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うたく結べなかった癜い靎玐            

    あらすじ

     
    昭和57幎、春。
    S倧孊に通うじゅん、かおり、加奈。
    ロヌファヌ、デッキシュヌズ、サドルシュヌズ――それぞれのお気に入りの靎を履いた䞉人の女子倧生は、音楜や恋、友情の揺らぎの䞭で、それぞれの居堎所を探しおいた。
    ロヌファヌに挟たれた䞀セント硬貚。
    遠くアメリカぞ旅立った恋人ずの玄束。
    レンタルレコヌド店の垰り道。
    倕暮れの坂道に響く靎音。
    原宿で買った服。
    りォヌクマンから流れる掋楜。
    そしお、い぀たでも終わらないず思っおいた青春の日々。
    しかし、ある出来事をきっかけに、䞉人の日垞は静かに姿を倉えおいく。
    すれ違い、喪倱、それでも消えない友情――。
    バンド、キャンパス、そしお戻れない時間。
    これは、䞉人の玡いだ青春の蚘憶の物語。



    第䞀話 『ロヌファヌず1セントの玄束』 

      ――倧孊構内・カフェテラスで――
     
    テラスのスピヌカヌからは、倧滝詠䞀の甘くノスタルゞックな旋埋が流れおいた。
    昌䞋がりの倧孊キャンパス。光の滲むような午埌。
    カフェテラスの䞀角で、䞉人の女子倧生がテヌブルを囲んでいる。
    足元には、それぞれ磚き䞊げられた靎――艶やかなロヌファヌ、玺のデッキシュヌズ、そしおグレヌず黒のコンビのサドルシュヌズ。
    䞉人ずも、腰にはさりげなくボヌトハりスのトレヌナヌを巻いおいた。
    「ねえ、わたしがなんでロヌファヌ奜きかわかる」ず加奈が蚀った。
    「わかんないよ。デッキの方が履きやすいじゃん、ハマトラにも合うし〜」
    じゅんが笑う。
    「わたしはサドル掟。だっお、誰も履いおないんだもん」
    かおりは少し埗意そうに蚀っお、靎の爪先をトントンず地面に鳎らした。
    「ふふっ、私がロヌファヌが倧奜きなのはね  」
    加奈が蚀う。
    ――倧奜きなロヌファヌかあ。䜕かありそう  
    じゅんは心の䞭で呟いた。
    そこに、メンズ・ビギのゞャケットを矜織り、もみ䞊げをテクノカットにした男子孊生が割っお入った。
    りォヌクマンのむダホンを銖から垂らし、デュラン・デュランのヒット曲がかすかに挏れおいる。
    「よう、恋バナ 混ぜおよ〜」
    「  うざい」
    䞉人の芖線が冷たく突き刺さった。
    「ちぇっ、ツレナむなヌ」
    メンズビギ男は頭を掻きながら、少し名残惜しそうに退散した。
    「ちょっずかわいそうだったかな」
    じゅんはそう蚀うず、玙コップをコトンずテヌブルに眮いた。メロヌむ゚ロヌの泡が少し揺れた。
    「いいんじゃん あい぀空気読めないからなぁ。  ずころでさあ、加奈、なんか今、蚀いかけおなかったっけ」
    かおりは、加奈の蚀葉の先にある“䜕か”に
    奜奇心を隠せない様子で身をのりだした。                                                    加奈は少し芖線を萜ずし、テヌブルの瞁を指でなぞった。
     颚が吹いお、桜の花びらが䞀枚、カフェオレのカップの傍に舞い萜ちた。
    「ロヌファヌを履いおるずね、い぀も圌ず䞀緒にいるように思えるからなんだっお蚀いたかったのよ  」
    そういうず、加奈は、テヌブルの䞋から右足を少しずらし、ロヌファヌのスリットに挟んである、銀色のコむンに芖線を萜ずした。
    「挟んであるの、コむンよね」じゅんは、加奈のロヌファヌに向けお身を乗り出した。その拍子に、腰に巻いたトレヌナの袖がふわりずほどけた。
    「そう、䞀セント硬貚なの。圌が送っおくれた  」
    「えヌ、ききたい、ききたい、加奈の圌の話」じゅんはトレヌナヌの袖を巻きなおしながら蚀った。
    「そうそう、きかせおよヌ」かおりの県に奜奇心があふれおいた。
    「長くなるよ、いいの」
     ロヌファヌの加奈は、小さく笑っお、“圌ずの出䌚い”をゆっくり話し始めた。
     
     
    ------加奈は女子高ぞの電車通孊だった。
     
    最寄り駅から䞀人、30分揺られお孊校ぞ通う毎日。
    同じ車䞡の隅には、近くの男子校の生埒たちが、い぀も楜しそうに笑っおいた。
    その䞭の䞀人——どこかで芋たこずのある暪顔。
     
    家に垰るず、制服を脱ぐ前に䞭孊の卒業アルバムをめくった。
    やっぱりそうだ。隣のクラスの、高橋圭。
    䜕床か目が合いそうで合わないたた、数日が過ぎた。
    圌がいない日は、窓の倖の景色すら味気なく感じた。
     
    ある垰り道、圭は䞀人だった。
    はっきりず加奈を芋おいた。
    ずっさに芖線を逞らしおしたった。「したった——」
    駅に着き、加奈が先に改札ぞ向かう。
    背䞭に圌の気配を感じた。
     
    どうしよう。
     
    ずっさに靎玐を結び盎すふりをしおしゃがみ蟌んだ。
    心臓が壊れそうなくらい鳎っおいる。
    圌の足音が隣たで来た  通り過ぎた、
    ず思った瞬間、背埌から声がした。
     
    「あの  はじめたしお、っお蚀うのも倉だけど、加奈ちゃん、だよね
    同じ䞭孊だった、高橋です」
     
    加奈の胞の奥で、䜕かがふわりずほどけた。
     
    それからすぐに初めおのデヌトに誘われた。
    銀座で『ゞョヌズ』を芳よう、ず。
    数寄屋橋亀差点の映画通、暗闇のスクリヌンに映る巚倧なサメ。
    加奈は䜕床も圌の袖を握った。
    映画が終わっお、倜の銀座を歩くず倧人になった気がした。
    「寄っおく」
    圌が指したのは゜ニヌビルの倖階段だった。
    「ピンポンパンっお鳎るんだよ、知っおた」
    二人で䞀段ず぀登る。
     
    「ピンポヌン」「パン♪」
     
    加奈は思わず笑い声をこらえた。
    階段を駆け䞋りお、亀差点のネオンにたぎれた。
    「腹、枛ったな」
    「  䞍二家、行こうか」
    数寄屋橋の䞍二家レストランで、二人向かい合っおハンバヌグを食べた。
    氷のカランずいう音が、どこか遠くに響いた。
     
    「  俺、い぀かアメリカに行くんだ」
     
    「アメリカ」
     
    「うん、前から決めおたんだ 」

    「前から 」

    「うん」
     
    コヌラの泡が匟けた。
     
    圭は高校を出るず同時に語孊留孊ぞ。
    加奈は倧孊ぞ進み、それぞれの春が静かに分かれおいった。
     
    「手玙ず䞀緒に1セント硬貚を送るから、それをロヌファヌに挟んで。
    俺だず思っお埅っおおね」圭はそう蚀っお旅立っおいった。
     
    そしお玄束通り、圭はアメリカに぀くずすぐに䞀セント硬貚ず想いの詰たった手玙を加奈に送った。加奈はそのコむンをロヌファヌのスリットに挟み、毎朝ロヌファヌを磚いた。
     
    それ以来、コむンロヌファヌずいう呌び名が、圌女にずっおは特別な意味を持぀ようになった。
     
    「どうこれが私のラブストヌリヌっおわけ♪」ちょっず照れながら加奈は笑った。
    「わあ、なんかすごいね、ちょっず感動した ねぇ、じゅん」
    「うん、感動なんか映画みたい、いいなあ、加奈ちゃん」
    䞉人の間に暖かな春颚が吹いおいた。
     
     
    春の間は普通に過ぎおいった。
     
    けれど、手玙はぱったり途絶え、䞍安ず孀独だけが積み重なった。それでも、圭からの手玙を埅ち続けた。
     
    ある倕方、倧孊から垰った加奈は、い぀ものように䜕の期埅もせずに郵䟿ポストに手を滑りこたせるず、䞭の封筒に指先があたりカサッず小さい音をたおた。
    そのずき、加奈の心に垌望ずいう名の皲劻が駆け抜けた。
     
    加奈は封筒を手に取るず宛名に目を萜ずした。
    その筆跡に、遠くアメリカでペンを握る圭の姿が浮かび、思わず封筒を胞にあおる。
    そのたた䞊着も脱がず、郚屋ぞ駆け蟌み、机の前で封を切った。
     
     
     
    『加奈ぞ
     
    元気にしおいたすか。
    日本は、そろそろ雚の季節に入る頃だよね。                          こっちはただ颚が冷たくお、倜になるず少しだけ寂しくなる。
    今日、授業の垰りに、たたたた街角の本屋で
    アメリカの映画雑誌を芋぀けたんだ。
    ペヌゞをめくりながら、
    「い぀かこれを加奈にも芋せたいな」
    そんなふうに思ったよ。
    でもね──
    最近、自分の䞭でずっず匕っかかっおいたこずがあっお、
    どうしおもごたかせなくなった。
    こっちに来おから、同じクラスの留孊生ず話すこずが増えた。
    幎は僕より䞀぀䞊で、同じ英語クラスを取っおいお、
    よく授業垰りに図曞通ぞ䞀緒に行ったり、
    課題の盞談をしたりするようになった。
    最初はただ頌りになる先茩、みたいな気持ちだったんだけど  
    気が぀いたら、いろいろ盞談するようになっおいた。
    誀解しないでほしい。
    圌女はずおも努力家で、い぀も呚りの人を励たしおいお、
    僕なんかよりずっず匷い人だ。
    そんな人のそばにいるず、
    自分の匱さや、倢に察する未熟さを思い知らされる。
    たぶん、今の僕は、圌女に支えられおいる郚分が倧きいず思う。
    こうしお文字にするず、自分でも情けない気持ちになるけれど、これを隠したたた加奈ず手玙を続けるのは、もっず倱瀌だず思った。
    あのずき枡した䞀セント硬貚のこず、
    芚えおくれおいるよね。
    あれをロヌファヌに挟んでくれおいるっお聞いお、
    本圓に嬉しかった。
    でも──
    あの玄束に、加奈を瞛っおしたうのが怖くなったんだ。
    だっお加奈にも、加奈自身の春がきっずあるはずだから。
    勝手なこずばかり蚀っおごめん。
    こんなふうにしか䌝えられない自分が、䞀番悔しい。
    それでも、加奈には笑っおいおほしい。
    どんな圢になっおも、
    僕はあの駅の構内で初めお話したずきの加奈を、
    きっず䞀生忘れない。
    圭より』
     
    手玙を読み終えた瞬間、
    加奈の胞の奥で䜕かが音を立おお厩れた。
    「圭  そこにいるの こっちを向いお  」
    郚屋の空気がゆらぎ、カヌテンの隙間から差し蟌む薄い光の䞭に、圭の暪顔が浮かんだ気がした。
    「悪い冗談でしょ  」
    加奈は手を䌞ばした。
    幻の圭はふり返り、い぀ものように少し照れた笑顔を芋せた。
    ──圓たり前だろ。 加奈しかいないよ。
     すぐ戻るから、心配するなっお。
    「圭  」
    次の瞬間、その姿は光の粒ずなっおゆっくりず消えおいった。
    手の䞭には䜕も残っおいない。
    ただ、ロヌファヌに挟んだ䞀セント硬貚だけが冷たく重かった。
    加奈の膝がゆっくりず床に萜ち、涙が止たらなかった。
    枕の䞊には、いく぀もの小さな濡れた跡が広がっおいく。
    加奈の心は、これたで感じたこずのない静かな絶望に満たされ、
    そのたた深い眠りぞず萜ちおいった。
     
    あの手玙を読んでからも、加奈は倧孊には通っおいた。
    䜕もしおいないず、今にも自分が壊れおしたいそうで怖かったからだ。
    けれど、じゅんやかおりに悟られないように
    笑っお過ごす毎日は、少しず぀心をすり枛らしおいった。
     
    そんな初倏の倜、加奈の郚屋はひどく静かだった。
    胞の䞭が、抜け殻のように空っぜだった。
     
    ロヌファヌが、マンション五階のベランダの瞁に揃えお眮かれおいる。
    ――あず䞀歩。そうしたら、泣かなくお枈むんだ。
     
    加奈は手すりを握り、そっず背䌞びをした。
    月明かりが滲んで芋えた。
     
     
    ――ここはどこなの癜い倩井が芋える。
    遠くでテレビの音がしおいた気がした。
    誰かが、小さな声で名前を呌んでいる。
     
    「  加奈ちゃん  わかる」
     
    たぶたが重かった。
    目を開けるず、倩井が真っ癜で、ひどくたぶしかった。
    䜓を起こそうずするず、腰のあたりで䜕かに匕き止められお、動けなかった。
    誰かが泣いおいる。
    母の声のようだったが、がんやりしおいお確かめられなかった。
    垃団の䞋で、䜕かが足りない気がした。
    けれど、ただ倢の続きのようで、怖くはなかった。
     
    「  お医者さんが蚀っおた。呜が助かったのは奇跡だ、っお  」
     
    父の声だった。
    䜕が奇跡なのか、そのずきはただわからなかった。
    その倜、うずうずしながら芋た倢の䞭で、
    加奈はただ䞡足でマンションの廊䞋を歩いおいた。
    ロヌファヌは、い぀ものようにきれいに磚かれおいた。
     
    翌朝、看護婊さんに起こされたずき、
    包垯でぐるぐる巻きになった自分の足を芋た。
    右足の先が途䞭で垃に埋もれおいるず気づいた瞬間だけ、
    加奈は声をあげお泣いた。
    母はハンカチを口に抌し圓おお泣いおいた。
    父は背䞭を向けたたた、肩を震わせおいた。
     
    窓の倖は晎れおいお、
    たるで䜕事もなかったかのような青空だった。
    加奈は片足を切断する倧手術を受け、病宀に運ばれおいた。
    履けなくなったロヌファヌは、ベッドの隅にそっず眮かれおいる。
     
    退院した埌も、加奈は矩足になった自分をどうしおも奜きになれなかった。
    加奈の心は固く閉ざされ、通孊もできず、倧孊を蟞めた。
     
      それでも、ロヌファヌだけは手攟せなかった。
     
    今でもずきどき思い出す。
    じゅんずかおりの笑顔を。
     
    ――でも、今の私には、もう戻れない。
    あの春の日々は、䜕もかもが眩しすぎお。

     

    第二話 友情の光ず圱 〜ロヌファヌの蚘憶を超えお〜

     
    1幎生の秋。
    倧孊のカフェテラスに、2人の女子倧生が䞊んで腰をかけおいた。
    秋らしい也いた颚が、二人の髪をやさしく撫でた。
    い぀も3人で䞊んでいたその堎所に、今は2人だけ。
                          
    足元には、磚き䞊げられたサドルシュヌズずデッキシュヌズ。
    もう䞀足のロヌファヌだけが、そこにはなかった。
    スピヌカヌからは、
    サザンの「チャコの海岞物語」が小さく流れおいた。
    倏の名残りのようなそのメロディが、
    秋の空気の䞭で、少しだけ切なく揺れおいた。
    「最近、原宿行っおる」
    かおりがコヌヒヌカップに口を寄せながら蚀った。
    「行っおないなぁ。バヌクレヌずか行きたいんだけど」
    「シップスもいいよね。ノァンは奜きだけど女子もの少ないよね  
    ね、石接さヌん、もっず䜜っおくださヌい、っお感じ」
    「そうね、でも、みゆき族ずか憧れちゃうなあ」
    「うそでしょ、それ  “みゆき”っお挫画の」
    「違うわよヌ」
    ふたりの笑い声が颚に乗っおほどけおいく。
    そのあず、ふず沈黙が萜ちた。
    「  加奈、どうしおるかな」
    かおりがぜ぀りず蚀う。
    「うん  たた䞉人で原宿行きたかったね」
    颚に、カフェテラスの玙ナプキンが小さく揺れる。            
    かおりはゆっくりカップを眮き、
    少しだけ空を芋䞊げお蚀った。
    「行けるよ。きっず」
    「そうだよね  」
    二人は垭を立ち、カフェテラスの階段を䞊んで䞊がっおいく。二号通ぞ向かう背䞭から䌞びる二本の圱はどこか加奈の圱を探すように秋の校庭の䞊で揺れおいた。
    倕暮れの校舎を出おいく孊生たちは、もうたばらだった。
    5限の終わり。堀かおりはサドルシュヌズの玐を軜く締め盎し、
    フレッドペリヌのモッズコヌトを矜織っお歩き出した。
    い぀もの倧孊の景色なのに、圌女のたわりだけロンドンの街角のように芋える錯芚すらあった。
    「あ、堀ちゃん。今日、5限あったんだ」
    振り向くず“あの”メンズ・ビギ男。
    今日も盞倉わらずノリだけで生きおる感じで、たったくお呌びじゃない。
    歩くたびに、ビギ男のカバンの䞭のカセットテヌプがカチャカチャ鳎っおいる。
    かおりは内心“やっかいだな”ず思いながら、
    顔には軜い笑みを浮かべお返した。
    「そう。あんたも」
    「そヌ。で、これからどうするの」
    「なんか぀たんなくおさ。駅前のレンタルレコヌド屋、寄ろうかなっお。」
    「お、向ヶ䞘レコヌド いいね、で、䜕聎くの」
    「ポヌル・りェラヌだよ。倧奜きなんだ。」
    「うわ、いいよね〜」
    「  ほんずに知っおんの」
    そう蚀いながら、かおりはふず
    目の奥に浮かぶ誰かの顔を思い出した。
    加奈  今、どうしおるんだろう。
    「おいおい、俺の話聞いおんの」
    そこぞ、メンズ・メルロヌズ男が近づいおきた。
    ビギ男よりは少し枅朔感がある。
    「あれ、高峰 今日暇 新宿飲み行かね〜」
    「あ、うん。いいよ。誘われちゃった堀ちゃん、ごめんね」
    「どうぞ、どうぞ。私にお構いなく。そんじゃ、お疲れ様〜」
    かおりは片手をひらひらさせながら背䞭を向けた。
      䜕をごめんずか蚀っおるわけ ほんず、あい぀、䜕勘違いしおんのかしら
    かおりは歩く速床を䞀段階䞊げお、その堎を逃げるように坂道を降りた。
    駅前ロヌタリヌの向こう偎、叀い雑居ビル
    の二階の窓には、黄色い看板がぜうっず灯っおいる。
    看板いっぱいに描かれた倧きなレコヌド盀。そしお、ポップアヌトを意識した䞞みのある字䜓で螊るように曞かれた“向ヶ䞘レコヌド”の文字。
    ――向ヶ䞘レコヌド。぀い寄っちゃうんだよな。
    かおりは、その看板を芋るだけで胞が少し浮き立った。
    ここでお気に入りの䞀枚に出䌚える瞬間がたたらない。
    そしおい぀の間にか、店長のゞミヌさんが遞んでくれるレコヌドず、
    そのさりげない気遣いを味わいたくおこの店に吞い寄せられるようになっおいた。
    ――ガチャッ。
    「OPEN」ず赀い文字で曞かれた、
    茞入雑貚店で売っおいそうなブリキのプレヌトが
    ガラスのドアの前で小さく揺れた。
    ドアをゆっくり抌し開けた瞬間、
    レコヌド店特有の“あの匂い”が、かおりをふわりず包んだ。
    「いらっしゃい  あ、かおりちゃんか。お疲れさん。今日は遅かったねぇ」
    この“ゞミヌさんのひずこず”が、かおりはたたらなく奜きだった。
    チェックのネルシャツにゞヌンズ。
    肩たで䌞びた黒い髪。
    笑うず目じりに小さな皺が寄る。
    その雰囲気は、初めお来た日からずっず倉わらない。
    「こんばんは〜たたゞミヌさんに䌚いに来たよ。おぞっ」
    かおりは舌をちょこんず出しお、肩をすくめお笑った。
    ――お客さん、今いないんだ。
    「いっ぀も元気だねぇ。はは。倧孊生はいいなあ」
    「あはは、でもほんずだよ。ゞミヌさんに䌚いに来おるの。
    この店、萜ち着くっおいうか  奜きな音楜がいっぱいあっおさ。もう最高」
    「そう蚀っおもらえるず嬉しいよ。新しいの入荷しおるから、ゆっくり探しおよ」
    ゞミヌは笑いながらも、明るく振る舞うかおりの暪顔にふっず萜ちた“圱”を芋逃さなかった。    
                                          
     
    ――かおりはレコヌド棚のい぀ものように“ROCK”  コヌナヌぞ䞀盎線。
    “A”から順にゞャケットを慣れた手぀きですばやく摘たみ䞊げる。
    ビニヌルの“カサッ、カサッ”ずいう擊れる音が、この店の錓動のように響く。
    「あれ ゞミヌさん、今かかっおる曲、誰 すごくいい」
    「ああ、これ ティアヌズ・フォヌ・フィアヌズっおいうんだ。
    二人組のむギリスのバンド。ほら、これ」
    ゞミヌはレゞ暪に眮かれた、
    “NOW ON PLAY”の手曞き札の぀いたゞャケットを指さした。
    「ティアヌズ・フォヌ・フィアヌズかぁ  今日、それ借りおいこうかな。
    あず、クラッシュの出たばっかのや぀も」
    「いい趣味しおるね〜。はいよ、了解」
    ――たた新しい発芋もあったし、やっぱり、この店は心地いい。
    「たた来たヌす」
    「い぀でもどうぞ〜」
    レコヌド袋を脇に抱えお倖に出るず、
    向ヶ䞘遊園駅のあたりはすっかり暗くなっお、客埅ちのタクシヌのラむトがやけに眩しく感じた。
    さっきたで店の䞭に流れおいた音の䜙韻を胞に、かおりはゆっくりず改札ぞ向かった。
    その歩みの途䞭で、
    ふず――加奈の姿が心に浮かんだ。
     
    ――今床、加奈のいる病院に行っおみよう。
     
    数日埌、かおりはひずりで病院を蚪れた。
     
    ――じゅんには蚀わないで来ちゃった。
     
     アルバむトで忙しそうだし、それに  私ひずりで確かめたい。
    総合病院の受付前には、飛行堎の埅合ロビヌみたいに゜ファがずらりず䞊んでいた。
    咳き蟌む女性、片足を包垯で固めお束葉杖を暪に眮いた男性。
    癜い照明の䞋で、さたざたな事情を抱えた人たちが静かに座っおいる。
    かおりは目線をあちこち動かしながら、受付の「初蚺・面䌚」のプレヌトを探した。
    四、五人ほどの列ができおいお、その最埌尟にそっず䞊んだ。サドルシュヌズが病院だず少し堎違いに感じた。
    ――加奈、䌚えるのかな  
    胞の奥で小さく心臓が跳ねた。
    「すみたせん  」
    自分の番になったずき、思ったよりも声が震えおいた。
    受付の女性は芪切に端末を操䜜し、数秒間だけ沈黙が萜ちた。
    そしお、画面を芋぀めたたた静かに蚀った。
    「こちらの方は  すでに退院されおいたす」
    「退院  」
    かおりは思わず聞き返した。
    「はい。退院埌、犏祉の斜蚭に入所されおいたす。ただ  」
    女性は少し申し蚳なさそうに眉を䞋げた。
    「行き先の詳现に぀いおは、お䌝えできない決たりになっおおりたしお  」
    その瞬間、かおりの胞の枩床がすっず䞋がった。
    入院の長期化、切断埌のリハビリ、そしお  退院。
    すべおが珟実で、䌚えないずいう事実だけが目の前に残された。
    「  そうですか。ありがずうございたした」
    受付から離れたあず、
    自動ドアの向こうの光がやけに癜く滲んだ。
    かおりは数秒だけ立ち止たり、深く息を吞った。
    ――加奈、私たちに䜕にも教えおくれないんだね  
    蚀いようのない寂しさが、胞の䞭で静かに揺れ続けおいた。
     
    䜕もできなかったこずが悔しくお、
    垰り道、かおりはお茶の氎の楜噚店街をふらふらず歩いた。
    足が鉛のように重かった。
    お茶の氎の街は孊生であふれ、ギタヌケヌスを背負った若者が
    ちらほらすれ違う。その光景こそが、この街の空気そのものだった。
     
    ――久しぶりに来たけど、やっぱいいな。
    音楜ず若者の街っお感じ。
     
    でも今日は、どの店の扉も開ける気になれなかった。
    沈んだ気持ちのたた歩き続け、
    ショヌりむンドヌに䞊ぶギタヌの数々を
    かおりは虚ろな目でただ芋送った。
    倕方の光がガラス越しに反射し、
    ふず、䞀぀のギタヌが芖界を捉えた。
     
    Rickenbacker 330
     
    黒いボディに、䞉日月型のサりンドホヌル。
    ポヌル・りェラヌず同じだ  
    その瞬間、
    倕日に反射するギタヌのショヌりむンドりに、
    かおりは、自分の茪郭が綺麗に浮き出おいるように感じた。

     

    第䞉話 サヌクルゲヌムは終わらない

     
    今幎の秋、堀かおりは倧孊の音楜サヌクルに入った。
    出来たばかりのサヌクルで、孊生䌚通に郚宀を持おるようになったのも最近のこずだ。
    郚屋の䞭には、誰かが持ち寄ったギタヌアンプやドラムセットが、ただ自分の居堎所を぀かめずに壁際に䞊んでいた。
    心を躍らせお入郚したはずのかおりだったが、
    すぐに 自分の音楜が、たわりず少し違う こずに気づいた。
    気の合う者同士は自然ずグルヌプを䜜っおいく。
    かおりは、い぀もその少し倖偎にいた。
     
    そんなある日。
    サヌクルの先茩――菅井のギタヌを芋たずき、かおりの胞のどこかがふっず動いた。
    どこか圱のある暪顔。
    誰にこびるでもなく、ただ自然にギタヌを匟く姿。
    黒いデニムゞャケットにスリムのボトム、
    そしお少しりルフにした髪が劙に䌌合っおいた。
     
    緎習埌、女子郚員のゆみが菅井に声をかけた。
    赀いスタゞャンの胞には“Y”の゚ンブレム。
    アッシュの髪、ボストン県鏡。
    芋るからに元気印の女子倧生だ。
    「先茩、私、映画『いちご癜曞』がすごく奜きなんです。
    あの曲、サヌクルゲヌム  匟けたす」
    「昔、芳たよ。サヌクルゲヌム、いい曲だな」
    菅井は軜くうなずき、ギタヌを手に取るず
    匊をそっず鳎らしはじめた。
    その音は、狭い郚宀にしっずりず広がった。
    かおりは少し離れた怅子に腰かけ、
    静かにそれを芋぀めおいた。
    “私も、奜き”
    でもその蚀葉は、胞の内偎にだけ響いおいた。
     
    そのずき、菅井がかおりの方を振り向いた。
    「堀ちゃんは、どんなのが奜きなの」
    たるで――
    『アビむ・ロヌド』が終わったあず、
    “ゞ・゚ンド”のあず、
    ひっそりずもう䞀曲「ハヌ・マゞェスティ」が流れる瞬間を初めお聞いた時のように、かおりの目が思わず芋開かれた。
    「あの  ポヌル・りェラヌです」
    「おお堀ちゃん、わかっおるね。
    正盎、女子で本物のロックわかる子っお、なかなかいないよ」
    菅井は少し嬉しそうに笑った。
    隣で、ゆみが぀たらなそうに蚀った。
    「ぞぇ、ポヌル・りェラヌ ふヌん  。
    いたの私、“぀たんないっお顔遞手暩”あったら確実に優勝だわ」
    かおりはすかさず笑顔を返した。
    「そんなあ、私なんおただただです。
    菅井先茩、いろいろ教えおください
    でも私、ポヌル・りェラヌずか、ザ・フヌずか、そういうの  やっおみたいんです」
    菅井の胞に、うれしさがじんわり広がった。
    自分がずっず本気で向き合っおきた音楜を、
    女子郚員――しかも堀ずか共有できるなんお。
    そのずき、ゆみが少し拗ねた声で蚀った。
    「なんかさぁ、先茩、堀さんず話しおるずきの方が楜しそうだよね
      たあ、いいけどさ」
    その瞬間、かおりの心が小さく叫んだ。
     
    “やった  ”
     
    ――私、少しだけ、届いたかも。
     
    「おっず、ゆみちゃん、拗ねないでよ。
    ゆみちゃんは䜕が䞀番奜きなのさ」
    「ワタシ ロックも聎くけど、いたは断然アレ
    えヌっず  あの、男女4人の“ダンシング・クむヌン”のや぀」
    ゆみは䞡手を䞊げお、おどけお歌うような仕草をした。
    「え ああ  アバだよね すごいヒットしおるよな」
    「そう、それ アバ いいよね、先茩」
    「たあ、いいけど  いたの俺の気分は、やっぱりェラヌかな」
    そう蚀いながら、菅井はふっず堀に芖線を向けお
    やさしく埮笑んだ。
    堀の胞が、静かに満たされおいくのを感じた。
    “わかっおもらえた。
    私、ひずりじゃないんだ”
    加奈――
    ねえ、聞かせたいよ。
    今の、私のこの気持ちを。
    「菅井、い぀たでやっおんだよ 垰るぞ」
    郚宀の奥から、今井先茩の声が飛んだ。
    「ほヌい」
    菅井は立ち䞊がり、その声に応えた。
    その背䞭を、堀はそっず目で远っおいた。
     

     

    第四話 二人だけのコヌド

     
    郚宀の窓の倖は、すでに茜色が残るだけだった。
    かおりは、誰もいない郚宀の奥で、アンプに぀ないだギタヌを鳎らしおいた。
    指先が少し痛む。でも止めたくなかった。
    アンプの䞊に眮いたモッズコヌトが、アンプの熱で少し暖かくなっおいた。
    ふいに、ドアの開く音がした。
    「おヌい、堀ちゃん」
    振り向くず、ドアの向こうに菅井が立っおいた。
    口元にい぀もの軜い笑みを浮かべおいるけど、目だけは少し真剣だった。
    今日は薄手のメルトン生地のトレンチ颚のコヌトを矜織っおいる。
     
    ――先茩、かっこいい。
     
    「  どうしたんですか、菅井先茩」
    「いや、ちょっず残っおたからさ。音、聎こえたから」
    菅井はずかずかず入っおきお、かおりの隣にしゃがむ。
    ギタヌのネックを指で぀぀きながら蚀った。
    「  スモヌク・オン・ザ・りオヌタヌ」
    かおりは笑った。
    「圓たり。ギタヌ握るず自然に匟いちゃうんだ」
    「オレもさ、最初にコピヌしたのパヌプルなんだよね。『ハむり゚む・スタヌ』ずか」
    「えヌ、たじで 私も最初はそれ でも今はゞャムずかがいいかな。あずキンクスも」
    「『You Really Got Me』」
    「そう」
    二人の間に、静かな笑いが萜ちた。
    菅井は小さく咳払いしお、かおりの手元をのぞきこむ。
    「コヌド、抌さえ方違うよ。ちょっず貞せ」
    「そうなの はい」
    かおりがギタヌを枡すずき、ギタヌストラップを持぀手ず菅井の手が少し觊れた。
    あ  
    菅井がギタヌを構え足を組んだ。
    するず、かおりの“安物”のギタヌが、なぜか少しだけ高そうに芋えた。
    「  こう。キンクスはそうは匟いおない、ほら、こうやるんだ」
    ギタヌの六本の匊の䞊を、菅井の指が滑らかに動いた。
    「あ、そんなんだ  」
    菅井がギタヌを鳎らした瞬間、小さな教宀に『You Really Got Me』のリフが突き刺さった。
    かおりは思わず息をのんだ。
    「菅井先茩、やっぱすごい」
    「䜕が」
    「ギタヌの音、レコヌドずおんなじ 本物みたい」
    菅井はギタヌを返しながら、少しだけ目を䌏せた。
    「  オレさ、ほんずはギタヌに自信ないんだ。やればやるほどね  
    向いおないんじゃないかっお思うこずもあるよ」
    かおりは䞀瞬、息を止めた。
    この人、完璧だず思っおたのに
    「でもさ、堀ちゃんずなら  いい音、出せそうなんだよな」
    ふいに、菅井が目を合わせお笑った。
    「そんなぁ、私なんおただただだから  」
    その笑顔に、かおりの胞が、どくん、ず鳎った。
    「  でも、なんか」
    かおりは蚀葉を遞んだ。
    「私、先茩ずなら  倩䞋取れる気がする」
    「おいおい、蚀いすぎ」
    二人は同時に笑った。
    笑い声の奥で、かおりの心が、小さく確かに決たった。

     

    第五話 䞉足の靎が揃った日

    かおりずじゅんは、倧孊2幎の春を迎えた。
    䞭庭ではサヌクルの孊生が新入生をあちこちで勧誘しおいた。
    噎氎の近くに眮かれた数脚のベンチでは、デむパックを前に抱えながら䞀人で本を読む男子孊生や、女子孊生同士が急に倧きな笑い声をあげたりしおいた。
    そんな䞭、講矩を終えた孊生たちが、たるでダムが厩壊しお噎出した河氎のように䞀斉に数か所ある食堂や、垰り道に流れた。
    そんな河川のなかにかおりずじゅんは混ざっお倧孊3号通䞋の食堂に“流れお”いった。
    「すごい混んでるね垭、開いおるかな」
    「倧䞈倫、あそこのテヌブル空いおるよ  かおり、今日はなににする」
    「ほんずだ そうだなあ、私、カツカレヌ。じゅんちゃんは」
    「じゃあ、私もそれにする」
    思えば、私たち3人で初めお食事したのも、この食堂だったよね。
    「うんうん、懐かしいなあ。確か3人で文化人類孊の授業受けたあずだよね」
    「そうそう、あれ、眠くっおさヌ。加奈なんお完党に寝おたし」
    ふたりずも、ちょっずだけさみしげな衚情になる。
    「最初に話しかけたの、かおりだったよね」
    「そヌそヌ。加奈ずじゅんちゃんが、お互いの靎を耒め合っおおさ。
    “そのロヌファヌ、可愛いね”“そのデッキシュヌズ、いいね”っお蚀っおるのが聞こえお」
    「それで、かおりが――」
    「ねえねえ、私のサドルもよくないっお割り蟌んだのよ」
    「そしたらふたり揃っお、グヌポヌズ」
    二人は思わず笑いあった。
    「 なんか、懐かしいね」
    あの事故のあず、加奈は倧孊を去った。
    けれど二人の䞭で、圌女はい぀もそばにいた。
    懐かしさず寂しさは、時に胞の奥で亀差しながら。

     

    第六話 倕方の坂道ず二人

     
    サヌクルの緎習が終わったころには、
    キャンパスの空は淡いオレンゞから矀青ぞず倉わり始めおいた。
    ギタヌケヌスを背負い、かおりが孊生䌚通の階段を降りようずしたその時――
    背埌から聞き慣れた声がした。
    「おヌ、堀ちゃんも垰り」
    振り返るず、菅井がギタヌケヌスを片手に立っおいた。
    薄暗い廊䞋の光の䞭でも、りルフカットの髪のラむンだけがやけに綺麗に芋えた。
    「はい。垰りたす」
    「じゃ、駅たで䞀緒に行く」
    自然すぎる誘い方だった。
    かおりの心臓が、さっきたでずは違うリズムで鳎り出した。
    倖に出るず、冷たい初秋の颚が坂道をゆっくり䞋っおいた。
    二人の圱が長く䌞び、時々重なっおは離れる。
    「堀ちゃんっおさ、緎習の時ほんず集䞭しおるよな」
    突然の蚀葉に、かおりは息をのむ。
    「え そうですか」
    「うん。なんか 芋おお気持ちいい。
    音、たっすぐに远っおる感じがさ」
    「  そんなふうに芋えおたんですか」
    菅井は笑った。
    ふだんの軜い笑いず違い、どこか柔らかい。
    「でも無理すんなよ、堀ちゃん、ちょっず頑匵りすぎるずきあるから」
    その蚀葉が胞に静かに刺さった。
    蚀えないけれど、蚀われたかった蚀葉だった。
    「菅井先茩も、い぀もすごいですよ。
    音が 揺れないずいうか」
    「揺れるよ。めっちゃ揺れる」
    菅井は肩をすくめお笑う。
    「でもさ、堀ちゃんみたいに真っ盎ぐ匟く人がいるず、俺もちゃんず匟かなきゃっお思うんだよ」
    「え、私の圱響  ですか」
    「そう。思っおた以䞊にデカい」
    その瞬間――
    菅井のモンクストラップの革底ず、
    かおりのサドルシュヌズのヒヌルの音が、
    䞀拍だけ、重なった。
    坂道の途䞭、街灯が二人を照らしおいた。
    その光の䞭で、菅井の歩幅がふず緩んだ。
    「堀ちゃんさ」
    「はい」
    「今日の垰り道、なんか  いいな」
    「  え」
    「なんか、萜ち着くっおいうか」
    その䞀蚀が、
    かおりの胞の奥で小さく震えた。
    やばい  もっず奜きになっちゃう
    駅の手前で、菅井が軜く手を振った。
    「じゃ、たた明日。緎習で」
    「  はい。たた」
    菅井が改札に消えるず、
    かおりはしばらく動けなかった。
    自分の圱が、街灯の䞋でただ揺れおいた。

     

    第䞃話 心の壊れた日

     
    倧孊の䞭庭。今日は、なんだか孊生の姿が少ない。
    秋颚に揺れる朚の葉が、い぀もより静かに芋えた。
    石田じゅんは、い぀もの玺のセダヌクレストのデッキシュヌズで、図曞通ぞ向かっお歩いおいた。
    革の感觊が地面を螏むたび、かすかに音を立おる。
    「じゅんちゃヌん」
    背埌から聞き慣れた声が飛んできた。
    振り返るず、モッズパヌカヌに身を包んだ堀かおりが、新品のフェルナンデスのギタヌケヌスを背負っお立っおいた。
    「かおりじゃん、久しぶり最近忙しい党然遊んでくれないじゃん〜」
    「ごめんごめん、じゅんちゃん。実はさ、音楜サヌクル入ったんだよね。ギタヌも買っちゃった。テヘ。安いや぀だけど、コピヌモデル」
    「かおり、なんか倉わったね  䜕おいうか、明るくなった気がする」
    「そうかなでもね、楜しいよ、毎日」
    そんな䌚話の途䞭、菅井ず今井がふざけ合いながら䞭庭を暪切った。
    二人は、兄匟のように同じデニムゞャケットを着おいかにもバンドマンずいう颚貌だ。
    「おっ堀ちゃんじゃん今日、倕方郚宀来る」
    「俺のバンド、公開リハやるからさアレやるよ、ザッツ・゚ンタヌテむメント」
    「えっ、ゞャムの曲先茩、すごい絶察行きたす」
    「うん、来お来お。  あれずころでその子、友だち」
    「あ、うん。この子、じゅん。入孊したずき同じクラスで  それから、ずっず䞀緒にいるんだよね」
    「うん、石田です」じゅんは芖線を萜ずしたたただ。
    「石田ちゃんおいうんだよろしく」
    あっけらかんず笑う先茩に、じゅんは軜く頭を䞋げた。
    じゅんの暪で、劙に遠くに感じるかおりがいた。
    今井が「たたかよ」ずでも蚀いたげに、苊笑しおいた。
    「ほら菅井、邪魔だから行くぞ」
    今井が笑いながら肩をすくめた。
    「そんなこずないですヌ」
    かおりが気持ちを切り替えるように明るく返す。たるで䜕でもないような顔で。
    「でも石田ちゃんお、音楜はどんなの聎くの」
    菅井が、今床はじゅんに話を振った。
    「え私ですか  ロックはあたり聎かないです。ニュヌミュヌゞックずかかな。ナヌミンずかオフコヌスずか」
     
    「あナヌミン最高だよねニュヌミュヌゞック最高」
    菅井は調子のいい声で頷いた。
    「えっ 先茩、調子良すぎ  ナヌミンが奜きなんお聞いたこずない」
    かおりが぀ぶやく。
    その声は、自分でも聞き取れないほど小さかった。
    そのずき、䞍意に菅井が耳元に顔を寄せた。
    「堀ちゃん、石田ちゃんの電話番号、あずで教えおよね。頌むよ」
      え
    ——なにかが、厩れた。
     
    胞の奥で、ガラガラず音を立おお、かおりの䞭の䜕かが壊れおいった。
     
      信じおたのに。
     
    初めお、自分をちゃんず芋おくれた人だずおもっおたのに。
    ずっさに、涙がこがれた。止たらなかった。
    笑顔を䜜ろうずしたけれど、うたくいかなかった。
     
    それから数週間経った頃、かおりはサヌクルを蟞めた。
    ギタヌは手攟さず、でもどこかに気持ちの行き堎を求めおいた。
    お茶の氎の楜噚店に「バンドメンバヌ募集」の匵り玙を出そうずしお、じゅんに付き合っおもらう事にした。
    小さな楜噚屋の階段を降りおいくず、
    「バンドメンバヌ募集」のチラシが䜕枚も重なっおいた。
    その䞀角に、かおりが自分で䜜った「メンバヌ募集」の玙を貌ろうずしおいる。
    「貌っおいいかな  ここ、空いおるし」
    「うん、いいんじゃない」
    かおりの声は、以前のような軜やかさがない。
    でも、それでも䜕かを始めようずする気配は䌝わっおきた。
    「じゅんちゃん、連れおきおごめんね。ヒマだった」
     
    「いや、倧䞈倫。  楜噚屋ずか、初めお入ったかも」
    そう蚀いながら、じゅんは店内をきょろきょろず芋枡す
    かおりは、自分で䜜った玙を䞡面テヌプで䞁寧に貌っおいく。
    手は動いおいるけど、心ここにあらず、ずいった様子だった。
    「サヌクル、蟞めちゃったんだね」
    じゅんがふず口にするず、かおりは貌った玙を芋぀めたたた、うなずいた。
    ――その時、じゅんは菅井の件を話そうずしたが、止めおおいた。
    「うん。なんかね、違うなっお思った」
    「違う、っお」
    「“ワタシが居おもいなくおも、䜕も倉わらない”っお、ああいう堎所にいるず、なんかわかっちゃうのよね」
     
    少し笑っお、少し寂しそうに蚀った。
    「でも、音楜は嫌いじゃないし  ほら、こうやっおたた誰かずやれたらいいかなっお。倢は现く長く、っおね」
    その蚀葉に、じゅんは䜕かを蚀いかけたが蚀葉にならなかった。
     
    ―垰り道―
     
    二人で䞊んで歩きながら、ふず、かおりが蚀った。
    お茶の氎の楜噚店街の裏道は、人通りもなく、二人の靎音が軜やかに倜道に響いた。
    「そういえばさ、じゅんちゃんっお  加奈の実家の電話番号、知っおたんだっけ」
    「  え」
    足が、半歩止たった。
    「前、蚀っおたじゃん。たしか入孊しお間もない頃電話番号亀換しお、その時぀いでに実家のも曞いおもらったっお」
    「  うん。そうだったず思う」
    「で、連絡する぀もり私はしないよ。だっお私たちに居堎所教えないっおこずはもう関わりたくないんだよ、きっず」
    かおりの声が、い぀もより䜎かった。
    「そんな事、ないず思うけど でもかおりがそう蚀うなら、私もしないよ」
    じゅんは、もう䞀床「しないよ」ず蚀った。
    でも、胞の奥に、残ったものがあった。
    あのずきの“぀ながり”は、ただどこかに残っおいる気がしおいた。
     

     

    第八話 月ず雲ずゞェット機

                  
    教授は「今日はここたで」ず蚀い残し、黒板を背に向けた。
    黒板消しを滑らせるたび、癜いチョヌクの跡がすっず消えおいく。
    その音を聞きながら、かおりは机に敷いたハンカチから顔を䞊げ、倧きく背䌞びをした。
    ――あヌ、やっず終わった。眠かった  。
    頬には、うっすらず居眠りの跡。
    立ち䞊がり始めた孊生たちの怅子のきしむ音が、䞀斉に教宀に広がった。
    その時、教宀の出口のほうで、じゅんがひょこっず顔を芗かせ、小さく手を振っおいる。
    「あ、じゅんちゃんだ。埅っおおくれたんだ」
    かおりは同じように手を振り返し、ノヌトず筆箱をパンク颚の猶バッゞが付いた黒いトヌトバッグに滑り蟌たせ立ち䞊がるず、
    ぱっず花が咲く笑顔で駆け寄った。
     
    「じゅんちゃん、ありがずう」かおりはストラップを肩にかけなおす。
    「ううん、私も講矩だったからさ。かおりいるかなっお思っお」
    「そっかあ。じゅんちゃんは䜕の講矩だったの」
    「アフリカ・オセアニア地誌」
    「それね  居眠りには最高なや぀だわ」
    「でしょあ、でもね——かおりこそ寝おたでしょ。頬に跡぀いおるよ〜」
    「えっうそっ、どこどこ」
    「ここ。ほら、ちょっずだけ」
    かおりは思わず頬に手を圓お、じゅんはこらえきれずに笑い声をもらした。
    二人の“青春の笑い声”が、
    午埌の廊䞋に淡くこがれおいった。
     
    キャンパスの坂道は、倕日の茜色にゆっくりず染たりはじめおいた。
    講矩を終えた孊生たちが、笑い声を亀わしながら足取り軜く坂を降りおいく。
    じゅんは歩きながら、ふず孊生䌚通の方ぞ目を向けた。
    石段に腰掛け、菅井ず女子郚員が肩を䞊べ、
    玙コップのコヌヒヌを手に談笑しおいる。
     
    ――その䞀瞬、胞が小さくざわ぀いた。
     
    じゅんはそっず隣のかおりを芋る。
    しかし、かおりはその光景をたるで拒むかのように、
    芖線を倕日に向けたたた、衚情を凍らせおいた。
    颚が少しだけ匷く吹き、かおりのモッズパヌカヌのフヌドが揺れた。
    その揺れ方すら、どこか痛々しかった。
    じゅんは、かおりの暪顔の前に、次の蚀葉を探すのに少し時間がかかった。
    「あのさ  かおり、あれからメンバヌ芋぀かった」
    「うヌん、ベヌスは芋぀かったんだけど、ドラムがなかなかね 」
     
    「そっか。で、かおりが歌うの」
    「ギタヌず䞡方かな。ただ圢になっおないけど、い぀かラむブやれたらっお思っおるんだ」
    「早く芋たヌい やるずきは絶察よんでね」
    「もちろん。  ただ先になるず思うけどね」
    ふず、かおりがじゅんの足元を芋お蚀った。
    「ねえ、じゅん、その靎、新しくない」
    「わかる リヌガルのデッキ買っちゃった。バむト代入ったから、自分ぞのご耒矎」
    「いいなあ。私も、もう䞀足ほしいなあ〜」
    「だったらバむトすれば バンドばっかやっおないで」
    「そだね〜、あはは」
    ――よかった、かおり、少し元気出た感じ
    そしお、笑い合うふたりがいた。
    颚がふっず吹いお、倕陜が圌女たちの圱を長く䌞ばした。
    その䞀瞬、加奈の圱が薄らいだ気がした。
     
    ――そんななか、じゅんはふず心に浮かべた。
     
      今日の倜、加奈の実家に電話しおみようかなあ。かおりには悪いけど
     
    孊生寮に戻るず、じゅんは受話噚を手に取り、深く息を吞うず、ダむアルを回した。
    「  あのう、氎朚さんのお宅ですか」
    「はい、氎朚ですけど」
    「私、S倧孊の同玚生で  石田、石田じゅんず申したす」
    「ああ、加奈のお友達の石田さんね」
    声が少し震えおいた。
    「嚘から聞いおいたすよ。ほんずうに仲良くしおくださっお  加奈も喜んでたした」
    「いえ、こちらこそ。加奈さんには、本圓にお䞖話になりっぱなしで  」
    「それで今日は」
    「はい  加奈さん、あんなこずがあっお、私たち䜕もしおあげられなくお。かおりずも、い぀も話しおるんです。加奈さんに䌚いたいねっお」
    「  そうだったんですね。
    本圓に申し蚳ないのはこちらなんです。こんなに心配しおくださっおるお友達に、䜕も連絡もしおいないなんお  」
    「  」
    「でも、加奈ね。石田さんず、かおりさんの話、たたに電話でいっぱい聞いおるんですよ」
    「そう  ですか」
    「本圓に、楜しかったんだなあっお思いたす。
    東京の倧孊に行くっお決めたずき、私たち家族はすごく心配しおたした。でも、あなたたちみたいな良いお友達ができお  䞻人ずい぀も、“ありがたいね”っお話しおたんですよ」
    「私たちも、加奈さんず出䌚えお本圓にうれしかったです。
    なんおいうか  気さくで、䜕でも話せるっおいうか。でも  」
    「わかりたす。あの子、少し心配性なずころがあっお。
    思い詰めるず、小さい頃から倧倉だったんです」
    「  」
    「昔、門限を砎っお倜遅く垰っおきたこずがあっおね。お父さんにそれはもう怒られお  その足で倜䞭に、家を飛び出しちゃっお」
    「そんなこずが  」
    「ええ。
    お父さん、倜の町を“加奈”“加奈”っお探しおたわっお。
    結局、公園のブランコに䞀人で座っおたんですよ。ほんずうに、子どもみたいなずころがある子なんです」
    「  良かったですね、無事で」
    「ごめんなさいね、なんだか、たくさんお話しちゃっお」
    「いえ、倧䞈倫です。聞けお良かったです」
    しばらく沈黙のあず、母芪はふず思い出したように蚀った。
    「この前ね、加奈に聞いたんです。
    “石田さんっお、どんな方”っお」
    「  え」
    「そしたら、こう蚀ったんですよ」
    “じゅんちゃんはね、お月さたかな。
    真っ暗なずきでも、倧䞈倫だからっお。
    私の心を、い぀でも優しく照らしおくれるの。
    じゅんちゃんがいないず、私の心はい぀も迷子だよ”っお。
    ほんずうに優しい人だっお、笑いながら話しおたしたよ」
    じゅんは、䜕も蚀えなかった。
    「かおりさんのこずは、“ゞェット機みたい”だっお。
    い぀でも党力投球。これず思ったら、ずこずんやり抜く。同じ幎なのに、い぀もあずを぀いおいけば安心っお思っおたっお」
    「  うん、そんな子です」
    「ずきどき空を芋䞊げおゞェット機を芋るずね、かおりさんのい぀も履いおる靎に芋えちゃうんだっお。
    “あれ、かおりだ〜”っお、蚀っおたしたよ」
    ふっず、じゅんの目の奥がにじむ。
    「それで、“自分は”っお聞いたら  」
    母芪は少し声を萜ずしお蚀った。
    “私は  雲かな。
    いっ぀もふわふわ、ふわふわ。
    ずきどき雚の日に空を芋るず、
    “あ、雲さんも私ず同じ泣き虫だなあ”っお思うんだ”
      っお、話しおたした」
    「加奈  そんなこずを  」
    その倜、じゅんはなかなか寝぀けなかった。
     
    加奈が、いたの自分を私たちに芋せたくないず思っおいるこずは、わかっおいた。
    でも、それでも䌚いたいず思った。
    䌚っお、力いっぱい、抱きしめたかった。
     
    “加奈から連絡させたすね”ず、母芪はそう蚀っおいた。
    じゅんは、寮のカヌテンを少しだけ開けお、窓の倖を芋䞊げた。
     
    倜空には、䞞く柄んだ月が、そっず浮かんでいた。
     

     

    第九話 ふぞろいの午埌

     
    昌䞋がりのキャンパスの䞭庭に行き亀う孊生たちの姿がちらほら芋える。
    講矩棟を出お、じゅんずかおりが䞊んで歩きながら、
    かおりがパッず䞭庭にある自販機の前で立ち止たる。
    「ちょっず埅っお、喉かわいた」
    かおりは迷わず フルヌツオレ のボタンを抌した。
    玙パックにストロヌを差しながら、
    「これさ、甘くっお、めっちゃ萜ち着くんだよね」
    ちゅヌ  ず吞う音がしお、
    じゅんは思わず笑っおしたう。
    「かおりっお、ほんず倉わんないね」
    「倉わんないよ。これが私だもん」
    「そっか、わたしも買おっかな」
    「うん、おいしいよ」
    フルヌツオレの甘さが、
    二人の間にほぐれた空気を぀くっおいく。
     
    䞭庭のベンチに腰掛けおゞュヌスを飲んでいるかおりずじゅんの前に、ひずりの姿がふらりず珟れた。
     
    「  あれ、ゆみさん」
    振り返ったのは、サヌクルで䞀時䞀緒だったゆみだった。
    少し疲れおいる様にも芋えるが、どこか吹っ切れたような顔。
    ボストン型メガネをたるで倧きなトンボがずたっおいるように頭にかけおいる。
    「やっぱ、堀ちゃんだよね。あのさ  サヌクル、私、蟞めたんだ」
    「  え」
    「菅井、やっぱ最䜎だったわ。女たらしで  私も、だたされおたの。バカだよね、ほんず」
    じゅんず目を合わせたかおりが、ふっず埮笑む。
    「わかる。私も、䌌たようなもんだった。なんかさ、芪近感」
    しばらく沈黙が流れたあず、かおりがふず声をかける。
    「たしか、ゆみさん  ドラム、やっおたよね」
    ゆみが驚いたように顔を䞊げる。
     
    「え 䜕で知っおるの うん、たぁ  そんなに䞊手くないけど、叩いおたこずあるよ。䜕で」
    「ロックでよければ、䞀緒にやらない」
    「  えっ」
    「ラむブに向けお、ただメンバヌ揃っおなくおさ。私、ギタヌで、じゅんちゃんはマネヌゞャヌ兌応揎係」
    じゅんが笑っお手を振った。
    「そうなんだね。私、アバみたいなのも奜きだけど、ロックもめちゃ奜きなんだぁ。うれしい ほんずに、いいの」
    「やったぁ」かおりは、おもわず、じゅんを抱きしめた。フルヌツオレのストロヌが揺れた。
    「うん。色々教えおね。よろしくね今日、ここ通っおよかったぁ」
    ゆみがぺこりず頭を䞋げたずき、その足元にはベヌゞュの、L.L.Beanのブヌツ。
     
    「あ、そういえば今日、䜕曜」
    「金曜日だよ」じゅんが蚀った。
    「そっか、ふぞろいの林檎たち、今日だよね今日は早く垰ろヌっず」
      この人、絶察、ちゃんず立ち盎るわ
     
    3人の間に、ゆるやかな颚が吹いた。
     
    ゆみず別れたあず、じゅんずかおりは、なんずなく校舎裏の図曞通に寄っおみるこずにした。
    「ちょっずだけ、寄っおこ」
    じゅんが蚀うず、かおりは小さく肩をすくめお笑った。
    じゅんは最近気になっおいた、新人賞をずったばかりの短篇集を探す。
    海沿いの小さな街ず、冷えたビヌルの話が出おくるらしい。
    「あ、それ読んだ」
    かおりがすかさず蚀った。
    「どうだった」
    「奜き。比喩が気持ちいいんだよね。読み終わったあず、猶ビヌルの冷たさだけが手に残るの。䞍思議だけど、クセになる感じ。  あヌ、飲みたくなっちゃった」
    ふたりで声をひそめお笑った。
     
    奥の閲芧垭で、かおりが同じ講矩で顔芋知りの坂井さんを芋぀けた。男の子ず肩を䞊べおいる。
    「圌氏かな」
    じゅんが小さく぀ぶやくず、かおりは目を䌏せお「芋なかったこずにしずこ」ず笑った。
    結局、じゅんは探しおいた本を芋぀けられなくお、代わりに叀い青春小説の文庫を䞀冊だけ借りお、図曞通を出るず、倕方の颚が、ふたりの圱を少し揺らした。
    じゅんはその揺れを芋぀めながら、ふず高校のころを思い出しおいた。
    バトン郚の緎習で䜓育通にいるず、すぐ隣の剣道堎から竹刀の音が聞こえおきた。
    キャプテンじゃなくお、い぀も緎習詊合で負けおばかりの、同じクラスの男の子が気になった。
    がんばっおるのが、なんか応揎したくなっちゃっお。
    結局、圌はレギュラヌにはなれなかったけど、「初段ずれた」っお嬉しそうに蚀っおたっけなあ。
    その垰り道、「䞀緒に垰ろう」っお、圌、顔を真っ赀にしおたな。
    それから――「ずっず奜きでした」っお蚀われお。
    じゅんが猶を片手に笑っおいるのに気づいお、かおりがちょっず銖をかしげた。
    「なに思い出し笑いしおるの」笑いながらかおりは蚀った。
    「ん 高校のころの話」
    「ぞえ もしかしお圌氏のこず」
    じゅんは肩をすくめお、にやりず笑った。
    「秘密」
    「なんだあ」
    かおりは笑いながら、たた猶を口に運んだ。
    じゅんはその暪顔を芋ながら、心の䞭で――あのずきず同じように、ちょっずだけ誰かを応揎したくなる自分を、たた思い出しおいた。
     
    かおりにも、忘れられない人がいる。
    高校のずき、文化祭で組んだバンドのベヌスの䜐久間くん。
    波長が合っお、攟課埌にレコヌド屋をぶら぀いお、カレヌを食べお、ある日ふたりでディズニヌランドにも行った。
    偶然お揃いのBIG JOHNのGゞャンを着おお、なんだかもう、恋人みたいだった。
    でも圌は、かおりよりも、遠くの誰かを倧事にしおいた。
    それが圌の信仰だず知ったずき、玍埗したような、しないような・・・垰り道だけ泣いた。
    猶を口に圓おお、かおりは思う。
    「たあ、秘密はお互い様だし」
    そう蚀っお、じゅんに向けお笑った。
    「じゅんちゃん、もう今日は垰りでしょう」
    「うん、今日はもう講矩無し。バむトに行っおくる。」
    「そっか、私、あず぀ある。ああ。」
    「あはは、がんばっお。じゃあね、かおり」
    「うん、じゃあね、たたあした」
    二人は、軜く手を振り合い、別々の方向に歩き出した。その様子を䞭庭の真ん䞭にそびえる暫の朚がそっず芋送っおいる様だった。

     

    第十話 ホワむトストリングス結成

     
    ゆみは、新宿東口の階段を䞊りきるず、
    埅ち合わせに集たる人々の列をするりずすり抜けた。
    手すりに腰かけお盞手を埅぀若者、
    四、五人で円になり、ずきおり笑い声を䞊げる䞭幎の男性たち、
    心配そうな顔で改札方向を䜕床も振り返る女性――。
    それぞれの時間が、倕方の空気の䞭で静かに流れおいた。
    ゆみは赀いスタゞャンのポケットから小さなメモを取り出し、
    胞の前でそっず広げた。
    今日は、心埅ちにしおいた――
    かおりたちずの“初めおのバンド顔合わせ”の日だ。ゆみが、かおりのバンドに入るず決めおから、話はトントン拍子に進んだ。
    新宿のロック喫茶《ムヌブオヌバヌ》で、
    かおり、かずうやっず芋぀けたベヌシスト、
    ゆみ、それにマネヌゞャヌのじゅんで顔合わせをするこずになった。
     
    ゆみの胞は、い぀もよりわずかに早い錓動を打ち、その匟む感芚が自分でも心地よかった。
    ――えっず、たしか、この歩道橋を枡った先のメガネ屋の裏通り  。
    メモに描かれた喫茶ムヌブオヌバヌの粗い地図を指でなぞりながら、
    ゆみはロヌタリヌの向こうぞず歩き出した。
    ビルの隙間からこがれる倕暮れの柔らかな橙色の光が、ボストン県鏡のレンズに反射しおは揺れ、そのたびに、ゆみは少し目を现めた。
     
    ――あず少しで、かおりたちに䌚える。
     
    倕方の雑螏の音が、ほんの少し遠くなった気がした。
     
    「この蟺だず思うんだけどな  」
    そのずき、ゆみのLLビヌンの靎音がふっず止たった。
    芖線の先に、真っ赀な看板があった。
    六〇幎代調の䞞みを垯びた曞䜓で
    “喫茶ムヌブオヌバヌ”の文字が揺れおいる。
    「あ、ゆみちゃん」
    振り向くず、玺のフランネルのブレザヌ姿のじゅんが、
    い぀もの笑顔で倧きく手を振っおいた。
    「じゅんちゃん」
    ゆみも䞡手を高く掲げ、嬉しそうに手を振り返した。
    ふたりの圱が、新宿のアスファルトの䞊でゆらりず重なった。
    「ここの地䞋だよね  すごい、雰囲気ある」
    ゆみは階段の奥の薄暗がりに芖線を送り、
    県鏡の䜍眮をそっず指で盎した。
    「そだね。行っおみよっか」
    ふたりは階段ぞ足を向け、
    巊右の壁に貌られたラむブ告知のチラシを
    ひず぀ひず぀確かめるように眺めながら、
    䞀段ず぀ゆっくりず降りおいった。
    狭い地䞋ぞず続く階段に、二人の靎音が軜やかに重なっお響いた。
    飲食店蚱可蚌のシヌルが貌られた叀い朚補のドアを、ゆみがそっず抌し開ける。
    ふわりず立ちのがる煙草の煙が、
    ゆみずじゅんの目に少しだけ染みた。
    薄暗い照明が挂う煙を淡く照らしおいる。
    壁には、ゞミ・ヘンドリックス、ゞャニス・ゞョプリン、ザ・ドアヌズ、ゞェファヌ゜ン・゚アプレむンの色あせたポスタヌが、びっしりず貌られおいた。
    その奥から、深い残響をたずったサむケデリックロックが波のように流れおくる。
    カりンタヌの向こうには、数千枚のレコヌドが、棚䞀面にぎっしりず䞊んでいた。
    背衚玙が煙草の煙にかすんで、ずころどころ薄く黄ばんでいる。
    ゆみずじゅんは、思わず息をのんだ。
     
    ――ここが、ムヌブオヌバヌ。
     
    ゆったりした四人掛けの赀いビロヌドの゜ファが、このロック喫茶の怪しげな雰囲気をいっそう助長しおいた。
    「じゅんちゃん、ゆみちゃん、こっち、こっち」
    店の䞀番奥、壁際の垭で、䞭腰になったかおりが軜く手を振る。
    かおりの背䞭偎の壁に貌られたポスタヌの䞭で、䞍敵な衚情を浮かべるゞム・モリ゜ンず、じゅんは䞀瞬、目が合ったような気がした。
    「しっかし堀ちゃん、いい店知っおんねヌ」
    ゆみは垭に着くず萜ち着かない様子で店内を芋回す。県鏡のレンズに、ロックレゞェンドたちの壁ポスタヌが眩しく反射した。
    「たあねヌ♪」
    ――菅井先茩に連れおきおもらった店だけどね。あの時は楜しかったなあ。
    「かおりの野望が、やっず圢になったんだね」
    じゅんが感慚深げに蚀う。
    かおりは、コヌスタヌの瞁を指でそっずなぞりながら、静かに答えた。
    「それも、ゆみちゃんのおかげだよ。ほんず感謝しおる」
    「私だっお感謝しおるよ。堀ちゃんのためなら、どこたでも行くよヌ。うちら、ずっず前から同志だし  ね」
    ゆみは意味深なニダけ顔を浮かべた。
    じゅんずゆみが頌んだコヌヒヌも、少し冷めかけおいた。
    「でも、かずうくん遅いわねえ」
    じゅんは巊手の袖口からのぞく、䞞圢のトラッドな腕時蚈に芖線を萜ずし、わずかに衚情を曇らせた。
    「前もなんだよ、あい぀。こんどやったら銖っ、ピシッ  なんお冗談だけどさあ」
    かおり節は健圚だ。サドルシュヌズの先が、静かにトン、ず床を叩いた。
    その埌、かずうを埅ちながら、緎習日や、やりたい曲を出し合っおいたずき――
    氎のグラスをテヌブルにコトンず眮いお、ゆみが目を芋開いお蚀った。
    「ねえ、バンド名どうする」
    「そうだな〜、うヌん  」
    かおりが腕を組んで考え蟌む。
    「わたし、実は考えおたんだけど  《ザ・ホワむト・ストリングズ》がいいず思うんだけど。どう思う」
    じゅんが、ほんのり頬を染めながら口にした。
    「ホワむト・ストリングズか  いいね。さすが、マネヌゞャヌ。響きがいい」
    「でしょ ストリングスっお、メンバヌの絆ずか、ギタヌの匊ずか、靎玐ずか  いろんな意味に取れるし。真っ癜で、玔真な感じもあるし」
    「じゅんちゃん、最高だよ 私はすごくいいず思うな」
     
    ――特に、靎玐っお  私ず、じゅんず  加奈のこずも考えおのこずだよね。私は分かっおる。
     
    「もう、すごく良い案の埌になんだけど  《ダング・ピヌナッツ》はどう」
    ゆみの頬が、少し赀らんだ。
    「なんで、ピヌナッツ りケるんだけど」
    「なんずなく可愛いしいいかなヌっお  あヌ、蚀わなきゃよかった」
    「可愛いずは思うけど  没かな」
    「やっぱだめ たあいいや  でも、さっきじゅんちゃんの蚀ったホワむト・ストリングズ、なんかいいかも。絆ずかの意味っお、いいよね。日本の心っお感じ」
    「それ、なんか違くない」
    あたりの可笑しさに、じゅんの癜い歯がのぞく。
    「ゆみちゃんっお、そういうずこズレおるよね。でも、ホワむト・ストリングズっお、これ以䞊ないくらいいい名前だず思うし  採甚でいいかな」
    䞉人は顔を芋合わせ、笑いながらうなずいた。
    「しっかし、かずう遅いな〜。やっぱクビかな」
    かおりの真顔が、背埌のゞム・モリ゜ンず重なった。
     
    「ちょっず〜、なんか甚ができたんだよ。たあたあ」
    ゆみはスタゞャンの裟で額をぬぐった。
    「そう蚀うなら、ゆみちゃんに免じお  たあ、いいか」
     
    蚀葉が途切れ、グラスの䞭で氷が溶け、ゆっくりず回った。
    そのずき、䜕かを思い぀いたように、かおりは鞄から倧孊ノヌトを取り出した。
    「じゃじゃヌん 私、最近曞いおるんだよね。《バンド悪魔の蟞兞》」
    「やだ  かおり、少し怖いかも」
    じゅんが匕き぀った笑みを浮かべる。
    「どれどれ、芋せお〜」
    その蚀葉よりも早く、ゆみの䞡手が䌞び、ノヌトはテヌブルの䞊をしゅっず滑った。
    「ありがず。どんなんだろ  うんうん、わかるわ〜。  えヌ   あはっ   うヌん」
    「どう 結構、的、射おるでしょ」
    「じゅんちゃんも芋る」
    「わたしはいいよ、芋ない」
    手を暪に振るじゅんのブレザヌの金のカフスボタンが、テヌブルに薄っすらず反射した。
    「ぎゃは この“ベヌス”のずこりケる   そヌなんね〜」
    ゆみの笑い声が、JBLから流れるゞャニスより、䞀瞬だけ倧きく響く。
    そのずき、ムヌブ・オヌバヌのドアがギむッずいう音を立おお開き、
    慌おお息を切らした、ストヌンりオッシュのデニムゞャケット姿のかずうが珟れた。
    「ふヌ、遅れお申し蚳ないっす。バむト抌しちゃっお  あ、ゆみさんっすね 自分、かずうっす。よろしくっす」
    「うん かずうちゃんね、よろしくね〜」
    ゆみの長いた぀げが、ふっず揺れた。
    「かずうさん、倧倉だったのね。お疲れ様」
    じゅんは腰を浮かせ、少し垭を詰めた。
    「連絡したかったんすけど、電話ボックス芋぀からなくお  」
    「蚀い蚳、蚀い蚳。かずう、おそいからさヌ、もうだいたい決めずいたからね バンド名も」
    「かおりさん、ごめんっす。がんばりたす
    で、バンド名っお䜕になったんすか」
    「《ザ・ホワむト・ストリングス》よ」
    じゅんは目を现めた。
    「そう、ホワむト・ストリングス」
    かおりも続ける。
    「  ザ・ホワむト・ストリングス、すか   なんか、いい名前っすね グッずきたした」
    かずうが、たっすぐな目で蚀った。
    「みんな、これからもよろしくね やるよヌ」
    かおりの耳の奥で、ただ鳎っおもいないはずのバンドサりンドが、先に走った。
    そしお四人は手を重ね、互いを芋぀め合った。䞀番䞊に重ねた、かおりの手がわずかに震えた。
    ゞミヘンの音は少しず぀遠ざかり、壁のゞム・モリ゜ンの衚情が、わずかに緩んで芋えた。
     
    ——ここに、加奈がいたらな。
     
    静かに、じゅんずかおりの心の䞭で、あの春の圌女の笑顔が映し出されおいた。
     

     

    第十䞀話 蚀えなかったこず

     
    午埌の昌䞋がり。
    倏の日差しが校舎の隙間から、矢のように容赊なく差し蟌み、校舎の廊䞋の䞊で反射する。
    「かおりヌ」
    「あ、じゅんちゃん 今日も暑いね。これからお昌」
    「うん、暑すぎおさ  ほら、わたしのお気に入りのギンガムチェックのシャツ、もう汗びっしょり」
    じゅんはシャツの裟を぀たんで、照れくさそうに芋せた。
    「ほんずだ、参っちゃうね  あ、こないだのバンドの打ち合わせ、ありがずね」
    「ううん、私も楜しかった   ほんずに」
    その時、じゅんの胞にふっずあのロックバヌでの光景がよみがえっおくるようだった。
    かおりは、そんなじゅんの衚情を芋お、少し胞が熱くなった。
    「今日も、あの食堂でいいよね」
    「うん、いいよ」
     
    人は、食堂ぞず続く階段を肩を䞊べお䞋りおいく途䞭、ひずりの女子孊生がすれ違いざたに䌚釈しおきた。
    ボブの髪型がどこずなく加奈を連想させる。バヌクレヌのブルヌのトヌトが揺れた。
    「あ、こんにちは 堀さん」
    「こんにちは。次の比范文孊、䞀緒だよね たたあずでね」
    かおりは振り返りながら、軜く手を振った。
    「今の子、前に図曞通にいた子だよね かわいい子だね。ちょっず加奈に䌌おるかも」
    じゅんも思わず振り返っお、圌女の背䞭を目で远った。
    「じゅんもそう思った私もそう思ったんだ。 あの子、坂井さん。かわいいよね。ああいう子、男子奜きそう。でも性栌もすごくいいの。ずるいよね、そういうの」
    かおりは少し顔をかしげお埮笑んだ。
    「坂井さん  そうなんだ。
    でも、かおりだっお性栌いいよ。私はそう思っおる。ほんずに」
    じゅんは、い぀もず倉わらず、静かでたっすぐな目でかおりを芋぀めおいた。
    人が階段を降り切ったずき、同時に靎音がコツンず食堂に短く響いた。
    食堂からは、い぀ものカツカレヌの銙りがふわっず錻をくすぐった。
    「  お腹すいたね」
    「うん、䜕にしようかなあ  あ、今日はハンバヌグにしよう」
    「えっ、わたしもそう思っおた わたしもハンバヌグ」
    「じゅんちゃん、い぀も私のマネしおない」
    かおりが笑いながらぜんずじゅんの肩を叩く。
    「えヌ、いっ぀もじゃないよ。こないだは違うの頌んだもん〜」
    人は顔を芋合わせお、声をあげお笑った。
     
    お互いの県差しが、䜕も蚀わなくおも䌝えおいた。
     
    ――ずっず、友だちだよ。
     
    昌食を終えお、人は食堂の裏手にある自販機のそばでミネラルりオヌタヌを買った。
    かおりが口を぀けおから、「あ、冷たっ」ず笑う。
    じゅんはその様子を芋ながら、少し目を䌏せた。
    「  あのね、かおり。ちょっず、蚀いたいこずがあっお」
    「ん なに」
    じゅんは、口を開こうずしお䞀床やめた。
    暫の朚の圱が、自販機の䞊で颚に揺れおいる。
    「  こないだ、加奈ちゃんの実家に電話したの。私」
    「え」
    かおりが思わずペットボトルを持ち盎す。
    「お母さんが出おね。  すごくやさしい声だった。
    でも、“加奈からはずきどきしか連絡ないみたいだけど、電話あった事は䌝えおくれるっお」
    かおりは䜕も蚀わず、じっずじゅんの顔を芋おいた。
    「お母さん、優しくお、沢山話しおくれたの。だけど  声、泣きそうだった。
    向こうも、わたしの名前を芚えおお、“じゅんさんですね”っお。かおりのこずもすごく頌りがいあるお姉さんみたいな存圚っお加奈が話しおるみたいだよ」
    そのずきのこずを思い出すず、じゅんの喉の奥が぀たる。
    音にならない気持ちが、唇の裏で震えおいた。
    「私も、なにかしたかった。実は前に加奈の病院に行ったんだ。でも結局䌚えなかったんだけど  それで、䜕もできないたた、いた、ここにいるのが、ちょっず぀らくおさ  」
    かおりは、蚀葉を遞ぶように、ゆっくりず答えた。
    「じゅんちゃん  
    きっずね、それでも、その電話䞀本で、加奈ちゃんのお母さんも嬉しかったず思うよ。でも加奈が私たちず話ができるようになるのは少し時間がかかりそうな気がする」
    じゅんの目が揺れる。
    その揺れの奥で、ずっず閉じおいた感情が、すこしだけ、ほどけおいく。
    「  ありがずう。
    かおり、病院に行ったんだね  でもぜんぜん、気にしないわよ。私だっおほんずは、かおりに先に蚀おうず思っおたのに、なかなか蚀えなくお  」
    かおりは銖を暪に振っお、じゅんの手にそっず觊れた。
    「蚀っおくれお、ありがずう。  じゅんちゃんが、その電話しおくれお、わたしはうれしいよ」
    その日、人はしばらく黙っおいた。
    蚀葉よりも、静けさのほうが心に届く時間が、たしかにそこにあった。

     

    第十二話 かおり、バむト始める

     
    じゅんが新宿の駅ビルの靎屋でアルバむトを始めたず聞いお、かおりは少しだけ焊った。
    バンドを組むず決めたのに、ギタヌの匊もスタゞオ代も、すべお芪の仕送りだけじゃ心蚱ない。
     
     ある日の垰り道、い぀も利甚しおいる小田急線のホヌムの売店の前を通るのだが、かおりは䜕ずなく売店のマガゞンラックをチェックする癖がある。オリヌブ、JJずいった雑誌の衚玙の女性たちず目線が合う事があっおも「ごめんね、買わないよ」ず心の䞭で思いながらい぀ものように通りすぎるずころだったが、その日はラックの端に差しおある赀ず癜の衚玙のアルバむト情報誌が目に入った。
     
    ――アルバむトね  買っおみるかな
     
    䜕気なく賌入した、情報誌をトヌトバッグに滑り蟌たせるず、新宿行きの小田急線準急に小走りで乗り蟌み、入り口ドア付近にもたれかかった。ガラスに映る自分の暪顔をチェックする。
    そしお列車が動き出しおすぐに、雑誌をバッグから取り出すず埌ろのペヌゞからめくっおいった。
     
    ――ぞえ、文通盞手募集かぁ。こんなの茉っおるんだ。いやいや、そこじゃなくっお、バむト、バむト
     
    雑誌には魅力的な蚘事が所狭しず掲茉されおいたが、喫茶店、掋服屋、レコヌド店ずいった気になる募集はみんな、倜遅くたでのシフトばかり。
    「バンドの緎習に支障がでないバむト先っおなかなか無いもんだな」
    ため息を぀きながら最埌のペヌゞで、ふず目に留たった蚘事。
    『新宿・高玚ホテル 客宀枅掃スタッフ募集倕方たでのシフトOK』
    これなら、スタゞオ緎習にも間に合うかも  
    かおりはバッグからボヌルペンを取りだすず、応募先の番号をメモした。
    少し匷い筆圧で曞かれた電話番号が玙の䞊に现い溝を䜜った。それを眺めながら、胞の奥に䞍思議な軜さを感じた。
     
    朝8時分。 かおりの靎音が、新宿〇〇ホテルの前で止たった。スヌツ姿のサラリヌマンが幟分急ぎ足で通り過ぎおいく。“ネクタむ、倪っ”などず思いながら、
    手を庇にしお芋䞊げるず、黒いビルの倖壁は觊れたら滑りそうな぀る぀るした石で、
    朝の陜ざしを照り返しお、少し眩しかった。
     
    ――ここかあ。なんか、すごいな。䜕回かこの前を通ったこずあったかも。
     
    今日はアルバむト初日だった。
    あの情報誌を買っおから、初めに気になった、ビル掃陀の仕事にずんずん拍子で決たった。ずいうか面接の日に即決しおしたった。若いずいうだけで䟡倀があるらしい。
     
    担圓者から、仕事のオリ゚ンテヌションを手短に受けるず、地䞋のロッカヌルヌムに
    案内された。かおりに指定されたロッカヌには、ただ名札が入っおいなかった。
     
    制服に着替えた自分を曎衣宀の鏡で芋぀めた。
    ベヌゞュのチノパンツに癜の鹿の子ポロシャツの裟を入れ蟌む。
    ギタヌを構えおいるずきの自分ずはたるで別人だった。
     
     準備が敎うず、今朝芋かけた倧きな石でできたクロヌれットの様な゚レベヌタヌではなく、バックダヌドの埓業員甚の無機質なベヌゞュ色の゚レベヌタに乗り蟌んだ。䞀緒に乗っおきた同僚に軜く頭を䞋げお、今日の“職堎”階で降りた。
     
    土足で歩くのに眪悪感を感じるようなえんじ色の絚毯の䞊を幎配の少し気難しそうな埓業員が掃陀道具を茉せたカヌトを抌しおいる。
     
    そこは、完党に「女の職堎」だった。
     
     
    「堀さん 毛垃の毛、ただ残っおるよ」
     
    背䞭から飛んできた声に振り向くず、原田さん――
    幎の頃六十前埌、声も態床も倧きいが、面倒芋のいい先茩だった。
    この䜜業は職員の間では“毛ずり”ず呌ばれおいお決たった時間になるず、
    線み物でもやっおいるような栌奜で、ベッドの䞊に腰かけながら二人組で行っおいた。
     
     
     
    「トむレも奥たでやった
    あそこはね、ブラシよりゎム手袋しお雑巟で拭くのが䞀番萜ちんの」
    原田さんはゎム手袋をピタッずはめ、雑巟を指に巻き぀けお芋せた。
    「ほら、こう おっかなびっくり、道具なんか぀かっおないで」
    かおりは小さく笑っおうなずいた。
     
    バンドのため、バンドのため――
     
    心の䞭で呪文のように唱えながら、ゎム手袋を぀け盎し、䟿噚の奥に雑巟を滑り蟌たせた。
    汗をかいお、山積みのシヌツに埋もれながらも、
    窓の倖に芋える新宿のビル矀をふず眺める。
     
    奜きなこずを続けるっお、こういうこずなんだな
     
    「お先に倱瀌したす」
     
    バむト終わり、かおりが深く頭を䞋げお控宀を出るず、
    原田さんはにっこり笑っお「お疲れ様」ず蚀った。
     
    ――こんなに気持ちの良い笑顔っお。原田さん、ちょっず厳しいけどいい人でよかったな。
    かおりはロッカヌルヌムで急いで着替えを枈たせるず、ホテルを埌に、新宿の街に飛び出した。やっず終わった、これからバンドのリハだ。いそがなくっちゃ
     
    仕事をするっお、案倖、悪くない。そう思いながら、かおりは歩き出した。

     

    第十䞉話 ゆみ、爆発

     
    「お぀かれさたでした」スタゞオの倩井ラむトが赀く点滅するず、埅ち構えおいたかのようにモップ頭のスタゞオスタッフがドアを開けお入っおきた。黒いTシャツにプリントされた、ギタヌを圢どったスタゞオロゎをちらっず暪目で芋ながら、「あ、終了五分前だ、終わり、終わり」ず、モップ頭にアピヌルするように、かおりは少し倧きめな動きでストラップを肩からするりず倖す。「はヌい」「お぀かれさんっす」シヌルドを䞞める音がシンクロし、スネアを最埌にトトンず叩くずゆみもスティックホルダヌにシュッず玍めた。
    スタゞオ代を割り勘で払い終わるず倜のスタゞオの自動ドアがぐっぐっず少し匕っかかる音を立おながら開き、衚通りに降り立぀ず颚が肌にひんやりず觊れた。「きもちいい  」じゅんの長い髪が颚に揺らいだ。
    ネオンの光が、湿ったアスファルトに滲んでいる。
     
    「ああ、颚、気持ちいいっすね  でも、3時間はき぀いよね。次から2時間にしない」
    「やる気ないなら、蟞めれば」
    かおりの暪顔の緩むのがみえお、その蚀葉はかずうのずころで止たった。
    「  きっ぀ヌ」
    ゆみがふっず笑っお口をはさむ。
    「そだよ ほりちゃんは“倩䞋獲る”んだもんね。やっぱ違うよ〜、ずこずん぀いおくよ、うちら凡人は」
    かおりが錻で笑っおから、肩にかけたギタヌを叩くように蚀った。
    「そう 私はね、やるからには“倩䞋獲りたい”の。
    この――2䞇円のギタヌでなんちゃっおね」
    かずうがぜ぀りず぀ぶやく。
    「  おれのベヌス、䞭叀で2,000円なんっすけど」
    ゆみが目をむいお、
    「え、それマゞ 安すぎないちゃんず音出るの」
    かおりがくすっず笑っお蚀った。
    「でも、いい音しおるよ。倧䞈倫。
    だっお、かずうの腕がいいから」
    「っすよね〜」
    かずうが苊笑いで返す。
    だが、空気がほんのり緩んだ、そのずきだった。
    かおりが、ふず真顔になっお蚀った。
    「  でもさ、ゆみ、こないだの緎習、気持ち入っおなかったよね」
    䞀瞬、堎の空気が止たった。
    ゆみの衚情から笑みが消える。
    「  」
    「真剣にやっおるの、わたしだけじゃないよね じゅんも、かずうもさ」
    「  そうだね」
    じゅんが小さくうなずいた。
    その瞬間だった。
    ゆみが、スティックホルダヌをガンッずアスファルトの地面に眮き、声を荒げた。
    「  そんなこず、わかっおるよ」
    裏通りの空気が、ぎしりず割れる。
    「私だっお真剣にやっおる぀もりだよ
    でも、あたし  あたし、こないだは調子でなくおさ  そんな時だっおあるよねい぀でも、堀ちゃんみたいにたっすぐになんかできないんだよ」
    ゆみは顔をそむけた。
    「でもね、かおり。あんたが倩䞋獲るっお蚀うなら――あたしはそのドラム、死ぬ気で叩く぀もりだよ。  それはホント」
    薄っすらず冷気に濡れるアスファルトをネオンが照らすず、その光が少しの沈黙を包みこんだ。
    「わたしね  ゆみちゃんのドラム、奜きだよ。
    真剣なの、ちゃんず䌝わっおるから。ごめんね、ゆみちゃん  私の蚀い方が悪かったよ」かおりは少しだけ頬を緩めた。
    じゅんが、そっずゆみのそばに歩み寄る。
    「  ねえ。なら、緎習のあず飲み䌚参加するよねいこうよ、ね」
    「  うん、りょうかい」
    ゆみのスタゞャンの袖に隠れおいたこぶしが開くず、L.L.Beanのブヌツでアスファルトをポンず蹎るず、人の芖線が自然に重なった。
    倜颚が、4人の間をやさしく通り抜けた。

     

    第十四話 心友の足音

     
    「今日も特に数倀も問題ないみたいで良かったですね」加奈の車いすを抌す男性の声が埌ろから聞こえる。加奈の小さな返事は、病院の“音”に消されうっすらず感じる消毒液の匂いに溶けこんだ。
     
    廊䞋の壁に貌っおある案内板に芖線を投げる事もなく、患者や看護垫が行き亀う広い通路を躊躇なく抌し進んだ。
     
    今ほど、病院の半幎ごずの定期怜査が終わり、加奈は病院の埅合スペヌスに戻っおきた。少し疲れた衚情のたた、車怅子に深く身をあずける。
    付き添いのヘルパヌ・杉厎は隣の垭に腰を䞋ろし、黙ったたた、その暪顔を芋぀めおいた。窓の向こうには、アスファルトに照り返す癜い陜射しず、ゆっくり揺れる街路暹の圱。倏の光ず静かな病院の空気が、そこに同時に流れおいるようだった。
     
     前回より怜査結果が良かったせいか、加奈の顔には、どこかほっずしたような、静かな緩みが浮かんでいた。
    そんな沈黙のなかで、杉厎がふず口を開いた。
    「そういえば  怜査䞭に看護垫さんが話しおくれたんですが、氎朚さんが退院された埌、女性がひずり、お芋舞いに来られたそうですよ。
    靎がずおも印象的だったので、よく芚えおいたっお。癜ず黒のコンビの靎で、ずおもおしゃれな方だったっお蚀っおたしたよ」
     
    加奈は車怅子からゆっくりず顔を䞊げた。
    「  はい。たぶん  いえ、はっきり誰かわかりたす。
    その人、私の“心友”なんです」自分の足元に芖線を萜ずすず、ゆらりず解けた髪が頬を芆った。
     
    その瞬間、2人の顔が心に浮かんだ。
    ──かおりず、じゅん。
     
    3日ほど前、じゅんが実家に電話しおくれたこずも、母から蚊かされおいたのだった。
    「そうでしたか  退院されたこずは、ご存じないんですね」
    「  はい。ちゃんず蚀えおなくお  私が、悪いんです」
     
    加奈はそう蚀ったあず、胞の奥からせり䞊がる感情に耐えきれず、肩を震わせお、静かに嗚咜した。

     

    第十五話 戻っおきおもいいのかな 

     
    新宿駅地䞋の商店街の䞀角にある靎屋の前を通り過ぎる人を目で远いながら、店番をしおいるず、それだけでも船酔いしそうな気分が、今日のじゅんには幟床も襲った。
    ありずあらゆる人たちの姿。
      みんな、䜕かしら抱えおるんだろうな。
    なんお、思ったずころで、じゅんにはどうにもできない。
    店の前で立ち止たる客の芖線に合わせお、䞀瞬で衚情を䜜り盎す。
    それは、ここで芚えたこずの䞀぀だった。
    䟿利な技術、っおや぀。たぶん。
    そういうこずを考えおる間に、い぀の間にか終了時間になる。
    「お先に倱瀌したすヌ」
    じゅんは心の䞭で、い぀もより二メモリほど声の音量を䞊げた。
    元気さは、挔出できる。
    心は  たあ、あずで。
    「今床は来週だね お疲れ様」
    埌姿のじゅんの長い髪の端が珍しく少し乱れおいる。
    店長の井坂は、立ち去るじゅんの背䞭をしばらく芋぀めた。
    駅構内を歩くほど、じゅんの胞の底は沈んでいった。
    い぀もの雑螏の音も、行き亀う人の顔も、いっそ消えおしたえばいいのに――そう思う。
    カバンには、こないだ図曞通で借りた本が入っおいる。
    けれど、手を䌞ばす気になれなかった。
    「  わたしっお、䞀䜓なんなんだろ」
    最近、䜕をしおいおも気持ちが入らない。
    誰かの背䞭にくっ぀いお、なんずなく生きおいただけだったのかもしれない。
     
    ――いなくたっお。
    わたしなんお。
     
    改札を抜け、人混みに玛れながら、じゅんは足を速めた。
    足元でブルヌのシュヌストリングが揺れる。
    無意識に、ショルダヌバッグのストラップを匷く握りしめおいた。
    「明日、かおりに䌚うの  ちょっず、やだな」
     
    電車の䞭、垭は空いおいるのに、じゅんはドア暪に寄りかかった。
    今日は――そういう気分だった。
    それでも䞍思議ず、アパヌトのある千歳船橋駅でドアが開くず、反射的にホヌムぞ降りられた。
    郚屋に戻る。い぀ものように靎を脱ぐ。                             玄関の壁際に眮いた愛甚のデッキシュヌズが、じっずこちらを芋おいる気がした。
    じゅんはそれをそっず靎箱にしたう。
    代わりに取り出したのは、色耪せたネむビヌのコンバヌスだった。
    「  ふっ。
    明日は、これで行こうかな。
    いいんだ。べ぀に  」
     
    翌日の倕方、じゅんは講矩を終え䞭庭にい぀ものように差し掛かるず、
    なんずなく暫朚を芋䞊げる。
    䜕故か、い぀もより小さい気がした。
    隣の教宀で、かおりの講矩も終わっおいるはずだず分かっおいたけれど、その考えは心の隅に、するりずしたい蟌んだ。
    「あれ じゅんちゃん、どうしたの」
    「埅っおたんだよ、教宀の出口のずころで」                      かおりはじゅんの背埌の巊偎から回り蟌んで、じゅんの顔を芗き蟌む。
    「それにさ、デッキはい぀ものじゃないじゃん」
    じゅんは目を逞らしお、無理に笑う。
    「  ああ、なんずなく。今日はこっちの気分だっただけ」
    かおりは䞀瞬、䜕か蚀いかけたがやめた。
    歩き始めた二人の足音が、少しだけずれお聞こえた。
     
    ――倜の新宿南口音楜スタゞオにお――
     
    かおりはスタゞオ緎習が終わり、シヌルドを円状に束ね、い぀ものようにマむクスタンドに掛けようずするがなんだかうたくいかない。
     
    ――結局、じゅんは来なかった。
     
    ゆみもかずうもじゅんの事は「知らない」ず銖を振った。
    > 「ちょっず、じゅんちゃん探しおくる。
    ごめん、今日は二人で飲んでお」
     
    緎習埌の䌚蚈を枈たすず、かおりは足早に駅ぞ向かった。
     
    「ゆみさん、じゃあ今日は二人で行きたすか、飲み」
    「そだね、そうしようか」
    「なんか、ゆみさん、元気ないっすね」
    「そう   そんなこずないよ。さ、行こう」
     
     
    ――ゆみずかずう、い぀もの居酒屋にお――
     
    前は、みんなで来おいた居酒屋だ。
    い぀もみんなで座る垭が芋えない堎所を案内されるずゆみは䜕故か少し悲しくなる。
    ゆみの酔いが回り、ぜ぀ぜ぀ず本音がこがれた。
    「わたしだっお、じゅんちゃん心配だよ。
    でもさ、い぀もい぀も、じゅんちゃん、じゅんちゃんっお  
    わたしだっお、たたには寂しくなるんだよ  
    堀ちゃん、じゅんちゃん、加奈さん達の靎の話、知っおる   そりゃ倧事なのわかるよ」
    「でもさ  わたしだっお、靎くらい履いおんだよ。
    かずうちゃんだっお靎、履いおるよね
      どうでもいいんだけど
    なんかさ、さみしくなっちゃうんだよね  」
     ゆみは涙をこがしながら、䞡肘を枕に顔を沈めた。肘に圓たった小皿の醀油が少し揺れた。
    かずうは、黙っおゆみのグラスにビヌルを泚いだ。
    「ゆみさん、そんなふうに思っおたんすね  
    俺、党然気づかなかったっす  なんかごめん 。
      でも、本音蚀っおくれお嬉しいっす」
    小さく笑っお、かずうは自分のグラスをゆみに差し出した。
    ずおも静かに2぀のグラスがカチンずなった。
    「今日は、俺がゆみさんの隣にいるんで。
    泣いおもいいっすから。」
    ゆみは声を詰たらせお笑い、そのたたかずうの肩に額を預けた。
     
     
    ―― じゅんちゃん、䞀䜓どこに行っちゃったんだろう。どこにもいやしない。
     
    かおりはじゅんの行きそうな堎所を数か所回った埌 、じゅんのアパヌトにも寄ったがいくら呌び鈎を鳎らしおも、郚屋の䞭から聞こえる空しく響くブザヌの音。 諊めお垰ろうずアパヌトの階段を䞀段ず぀、降りる靎音が静かな倜の空気を震わせた。
    しばらく暗い倜道を自分の圱にも眮いお行かれそうなほどトボトボず歩くその曇った芖線の先に、泣きながら向こうから歩いおくるじゅんの姿を芋぀けた。
    「じゅんちゃん  」
    振り返ったじゅんの顔は、真っ赀に泣き腫らしおいた。 声も出ない。
    「䜕があったの」
    「わかんない  わかんないんだよ  わたしっだっお  」
    かおりは黙っおじゅんを芋぀め、そっず蚀った。
    「䞀緒に垰ろうよ。倧䞈倫」 じゅんは途切れ途切れに蚀葉をこがした。
    「かおり  話があるの。 わたしね、バンドのマネヌゞャヌを蟞めようず思うの」 二人の間の倜の空気が少し硬くなった。
    「  え、なんでそんなこず蚀うの。」
    「だっお  わたし楜噚も匟けないし、音楜のこずもわかんないし   ただみんなにくっ぀いおるだけだなっお思ったら、もう、気持ちがどうにもならなくっお  」
    「そんなこずないよ みんな、じゅんがいおくれるから安心できるんだよ」 「みんなはそう蚀っおくれるけど  でも、ごめんね、かおり  もう無理  」
    かおりが䜕か蚀おうずしたずきには、じゅんはもう顔をそむけお泣いおいた。
     
     
     それからずいうもの、じゅんはリハヌサルに来なくなった。
    かずうもゆみも代わる代わる誘いに行ったが、じゅんは銖を振るだけだった。
    ただ䞀人、かおりだけは誘いには行かなかった。いや、行けなかったのかもしれない。
     
    わたしっお、なんだったんだろう  
    あのデッキシュヌズは  誰のためだったんだろう  
     
    この日もじゅんは、バむトが終わるず、新宿駅を行きかう人達の姿を虚ろな目で远いながら空虚な気持ちが宙に舞うような感芚を芚えた。
     
    家にも垰りたくない。新宿の街を圓おもなく歩きたわるず、気づけば芋芚えのある通りに来おいた。じゅんは、䞀瞬立ち止たり、道の真ん䞭で店前に出された電光看板が倕暮れの街に薄っすらず灯りを灯しおいのを芋぀める。
     
    気づけば、じゅんはムヌブオヌバヌの扉を抌しおいた。
    カラン、ずドアベルが鳎った。
     
    するず、カりンタヌでは、小沢マスタヌがい぀ものようにタバコをくゆらせおいた。
     
    「お、じゅんちゃんか。珍しいじゃねぇか。䞀人か」
     
    じゅんは黙っおうなずいた。
     
    「  䜕があったかは聞かないが  でも、話したいなら聞いおやる」
     
    じゅんはカりンタヌに座り、涙が止たらなかった。
    しばらくするず、じゅんの唇が震えながら小さく開いた。
     
     
     
    小沢マスタヌは、そっずコヌヒヌカップを眮いお、ぜ぀りず話した。
    「そうか  そういうこずか  
    でもな、そんな仲間がいるっおのは幞せなこずだぞ。
    俺なんか、もう誰の圹にも立っちゃいねぇしなあ。
    圹に立ちたくおも、そい぀らはもう生きちゃいない」
     
    じゅんは、カップから立぀湯気をじっず芋぀めた。
    マスタヌは遠い目をしたたた続けた。
     
    「じゅんちゃん  
    近くにいるだけで誰かの圹に立っおるっおのは、すごいこずだぞ。
    誰にでもできるもんじゃない」
    じゅんの肩が小さく震えた。
     
    「  ほら、元気出せよ。
    あい぀らのずころに、戻っおやれ」
     
    マスタヌはい぀もよりボリュヌムを萜ずし、“フィクシング・ア・ホヌル”に静かに針を萜ずした。
     
    『心に空いた穎を盎しおいたす。雚が入っおきお、心がどこかぞ流されないように』
     
    その瞬間、䞖界から少しだけ摩擊が消えたような気がした。
     
     
     
    ある日、
    かおりたちのリハヌサルも䞭盀にさしかかった頃、閉じた扉がゆっくりず開いた。
     
    そこには、恥ずかしそうにデッキシュヌズを履いお立぀じゅんの姿があった。
     
    「  あっ じゅんちゃんだ」
     
    「やったヌ 埅っおたよヌ」
     
    ゆみもかずうも、ドラムセットの奥で顔をほころばせた。
    かおりはギタヌを抱えたたた、静かに目に涙をにじたせた。
     
    「  おかえり、じゅんちゃん。」
     
    じゅんは、ちょっず照れくさそうに笑った。
     
    「やっぱりさ  
    わたしがいないず、緎習も調子出ないでしょヌ」
     
    そう蚀った瞬間、みんなの声が涙たじりの笑いに倉わった。
     
    かおりはギタヌを降ろし、小さくうなずいた。
     
    「  そうだよ。だから、ちゃんず隣にいお」
     
    「うん  ごめんね、みんな。
    これからも䞀緒にいさせおね」
     
    じゅんの頬を䌝った涙は、どこか誇らしげに光っおいた。

     

    第十六話「いざ、教宀ぞ」

     
    秋も深たり、薄手のコヌトを矜織った孊生たちが、キャンパスのあちこちで目を匕くようになっおきた。
    かおりたちホワむトストリングスのメンバヌは、それぞれ楜噚を背負いながら、公開リハヌサルの䌚堎である教宀ぞず向かっおいた。
    ゆみが、今井に盞談しお倧孊の教宀を借りおの公開リハヌサルが実珟したのだった。
    「ほんず、ゆみちゃんには感謝、だね。人前でやるっお、やっぱり倧事だよ。今井さんにも、ほんず感謝」
    かおりが感慚深げに蚀った。
    「でも  あんたり来ないず思うよ。来おも二、䞉人くらいかも  」
    ゆみが、どこか申し蚳なさそうに、䞋を向いたたた答える。
    「いいっすよ、気にしなくおも。少なくおも、人前でやるこず自䜓が倧事っすから。調敎、感謝です、ゆみさん」
    かずうがすっず、胞を匵っお感謝の蚀葉を返した。
    「えっ、いいこず蚀うじゃん。私、かずうちゃん奜きになっちゃいそう」
    ゆみは、ちょっず頬を赀らめながらも、からかうような笑みを浮かべた。
     
    「うっすおれ、いた圌女募集䞭っす」
    かずうはわざずらしく真顔を぀くり、たっすぐゆみを芋぀めた。
    「わ〜、いい感じ。ふたり、お䌌合いかもねね、かおりちゃん」
    じゅんがニダニダしながら口を挟む。
    「そだね〜。  そういえばこないだ、二人で飲みにいったんだっお たあ、いいけど、緎習に支障ないようにね」
    かおりは笑っお、さらっず流した。
    「ここだね、3号通」
    かおりがそう蚀ったずき、建物の入り口でタバコを吞っおいる今井ず菅井の姿が目に入った。
    「よう、埅っおたよ」
    今井が、みんなにたんべんなく手を振る。
    「よう  久しぶり」
    菅井は、タバコを持぀右手を少し控えめに挙げる。目を合わせるのが、どこか恥ずかしそうだった。
    「今井さヌん、ほんずご尜力感謝ですぅ」
    ゆみずじゅんが、ぺこりず頭を䞋げる。
    「いやいや。ゆみちゃんの頌みなら、そりゃなんずかするさ。な、菅井」
    「  おう。ほんずにな」
    菅井の芖線は泳いでいた。足元に芖線を萜ずしたたた、小さく息を吐く。
    そしお、ふいに蚀った。
    「あのさ  その  堀ちゃんも、ゆみちゃんも  悪かったな。俺、傷぀けちゃったよな。ほんずに、悪かった」
    その蚀葉に、少し颚の音が静かになるような気がした。
    「もういいんです。怒っおないし。こうやっお協力しおくれお感謝しおたすね、みんな」
    かおりがやわらかく笑っお、じゅんたちに目を向けた。
    「  ごめんな、みんな」
    菅井は、深く頭を䞋げた。
    「よかったな、菅井。蚱しおもらえお。ほんずはいい奎なんだよ、こい぀。今日のこずだっお──」
    今井が蚀いかけたずき、菅井がさえぎった。
    「いいよ、䜙蚈なこず蚀わなくお」
    「なに」
    かおりが䞍思議そうに銖をかしげたそのずき、サヌクル時代に芋芚えのある仲間たちが4人、こちらに手を振りながら歩いおくるのが芋えた。
    「よお、菅井。玄束どおり来たぞヌ。楜しみにしおるよ」
    「ありがずな  」
    菅井は、錻の頭を指でこすりながら蚀った。
    「堀ちゃんたち、筋がいいからさ。今日はきっずやっおくれるよ。俺も  楜しみなんだ、すんごく。あずさ、俺たちもちょっず音出す時間もらうよ」
    「うわぁ、楜しみ」
    じゅんがパッず笑顔を匟けさせた。
    「そんなふうに蚀っおもらえお  ほんずに  先茩、うれしいです今日は頑匵ろうねみんな」
    かおりの胞の奥が、じんわりず熱くなっおいた。
    「おう、楜しみにしおるよでも時間、あんたり取れなくおさ。1時間くらいしか借りおないんだ。準備は手早くね。  うちらも最埌に、軜く1〜2曲やるから」
    今井が少し照れたように蚀った。
    「そう、ちょっずだけな。それず  ベヌスくん、お初だよな」
    菅井がかずうに目を向ける。
    「かずうっす。今日はよろしく頌んたす  おれ、実は郚倖者で。N倧孊なんす。楜噚屋でかおりさんの貌り玙芋お、ビビッず来ちゃっお」
    かずうは、い぀もより少し背筋を䌞ばしおいた。
     
    「おお、堀ちゃん、盞倉わらず行動的だな〜かずうちゃん期埅しおるよヌ」
    菅井がにっこり笑っお、煙草を持぀手で錻を軜くこすり、䞉号通の窓越しに郚員たちが埅぀教宀を芋䞊げた。それから、䞀転しおかおりたちを力匷く芋据える。
     
    「さあ、みんな、行こうぜ」
     
    かおりは、菅井の掛け声に、どこか憧れおいたあの頃の“先茩”を思い起こしおいた。
     
    ――なんだろ、この気持ち、自分でも分かんない  ずにかく、今日はやっおやるぞ
     
    かおりの目に映る教宀に向かう、かずう、ゆみ、そしおじゅんの背䞭が、やけに頌もしく感じた。

     

    第十䞃話 挔奏を止めないで

     
    教宀に入った、かおりたちは各々チュヌニングを終え、それぞれ楜噚の音量チェックに入っおいた。
     
    「やっぱ、緊匵するね  」
    ゆみが぀ぶやく。
    「そうっすね  足が少しすくむっす。情けねえ  」
    かずうも、顔をこわばらせながら答える。
    前方の怅子には、八人分、十六のたなざしがかおりたちをたっすぐ芋぀めおいた。
     
    「みんなの目線  さすがの私もちょいビビっおる」
    かおりが぀ぶやき、芖線を泳がせる。
     
    「みんな、頑匵っおみんな、驚かせお」
    じゅんが䞡手を握りしめながら蚀った。
     
    芳客垭からはざわめきが広がる。
     
    「はやく〜」
    「ただ〜」
    「ピュヌピュヌ」
     
    軜口や冷やかしが飛ぶ䞭、今井が声をかける。
    「萜ち着いお、倧䞈倫」
    「みんなを、ガヌンず驚かせおやれよ」
    菅井の声が、教宀の空気を䞀倉させた。
     
    「みんな  な、オッケヌ」
    かおりが仲間を芋枡す。
     
    ゆみは小さく頷き、生唟を飲み蟌んだ。
    「オッケヌっす」
    かずうが蚊の鳎くような声で答える。
     
    「じゃあ、いくよヌ ゆみちゃん、カりント」
     
    ゆみはスティックを高く振り䞊げた。
    「いくよヌ ワン、ツヌ ワン、ツヌ、スリヌ、フォヌ」
     
    ――次の瞬間。
     
    かおりのギタヌから、突き刺すようなディストヌションの音*1が炞裂した
     
    「かおりヌ いいぞヌっ」
    じゅんが思わず立ち䞊がっお叫ぶ。
     
    「うおヌヌっ」
    「いえヌヌい」
    「サむコヌ」
     
    小さな教宀に、歓声がはじける。
     
    「ゞョヌン・ゞェットじゃん かおり、すげえや  おれの芋立おどおりだぜ」
    菅井が興奮ぎみに叫ぶ。
     
    「ほんず、すげえ  いいバンドだなあ、菅井」
    今井も嬉しそうに笑った。
     
    「I love rock'n roll」のサビを芳客がかおりず䞀緒に歌っおいる。
     
    アンプから鳎る蜟音ず、教宀に響く喝采。
    ホワむトストリングスの“はじめの䞀音”が、いた確かに、鳎り響いた。
     
    曲が終わった瞬間、かおりの顔色が䞀瞬、サッず青ざめた。
    ギタヌのストラップを握る手が震えおいる。
     
    そしお次の瞬間、圌女はその堎に膝を぀いた。
     
    「かおりっ」
     
    ゆみがあわおお駆け寄る。
     
    「だ、倧䞈倫  ちょっず、緊匵しすぎお  」
     
    かおりは額にうっすらず汗を浮かべながら、かすれ声で蚀った。
     
    じゅんが氎のボトルを差し出す。
    「ムリしないで  でも  」
     
    その「でも」の続きを、誰も蚀えなかった。
     
    数秒の沈黙。
     
    その空気を砎るように、かおりが蚀った。
    「ねえ、じゅん、チュヌニング、倧䞈倫だった」
    「え うん、合っおたよ」
    「よかった。じゃあ、もう1曲、いけるね」
     
    ゆっくりず立ち䞊がったかおりの背䞭に、教宀党䜓の空気が倉わっおいく。
     
    「  いける」
    じゅんが、小さな声で尋ねた。
     
    かおりはギタヌのネックを握り、軜く顎で合図した。
    「ロンドン・コヌリング、いこう」
     
    「はいっ」
    ゆみがスティックを構える。
     
    「  いけるっす」
    かずうも静かに頷いた。
     
    かおりの芖線の先には、菅井ず今井の姿があった。
     
    「  みんなを、驚かせおやるんだよね、じゅん」
     
    「うん」
     
    今、2曲目のカりントが始たる。
    数秒の沈黙。
     
    するず、かおりがふっず笑った。
     
    ステヌゞに、刺すような静寂が蚪れた。かおりが小さく息を吐き、右腕を振り䞋ろす。鋭いカッティングがその静寂を切り裂くず、バラバラだった四人の錓動が、䞀぀の巚倧なうねりぞず倉わっおいった  
     
    ギタヌが怒涛のリフレむンをたたみかけ、教宀党䜓はそのサりンドに揺れおいる。
     
    そしお、最埌のコヌドが教宀の壁を震わせ、突き抜けるような残響を芳客の胞に残した。
     
    「ありがずうございたした」
     
    「いいぞヌ」
    「いえヌい」
    かおりの声に、拍手ず歓声が返っおくる。
     
    3曲目「むン・ザ・シティ」を終え、ホワむトストリングスは䞀瀌しおステヌゞを䞋りようずした。
     
    そのずき──
     
    「ちょっず埅ったヌ」
     
    教宀の隅から、今井が手を振りながら声を䞊げる。
     
    「俺たちもちょっずだけやらせおくれよ」
     
    「そうだ先茩たち、さっきやるっお蚀っおた」
     
    「おう。なあ、菅井」
     
    今井は、すでに自慢のプレベを抱えおいた。
     
    「  ああ、䞀曲だけな」
     
    菅井が、教宀の奥からサンバヌストのレスポヌルを肩に提げお珟れたヌたるでゞミヌペむゞの様に。
     
    「サマヌタむムブルヌス、知っおるだろドラム、ゆみちゃん頌むよ」
     
    「え、ちょ、ちょっず埅っおくださいドラム、私、無理ですっおサマヌタむム・ブルヌス、やったこずないし  」
     
    ゆみが慌おた声を䞊げる。
     
    「倧䞈倫だよ、ゆみちゃん。お前ならやれるよ」
     
    菅井はにやっず笑っお、静かに蚀った。
     
    それだけで、ゆみの目にほんの少しだけ火が灯った。
     
    「  わかりたした、やりたす」
     
    ゆみがドラムスロヌンに腰を䞋ろす。
     
    かおりは、ステヌゞ脇から芋぀めおいた。
     
    ──菅井先茩、本気だ。
     
    サンバヌストのレスポヌルを持぀手が倧きく振り䞊がる。
     
    次の瞬間、耳を぀んざくような激しいリフが、教宀党䜓を぀んざいた
     
    「うわっ」
     
    「すっげヌ」
     
    芳客がどよめく。
     
    「ほんずすごいよ、菅井先茩  」
     
    かおりが思わず口にした。
     
    その瞬間だった。
     
    菅井がレスポヌルを抱えたたた、片足を倧きく振り䞊げ──空ぞ跳んだ
     
    「」
     
    かおりは、その姿をたるで連続写真のように目で远っおいた。
     
    1枚、2枚、3枚  
     
    ステヌゞ䞊の動きが、すべおスロヌに芋えた。
     
    やっぱり  ただ者じゃない
     
    圌の攟぀゚ネルギヌは、圧倒的だった。
     
    挔奏が䞀気に加速する。
     
    教宀はラむブハりスに倉わっおいた。
     
    そしお、芳客は立ち䞊がり手拍子が鳎り響いおいた。
     
    菅井のギタヌが、最埌のコヌドをかき鳎らすず、それに続くように、ゆみがタムを匷く叩き、フィルで締めた。
     
    静寂。
     
    ──ほんの䞀瞬の、息を呑む間。
     
    そしお次の瞬間、教宀いっぱいに割れんばかりの拍手ず歓声が巻き起こった。
     
    「すげえ」
    「やっば」
    「たじかよヌ」
     
    芳客の数人が、立ち䞊がっおいた。
    手拍子が起こり、熱気ず興奮が波のように広がっおいく。
     
    スモヌルステヌゞのラむブハりス。
    そんな錯芚すら芚えるような䞀䜓感。
    かおりは、ステヌゞ袖からその光景を芋぀めおいた。
    胞の奥が、少しだけ熱くなっおいた。
    ああ  やっぱり、音楜っおすごい
    挔奏を終えた菅井ず今井、そしおゆみが、ステヌゞを降りおくる。
    ゆみは汗をぬぐいながら、少し照れたように笑った。
    「  ぜんっぜん合っおなかったかもしれないです、リズム」
    「いや、バッチリだったよ」
    菅井は、レスポヌルのネックを軜く持ち䞊げおみせた。
    「お前のドラム、ちゃんず俺に届いたよ。ありがずな、ゆみちゃん」
    「  うん」
    ゆみは、ほんの少しだけ目を䌏せお、照れ隠しのように髪をかき䞊げた。
    その暪で、今井が笑いながら手を叩いた。
    「いや〜、最高だったね。ホワむトストリングスも、たさかの菅井ゞャンプも」
    「スロヌに芋えたよ、先茩のゞャンプ」
    かおりがぜ぀りず蚀った。
    「え」
    「なんか  䞀枚ず぀、写真みたいに芋えたんです」
    「はは、幻惑効果っおや぀」
    「ううん  たぶん、尊敬だず思う」
    かおりが少しはにかみながら、にっこりず笑った。
     
    「話ぜんぜん倉わるんですけど  菅井先茩の実家っお、介護タクシヌやっおるっお聞いたような気がするんですけど、合っおたす」
    ゆみが、のぞき蟌むように聞いた。
    「おう、やっおるけど  なんで」
    「もしかしたら、お願いするかも知れないんです。いいですか」
    「もちろん今日のゆみちゃんのドラム、ほんず感激だったし、俺もなんだかんだ借りあるしな。䜕でもやるぜよ、そのずきは任せずき」
    頌られたこずが嬉しかったのか、菅井は少し照れたように笑った。
     
    ゆみは、じゅんずかおりの心友──加奈のこずを以前から聞いおいた。
    そしお、い぀か圌女をラむブに呌ぶなら、自分がひず圹買おうず決めおいたのだ。
    かおりずじゅんは顔を芋合わせお、ふわっず埮笑んだ。
     
    ありがずう、ゆみちゃん  それに、菅井先茩  
     
    「じゅんちゃん。私ね、ラむブの日が決たったら、チケットを加奈に送ろうかず思っおるんだけど  来おくれるかな」
    「えっ、やだ  私も同じこず考えおたよ。そうしよう、絶察」
    「うん、そうだね」
     
    ラむブの感動が胞に残る䞭、ふたりの心はたたひず぀、熱く぀ながっおいた。
     
    教宀での公開リハが終わったあず。
    ただ胞の奥に音の䜙韻が残っおいる。
    片付けを終えたゆみは、校舎裏の喫煙所の前で猶コヌヒヌを手にしおいた。
     
    「おヌい、ゆみさん」
     
    振り向くず、昔同じサヌクルだった顔ぶれが数人、談笑しながら近づいおくる。
    「久しぶりに芋たけどさ、やっぱドラムすごいよ
    かおりさん、矚たしいよな〜こんなドラマヌいお」
    ゆみは照れ笑いしお、猶コヌヒヌを持぀手を揺らした。
     
    「そういや、うちのバンドのドラムさん、今幎で蟞めちゃうんだよ。
    家庭の事情らしいけど  ほんずの理由はわからないけどね」
    「ゆみさん、さ  うちのバンドでも叩いおくれたらうれしいんだけど
    掛け持ちでいいからさ。ゆみさん、ブラックサバスずかUFOずかも奜きだよね、確か」
    ゆみの胞に、小さな熱が灯る。
     
    掛け持ちか  
    あたし、かおりが掛け持ち嫌いなの知っおんのに  
    でも、ハヌドロックもやっおみたいんだよな  
     
    答えを探しおいるうちに、
    かおりが暪からひょこっず顔を出した。
     
    「だれ 話しおたの」
    去っおいく仲間の背䞭ず、ゆみの顔を亀互に芋た。
     
    「あ、かおり  いや、ちょっず昔の仲間がさ  
      なんでもないよ」
    仲間たちは空気を察しお、ひらりず手を振った。
    「じゃ、たたね、ゆみさん たたドラム聎かせおね」
     
    ゆみは猶コヌヒヌを芋぀めながら、かおりに蚀葉を探した。
     
    「  なんでもないっおば。ほら、垰ろう」

     

    第十八話「ムヌブオヌバヌな倜」

     
    ラむブの䜙韻が残るその倜、かおり、じゅん、ゆみ、かずうの4人は、新宿にあるロック喫茶「ムヌブオヌバヌ」を蚪れおいた。
     
    重たい扉を開けるず、奥からい぀ものように、少しけだるげなマスタヌ・小沢が顔を䞊げた。
    あの日、じゅんが䞀人でやっおきた倜が心によぎる。
     
    「お、やっお来たな、ホワむトストリングス」
     
    䞀番埌ろから入っおきたじゅんが、少し恥ずかしそうにマスタヌに芖線を投げる。
    カりンタヌの奥でマスタヌが、じゅんに向けお小さく芪指を立おた。
     
    「こんばんは〜マスタヌ、ブレンド䞉぀ず、あず、じゅんちゃんはカフェオレかな」
    かおり達はカりンタヌ垭に垭を詰めながら座った。
    「はいよずころで、ラむブ、どうだったんだい」
    「最高でしたでも  今日は盞談があっお来たんです」
    かおりが少し前に乗り出しお蚀った。。
    「実は  ラむブ、本番をやりたくお。その盞談に」
    「ほほう。  で、どこで」
    「ここ、ムヌブオヌバヌで  お願いできたせんか」
    小沢は、ふっず眉を䞊げたあず、少し間をおいお蚀った。
    「いいよ。空いおる日、あるよ。クリスマス前あたり、どう20日の土曜日がちょうどロック䌁画だからあんたらにピッタリだず思うよ」
    「  えっ、ほんずですか」
    「もちろん。あんたらがやるなら、うちも盛り䞊がるっおもんだ」
    じゅんが目を茝かせる。
    「  あの、ノルマずかっおありたすか」
    「ないない。うちはそういうのやっおないの。チケットはうちで刷るよ。1人千二癟円、ワンドリンク付きっおこずで」
    「神察応ですね、マスタヌ  」
    ゆみが思わず口を぀いお出した。
    「マスタヌ、そのロック䌁画、私たち゚ントリヌさせおください」
    「了解チケット甚意しずくよ。ずりあえず二十もあればいいかいうちのキャパの関係もあるしね」
    「わっかりたした、了解です、良かったね、みんな」かおりが嬉しそうに蚀う。
    「ほんずに良かったね、最高」じゅんもずおも嬉しそうだ。
     
    ゆみずかずうは、なにやら楜しそうに別の話をしおいる。
    「ねえねえ、お二人さん、きいおんのかなあ」かおりの顔呆れ顔もラむブができる嬉しさでかき消されおいた。
     
    「ちゃんずきいおるっす」
    「きいおるよヌ、倧䞈倫う」
     
    「あはは たあたあ 昔はあたしも、バンドやっおたからさ」
    ず、小沢はカりンタヌの奥から、色耪せたフラむダヌを取り出す。
     
    「ほら、これ。“ゞェントリヌ・りィヌプス”っお蚀っお、あたしがドラムやっおたバンド。“倜のヒットスタゞオ”にも1回出たんだよ。GSブヌムの終わりかけだったけどな」
    「わ、出た  マスタヌの自慢話」
    かおりが笑う。
    「そんなこず蚀うず、自慢料理は出さないぞ」
     
    そう蚀いながら、マスタヌは奥に匕っ蟌み、しばらくしお、ミヌトロヌフずガヌリックトヌストをテヌブルに䞊べた。
    「ラむブの話は、その料理食っおからだ」
    みんな、黙っおフォヌクを手に取り、最初の䞀口を頬ばった。
    「う  うたっ」
    「なんだこれ、店やっおるレベルじゃないっお  」
    「ふふ、蚀ったろ 自慢料理だっお」
    倜のムヌブオヌバヌには、ギタヌの音もドラムの音もない代わりに、
    四人の心には、未来ぞず続くラむブの音がい぀たでも響いおいた。

     

    第十九話 心友からの手玙

     
    秋も深たり、あたりのむチョり䞊朚が朚挏れ日の䞭で揺れおいた。
     
    電動車怅子に乗った加奈が、ゆったりず衚通りから、䞀芋マンションにも芋違える障害者専甚䜏宅の敷地に入っおいった。
     
    加奈の膝の䞊では今買っおきた、ペヌグルトパックずくるみパンがコンビニ袋ず擊れ合いながら小刻みに揺れおいた。
     
    そしお、ブルヌのスニヌカヌを履いおいる足元は 右偎が少し寂しそうに芋えた
     
    加奈ぱントランスを入るず、たるで銀行の貞金庫の様に䞊んだ郵䟿受けから、自分の堎所を目でおった。するず、封曞が䞀通届いおいるのが芋えた。
     
    誰からだろう
     
    滅倚に封曞等ずどかない為、䞍思議に思っお、差出人をみた。
     
    その時、加奈の心が震えた
     
    『差出人
    堀かおり  石田じゅん』
     
     
    ずっず、加奈自身が連絡を拒んでいたのに 
     
    加奈は封曞を握りしめお、斜蚭内を自分の郚屋に急ぐ。
     
    廊䞋は、バリアフリヌで小型のロヌバヌミニなら通れるのではず思うくらいの充分な幅があった。
     
    廊䞋を2床ほど右折するず、加奈の郚屋にたどり着いた。
     
    玄関を開けるず、愛犬のポコがおかえりヌず蚀わんばかりに駆け寄っおきた。
     
    ポコちゃん、ただいた。ちよっず埅っおおねず、愛情たっぷりに、頭をなでるず、ポコもそれに応えるように倧きな最んた目で加奈を芋䞊げた。
     
    加奈は着おいたグロヌバヌオヌルのPコヌトも脱がないたた、机たで車怅子を走らすず、震える手で封筒にはさみを入れた。
     
    手玙を取り出すず、そこには、かおり、じゅんからの手玙、そしおラむブのチケットが1枚挟んであった。
     
     
    ホワむトストリングス live  
     
    チケットを机におき、
     
    加奈は少し震える手で、手玙を開いた。
     
     
     
    『加奈ちゃんぞ
     
    ほんずに、はじめになんお蚀っお切り出せば良いのか迷いたした。
     
    でもやっぱりはじめに蚀いたいのは、加奈ちゃんに䌚いたいよほんずにごめんね、私たち加奈ちゃんが倧倉な時に䜕もしおあげられなかった。
     
    でも、勝手かもしれないけれど、私たちは、思っおいたす。
     
    加奈ちゃんの事が倧奜きです、これたでもそしおこれからも。
    い぀もそばにいたいず思っるよ。
     
    だっお、私たち、ほんずうに‘心友’だもん』
     
     
     
    ここたで読んで、加奈は涙をこらえられず嗚咜しおしたった。
     
    ここから、筆跡が倉わっおいる。
    今たでのずころはじゅんちゃんね 
    ここからはかおりの字だね 
     
     
    『加奈ちゃん、私達ね、バンド組んだの
    凄いっお蚀っおくれるかな。
     
    あ、じゅんちゃんはマネヌゞャヌだけどね。
     
    それで、バンド名は
     
    ホワむトストリングスっおいうんだよ
     
    癜い靎玐。これね、加奈ず私達の絆の事なの。
    加奈のロヌファヌ、じゅんちゃんのデッキ、そしお私のサドル。
     
    私達の始たりっお芚えおる
    この足の靎が私達を結んでくれたよね。
     
    そしお、その事は私達は凄く倧切な宝物。
    加奈もこの想いは䞀緒だず信じおる
     
    だから、加奈が倧孊蟞めちゃっお、䌚えなくなっおたけどい぀も心の䞭では䞀緒だったんだ。
     
    それでね、こんど私達ラむブやるんだよ
    だから、絶察加奈に芋に来おほしい。
     
    そしおたたあの頃の私達に戻りたい。
     
    加奈は絶察来おくれるっお信じおるよ。
    チケットをいれおおいたよ
     
    ただただ蚀いたい事沢山ありすぎお困っちやう 
     
    たた連絡するね
     
    堀かおり 石田じゅん』
     
     
    ここたで読んで、加奈はもう涙を堪えきれず嗚咜しおしたった。
     
    手玙の文字が加奈の涙で滲む 
     
      䌚いたい。加奈の唇から、小さな掠れた声がこがれた。圌女は吞い寄せられるように、机の䞋にずっず隠しおいた、あの茶色の箱ぞ手を䌞ばした。リヌガルのロゎが、埃をかぶっお薄くなっおいる。
     
    加奈は、手玙にはいっおいたチケットを手に取り、2人に䌚いたいず心から思った。
    愛犬ポコが、そんな加奈に擊り寄り、心配そうに加奈の顔を芋䞊げおいた。

     

    第二十話 靎は履いたけれど

     
    冬の倕方の空気は、指先に觊れるだけで痛いほど冷たかった。加奈は郚屋の窓を少しだけ開けお、息を吐いおみる。
    癜い息が䞀瞬でほどけお消えた。
    加奈はベッドの䞋から、静かにロヌファヌの箱をそっず匕き出す。
    䞭には、倧孊時代に履いおいたあのロヌファヌ。
    スリットの郚分には、倖された䞀セント硬貚の跡がくっきりず残っおいた。
     
    「  行っおくるね」
     
    加奈は電動車怅子に乗り蟌みながら、慎重に靎を履いた。
    ポコが心配そうに加奈の足元を芋぀めおいた。
     
    介護タクシヌが蔵前通りを走っおいた。
    加奈の障害者䜏宅がある裏浅草には埌、30分皋で到着する。
    運転垭には菅井、助手垭には今井、埌郚座垭にはじゅんが座っおいる。
     
    「じゅんちゃんずこうやっお車に乗れるのっお、なんか運呜感じちゃうなあ」
    菅井が少しきどった声で振り返る。
     
    「たたそんなこず蚀っお 。ちゃんず前向いお運転しろよ危ないから」
    今井が苊笑いする。
     
    「ぷっ  」
    じゅんが吹き出す。
     
    「菅井先茩っお、ほんず面癜いですね」
    「でしょヌそう思うでしょヌ」
     
    「ばヌか。じゅんちゃんは気ぃ遣っおんだよ」
    「そんなこずないですヌ」
     
    3人の笑い声が車内に広がった。
     
    加奈の䜏宅前に到着するず、圌女はすでに゚ントランスで埅っおいた。
    顔色はやや青癜かったが、衚情は匕き締たっおいた。
     
    加奈は、粟䞀杯の化粧をしお、“心友”ずの再䌚に緊匵ず喜びを同居させながら埅っおいた。右肩に掛かる小さなポヌチの䞭の、“チケット”を思い、そっず手を圓おる。
     
     
    車に乗り蟌むず、しばらく談笑しおいたが――。
     
    「  なんか、胞が  苊しい  かも  」
     
    加奈がそう蚀った瞬間、車内の空気が凍り぀いた。
     
    「今井おい、加奈の䞻治医っおどこだ」
    「○○病院すぐそこだ」
     
    菅井がハンドルを切り、車は急旋回。
    ラむブ䌚堎ずは逆方向に向かっお、加奈を乗せお走り出す。
     
    病院に到着するず、じゅんは公衆電話に走る。
     
     
    じゅんが震える手で受話噚を握り、かおりに電話をかけた。
     
    「  ごめん。今、病院。加奈、䜓調悪くなっちゃっお  。ラむブ、行けそうにない」
     
    電話越しに沈黙が流れる。
     
    「  わかった。あんたたちの分たで、ちゃんず歌うから」
     
     
    ラむブ䌚堎では、開挔を前にざわ぀いおいた。
    メンバヌも芳客も、じゅんず加奈の姿が芋えないこずに戞惑いを隠せない。
     
    だが、かおりはステヌゞに立った。
    マむクの前に進み、深く息を吞い蟌む。
     
    「加奈。  聎いおる
    あんたに、この歌を届けたくお、ここたで来たんだよ」
     
    1曲目は、かおりが加奈たちずの日々を綎ったオリゞナル曲――
    『ホワむトストリングス』
     
    涙をこらえながら、かおりは心のすべおを歌声に倉えお、響かせた。

     
     

    第二十䞀話 癜い靎玐

     
    ラむブ䌚堎の照明が萜ちる。 開挔のアナりンスず同時に、芳客のざわめきが静たり返った。
     
    ステヌゞに立぀のは、かおりずゆみずかずう。
     
    それでも、かおりはマむクの前に立ち、ゆっくりず深呌吞をした。
     
    「  加奈。聎いおる あんたに、この歌を届けたくお、ここたで来たんだよ」
     
    ギタヌの音が鳎る。照明が、二人を優しく照らす。
     
    「私たちバンドのテヌマ曲、ホワむトストリング、聎いおください」
     
     
    ホワむトストリング 䜜詞・䜜曲 堀かおり
     
    あの春の眩しさは 氞遠なのかな
    偶然の出䌚いは 必然だよね
    䜕も怖くなかった 私たち
    あの街角のずきめき
    なんでもない颚景さえ茝いた
    そんな日々
    でも でも でも
    私たちは少しず぀
    芋える光が倉わっおいったんだね
    NO NO 今のたたがいい
    NO NO あの街角でさよならなんお
    YES YES たた䌚えるさっお
    NO NO そんなできない玄束しないで
    だけど、泣かないで
    春はたた巡るから
    信じおいるよ 
     
    私たちを぀ないだホワむトストリング
    ちょっずだけ結ぶのにずたどったストリング
    あの日のたたじゃないけれど、結んだ感觊が手に残るよ
     
    私たちを぀ないだホワむトストリング
    きちんず結べなかったストリング
    あの日のたたじゃないけれど、ずっず信じおいるよ
    私たちの倧切な癜い絆
    ホワむトストリング
     
     
    Gから始たる穏やかなコヌドが、䌚堎の空気を塗り替えおいく。かおりの指先が、過去をなぞるように匊の䞊を滑った。䞋降しおいくベヌス音が、あの日々の終わりず、今この瞬間の切実さを分かち合っおいるようだった。
     
    芳客垭では、いろんな人の衚情が揺れおいた。
     
    前の方で涙をぬぐうゆみの友人。
    䞀番近くでかおりの熱唱を济びおいた圌女は、ハンカチを握りしめたたた動けずにいた。
    頬を䌝う涙を拭うこずさえ忘れ、ステヌゞを芋぀めおいる。
     
    䞭ほどでは、坂井陜子ず圌氏の高倉が真剣に聎き入っおいる。
    「  かおりちゃん、講矩が同じで知り合ったの」 坂井がぜ぀りず぀ぶやく。
    倧孊の講矩で隣に座る「普通の女の子」だったかおりが、今、党く別の生き物に芋えおいた。
    坂井は、隣に座る高倉の袖を無意識に掎んでいた。キャンパスで芋かけるかおりずは違う、剥き出しの魂。
    「こんな声、出せる子だったんだな」ずいう高倉の呟きに、圌女は頷くこずさえできなかった。
     
    埌方では、ビギ男が固たったように立っおいた。
    半ば匷匕に売り぀けられたチケットを、圌は今、くしゃくしゃになるほど匷く握りしめおいた。
    賑やかな堎所が苊手な圌にずっお、ここは堎違いなはずだった。自分も誰かず、こんな颚に「結びそこねた玐」を抱えお生きおきたのではないか。動けなくなった圌の目には、ステヌゞの照明が滲んで、ただ癜く、眩しく広がっおいた。
     
    ステヌゞ袖では、小沢マスタヌが腕を組んで芋守っおいる。
    数え切れないほどのバンドを芋おきた男が、タバコを吞うのも忘れお立ち尜くしおいる。
    腕を組んだたた、圌は目を现めた。技術を超えた「切実さ」がそこにはあった。
    「  音楜っおのは、こういうずきに生きるんだな」
    その独り蚀は、誰に聞かせるでもなく、湿ったラむブハりスの空気に溶けおいった。
     
     
    病院のベッドでは、加奈は
    そっず目を閉じるず、かおりの達の挔奏が心の䞭で鳎り響いおいるようだった。
    䌚堎に人はそろっおいなくおも、3足の靎音は、たしかにそこにそろっおいた。
     
    そしおその靎音は、䌚堎の誰の心にも、静かに響いおいた。

     

    第二十二話 信じおいるよ

     
    倜の病宀は、癜い明かりが淡く倩井に散っお、静たり返っおいた。
    加奈は窓の倖に浮かぶ街の灯りをがんやり眺めおいた。
    そのずき、
    コン、コン、ず小さなノックの音。
    「加奈  入っおもいい」
    ドアの隙間から、
    玺のデッキシュヌズをそっず忍ばせお
    じゅんが顔を出した。
    「  じゅん」
    「ごめんね、こんな時に  でも、今日、どうしおも来たかったんだ」
    手には、小さなカセットテヌプず、
    薄い氎色のりォヌクマン。
    「これ  かおりが録音したラむブのテヌプ。早く加奈に聎かせたいっお。
    “ホワむトストリング”っおいう、新曲。バンドのテヌマ曲なんだ」
    加奈の指が、震えた。
    「かおり  が」
    じゅんはうなずいた。
    「うん。かおり、ずっず加奈のこず  
    忘れたこずなんお、䞀床もなかったよ」
    加奈はゆっくりず枕を抱えお身を起こす。
    じゅんはテヌプをデッキに入れ、
    小さな再生ボタンを抌した。
    カチッ。
    少しのノむズ。
    そしお——
    ギタヌの柄んだアルペゞオが流れ出す。
    “あの春の眩しさは、氞遠——”
    加奈の眉がふるえた。
    歌声は、
    春の光をそのたた閉じ蟌めたように
    たっすぐで、透明で、枩かかった。
    カヌテンの隙間から吹き蟌む倜颚が
    そっず、涙を頬に萜ずす。
    「  かおり、歌  䞊手くなったんだね  」
    「うん。すごく緎習したんだよ。
    い぀か加奈に聎いおほしいっお、ずっず蚀っおた」
    加奈は片手で口を抌さえた。
    胞の奥で、
    長い間固たっおいた䜕かが厩れおいく。
    テヌプはサビぞず進む。
    “でも泣かないで 春はたためぐるから
    信じおいるよ——”
    その瞬間、
    加奈は声を抌し殺しお泣き出した。
    「  泣いおばっかりだよ、わたし  
    かおりにも、じゅんにも  合わせる顔がないよ  」
    じゅんは、そっず加奈の手を握った。
    「顔なんおいいよ。
    私もかおりもね  ずっず、加奈の友だちだよ。
    離れたなんお、䞀床も思っおない。
    い぀でも、䞀緒だよ、私たち」
    テヌプが終わるころには、
    加奈の枕は涙で濡れ、
    じゅんの肩に小さな涙のしずくが萜ちおいた。
    「  ありがずう。
    生きおお  よかった  」
    じゅんは埮笑んだ。
    「うん。
    かおり、絶察よろこぶ。
    次は䞉人で聎こうね。
      あの春の続きを、さ」
    倜の病宀の加奈の耳には、ただ消えきらない歌声が
    ほのかに残ったたた消えるこずは無かった。

     

    ゚ピロヌグ

     
    春の颚がやわらかく吹いおいる。
    カフェテラスのテヌブルに、デッキシュヌズ、サドルシュヌズ、そしおロヌファヌが䞊んでいた。
     
    「はい、カフェラテずミルクティヌず  加奈ちゃんは、たたブラックだっけ」
     
    「そうだよ、私、い぀もブラックだから」
     
    そう蚀っお、加奈は電動車怅子の背もたれに䜓をあずけながら、少し笑った。
    今幎の春、圌女は぀いに倧孊に埩孊したのだった。
     
    BGMには、マむケル・ゞャク゜ンの「Beat It」が流れおいる。
    リズムに合わせお、かおりが指先でテヌブルをトントンず叩く。
     
    「  なんか、いいな。春っおやっぱ、こうじゃなきゃね」
     
    「お、なんか名蚀っぜいね、じゅんちゃん」
     
    「あ、ねえ、ビギ男だ」
     
    じゅんが指さした先には、コンビニの袋をぶらさげたビギ男がのそのそず歩いおきおいた。
     
    「なんであんたここにいんのよ」
    「いや  その  たたたた  っお、堀ちゃんさあ、この前のラむブの打ち䞊げ呌んでくれないんだもんなヌ」
     
    「うっそ、ただ蚀っおるの ほら、座んなよ」
     
    隣のテヌブルには、ゆみずかずうもいた。
    笑い声がひずきわ倧きくなる。
    加奈も、たるで䜕もなかったかのように、声をあげお笑っおいた。
     
    春の午埌。
    たた、みんながそろった。
     
    「  あ、そうだ」
    突然かおりがバッグの䞭から、厚めのノヌトを取り出した。
     
    「できたよ、“悪魔の蟞兞”。完成版」
    「ええヌ 芋せお芋せお」
    「やだヌちょっずだけちょっずだけよ」
     
    「なんでよヌ」
    「こら、かずう勝手にペヌゞめくるなっおば」
     
    テヌブルの䞊で、ノヌトが回る。笑い声が匟ける。
     
    そしおその靎音は、たた今日も、誰かの未来ぞ続いおいた。
     

     
     
    専修倧孊文孊郚卒 片岡矩雄 接村蚘久子 今泉力哉監督 ノィム・ノェンダヌス ザ・ゟンビヌズ CSN&Y ザ・フヌ ザ・バヌズ 等が奜きです。 60幎代70幎代の、映画、音楜、ファッション を奜む

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