれていた。
深夜になると、父の怒声、母の叫び声、物が飛んで壊れる大きな音に怯えていた。
あるとき母が、
入浴前の何も身につけていない状態で
マンションの廊下に閉め出された。
私はただ怖くて
震えて、
固まって………
玄関で怒鳴っている父を通り越してまで、
鍵を開けて母を助けることが出来なかった。
母からは、後でなじられた。
わずか10歳の頃にはすでに、
「消えてしまいたい」と思っていた。
中学生になったある日、
門限の19時に、1分だけ遅れた。
家に入れてもらえなかった。
11月の寒空の下
耳も痛くて震えが止まらず、
中に入れてと懇願したけれど……
そのとき母から返ってきた言葉は、
「お父さんが帰って来るまでそこに居なさい!!
私がいつもどんな気持ちで待ってるかっ!!!!!」
プツンっ⋯
それまで張りつめていた何かが切れた
その日父が帰宅したのは、日が変わった頃。
私は40度の熱を出した。
その頃から両親には、
ほとんど口を開かなくなった。
その存在を消して過ごした。
やがて、母からの暴力はなくなった。
両親はやっと、離婚した。
父を血の繋がった家族と認識したことは
無かったので、少しだけ平穏が訪れた。
26歳の頃、
同棲相手からのDVに苦しみ、
精神科に初めて入院して
PTSDによるうつ、摂食障害と診断された。
この時に病院にある本を読んで初めて、
アダルトチルドレンという言葉を知った。
あ、わたし…コレだ。
両親のことも、
少しだけ理解できたような気がした。
彼らも同じように育ったのだろう……
愛し方も、愛され方もよく知らないままに。
だからと言って、母との間にあったことが
消えたわけではなかった。
私が24歳の時、
仲直りできないまま
母はすでに他界していた。
その時の私は
ちゃんと悲しむことも、
泣くことも出来なかった。
ただぽっかりと、心に穴があいていた。
もし生きていたら、
いつか話せる日が来ただろうか・・・
「どうして、あんなに怒ってたの?」
「どうして私は、あんなに叩かれなければ
いけなかったの?」
「お母さんはどんな気持ちだった?」
「どうしてお父さんと結婚したの………」
「ねぇ…どうして私を産んだの!!」
話したいことも、聞きたかったことも
たくさんある。
でも聞くことも、仲直りすることも、
もうできない。
あのまま終わってしまったことで、
私の心には、
ぽっかりとした大きな穴が残っているのだ。
だけどそんな私にも、
大きな変化があった。
ここから先は
¥ 800
この記事が参加している募集
応援よろしくお願いします😊 いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます♡
